「博士」の導く先は、   作:JET_SUZ

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第2話 同類

「それは正気で言っているのか?それとも、茹でられて頭がイったか?」

「俺は本気ですよ。さっきのキュウコンといい、そちらのキリンリキですか?といいあなたの指示をよく聞いて動いていた」

 

そういう相手と戦いたいと思う、それ普通でしょ、と続ける。

目の前の女(そう言えば名前も知らない)の自分を見る目は呆れが半分、狂人を見るような目が半分。

そしてそこから漏れ出るは、戦う者特有の闘争心。

それを敏感に感じ取り、ユキナリは確信した。

 

この人は自分と同類だ。

つまりポケモンが好きで、勝負も好きだと。

そういう人間が勝負を挑まれたら?決まってる。

 

「いいだろう・・・キリンリキ!」

 

蹄を鳴らしながら、呼ばれたポケモンが前に出た。心なしか鼻息が荒い。目の前のユキナリが主人に無法を働いたことをわかっているのか、単純に臨戦態勢に移っただけか。

 

「よし、お前の出番だカメっち!」

 

ベルトから携帯球を外して、ダイヤルを捻って中の相棒その3を解放する。

現れたのは丸い甲羅の小さめなポケモン。

種族名ゼニガメ。元来水辺に生息するポケモンである。

今いる場所は川原。地の利を活かすのはバトルの基本だ。

 

「ほう」

 

相手の女もこちらの意図を察したのだろう。目を細めて、こちらを値踏みするような表情。

 

「ルールは、そうですね・・・交代は自由、手持ちを2体戦闘不能にされたら負け、でどうです?」

「かまわない。どうやろうと結果は変わらん」

「!」

 

カチンと来た。確かに彼女の切り札であろう、あのキュウコンを出されたら地の利や相性なんかひっくり返る。

しかしあれほどの大技を日に何度も打てるとは思えない。そこに勝機が無いわけでは無い。

 

「あんまり舐めた態度だと、負けた時にカッコつかないぜ!」

 

チラリ、とユキナリは相棒その3の方に視線をやる。

わかってるぜ、と言う具合にカメっちはニヤリと笑った。

いける。

 

「カメっち『あわ』だ!」

 

審判もいないので、開始の合図も無い。だから強引にバトルをスタートさせる。

そんなグレーなテクニックでユキナリは先手を取った。

 

ゼニガメの口から吐き出された泡がキリンリキと女の視界に広がる。

泡がキリンリキに当たって弾ける。煩わしくはあるだろうが、ダメージは殆どない。

 

「小細工を薙ぎ払え!『サイコキネシス』!」

 

キリンリキの念道力を受けて、周りの丸太や大きめの石が浮き上がり、カメっちの方にものすごい勢いで飛んでくる。

 

「『からにこもる』」

 

カメっちは頭と手足を甲羅に収納し、甲羅を地面に横たえた。0.5mの小さな体躯がさらに小さくなる。

本来は防御力を上げる『からにこもる』だが、今回に限っては体の体積を減らし、擬似的な『ちいさくなる』として機能する。

ただでさえ小さな的がより小さくなり、岩や丸太を飛ばした攻撃は難なくカメっちの頭上、否甲羅上(・・・)を通過していった。

 

狙い通りだ。相手はエスパータイプの技を使う草食獣型。動き回るタイプでなく砲台型と当たりをつけたが正解だ。泡で視界が悪くして、狙いが大雑把になっている状況なら成功すると踏んだ。

そう、『あわ』ごときでダメージを与えれるとは思っていない。最初から牽制が目的である。

 

「カメっち!そのまま『こうそくスピン』!背後に回り込め!」

 

途端、甲羅の隙間から水が勢いよく噴射され、回転しながら飛び上がった。

念道力を使って固まっているキリンリキの後ろを取る。

 

しかし草食獣型のポケモンの視界は広い。体はついて行かなくても、長い首を傾け、目ではゼニガメを捉えていた。

ユキナリはカメっちに反撃を指示しようとして、気づいた。

 

「バックだ!カメっち!」

 

とっさの指示をカメっちは忠実に遂行した。甲羅から頭を出して、口から強めの水流で軌道修正。

 

「『かみくだく』」

 

ガキン!

 

鉄と鉄を打ち合わせたような、イヤなな音が響く。

キリンリキの尻尾が、と言うより第二の頭が『かみくだく』を繰り出したのだ。

 

ぎゃっぎゃっぎゃ。

後ろの頭が生理的嫌悪感を催す声を上げる。笑い声だろうか。表情に変化がないのが一層不気味に映る。

 

「初見で躱せるのはそうはいないぞ。少し、驚いた」

 

あれを食らっていたら一発で戦闘不能だった。

頬を汗がつたう。暑さのせいでは、断じてないだろう。

もしかして自分はすごい相手に喧嘩を売ったのではなかろうか。

 

「・・・初見じゃねーよ」

「ん?」

「そもそもその覗きがばれたのはその尻尾に見つかったからだ。だから後ろの頭(そっち)が攻撃してくることも予想できる・・・気づいたのはギリギリだったけど」

 

格上を出し抜いてしてやったりという思いと、それでも敵わないんだろうなという悔しい思い。

それらが綯い交ぜになった気持ちで相手トレーナーの方を見る。

女は真顔だった。さっきまでの覗き魔に対する嫌悪感や、若いユキナリに対する侮りの気持ちはもう微塵も無かった。

 

「すまんな、ちょっと舐めていたようだ。そのポケモンたちと貴様に謝罪しよう。

 地形に合った手持ちの起用、攻撃を読む観察力と発想、パートナーとの連携。

 『かみくだく』を避けながらも『しっぽをふる』をキリンリキに入れている。

 一朝一夕の連携じゃこうはならん」

 

次の一手、ゼニガメの『かみつく』か?とコメント。

 

ばれてる!

ユキナリからすれば渾身のコンボがあっさり読まれた。

 

「そうさな。その子たちと貴様の絆に敬意を表そう・・・キリンリキ、ありがとう、戻れ」

 

手持ちを戻し、女はベルトから新たなボールを外す。

 

ポンという音とともに現れたのは、モノトーンカラーの肉食獣型のシルエット。

白い柔らかそうな毛並みは優美で、そのせいか黒い顔と尾、角が一層禍々しい。

ユキナリはバトルの後で知ったが、それはアブソルという種族のポケモンだった。

 

「いいか、遊んでやれ。本気は出すなよ」

 

そこからは劇的で、一方的で、ある種反則的だった。戦いと呼べたかすら怪しい。

 

攻撃しようとすれば『ふいうち』。

交代しようとすれば『おいうち』。

妨害を試してみれば『マジックコート』。

 

「相手のしたいことをなにもさせない」という、勝負の一つの理想形がそこにはあった。

そして何より、それを相手の一人と一匹は、近所に買い物にでも行くくらいの感覚で、それを事も無げにやってのけたのである。

 

この日ユキナリは、これまでの人生で最も一方的な敗北を喫した。

 


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