時止めメイドと黒い玉   作:りうけい

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9、帰還と就職

 

 

 

田中星人の親玉である大鴉がこちらに向かって恐ろしいうなり声をあげたその瞬間、俺は思わず後ずさりした。

 

「俺かよ……」

 

大鴉の足元には空に連れ去られた沼田の首が落ちている。マネキンの首のような無機質さを漂わせるそれは、この怪物に目をつけられた俺の運命を暗示するかのようだった。

 

「し、死んでたまるか……死んでたまるか、死んでたまるか……!」

 

俺は自分に言い聞かせるように、舌の根で呟く。そして大鴉がこちらに1歩踏み出したその時、俺はそいつとは反対方向に、全力で駆け出した。

 

「グルルルオオッ」

 

やはり狙いは俺らしい。ばさばさと羽ばたく音が聞こえた。さらにその音はだんだん大きくなってくる。

 

「計ちゃん!狭い路地に逃げ込めッ!」

 

加藤の声が後ろから追いすがってくる。確かに鴉のあの巨体なら、狭い路地に逃げ込めば手出しはできないかもしれない。ーそんな路地があればの話だが。

 

「そんなもん……どこにあるんだ!」

 

俺が悪態をつくと、突然肩を何かに掴まれる感触がして、身体が浮き上がった。足が地面から離れ、奇妙な浮遊感が俺をとらえる。見上げると、そこにあったのは鴉の恐ろしく巨大な嘴だった。

 

「うわああああっ!」

 

ぐんぐんと地上から遠ざかり、町を一望できるほどの高度になる。あのゾクのようにわざわざ首を切らなくても、コイツがこの足を離してしまえば俺は死ぬだろう。下に豆粒のような自動車が見え、あまりの恐怖にガチガチと歯を鳴らしてしまう。

 

「玄野さん!」

 

気が遠くなりかけたその時、何故か咲夜の声がした。ふっと顔をあげると、大鴉の背中にしがみついている咲夜の姿があった。

 

「は!? 何でここに?」

 

「さっき玄野さんを捕まえるために降りてきた時に飛び乗ったんです。とりあえずこの星人を撃ち落とせばいいんですね?」

 

咲夜は左手で鴉の羽毛を掴んで吹き飛ばされないようにしながら、残る右手に銃を持っていた。それを鴉の頭に押し付け、今にも引き金を引こうとしている。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

大声をあげた俺を目障りに感じたのか、巨大なツルハシのような嘴が顔をかすめる。ギリギリのところで攻撃をかわしながら、きょとんとする咲夜に説明する。

 

「咲夜はスーツ着てるからいいかもしんねーけど、俺はここから落ちたら死ぬんだ! ちょっと待ってくれ!」

 

「なるほど、わかりました。それでしたら……」

 

納得した咲夜を見て俺は少し安堵したが、その直後、咲夜は鴉の頭に突きつけた銃の引き金を引いていた。

 

ぎょーん。

 

「……は?」

 

数秒遅れて、鴉の頭が吹き飛んだ。そして俺を掴んでいた鴉の足から力が抜け、空中に放り出される。ばたつかせた手と足は虚しく宙をかき、まっ逆さまに落ちていく。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

(何も分かってねーじゃねえか! ぜってー日本語通じてねえだろ!)

 

俺は迫ってくる地面を見ないように目をつむる。ヤバい。死ぬ死ぬ死ぬー

 

 

 

 

 

「あれ、俺、もう死んだのか……?」

 

気がつくと、俺は道路の真ん中に大の字になって倒れていた。だが、死んだにしてはアスファルトから伝わってくる冷気の感覚が生々しすぎる。俺が身を起こすと、最初に目に入ってきたのは咲夜の顔だった。

 

「死んでるわけないじゃないですか。ちゃんと地面に落ちる前に空中でキャッチしたんですから」

 

「あ、そりゃどうも……じゃなくて、俺の指示を無視して撃ちやがったじゃねえか! マジでああいうのはやめてくれ!」

 

咲夜は言い返す言葉を探しているようだったが、やがて何かが吹っ切れたような顔をして、

 

「まあ生き残れたわけですし、不問ってことで」

 

「ちょ、おま……」

 

俺が更なる抗議を重ねようとした瞬間、視界が狭まりはじめた。おそらく、今の敵で最後だったのだろう、転送が始まったのだ。

 

 

 

 

 

私が部屋に転送された時にはすでに、今回生き残ったメンバーが全員揃っていた。途中で戦線離脱した西や、どこで何をしていたのか全く分からない犬もしっかり生還している。

 

「なあ……これで、帰れるのか?」

 

「ええ。……あ、でもこれから採点があるわ」

 

北条の問いに岸本が答えると、ちーんという音が鳴った。

 

『それぢわ ちいてんをはじぬる』

 

 

最初は犬の採点結果だった。

 

『犬 0てん

やるきかんじられづ なんかしろ』

 

前回と同じく0点。犬は悲しそうに鳴くと、座り込んだ。

 

『巨乳 0点

加藤ちゃ好きすぎ』

 

「え……?」

 

加藤がまじまじと岸本を見る。彼女は顔を真っ赤にして、「デタラメだから!」と否定しているが、それに注がれる玄野の視線には複雑なものが入り交じっているように見えた。

 

『加藤ちゃ(笑) 5点

toTAL5てん あと95てんでおわり』

 

加藤の場合、直接倒した数が少ないため、この点数なのだろう。彼もそれに気がついたらしく、少し難しい顔をした。

 

『西くん 0てん

にんげんじゃなくて星人をねらおう』

 

「……ふん」

 

西は少し鼻を鳴らしただけで、何も言おうとはしなかった。そんな彼を誰もが遠巻きにして見ていたが、特に気にした様子もなかった。

 

『サダコ 0てん

ホモのあとつけすぎ いなくなりすぎ』

 

「サダコって誰だ?」

 

「あ、あそこ隠れてる」

 

岸本が指差した方で、あの不気味な女はさっと隠れた。

 

「でも、ホモって誰だ……?」

 

「!?………死んだ奴の中にいたんじゃねーの?」

 

玄野が疑問を口にしたとき、何故か北条が慌てて答えた。そして表示が次に変わると、玄野の疑問は氷解したようだった。

 

『ホモ 5てん

TOTAL5てん あと95てんでおわり』

 

私と岸本を除き、男性陣が一斉に北条から離れる。流石の加藤もたっぷり5メートルほど距離をとっており、驚いたことに犬も北条から遠ざかっていた。

 

「ざっけんな! ちがうっつの!」

 

すると唯一4人の中で生き残ったガラの悪い男が後ずさりしながら、

 

「キモいっつーの! 近づくなてめえッ!」

 

「おッ、お前なんか好みじゃねーよ!」

 

語るに落ちるとはこの事だろう。この瞬間、玄野はさらに5センチほど北条からの距離を稼いだ。

 

岸本はクスクスと笑いながら、

 

「ホモだからってそんなに嫌わなくても……」

 

「ホモじゃねえ、ホモじゃねえ!」

 

ガンツは無駄な抵抗をしている北条に構わず、次の採点結果を出した。

 

『さくやちゃん 28てん

TOTAL28てん あと72てんでおわり』

 

「28!? スッゲーな」

 

「そういえば何だかんだで1番倒してたね」

 

西の逃走に巻き込まれたり玄野救出に行ったり予想外のトラブルが多かったが、それでもしっかり点はもぎとれたらしい。順調な滑り出しである。

 

少ししてガラの悪い男ーあだ名はチンソウダンその1だったーは0点。最後に、玄野の点数が表示された。

 

『パシり 30てん

TOTAL30てん あと70てんでおわり』

 

部屋の中が静まり返る。誰もが玄野を見て、目をみはった。私も決して自分の点数が最高だと過信していたわけではないが、スーツも着ずに、特殊な能力も用いなかったであろう玄野が私の点数を越えてきたことに驚いた。

 

「やっぱ計ちゃんはスゲーよ」

 

加藤が感心したように言う。西は面白くなさそうにふいと顔を背け、そのまま玄関へ歩み去ってしまった。

「それで、俺らはこれから……どうするんだ?」

 

「今からはもう自由だ。家に帰れる。だけど、次にこの部屋に来るときに備えてスーツとか銃はここに置いていった方がいいかもしれない」

 

「なるほど、分かった」

 

その後、加藤は生き残った新メンバーに彼の知っている全ての知識を伝え、解散することになった。

 

「加藤くんは……1人暮らしとかじゃないよね」

 

「え……あ、うん」

 

その答えに岸本は少しがっかりした様子で、「ならいい」と呟いた。彼女が何を思っているのかはおおよそ見当がつく。玄野とではなく加藤と一緒に住みたいのだろう。彼女の心理からすれば当然のことだろうが、それを見る玄野の気持ちはどうだろうか。

 

玄野は加藤と岸本のやりとりを聞いていたらしく、とてもではないが穏やかな気分でいられないようだった。

 

「……帰ろうぜ、咲夜」

 

冷え冷えとした声で、玄野は手招きする。

 

「……分かりました」

 

玄野が岸本の生活の世話をしているとはいえ、彼女が玄野になびくとは限らない。それは彼女の自由であるからだ。だが、岸本も岸本で、玄野が彼女を家に泊めていることを当然のように思っているふしがある。彼女には他人が何の見返りも無しに自分を助けてくれるものだとでも思っているのだろうか。

 

あえて厳しく言えば、玄野は期待しすぎで岸本は自分本位すぎるのである。

 

2人をそれとなく諌めておこうか、と思いもしたが、個人間のちょっとした喧嘩に第三者が介入するとろくなことにならない。流石に2人もいきなりキレるほど精神は幼くないだろうし、そのうち何とかなるだろう。

 

ーその判断が間違いであったことを知るのはもうしばらくしてだったが。

 

 

 

 

 

 

「えーと、名前は……十六夜咲夜さん、でいいんですか?」

 

「はい」

 

「えーと、ハーフの人?」

 

「いえ、日本生まれの日本育ちですが」

 

こう答えなければ出した偽の履歴書と矛盾する。それで不審がられれば、就職は失敗ということになるだろう。私は現在、ある有名なカレーのチェーン店の1室で、アルバイトをするために面接を受けていた。

 

田中星人との戦いが終わってからの数日間でこの世界の常識はある程度身に付いただろうし、次は自力で生活できるだけの収入を得なくてはならない。ここにいつまで留まることになるのかは分からないが、数ヶ月から年単位まで考えておく必要がある。

 

その間ずっと盗みで生計をたてるというのも感心しない話だし、何より玄野が死んだ場合、私は家を出ていかざるをえないため、こうして面接を受けることにしたのである。

 

何度か言葉を交わすと、男ーこの店の店長だというーは採用してくれた。

 

「明日から来てね。あと、夜は本当に無理?」

 

「すみません。手のかかる人が2人、家にいるので……」

 

夜にシフトを入れない理由は今言ったことだけではなく、夜にガンツの呼び出しがある可能性が高いからである。今までーといっても2回だけだが、ミッションは全て夜に行われている。ガンツが戦いの存在を秘匿しやすいように夜を選んで召集をかけているのだろうと予想しているが、昼に呼び出され、メンバーの社会生活が成り立たなくなる可能性を消す意味合いもあるのかもしれない。

 

店長は大変だねえ、と言いながら立ち上がると部屋の扉を開け、手招きした。

 

「シフトは明日からだけど、今日のうちに仕事の内容を頭に入れといてほしい。今ちょうど休憩してる先輩がいるから」

 

店長の後をついていき、従業員の休憩室に到着した。

 

「背が高くて怖そうな見た目かもしれないけど、彼はいい人だよ、うん」

 

そう言いながら、店長はドアを開けた。最初に目についたのはロッカーで、ずらりと右の方にならんでいる。共同スペースだからか、他にある物といえば大きいテーブルといくつか椅子だけだった。そのテーブルの向こうに1人、男が座っていた。その男は私たちが入ってくる気配を察知して、顔をあげる。それを見て、私は少し目を見開いた。

 

「彼は、この前から勤めてくれてる加藤勝君。えーと、わからないことがあったら加藤君に聞いて」

 

加藤も私を見るとじわじわと驚きが広がっていき、「あ……」と声をもらす。この店のバイト代が他と比べて高く、近くに交通機関があるため、バイト先が重なったらしい。店長は私たちの反応を見て、

 

「え、ひょっとして知り合い?」

 

「えーと、まあ、そんなものです……」

 

「なら2人だけでも大丈夫か。後は任せたよ、加藤君」

 

「わ、分かりました!」

 

加藤は頭を下げて店長を見送ると、何故か困った顔をしながら、こちらを見てきた。

 

「えーと、俺こういう時どう言えばいいのか分かンないんだけど……まあ、よろしく」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 




この話を書くときにパソコンを修理に出しててスマホを使って執筆していたんですが、当然北条について書くときに「ホモ」という文字を使わなければならないわけです。

執筆が終了した後に調べたいことがあると言った友人にスマホを貸して、その友人が「星新一」と入力しようとしたのが運の尽きでした。予測変換で「ホモ」が出てきて深刻な誤解を受け、無事に死亡しました。

履歴を消していても変換機能は入力した文字を覚えていたというわけですね。ヤバいサイトにアクセスする人は気を付けた方がいいかもしれません。

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