時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
「では私は上がりますので」
「お疲れ、十六夜さん」
私は店長に会釈すると、レストランの扉を開けて、外へ出た。暖房の効いている店内と違い、かなり寒い。吹き付ける風は凍てつくような冷気を孕んでおり、私は首を縮こまらせた。
すると後ろから「これ使う?」という声とともに使い捨てカイロが差し出された。
「どうもすみません……って、加藤さんですか。今日は早いんですね」
加藤はいつも私より数時間遅めに帰っている。彼は両親を亡くしたため弟とともに伯母一家と一緒に住んでおり、弟の学費のために多くお金を稼がなくてはならないのだという。だから加藤は学校が終わってからすぐにバイトへ行き、私の知る限りでは1度もシフトを休んでいない。それがどういう風の吹き回しで早く帰宅することになったのか。
私が受けとったカイロを両手でぎゅっと握りしめながらそれを聞くと、加藤は少し笑って、
「金がたまッたから、不動産に行ってアパート借りようと思うんだ。そしたらあんな家にいずに済む」
あんな家、という言葉に思わず笑いがこぼれた。加藤も聖人ではないのだから当然嫌いな人物や苦手なものはあるのだろうが、こうはっきりと言ったことはなかったからだ。
私たちは一緒に駅へ向かいながら、1言2言、言葉を交わす。
「咲夜さんは、計ちゃんの家に住んでるんだっけ。記憶は戻ったのか?」
「いいえ、まだ全く……」
「そうか。まあどっかで思い出すといいな」
私は加藤と働く合間に情報交換を続けており、私が記憶喪失(嘘)であることも伝えていた。といっても私が教えられることなどほとんどなく、他に教えられたのはステルス機能の使い方くらいだった。しかも加藤は田中星人の時のようにステルスを看破されたり、見えないから他のメンバーに撃たれるかもしれないという理由で使いたがっていなかったのだが。
100点を取ることについては北条にうっかり口を滑らせ、ガンツから解放されるということを知らせてしまっていたので、それについては加藤はあまり聞いてこなかった。
おそらく他人を生き返らせたり新しい武器でまた1から戦うなどという奇特な者はいないだろうし、ガンツからの解放以外の選択肢については別に教える必要もないだろう。
しばらく無言で歩いていたが、やがて加藤はゆっくりと口を開いた。
「……正直言って、俺、怖いんだ。ガンツの呼び出し……この前はうまく生き残れたけど、次はどうなるか……」
加藤は長く息を吐きながら、俯く。白く染まった吐息は寒々しく、一瞬だけ私の視界を曇らせた。
「……誰だって、そうでしょう」
私も時間停止などという切り札があるからこそ積極的になれるのであって、いつかそれが通用しない敵と戦わなくてはならなくなった時、はたして私は生き残ることができるのだろうか。そしてそれは1ヶ月後に来るのか、それとも明日か、知ることはできないのである。
「……そうだな。だけど、もし俺が死んだら、歩はどうするンだろうって思うんだ」
「歩さん……弟さんですか」
加藤はゆっくりと頷くと、こちらを見た。
「もしさ…俺が死んだら、歩に俺はしばらく帰って来ないって、言ってくれないか」
「いいですけど…縁起でもない」
「分かッてる。ぜってー生き残るつもりだけど、一応な」
加藤は、何かか吹っ切れたように、空を仰ぎ見る。私もつられて見上げると、何となく物寂しい夕焼けが広がっていた。
加藤と別れて家に戻ってくると、すでに日は落ちかけており、橙色の輪郭だけがかろうじて屋根に貼り付いていた。
「寒っ……」
私は階段を急いで上り、部屋へと急いだ。加藤から貰ったカイロは袋を開けてから時間が経っていたのか、すでにぬるくなっていた。
私がドアに近づき、玄野から貸してもらった合鍵を差し込もうとすると、突然扉の向こうからがちゃり、という音がして、ドアが開いた。
「あ、咲夜……」
中から出てきたのは岸本だった。見ると薄手の部屋着に、靴を裸足でつっかけている。少なくとも冬の夜の外出の格好ではない。岸本はそのまま歩き出そうとするので、肩を掴んで引き留めた。
「ちょっと待ってください。どこへいくんですか? ちゃんとした格好じゃないと風邪ひきますよ?」
私が自分の羽織っていたコート(代金はきちんと払った)を着せると、岸本は振り向いた。少し涙ぐんだ顔で、絞り出すように言う。
「出ていけって、言われたから……」
「はい?」
「玄野くんに、出てけって言われたから……」
多分、玄野もついに頭にきたのだろう。可愛さ余って憎さ100倍というものか、もしくは加藤に向けられない嫉妬が爆発したのかもしれない。
「私、これからどうすればいいんだろ……」
岸本は同情を求めるような顔でこちらを見てくるが、私にどうしろと言うのだろうか。私には岸本を扶養する義理も余裕もないのである。私は少し考えて、岸本に答えた。
「今から玄野さんに頼みこんで家に留まらせてもらえばいいんじゃないですか?」
「……でも、玄野君は加藤君のところにでも行けって……多分……無理」
「じゃあまず公園のトイレあたりに住んだらどうでしょう。風を防げますし、毛布を用意すれば十分寝られます。バイトをすればいいアパート借りられるかもしれませんし」
私は、あえて加藤のことは言わなかった。彼に岸本のことを言えばアパートに住まわせるのを断るとは思えないが、高校生がアパートの家賃を払い、人間1人を養う負担を受け止められるとは到底思えない。玄野を何とか説得するのでなければ、それがまだいいのではないか。
しかし岸本は、ふるふると首を横にふった。
「無理。絶対寒いもの」
「……じゃあ以前の生活を取り戻す方法が1つだけありますよ」
私がそう言うと、岸本は目を輝かせた。
「教えて。どうすればいいの?」
私はにこりと笑って、
「簡単なことですよ。あなたがオリジナルのあなたを殺して入れ替わればいいんです」
岸本の表情は、凍りついた。
「あ、いえ。殺してはまずいですね。死体が残りますし、いくら自分でも可哀想ですよね。……そうだ、あの捕獲用の銃を持ってきてオリジナルを『上』に送ってしまうのはどうでしょう。それなら死ぬとは限らないし、証拠も残りません」
彼女のその後も考えてそう私は提案してみたが、岸本は自分が自分を殺すところを想像したのか、真っ青になって私を睨み付けた。
「あなたが、そんな人とは思わなかったわ」
岸本は絞り出すようなか細い声でそう言うと、私の手を振り払って駆け出した。
「……お気をつけて」
私は何故そんなことを言われたのか理解できなかった。トイレに住むのは非常事態ではあるが、毛布を持っていれば少なくとも凍え死にする心配はあるまい。あとは仕事さえ見つければおのずと生活できるのだ。
そしてオリジナルの岸本を殺すという話は倫理的に問題があるし家に戻りたくないらしい彼女にとっては問題外だったのだろうが、前案が嫌で死にたくもないのなら、これで我慢したら良いだろうに、と思ってしまう。
「……まあ、何とかなるでしょう」
無責任な発言だが、岸本は他人だし、私は岸本にアドバイスをするという責任は果たした。あとは彼女が好きにすればいいだろう、そう思って家に入ろうとすると、扉を勢いよく開けて、玄野が出てくる。
「咲夜! 帰ってたのか。ちょうどいい、岸本どっかいったのか知らないか?」
「さあ。……ていうか、あなたが追い出したんじゃないんですか?」
そう言うと玄野は、黙りこんだ。
「今から行っても多分岸本さんは見つかりませんし、家に戻りましょう」
ちちち、と雀の鳴き声がして、俺は目が覚めた。むくりと顔を起こして、隣を見る。が、そこには岸本の布団はなかった。
「そうか……もう、いないんだっけ……」
昨日、あまりに加藤のことばかりを誉めていた岸本に腹をたて、思わず怒鳴り付けてしまったのだ。
「そりゃ、俺……モテねーよな……」
1人でぼそりと呟くと、少し俺のベッドの足元の方から、すやすやと寝息が聞こえてきた。
咲夜は部屋の広さの関係で、彼女が購入した布団(どこからその金が出ているのかは知らない)を使って部屋の端で寝ている。いつも俺が目覚める時にはすでに起きて朝食の支度をしているのに、どうしてまだ寝ているのか、と思ったが、時計を見てみると5時半を指していた。俺が早く起きすぎたのだ。
「………」
俺は、ちらりと咲夜の寝顔を見た。しっかりと目を閉ざし、規則正しく呼吸している。彼女も、岸本のように出ていけと言われれば俺の所から去ってしまうのだろうか。
(ある……かもなあ)
咲夜とは出会ってすぐに打ち解けたが、何となく、早く打ち解ける分、出ていくことにも躊躇いがないのではないかーそんな気がする。
「お……嬢様、咲夜は今、戻りますから……」
その時、咲夜の口からぼそぼそと寝言が零れるのを聞いた。
「お嬢様?」
そういえば、俺は咲夜のことを全くと言っていいほど知らない。彼女自身も知らないらしいが、夢を見るときに記憶の一部が戻ってくる、ということがあるのかもしれない。……もしそうなら、これは彼女がどこで何をしていたか知るヒントになるのではないだろうか。
「え……帰れない? やめてくださいよ、そんな冗談……ねえ、嘘ですよね」
咲夜は夢の中で『お嬢様』と話しているのだろう。あまりにもしっかりとした口調だったのでからかわれているのかと思ったが、やはり寝ているようだった。
「……どうして答えてくれないんです? いつ私は帰れるんですか? あなたのせいで、私は……」
記憶を失う前に何かがあったのだろうか? 咲夜が死んだ原因はこの『お嬢様』にあるようだし、複雑な事情があるらしい。俺はその続きを聞こうと耳を傾けていたが、残念ながら夢を見終えたのか、咲夜はそれきり何も言わず、何事もなかったかのように眠り続けていた。
「え? 私、寝言言ってたんですか?」
岸本が出て行った翌日の夜、夕食の時にそう言われ、私は箸を取り落としかけた。
「ああ。俺、今日早く目が覚めたんだけどさ、お嬢様とか帰れないとか言ってたよ」
「なんでしょうね……全く思い出せません」
私はそう言ってうーんと考え込むふりをしながら、内心では舌打ちしたい気分だった。これまでずっと1人で寝てきたので自覚できなかったが、ひょっとすると私は睡眠中に何かを口走る癖があるのかもしれない。玄野がいつも通り私よりも遅く起きるのなら問題は無いが、起きていれば今回のように余計な情報を与える可能性が高い。説明するのが面倒なのでここの世界にやってきた経緯は記憶喪失と言って済ませていたが、そのうち本当のことを白状する必要があるかもしれない。
「お嬢様……ですか。私って何をしてたんですかね?」
「さあ……本物のメイドだったりするんじゃねーの?」
「あるかもしれませんね」
大正解、と心の中でちろりと舌を出しながら、笑う。彼は戦闘もそうだが、勘というものが人よりも優れているのかもしれない。ねぎ星人の時はスーツを真っ先に着ていたし、田中星人の時も銃で直接狙うのではなく、建物の重量で押しつぶすという発想を一瞬で出したあたりも間違いなく彼の才能だろうー
そう思っていると、ぞくりと寒気がした。続いて耳元で、奇妙な高音が聞こえてくる。
「これは……ガンツ?」
「……来た来た来たっ!」
玄野は何故か嬉しそうに、制服を脱ぐ。既にスーツを着こんでおり、準備は万端のようだった。玄野が上着を脱いでスーツだけになった時、私たちは金縛りにあい、玄野、私の順番に転送された。
「また出てきたぜ」
私たちが転送されると、そこにはすでに全員が集まっていた。新規メンバーらしいのは2人の私服姿の男、柔道着を身に着けた彫りの深い顔の男ーおそらく人種的には私と同じだろうーと太った迷彩柄の服を着た男。そして次に目に入ったのはエキゾチックな美貌をもつ、黒髪を後ろで編んでいる女。そのかたわらに会社員や眼鏡をかけたいかにも頭脳派という印象をうける青年、そして黙って端で座っている坊主頭と本物の坊主。
そして以前からのメンバーである加藤、西、北条、サダコ、犬……そして岸本。自分で何とかできたようで、パジャマを着ていたことから、少なくとも凍死はしないであろうことは分かった。玄野は岸本を見て複雑な表情をしていたが、やがて口を開いた。
「大丈夫だった……? 出てった後」
「あ……うん。大丈夫だったよ」
岸本が答えると、加藤が不思議そうな顔をしていたので、岸本は慌てて説明した。
「えっと、帰るとこ、無くて……玄野君の家に泊めてもらってたの」
「へえ……何で計ちゃんのうちに?」
「玄野君の学生手帳しか、頼る物……無くて」
聞いた玄野は、相当ショックを受けたのか、よろよろと部屋の外に歩いて行った。それを見ていた黒髪の女が、何故か彼を追って部屋の外へ出ていく。
「……ほんとに、玄野君とは何もなかったの」
岸本が加藤に弁明しているのを見て、流石に玄野が哀れに思えてきた。家を貸して食費まで出して、「できるだけなら加藤が良かった」とまだ言われているのだから。玄野に惚れる義理はないにしても、それぐらいは気をつかうべきだろう。
そう思って岸本に話しかけようとした時、坊主が立ち上がって、静かな声を出した。
「……皆の者。ここは死者を選り分ける試しの場だ。念仏を唱えれば、極楽浄土へ行ける」
状況を呑みこめていない新規メンバーはばっと坊主を振り返った。
「そうだ。南無阿弥陀仏と言えば、助かるのだ。分かったな」
私も少々この坊主の発言に面食らったが、確かに1つだけ、この坊主は何も分かっていないということは分かった。黙ったまま壁にもたれかかっていた西も笑い出し、
「何言ッてんだよ、ぼーさん。そういうことは俺の方がよく知ってるぜ。……今からその黒い玉からラジオ体操の曲が流れ出すんだ」
その坊主が西に反論しようと口を開けた瞬間、あの歌が流れ出した。加藤も坊主に近づいて、言う。
「……悪いが、あんたよりは俺たちの方がよく知ってる。この後、敵の情報がその黒い玉に表示されるんだ」
加藤がそう言うと、それを待っていたかのように、ガンツに敵の情報が表示された。
『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい
《あばれんぼう星人》
・特徴 つよい、おおきい
・好きなもの せまいとこ、おこりんぼう
・口ぐせ ぬん
《おこりんぼう星人》
・特徴 つよい、おおきい
・好きなもの せまいとこ、あばれんぼう
・口ぐせ はっ
ガンツを読んでいる人は誰でも、ステルスどう考えても便利なのに何で皆使わないの? と思うのではないでしょうか。
漫画として面白くないから、という理由以外で真面目に考えてみると、2つほど思い付きました。
・そもそもステルスの方法が分からなかったから(加藤が宮藤にレーダーの使い方を調べてほしいと言っていた)
・誤射を防ぐため
こんな感じで原作で説明されなかった部分を何とか解釈することもできればいいなと思っています。……1番難易度高いのは100点クリア時の報酬でガンツから解放される理由を説明することですかね。強くなったメンバーが次々離脱していったら戦わせてる意味ないのでは?と……。
37巻まで全部読みはしたのですが、未だに「何故?」と考えてしまいます。誰かいい回答知らないかな……。