時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
私は左手のXガンを撃ちながら、つかず離れずの位置で戦い続けることにした。接近しすぎると剣の餌食、ある程度の距離になると溶解液を喰らう。いずれもスーツのガードは効かないようで、回避するしかなさそうである。
千手観音は銃撃や斬撃を受けても瞬く間に回復し、何事もなかったかのように歩を進めてくる。千手観音は中距離から攻撃してくる私に反撃できないのか、あるいはわざと反撃していないのかは分からないが、それでも歩くだけで私を寺を囲む壁まで追い詰めつつあった。
刀で両断しても同じように再生するだけで、決定打にならない。倒す方法も未だに思い付かず、じりじりと後退する。
こつん。
「行き止まり……!」
かかとが硬い物に当たる感触がして、後ろを振り返ると壁が立ちはだかっていた。私は千手観音を注視するあまり、あとどれだけ下がれるかを計算していなかったのである。
(まずい……!)
千手観音はさらに私に近づくと、おもむろに剣を持ち上げた。
振り下ろされる寸前、千手観音の腹が吹き飛んだ。頭、腕、下半身が次々と弾けとび、まるでミンチのようになってしまう。
「おーい、大丈夫か!?」
こちらに走ってくるのはスーツを着たらしい2人の男と、宮藤。しかし彼らは銃を構えてすらいないので、千手観音を撃った者ではない。おそらく屋根の上で黙々と狙撃をするあの男がやったのだろう。
上を見ると、予想通り狙撃手の男が屋根の上で伏射姿勢をとっているのが見えた。
「今回はこれで終わり……かしら」
流石の千手観音も、体を全て肉片に変えてしまえば、再生することはできまい。
そう思って千手観音のいた所を眺めていると、散らばる臓物のなかに、時計のような何かを持っている千手観音の手首が落ちているのを見つけた。
そしてそれがぎりぎりという音とともに回転すると、突然千手観音の再生が始まった。
「なっ!?」
私が驚きのあまり声を上げた瞬間、千手観音の持っていた灯籠が、ちかりと光った。
直感的に危険を感じ、私は時間を止め、千手観音の側面に走った。
時間停止を解除すると、灯籠から私のいたところに向けて、レーザーが発射された。しかもただ1ヶ所を攻撃するに留まらず、そのまま光線は円を描いて私に襲いかかってきた。
時間停止は連続して使うことができない。迫り来るレーザーを見て私はとっさに身を伏せたが、不意を突かれたため、一拍遅れた。
じゅっ、という音とともに私の右腕はレーザーに焼ききられ、空中を舞った。
「いっ………!」
神経を引きちぎられるような痛みが走り抜け、生暖かい液体がばっと吹き出る。私の右腕は刀を握りしめたまま、少し離れた所に落下した。
「な、何だ!?」
叫んだ宮藤に、逃げろと警告しようとしたが、激痛に耐えるために歯をくいしばっていたので、かなわなかった。そして、噴き出す血液のつくる赤いもやの向こうで、再びちかちかと灯籠が光った。
直後、宮藤たちの体が切断され、バラバラになって落ちる。さらに千手観音はあさっての方向に向かって光線を乱射し始めた。おそらくあの狙撃手への威嚇攻撃だろう。
(とにかく、止血して……ここを離れないと)
私は、断続的に刃を突き刺されるような痛みのある右肩を見た。心臓が拍動する度に血の流れ出す傷口に手を当て、スーツのパワーで握りつぶす。
「あ………ああっ!」
筋肉組織のつぶれる、みちみちという音とともに、右腕のつけねからの出血は収まった。これをすると後で傷口が壊死することが多いが、今は止血しなければ失血死するし、どうせミッションが終われば再生されるのである。
止血が完了すると、私は出しうる全速の速さで走った。後ろを見ると千手観音は威嚇射撃をまだ続けており、こちらに向かって攻撃はしてこなかった。
(………もう、息切れ)
血を失いすぎたのか、寒気が背筋を這いまわり、息も荒くなる。
あんな武器を隠し持っているのは予想外だった。おそらく私に対して最初から使わなかったのは、一網打尽にするために仲間が集まってくるのを待っていたのだろう。そしてその目論みはうまくいき、宮藤と2人の男の命を奪うことに成功したのである。
……だが、こちらも千手観音を倒すためのヒントを手に入れた。私は腕を切断される直前、落ちていた道具が動いて再生が始まったのを目撃した。おそらくあれが時間を巻き戻す装置であり、持っているそれを破壊してしまえば再生はできないのだ。
(誰かに……伝えないと)
できるなら私が戦いたいが、右腕を失い、出血のために満足に動けない状態ではどうしようもない。挑んでいっても返り討ちにあって殺されるのが落ちである。
振り向くと、千手観音は追ってきてはいなかった。五体満足の狙撃手を追っているのかもしれない。彼は確かに強いが、お堂の中で溶解液や剣による攻撃を見ていない。いずれやられてしまうだろう。
となれば、伝えるべき人間は……と考えた時、建物の影から何かが飛び出してきた。奴か、と思いXガンを構えると、その人物は慌てて言った。
「俺だ。加藤だ」
俺は計ちゃんを避難させ、桜岡に見守ってもらうよう頼むと、お堂へ向かった。桜岡によると、咲夜が残って千手観音と戦っているらしい。俺は落としたYガンー捕獲用の銃のことだーで千手観音を「上」に送れないかと考えていたので、それを取り戻すという意味でも、お堂には行かなくてはならなかった。
しかし、そこに着くとお堂のあったところには大量の木片や石瓦の散乱しており、建物の残骸があるだけだった。千手観音がやったのか、咲夜がやったのかは分からないが俺はこの中から銃を探すのを諦めた。そして行方の分からない千手観音と咲夜を探し、歩き回っていると、ようやく咲夜と合流することができた。だが、咲夜は右腕が無くなっており、顔も血の気を失い、真っ白だった。
「咲夜さん、その腕……」
「アレにやられました。それと、私の他に3人…宮藤と2人組の男が既に死んでいます。狙撃していた男も生きているか分かりません」
俺のいない間に、戦況はかなり悪化していた。整理すると計ちゃんは戦闘不能で咲夜も戦うことは難しく、残る人間は俺、狙撃手の男(生死不明)、桜岡、西(生死不明)だけである。
咲夜の青ざめた唇から、続く言葉が紡ぎ出された。
「とりあえず、分かったことを伝えます。千手観音はレーザーによる攻撃を隠し持っていました。スーツによる防御は無効で、照射中は光線がこちらに向かって移動してくるので注意してください」
「ああ……気をつける」
「それと、再生能力の正体ですが…あの時計のような道具の効果です。あれを壊せば、千手観音はこれ以上蘇ることはできません」
3人の命と咲夜の右腕を代償にした、貴重な敵の情報。それを聞き終えると、俺はゆっくりと頷いた。
「分かった……絶対、俺が倒してくる」
「……ええ、お願いします。私もできうる限りの援護はしますので」
なおも咲夜は戦おうと考えているらしいが、それは流石に無茶だ。俺が引き留めようとすると、
「大丈夫です。確かに今、私はまともに戦えるだけの体力はありません。でも隠れながら敵を撃つくらいならできると思います」
咲夜は、そう言うと持っていた装置を使って、姿を消した。
「……分かったよ。本当に休むつもりはないってことだな?」
「ええ、もちろん」
その声はいつもより弱々しかったが、俺の心の緊張を、わずかにほぐしてくれたような気がした。
俺は、寺院の屋根から今回のボスを見て、にやりと笑った。ミッションが始まってからずっとステルスで隠れてちまちまと仏像を殺していたが、ついにがっぽりと点が入りそうな星人が現れたのだから。
いつもは慎重に戦うのが俺のポリシーだが、あと一息でガンツから解放されるのだ。新しい武器を入手して「カタストロフィ」に参加することも考えないではなかったが、カタストロフィ自体をよく知らないし、危険すぎる賭けには出ないほうが賢明だろう。
しかも都合のいいことに、玄野や咲夜など、ほとんどのメンバーが軒並み死亡するか重症を負っているので、邪魔する者はいない。上から見ていて千手観音の攻撃法は分かったし、再生能力への対策もある。
俺は寺の屋根から飛び降り、着地すると、腰から捕獲用の銃を引き抜いた。これで捕まえてしまえば、奴の再生は関係ない。一発で仕留められる。
(だが、まだだ。慎重にいく)
前回は俺のステルスを見破ってきた星人がいたし、今回も相手がそのようなタイプであれば、銃の射程距離に敵をおさめる前に攻撃されるかもしれない。何か保険となるものはないかー
そう思ったとき、向こうからちょうど桜岡が走ってくるのが見えた。
(……そうだ。こいつを囮につかおう)
俺がステルスを解除して姿を現すと、彼女はぎょっとして立ちすくんだ。
「……星人、じゃない。君は……そういえばあの部屋にいた……」
「西だ。さっきからずっと隠れて千手観音の様子を見てた。あれは、倒せる」
「どうやって………?」
桜岡の問いに、捕獲用の銃を見せた。
「この捕獲用の銃で捕まえる……だけど、射程距離に近づくまでに攻撃を受ける可能性がある。それまで……」
「千手観音を引き付けてくれってこと?」
「……そういうことだ」
答えると、彼女は少し考え込んでいたが、意を決したようで、
「分かったわ。玄野くんが生きている間に、決着をつける」
どうやら重傷を負った玄野のために、囮をするつもりらしい。ラッキーだったと思いながら、俺は知っている千手観音の攻撃方法を全て伝え、一緒に先ほど千手観音のいた寺院の門の前まで移動することにした。
「で、玄野はどうしたんだ?」
「彼は……お寺の中に入れてきた。多分私が守ってるより、見つからないようにした方が安全だろうし」
「なるほどね」
俺はステルスで姿を消しているので、傍目には桜岡が1人で喋っているように見えるだろう。小声で会話しながら、門の近くまでやってきた。
「……いる」
桜岡が指差した方向に、千手観音がたたずんでいた。その足元にはあのスナイパーが転がっており、虚ろな目は宙を見つめている。千手観音は向こうを向いており、こちらに気づいていないようだった。
「作戦通りにいくぞ」
俺は音をたてないよう、摺り足で千手観音の右側に回り込む。しかし千手観音は全く反応せず、向こうを向いたままである。
(………楽勝か?)
桜岡も千手観音の後ろへ忍び寄り、緊張した顔もちでXガンを構えているが、あまりに簡単に近づけたことに、少し拍子抜けしているようだった。
俺は生唾を飲み込み、銃口を千手観音に向け、上側の引き金を絞る。
かちり、と音がして、千手観音をロックオンした。これでもう一度下の引き金を引けば、確実に千手観音を捕獲することができる。そう思った瞬間ー
千手観音の背中が、目の前に迫っていた。
「!?」
俺はとっさに身を引こうとするが、それよりも早く、奴の手が閃く。
ぞぶっ、とトマトを握りつぶしたような音が響き、俺の両腕が銃を構えたまま、落ちる。
「うがあっ!」
俺は膝をつき、悶絶した。温かい液体が自分の腕から流れているのが、現実感と痛覚を伴って認識される。
(く、くそっ! こんなはずじゃ……)
毒づいて、俺ははっとした。次の攻撃が来る。避けなくてはー
そう思って顔を上げたが、遅かった。俺が人生の最後に見たのは、視界を覆い尽くす閃光だった。
「馬鹿な………」
門にやって来た俺が見たのは、西の体がレーザーで切り刻まれる光景だった。西と行動していたらしい桜岡も、呆然として、それに見いっていた。
「どうやらステルスも効かないようですね」
横から、咲夜の声が聞こえてくる。彼女も西と同じようにステルスモードを使っていたが、無意味だと思ったのか、姿を現した。
「どうするの? リーダー! あいつ、やられちゃったよ!」
桜岡が叫ぶ。しかし俺は黙って、千手観音の方ー正確には、西の死体のそばに落ちている、Yガンを見ていた。ねぎ星人の時に所持していたのでひょっとしたらと思っていたが、やはり持っていたらしい。どうにかしてあれを拾えることができれば……と思っていると、千手観音はかがんで、西の割れた頭の中身をまさぐった。
「うっ……!」
ずるりと頭蓋骨の割れ目から取り出された西の脳髄を、千手観音はなんと、口に運んだのだ。桜岡は口を押さえ、咲夜も不快なものを見るような目でそれを眺めていた。
俺は震える手で、脳を飲み込んだ千手観音に向かって、Xガンを構えた。すると千手観音はやおら顔をあげて、口を開いた。
「まあ、待て………俺だ、西だ」
西が!西がお釈迦になッたッ!
……別にこれが言いたかったから西が千手観音に食べられたわけではなく、単純にGANTZ装備を加藤たち以上に知り尽くした奴が千手観音になったら面白いだろうなーと思ったので。