時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
『3、MEMORYの中から人間を再生する』
俺はその表示を見た瞬間、加藤の、岸本の、そして俺を初めて愛してくれた桜岡の顔が、脳裏を駆け巡った。ガンツの無慈悲な採点結果が伝えた、彼らの死。まだ、間に合う。また、あいつらと会えるー
咲夜は向こうを向いていたが、ガンツに映る彼女の唇は、口の端を広げる。3番ではなく、1番。自分の解放を選ぶ気だーそれを察知した瞬間、俺の手が勝手に銃を持ち上げ、咲夜に突きつけていた。
「咲夜……頼む。皆を、皆を生き返らせる……3番を、選んでくれ」
なんとしても、加藤たちを生き返らせる。咲夜も、その気持ちは分かってくれるはずだーそう思って俺が黙っていると、咲夜は無機質な声で呟いた。
「なるほど。気持ちは分かります……」
分かってくれた。彼女も、加藤に助けられたことくらいあるはずだ。あいつを生き返らせたいという気持ちが咲夜にも絶対あるー安堵の息を漏らそうとしたとき、
「え?」
俺の構えていた銃が、手の中から消えていた。そして目の前には、いつの間にか俺の銃を奪って逆にこちらへ向けている咲夜。彼女の瞳に浮かんでいたのは、自分だけ解放されようとしたことへの後悔ーではなく、青い炎を思わせる、激怒だった。
「気持ちは分かります。が、もしもですね。玄野さんの言うとおり、私がここで皆さんを生き返らせたとしましょう。でも、私が例えば次のミッションで死んだらどうします?」
「……お、俺が生き返らせる!」
「あなたも死んでいたら? 全滅したら? 私の生き返るチャンスはありませんよね。そうなると玄野さん、あなたが私を殺すことになるんですよ」
「俺が、咲夜を……?」
確かに彼女は千載一遇の解放のチャンスを手にしているのだ。ここを逃せば、いくら強くても今回の千手観音のような奴が出てくれば、生き残れるとは限らないのだ。
「そして、私に銃を向けた……私は、武器を向けた人は絶対に許しません。武器を向けるということは、向けた相手に殺される覚悟があるもののみに許される行為だと、少なくとも私は思っているのですが……あなたは、殺される覚悟は、ありますか?」
咲夜は、今まで見たこともないほど目を細め、俺を睨み付ける。俺が見てきたのは全くの無表情か笑顔だけだったので、彼女にも当然怒りの感情はあると知りつつも、そんなものはないと錯覚していたのかもしれない。
かちり。咲夜が俺の頭に向けた銃の引き金を引いたので、俺はびくりとした。
「今のは、上トリガーです。あなたは先ほど、似たようなことをしましたよね」
氷を抱きしめるような、しみる冷気が俺の体を貫いた。本気だ。咲夜は、本気で俺を殺そうとしている。汗がびっしょりと出て、膝が震えた。
「…………」
しかし咲夜は、下の引き金に指をかけたまま、何もしなかった。そして、何かに気づいたらしく、「……そうだ」と言うと、銃を下ろした。
「玄野さん。気が変わりました。やはり3番を選びましょう」
「!?」
俺が驚いて咲夜の顔を見ると、咲夜はガンツの方にちらりと目をやってから、答えた。
「……私が死んだら、絶対に生き返らせてください。これが交換条件です」
「……ああ、分かった」
私が3番を選んだ理由。それは、玄野の説得に応じたからではない。1の解放について、私というイレギュラーにそのルールがきちんと適用されるかが怪しかったからである。
実際に、皆は(宿無しだった岸本を除いて)自宅に戻っていたが、私はこの世界に取り残されたままだった。であれば、ガンツからの解放というのはつまり、私がこれまでの記憶を消され、こちらの世界でずっと生き続けることかもしれないのである。
確証はないが、可能性は大いにある。それならガンツからの解放ではなく、出きるだけ長い期間生き残って、その間に自力で幻想郷の誰かと連絡を取らなければならないのだ。
……ということに気がつき、私は1番から3番に変える気になった。2番の『強力な武器』を選んでもよかったが、今回の千手観音は、基本装備ー捕獲用の銃があれば楽に倒せていたはずである。つまり、強力な装備がなくても、武器の使い分け次第で敵は倒せるのだ。
私は、これまでの死者が表示されていくのを眺めながら、先ほどの自分の醜態を思い出して、少し赤面した。
銃を向けられたと感じた時、私が最初に感じたのは恐怖だった。私は能力の特性上、不意を突くことはあっても、突かれることに慣れていない。おまけに玄野に撃つつもりはなく、スーツの防御効果によって効き目はないと分かっていても、武器を向けられたという意識が、たちまち恐怖を怒りに変えたのだ。
(クールダウン、クールダウン……)
せっかく生き残った2人で殺しあいなど馬鹿げている。深呼吸して気を落ち着けていると、ガンツをいじっていた玄野が、「あ……」と呟いた。
「どうしましたか」
「再生できるのはこのメモリーの全員じゃない。誰か、1人なんだ……」
予想はしていた。それが可能なら1番を複数人が選ぶ理由が無くなるし、人数が多くなりすぎる。
「じゃあその1人を決めてしまいましょう」
「ひ……1人……」
玄野の目が往復し始める。加藤、岸本、桜岡。この3人から、誰を再生するか考えているのだろう。私としては特に目立った戦闘能力が無かったので岸本を除外して、リーダーシップのある加藤、格闘能力の高い桜岡、名前もよく分からないが、寺の屋根から仏像を撃っていた狙撃手あたりを生き返らせたい。
玄野はしばらく考えていたが、やがて、疲れた声を漏らした。
「……俺には無理だ。3人から、1人だけなんて……」
「じゃあ私が決めても問題ないですね」
誰を再生すれば私が元の世界に戻るまでに生き残れるかーとシンプルに考えていたので、すでに私の結論は出ていた。
「加藤勝さんを、再生してください」
そう言うと、死者の画像が消え去り、レーザーが空中に向けて照射され始めた。おなじみの音とともに、オールバックの髪、太い眉、鼻……と加藤の全身が描き出されていく。
「……あれ、ここは……」
「ガ、ガンツの部屋だ……俺たち、戻ったんだぜ……」
玄野が涙ぐみながら答える。加藤はきょろきょろと周りを見ると、不思議そうな顔をした。
「せ、千手は……? あと、皆は……?」
「千手観音は多分私が倒しました。ですが、他の皆さんは死んでいます。私と玄野さん以外は、全員……」
「計ちゃんと咲夜さん以外って……じゃあ俺は?」
「咲夜に頼んで、再生してもらったんだ」
(
玄野のセリフに引っかかる所はあるが、黙っておくことにした。それに加藤を生き返らせようと思ったのは私の意志でもある。今回、私たちが生き残っていくために必要なのは個人の能力ではなく、どれだけ連携して戦えるかだ、ということだと学んだ。しかし私や玄野、桜岡や狙撃手のうち誰もチームを引っ張る力は無い。できるのは彼1人。それが加藤を再生した
「そうか……俺は1度、死んだのか……」
加藤は自分の顔を見下ろした後、私の方に向き直った。
「ありがとう。これで俺は……帰ることができる」
「そんなに改まらなくても……加藤さんが死んだのを伝えに行くのなんて御免ですし。自分の足で帰ってください」
「……はは」
加藤は少し笑った。そしてガンツの表示も消え、完全にミッションが終了したことを知ると、私たちは帰宅の準備を始めた。
「咲夜さん……岸本さんは?」
「再生できるのは1人だったので……ですが、彼女はオリジナルが死んでいません。今更この世に呼び戻しても、彼女の居場所は無いでしょう。生き返らせない方が、彼女のためだと思います」
加藤を納得させるための詭弁だが、言いながら、ちくりと胸を刺す痛みが走った。
「まあ、今日はこれで戦いは終わりということにしましょう。それと、今度は私たちで訓練をしてみようと思うのですが、どうでしょうか」
「訓練?」
「はい。武器を調べたりして。準備しておけば生存率も上がると思いますし」
「そうだな。計ちゃん、やる?」
「ああ、俺もやる」
玄野も頷き、その後の話し合いの結果、玄野の家に集まって訓練をすることが決定した。もちろん武器も持ち帰らなくてはならないため、それぞれ武器を持ち出して家路についた。
「『……幻想郷 入り方』っと」
かたかたかた、と私はキーボードを叩いた。このパソコンという道具の使い方は玄野から教わったが、未だにローマ字入力というものには慣れない。紅魔館の倉庫にあったタイプライターに似ていなくもなかったが、玄野曰く、これの主な機能は図書館のようなものらしい。何億という人間が情報を追加したり閲覧したりするので最大の情報量なのだという。
『幻想郷 入り方に関する結果は見つかりませんでした』
「世界最大……なのね。これが」
落胆して、私は検索ページに戻った。今日は仕事が休みなので、玄野が学校へ行っている間に幻想郷に戻る方法を調べようと思ったのだが、幻想郷に関する記述は一切なかった。ガンツの100点クリアの解放が信用できないので私は自力で戻るか、あるいは助けが来るのを待たなくてはならない。
「どうしようかしら……」
どう探しても幻想郷への手がかりは見つけられそうにない。そもそも記述があれば「幻想」と言い難いからなのかもしれないが、数時間を費やしても収穫がゼロなのはこたえた。
(残る手がかりは……アレくらいか)
私は幻想郷にいたころを思い出しながら、この世界から戻れるかもしれない唯一の可能性を取り上げた。
私の仕えるお嬢様とその妹は吸血鬼だが、人を穫ってそのまま血を吸うような真似はしない。毎回きちんと人間が支給されるからである。これは妖怪たちによって人が減りすぎないようにするための調節だが、人間が何らかの事情により配給できなかった場合、外の世界へ行って人間を拉致し、糧とすることがあるのである。
お嬢様が「外の世界に住んでいる吸血鬼と取引して、金と引き換えに獲物をもらうのよ。……友人か、ですって? ……まあビジネスライクな関係ではあるけど」と言っていたことがある。
つまりこちらの世界にも吸血鬼はいるのだ。そして取引できるというのなら、お嬢様と連絡を取ることのできる者もいるのではないか。
吸血鬼について調べようとした時、がちゃりと音をたててドアが開いた。玄野が帰って来たらしい。私はパソコンの電源を切ると、玄関へ向かった。
「お帰りなさ……って、玄野さん、後ろの人は?」
かなり背の高い長髪の高校生が、玄野の隣に立っていた。その顔は端正で表情は柔らかそうだが、どこか冷たい印象を受ける男だった。
「転校してきた和泉。遊びに来た。もう彼女もいるんだぜ、こいつ」
「なら彼女さんと一緒に帰れば良かったのでは?」
「俺、男家族ばっかりだったから。いきなり女子と帰るのは無理かな」
和泉は思いのほか気さくなようだったが、その言葉は嘘っぽく聞こえた。和泉の目はぎらぎらとしており、玄野の家に遊びに来たというよりかは、何かを探しに来たという方がしっくりくるかもしれない。
「この人は、玄野の彼女?」
「いや、違う違う。同居人。咲夜だ。……あがったら?」
玄野が手招きすると、和泉は頷いて靴を脱ぎ始める。いったい何が狙いで和泉はここへ来たのだろうか。そう思っていると、ふっと和泉は顔を上げた。
「そうそう、玄野は知らないみたいだが……あんたは、黒い玉……ガンツって知ってるか?」
ガンツ……? 何故この男がその名前を知っているのだろう。玄野が教えた? いや、そんなことをすれば頭が破裂する。しかも和泉自身はガンツについて言及しても頭は破裂しないのでガンツメンバーでもないのだろう。それなら彼は一体何なのだろうか。
「ま、とりあえず上がらせてもらうか」
和泉の口の端が少しゆがみ、笑みの形を作ったーように見えた。
咲夜の性格はまあ見ても分かる通り割り切った感じで書いてますが、感情的な行動もないわけではないです。
加藤復活でこの後は玄野咲夜のダブルエース、リーダーは加藤みたいな感じでいこうと思っていましたが、すっかり和泉の存在を失念していました。この辺りをしっかりしないと後で大変なことになるのできちんとしないとなあ……