時止めメイドと黒い玉 作:りうけい
和泉たちが走り去った方から、戦闘音が聞こえてきた。どうやらあちらも始まったらしい。早くこちらを片づけて加勢に行きたかったが、ここにいる和泉派のメンバーを殺さずに無力化するのに少し手間取っていた。
殺すだけなら時間を止めてXガンで好きなだけスーツの耐久力が0になるまで引き金を引き続ければいいのだが、相手も一応ガンツメンバーである。殺したら加藤が何か言うかもしれないので、殺さず無力化したい。そのため私は玄野派と戦っている横から透明化した状態で少しずつXガンで撃ち、地道にスーツの耐久力を減らしていた。
本当はYガンがあればもっと楽だったのだが、加藤のYガンはどうやら和泉が持って行ってしまったらしい。人間相手ならば手数のかかるXガンよりも一撃で「上」送りにできるYガンの方が有効なのである。
(……まあ、無い物ねだりをしても仕方ないわね)
そもそも私が玄野の方に味方すると決めたのはこちらに来てからだったので、行動が少々行き当たりばったりになってしまっている。もし今度も同じようなミッションがあるなら、あの部屋にいる段階で方針を決めておかねばならない。
(問題は、この戦いの後だけれど)
私の参戦目的はもちろん皆のチーム残留を引き延ばすことにある。小島を守るのはあくまでついでである……はずだ。だから私の真の勝利はここにはなく、次のミッションを成功できるか否か、にある。ここでの勝利は通過地点に過ぎないー
「……鈴木さん!」
レイカの声の方に顔を向けると、鈴木がサングラスの男に撃たれ、スーツからどろりとした液体を漏らしているところだった。
「よっしゃ、1人殺れるぞ!」
鈴木に向かって引き金が引かれるその寸前に、時間を止めた。男を銃で攻撃しても鈴木は撃たれてしまうだろうし、距離があるため鈴木を連れて逃げることも不可能。こうなれば、鈴木を守る方法は1つしかない。
私は、男と鈴木の間に身を投げだした。その瞬間時間停止が解除され、男のXガンが吠える。
ぎょーん、という音とともに、私の身体の表面でスパークがはじけた。どうやら鈴木には当たらなかったようである。
「……何だ今の?」
男が怪訝そうに言った瞬間、私はステルスモードのまま、引き金を1回だけ引いた。……といってもただの一発ではなく、ここで戦っている相手全員をロックオンした状態で、だが。
「う、うわっ⁉ 何だ、何だコレ⁉」
独特の高音とともに、男たちのスーツからどろりと液体があふれ出した。私はそれを確認すると、ステルスを解除して、姿を現した。
「あなた方のスーツは無力化しました。直ちに武器を置いて、降参してください」
リーダーらしいサングラスの男にXガンを構えたまま言うと、男は、にっと笑った。
「あんたに撃てるのか? 撃ったら俺、死ぬんだぜ?」
「………」
正直に言うと、他のメンバーの目を気にしなくてよいならば、別にこの男は殺しても構わない。訓練していないのでいくらでも替えが利くからだ。しかし近くには加藤が、そして背後には鈴木とレイカがいるのである。やりづらいといえばやりづらい。
「……ほらほら。撃ってみろって」
サングラスの男はてくてくと私に歩みより、挑発してくる。
「十六夜さん……」
後ろにいるため顔は見えないが、レイカが心配そうに呟くのが聞こえた。にやにや笑いを浮かべた男がさらに近づき、私の向ける銃口と、男の胸がぴたりとくっついた。
「ほら、危ないから、貸しなって。その銃……」
銃を奪おうと男の手が伸びてきたその時、私は男の足に向けて、1発だけ撃ちこんだ。
ばしゅっ、と血しぶきが散り、男の右足が吹き飛ぶ。男は声にならない叫びをあげながら地面に倒れこむと、舗装された道路の上をのたうち回った。
「……さて、他の人はどうしますか」
私が和泉派のメンバーを見てそう言うと、武装解除は数秒で完了した。
ー強い!
俺は、和泉と刀を交えながら、内心舌を巻いていた。
斬撃の重さ、正確さ、反応速度、どれをとっても俺に劣るところはない。それどころか一撃の強さに関しては咲夜すらも上回るかもしれない。前回の戦闘ではほとんど戦っている姿を見なかったが、やはりこんな頭のおかしいゲームに舞い戻りたいと思えるだけの実力はあったということらしい。
俺の打ち込みを的確に、そして最小限の動きで防御しつつ、隙があれば猛然と斬りかかってくる。先ほどの咲夜のような、圧倒的な手数で押し込むのとはまた違う、熟練した者の技だ。
「どうした玄野? それ以上下がったら……」
「⁉」
俺が少し後ろを見ると、タエちゃんは俺たちから10メートルほどの距離にいた。
「タエちゃんっ! 逃げろっ!」
「で、でも、計ちゃんは……」
タエちゃんは後ずさりながら、しかしそれでもまだ俺の方に意識を集中させているようだった。しかしその時、
「多恵さんだっけ⁉ 俺たちが食い止めてやるからさっさと走れ! 玄野が心配ならな!」
坂田が、ふとっちょの新規メンバーと撃ち合いながら、叫んだ。そこでタエちゃんはようやく逃げる覚悟をきめたらしく、さらに後方に走っていった。
「邪魔だな……あいつら」
和泉はちらりと坂田たちの方を見てそう言うと、俺に強烈な一撃を叩きこんできた。
「………っ!」
俺はすんでのところで受け止めたが、あまりの衝撃に、少したたらを踏んだ。……だが、体勢はすぐに立て直せる。次の攻撃が来たらカウンターを叩きこんでやる―――
そう思って和泉の次撃を待ち受けていると、和泉は俺に向かって刀を振りかぶるーのではなく、ガンホルダーから一丁の銃を取り出した。
Xガンか、と思って身を伏せようとしたが、よくみるとその銃口は3つーYガンだ。和泉はそれを真横に向けて、引き金を引いた。
ばしゅっ。
「くそっ、ワイヤーか!」
Yガンから放たれたネットは、俺ではなく、坂田をがんじがらめにしていた。和泉は少し笑うと、坂田、桜井と戦っていた稲葉とふとっちょの男に向かって指示を出した。
「桜井を1人が相手してる間にもう1人はターゲットを追え!」
桜井が慌てて立ちふさがるが、止められたのはふとっちょの方だけだった。稲葉がすり抜け、俺たちの後方ータエちゃんのいる方へ走っていく。
「稲葉ぁっ! てめえ、待ちやがれ!」
叫んだが、目の前の和泉の攻撃への対処に忙殺され、追うことなどできそうにない。早く和泉を倒して稲葉を追いかけなければ―――
俺は、焦った。和泉を相手に持ちこたえていたのはひとえにこの対決に全集中を注ぎ込んでいたからなのだが、その集中が、稲葉を追わなければという雑念に乱されたのである。
その結果は、数秒後に現れた。
和泉の右からの斬りこみへの反応が0.5秒遅れ、手痛い一撃を喰らった。たまらず下がった俺が見たのは、Yガンを俺に向けて構えた和泉の姿だった。
俺は走っている小島多恵の姿を見つけると、安堵の息を漏らした。まだ十分、俺たちの活動できる範囲内である。残り時間もあと10分だけだが、この距離なら問題なく仕留められるだろう。問題は、あることを除いて1つもない。
「止まれっ!」
俺がそう言って銃を構えると、小島多恵はびくりとして、立ち止まった。そしておそるおそるこちらに顔を向け、こちらの持っている銃を見ると、その顔に恐怖の色が広がっていった。
(問題は……俺が人殺しできる度胸があるかってことだな)
和泉は躊躇いなくやるだろう。あいつについて行ってはいるが、あいつはマジで頭がおかしい。多分人を殺してもなんとも思わないだろう。ただの直感だが、そんな気配を漂わせている。
だが、俺は人殺しの覚悟などしていない。ただ、生き残りたいから選択をしただけで、手を汚すつもりはさらさらなかった。俺の目の届かない場所で殺されてほしいと願っていた。
だから、俺は彼女を目の前にした瞬間、引き金を引けなかった。ただ銃を向けたまま、固まっていた。
「計ちゃんは? 殺したの?」
「……和泉と戦ってるはずだ」
「なら私……逃げないと。計ちゃんが戦ってるんだから、こんなところで捕まったら駄目」
そう言うと、小島多恵はくるりと背を向け、走り始めた。
「ま、待てっ!」
トリガーにかけた人差し指が、震える。撃てない。銃はそれほどうまくないが、この距離なら必中だーそう思うが、身体が動かない。ただ健気に走り続ける背中を撃つことが、途方もなく難しい。
「何してるんだ! やれ!」
和泉が走って来た。玄野は倒されたらしい。和泉は苛立ちを隠さず、駆けながら俺に冷たい声を投げかけた。
「……てめーは、あんな奴1人仕留めることもできないのか? こっちに来たときはちょっと見直したが……半端者だな」
半端者。確かに俺にぴったりの言葉だ。恐竜の時も、指輪星人のときも、周りの足を引っ張ったし、余計なことをしたりもした。……加藤や鈴木に比べたら俺はクズだ。でも、クズにはクズなりのプライドがある。
「……確かに俺は半端もんかもしんないが……その分、俺はお前よりクズじゃねー」
「なに?」
俺は思わず、和泉に向けてXガンの引き金を引いていた。今度はしっかりと奥まで、かちりと音がするほど深く。
「お前ごときが俺に勝てると思ってんのか?」
俺は倒れこんだ稲葉を見下ろして、訊いた。残り5分。小島を始末するには十分な時間だ。この腰巾着野郎が裏切るとは予想していなかったが、やはり俺の敵ではなかった。
「加藤のタフさも、咲夜の冷静さも、玄野の強さも、何も持ってない、てめーが不意を衝いただけで、俺を出し抜けると少しでも思ったのか?」
稲葉が俺を撃ってきた時には驚いたが、その後は反撃もままならず、ひたすら刀による斬撃を受け、5分と持たなかった。臆病が、そして長いものに巻かれろ的な性質がこの男の唯一の取柄のくせに、何をとち狂ったのか、それらをかなぐり捨てて襲ってきたのだ。
「まあ、俺は半端者だからな……」
スーツからどろりと漏れ出している液体は、スーツのものだけではなく、少々血液も混じっている。最後の一撃で、少し腹が抉れたらしい。稲葉は、顔をしかめた。
「痛ってえ……やっぱりこんなわりに合わねーことすんじゃなかった……」
「本当だな、ただの時間の浪費だった。お前も俺も」
何故こいつが俺の妨害をするような真似をしたのかは理解できないが、それはあとで聞いてみることにしよう。今はターゲットー小島多恵の殺害が先だ。
「時間の浪費……? 違いますよ。使ったのではなく、稼いだ、と言った方が正しいでしょう」
そんな声が、目の前の空間から聞こえた。
「………この声は……十六夜か?」
「はい」
そう言うと、ばちばちと音をたてて、十六夜が姿を現した。坂田と桜井を放り出してどこへ行ったのかと思っていたが、単独で小島を殺しに行っていたのだろう。結果として、まんまと奴に横取りされた形にはなるが、点が下がらないだけまだましかもしれない。
「で、小島は仕留めたか?」
「仕留めた……?」
十六夜は首をかしげ、不思議そうに俺を見た。そしてああ、と納得すると、
「仕留める気はありません。そして狩る者は往々にして狩られている事に気付かないものです」
十六夜の言葉とともに、隣でスパークが散り、風とレイカが現れた。
「………なるほどな。半端者は稲葉だけじゃないってことか」
「心外ですね。私は初志貫徹です」
つまり端からこいつも裏切るつもりだったのだ。そして玄野側についていた。
「あなたが置いてきたチームの方々は全員武装解除して、鈴木さんと加藤さんが見張っています。そして私たちを打ち破って小島さんを殺すのは不可能ーそうは思いませんか?」
「ああ、そうだな……」
だが、ここで俺は、途轍もない幸運に見舞われたことを悟った。目の前にいる風も、レイカも、そして咲夜もこれに気が付いていない。俺が咲夜の裏切りの可能性を見落としたように、あいつらも見逃していた1つの可能性が、後ろから忍び寄っていた。
「……きゃあっ!」
最初に、それの強烈なタックルを喰らったのは、レイカだった。咲夜と風も一瞬反応が後れ、襲ってきたそれーパンダの一撃を喰らって、吹き飛ばされる。
「サンキュ、ホイホイ」
恐竜の時に助けたからなのかは知らないが、妙になついているこのパンダはふるふると喉を震わせて、こちらに応えたーように見えた。風とレイカはホイホイ、そして俺は咲夜と向かい合う形となった。小島を始末するためには、咲夜を2分以内に突破しなければならない—――
(上等だ。やってやる)
「……私も、なかなか計画通りにはいきませんね」
咲夜と俺は同時に刀を持ち、必殺の一撃を加えるべく、一直線に相手の懐に飛び込んだ。
ちょっとテンポ悪いですかね…まあチーム内戦は次話で終わるので。最後のシーンが前と重なるし……まあ、このチーム内戦が原作でもかなり好きだったので、ちょっと字数使っちゃいました。
…動物メンバーが活躍(?)するのも初めてですね。私が動物への関心が薄いせいか知りませんがバター犬なんかはナチュラルに存在を忘れてたという…。本当に2次創作者失敗ですね。