時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
お互いに刀を使った戦闘の勝敗は、膂力と武器の重さ、そして反応速度で決まる。といってもガンツ装備を利用する場合は膂力、武器の重さはほぼ統一されているため、必然的に反応速度が重要になる。
私もこれまで刀を使ってきたので、ナイフほどではないものの、近接戦については風を除いて誰よりもうまくやれるという自信はあった。
(だが、この人は……)
私は身体を沈め、太腿の付け根を狙って横薙ぎに斬りつける。動脈が走り、とっさに防御しにくいため、ナイフ術でもまず最初に狙うべき場所である。しかし和泉は難なく防御。弾き返され、私の身体が泳いだ瞬間、大上段に斬りかかってきた。
「ぐっ!」
まともに一撃を受け、私は数歩後ずさった。やはり正面からの斬り合いでは和泉に軍配が上がるようである。勢いにのった和泉の猛攻を辛くも受け止めながら、私は少しずつ下がり、状況を確認する。
レイカと風はパンダを相手にしているが、パンダは2人が加勢するのを防ぐことが目的のようで、派手な戦闘はしていない。風も流石に四足歩行する動物への技がないのか、思い切った行動に出られないようだ。
(結局、時間切れまで粘るしかなさそうね)
あと1分30秒。実際に追いつくために必要な時間を考えれば、30秒が限界だろう。それまで、消耗度外視で和泉を足止めすればいい。
和泉は必死の形相で刀を振るう。彼にしてみれば、本当にぎりぎりの所なのだ。私を殺してでも点の確保をしたいのだろう。
「どけッ!」
和泉が大振りに斬りかかってくる寸前、私は時を止めた。そして斬撃の通過する場所から体をどかし、斬り返す。
時が再び動きだした。その瞬間、決まっていたはずの和泉の一撃は空を切り、私のカウンターが和泉の胴体に叩き込まれていた。
「邪魔を……するなっ!」
一合を交わして少し距離が開いたその刹那、和泉と私は同時に、そして全く同じ垂直斬りを放った。集中力が研ぎ澄まされ、極限まで時が圧縮された中、刀の腹がすれ違い―――
お互いの身体を切り裂いた。和泉の刀は私の左肩から鎖骨まで、私の刀は和泉の肩口から下脇腹を通過していた。私も和泉も、スーツの耐久力が限界に達していたのだ。
私と和泉は、刃に貫かれたまま倒れた。傷口から出る血液がスーツの液体に混じりながら、私の身体から滴り落ちる。
「……これで、もう追えませんね………」
こんな大怪我を負うのは予想外だったが、あと数十秒で転送が始まるので心配はいらない。目標は達成された―――
「………十六夜さん!」
声のした方を見ると、レイカと風、そしてパンダがこちらへ向かってきた。こちらの決着がついたため、戦う理由が無くなったのだろう。
「こんな深い傷やけど、大丈夫やろか」
「大丈夫でしょう。少なくとも転送中に死ぬほどでは……」
痛みに顔をしかめながら言うと、和泉の方を見ていたレイカが首を振った。
「和泉くんは、死ぬかも」
倒れた和泉の方に目を向けると、私とは比較にならないほどの血が傷口から流れ出ていた。どうやら大動脈か心臓を破ってしまったらしく、おびただしい血がアスファルトを染め上げている。
「……くそ、こんなことになるとはな……」
和泉は息も絶え絶えに、そう呟く。
「和泉くん、喋ったら駄目。傷口が広がるかも……」
「どうせ死ぬさ。本人がよくわかる」
「そんな……」
レイカから視線を外すと、和泉は私の方へ眼の焦点を合わせる。
「十六夜……てめーは、これで人殺しになるわけだが……これが初めてってわけじゃないよな?」
「…………何の話ですか?」
「とぼけるなよ。新宿のことだ。お前が新宿に行ったって話を坂田と桜井がしていた……俺はそこで急に頭がぶっ飛んで死んだわけだが……お前の仕業だろ?」
風が怪訝そうに、和泉を見下ろした。
「お前も新宿で死んだんか? それなら乱射魔の仕業と思うんやが」
和泉はそれを聞いて、にやりと笑った。
「乱射魔は、俺だ」
「何?」
「どうせ死ぬんだから教えてやる……俺はあの部屋に行くために新宿で人間を殺しまくったんだ。そう、お前も、坂田も、桜井も覚えてるよ。お前は脚と頭に銃弾くれてやったよな」
和泉の言葉に、レイカと風は目を見開いた。
「で、その途中で俺はこいつに殺された。正体を探るような真似をしたから、どさくさに紛れて消そうとしたんだろう。今まで黙ってたが、老婆心で教えてやるよ、風。レイカ。十六夜も俺と同類だからな」
レイカはそれを聞き、私の方へ歩み寄る。
「本当なの? 十六夜さん」
「……………」
私は答えなかった。嘘をついても、玄野の証言が加われば私が前に和泉を殺害したことはすぐに露見してしまうだろう。
「………せいぜいお前らも殺されないように気をつけろよ」
和泉はそう言うと、がくりと顔を落とした。おそらく、もう生きてはいないだろう。しかし光を失ったその目が、まだ私の方を見ているような気がした。
レイカと風は、転送が始まるまで一言も口を開かず、居心地が悪そうに立っていた。私も何も言わず、ただパンダだけが和泉の亡骸に顔を近づけ、哀しそうに臭いを嗅いでいた。
俺が目を開けると、部屋にいたのは坂田、桜井、加藤、鈴木のおっちゃん、そして新規メンバーのごろつきたちだった。
「タエちゃんはどうなったんだ⁉」
加藤に訊くと、首を振って新規メンバーを指して言った。
「……俺はスーツが駄目になって、途中からずっとこいつらを見張ってたからな。咲夜か風かレイカなら分かると思う」
「……そうか」
次に転送されてきたのは、稲葉だった。稲葉は俺を見ると、つかつかと歩み寄ってくる。俺が身構えると、稲葉は慌てて言った。
「………さっきまでのことは謝る」
「は?」
「お前の彼女を追いかけまわしたことだ」
「……何だ急に気持ち悪い……」
「玄野くん、稲葉くんは途中で小島さんを守ってくれたのよ」
レイカの声。俺が振り返ると、どこか沈んだ表情のグラビアアイドルが、空中に描き出されていた。
「レイカ……タエちゃんは?」
「生きてる。何とか守り切った」
生きてる。タエちゃんが、生きている。それを聞いて、俺は全身から力が抜けそうになった。
「は、はは……」
「良かったな、計ちゃん」
そして次に送られてきたのは風、パンダ、そして咲夜だった。
「咲夜。最初は裏切ったと思ってたけど、サンキュな」
「……それはどうも」
咲夜は、何故か浮かない顔でそう返した。俺が首を捻っていると、ちーん、とガンツから点数表示を告げる音が聞こえた。
『まけ犬 ー59てん
total 0てん まあはぢめからやって下ちい』
俺の点数は、西の遺した情報通り、0点になっていた。そしておそらくこれからが大変になるのだろうが、タエちゃんを守れたのだから問題はない。問題は、他の皆だ。他のメンバーも残らず0点に叩き落されていたのである。
「あーあ、本当に0点になっちまったな……」
「でももともとそんなに稼げてなかったし、100点間近になるよりはマシじゃないっすか?」
「俺はもともと点取ってなかったから痛くもかゆくもないぜ」
皆は点数が減ってもさほど気にしていないように見える。しかし、やはり皆の解放を遅らせてしまったのは、他でもない俺のせいだ。
「皆……ほんとゴメン。俺のせいで……初めからやり直しだ」
「そんなことないよ。私たちが生きてるのだって、玄野君たちのおかげなんだし。困った時はお互い様だよ」
聖人かよ。スズキのおっちゃんから、後光が差しているような気がした。他のメンバーも俺を責めるようでもなく、頷いている。
「……そういえば和泉はどこに行ったんだ? あいつ戻って来てないよな?」
加藤に言われて初めて気が付いた。確かにあいつの姿を見ていない。俺が見回していると、風が口を開いた。
「………あいつは―――」
「いいです。私の口から言います」
咲夜が風を制して前に出てきた時、何となく嫌な予感がした。そして咲夜の言葉は、それを全く裏切らなかった。
「……私が、和泉さんを殺しました」
沈黙の幕が下りた。お喋りをしていたごろつきどもも静まり返って、咲夜の方をちらちらと見ている。
「……事故よ。十六夜さんは間違って和泉くんを……」
「………でも、殺してしまったのか」
加藤もそれ以上何も言えず、固まったままだ。そんな中で、風がぷつりと口を切った。
「……あと、玄野……お前に聞いときたいんやが、和泉が乱射魔やったって、本当なんか?」
「ああ。新宿で虐殺やるって、俺に宣言していったからな。それで俺と咲夜は行かないって決めてたんだけど」
その時、俺ははっと気が付いた。ニュースに見入りながら、犯人が消えてしまったということを不思議がる咲夜……あれは犯人である和泉を殺したのにも関わらず死体として発見されなかったことを疑問に思っていたのではないか。
「……玄野さんは気づきましたか」
「……まさか、あの時も?」
「はい。私は和泉さんを2回殺しています。和泉さんがこの部屋に来たのは、街で暴れている時に私が撃ったからなんです」
話についていけていないらしい俺と咲夜以外のメンバーは、ぽかんと口を開けていた。坂田が首を捻りながら、訊いてくる。
「え……どういうことなんだ? つまり十六夜さんは、人殺しなのか?」
「そうなります」
「……和泉が乱射魔だったッてことは知ってるけど、何であんたらは前もってそれを知ってたんだ?」
「それは……」
俺は和泉がガンツの部屋へ戻る手がかりを探していたこと、そしてその手段として多くの人間を道連れにしようと考えたことを伝えた。
「なるほどね……そんな奴は殺しても問題ないな」
坂田は腕を組んでそう言ったが、他のメンバーはやはり戸惑っているようだった。しかし、加藤が「いいか」と言うと、皆は黙ってそちらを見た。
「咲夜さんは和泉を殺した。人殺しは相手がどんな奴でも駄目だ。だけど今回は事故だし、和泉が乱射魔だったっていうんなら前に殺したのも犠牲が出るのを食い止めたことになると思う。だから、今回のことは、俺は何も言うつもりはない」
「……おいおい、仲間かばってんのか―――」
ヤジを飛ばした新規メンバーの太っちょは、加藤に睨まれて口をつぐんだ。
「……まあ何にせよ、俺たちが考えねーといけねーのはそんなことじゃなくて、『次』だしな」
稲葉の言葉に、加藤は頷いた。
「そうだ。……でも今日はもう帰ろう。いろんなことが一気に起こりすぎた」
反対する者はいなかった。全員が限界だったのかもしれない。特に咲夜は。
俺たちは、言葉も少なく解散した。
和泉はただでは死なず、西と同じようにきっちり迷惑をかけて死んでしまいました。
復活させる聖人がいるかどうかですが、知識のある西くんと違って情報ないし、ぷっつんしてるから難しいだろうなぁ……