時止めメイドと黒い玉   作:ばるばろさ

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28、アウトサイダー

 

 

 

私は神さまという存在を信じたことがない。もちろん幻想郷にいるにはいるが、こちらの世界で信じられている、いわゆる「絶対の存在」である神はいないだろうし、仮にいたとしてもそんな存在が人間という動物の一種に特別な恩寵を与えるとは考えない方がいい、と思う。

 

 だから、あてになるのは自分の力、そして次に味方の力なのだ。私は最初こそ自身の力のみで敵に対抗しようとしたが、仲間がいなければ危ない戦いは多かった。それゆえ私は皆と協調する道を選んだつもりだったーのだが。

 

 数日前の事故。そして以前の和泉殺しの露見。

 

 坂田は動じていないようだったが、他のメンバーと話すと、どこかぎくしゃくとした受け答えをされる。とくにレイカは私が人殺しだと知って、無意識に私を避けるようになった。星人を殺した手で肩を叩きあうのは良くても、人間の血で濡れた手で握手するのは苦手らしい。それこそ和泉なら、偽善者という言葉をレイカに浴びせるだろう。

 

 気持ちは理解できないでもない。同種殺しはれっきとした「悪」であり、その性質をもつ人間との交わりを断とうという考えはいたって健全である。……だが、問題は倫理的な内容にあるのではなく、もっと実際的なー要するに、これからの戦闘にあるのだ。

 

 私はいつも通り皆が訓練している中から抜けると、ドラム缶に座っている加藤の方へ向かった。

 

「加藤さん、ちょっといいですか」

 

「なんだ?」

 

私が話しかけると、床に座って休憩していた加藤は腰を上げた。

 

「しばらく、この訓練をお休みしてもいいでしょうか」

 

「いきなりだな。……やっぱりこの前のことが気になるのか?」

 

「そうですね……それに、私が今いるとチームワークが崩れそうな気がしたので」

 

 仲間との連携は信頼関係があってこそ成り立つものである。和泉殺しで信頼基盤を失った私という異分子は、連携の阻害要因になるかもしれない。それでチームに被害が出るようになれば結果的に私の生命も脅かされる。しばらく他メンバーと会わないようにしてほとぼりを冷ました方がいいだろう。

 

「まあ、ちょっと不自然な感じっていうのは確かにそうだが……」

 

 加藤は、眉間にしわをよせた。彼自身、私をかばってくれたものの、私の殺人については複雑な思いがあるらしい。他のメンバーを動揺させないために表には出さないのだろうが、こういう時にちらりとそれがのぞく。

 

「大丈夫ですよ。次の戦いでもちゃんと戦闘に参加しますから。……ただ、一旦皆さんから離れておいたほうがいいと思っただけです」

 

 そう言うと、加藤は困ったように腕を組んで考え込んでいたが、しばらくして「分かった」と呟いた。

 

「俺にはこれを解決する方法が思いつかない。だから……しばらくは咲夜さんのしたいようにすればいい。だけど……次の戦いは、全員が15点を取らなければならない。皆を生きて返すためにも、咲夜さんの協力は絶対に要るし、咲夜さんも15点以上取らないと死ぬぞ」

 

「……わかっています」

 

 和泉の死の衝撃で誰もあまり口にしないが、次の戦いは全員が15点以上を取らなければ殺されるのだ。もちろん私も例外ではなく、運悪く敵を倒せなければ死体となって転がるしかない。

 

「皆には俺から伝えておくから、もう行ってもいいぜ」

 

「ありがとうございます」

 

 私はお礼を言った後、くるりと回れ右をして廃工場をあとにしようとした。すると出入り口を通る寸前、後方から加藤の声が聞こえてきた。

 

「俺は、人を殺すのはぜってーやっちゃダメなことだと思う」

 

「……そうですか」

 

 私は、振り向かなかった。目を見られると、私が和泉を殺したこと自体はそれほど後悔していないことがばれそうだったからだ。仮に私が死んでいたとしても、和泉も同じような感想を抱いたかもしれない。結局は、今回の出来事は人間として成立していない者の同種殺しにすぎなかった。小島を助けたいと思った理由はいまだによくわからないが、それも私の人間性の発現ではなく、気まぐれなのではないか。

 

「……でも、前も言ったけど、それで救われた人間が何人もいるのなら………わからない。ハハ、俺バカだからな……」

 

 加藤の声が聞こえ、次いでこつこつと工場の奥へ歩いていく音が反響した。私が振り向いたとき、すでにそこには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 咲夜が訓練に参加しなくなってから、数日が過ぎた。

 

(やっぱり和泉のこと気にしてんだろーなー……)

 

 あの日に抜け出して和泉を殺しに行っていたと知った時は衝撃だったが、少しすると咲夜ならそんなこともするかもしれないと思うようになったから、不思議なものである。

 

 俺はそう思いながら、部屋から漏れる咲夜の声を聞いていた。

 

「……はい、分かっています……」

 

 俺は鞄を静かに置いて、咲夜の話す声に聴き耳を立てていた。先ほど学校から帰って来たのだが、珍しく咲夜の方が先に帰ってきて、誰かと電話をしていた。そして今日の訓練にも顔を出さないのかと訊こうと思っていたが、急遽予定を変更して盗み聞きをすることにしたのである。

 

 そもそも、咲夜に電話をする相手がいたのだろうか。というかあの部屋に固定電話は無いので、携帯を持っているはずである。記憶喪失のはずの彼女は、どうやってそれを手に入れることができたのだろうか。

 

(……ま、その辺はどうでもいいか)

 

 俺の家にやってきたその日にどこで入手したのか分からない服や寝袋を用意していたのだから、携帯くらいは楽に調達できるだろう。問題はその相手が誰か、だ。

 

「……となると、そちらへ帰るとき……船団が……してしまっている………私も……しなければ……ですか?」

 

 声が小さくてよく聞こえないが、相手は幼い女の子が話しているように聞こえた。

 

(……「そちらへ帰る」って? 記憶が戻ってるのか?)

 

「……死なないように、ですね……はい、今は少し……していますが……他のガンツメンバーの皆さんと協力を……」

 

 俺はその時、妙な違和感を覚えた。今、咲夜は「ガンツメンバー」という言葉を口にした。それにもかかわらず頭がぶっ飛ばないのは、相手がガンツメンバーだからに違いない。しかし時折聞こえる通話の相手の声は、メンバーの誰の声でもなかったのである。

 

 つまり、相手の正体はガンツメンバーで、小さい女の子でなければならないはずだ。しかし俺には咲夜がそんな人物と知り合いであるという知識は無かった。

 

「……あ、いえ。こちらの話……またかけ直します………」

 

 咲夜の通話が終わった。とその時、俺の肩にぽんと手が置かれた。

 

「なっ!?」

 

「……私の電話、何で立ち聞きしてたんですか?」

 

 振り向くと、咲夜が珍しく不愉快そうな顔をして俺を見ていた。途中から話を聞かれているのに気づき、すぐさま時間を止めて回り込んだのだろう。

 

「いきなり背後取るのやめてくれよな……心臓に悪い」

 

「一種の癖なので我慢してください。それよりなんで聞いてたんですか?」

 

 記憶が戻ったかどうかの話は、確証が持てない以上はまだ言い出さないほうがいい。もし本当に記憶が戻っているのなら俺に話さない理由があるはずだし、下手に彼女のことに首を突っ込むとろくな目に遭わない気がする。だから俺はもっともらしく、適当な嘘をついた。

 

「……いや、最近訓練に来ねーからさ。どうしたんだって思うだろ」

 

「ああ、そのことですか。……ただしばらく頭を冷やそうと思っただけですよ」

 

 咲夜が表情を窺わせずにそう言ったとき、玄関のチャイムが鳴った。

 

「……誰ですか?」

 

「さあ……」

 

 俺と咲夜が玄関へ行ってドアを開けると、そこにいたのはタエちゃんだった。地味めの私服で、学校が終わってすぐだというのに制服は着ていない。というのも、タエちゃんがターゲットとなったあのミッションから、ずっと学校を休んでいたからだ。

 

「……計ちゃん」

 

 タエちゃんはそう言ってから俺の横にいる咲夜に気付いたらしく、怯えたように後ずさりした。

 

「……大丈夫。あの時の咲夜は芝居を打ってただけだ。タエちゃんを殺そうとはしてないよ」

 

「……本当?」

 

「ああ。ちゃんとタエちゃんを助けるためにやってたんだ」 

 

 咲夜はタエちゃんに頭を下げ、「怖がらせてすみませんでした」と謝った。

 

「えっと……ってことは十六夜さんも私を助けてくれてて……追いかけてた人たちは……誰なの?」

 

 タエちゃんの問いに俺が答えようとした瞬間、咲夜が俺をつついて人差し指を唇にあてた。

 

 そうだ。ターゲットだったからあの夜はタエちゃんに姿を見られても大丈夫だったが、今話したら頭がぶっ飛ぶ可能性があるのだ。詳しく話すことはできない。

 

「………ちょっと、詳しくは言えないけど……俺は、いや、俺たちはいっつも死にそうになりながら敵と……戦ってる。あんまり話したら死ぬから、言えないんだけど……信じらんないかな」

 

 そう言うと、タエちゃんは急に真剣な顔になった。

 

「……ううん、信じる。まあ私もあんな目に遭わなかったら信じてなかったかもしれないけど……襲われて、計ちゃんたちが助けてくれたことは覚えてるし」

 

 タエちゃんはそう言ったあと、心配そうに俺と咲夜を見た。

 

「……それは、やめられないの? ずっとそんなことしてたら……いつか死んじゃう」

 

 まあ、俺たちもそれは分かっている。だが、そのための点数を犠牲にしてもタエちゃんを助けたかったのだ。

 

「やめられますよ」

 

 咲夜が答えた。そういえば彼女も点数がパーになるのを承知でタエちゃんを助けてくれたのである。加藤を生き返らせるときも咲夜は解放のチャンスを水泡に帰していた。ある意味では俺にもっとも迷惑をかけられているということになるかもしれない。

 

「まだ道のりは遠いですが、いつかはこの役目から解放されるはずです。それまでの辛抱ですから」

 

「……ああ、そうだな。うん、だから大丈夫。心配しないでいいぜ」

 

 タエちゃんを助けるために解放の道が遠のいたこと。それはタエちゃんには教えなくていい。タエちゃんは巻き込まれただけだし、責任を感じる必要も一切ないからだ。

 

 タエちゃんが安心したようにほっとため息をついたのを見て、辛気臭さを払うように、咲夜はぱんぱんと手を叩いた。

 

「さて、お話も終わったことですし、そろそろ夕食を作り始めましょう。今日は小島さんが作りますか?」

 

「……うーん、でもひさびさに十六夜さんの料理も食べてみたいしねー」

 

 2人は話しながら、台所へと入っていった。

 

(こんな時がずっと続けばいいんだけどな……)

 

 

 

 

 月の光が差し込む廃ビルの一室、放棄されたらしいデスクに囲まれて静かにたたずむ数人の影があった。時折かたかたと風に吹かれて窓が揺れる以外は物音もさせず、静かに来訪者が来るのを待っているようだった。

 

「本当にあいつら、来ますかね」

 

 そう言ったのは、サングラスをかけたひげもじゃの男だった。そしてこの男がちらりと目をやったのはこの中で最高の実力をもつ、「鬼」である。

 

「……氷室が来ようが来まいが、俺たちが叩き潰すだけだ」

 

 静かに、そして別段何の気負いもなく言うのを見て、男はふっと笑った。

 

「愚問だったな」

 

 ちょうどその時、ドアがばたんと開いて、黒服の男が数人入ってきた。その中には例の吸血鬼ー氷室の姿もあった。

 

「悪い、待たせたな」

 

 時計は約束の十分前をさしていたが、氷室はそう言った。すると「鬼」は鼻を鳴らして答えた。

 

「待ってないし、そんなことはどうでもいい。俺が知りたいのは、お前が持っているハンターの情報だけだ」

 

「……そうだな。このデータが、例のやつだ」

 

 氷室は、封筒に入れたUSBメモリを「鬼」に手渡した。

 

「ハンターのやつらが一般人に対して透明化するために使う周波数を記録してある。それを使えば、戦闘になったときに奴らの居場所が分かるはずだ」

 

「……まあ、使わせてもらうか。だが、もし俺たちが奴らと戦う時は……」

 

「茶々を入れない、だろ? 分かってるよ」

 

 氷室の答えに、「鬼」は満足したように頷いた。

 

「……けど、あんたも気を付けた方がいいぜ。あいつらの中にも猛者はいる。中でもヤバいのは、この女だ」

 

 氷室は胸ポケットから写真を取り出すと、「鬼」に渡した。「鬼」は写真に写る銀髪の女を見て、ふ、と笑った。

 

「お前がこんな小娘を危険だと言うとはな」

 

「……見かけによらないって奴だ。奴らの新しい武器なのかはまだ分からないが……瞬間移動といえば正しいか。普段は刀を使ってるが、たまにそんな技を使って……」

 

「問題ない」

 

氷室の言葉をさえぎって、「鬼」は答えた。

 

「要は、一瞬で間合いを詰めてくる剣士というだけだ。その程度であれば勝てる」

 

「……余計なお世話だったか?」

 

「いや、楽しみになった。……黒玉の連中が攻めてくるのがな」

 

 

 

 

 




この作品はいつも休日の深夜テンションで一気に書き上げていますが、ここのところ休日がほぼ無く、長期間お休みしてしまうことになりました。すみません。


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