時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
「ねぎ星人」の説明の後、黒い玉から、それぞれの名前入りの箱が出てきた。ご丁寧に私の分も、「さくやちゃん」と書かれている。
「………なにこれ?」
箱を開けると、中に合ったのは奇妙な服—周りの皆はコスプレだとかなんとか言っているが、一種の戦闘服だろうか。そしてもう一つ、この銃という武器である。かつて香霖堂で拳銃というのを見たことがあるが、それとはなかなか形が違っていて、訳が分からない。おそらく引き金を引けばよいのだろうが……。
ちらりと見ると、銃だけ持つ者、スーツを見て、「結構かっちょいいんじゃねえの」と言う者など、さまざまだった。ふと見ると、西は迷いなくスーツを着て、銃を携えている。
(仕方ない、着るか)
このメイド服のままでは弾幕ごっこならともかく、普通の戦いは大変だ。スーツに着替えることにした。もちろん人前で着るわけにはいかない。部屋の外で着替える。
「お? お? なんだ、なんだこれっ!」
部屋の中から大声が聞こえてきたので戻ってみると、やくざが顔からだんだんと消えていくところだった。おそらく、先ほどの文章や私が出てきた時の状況を考えるに、戦場へ転送されるのだろう。予想通り、私の体も同じように頭のてっぺんから消え始める。加藤が慌てて近寄ってくる。
「ちょ、あんた……どうなってるんだ?」
「さあ……あ、なんか外が見えるわ」
目に飛び込んできたのは、西洋風の建物が立ち並ぶ街並みだった。しかし番地などは日本語で書いてあるので、ここはおそらく日本である。幻想郷からやって来た私としては外の世界のことがよくわからない。
どうやら少しずつ体を転移させてくるらしい。私が下を向くと、自分の体がだんだん出てきていた。周りにいる者たちも同じように移動させられたのだろう。
「どこかしら、ここ……」
「さあね」
先に来ていたらしいヤンキー風の若者が答える。別に彼に訊いたわけでは無いが、続けて答えてくる。
「つーか、これ帰れんじゃね? あんた、どこから来たの? 何ならオレが送るけど」
「いいです。それに一応皆さんが来るのを待った方が……」
どこから来たのか、と聞かれて幻想郷から、などと言っても信じてもらえまい。仮に信じたとしても、時を止められるなんてことは信じないに決まって—
そこで、はっとした。今、私は時間停止を使うことが可能なのだろうか。これからおそらく戦いになるという時に自分のカードを知らないのは、命取りになりかねない。外の世界では私の能力も無効になっている可能性もあるのだ。
(試してみるか)
時よ、止まれーそう念ずると、いつも通り、ぴたりと周囲のものが動かなくなった。
「……大丈夫、よね」
傍のヤンキーの前で手をひらひらさせるが、ぴくりとも反応しない。確かに、時間は止まっている。
「よし、能力は無効化されてないのね」
しかしそう言ってヤンキーから離れた瞬間、すべての物が動き始めた。
「………?」
私はまだ時間停止を解除していないのだが。インターバルを置いて、もう一度時を止めてみる。世界が再び凍り付いたように動かなくなるが、数秒たつと、時間停止は解除されてしまっていた。
なるほど、能力は使えるが、制限がかけられているのだ。おそらくは外の世界において能力の源たる魔力は存在しない代物のはずであり、その存在は希薄なものなのだろう。それ故、幻想郷で化学がなかなか発展しないのと同様にこちらでは魔力を利用した能力も制限されてしまうのかもしれない。
私が考え込んでいると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこにいたのは加藤だった。
「えーと、十六夜さん、だっけ。なんかあいつがこの状況説明してくれるらしーぜ」
加藤は西を指さした。真っ先にスーツを着ていた少年である。
「名字で呼ぶのは慣れてないので咲夜とお呼びください」
「はあ……じゃあ咲夜さんで」
加藤は怪訝そうに私を見ながら、西の方に顔を向けた。そこでは西が暗そうな外見とは裏腹に饒舌にしゃべっていた。
「この地球には人間にばれないように犯罪者宇宙人が入り込んで生活しているんだ。僕は日本政府の秘密機関にスカウトされた。だから僕たちはその宇宙人をやっつけにいくんだ」
その後、西はふっと笑って、
「……って設定のテレビ。もともとアメリカの大学生の考えた企画だって。賞金一千万だよ」
テレビというのはたしか、様々な映像や音を映し出す箱のことだったか。つまり西はこの状況をテレビに映すためのただのゲームのようなものと説明しているのだ。
(……臭いわね)
幽々子は戦え、と言っていた。これは本当にただの宇宙人を捕まえるゲームなのだろうか? 何か裏があるような、そんな気がしてならない。
しかし他の参加者たちは「くだらねー」とか「一千万か……」と呟く者などさまざまだったものの、ひとまずそのゲームをやろうという雰囲気だった。唯一老人だけはどこかへ歩き始め、ゲームに参加する意志の無い事を示していた。
「あんたは参加しねーの?」
「……そうですねえ、私はまあそれはその辺散歩してますから……」
いくら時を止められると言っても、いきなり戦いを始めるのは考え物である。どこかからこっそり様子を見られればいいのだが……。
「……って、時間制限一時間!? 急がねえと!」
誰かが叫び、玄野と加藤、そして名前の分からない彼女と私以外は皆どこかへ走って行ってしまった。何故そのねぎ星人とやらがどこにいるのか分かるのかと思ったが、どうやらそのためのレーダーがあるようで、それを見ながら走っている。
まあ後で追っていこう、急がずとも時間を止めればある程度追いつける。そう思って見送っていると、何やら石の柱の傍にある文字と番号を見ていた3人が、こちらを見る。
「……え、なんですか?」
訊くと、玄野が答えた。
「……ちょっとあんた、一宮って知ってるか?」
「一宮? 知りませんが」
「やっぱそうだよなあ……ほんとどこだここ」
玄野がひとりごちるが、当然誰も答えられる者は居ない。そもそも私に至ってはこの世界がどうなっているかさえも知らないのであるが。
「……えっと、これ、何なんですか?」
今までほとんど黙っていた例の彼女は遠慮気味に言った。
「さあ……」
加藤と玄野は同時に呟いた。玄野の方はどうやら彼女に気があるようで、加藤よりも多く喋ろうとしている。「とりあえず、帰るんだよね……」と付け加える。
「……とにかくどうするか決めませんか?」
流石にずっとこうしてまごまごしているわけにもいくまい。私が切り出すと、一斉に3人が私に注目した。
「どうせこのゲームとやらが終われば私たちは帰れますよね。多分。いっそのことさっき行った人たちみたいに参加すればいいんじゃないかなと」
私がそう言った後、3人は少し考え込んでいたようだが、加藤が「そうだな。俺もなんかスッキリしねーし、行ってみよう」と言うので、残りの2人もそれに倣うことにしたようだった。
「確かこっち行ってたよな……」
玄野がそう言いながらきょろきょろと周りを見回しながら言う。私たちは少し歩いていくつもの住居の並ぶ道にいた。しかしこれほど平らで硬い道を作ることができるとは、外の世界は意外と幻想郷よりも便利かもしれない、と思いながら歩いていると、突然玄野が素っ頓狂な声をあげた。
ごきっ、と骨の折れるような音がして、そちらを向くと緑色の小柄な人影が倒れているのが目に入った。
「………ねぎ星人!」
首の骨が少し折れ、だらだらと鼻から青い血を噴き出しているが、あの黒い玉に映っていた、ターゲットの姿である。加藤はそれを抱き起して、「おい、大丈夫か!? 動かない方が良くないか?」と介抱しようとしていた。
「あのー、これターゲットですよね。捕まえないんですか?」
私が聞くと、加藤は首を傾げ、
「何言ってるんだ。こいつは助けないと死ぬかもしれねーぞ」
あなたが何を言っているんだ。
「でも、どうみてもこれ人間じゃないし、このねぎ星人を倒すって言うのがゲームの本題でしょう? なんで介抱する必要が……」
じろり、と加藤は私を一瞥すると、「俺は助けるだけだ」と言って、ねぎ星人に目を戻す。
「おおーっ! すっげー生きてるぜ! イリュージョン!」
ヤンキーややくざたち、先行組が向こうの建物からやってくる。ねぎ星人は彼らを見て、慌てて加藤の手を振り払って逃げ出した。
「あ、おいっ!」
加藤の制止も無視し、ねぎ星人は走り続ける。察するに、ねぎ星人は先行組に狩られそうになっているのではないか。おそらく先ほど落ちてきたのはあの2階建ての建物からで、そんなところから身を投げてまで逃げようというのだから、かなりひどい目にあわせられたのかもしれない。
先行組とねぎ星人が追いかけっこをしているのを見て、加藤も走り出す。
「ちょっと計ちゃんか咲夜さん、どっちかがそのコを家まで送り届けてやってくれ!」
「え……」
私と玄野は、揃って顔を見合わせる。彼女はどうやら加藤になついているらしく、どちらであっても不満なようだったが。
「えーと、どうする?」
玄野は目を逸らしながら訊いてくる。腹の中では「俺が行きたい」と言っているのが見え見えであるが、私は彼女など放ってねぎ星人のほうへ行きたい。利害は一致する。
「じゃあ、私は加藤さんと一緒に行きますので、どうぞ玄野さんが送ってください」
そう言うと、玄野は少し嬉し気に、彼女は複雑そうな顔をしていた。
「では」
後は知らない。私は私の目的を達成するだけである。
「やめろおおーっ!」
私が走ってきた時、加藤の叫びが丁度耳に入って来た。ぎょーん、ぎょーん、と奇妙な、それでいて妙に嫌な音も聞こえる。
私が角を曲がって見た光景は、あのねぎ星人が破裂し、肉片が辺りに散る瞬間だった。
「お前ら、何やってるんだ!」
加藤が怒鳴りつける。しかし駆け寄ろうとしたとき、やくざの一人が、ねぎ星人の頭に向けて引き金を引く。ぎょーん、という先ほどの怪音はその銃の発射音だったのか、と私が納得していると、ねぎ星人の頭が爆発四散した。
ぴちゃぴちゃと血が飛び散り、なかなかにグロテスクな現場になってしまう。
「こいつ、人間じゃなかった」
ヤンキーが誰に言うでもなく、呟く。
「こいつ、人間じゃなかったんだ! 俺はレントゲンで見たぞ!」
「どっちだっていいだろ、それよりこれどうする?」
私もどちらかというとこのねぎ星人の死体をどうにかしたいと思う。それこそこの現場を見られたら私たちが—
ふと顔を上げると、誰かがベランダからこちらを見ているのが目に入る。
「皆さん、見られてます……」
皆が私の指を指す方向を見て、息を呑んだ。じっとこちらを見つめていた子供はしかし、私たちではなく、近くの壊れた壁―おそらくあの銃により破壊されたものなのだろう、を見て、「ママ、斎藤さんちの壁壊れてる!」などとのたまっている。
「まさか、私たちって、見えてないんですかね……」
「やっぱ俺たち、死んでたんじゃないの?」
議論が始まる。加藤はそれに参加せず、ねぎ星人を助けられなかったことを悔いて道路の上に突っ伏し、泣いている。善人だとは思っていたが、ここまでの筋金入りとは思わなかった。
私は戸惑いながらも加藤の肩を叩く。
「あなたのせいじゃない。どうせ間に合ってなかったわ」
「……そんなこと言ってもよ……」
駄目だ。かなり落ち込んでいる。私はとにかく手を引っ張って加藤を立たせる。この男は、見た目は強面なのになかなか少年のような純真な善悪の価値観を持ち合わせているのかもしれない。
「おい、あれ」
誰かが、あらぬ方向を指さす。ねぎ星人殺しで神経が高ぶっていたらしい先行組は、ばっとそちらを見た。
そこにいたのは、一言で言えば、ごつくなったねぎ星人、いや、実際そうなのだろうが、そんな奇妙な人型の生物がいた。ねぎ星人は腕を拾って、先行組の足元に転がっている小さいねぎ星人の残骸を見た。
—あ、なにかまずい。
ねぎ星人は、怒りの形相を露わにして、やくざの一人に近づいていく。
「おい、ねぎ親父、何かいえよ、コラ!」
「ふ、お、お」
ねぎ星人の目から、青い涙が流れ出す。やくざと向かい合い、ねぎ星人は吠えた。
「……加藤さん、ここは一旦引きましょう。このままここにいるとまずいです!」
ガンツお気に入りのキャラはやっぱり西くんですね。あの強キャラ感からの「スーツがオシャカになった!」の無様さが良い味出してる。
ここでもうストックが尽きます。「はえーよ!」という方もいるかもしれませんが、ほんと申し訳ない……。