時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
カレー屋に限らず、だいたい夜のバイトというものは給料が高い。しかし俺はさっさと帰って勝に夕食を作ってやらなければならないし、呼び出しがあるかもしれないので、仕方なく諦めている。
「ありがとうございましたー」
俺は少し慣れてきた作り笑いを浮かべて、店を出て行く客に挨拶をした。……こんなことをしていて、計ちゃんのようなすごい奴に、俺はなれるのだろうか?
(まあ、いいか)
考えてから、俺はすぐにその考えを放り棄てた。今でも生活と学校でカツカツなのだから、そんなことを考えるより今を考えていればそれでいいのだ。
時計を見ると、すでに時計の針は9時を回っており、シフトの時間を過ぎていた。俺は店長に挨拶してから更衣室で着替え、部屋の外へ出る。
「あ、加藤さんもお帰りですか」
通路で鉢合わせたのは、咲夜だった。どうやら彼女もシフトを終えたらしく、店の制服から着替えてこげ茶のセーターを着ていた。
「ああ。……ところで最近訓練に顔出してないけど、腕の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。別の場所でやってますし。それで、他の皆さんは強くなりましたか?」
「そっちもうまくいってる。 稲葉とか」
「稲葉さんが、ですか」
咲夜は意外そうな顔をして、くすっと笑った。確かにこれまで印象に残らない男だったが、チーム内で戦った時以来、何かあったのか真面目に訓練をし始めたのである。
「まあ何にせよ、いいことじゃないですか。チームの皆さんが強くなるのなら」
「……そうだな」
だが、そのチームの輪から、咲夜だけは外れている。一時的なものだとは思うが、やはり最初から一緒に戦ってきた仲間がチーム内で微妙な位置に立っているというのは、どうにもやるせない。
咲夜も咲夜の考えで行動したのだろうが、その分同情していた。はやくこの状態がどうにかならないものか―――
そう思った時、ぞくり、と首筋に冷気が走った。もう慣れ切ったガンツの合図。咲夜もそれを感じたらしく、目を鋭くしていた。
「加藤さん」
「ああ。分かってる」
直後、俺と咲夜の身体はぴくりとも動かなくなり、あの部屋への転送が開始された。
『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行って下ちい
《オニ星人》
・特徴 つよい
・好きなもの 女 うまいもの ラーメン
・嫌いなもの 強いヤツ
・口ぐせ ハンパねー
あたらしく入ってきた人 以外は15てん取らないと死にでち』
「……よし、今日も皆で生き残るぞ!」
集められたガンツメンバーの前で、加藤君はそう言った。すると何人か新たに増えていたメンバーらしいサラリーマンたちは周りの様子を窺いながら、手をあげた。
「……これから、何をするんだ?」
「戦いだ」
いつもの新規メンバーとのやりとり。それを教えるのは、加藤君と鈴木さんに任せられていた。2人とも何故か人に信頼されやすく、彼らに説明してもらう方がいい、ということになった。
そして加藤君たちが解説をする間、他のメンバーは着替えを始める。
「……レイカの爆乳生で見てーなー」
小声でそう言うのが聞こえてきた。おそらくこの前に入って来たがらの良くない男たちの1人だろう。アイドルだからそんな目線で見られるのは知っていたが、やはり聞こえてしまうとあまり気分のいいものではない。
「……どうぞ。空きましたよ」
私がドアの前で待っていると、十六夜さんが出てきた。
「…………」
私は頷くと、十六夜さんと目を合わせずに通り過ぎた。別に十六夜さんが嫌いというわけではなかったが、無意識に避けてしまう。
―――お前らも気を付けた方がいいぜ。
和泉くんの言葉が、脳裏に蘇った。あんな言葉に縛られているのだろうか。十六夜さんが、私が邪魔だと思ったらすぐに殺す人間だと無意識に信じてしまったのか。
(……きっかけさえあればな)
そう思っていると、後ろから例の男たちの声が聞こえてきた。
「あー、あの子も顔は可愛いのに胸がなー」
「聞こえてますよ」
十六夜さんが笑いながら、しかし声は氷のそれのように冷たく言った。するとその男も茶化して、
「……はは、冗談だって。俺、殺されたくないしなー」
その時、十六夜さんは冷ややかに目を細め、何も言わなかった。……彼女は今のを、そして声にこそ出さないが今の言葉と同じような態度を取ってしまっている私をどう思っているのだろう。
私はついに何も言葉を交わさず、扉を閉じた。
「わっ、何だこれ!?」
「転送だ。戦場に行くことになる。だから俺たちが行くまで待っててくれ」
転送が始まった。加藤が新人にそう教える横で、風と鈴木が同じく新規メンバーの一人である男の子にスーツを着せようと頑張っている。男の子は風を筋肉ライダーと呼び、何故か慕っている様子だった。
「俺……筋肉ライダーと同じ服やけん、着とき!」
何とか男の子にスーツを着させようとするさらに横では、玄野と坂田、桜井が作戦を話し合っており、その近くで稲葉はしずかに転送を待っているようだった。
「稲葉さん」
声をかけると、稲葉は飛び上がってこちらを見た。
「……なんだ咲夜か。驚かさないでくれ」
「あなたも変わってないですね」
「あんたもな。……でも俺もあんたと比べたらゴミみてーなもんかもしれねーが、訓練したんだぜ」
「聞いてます。点、取れるといいですね」
「ああ……」
まあ、15点を取らねばならないのは誰でも同じだが。今回ばかりは私も最低限の点をとりつつ、他のメンバーに譲ることを考えなくてはならない。
腕を組みながら考えていると、私の視界が狭まり始めた。
転送されたのは、池袋という駅前の、タクシーの停められている道路だった。
「ここってブクロだよな……」
「ああ、帰れるんじゃね?」
「帰れるとか言ってたら死ぬぞ。これから戦うんだ」
のんびりと辺りを見回す新規メンバーたちに玄野が鋭く答える。またエリア外へ出てメンバーが死なないようにするためだろう。今までの教訓である。
「……今回は敵が多いな」
加藤がレーダーを見て、げんなりした表情でそう呟いた。覗き込むと、レーダーに表示されている光点は10や20ではきかない。今回の敵は大量にいるのだ。
「じゃあ、皆さんが楽に15点を取れるってことですね」
私がそう言うと、加藤は少し変な顔をして、そしてふっと笑った。
「そうだな。……いや、俺はそう言わなくちゃな」
加藤は皆を見ると、大きな声で指示を飛ばした。
「今回は敵が多いから、細かく分かれて戦う! それぞれ適当な奴と組んでくれ!」
こうして、玄野と加藤、坂田と桜井、レイカと稲葉、風と鈴木と男の子、ガラの悪い男たち……という具合で編成が決まり、それぞれターゲットを定めて走り出した。そして残った私は―――
「咲夜さん。新しいメンバーを守ってくれるか」
例の新規メンバーの会社員たちだった。確かに放っておけば死ぬのは間違いないし、誰かがついている必要がある。
「いいですよ。新規メンバーを助けるのも仕事のうちですし」
恐竜の時は成功したとは言い難かったが。加藤は「サンキュ!」と言うと、玄野とともに走り去っていった。残された私は何をするべきか分からず突っ立っている新規メンバーに近づき、話しかけた。
「……というわけで、あなたたちと行動をすることになりました。今から星人と戦いに行きますが、何か質問はありますか」
私の言葉に少し戸惑っているようだったが、そのうちの1人は、そろりと手を挙げた。
「誰がこんなことさせてるんだ?」
「知りません」
「……なんでこんなことさせてるんだ?」
「分かりません」
「………あの部屋からどうやってここに移動させたんだ?」
「存じません」
4人は憮然としていたが、そんなことを私が答えられるはずもない。……それにしてもこちらの世界の人間はどうしてずっとしていることの意味や目的を知りたがるのだろうか。
そんなことは生命を確保してから考えればいいのに、と思う時がないでもなかったが、それがこちらの世界の人間の特徴なのだろう。
「とにかく、敵を倒します。相手を全滅させたら家に帰ることができるということは確実ですから」
「……本当か?」
「それは本当です。ついてきてください」
私がレーダーにあった光点の方へ走ると、彼らも後ろからついてきた。そして動く光点と周囲の人間を見ているうちに、光点と移動するコースの一致する男を見つけた。坊主頭の男だ。
「……あ、あれですね。ターゲット」
「あれ……って、人間じゃねえか」
新規メンバーの1人が笑いながら言うのを尻目に、私はその男に近づき、Xガンを向けた。
「………!」
男は私に気付くと、ばっと手をかざして、顔をかばう素振りを見せた。後ろから慌てた新規メンバーの声が聞こえてくる。
「……おい、あんた! そいつたぶん人間だって!」
「……いえ、今ので確信しました。
私が引き金を引いた瞬間、素早く男は仰け反って攻撃を回避した。外れた攻撃は後方にあった向かいの店のウインドウを粉々に砕け散らせる。
「……バレちまってんならしょーがねえなあーっ」
みきみき、と男の顔が歪み、変形していく。それを見た周囲の人間が悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく中で、私は落ち着いてXガンで心臓を照準し、引き金を引く。
と、すでに私の前にオニ星人はいなかった。凄まじいスピードで跳躍していたのだ。オニ星人は私を飛び越えると、背後の新規メンバーの方へ向かった。
「う、うわああっ!」
迫りくる異形のオニ星人を前に彼らは恐慌をきたし、一目散に逃げようとしていた。……しかしオニ星人はなぜ私を攻撃しなかったのだろうか。彼らからすればこちらで誰が強いかということは分からないはずなのだが。
私は少し疑問に思ったが、すぐにXガンをガンホルダーに仕舞い、刀に持ち替えた。幸い、オニ星人を見て他の人間は逃げ散ってしまったので、周りを気にする必要はない。私は数十メートルほど伸ばした刀を十分腰に引き付けてから、思い切り振りぬいた。
通過軌道上にある壁が、街路樹が、電灯の柱が両断された。遅れてずるり、とオニ星人の身体が真っ二つになり、地面に落ちる。私がオニ星人の死体を前に呆然とする新規メンバーの所へ戻ると、眼鏡をかけた男が、声を振り絞って訊いてきた。
「……何なんだ、こいつらは」
「さあ。私も知りません。ただ1つ言えることは、彼らを殺さなければこちらは生き残れない、ということです」
「……それだけはお前たちに同感だな」
背後から聞こえた声に、私はばっと後ろを振り向いた。そして声の主らしいサングラスをした特徴的な口ひげの男はオニ星人の死体と私を見て、なるほど、と呟いた。
「ある程度はやるようだな……」
私がレーダーを見ると、相手の立っているところに光点が光っている。やはりこの男も星人なのだろう。顔を上げると、男は2本の角を伸ばしながら、右腕を掲げた。そしてその手のひらには、巨大な炎球が浮かんでいる。
「かかってこい……炭にしてやる」
「……総力戦だな」
氷室がそう言うと、「鬼」は頷いた。
「黒玉の連中は俺たちが皆殺しにする。お前たちは見てるだけだ」
そんなことは分かっている。氷室は仲間の吸血鬼とともに煙草をふかしながら、携帯を取り出した。すでに3人の幹部は送り込まれている。氷室には鬼星人の幹部たちがどこにいるかは知らないが、このハンターたちを示す光点が一気に減ったら、おそらくそこが幹部の居場所だろう。
そう思った瞬間、
「あいつらだ!」
「人間に見えるぞ……?」
氷室たちの立つ階段の下に、黒いスーツを着た奴らが集まって来ていた。あちらもレーダーを持っているから、居場所を掴んできたのだろう。「鬼」はゆっくりと彼らへ目を向けると、訊いた。
「お前らボスはいるのか? いたらここに連れてこい」
「……へっ、そんなの気にする前にてめーの命を気にしてな」
先頭の男がそう言うと、男たち(中に一人だけ地味な女が混じっていたが)は「鬼」に突撃してくる。
その瞬間、世界が純白に染まった。遅れて雷鳴がとどろき、石畳の破片と、千切れたガンツメンバーの手足が飛び散り、戦闘と呼べるものはそこで終了した。
「……くっそ……があっ!」
何とか生き残っていたらしい一人の男が銃口を向けたが、その時にはすでに「鬼」はその男を通り過ぎ、向こうを歩いていた。男のスーツからはぽたりと粘液質の液体が滴っている。
「……てめえ、シカトしやがっ……」
男はセリフを最後まで言うことなく、肩口からごとりと2つの物体へ分裂し、沈黙した。
「つまらん……もう少し歯ごたえのある奴……そうだな、お前のいう十六夜とかいう奴を相手にするのも面白いかもな」
「鬼」はそう言うと、街ーもはや戦場と化しつつある池袋に向かって、歩いて行った。
オニ星人は原作では下っぱ、幹部、大ボスの順で出てきましたが、あれって一気に出てきてたら多分負けてるよなーと思いますね。
まあ、戦力の逐次投入は漫画のお約束ということで仕方ないとは思いますが。