時止めメイドと黒い玉   作:ばるばろさ

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31、バトル・オブ・イケブクロ

 

 

 

 俺は何が起こったのか一瞬理解できなかった。まさかこんな簡単な方法でスーツが壊れるとは、全く予想していなかったのだ。

 

「う、うわああ!」

 

 どろり、と俺のスーツから液体が漏れ出したとき、我に返ったレイカは銃を男に向けて構えた。

 

「おっと」

 

 男は小馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、俺をレイカの銃口の前に引き寄せた。

 

「うっ………!」

 

 レイカは、俺の体が邪魔で、撃とうにも撃てない。そして俺は背後にいる男の爪が首筋に当たっており、動けない。

 

「はは、気をつけろよぉ。間違ってこいつにも当たっちまうかもしれねーからなあ」

 

 男は挑発しながら、俺を盾にして、レイカに少しずつ近づいていく。俺は盾の立場に甘んずることしかできない自分の無力さに、歯噛みした。

 

(くそっ、くそっ、またお荷物かよ……)

 

 油断というほどのものでもなかったはずだ。だが、殺したと思った瞬間に気が緩んでしまったのかもしれない。きちんととどめが刺せていれば、こんな状況にはならなかっただろう。―――だが、俺の失敗でレイカにまで命を失わせるわけにはいかない—――

 

「レイカ、もういい! 俺ごと撃て!」

 

「駄目よ。そんなことしたら稲葉くんが……」

 

 レイカは泣きそうな顔で、それでもなお銃口を構えながら、じりじりと後退する。

 

「そうだぜ。命は大切にしろよ。な」

 

 男は笑いながら、レイカを広場の隅へと追い詰めていく。レイカは逃げようにも、逃げられないのだ。仮にそうすれば俺の人質としての意味が無くなって俺が殺されるであろうことを知っているからだろう。

 

 そしてついに、レイカは壁の端まで追い詰められた。俺は息を呑みながら、レイカとの距離が縮まっていくのを感じていた。

 

(駄目だ……このままじゃ、レイカも殺される……何か、何か手は無いか……)

 

 焦るばかりで、頭が回らない。どうすれば。手を振り払う? いやその前に喉笛を掻き切られて終わりだ。 そもそもこの時点で……。 何かに気を取られたらその隙に? だがそんな幸運は訪れないだろう……。

 

 頭の中がまとまらない思考で散らかり始めたその時、男は急に俺を突き飛ばし、レイカに襲い掛かった。

 

「きゃああ!」

 

 レイカは叫びながら、乱射する。しかしこのオニ星人の体は一時的に膨れるだけで、ダメージらしいものは通らない。男はレイカの銃を叩き落とすと、レイカの首をつかみ、そのまま吊り上げた。

 

「う……うっ!」

 

 レイカはもがくが、男は見た目に見合わず力があるのか、そのまま微動だにしない。レイカの足は、宙を蹴るだけで、地面についていない。

 

「アイドルのレイカ、か……ならお前には面白い事をしてやろうか」

 

 男はにやりと笑った。

 

「俺は人間の体内にも入ることができる。そして中から、破裂させることだって……」

 

 それを聞いたレイカは、ありありと恐怖の表情を浮かべた。このオニ星人のしようとすることを理解したのだろう。大きく目を見開いた。

 

「……というわけでだ」

 

 男はレイカの口に顔を近づけた。

 

(やばい……! レイカがやられる!)

 

 俺に何ができるだろうか。スーツは死んだ。銃もさっき取り落とした。この状況で俺にできることなどない。向かって言っても殺されるだけだ。

 

『お前は加藤のタフさも、咲夜の冷静さも、玄野の強さも、何も持ってない』

 

 そのとき、俺の脳裏に和泉の言葉が浮かんだ。確かに俺には何もない。だがもしここでレイカを見殺しにしたら、俺がまだ持てるかもしれない、勇気というものは俺の手から滑り落ちて行ってしまう—

 

 そう思った瞬間、俺は男に向かって突進していた。

 

 俺がタックルをかますと、たまらずオニ星人はレイカを離し、俺とともに地面に転がり倒れる。俺が起き上がったと同時に、男も身体を起こして俺を睨んだ。

 

「おとなしくしてればいいのにな……」

 

 殺気。ああ、やっぱりこんなことしなきゃよかった……。と俺が後悔したときにはすでに、男の顔がすぐそばまで迫っていた。さっきのような不意打ちはもうできないし、助かる手立ては何もない。

 

(ああ、俺どうやって死ぬんだろうな。もう本当ふざけんなよ……)

 

 殺される、と思ったその瞬間、男の右側頭部が突然膨張した。

 

「なんだぁ……?」 

 

 男が横を向こうとするが、その前に男は吹っ飛ばされ、俺の視界から消えていた。そしてそのオニ星人をぶっ飛ばした男—風が、鉄山靠の構えのまま、息をゆっくりと吐いていた。

 

「……2人とも大丈夫⁉」

 

 銃口を構えたままやってくるのは、鈴木のおっさんとその陰に隠れている子供。どうやら風とともに助けに来てくれたらしい。レイカも立ち上がって、お礼を言った。

 

「ありがとう……助かりました」

 

「稲葉くんもレイカさんも、無事でよかった。あとは……」

 

 鈴木のおっさんはそう言うと、風とオニ星人の対峙する方へ目を向けた。同じように子供も目を向けていた。

 

「筋肉ライダーかてるかな」

 

「大丈夫だよ。だから目、つぶっててね」

 

 筋肉ライダーというのは風のあだ名だろうか。俺は噴き出しそうになった。

 

「……でも相手は自由に体を変形する能力を持っています。風くんでも勝てるでしょうか」

 

 レイカの言葉に、俺ははっとした。そうだ。もし打撃が効かなければ、風でも太刀打ちができない―

 

「風っ! 気をつけろ! そいつは……」

 

 俺が叫ぼうとしたとき、ごしゃ、と鈍い音が響いた。

 

 見ると、風の足元に赤黒い肉塊がわだかまっていた。おそらくあのオニ星人だろうが、全く原型をとどめていない。

 

「潰せば問題なか」

 

「あ、そう……」

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと前にテレビで見たが、日本刀を使えば、理論上銃弾を切ることができるのだという。実証シーンで日本刀の刃に放たれた銃弾が真っ二つになって、地面に落ちていた。つまり、刀というのは同じ材質のものでも容易に切断できるレベルの攻撃力を持つ武器なのだ。

 

 当たりさえすれば。

 

「らあっ!」

 

 岩鬼は仰け反り、俺の斬撃を紙一重でかわした。渾身の一撃が空を斬り、俺の体勢が崩れたところに踏み込み、パンチを無防備な俺の胴体に叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 丸太のような剛腕から繰り出される拳の威力は並ではない。たまらずぶっ飛ばされ、たっぷり十数メートル近く宙を泳いだ。俺が何とか受け身をとって起き上がると、岩鬼はごきごきと首を鳴らしながら、こちらへ歩を進めてくる。

 

「……ナメやがって」

 

 だが、相手はこの刀の性能を知らないようだ。ちょうどこの辺りには街灯が少なく、薄暗い。相手に気付かれないよう、刀を下に向けた。十分距離が縮まるまで、時間を稼がなくてはならない。

 

「……おい、話をしないか」

 

 そう話しかけると、岩鬼は足を止めずに答える。

 

「俺は、拳で語り合う方が好きなんだが」

 

「ボクシングしないからそういうのわかんねー。まあお前と戦いたがりそうな格闘家は知ってるけどな」

 

「なに?」

 

 岩鬼は、ぴたりと止まった。しめた、と思いながら、俺は話を続ける。

 

「うん、何ていうか拳法? 体術? そういうのをつかう奴がウチのメンバーにいるんだよね」

 

「それは本当か?」

 

「うん。マジ本当。風っていうんだけど……メチャクチャ強いんだぜ、そいつがよ」

 

 俺は話しながら、本当にこいつと風が戦ったらどうなるのだろう、と思った。風は人間の範疇からはみ出しているようなところがあるし、スーツ一丁あれば案外こいつとも互角に渡り合うかもしれない。

 

「……面白そうだな。他の奴らに狩られてなきゃいいが……まあそれならまずお前を倒さないとな」

 

 岩鬼はにやりと笑うと、俺の方へ突進してきた。あの巨体に岩のような装甲をまとっているため、まるで戦車のようだった。真正面から挑めば粉々にされろだろう-が。

 

「予想通り……だっ!」

 

 俺は地面に突き立てていた刀を、前方へ振り上げた。するとアスファルトのひび割れが、おそろしいスピードで突っ込んでくる岩鬼の方へ向かう。その数秒後、地面の底から黒光りする刀身が飛び出し、岩鬼の右腕を付け根から斬り飛ばした。岩鬼は驚愕の表情を浮かべながら、自分の肩から解放された右腕がくるくると舞って地面に落ちるのを見ていた。

 

(まさか地面の中で刀を伸ばしてるとは思わねーだろ!)

 

 俺は振り上げた刀をそのまま叩き下ろした。次は脳天からかち割ってやる—だが、岩鬼はその巨躯からは想像できないような俊敏さで回避すると、怒りの形相で俺の方へ肉薄してきた。

 

(やっべ!)

 

 刀は長くなればなるほど斬り返しが遅くなる。ゆえにこれほど近づかれれば、斬り伏せることはできない。岩鬼は拳を振り上げると、俺の顔面目掛けて叩き込もうとする。

 

 が、その瞬間、振り上げた岩鬼の腕に、細いワイヤーが絡みついた。ついで、ワイヤーに繋がれていたロケットが地面に突き刺さり、そのまま固定する。

 

「………計ちゃん! はやくそいつにとどめをさせ!」

 

 加藤がYガンを構えたまま、叫んだ。どうやらあの自動車の上から撃ったらしい。そのまま「上」へ転送できないかと思ったが、岩鬼が力任せに動くたびにワイヤーは悲鳴をあげ、今にも千切れそうだ。

 

「……ああ、分かッた!」

 

 俺が刀を振るった瞬間、岩鬼はかっと目を見開いた。そして俺が振り終えても俺を凝視していたが、やがて胴体と首がずれ、ごとりと道路の上に落ち、残った体も膝をつき、倒れた。

 

「計ちゃん! スーツは大丈夫か⁉」

 

 加藤が走ってきた。俺は頷いて、岩鬼の死体に目を落とした。

 

「……こいつがボスだったのか?」

 

「そうなんじゃねーかな。他の奴より別格ぽくなかったか」

 

「別格っつっても、仏像のときはそんな奴がごろごろいただろ。まだいるかも……」

 

 そう俺が言った瞬間、後方で何かが光り、遅れて轟音がした。後ろを見ると、ビルの向こう側でまた、まばゆい光が生まれた。どうやら、そこでも戦闘が行われているようだった。凄まじい光、音から察するに、これも「別格」だろう。

 

「……計ちゃん、応援に行こう」

 

「ああ。今日は長くなりそーだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤバい。ヤバい。あれはヤバい。強いとか勝てるとかそういう次元を超えている。雷落としてくるなんて反則だ。

 

 俺はうめきながら、身体を起こした。どうやら少し気絶していたらしい。さいわいスーツはまだ壊れていないようだった。一緒に吹っ飛ばされた桜井の姿が見えないが、あいつはどこへ行ったのだろうか。

 

 きょろきょろと辺りを見回すが、目に入ったのは砕けた街灯、おちた雷のせいでずたずたになった道路、無人のコンビニくらいだった。

 

(あの星人はもう行ったか……)

 

 気絶していた俺は死んだと考えて放っておいたのだろう。桜井もどこかにうまく潜んでやりすごしたのかもしれない。ひとまず自分を納得させてレーダーで敵の位置を確認しようとしたとき、ビルの影から、セーターを着た中年の男が出てきた。もうここは戦場になっているのに危ないなと思っていると、男は俺の方を向いた。

 

「ちょっと……君。これは何? 映画の撮影?」

 

「………は?」

 

「いや、光ったりすごい音が聞こえてくるもんだからさ。……それにその格好じゃないか。SF映画かい?」

 

 何故だ。このおっさんには、俺が見えている。いつもは一般人には見えないはずなのに、どうしてこのタイミングで—

 

「てことは君の後ろにいる怪物も、映画のやつでしょ?」

 

 その瞬間、俺は背筋がぞくりと震えた。ゆっくりと振り向くと、そこに立っていたのはあの「鬼」だった。そしてその右手に持っている物体は—

 

「桜井………!」

 

 桜井の首だった。まぶたは半開きになり、乱暴にちぎり取られたらしい断面から血が滴っている。すでに桜井はこいつにやられていたのだ。それが分かった瞬間、俺の頭に、大量の血が駆け上った。

 

 「鬼」はその首を無造作に放り投げると、呟く。

 

「……まずは一匹」

 

「くそがっ!」

 

 俺は銃を撃ちまくりながら突進した。相手の武器はあの稲妻。あれを使わせないためにも、そして脳血管を切るためにも、あいつには近づかなければならない。

 

(桜井、お前の仇は取ってやる)

 

「鬼」が手を掲げた。雷が来るーそう思った瞬間、俺はわざと地面に倒れると、転がるようにして前へ進んだ。直後、後方ですさまじい光と爆音が聞こえたかと思うと、めきめき、と街路樹の倒れる音がした。

 

(やっぱり雷だな)

 

 おそらく、やつの能力は雷の落ちるところはあまり正確に指定できないのだろう。人間に命中させることができるのはある程度の高さがあるからであり、身を屈めた場合はそれよりも高いところに落ちる可能性が高くなる。

 

 俺が転がる勢いのまま立ち上がると、「鬼」はすでに目の前にいた。

 

「死ねっ!」

 

 この距離なら、脳血管をやれる。「鬼」の皮膚を、頭蓋を、そして脳漿を透かし、その奥に眠る肉体の司令器官—脳を透視する。あとは無数に這う無数の血管を—と思ったその時、俺の視界から「鬼」の姿は消え去った。

 

「なにっ⁉」

 

「……まだまだ、遅いな」

 

 背後から、そんな声が聞こえた。いつの間に、と思う間もなく衝撃を感じて、俺は高々と吹き飛ばされた。

 

どさり、と無様に地面に落ちたときには、もう「鬼」は俺の前にいた。

 

「立て」

 

「くっ……そ……があ!」

 

 立ち上がった瞬間に銃を向け、引き金を引く。が、俺の銃撃は「鬼」の幻影を撃ち抜き、逆に相手のカウンターパンチが俺の顔面に炸裂していた。

 

「がはっ……!」

 

 きゅうううん、と音がして、スーツから液体が漏れ出る。どうやらスーツはおしゃかになってしまったようだ。

 

(くそ、普通に接近戦も強ええ)

 

 しかもおまけにスーツがダメージをカバーしきれなかったのか、ぐにゃりと視界がゆがみ、吐き気がして、立ち上がることもできない。脳震盪だ。そして戦闘中に無防備な状態に陥るということはすなわち、死をあらわす。

 

「そろそろ、幕だな」

 

「鬼」が、手を振り上げた。しかし俺には逃げる気力も、余力も残っていない。

 

(しゃあねえな……桜井、俺もそっち行くことになるわ)

 

「鬼」の手刀が、俺の首めがけて振り下ろされた。

 

 がっ、と鈍い音がした。俺は振り下ろされる瞬間、目をしっかりとつぶっていたので、いつ自分の首が胴から離れたのか、全く分からなかった。……もう切られたのか? いや、まだ手の感覚がある。痛みもない。

 

 俺は不思議に思って、顔を上げた。

 

「……間に合った」

 

「加藤……!」

 

 加藤は、鬼の攻撃を、両腕でがっちりガードしていた。

 

「計ちゃん!」

 

 叫ぶと同時に、刀をもった玄野が横から飛び出してくる。すると「鬼」はさっと飛びのき、玄野とにらみ合った。ひょっとしたら刀の間合いを理解しているのかもしれない。

 

「よく耐えてくれた……」

 

 加藤はYガンを構えながら、そう言った。

 

「桜井はどうした?」

 

「……やられたよ」

 

 それを聞くと、そうか、と呟いて加藤は瞠目した。

 

「……加藤! 早く来てくれ!」

 

 玄野と「鬼」の間合いが狭まりつつあった。加藤はそちらを見て、頷いた。

 

「坂田。すまないが、早めにここを離脱してくれ。 後は俺たちが引き受ける」

 

 

 




戦いが多過ぎて一気に全部を書けない…。今回は咲夜以外のメンバーの決着を書きましたが、やっぱり複数の戦いがあると大変ですね。
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