時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
炎鬼の飛ばしてきた溶岩をかぶった瞬間、私のスーツの表面でスパークが走った。
通常であれば、岩が溶けるほどの熱を加えられた人間はあとかたもなく蒸発してしまう。もし私がスーツを着ていなければ、間違いなくその運命をたどっていただろう。
幸いながらスーツのおかげで溶岩によるダメージはなかった。だが、今の攻撃で、せっかく隠れていたのにこちらの位置が割れてしまった。
「……そこか」
男はすばやくこちらに右手を向ける。
(……対応が早い!)
「燃えろ」
次の瞬間、焦熱地獄から召喚されたような凄まじい炎が解き放たれた。火球は今までで最も巨大で、ちょこまかとした回避は不可能だった。
「……くっ!」
まともにかわす手段もないため、私は時を止めた。猛烈な勢いで迫っていた炎の勢力圏から抜け出し、炎鬼にXガンの照準を合わせ、連射する。
時間が動き出した。敵の炎が私のいた空間を通り過ぎ、その経路上にあったベンチを焼き尽くしたとき、男は銃を構えるこちらに気付いたようだった。
正確な狙撃は不可能。だが、連射すればいくつかは当たるはずだ。
ばしゅっ、と男の左腕が吹き飛んだ。その肉や血は身体から離れると耐熱性を失うのか、焼け焦げ、炭となって消える。
「貴様ああっ!」
男は脂汗を浮かべながら、叫んだ。血走った目で私を睨み、火炎を放つ。
だが、難なくこの攻撃は回避することができた。というのも相手は左手を失ったために連続して炎を作り出せず、炎の絶対量が少なくなっているからだ。今の一発が効いたらしい。
(……でも、止めを刺すには近づかなければ)
炎の直撃は回避できているといっても、辺りはすでに炎に包まれており、生身でいれば無事ではすまない。当然スーツの耐久力も少しずつ減ってきている。少しずつXガンでダメージを与える戦法だと、先にこちらのスーツが駄目になる可能性がある。
「……結局のところ」
相手の懐に斬りこむ、のが最も有効な戦法だろう。私の能力で炎によるダメージを軽減しつつ距離を詰め、斬る―目下のところ、それしか思いつかない。
私が銃をホルダーにしまい、刀に持ち替えると、相手もその意図を察したらしい。汗を額に浮かべながら、にやりと笑う。
「飛んで火にいる夏の虫、て言葉を聞いたことはあるか?」
「………」
私は刀を構え、炎鬼に向かって疾駆した。もちろん相手にとっては格好の的である。炎の連弾が耳をかすめ、足元を焦がし、頭上数ミリのところを通過していく。
炎のシャワーをかいくぐり、無謀な突進を続ける私に、男はちっ、と舌打ちをすると、あらかじめ握りこんでいたらしい岩を振りかぶった。
「……喰らえ」
(……来る!)
溶岩が炎鬼の手を離れたその瞬間、私は時を止めた。同じ手は食わない。私は空中でぴたりと止められた溶岩の下をくぐり抜けた。そして目の前に炎鬼をとらえた瞬間ー
「そして時は動きだす」
男は、突然目の前に現れた私を見て目を見開き、慌てて身を引こうとした。
「逃しませんよ」
私は、男の肩口めがけて斬りつける。が、その瞬間、男の姿がふいと消え去った。
「………⁉」
消えた。手ごたえがなかったので、透明化したというわけではなく文字通りに消えている。どこへ行ったのか。
戦闘中に敵を見失うという恐怖ーそれが背筋を震わせた瞬間ー
「
私のあごに、ぴたりと指が当てられた。背後。いつの間にか、背中に回られていたのだ。こんな隠し技があるとは思わなかった。
(………でも)
炎鬼は、消えてすぐに私を攻撃すべきだった。今の数秒で、再び私が能力を使うための時間を与えてしまったのだから。
時間が止まり、男は指に力を込めようとしている姿勢のまま、動かなくなった。私はその支配から抜け出すと男の正面に立ち、あらためて刀を振りかぶった。
「………なっ」
時間が動き出して、炎鬼は腕の中に私がいないことに気付き、顔をあげた。が、たいして多くのものを見ることはできなかっただろう。高々と舞った首は自身の炎に焼かれ、消し炭の塊と化したからである。
「………勝った」
手強い相手だった。時間停止能力がなければ到底勝ち目はなかっただろうし、古参メンバーが戦ったとしても死者が出ていたかもしれない。倒された新規メンバー4人は運が悪かったとしか言いようがないだろう。私は心の中で4人の冥福を祈った。
私は炎に包まれている広場から出て、レーダーを取り出した。しかし残った敵の数は、あとわずか1体だった。
今倒したのがボスなのか、それともこちらに残っている方がそうなのかは分からないが、とにかく行ってみるしかない。その1体さえ倒せば、今夜の戦いも終わるのだ。
そう思って光点の示されている場所へ行こうと決めたときー
「おい、あんた何してんだ?」
声をかけられて、思わず振り向く。そこにいたのは、ニット帽をかぶった学生だった。一瞬オニ星人の残党かと思ったが、レーダーを見ても反応はない。つまり、一般人だ。
「……失礼ですが、私が見えるんですか?」
そう訊くと、男は怪訝そうな顔をして、頷いた。
「……あちこちであんたみたいな服を着た奴がいるんだけど……何やってんの?」
「………」
吸血鬼の仲間という可能性もないではなかったが、八重歯の長さを見ると、やはり人間のようである。そして他のメンバーの姿も見えるのであれば、不可視化が解除されたのは私に限った話ではないらしい。
(何が起こってるのかしら……?)
—咲夜の決着の5分前
「………何で、私たちの姿が見えてるの?」
鈴木のおっちゃんはスーツが壊れた俺を抱えながら、そう呟いた。走るガンツメンバーに通行人が目を向け、ひそひそと話している。少し前から俺たちの姿は見えていたらしく、「あのバケモノと戦ッてたってよ」とか、「映画の撮影?」などという声が聞こえてきた。
「……ガンツがルールを変えたのかもしれないが……とにかく残り1体だ。急ごう」
俺とレイカは、鈴木のおっちゃんと風、そしてあの子供と合流すると、残っていた2体のうち、最も近かった1体の敵のもとへ向かうことにした。俺はスーツが壊れて走るスピードが絶望的に遅いものの、物陰から援護射撃ができるかもしれないので鈴木におぶってもらい、同行することになった。
「あのビルの向こう側だわ!」
レイカが言ったそのとき、眩い光がその先で発生し、轟音が響き渡った。
「……もう戦闘が始まってるのか!」
皆の顔に、緊張が走った。それでも走る速度は落とさず、戦場へと向かう。誰かが戦っているらしい場所への道の方から、通行人がわっと押し寄せてくるのが見えた。口々にバケモノ、鬼、とパニックになりながら逃げてきたようである。向こうは戦いやすくなっているだろうーそう思った瞬間、スーツを着た男が手を振りながらこちらにやってくるのが目に入った。
「……来てくれたのか!」
通行人に紛れてやって来たのは、坂田だった。しかしそのスーツのいたるところから液体が流れ出ている。スーツが壊れたので、戦線離脱したのかもしれない。
「坂田! 向こうはどうなってる⁉」
「……ヤバいやつがいる! 今は玄野と加藤が戦ってるが、桜井がやられた!」
桜井が。しかも坂田までぼろぼろにされているのだから、ビルの向こうの敵は規格外の強さを持っているのかもしれない。だが、メンバーの中の精鋭である玄野と加藤なら、まだ持ちこたえているはずだ。
「……おっちゃん、下ろしてくれ。俺はちょっと離れたところからXガンで狙ってみる」
「……分かった。……坂田くんは?」
「俺もそうさせてもらうかな。……そうだ。あの鬼、雷を落としてくるから気をつけてくれ。それと見れば分かるけど、パワーもスピードも桁違いだ。まああの2人ならなんとか……」
坂田がそう言ったそのとき、レイカが叫んだ。
「気を付けて! 何か降ってくる!」
俺が慌てて飛びのくと、ちょうどそこに飛来した物体が地面に激突した。思わずつぶった瞼を開けると、そこにはビルの向こう側で戦っていたはずの玄野がいた。
「……ちっ、あれがぜってーボスだな……って、なんでお前らがここにいるんだ?」
玄野は体を起こしてようやく俺たちの存在に気付いたようだった。
「他のところは皆終わったみたいだから。もう一匹の敵は遠いし、分かれるよりここの敵を皆で倒そうと思って」
もう1つの光点は先ほどからあまり動いていないため、誰か-ここに来ていない咲夜の隊かあのガラの悪い連中が戦っているのだろう。玄野は「なるほど」と言うと、立ち上がった。
「……そろそろ行かないと加藤がやられちまう。応援に行かないと」
迅い。明らかにこの「鬼」は、他のオニ星人、そしてあの岩鬼とも隔絶したパワー、そしてスピードを持っている。Yガンで応戦するものの、ロックオンするどころかかすりさえしない。そして相手の反撃はすさまじい雷撃、重い拳の一撃。どう考えてもタイマンで挑むべき相手ではない。
(やばいかもな………)
計ちゃんは先ほどどこかに吹き飛ばされ、今は俺1人しかいない。いずれ計ちゃんは戻ってくるだろうが、それまで何とかこいつの攻撃をしのぎ切らなければならないのだ。
俺は「鬼」に狙いをつけて引き金を引いたが、そのときにはすでにその姿は俺の射線上にはなかった。すでに後ろに回り込んでいる。すぐに振り向いて反撃しようとしたが、その前に「鬼」の拳が腹にめりこむ。
「がはっ……!」
やはり、1対1では勝負にならない。この「鬼」と一番相性が良さそうなのは咲夜だが、こういう時に限って彼女はいない。咲夜でなくてもいいから、せめて1人は来てほしいー
「雷に気をつけろ! 皆でかかるぞ!」
耳慣れた声が聞こえてきた。計ちゃんが戻ってきたのだ。しかも、その後ろにはレイカ、風、おっちゃんを連れている。
「……俺の仲間はどうした?」
「鬼」はずらりと取り囲んだガンツメンバーを見回すと、ぽつりとつぶやく。計ちゃんは刀を構えると、緊張した顔のまま、中指を立てた。
「全員、あの世でお前を待ってる」
その瞬間、鬼は激昂した。計ちゃんは刀を振りぬくが、「鬼」は信じられないほどの反応速度で回避すると、計ちゃんを殴り飛ばす。その隙をついて風が飛び掛かるが、瞬く間に背後をとられ、肘鉄をくらう。
「う、撃って!」
レイカとおっちゃんがXガンで「鬼」に狙いをつけようとするが、目標があまりにも高速で動くため、銃口で追い切れていない。
「なら……これはどうだ!」
計ちゃんと俺、風が三方向から同時に斬りかかり、突進し、銃撃する。前もって示し合わせたわけではないが、自然と挟み撃ちのかたちになった。回避は不可能ーそう思ったが、鬼の腕を、ぱちぱちと青白い光が這った。雷が来る。気づいたが、回避の反応が遅れた。
閃光。
遅れて雷鳴がとどろき、凄まじい風圧に押し上げられる。俺は何とか足から着地したが、他のメンバーは倒れ、起き上がろうとするところだった。
「……お前らごとき虫けらに、俺が本気を出すまでもない」
「鬼」は静かに言った。しかしその額には青筋が浮かび、ぎらつく眼には視界に入るものを全て鏖殺してしまいそうな狂暴な光を浮かべている。激怒。憤怒。瞋恚。「鬼」から立ち昇る怒りの気配は、すさまじかった。
「……だが、これくらいじゃ俺の気が済まない。まずは、お前らだ」
すっ、と「鬼」は俺たちに指を向けた。
「そして……この街の人間を撲滅する。止めてみろ。お前らにそれができるなら」
ぎょーん、とその瞬間、Xガンの吠える音がした。すると「鬼」の脇腹が弾け、血が飛び散った。
「⁉」
今、ここにいるメンバーは誰も銃口を向けていない。つまり、他に狙撃者がいるのである。「鬼」はぎょろりと目を動かし、狙撃者を探しているようだった。
「あれか」
「鬼」が目を向けた先にいたのは、自動車の影に隠れて銃を構えている稲葉と坂田。狙撃の機会をうかがっていたのだろう。「鬼」は落ち着いて手を掲げると、2人に向けて稲妻を落とした。
爆音とともに、2人は自動車ごと吹き飛ばされた。
「今だッ!」
稲葉と坂田に「鬼」の意識が向かった隙をつき、計ちゃんが斬りかかる。
「しゃらくさい」
しかし「鬼」が計ちゃんの刀を避けようとした瞬間ー
めり、と鈍い音がした。
「やっと……やっと当たったばい」
風が拳を「鬼」の腹に埋めていた。そして予想外のダメージで、刀への反応が数コンマ遅れる。計ちゃんが刀を振りぬいた直後、ばっと「鬼」の胸から鮮血が溢れた。
「撃ちまくれ!」
計ちゃんの指示にはっと気が付いたレイカとおっちゃんがXガンを向け、構える。「鬼」はとっさに左腕でガードするが、その左腕が消し飛ぶ。次に頭が吹き飛べば、こいつを倒すことができる。
(……勝てる……のか?)
だが、「鬼」の天高く掲げた右腕は、その希望的観測を打ち砕いた。あの稲妻が走り、メンバーたちを薙ぎ倒した。俺は地面に這いつくばりながら、毒づく。
「くっそ……」
どろり、と俺のスーツから液体が流れ出した。計ちゃんも、風も、レイカも、おっちゃんも。全員のスーツが死んだ。あと少し。あと少しなのに。
「鬼」は倒れているメンバーで一番近くにいたレイカを掴み上げた。
「……最初に殺すのは、こいつからにしよう」
残る敵はあと1体。私はレーダーに表示されている光点の座標めがけて急行していた。おそらく他のメンバーも担当の敵を撃破して最後の戦場に集結しつつあるだろう。
しかしこの光点は、私が移動を始めて5分間、ずっとそこにとどまっている。つまり、誰かと戦っているのだ。
(さっきの星人みたいに、無茶な相手じゃなければいいんだけど)
炎鬼との戦いで、私のスーツも限界が近い。猛烈な攻撃にさらされれば、死亡する可能性が大である。なるべくなら戦いを避けたい。とはいえ、もしもピンチの仲間がいるなら、最悪の場合―
「助けざるをえないわね」
思わず口からこぼれた自分の言葉に、私は意外な気持ちがした。私は他のメンバーを訓練すれば代替可能な戦力としか見ていなかったはずである。それが、今や「仲間」だとは。いつの間にか彼らは、私の心の中で「駒」から「仲間」に
……だがおそらく、それは情がうつっただけだろう。こちらの世界で、自分の他に頼れる存在があると自身に言い聞かせる作業。一時的な心の作用にすぎない。
(そう、ただの気のせい……)
そう思ったちょうどそのとき、ビルとビルの向こうに、信じがたい光景が広がっていた。
地面に這いつくばっているのは、玄野。加藤。風。鈴木。稲葉と坂田、桜井はまだ到着していないか死んだのだろう。信じられないことに、この面々と単独で渡りあい、勝利しかけているのは敵の方だった。
「鬼」
と、見た瞬間に分かる風貌。間違いない。あれがボス。そしてその「鬼」の片腕に腹を掴まれているのはーレイカ。まさに、私の想定していた最悪だった。
だが、Xガンはまだ有効射程にないし、刀を伸ばす時間もない。走っていくとしても、到着前にレイカが握りつぶされて終わりだろう。使える手は、もはや1つしかない。
私は、刀を少しだけ、ほんの少しだけ伸ばし、刃の部分を指で挟みこんだ。刀身はちょうど柄と同じ長さで、刀というよりもナイフという方がふさわしいだろう。
「……久しぶりだけど、外せないわね」
私は息をするどく吸い込むと、数百メートル先に立つ「鬼」に向け、ナイフを投擲した。
今回はあまり本編とは関係ない後書きです。
漫画としてガンツの面白さを分析すると、ストーリーはわりと普通の少年漫画ですが、やっぱり一番上手いなあと感じるのは引きですね。
ハリウッドの映画では5分に1度山場を設定するそうで、ガンツも単行本で読む時は連載時の「引き」が「山場」になって、テンポよく読めるようになってるんだなあと。