時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
ー苦しい。誰か。
握りしめられた胴体が、悲鳴をあげている。スーツはもう効いていない。「鬼」の力に抗っているのは自分の体だけだった。しかしそれも限界に近いらしく、ぴき、と嫌な音が自分の体内から発されたのを私は苦悶しながら聞いていた。
肋骨が折れる。柔らかい臓器ごとーレイカは必死に身をよじろうとするが、「鬼」は万力のような力をこめ、決して私を離さない。
(まさか……私はここで……終わり?)
死は嫌と言うほど見たと思う。玄野くんや加藤くん、十六夜さんに比べればまだまだかもしれないが、他人の死には少しずつ慣れてしまっていた。だが、それと自分が死ぬのは、全く違う。
恐怖。無に還ってしまうことへの恐怖。どんな訓練も、装備も、人生も、等しく呑み込んでしまう、圧倒的な「死」への。
涙があふれてきた。激痛が全身を駆け抜ける。
「誰か……た、助け……」
一際強く握りしめられ、押し潰れる―その瞬間、私の身体は空中にあった。
「!?」
「レイカっ!」
玄野くんに受け止められ、私は呆然とした。何が起きたのだろう。
ぴ、ぴっと私の顔に赤黒い液体が飛んだ。上からだ。私が玄野くんに抱えられたまま見上げると、「鬼」の腕には深々と短い刀が突き刺さっていた。
「貴様ああああっ!」
「鬼」が吠えた遥か向こうに、たたずむ人影があった。目を凝らさずともわかる。十六夜さんだ。あそこから、刀を「鬼」に向けて投げたのだろう。
十六夜さんはすぐにこちらへ向かってきた。
「皆っ! すぐ終わらせる! 生き残るぞ!」
加藤くんが激を飛ばすと、おうっ、とメンバー全員が応え、「鬼」を取り囲んだ。
「ぬううっ!」
「鬼」のスピードは格段に落ちていた。しかも万全の状態でなくては雷は使えないらしい。……しかし、スーツがない。もし誰かがやられれば、そこから瓦解するー
「うあっ!」
そのとき、鈴木さんが、「鬼」の横薙ぎの一撃を回避しそこね、左腕を持っていかれた。私は援護しようとしたが、鈴木さん自身の身体が邪魔で「鬼」を狙えない。
「だ、駄目……!」
続く鬼の右こぶしが鈴木さんに振り下ろされるー直前、がっ、と鈍い音がして、その勢いが止まった。
「……ああ、ようやく間に合った」
十六夜さんだった。しかし、今の一撃で彼女のスーツも限界になったのか、どろりと液体が流れ始める。態勢を整えた鬼は、すぐさま十六夜さんに襲いかかった。
「十六夜さん! 気を付けて!」
「……大丈夫です」
ぴたり、と「鬼」の動きが止まった。そして顔が十倍にも膨れ上がり、血をまき散らして爆発した。
「……桜井の仇だ」
鬼の身体が倒れ、その後ろから現れたのは、坂田さんだった。Xガンをホルダーにしまうと、ほう、とため息をついた。
「……や、やばかったあぁぁ」
加藤くんが、力が抜けてしまったかのように座り込む。
「咲夜さん。マジナイスタイミング。あれ無かったらぜってー俺たち死んでたわ」
「ええ。正直あの距離で当てられるかどうかわかりませんでしたが……レイカさんが死ななくて何よりです」
十六夜さんは胸をなでおろし、最後にそっとつぶやいた。
「……」
そうだ。十六夜さんだってちゃんと仲間を思って行動しているのだ。和泉くんが言い残したように、彼女は人殺しかもしれない。しかし、現にこうして自分の命を賭して仲間を守っているのだ。
もし彼女が自分の命だけを考えて、他人の命は軽く見るような殺人鬼だったら、スーツが壊れる寸前で割って入ることはしないだろう。だから、私は言うべきなのだ。感謝と、そして仲直りを。
「十六夜さん」
「何?」
名前を呼ぶと、十六夜さんは振り返った。その向こうではもう転送が始まっている。ここを逃したら、採点や解散の間に言う暇は無いかもしれない。
「……さっきは、ありがとう。それと……これまで距離をとっててごめんなさい」
十六夜さんはきょとんとしていたが、やがて、ああ、と少し笑って、
「気にしていないので大丈夫ですよ。それに、私に化けた星人のせいで危険な目にあったとか……化けられやすい見た目をしててすみませんでした」
何それ、と笑った時、十六夜さんの身体が消え始めた。
「……おや。ではお先に失礼します」
完全に十六夜さんの身体が消えた後、私の身体も転送が始まった。私は戦いの疲れよりも、ある種の満足感を感じていた。
確かに大変な戦いだったけれど、残ったもの、いや、直ったものは確実にある。そんな満足感を。
「……よし、全員戻って来たな!」
最後にレイカの転送が終わると、加藤はそう言って皆を見回した。どうやらこの前の新規メンバーも全滅していたらしく、恐竜狩りのときと顔ぶれはほぼ同じだった。……桜井を除いては。
「あの、桜井さんは?」
「最後の鬼ボスにやられたらしい。いきなりあれにぶち当たったわけだからな。運が悪かった」
加藤が言うには、あの最後のオニ星人は雷を乱発して皆をあそこまで追い詰めたのだという。初見でそれをかわせるのは、確かに無理だろう。
「もし私にできるのなら、私が生き返らせたいんですけどね」
「咲夜さん……俺の時もそうだったが、自分を解放するのに100点メニューを使う気は無いのか? このままだと死んじまうかもしれねーぞ」
「そうですね……まあ、その辺は気にしないでください。それに、玄野さんに約束してるんです。私が死んだら、生き返らせるようにって」
「そうか。……まあ、計ちゃんは約束を守る男だからな」
加藤による玄野の過大評価は一体いずこから出てくるのだろうか。首をかしげたくなったが、玄野には土壇場での侮れない底力を持っている。多分それを加藤は評価しているのだろう。
その時、ちーん、とガンツが音を発した。
『それではちいてんをはじぬる』
『アホの、、、 125てん
total 135てん 100点めにゅ~から選んでくだちい』
結局とどめを刺したのは坂田になったので、普通のオニ星人を殺した分も合わせてこれほどの高得点が取れたのだろう。坂田はしばらく考えていたが、やがて、きっぱりと言った。
「桜井を生き返らせろ」
意外だな、と思った。坂田は少し割り切ったところがあるので、解放の選択を選ぶと思ったが。ひょっとすると戦闘中の桜井の死に責任を感じていたのかもしれない。
「……うわあああっ……あれ?」
桜井は何故か頭を庇おうとした状態のまま、再生された。やがて周りにいる私たちを見て、何かに気付いたように目を見開く。
「俺、ひょっとして……死にました?」
「大丈夫だ。今は生きてるだろ」
坂田が言うと、それですべてを察したようだった。涙ぐみながらありがとうございますを繰り返していた。
『加藤ちゃ(笑) 89てん
Total 89てん あと11てんでおわり』
『咲夜ちゃん 62てん
toTaL 62てん あと38てんでおわり』
私と加藤は、100点には届いていなかった。私は倒したのがオニ星人と炎鬼1体ずつで、加藤はボスを1体も仕留められなかったからだろう。今回の100点ボーナスは予想外に多く、離脱者が増える可能性が高い。私は少しひやりとした。
『レイカ 58てん
total 58てん あと42てんでおわり』
『イナバ54てん
toTAL 54てん あと46てんでおわり』
『ハゲ 70てん
Total 70てん あと30てんでおわり』
『タケシ 0てん
おうえんしすぎ なきすぎ あと100てんでおわり』
うまい具合に点数が散らばっている。特に稲葉が奮戦しなければレイカに点が集まり、100点達成がなされていただろう。
『筋肉ライダー(仮) 120てん
total 120てん 100点めにゅ~から選んでくだちい』
風は惜しい戦力だが、強いがゆえ、こうなる確率が高いことは分かっていた。ため息をつきたくなったが、どうするかは本人の意志である。
「……玄野か加藤、十六夜の誰かが決めてくれ」
一瞬、私は自分の耳を生まれて初めて疑った。選ぶ? 3番を? 何かの冗談かと思い、風の顔を見たが、その中に軽い気持ちの色は見られなかった。……何故かはわからないが、それを選択しようというのだろう。喜ばしい限りである。
ざわめきが起こったが、私と玄野と加藤は話し合い、大仏との戦いで散った軍人(この国では自衛隊員というらしい)らしい男を生き返らせることにした。
情報を持っていそうな西も有力候補ではあったが、彼の性格が厄介なうえ、このように全員が高得点を取って100点にリーチがかかっている状態なので、次の戦いで安定して勝利するための戦力になりそうな人員を加えることにしたのである。
「……?」
彼は再生された後、加藤に軽い状況説明を受けるため、部屋から出て行った。本格的に仲間として会話することになるのは明日からだろう。
『パンダ 104てん
totaL 104てん 100点メニュ~から選んでくだちい』
これは風の時よりも衝撃的な瞬間だったといえるだろう。流石にメンバー全員が唖然としてホイホイを見つめていた。
かつてない注目の中、ホイホイはガンツに近づくと、画面に鼻を押し当て3番を選択し、和泉を再生させた。
「……どうなってるんだ?」
流石の和泉も、自分が再生されるとは思ってもいなかったのだろう。困惑して辺りを見回していたが、やがてホイホイがやってきて和泉とじゃれ始めると、誰が和泉を再生したかに合点がいったようだった。
和泉が戻って来たのは死んだときの状況が状況だけに微妙な空気が漂ったが、最後のメニュー、つまり玄野の点数は、それを吹き飛ばしてしまった。
『玄野くん 100てん
toTAl 100てん 100点メニュ~から選んでくだちい』
「……マジか」
玄野はぽつりとつぶやいた。
「いや、当然だろ。選びなよ、1番」
「そうっすよ。あれだけ頑張ったんすから。遠慮せず、どうぞ1番を選んでください」
しかし、皆の反応は、ほぼ一つだけだった。誰もが玄野の解放を望んでいる。玄野が抜けるのはかなりの痛手だが、やはり私にはいかんともしがたい。諦めて見送るしかなさそうだった。
玄野は最後に、私をちらりと見やった。だが、もう私が仮に嫌だといっても止められないだろう。
「……このチームは強くなりましたから。玄野さんがいなくてもきっとやっていけますよ」
「ああ、ありがとう……結局、死んだら生き返らせるっつー約束は果たせなかったけど」
「もういいですよ。そんな話は」
そう答えると、玄野は吹っ切れたようで、ゆっくりと深呼吸し、ガンツに向かい合った。
「ガンツ……俺を解放してくれ」
じじじじ、とあの焼け焦げるような音とともに、玄野の身体は消え始めた。メンバーは口々に感謝や別れの言葉を玄野に言った。
「じゃあ、これで……皆、死ぬなよ。特に稲葉」
「ああ。心配無用……と断言出来たらカッコよかったか?」
玄野は苦笑した。そしてその顔すら消え、ついに玄野の転送が完全に完了してしまった。加藤はしばらく黙っていたが、やがて、
「……俺たちも、計ちゃんみてーに100点クリアしねーとな」
とつぶやいた。
空を見上げると、夜の闇の中を、飛行機の光がちかちかと瞬きながらゆっくりと移動していた。
誰もが壮絶な死闘を切り抜けた後で疲れ切っており、解散になるのは早かった。そして私は玄野が抜けてしまったので、1人でマンションから帰っていた。
玄野は抜けてしまったものの、和泉と腕の良さそうなスナイパー……確か名前は東郷、だっただろうか。彼らの参入もあったので、損失は無かった。今の心配はそちらではなく、むしろ逆である。
戦いの前は点数を取れずに死ぬということが心配だったが、まさか次に心配することになるのが皆の得点が高すぎるということになろうとは思いもしなかった。
風と坂田が抜けなかったのは僥倖だが、加藤はよほどのことがなければ確実に3番を選ぶだろうし、あとたった11点で解放されるのだ。このチームに彼ほどのリーダーシップを取れるものはいるのだろうか。
私は新米4人を全滅させてしまったように、指揮は苦手だ。かといって超能力コンビや鈴木も指揮に向くかと言われれば首をかしげざるをえず、風や和泉は論外である。
消去法でレイカや稲葉の名前があげられるが、彼らはこれといってリーダー役をやったことがないので何ともいえない。
(どうすればいいのかしら……)
考えながら歩いていると、いつの間にかアパートに到着していた。玄野は先に戻っているため、合い鍵を差し込み、ドアを開けた。
「ただいま帰りました、玄野さん」
しかし、返事がない。私は不思議に思いながら靴を脱ぎ、呼び続ける。部屋から明かりが漏れている。いないということはないだろう。
「どうしました? 玄野さん」
すると、そっと玄野が奥の部屋から顔を出した。
「やっぱりいるじゃないですか。どうして……」
答えないんですか、と言おうとして、はっと気がついた。どうして今まで思い至らなかったのだろう。このことを見落とすとは、どうかしていた。
1番の選択の文言は、『記憶をけされて解放される』
私のことを忘れているのだ。ガンツから解放されたために。
「ちょっとあんた……誰なんだ?」
玄野の言葉は、私の耳に非現実的な響きを残し、闇に消え去っていった。
長い間が空いてしまいましたが、再開することができました。
ちなみにオニ星人の細かい点数は分かりませんが、合計は分かるので、倒した数を考慮して点数を出しています。
例えば原作でのレイカと稲葉の合計獲得点数は112点であり、この作品では稲葉は頑張っているのでそれをおよそ2で割った、という感じです。