時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
本当に誰なんだ、こいつは。
その女が訪ねてくるまで、俺はテレビを見ていた。ブクロでリアルな宇宙人の死骸が散乱しているのを、食い入るように見つめていたのだ。いつもは大してニュースを見ないものの、何故かこのニュースは吸い寄せられるように見てしまった。
その時だった。鍵を差し込む音が玄関から聞こえてきたのは。
俺がぎょっとしてテレビを消すと、がちゃり、と音がしてドアは抵抗なく開いた。
(ウソだろ⁉ なんで合い鍵持ってんだよ! 入って来ちまったじゃねえか!)
「ただいま帰りました、玄野さん」
女の声。しかも当然のように上がり込んでくる。俺がそっと顔をのぞかせると、その女の顔が見えた。銀髪、顔の印象から言って、日本人ではないな、と思った。
「ちょっとあんた……誰なんだ?」
そう訊くと、女は「あ……」と目をみはり、呆然としていた。
「私の顔に見覚えは?」
「ないけど」
「あなたの記憶がないだけって言ったら信じますか?」
「逆にあんたは信じるのか?」
そう言うと、女は黙り込んだ。しかしやがて意を決したように顔を上げると、「では」と切り出した。
「私の荷物を取って来てくれませんか。衣類と貴重品類の箱がありますから」
「……そんなものは俺んちにはないけど」
「あります。安心してください。別に何か害をなそうと思って来ているわけではないので」
俺は半信半疑で、それがあるかどうかを部屋に戻って見てみたが、確かにその箱は存在した。わずかに開けてみると、女物のセーターやらパンツやらが綺麗に仕舞われており、俺のものでは無さそうだった。
俺がそれを渡すと、女はぺこりと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。……あ、あと冷蔵庫に入っているチーズケーキはそれほど日持ちしませんので、お早めにお召し上がりください」
「は?」
「……では。失礼します」
どこか悲し気な顔をしながら、その女は玄関のドアを閉め、どこかへ行ってしまった。
玄野の家を出てしばらくは安いホテルを利用して次の住処を探していたが、やがて資金が尽きそうになってきたため、やむなく空の下で寝泊まりをしていた。
しかし公園のベンチで厚着をして寝ても十分な睡眠がとれるはずもなく、身の危険を感じた時は起きられるような態勢でいたため、体調は少しずつ悪化していた。
「加藤さん。1つお頼みしたいことが」
訓練の最中だったが、呼ぶと加藤はいそいそとやって来て私の前に立った。
「……咲夜から俺に頼みって珍しいな。何なんだ?」
「実は家のことでですね。この前玄野さんの家を出まして」
「あ……そうか。記憶がないからか。それでどうしたんだ」
「公園のベンチに座っていました」
「あー、道理で顔色が悪いと思った。大丈夫か?」
「ええ、まあ……ところで相談なんですが、私が次の住処を見つけるまで、泊まれそうなところは無いでしょうか?」
今からずっと露天暮らしというのは体力が持たない。それにホテルや旅館では流石に金銭的な面もあって難しいことは分かっている。能力で盗みをはたらくこともできなくはないが、最終手段にしたい。
加藤はしばらく考えていたが、やがて、分かった、と言った。
「今、俺と弟が暮らしてるアパートがある。そこに住んだらいい。……ああ、咲夜さんが嫌でなければ」
遠慮がちに言うのは、やはり下心がある提案に聞こえるからだろう。しかし、今の私にはここで嫌というほど余裕があるわけではないし、加藤が親切で言ってくれているということも分かる。ありがたくそうさせてもらうことにした。
「ありがとうございます。代わりに家賃を3割負担、家事の手伝いをするというのでどうでしょう」
「助かる。……なんか、慣れてるな」
私1人分の金銭管理など、紅魔館全体の家計を担当していた時に比べれば楽である。こちらの世界は税の計算が多いので一概には言えないが。
何はともあれ、ようやく寝床の確保はできたわけである。こんなことになるのであれば、岸本にどう追い出された日を切り抜けたのか聞いておけばよかったかもしれない。
(……そういえば、今、玄野さんはどうしてるかしら)
ふと、そんなことを思った。が、彼はもうガンツとは何の関係もないのである。忘れた方がいいだろう。そう考えなおしたとき、私の上着を置いてある辺りから、携帯の着信音が聞こえてきた。
幾分こちらの世界の道具にも慣れたとはいえ、携帯電話という道具の操作はよくわからないので、電話帳に入っている連絡先も仕事用のものとガンツメンバー、お嬢様のものくらいである。
「すみません。ちょっと失礼します」
私は加藤に断りを入れてから、電話を取った。ガンツメンバーはここにいるので仕事先かお嬢様だろうと思っていたが、電話の相手はそのどちらでもなかった。
「ちょっと話がある。前の所に来てくれるか?」
声の主はあの吸血鬼ー氷室だった。
はぁくし、とくしゃみをして、俺は学生服から着替え、部屋着でベッドに寝転んだ。
「何かなー、どうなってんだー、ここしばらく」
学校ではレイカとの付き合いはどうなったと聞かれ、小島とかいう奴が彼女ヅラしてやって来るのである。おまけに携帯には知らない名前がずらり……。訳が分からない。
周りの反応も、それが当然とばかりで、まるで、今まで違うヤツが俺になりすまして皆と話していたのではないかと思うほどである。
終いにはコートを着た男がやって来て、俺をブクロに現れた黒服のメンバーだと言い出す始末である。弟のアキラまで俺をからかっているのか、俺の命を狙う連中から身を守るために太陽光に近い光を出せる器具を用意しろと言ってきた。
何故か向こうは必死に言っているようなので買ってはみたが、やはり釈然としない。
「何だ? 何だ? マジでどうなってんだ?」
思えばこの前のあの女もそんなことを言っていた。「記憶が無くなってる」なんて言ってたが、本当なのだろうか。記憶を失ったと考えれば、全てのことに辻褄があうのだ。
「でも、ドラマとか漫画じゃねーんだから……」
ありえない、と続けようと思ったが、心のどこかではそれが真実のような気がして、発音されることはなかった。しかしその時、俺の頭に一つのアイデアが閃いた。
俺の電話帳に残っている番号に電話をかけてみればいいのである。もし繋がって、会話することができれば、ある程度俺が記憶喪失かどうかの判断がつくというものだろう。
俺は早速電話帳を調べると、あいうえお順の電話帳の一番上に表示された『十六夜咲夜』に電話をかけてみることにした。
しばらく呼び出しのコール音がしていたが、やがて「電話をお呼びしましたが、お出になりません……」という機械音声が流れ始めた。
(やっぱり、そうだよな……)
この電話帳は多分、何かの間違いなのだろう。どっかの電波が紛れ込んできてこうなっているだけとか、そういう類のものだろう―考えながら、俺は少しずつ眠りの中へ沈んでいった。
電話が鳴った。
「おい、あんたは大事な話し合いを中断させるほど携帯の相手が重要か?」
「いえ。すみません。すぐ切りますから」
私は電話の電源を落とすと、話し相手―氷室に向き直った。
そういえばもともとこの携帯電話はここで貰ったものである。電話番号は当然知っているというわけだ。
「で、話とはなんですか?」
先ほどの電話では夕方、以前会ったクラブという指定を受けただけで、話の内容までは聞かされていなかった。罠かと思ったが、スーツを着ていけば逃げることくらいはできるだろうと考え、それに応じたのである。
「あんたは……失礼。あんたらは、この前のオニたちとやり合ったよな」
「はい。なかなか手強い相手でした」
「俺は正直、あれであんたらは全滅だと思った。が、多少死んだだけで、戦力はほぼ温存されているんだろう?」
戦いの最中で姿が見えるようになったため、報道により生存メンバーの確認が可能だったのだろう。
「そんな奴らと真正面から戦ってもこちらの被害が大きいだけだ。だから、まずガンツメンバーの何人かの住所を突き止めた」
「どうやって?」
「どうでもいいだろう。……まあ、ある熱心な記者の努力の賜物とでも言うか……例えば、あんたは玄野というやつと一緒に住んでいるそうだな」
情報は古いものの、ハッタリではなく、本当に突き止めているらしい。問題は私をここにおびき出した理由である。
「目的は?」
「目的? ああ、どうってことない。玄野とあんたが近くにいたら戦いづらいからな。巻き込んであんたまで殺したらスカーレット家と全面戦争だ。こちらに損しかない。だからあんたは襲撃が終わるまでここにいてもらおう」
「ちなみに、嫌だと言ったら?」
「……見張る部下にあんたの四肢を切断するまでは許可してある。どうせガンツの招集があれば再生してるだろう?」
つまり、殺しはしないが無事にはすまされないということだろう。脅しとしては有効である。
「分かりました。あなたの言う通りにしましょう」
氷室は煙草をくわえたまま、ふっと笑った。
「あんたは賢いから、その返事が聞けるだろうと思ってたよ」
「……彼らは、駒にすぎないので」
私は答えながら、心の奥でつぶやいた。
以前ならば本心から言っていただろう、と。
記者を脅して居場所を聞き出したメンバーは、実のところ、まだ2名である。玄野計。和泉紫音。いずれも十六夜咲夜が存在を示したサイトにも載っていた名前で、かなりの強者であることは分かっている。
それゆえ、俺は動員できる吸血鬼のほぼ全てで襲撃を行うことにした。玄野か和泉の携帯電話を入手できれば他のメンバーをおびき寄せることも可能であるはずだ。だが、失敗すればこちらの狙いが奇襲であることが分かり、他のメンバーは用心して出てこなくなるかもしれない。
とはいえ、一つの場所に吸血鬼全員を置いても同士討ちが起こる可能性があるため、半分にして玄野と和泉に当てる。俺は玄野の方である。
夕焼けが住宅街の彼方へと消え去り、街に夜がひたひたとやって来るのと同時に、俺は玄野の家を取り囲むようにして仲間たちを配置した。これでまず逃げられない。そして突入する者を5、6人選び、家の様子を窺う。
「……静かだな」
家の周りをうろつく男が数人いるが、ボディーガードのつもりなのだろうか。だとすれば、舐めすぎだろう。時間稼ぎにもなりはしない。
「かかれ」
俺の命令とともに、仲間たちが男たちに襲い掛かった。マシンガンを乱射すると、ぱぱぱっ、と男たちの胸に火花が散った。が、それに続く血は一切吹き出ない。
「敵だっ! 反撃しろ!」
男の1人が叫ぶと、途端に最前列にいた吸血鬼の頭が粉みじんになって吹き飛んだ。それに怯み、突撃の勢いが弱まったところで、突然操り糸を斬られたマリオネットのように、2、3人がくずおれる。
「情報通り、奴らの狙いは計ちゃんだ! そして落ち着いて戦えば勝てる!」
どうやらリーダー格らしい、オールバックの男が叫ぶ。おうっ、と応え、男たちは吸血鬼に猛攻を加え始めた。
(情報が……漏れていた?)
奴らがこんなカウンターを叩きこんでくるとは予想外だった。今夜襲撃があると分かっていなければ、これほど落ち着いて対処するどころか、ここにいることすらなかったはずである。
こちらにもアキラの他に内通者がいるのだろうか。その最有力候補は十六夜であるが、ヤツには襲撃先を知る機会などなかった。例え襲撃について知らせることはできても、具体的にどこが襲撃されるかは分からなかったはず―
そのときふと、嫌な気配を感じて俺は素早く飛びのいた。
破砕音。俺の踏んでいたアスファルトの道路が弾ける。素早く辺りを見回すと、はるか遠くの家の屋根に伏せ、銃を構えている男がいた。
「狙撃だ! 全員、東からの射線を切りながら目の前の男を片づけろ!」
まさかあの距離から攻撃してくるメンバーまでいたとは。以前にはいなかったから新しいメンバーだろう。俺は移動に使った自動車を盾にしながら、舌打ちをした。
狙撃を警戒しながら準備の整ったメンバーと戦う。これでは奇襲の意味がないし、時間が経つほど不利になる。別動隊が玄野を始末したら撤退した方がいいだろうー
ガンツメンバーたちのいない反対側からアパートに忍び込ませていた部下に携帯で突入の指示を出す。電話から乱暴にドアを開ける音、部屋に踏み込む足音や銃を鳴らす音が聞こえてくる。
(これで玄野は死んだな)
しかしそう思った瞬間、玄野の部屋が光に包まれた。ついで、携帯からは石がひび割れ、砕け散るような音が聞こえてくる。
「……太陽光か」
おそらく突入した別動隊は今ので全滅した。こうなっては、玄野の殺害も難しい。前方からは、マシンガンの音や肉片の飛び散る音がだんだん近づいてきている。メンバーとの戦闘でもこちらが押しこまれているのだ。
「撤退しましょう!」
と言って、俺の傍にいた男は車の運転席に飛び乗った。そして同じく傍に控えていた女が止めるのも聞かずアクセルを踏もうとした次の瞬間、男の頭部は破裂し、脳漿と血を窓ガラスにべったりと塗り付けた。
「……馬鹿だな」
運転席など、狙ってくださいというようなものである。俺はため息をついた。死んだ男のマヌケさに。そして、前で戦っていた部下がすでに敗北し、俺の目の前にガンツメンバーが立っているという事実に。
「お前が、吸血鬼たちのボスだな」
オールバックの男が俺を見据え、銃口を向けた。
この辺はかなり端折った部分が多いです。
ガンツに消される記憶の基準は細かくは分かりませんが、やはり少しでもガンツに関わった人の記憶は消されるようです。後からニュースで見たガンツの事件の痕跡についての記憶は消されるのかはわかりませんが。