時止めメイドと黒い玉   作:ばるばろさ

36 / 45
35、リスタート

 

 

 

 

 約束というものは二通りあると思う。一つ目は互いに信頼して成立するもの。そして二つ目は、互いに右手で握手しながら、左手に相手を殺すためのナイフを隠し持っているものである。

 

 私と氷室の関係は後者である。氷室には東京の吸血鬼たちというナイフ、私にはスカーレット家というナイフがあり、互いの喉笛を掻き切ることができる。それゆえ、完全な敵対はできないが、「消極的な敵対」はできるのである。

 

 私はアジトのバーの席に座り、見張りの吸血鬼たちに時折目をやりながら、なみなみとグラスを満たすカクテルを眺めていた。

 

(ここで出されるものに薬が入ってたらまずいから、飲まないけど……)

 

 きらめく赤い液体は、血のようにも見える。今頃、これと同じ色の液体が襲撃先で流れているかもしれない。

 

 しかし、私ができることはもう終わった。……全メンバーに吸血鬼の襲撃を伝え、玄野と和泉を守るためにメールを送ったのだから。

 

 氷室は携帯を持つことは許可したが、操作するときは見張りの監視を受けながらという条件をつけた。そこで私は時間を止めて数文字ずつ打ち込み、見張りにさとられないまま襲撃の通知と対処について知らせたのである。

 

 ちなみに玄野と和泉を守るように伝えたのは賭けではなく、消去法である。玄野は記憶が消えているので襲撃があると言っても対策するとは思えない。だからまずそこを守らせる。そして和泉は通達しても一人で戦おうとするだろう。ゆえに彼をカバーしなくてはならない。

 

 要するに、忠告しても意味がない者を守ってもらうことにしたのである。氷室たちが玄野と和泉を真っ先に狙うかどうかは分からないが、他のメンバーが彼らのところに出払っている以上、いずれそうせざるをえないはずである。

 

 そして氷室たちは私の「裏切り」によって甚大なダメージを負うだろう。狩る側が気づかぬまま狩られる側になったときの混乱は大きい。

 

(……まあ、これもお互い様でしょう)

 

 オニ星人が私の能力を前もって知っていたのは氷室が教えたからだろう。メンバーには私の能力を正確に伝えていたので、「瞬間移動」と表現するのは実際に私の能力を見ている敵、つまり吸血鬼以外にいないからだ。

 

 氷室は、私の情報を敵に教えるという「裏切り」をしていたのだから私の「裏切り」も大目に見てくれるだろう―と、私はくすりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「……銃を捨てろ」

 

 俺はYガンを構えながら、刀を持った吸血鬼のボスー咲夜のメールによると、氷室というらしい―に言った。俺が咲夜から緊急メールを貰ったのは午後4時、バイトのシフトに入ろうとしていたときだった。

 

『今夜、かっぺ星人の時に現れた黒服の吸血鬼たちがメンバーを急襲してきます。知った経緯は後で伝えますが、今夜はとにかく全員で玄野さんと和泉さんの家へ行って二人を守ってください。あと、リーダーは氷室という男です。日本刀を持っているので識別できるでしょう』

 

 一瞬何かの冗談かと思ったが、咲夜が冗談で連絡してきたことは一度もないのだ。

 

 だから俺は皆に指示を出して計ちゃんと和泉の援護をすることにした。坂田や桜井などは和泉を毛嫌いしているためやむなく和泉は稲葉とレイカ、鈴木のおっちゃんに任せ、残りは皆計ちゃんの護衛へ向かったのである。

 

「……はい、はい、わかった。またな。……和泉の方に来た吸血鬼は全滅させたそうだ」

 

 坂田の報告。それを聞いても氷室は落ち着いており、俺と風、桜井がいるにも関わらず、平然としている。

 

「なるほどな。いっぱい食わされたというわけか」

 

「……銃を捨てろっつッてんだろ!」

 

「断る。俺の目的は、ただアイツを殺すだけなんでね」

 

 氷室が指さしたのは、ちょうど窓から顔を出した計ちゃんだった。そのまま、つかつかと俺の方に近づいてくる。

 

「仕方ない! 撃てっ!」

 

 Yガンから、ネットロケットが発射された。しかし氷室は驚異的な身のこなしでかわすと、真っすぐ斬りこんでくる。

 

「ちいっ!」

 

 俺がぎりぎりのところで刀を避けると同時に、坂田や桜井はXガンで氷室を狙う。しかしその勢いのまま氷室が移動するため、まったく当たらない。

 

「おおっ!」

 

 雄叫びとともに風が鉄山靠をかますが、やはりこれも回避され、返しの一撃をくらう。スピードだけで言えば最後に戦った鬼星人と遜色ないだろう―

 

 この手の相手ははロックオンすればよいのだが、銃口で追う事すらできない現状、それは不可能である。そして次の瞬間、絶望的な感覚が背筋を通り抜けた。

 

 ぞくり。

 

(よりによって今転送か……!)

 

 ここでメンバーが離脱してしまえば、計ちゃんは間違いなく氷室に殺されるだろう。どうすればいいのか。戦う俺の視界の隅では、早くも桜井の姿が消えつつあった。何か。何かないか。

 

 そのとき、俺はいつもの転送を思い出して、はっとした。

 

「……そうだ。皆。ここを頼む!」

 

 俺は氷室の相手を坂田たちに任せると、計ちゃんのいる部屋の窓に向かって跳躍した。

 

 長い飛翔のあと、俺はすさまじい音を立てて部屋の中に転がり込む。

 

「……お、お前って……ひょっとして加藤か?」

 

 計ちゃんは完全に動転しているらしく、俺を見上げたまま、目を丸くしていた。スーツの上に服を着ているためガンツに殺されることはないだろうが、今の計ちゃんはメンバーではない。迂闊なことを言ってはならないだろう。

 

「まさか、この前、ブクロに現れたメンバーってのも、お前か?」

 

 俺は計ちゃんの問いには答えず、必要最低限のことをすることにした。計ちゃんの腕をつかんだのである。すると計ちゃんは俺を吸血鬼と勘違いしたのか、慌てて電灯のスイッチに手をかけようとした。

 

「何だてめえっ!」

 

「落ち着け。計ちゃんが助かるにはこの方法しかない」

 

 身に着けている服や持っている画用紙が一緒に転送されてくるのである。人間に触れていれば、当然触れられている人間をあの部屋へ連れていくことができる。

 

「正直、こんなに早く計ちゃんを呼び戻すのは申し訳ないけど、仕方ないんだ」

 

「は? いったい何言って……」

 

 しかし、計ちゃんはそれ以上喋ることはできなかった。転送が始まったからである。

 

 

 

 

 

 

 どこだ? ここは。

 

 マンションの一室だということはわかる。家具がないことから、誰かの居住しているスペースでないであろうことも。不可解なのは、先ほどまで俺の部屋にいたのに、何故ここにいるのかということである。

 

 そして不可解なのはそれだけではない。俺は隣にいる男―加藤を睨みつける。

 

「良かッた……計ちゃんも一応なんとかここに連れてこられた」

 

「良くねーよ。ここはどこだ。ていうかてめーはどうやってここへ俺を運んだんだ」

 

「……それはすぐ分かる。それに、計ちゃんが知りたいと思うこともだいたい」

 

 加藤がそう言った時、部屋の奥の黒い球からレーザーが発射され、空中から人体が少しずつ現れはじめた。俺は信じられない光景を見て驚愕した後、現れた人物を見て、再び目をみはらずにはいられなかった。

 

「お前は……!」

 

「……玄野さん?」

 

 現れたのは、数日前に俺の家に来た女だった。その特徴的な顔や髪の色は忘れるはずが無い。女は加藤と玄野を見て、何か納得したようだった。

 

「……なるほど。襲撃と招集が同時にあったので、玄野さんをとりあえずこちらに持ってきたわけですか」

 

「そうだ。……できるだけならこんなことはしたくなかったけどな」

 

「それしか方法が無かったのなら、仕方ないでしょう」

 

「ちょっと待ってくれ。あんたは誰だ? それと、俺はなんでこんな状況になってるんだ?」

 

 俺が訊くと、女はこちらを見て、簡潔に返答した。

 

「私は十六夜咲夜です。こちらは加藤さん。あなたが記憶を失う前まで、ともに戦う仲間でした」

 

 記憶を失う前まで。

 

「つまり俺はやっぱり、記憶がないってことなのか?」

 

「やっぱり、と言ったということはご自分でも少し自覚していたんですね」

 

 俺は数日前に来た記者の言葉―俺がブクロに現れた黒服のメンバーの一人だという話を思い出した。生活での違和感。俺が黒い衣装のようなものを着ている写真。そして加藤たちのこの話ぶり。全てが、俺の記憶喪失を指し示す証拠だ。

 

「……俺は記憶が、なくなってたんだな……」

 

 一瞬で俺の部屋から別の部屋に移動したくらいなのだ。記憶喪失になっていたと言われても信じることはできる。

 

「……失われた記憶については、後でたっぷりお伝えするとして、今はやらねばならないことがあります」

 

「やらないといけないこと?」

 

「はい。ガンツーこの黒い球が示す敵を倒さなければなりません。そして、後ろにいるのが私たちの仲間です」

 

 振り向くと、先ほどまで誰もいなかった空間に、人がたくさん立っていた。話している間に、次々と人が転送されていたのだろう。

 

 そしてその中から、腰までのばした黒髪を揺らしながら、レイカーあの有名アイドルのレイカが現れた。

 

「え、まさか、あの、レイカ……さんですか?」

 

 思わず敬語になる。しかしそれを聞いたレイカは、どこか悲しそうな顔をした。

 

「覚えてないんだ……まあ、わかってたことだけど」

 

(……?)

 

「玄野さん! 記憶なくても俺たちがちゃんとフォローしますから心配しないでください!」

 

「待て待て。コイツ記憶ねーんだろ。そんなこと言ったら余計混乱するだろうが」

 

 彼らは坂田と桜井というらしい。そして次に出てきたのは、禿げたおっさんだった。

 

「帰って来ちゃったんならしょうがないねえ。100点取るまでがんばろうか」

 

「まあ、お前なら楽勝かもしんねーけどな」

 

 この気の良さそうなおっさんは鈴木、その隣にいた男は稲葉だと()()()()した。残ったメンバーは我関せずとばかりに奥にいるままである。

 

「あっちの奴らは?」

 

「……ああ、右から順に和泉、東郷、風だ。あんまりぺらぺら喋る奴じゃねーが、皆腕は確かだ」

 

 確かに、なかなか厳つい顔の連中だ。和泉は一応クラスメイトなので話そうかと思ったが、身にまとう気配が学校と違ったのでやめた。しかも何故かパンダがまとわりついている。

 

「きんにくらいだーっ!」

 

 しかも風という大男に至ってはガキに登られている。どっかの映画に出てくる荒くれのような見た目だが、案外いい奴なのかもしれない。

 

 俺が全員の顔を覚えたころ、ちーん、とガンツから音が聞こえた。

 

『てめえ達は今からこの方をヤッつけに行ってくだちい。

 ぬらりひょん

 特徴 つおい 頭がいい わるい

 好きなもの タバコ お茶

 口ぐせ ぬらーりひょーん ぬらーりひょーん』

 

 

 

 

 

 玄野に何とかスーツを着せると、私は安堵のため息をついた。油断は禁物だが、今回はこれ以上ないほど戦力を整えることができたのである。並大抵の敵であれば問題ないだろう。

 

 そう思っていると、体が動かなくなり、消え始める。転送が始まったのだ。

 

 そして視覚が部屋の中から切り離され、次に目を開けた時には、私はもう街の真ん中にいた。

 

「……ここは?」

 

 辺りを見回すが、どうも東京とは違う。原色のネオンサインがぎらぎらと輝き、埃っぽい空気が舞っている。野性的な活気のある街という印象である。

 

「なんやあのネーちゃん。コスプレか?」

 

通りすがりの男たちが笑いながら通りすぎていった。どうやら、今回もメンバーの姿は見えるらしい。「いつも通り」に姿が見えないわけではないなら、擬態型の星人がいたときの見分けはどうすべきだろう、と考え始めた時、後ろで声がした。

 

「……大阪、だな」

 

 そう言ったのは私の次に転送されたらしい坂田だった。

 

「これまで俺たちは東京外のミッションなんかなかったが、今回も何かあるんじゃないか?」

 

 と、これは加藤のコメントである。確かに、東京の範囲外へ送り込まれたのは今回が初めてである。であれば、今までとは違う何かがあると考えた方がいいだろう。

 

「とりあえずいつも通り、皆が集まってからグループに分かれ、それぞれ星人を倒そう。今は風がタケシを探しに行ってるから、ちょっと待……っ…て……」

 

 加藤の言葉は、ある道の向こうを見たまま、フェードアウトした。それもそうだろう。向こうからこちらへ歩いてきた人間たちは、全員がこちらのメンバーと同じく、スーツを着ていたのだから。

 

 

 

 

 




すさまじいスピードで玄野が出戻ってしまいました。まあ原作よりだいぶ戦力充実してるので、玄野の記憶がないのはちょっとハンデですね。

死んでから再生した場合はそれまでの記憶が残るようですが、生きている状態で戻ってしまったため玄野の記憶は戻っていません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。