時止めメイドと黒い玉   作:りうけい

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38、油断

 

 

 

 

安っぽいゲームの電子音のようなアラームが鳴りだして、俺は立ち止まった。

 

「……やべえっ! 行動範囲が狭まってきてる! これ以上行ったら死ぬぞ!」

 

「加藤くんっ! そんなこと言っても、後ろからは……」

 

 悪魔のような姿の「ぬらりひょん」が追ってきていた。衝撃波のようなもので道を粉々にしながら、獲物を隅に追いやるようにゆっくりと距離を狭めてくる。

 

「……もうオシマイやないか! ホンマどうすんねんこれ! 何とかならへんのか」

 

「無茶や。あんなんどないせい言うんや」

 

 杏は必死に叫ぶが、桑原は頭をがしがしかきながら落ち着いて「悪魔」の姿を見た。

 

「慌てんでも、そろそろ来るはずやで」

 

 その時、天から隕石が降ってきたかのような衝撃が街を震わせた。轟音とともに、先ほどまで目と鼻の先までやって来ていたぬらりひょんは、血の池に変わった。

 

「……遅いわ。岡」

 

 室谷がそうつぶやいたとき、ばちばちと音がして、一瞬だけ巨大なロボットの姿が露わになった。

 

「あれも……クリア特典か」

 

「たぶん……5回以上クリアのどれかの奴と思う。乗ってるのが岡」

 

 しかし、ぬらりひょんはすぐに再生し、岡の操縦する巨大ロボットに襲いかかる。

 

 瞬間、ぬらりひょんの眼から放たれた光線が一閃すると、ロボットの上体と下半身が分断された。図体のわりに耐久力は低いのか、動かなくなったロボットの上半身が崩れていく。

 

「……駄目じゃないすか! 相手の注意が岡に向かってるうちに逃げましょう!」

 

「……待ちーや。岡があの程度でやられるわけないやろ」

 

 桑原の言う通り、ロボットの内部から、飛翔した物体があった。飛行している物体はガンツバイクに横の輪を足したような見た目で、乗っている者ー岡は他のクリア装備なのかやたらごついスーツをつけており、さてにあの巨大な銃をぬらりひょんに向けて構えていた。

 

 ドンッ、という音とともに、空中からの銃撃は再びぬらりひょんをぐちゃぐちゃにしてしまった。

 

「加藤さん! これは一体?」

 

 聞きなれた声がしたかと思うと、そちらからやって来たのは咲夜と稲葉だった。和泉もなぜか行動をともにしていた。

 

「あれが今回のボス、ぬらりひょんだ」

 

 俺が指さした先には、復活したぬらりひょんと岡が重力銃撃と破壊光線で猛烈な撃ち合いをしている光景だった。そのすさまじい戦いを見た咲夜は、首をかしげた。

 

「なぜこんなところに留まってるんですか? 早く撤退しましょう」

 

「なぜって……勝てるかもしれないのに?」

 

「あの飛んでる方は勝てません。確かにあの人は強いみたいですが、敵はいくら倒しても再生しています。決定打がないなら、どちらが勝つかは明白です。制限時間まで逃げ回るのがおすすめです」

 

 確かに咲夜の言う通りだ。岡はあれだけの装備を使ってようやくぬらりひょんと互角に戦っている。標準装備しかない東京チームでは勝つのは難しいだろう。しかも岡が敗れた場合、ここにいるのは危険すぎる。

 

 俺が逃げよう、と言おうとしたとき、和泉が手で制した。

 

「……制限時間が消えてる。その作戦は使えない」

 

「時間たっぷりやっていいよってか」

 

 坂田がため息をついた。つまりガンツは、このぬらりひょんを倒さないと帰さないと言っているわけだ。頭を抱えたくなる難題。しかし、それは逆に言えば……。

 

「勝つ方法はあるッつーことだ」

 

 東京チームが来た意味。それは、大阪チームの戦いを見てぬらりひょんの弱点を発見するためではないのだろうか。

 

 

 

 

「岡の戦いを離れながら見る! 右から迂回するぞ!」

 

 飛び回る岡めがけて放たれる光線の流れ弾に当たらないよう気をつけながら、東京チームは走り出した。やる気のなくなった大阪チームの残りは完全に離れて決着を待つらしく、さっさとどこかへ行ってしまった。

 

「……で、杏さん、でしたか。あなたはどうして残ったんです?」

 

 私が訊くと、杏はちらりと私を見て、ため息をついた。

 

「あんた美人やし、レイカもおるし、東京チームはよりどりみどりやな」

 

「どういう意味です?」

 

「いーや。ライバルやったら嫌やなって思って」

 

 何か奇妙な勘違いをされているような気がしたが、それに気を回す暇はなかった。

 

 空中で爆発音がしたかと思うと、岡の乗っていた飛行艇が撃墜されたのである。光線が命中したらしい。しかし中から現れた重装甲のスーツ姿の男は無事で、お返しとばかりに手のひらから光弾を発射し、ぬらりひょんを吹き飛ばす。

 

「……あれでも、効きませんか」

 

 着地した岡と、再生が完了したぬらりひょんが向かい合った。ぬらりひょんの方は岡のスーツを真似たような体形に変形し、不気味な笑いを浮かべている。

 

 直後、すさまじい格闘戦が始まった。最初は岡の拳や刃の使い方がうまく、ぬらりひょんを圧倒していたが、やがて戦い方のコツをつかんできたらしいぬらりひょんに、少しずつ押されていく。

 

 がんっ、と鈍い音がしてスーツの頭部装甲がはがれたかと思うと、岡の素顔が露わになった。

 

「もう駄目なんじゃ……」

 

 レイカが心配そうにつぶやいた瞬間、突然ぬらりひょんの腹がはじけ飛んだ。続けて右手、左足が。

 

ぬらりひょんは鬱陶しそうに顔を上げると、光線をビルのてっぺんに向けて乱射した。

 

「おわああっ!」

 

 玄野たちの悲鳴が聞こえてきた。たぶん東郷の狙撃だろう。何百メートルも先からの援護射撃である。ぬらりひょんが体勢を崩した瞬間、岡の拳がぬらりひょんの顔面に炸裂した。

 

 その一撃で地面に叩きつけられたぬらりひょんは、倒れながら残った右足で露出した岡の顔に向けて蹴りを放つ。するとスーツのあちこちから蒸気が噴き出し、岡の身体を覆いつくした。

 

「……やった……のか?」

 

 加藤のつぶやきに応えるように、煙の中から岡が歩み出てきた。先ほどまでの頑丈そうなスーツではなく、標準のスーツを着ている。もう彼にも切るべきカードは残されていないのだろう。

 

「お、おい。ぬらりひょんは……倒せたのか?」

 

「いいや」

 

 岡は加藤も見ず、すたすたと歩き去ろうとする。

 

「でもさっき、決定打を……あれでも駄目なのか?」

 

「違うわ」

 

「違う?」

 

 岡は静かに続けた。

 

「あの狙撃の方がしっかり決まってんねん。俺のパンチはおまけみたいなもんや。ヤツがダメージを食らうのは、意識外の攻撃やろうからな。でも俺はリスクがでかいから降りるわ」

 

 そう答えると、そのまま岡は歩き去っていく。

 

(意識外の攻撃……つまり、不意打ちに弱いということかしら)

 

 かすかに煙をすかして見えるようになってきたぬらりひょんは、岡のパンチでひしゃげた頭は元通りになっているものの、腹、右手、左足の回復が終わっていなかった。確かに狙撃のダメージの回復が遅い。

 

「……待ってくれ、岡。作戦がある」

 

 加藤が呼び止めると、岡はぴたりと止まった。

 

「何や。おもろい作戦やないとぬらりもウケてくれへんで」

 

「ああ。だが、要は不意打ちできればいいわけだろ?」

 

 

 

 

 

 加藤が語った作戦を聞くと、岡を含め、皆が目を丸くした。

 

「思いつきにしちゃええんやないか。ただ、おとりになる人間がいる」

 

「嫌なら俺がやろう」

 

「……気は進みませんが、攻撃をかわすだけなら私も」

 

 この作戦は、異なる()()の役目を担わなくてはならないが、消去法で私はおとり役が適任である。

 

 そして、風も静かに歩み出た。

 

「がんばれ、きんにくらいだー」

 

「ああ、分かっとる。……すまんレイカ、預かっといてくれんか?」

 

「はい。タケシくん、こっちに」

 

 おとりは私、加藤、風。岡と和泉を除いた、ここにいる残りのメンバーは狙撃のために散開する。

 

おとり組は倒れるぬらりひょんにそっと近づきながら、ぴりぴりとした空気を肌で感じていた。

 

「……なんだ。あの男はいないのか」

 

 ゆらり、とまるで重力の影響を受けていないかのようにぬらりひょんは立ち上がった。風貌は小柄な女のようで、先ほどまで開いていた狙撃の傷口は癒着し、回復したようだった。

 

 つまらなそうに顔を傾けると私、風、加藤と順番に顔を確認していく。

 

「……面白い奴だッたのに」

 

 この反応なら、岡はおとり役にすればよかったかもしれない。もちろん今さらそんなことができるはずもないため、誰かがこいつを引きつけなければならないのだが。

 

「では私の種なし手品でも見ますか?」

 

 ぴくり、とぬらりひょんが反応した瞬間、私は時間を止めた。腰に引きつけた刀を振るい、ぬらりひょんの胴体を切断する。

 

「そして時は動き出す」

 

 振りぬいた直後、ざくっ、という音とともにぬらりひょんの上体が分離され、地面に落ちた。

 

 残された下半身の方が、攻撃直後で無防備になった私の脇に回し蹴りを叩きこんでくる。が、かろうじてそれを左腕でガードすると、風がぬらりひょんの下半身を体当たりで吹き飛ばした。

 

「お前も……んん……実に興味深い」

 

 時間を止めている間の攻撃は「意識の外からの攻撃」に入るのか。私の疑問点はそこだったが、ぬらりひょんはまだ立ち上がってこない。再生ものろのろしており、どうやら有効打にはなるらしい。

 

 ほっとして次撃を見舞おうとした瞬間、背筋に冷気が走った。何かまずい。私はとっさに飛びのき、そして自分の予感が的中していたことを知った。

 

 純白のレーザーがぬらりひょんの両眼から放たれ、私のわずか数センチ右を駆け抜けた。ぬらりひょんは上体を腕で起こし、こちらを見ている。

 

「まずい! 散れ!」

 

 乱射が始まった。閃光。爆発。至近距離で荒れ狂う致死のエネルギーの下をくぐり抜け、私たち3人は少しずつ後ろへ下がっていく。

 

 ぬらりひょんのビームは近くにいるほど回避しづらく、ある程度の距離を保てなければ一瞬であの世行きである。当然今はそれをかわすのに手いっぱいで、私も他の2人もそれは同様である。

 

 だが、攻撃を担当するのは私たちではない。建物の影にいる狙撃者たちである。

 

 どばっ、という音とともに、ぬらりひょんの右腕がはじけ、大きくバランスを崩した。

 

「なんのこれしき、なんのこれしき」

 

 今度はビルを含めてビームを放ち続ける。だが、もう遅い。すでにメンバーたちの射程範囲内である。ぬらりひょんに集中砲火が炸裂した。坂田の、桜井の、レイカの、稲葉の銃撃がぬらりひょんの肉をこそぎとっていく。

 

 最後に残っていた頭を吹き飛ばして、ぬらりひょんは跡形もなく消滅した。

 

「……終わったな」

 

 加藤がつぶやいた。本当は最後にもう一つ作戦があったのだが、余裕をもって第二段階でしとめられたのはよしとすべきだろう。私はうなずいた。

 

 一番近くの物陰にいた坂田が、そろりと頭を出した。

 

「本当に終わった、のか?」

 

「はい。一応頭は潰しましたし」

 

 そう言うと、坂田はほっとして影から姿を現した。レイカや稲葉もぬらりひょんが死んだことに気づき、ほっとした様子でこちらへ駆けてきた。

 

「……しかしこんな相手、まともに戦ってたら絶対に勝てませんよ」

 

「そうだな。……ていうか東郷と玄野とオッサンは生きてんのかあ?」

 

「確かに心配……でも、玄野君がいるなら大丈夫じゃない」

 

「しかし玄野さんは記憶がない状態で放りだされていますからね」

 

 まあ、記憶があったとしても苦戦しただろうが。 

 

 頭ですら再生できるのだ。しかるべき弱点を知らなければ、私たちは全滅していたかもしれない………。

 

 頭ですら再生できる?

 

 私は、ちりりと頭の片隅で火花が散るような不安な感覚を覚えた。何か忘れている。そう、千手観音は時を巻き戻す道具が無事であれば、例え全身をばらばらにされても、たちどころにもとに戻っていた。ぬらりひょんも身体の一部が残っていれば、再生は可能だ。

 

「……? おっかしーなあ」

 

「どうしました、加藤さん」

 

「転送が始まらないんだ」

 

 不吉な予感が確信へと変わると同時に、ゆらりと視界の隅で何かが立ち上がるのが見えた。思わずそちらに目を向けると、巨大なしゃれこうべのような頭に、筋肉の剥き出しになったような異形の姿が立ちはだかっていた。

 

 それは、さきほど風が下半身を吹き飛ばした方。体の一部分が残っていた。まだ、斃せていない。

 

「……に、逃げッー!」

 

 警告しようとしたが、すでにぬらりひょんの目が、妖しく光っていた。光線が来る。その矛先は、おそらく私の右側にいる加藤とレイカ。彼らとの距離は5メートル。警告は間に合わないー

 

 その瞬間、私は初めて時間を止めた。自分の回避のためではなく、仲間をかばうために。

 

 地面を蹴って距離を縮めると、手を伸ばし、加藤とレイカの身体を光線が通過しない所へ突き飛ばす。これで2人は光線の軌道上から外れた。が、私が回避する時間はもうないー

 

 時間が、再び動き出した。

 

 ぬらりひょんのかっと見開かれた眼から、純白の光が放たれる。視界が徐々に白く染まっていく。

 

 何をやっているのだろう、私は。

 

 自分が死んだら意味がないではないか。自分が生き残るために、仲間を生かす選択をしていたのではないか。本末転倒だ。

 

そんな考えが、一瞬だけ頭の中を駆け巡った。 

 

(……まあ、いいか)

 

今さらもう、どうしようもない。

 

 それに理屈の足かせに縛られず、感情に任せて動くということも悪いものではないかもしれないー

 

 私は迫りくる死の気配を感じながら、ふっと苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 再び暗闇が辺りに戻ってきた時、自分の体を見下ろした。

 

 そこにはぽっかりと胸をえぐる大穴が開いていた。光に目が慣れてしまったせいか、妙に目の前が暗い。全身から力が抜けていくのがわかる。

 

 私は、ゆっくりと後ろへ倒れた。

 

 遠くから、誰かに呼ばれているような気がする。誰だろう?

 

……お嬢様だろうか。もしもお嬢様なら、謝らなければならない。もう、帰ることができないことを。

 

……しかし、考えることももうおっくうになってしまっている。私は、残りの思考力を振り絞ってつぶやいた。

 

「申し訳ありません、お嬢様……」

 

 かろうじて謝罪の言葉を口にすると、私の意識は暗転した。

 

 

 

 




いろいろあって投稿が遅れました。すみません。

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