時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
目を覚ますと、時計の時刻はすでに7時を回っていた。私は大阪の戦いで疲弊した状態で再生されたので、いつもよりも眠りが深かったようだ。
私は身支度を整えてホテルを出ると、鈴木の家へと向かった。そろそろガンツへのアクセスも成功している頃ではないだろうか。カタストロフィに関する情報がお嬢様経由で手に入ったことだし、「ラストミッション」は案外簡単なものになるかもしれない。
そう思いはしたが、私は昨日のお嬢様の言葉を思い出して、ため息をついた。
「巨人を捕獲しろ、ねえ……」
有利に戦いが展開できることが予想できるとはいえ、流石に捕獲するというのは無茶にもほどがある。敵を殺傷するよりも、生け捕りにする方が遥かに危険であるし、技量が要求されるからだ。
そんな道楽には付き合っていられない。ゴブリンや役立たずの妖精メイドでは飽き足らず今度は巨人を紅魔館に住まわせたいらしい。
まあ、強制された目標ではないのだから、そう無理に達成する必要はないだろう。このミッションで優先すべきは自分、そしてチームの人間の命のみだ。
目的の家についてインターホンを押すと、鈴木が人の好さそうな顔をドアの隙間から突き出した。
「おはようございます」
「ああ、十六夜さん。おはよう。ちょうど西君がガンツにアクセスできたところだよ」
「本当ですか」
「うん、あの子すごいね。今はガンツの操作をしてるところだって」
「それは……すばらしいですね」
ガンツの態度はお世辞にも好感を持てるとは言い難いものだったが、その超人類的技術力が自由に使えるようになったのなら、私たちは100点の武器を入手するよりも大きいアドバンテージを持つことができる。
「……あ? どうなってるんだ、おい!」
私と鈴木が部屋に入ったとき、西はパソコンの前で声を荒げていた。
『だから……無理だって言ってるじゃないか』
そして、それに返事をする者もその部屋にはいた。風でも、加藤でも、他のメンバーの誰でもなく、ガンツの中にいる謎の男だった。
「そんなことは分かってンだよ! 俺が知りたいのは、何で武器が作れなくなってるかなんだ」
『さぁ……僕は知らないよ』
私と鈴木が呆気に取られていると、西は私たちの気配を感じたらしく、血走った目をこちらに向けた。
「ああ……あんたらか」
「西さん。その……ガンツの中にいる人は、どうしたんですか?」
「さあ。ガンツをいじってたら勝手にしゃべりだしたんだ」
「……」
ガンツは、黒い球から身を乗り出して、私と鈴木を見た。
『やあ……カタストロフィが来たから、僕にできることならなんでもやってあげるよ』
あの無茶な命令を出していた者の言葉とは思えなかった。
「それならなぜこれまでは不完全な情報を提示していたのですか?」
『あれは僕が作ったメッセージじゃないからね。僕はただの実行役。命令は別の所から送られてくる』
それなら命令を出していたのはどこかと訊く前に、西が口をはさんだ。
「そんなことより問題なのは、てめーが武器の生産も人間の再生もできなくなってることだろうが。実行役ならわかるはずだろ?」
『だから……それは分からないって言ったじゃないか』
「……待ってください。あなたは今何ができるんです?」
武器の生産も人間の再生もできないというのは誤算だった。それでは、いくらガンツが協力してくれるとしても、今までと変わらないではないか。
『今できるのは、通信と転送だけ。……転送のときに怪我は治せるよ』
「役立たずじゃねえか!」
「まあ、西君、落ち着いて」
西の癇癪を鈴木が宥めている間、私はじっと考え込んでいた。ガンツの言葉に引っかかりを覚えたのである。転送は確かに今までも使っていた機能だが、「通信」とは何だろう。
「一つ質問してもいいですか?」
ガンツは西と鈴木から目を離し、私の方へ顔を向けた。
『いいよ』
「……さっき、命令を送ってくる場所があるとおっしゃっていましたが、あなたはその場所と通信……ないし、その場所に転送することができますか?」
「ガンツの親玉と連絡を取る?」
俺が訊き返すと、咲夜はうなずいた。周りにはやってきた他のチームメンバーがいて、ちらちらとガンツの方を見ながら静かに俺と咲夜の会話を聞いていた。
「ええ。正確には、ガンツに命令を送っていた人間に対して、ですが。加藤さんはどう思いますか」
ガンツの中にいた人間が普通にしゃべっていたこと、ガンツの機能が完全には使えないことを知らされて驚いていたところに、この咲夜の提案である。即答できるはずがない。
「それは……できるのか?」
「はい。ガンツの回答では、可能ということでした。通常ならばロックされていてガンツ側から命令者へとアクセスすることはできないそうですが、西さんが無理矢理ロックを解除したので実行できます。今まで指令が出ていた場所の座標もガンツ内に保存されているそうです」
つまり、これまで謎だったことすべてに答えを出してくれる者と会えるということだろう。俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……ガンツに指令を出していた人なら、カタストロフィでやって来る相手の正体も分かるのかしら?」
レイカのつぶやきに、咲夜は何かを思い出したらしく、あっと声を上げた。
「それについてはお嬢様からの情報で判明しています。相手は巨大な人型の星人。我々を数百倍の大きさにしたような、巨人の築いた高度な文明だそうです」
「文明同士の衝突がカタストロフィッてわけか……」
坂田は納得したように頷いた。
「……それで、話を元に戻しますが、ガンツを操っている人物に接触するメリットは、今使えない武器の生産機能や人間を再生する機能を聞きだせる可能性があることです」
「でも、その黒幕が俺たちの頭の中に爆弾を仕掛けてきたらまずいんじゃないか? 面白半分にゲームで人を殺すヤツだろ?」
「そうですね。確かに稲葉さんの言う通りですが、私たちの身体データの入っているガンツは、西さんによって外部からの影響を受けず独立させられているため、影響を受けることはないでしょう。…逆に言えば、今は西さんのパソコンから私たちの頭を爆破できるという状態なのですが」
皆が、ちらりと視線を西に向けた。西の性格をよく知っている俺は苦い顔をしたが、他のメンバーは西が信頼できるか否かを見計らおうとしているのだろう。
「何見てんだよ。信頼ねーのな」
はっと西は冷笑した。信頼するしないに限らず、ガンツの権限を西に一部持たせてしまっているのは確かに問題である。しかし、咲夜は皆の安全を保障する術を思いついていたようだった。
「そこで、西さんの見張りは私がしましょう。お嬢様が、誰かの頭が吹き飛ぶ予知をした場合、私が即座に西さんを殺します」
「なるほど。腹立たしいが、あいつの予知は正確だからな。保険にはなる」
レミリアの予知があれば、西がガンツの機能を利用して好き勝手なことをすることはできない。和泉は即座にその理屈を理解したようだった。
「それで、今からでもそのガンツを操るヤツの所に行くんだろ? 転送しないのか?」
「まだ皆さんが参加するかどうかの意志を確かにしていないので」
そうか、と俺は思った。何も全員で行く必要はないのだ。行きたくなければ残ればいい。極論を言えば、危険だが、一人でも交渉しに行くことは可能なのだ。
「……俺は行くぞ」
坂田は静かに答えた。
「あのふざけたゲームをさせた奴らには言いたいことが山ほどあるからな」
「わ、私も……行きたいです」
「俺たちなら何があっても多分大丈夫ですよ」
レイカや桜井もそう答えた。
「俺はタケシと一緒にここに残っとく」
風はガンツの正体については関心が薄いらしい。それはそれで風らしいというべきか。
ガンツとは何かを知りたいメンバーは思いのほか多く、風とタケシ、パンダを除く全員が「行く」という決断をしていった。計ちゃんも失われた記憶を元に戻す方法を知るため、行くと答えた。
そして最後に、俺が残った。
「加藤さんはどうしますか?」
俺は少し逡巡した。しかし、これまで曲がりなりにも指揮役をやっていたので、今回だけ行かないというのは筋が通らないような気がするし、何より俺たちが殺し合いをさせられていた理由は、黒幕から直接答えを聞きたい。
「……俺も行くよ」
そう言うと、咲夜はすっと笑った。
「そう言っていただけると思いました。……ただし、あくまで目的は交渉です。有益な情報を得る前に戦闘になったり相手を殺さないよう、気をつけて」
「わかった」
「西さんは私と風さんでしっかり見張っておきますので、どうぞ安心してください」
もはや不信を隠す気のない咲夜の言葉にいちいち噛みつくのも面倒になったのか、西はため息をついてから口を開いた。
「転送なら、ガンツに言えばいつでもできる。疲れたから、休んでもいいか?」
「はい、ただし私か風さんの目が届くところに居てください。それと」
その瞬間、咲夜の右手にはステルスに使うレーダーが握られていた。
「……姿を消されては困りますので、こちらは預からせていただきます」
「あ、てめえ、それ返せよ」
にじり寄る西を押さえ、苦笑いを浮かべながら咲夜は俺の方に顔を向けた。
「こちらはもう気にしなくても結構です。どうぞ行ってください」
「あ、ああ……」
俺はガンツに向き直った。
「……じゃあ、咲夜、風、タケシ、西を除く全員を転送してくれ」
再び目を開けると、そこは豪奢な洋風の部屋の中だった。高価そうな壺や金の額縁つきの絵など、一つ一つの調度も凝っており、一見して高級ホテルの一室という印象だった。俺が周りを見回していると、他のメンバーも次々に転送されてきた。
「ここが、黒幕の住居か? ずいぶんいい暮らしをしてるようだな」
「……あやかりたいもんだ」
坂田と和泉の皮肉を聞きながら皆が転送されるのを待っていると、扉の向こうから複数人の話し声が聞こえてきた。
「……我々は……リカやイスラエ…だいぶ後れを取っているが……」
「大丈夫だろう……一応装備と練度の高い……」
「にしてもマイエルバッハ氏の……」
俺は人差し指を口に当て、皆に声を立てないよう指示した。そして最後に東郷が転送されてくると、俺たちは聞き耳を立てながら、そっとそのドアに近づいて行った。
「……つまり、カタストロフィの後に日本を支配するのは我々ということになるのでは?」
「そういうことになりますね。財閥の成長に制限を加えてきた政府が消滅するはずですから」
話の内容が巨大すぎたために、理解するのに時間がかかった。つまり彼らの正体は、日本の財界を牛耳る大物たち……ということなのだろうか。
ごくりと唾を飲み込んだとき、彼らのうちの一人が笑い混じりに発した言葉が聞こえてきた。
「最初はただの戦争ゲームだと思っていましたが、まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたね」
「はは、違いない。見ていて面白いものではあったが」
ただの戦争ゲーム?
「まあ、一度死んだ命なのだから生き返れるだけマシだろう。彼らには感謝してほしいくらいだよ」
その言葉で、頭に血が上った。人間の命がかかっているのを、ゲームと言っているのか。星人や呼び出された人間が死んでいくのを見るのを、面白いと言っているのか。それを感謝しろと言っているのか。
「ざっけんな!」
俺が拳を握りしめた瞬間、計ちゃんがドアを蹴破って中へ飛び込んだ。
「俺たちを何だと思ってやがんだ! このクソ野郎ども!」
扉の向こうにいたのは、4、5人の中年男たちだった。だが、その顔は、何度もテレビで見た、超有名企業の重役のものだった。男たちはこちらを見ると一瞬だけ驚愕の顔を浮かべた。しかし、すぐに無表情に戻ると、その中から一人、代表者らしきチョビ髭の男が出てきた。
そしてそのチョビ髭の男は、乱入してきた計ちゃんを見据えると、穏やかな、そして冷徹な声で問うた。
「……君たちは何者だ? そして何故、どうやってここに来た? 納得のいく説明をしてくれ」
部屋には重い沈黙が下りていた。
風は腕組みをしてあぐらをかき、目をつぶっていた。タケシが別の部屋で昼寝をしている間、西の見張りを手伝うと申し出てくれたのだ。
西は体を横たえると、自分の腕を枕にして目を閉じ、徹夜の疲れを取っているようだった。私は鈴木の本棚から拝借した小説に目を通しながら、西が不審な動きをしていないかを確かめていた。
風も西も寝ているように見えるが、喉の動き―唾を飲み込む頻度を見れば、それが狸寝入りであることは一目瞭然だった。人間は睡眠時、唾の分泌量が減るため頻繁に喉が動くわけがないのである。
西が今の状況で何らかのアクションを起こすとは思えないが、絶対にないとも言い切れない。いくら時を止められると言っても時をさかのぼることはできない。万が一、もあってはならないのである。
張り詰めた空気の中で、私の電話が鳴った。電話をかけてきた相手は、お嬢様だった。
私は銃を西にポイントしながら、電話に出た。
『ごめんなさい、咲夜。西に気を取られて見逃した予知がある。今すぐ臨戦態勢に入りなさい』
「……どういうことですか?」
『今は西のことなんて放っておきなさい。相手は外から来るわ』
そう訊いた瞬間、窓ガラスの割れる音と、タケシの悲鳴が聞こえてきた。
「タケシ!」
風はかっと目を見開くと、部屋のドアを乱暴に開け、すぐさま部屋を出て行った。
「……何が起こってるんです?」
『気をつけなさい、咲夜。もう敵はそこにいる』
お嬢様の声が終わるや否や、背後で銃声と、ガラスが砕け散る音がした。私が振り向くと同時に、煙草の匂いが鼻をついた。
「……久しぶりだな。前にお世話になった分、お返しに来た」
割れたガラス戸の向こう、硝煙の中から姿を現したのは、氷室だった。