時止めメイドと黒い玉 作:ばるばろさ
(ひえー、超ラッキー!)
俺は鍵を差し込みながら、そう思う。あの奇妙なガンツの部屋から出てきた後に、奇跡は起きた。
人生で初、女子が家に泊まりに来るのである。しかも外国人で、なかなかの美人である。舞い上がらない方がおかしい。正直岸本が加藤の方に惹かれているのは悔しいが、神さんも不公平だと思ったのだろう、これほどのラッキーはそうそう巡ってはこない。表面上は普通を装いながら、心の中では何度もガッツポーズをする。
「あの……どうかしました?」
後ろから咲夜が不思議そうに訊いてくる。どうやら鍵を差し込んだまま、俺はぼうっとしていたらしい。俺は何とか平静を装って、
「いや、別に……。考え事してただけ」
ドアを開けて、明かりをつける。幸いこの前掃除したばかりなので部屋はそれほど汚れていない。咲夜は興味津々といった様子で部屋を眺めていた。すると咲夜はある一点で目を留め、訊いてくる。
「これ何ですか?」
指さしたのは、アイドルのグラビアポスター。俺は慌てて貼ってあるものを剥がしながら「んー、なんだろうねー?」と言う。しまった。こういうの嫌がるタイプか?
そう思ったが、咲夜は単純な興味で訊いただけらしく、次はテレビのリモコンをためつすがめつしていた。
「……もしかして、何もかも忘れちゃってるわけ?」
記憶喪失には様々な種類があるというが、大体は言語や道具の使い方などは忘れないはずである。咲夜の記憶喪失の場合、言語は覚えているようだが……。
「ええと、名前と死ぬ直前の記憶と、あと家事全般は覚えていますよ。といってもこういう、変な道具の使い方とか、ここがどこだとかを全く覚えてないんです」
「……そう。どこで生まれたとかは?」
「それも、全く……家族も覚えてませんし……」
少し沈んだ表情で、咲夜は答える。彼女からすれば、全く訳の分からない異世界のような場所に飛ばされたような感覚なのだろう。ちょっと可哀そうだ。
「……うん、まあとにかく、お腹減ってない? コンビニで飯買ってくるから。風呂に入ってたら?」
「あ、そうさせていただきます」
咲夜はにこり、と微笑んだ。やっぱカワイイ、マジでラッキー! と思いながら、俺はコンビニへ向かった。
「……ふう」
私はシャワーを浴びて体を拭くと、元のメイド服に着替えた。着替えが無いので、明日どこかでこちらの世界の服を調達してくるしかない、そう思いながら部屋に戻った。
玄野はまだコンビニとやらからは戻って来ていないらしく、誰もいなかった。とりあえず玄野の親切で泊めてはもらっているが、何か役に立つことを示さなければ流石に彼もこんな狭いところに住んでいるくらいで生活は厳しそうだし、私を放り出さざるを得なくなるだろう。
「ひとまずお金を用意しないといけないわね」
タクシーの中で玄野が運転手に金を払おうと取り出した財布の中にはいくつかの硬貨と紙幣が入っていた。おそらくそこに書いてある数字がイコール金額なのだろう。食費は払わねばならないだろうし、どこかで盗むか働くかしてお金を用意しよう。働くと言ってもこの世界をよく知らねばそんなことは出来ないだろうし、当面は多く持っていそうなものから少し失敬させてもらうことになるだろうが。
「あとは料理とかかしら」
洗濯はどうやらあの妙な機械が全自動でやってくれるらしい。幻想郷で河童が同じようなものを作っていたから見当がついた。しかし料理の方は全自動で作ってくれるような装置は見当たらない。
私は流しの下にある引き出しを開けてみる。そこにはいくつか鍋や菜箸があり、一応料理ができる道具は揃っていることが分かる。次に適当に開けてみた大きな箱の中には見たことのないお菓子らしきものや卵、ベーコンなどがあり、最低限の材料は揃っていた。
明日の朝は何か適当な朝食を作っておこう、と思っていると、がちゃり、と音がして、「弁当買ってきたよ」と玄野が帰ってきた。
俺と咲夜は弁当を食べた後、しばらく部屋でくつろいでいた(というよりも咲夜が俺を質問攻めにした)が、俺も咲夜も戦闘で疲れていたらしく、まだ11時だというのに眠気を催してきた。
「……あ、布団、一つしかねえ」
「……え?」
「まあ見りゃわかると思うけど、俺、ひとり暮らしだからベッド1つしかないんだよね。どうする?」
咲夜は逡巡して、床を触ってはベッドを触り、どちらで寝る方がいいか思案しているようだった。しかし次第にベッドを触る回数の方が多くなり、迷ったあげく、最後にこう言った。
「布団が2つ無いのなら仕方ありません。一緒に寝ましょう」
やーったあ! やっほーい!
これは童貞卒業できる……かな? こんなこともあろうかと、例のアレ……コンドームをついでに買ってきていた。ポケットに忍ばせたそれの感触を確かめながら、咲夜がベッドに横になって掛布団を被るのに続き、俺もベッドに横たわる。
「じゃ、消すぜ……」
「ええ、おやすみなさい……」
電灯を消すと、真っ暗になり、最初は闇しか見えなかったが目が慣れるにつれ、咲夜の後頭部を視認できるようになった。どうやらこちらに背を向けているらしい。
「……あのさ」
「何でしょう?」
くるりと器用に布団を巻き込まずに寝がえりをうち、咲夜はこちらを向く。俺は目を逸らしながら、続ける。
「こんな状態で俺は何もしないのかなーって……」
「何かしたいんですか?」
俺は真っすぐこちらを見てくる咲夜の瞳と目を合わせないよう気を付けながら、絞り出す。
「え……えっち……」
言ってしまった。急に心臓がバクバクし始める。咲夜の反応は……?
俺はちらりと咲夜の顔を見た。最初呆気に取られていたようだが、やがてくすくすと笑いだした。どうやら「えっちしたい」というストレートな物言いが彼女のツボにはまったのかもしれない。俺もつられて笑う。
ははは……と2人で笑っていると、急に咲夜は真顔になって、
「嫌です」
くるりとまた器用に体を回転させ、そっぽを向いてしまう。
(なんじゃ、そりゃー!)
さっきまでちょっといい雰囲気だったと思ったんだけどなー! サギだー! と思いながら、咲夜を見る。笑っているときは、「じゃあいいよ」くらいのノリでいけると思っていたのだが……。
しかし俺も力づくというのはちょっとどうかと思うし、今日はおとなしく寝ているしかない。見ると咲夜はすでにすやすやと寝息をたてていた。
(襲っちゃおーかなー。でもなんかなあ……)
悶々としながら、俺は眠りの底に落ちて行った。
「起きてください、玄野さん。朝ですよ」
「ん……」
揺り起こされて、俺はようやく眠りから覚めた。咲夜は昨日と同じメイド姿で、つんつんと菜箸—料理もしないのでほとんど使っていなかった—の持ち手で俺の頭をつつく。
俺がのそのそと起き上がって着替え、そのまま出ようとするのを、咲夜は引き留めた。
「待ってください。ご飯作りましたから、ちゃんと食べて行ってくださいね」
「ご飯……?」
「ほら、言ったじゃないですか。私、ご飯作りますよって」
「あ、ああ……」
そういえば家事全般ができると言っていた。ひょっとすると死ぬ前はどっかのホテルの従業員とかだったのだろうか。
食卓に用意されていたのは、ご飯、味噌汁、ベーコンエッグと短時間でできるメニューだったが、食べてみると何故かどれも俺が作るよりも美味しかった。料理の上手い彼女とか欲しーなーなどと考えていた時期もあったので、何となく嬉しい。
「美味しいですか?」
「ん、ああ。すんげえうまい」
「そうでしょう、私、記憶はありませんが料理の腕には自信がありますので」
ふふん、と得意そうに笑う。会った時からずっと沈んだ表情をしているか無表情だったし、昨日の寝る直前の一件で気分を害したかと思ったが、杞憂だったらしい。させてはくれないが、やっぱりマブい。味噌汁を飲み終わって、俺は立ち上がった。
「そういえば学校とかには行ってるの?」
「はあ……覚えてません。玄野さんが帰ってくるまで、どうすればいいでしょうか」
「まあ好きにしてて。あ、何か知りたかったらそこのパソコン使っていいよ。図書館はそこの角を曲がっていけば行けるし。好きなとこ行ってていいよ」
「ありがとうございます。お気をつけて」
咲夜はにこやかに手を振りながら、俺を送り出した。
……このまま2人で生活するのも、アリかもしれないな、と思いながらいつも通りに登校した。
「お気をつけて……」
私は玄野がドアを閉めると、すっと笑顔を引っ込める。これから情報を集めなければならないのだ。のんきにへらへら笑っている場合ではない。
まずは服を手に入れて、そこからあちこちへ行ってみよう。私はメイド服の上に玄野のもこもことした上着を借りて着る。そして護身用の銃—こっそりポケットに入れて銃だけ持ち帰っていた—と元々持っていた銀のナイフを懐に忍ばせる。ナイフの方はメイド服着用時には必ず身に着けているので、昨日玄野がとんでもないことを言い出したときも、左手にはこの銀のナイフを持っていた。その後しばらく寝たふりをしていたが、その時に玄野が襲ってきたならぐさりとこれでやってしまおうかとさえ思っていた。
まあ西では無いし、玄野を殺したいとは全く思わない。むしろ家を貸してくれているのだから感謝はしているのだが、そこまで尻軽にはなれない。
うまく上着に隠し、メイド服を着ていると一見して分からないようになったのを確認すると、私は鍵を掛けて外へ出た。
外に出てから服を売っている場所を探すため、近くを歩いていた老人に話しかけて店の位置を聞き出すと、まっすぐその道へと向かう。
「いらっしゃいませ」と入って来た私に店員が微笑みかける。店員も客も私を見てひそひそと話しており、やりにくいことこの上ない。見れば周りは皆黒髪に黒い目で、私のような銀髪は一人もいない。珍しがられているのだろう。
とりあえず私はその視線を避けて適当な洋服や下着をカゴに入れる。これだけあれば十分だろう、というところまで服を集め終わると、今度は支払いをしているらしい場所の近くへ行き、時間を止める。
あのレジという機械からお釣りをだしたり金を入れているようである。丁度レジを開けたところで止まっている店員に少し謝りながら、札をいくつか抜き取った。後できっちり返しておくが、今は非常事態であるから、大目に見てほしい。
時間が動き出した時には私はすばやくレジから遠ざかり、かごに入れた洋服を持って、ついいましがたやって来たというような雰囲気を醸し出して「お願いします」と差し出す。
合計は5万2340円だった。盗ったのは10万円なので、その分が浮く計算になる。その分は玄野に払う食費としよう。
「ありがとうございましたー」
実質金を払っていない私に感謝の言葉をかけた店員に若干の申し訳なさを感じながら、店の外に出る。紙袋を両手に抱えた状態では図書館に行くのも一苦労なので、いったん家に戻って荷物を置いて、再び外へ出る。
確か、玄野はここの角を曲がった先だと説明していたか。私はその通りに進んで、図書館へ向かう。しかし道端に落ちている奇妙な「もの」を見つけ、立ち止まった。
「猫……の死骸?」
中から破裂したような死に方で、見るに堪えない。頭が吹き飛んでいるので脳漿が辺りに飛び散っている。そして私は、道の向こうで、何かが動いたのを見て、思わずそちらに目を向けた。
目に入ったのは、小柄な男—いや、少年か。厚い上着を着こみ、左手をポケットに突っ込んでいる。そして右手に持っているのは—
私はそれを見て、息を呑んだ。今私が持っているのと同じような、あのガンツの部屋の銃である。ということは、この持ち主は—
私の思考を読み取ったかのように、その人物はこちらを振り返る。
「……西!」
「お前……あの時のメイドか」
西は驚いたようにこちらを眺めやった。
西の住んでいる場所が調べてもよく分からなかったので、ひょっとしたら矛盾があるかもしれません。