長谷川千雨はペルソナ使い 作:ちみっコぐらし335号
タロットカード解釈
【Ⅸ 隠者】
○正位置:助言、深慮、内省、慎重、秘匿、孤独、真実、本心、悟り、真理探求
○逆位置:閉鎖、拒絶、陰湿、消極的、悲観的、愚痴、邪推、虚実、混沌、劣等感、現実逃避
※今回、魔法世界編辺りの情報がサラッと出てくるんで一応ご注意をば。
自室に帰ってきた千雨がまず行ったこと。
それはペルソナの確認でも、休息を取ることでも、ましてや
『みんなごめーん、新作衣装作ろうって話してたけどちょっと遅くなりそう……(>_<;)』
挨拶は程々に。カタカタッと素早く目的の文章を入力。
投稿すれば、すぐさま熱心なファンからの書き込みが付いた。
『ちうちゃんこばわー』
『(´・ω・`)ソンナー』
『え、なになにトラブル?』
『だいじょぶですか』
次々返ってくる反応に、千雨はホッと息を吐く。
やはり自分の部屋、ネットの中が一番だ。
安息の場所と言えばここ。
この約束の地こそが千雨を幸せにしてくれるのだ。
『心配してくれてアリガトー☆ ちうは元気だから大丈夫だぴょーん(*^-^*)』
『良かった!』
『何かあったらどうしようかとおもた』
――――お前ら最高。
千雨は本日最もいい笑顔を浮かべた。
しばらくファンに付き合ってもらい、心身のリフレッシュに費やそう。
疲労は溜まっているが、このままパソコンの前に居座ることが決定した。
とりあえず、今日遭遇した珍事をアイドル向けに改変して綴る。
『今日ね、知らない人に追いかけられて気づいたら迷子になっちゃってたの~((;゚ロ゚))』
『ナニソレ!?』
『絶許』
『何なのそいつマジ有り得ないんだが』
マジありえない――――確かにそう、その通りだ。
何せ、常識の埒外の事が多過ぎた。
テレビの中の世界? もう一人の自分? ペルソナ?
あまりにも現実味が薄い。
実際に体験してこなければ、絶対に眉唾物だと一蹴する類いの話である。
『人も全然いないし、道も入り組んでてわからないし、もうダメかと思っちゃった(^0^;)』
『あ、でも帰れてるってことは』
『無事で何より』
今も胸の袂に意識を向ければペルソナの存在が感じられる…………が、よくよく考えればそれすら千雨の頭痛の種だろう。
仕方なかったとはいえ、自らが非常識な力を手に入れてどうする。
ミイラ取りがミイラになってるだろ。
どうしてこうなった。
『ちう一人だったら絶対帰れなかったよ~ミ ´・ω・)ミ でもなんと! 追いかけてきてた人が助けてくれたの!Σ(O_O)』
『ファッ!?』
『な、何だってー!?』
『どゆこと???』
ペルソナ。
それは自分の心、覚悟の形だと
実際、ペルソナがなければ延々テレビの中をさ迷う羽目になっていただろうから、感謝はしている。
が、それとこれとは話が別だ。
もしもの時以外、この力は使わないし、誰にもバラしたりしない。
千雨は固く誓った。
『実はその人、悪い人じゃなかったみたい(^_^;) ちうを追いかけてたのも落とし物を渡すためだったんだって~。息が荒かったから変な人だと思っちゃった☆』
『wwwwwww』
『それは勘違いして当然』
『ちうちゃんかわいいから気をつけないとだもんね』
ここまで嘘らしい嘘はほとんど吐いてないと千雨は自負している。
息を荒げていたのは
…………何やら
ペルソナは喋らない。
『みんなもかわいい子がいたからってハアハアしちゃダメだゾ☆』
『はーい!』
『おk(`・ω・´)ゞ』
『ちうちゃんprpr』
『ちう様以外ハアハアしない(キリッ』
書き込まれた直近の内容をスクロール。そして目に映る賛美の言葉。
やはりこうでなくては。千雨は満足そうに頷いた。
一通り今日の出来事を書き終えたので、最初の話題に戻る。
『……と、そんな感じでドタバタしてて衣装製作にまだ取りかかれてないの……(^^;) これから原作の衣装チェックに入るからもうちょっと待っててね♪』
『完全に理解した』
『全裸待機』
『楽しみにしてるよ!』
『無理はしないで(・ω・)デモハヨ』
名残惜しいがチャットを閉じる。
椅子の背もたれに体重を掛けると、微かにギィと音がした。
気づけば夕方を通り越して夜である。
それも常であれば寝る支度をするような時間帯。
どうも、テレビの中で相当な時間を過ごしていたらしい。
体感と現実との乖離が著しいが、テレビの中の世界にそういう効果があったのか、それとも単に千雨の感覚が狂っていたのかは判断が付かなかった。
生徒の事情に関わらず、学校は明日もある。
やけに疲れているのでとっとと休みたい。
だが、寝る前にやらなければならないことがある。
ペルソナだ。
ペルソナについて、多少なりとも知っておかなければ。
正直、今でもファンタジー関連はご遠慮願いたい。
しかし、よく知らずに逃げるのと、知った上で遠ざけるのは別物だ。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
今後の平穏のためにも、まずは身近になってしまった非常識について知らなければ。
緊急時以外使わないと決めたとはいえ、いざ必要に駆られて使ってみたら暴発、なんてことになったら目も当てられない。
そうならないために、日常を守るためにこれは必要なことなんだ――――と千雨は自分に言い聞かせた。
さて、
先ほどはあっさり出てきたカードが、今度はさっぱり出てこない。
千雨は首を捻った。
力自体がなくなったわけではないだろう。
不本意なことにペルソナの感覚はある。
だが、どこかで何かがつっかえているように、ペルソナは疎かカードも実体化させられなかった。
テレビの中ではいきなり成功したのだが…………テレビの外の現実世界ではうまく召喚できない、のか?
納得はできるが、モヤモヤ感が残る。
そんな半端な状態になるぐらいなら、力そのものを全部取っ払ってくれればいいのに。
千雨は嘆息した。
ともあれ、召喚できずとも力は少し使えるらしい。
集中すれば何ができるのか、ペルソナから何となく伝わってきた。
千雨のペルソナ『アメノウズメ』はパワーも耐久性も低く、接近戦が苦手なタイプらしい。
一方で素早さは高いのだという。逃げ足が速いのはいいことだ。
覚えているスキルは現時点で四つ。
それぞれの名前は『アギ』、『ジオ』、『ディア』、『アナライズ』。
それがどんな物なのか。実際に試そうにも、ぼんやり伝わってくるイメージはどうにも物騒な内容ばかり。
アギは火炎魔法、ジオは雷撃魔法。
どちらも火事になりかねないので基本的には使用厳禁である。
精密機器のある自分の部屋でなんて以ての外だ。
ディアは回復魔法のようだが、わざわざ傷を付けてまで試してみようとは思わない。
というか、怪我なんて御免だ。
使用機会が来ないことを祈る。
四つの中で唯一アナライズは無害そうだ。
解析するだけの魔法で、周囲に影響を及ぼさない。
が、残念ながらここには肝心の解析対象がいない。
「せっかく腹くくったのに何もできないとかアリかよ…………」
これだから非日常は嫌いなんだ。
まさかの肩すかしを食らい千雨は脱力した。
気の抜けたまま、ふと鏡を見ると普段と変わらぬ千雨の姿が映っていた。
スキルが使えるように力を待機させた状態にも関わらず、めぼしい変化は一つもない。
テレビの中では青い光的なエフェクトがピカピカと眩しいくらいだったのに。
あの光は召喚する時だけ出る物なのか?
それとも他に何か条件でもあるのか?
「…………………………ああもう、やめだやめ」
これ以上考えても仕方ない。
千雨も特別造詣が深いわけではないのだ。
むしろペルソナ初心者、ピカピカの一年生である。
教えを請いたいのはこちらの方だ。
千雨は適当なところで考察を切り上げた。
バレにくい分には問題ない。
不幸中の幸いと称するべきだろう。
これなら人前でも試せそうである。
明日、学校で少しだけ試そう。
ほんの少しだけだ。常用するわけではない。
そう、心の中で言い訳を並べた。
くぁ、と一際大きな欠伸が出た。
コクリ、コクリと頭が揺れる。眠気が強い。
さすがに限界だった。
着替えたかどうかも定かならぬまま、千雨は明かりを消した。
◆
翌朝、千雨はいつもより早い時間に教室に到着した。
疲れのせいか睡眠不足のせいか、時刻を見間違えるという初歩的なミスをやらかしたのだ。
――――それも朝ご飯を食べ損ねるというオマケ付きで。
もう少し落ち着いて寝とけば良かった。
千雨のテンションはだだ下がりである。
半目で室内を見渡す。
予鈴までまだ時間があるせいか、生徒の数は多くない。
まあ、このぐらいの人数の方が『アナライズ』の実験にはちょうどいいと言えるかもしれない。
果たして、解析といってもどんなことがわかるのやら。
精神統一し、ペルソナを待機。
手のひらをかざすが、特に光っている様子もない。
これでいける…………ハズ。
期待が二割、不安が八割。
とりあえずアナライズを発動。
対象は、少し離れた左側の席でジャグリングを練習中のザジ・レイニーデイ。
曲芸手品部所属で時折ピエロの格好をしている無口な生徒である。
解析結果はすぐに出た。
視界の端に表示されたのは――――――【魔族】王族。
千雨は机に突っ伏した。
――――留学生じゃねーのかよ!? 何だよそれ意味不明だろ!?
そう叫びたい気持ちを必死で抑えつける。
机にぶつかった額が痛い。
クラスメイトからの視線はもっと痛い。
「すごい音したネ?」
―――大丈夫ですか?
そう声を掛けてきたのは、
ホカホカの蒸気と肉まんの美味しそうな匂いが辺りに漂っている。
「…………ちょっと朝飯を食い損ねてな」
――――それは大変です。と五月の囁くような声が届く。
「超包子特製肉まん、お一つ百円。如何カナ?」
超は商機とばかりに蒸籠の蓋を開いた。
眼鏡がうっすら曇る中、鼻腔に広がるのは芳醇な肉まんの香り。
いつもならなるべく関わらないところだが、空きっ腹にこの行為は酷である。
止むことのない胃の締め付けに千雨はギブアップした。
「一つくれ」
「まいどありー」
財布から百円硬貨を取り出し購入。
受け取った肉まんの皮のホカホカもちもち加減ときたら。
千雨はゴクリと唾を飲んだ。
「いただきます」
軽く手を合わせると千雨は肉まんにかぶりついた。
――――旨い。
とてもじゃないが中学が作れるレベルじゃない。
もぐもぐ食べながら、千雨は二人を横目に見る。
料理が得意だと小耳に挟んでいたが、得意レベルじゃないぞこれは。
ついでだ。
二人にもアナライズを掛ける。
さっきのは初めてだからアナライズの調子が悪かっただけだろう、多分。
きっとそうに違いない。
でなければ魔族で王族とか出るわけがない。
千雨は謎の弁明をしつつ、今回のアナライズ結果を確かめた。
超鈴音、【人間】未来人、火星人、魔法使い。
四葉五月、【人間】一般人。
「――――ゴホッ!? ゲホッガッ…………ゴフッ」
肉まんが気管の方に入り、千雨は勢いよく咳き込んだ。
――――こちらをどうぞ。
気を利かせてか、五月が魔法瓶からお茶を入れ、差し出している。
千雨は何も考えずに受け取り、それを呷った。
――――超もか。超もなのか。
未来人で火星人で魔法使いって何だよ!?
SFかよ!? いやファンタジー?
例え人間でもそんな非常識なら何も変わらんわ! 今のところ四葉以外アウトな奴じゃねーか!
千雨はガックリと肩を落とした。
そんな中、朝練帰りなのか、何人かが教室にドタバタと入ってきた。
全員、部活もそれぞれバラバラなので、偶さかタイミングが一致しただけだろう。
千雨はそれに片っ端からアナライズを掛ける。
この時点で目的がペルソナスキルの試用ではなく『常識人探し』にシフトしていたが、千雨は全く気づかなかった。
大河内アキラ、【人間】一般人。
春日美空、【人間】魔法使い。
佐々木まき絵、【人間】一般人。
桜咲刹那、【人間・烏族ハーフ】剣士。
千雨は頭を抱えた。
今までアナライズしただけでも過半数が一般人ならぬ
このクラス、千雨が思ってた以上にヤバい。
何でこのクラスに入れられてしまったのか。
千雨は己の運命を呪った。
…………いや待て。今までのおかしな解析結果は誤アナライズかもしれない。
いやそうであってくれ。と一縷の望みを掛けて、他にもアナライズを発動する。
目標は前方、宮崎のどかの座席に集まっている図書館探検部メンバー三人だ。
綾瀬夕映、【人間】一般人。
早乙女ハルナ、【人間】一般人。
宮崎のどか、【人間】一般人。
「………………だよな」
千雨はほっと一安心。
流れでその横、刹那に話し掛けた龍宮真名を調べる。
出てきた文字は――――【人間・魔族ハーフ】スナイパー。
何だよお前ら二人ハーフ同盟かよ。この逸般人代表め。
千雨の声なきツッコミにも陰りが見え始めている。
次に仲良く教室に入ってきたのは謎の部活、さんぽ部の三人組。
チビの双子と背高ノッポのデコボコトリオだ。
アナライズも手慣れてきた。瞬時に結果を読み取る。
鳴滝風香、【人間】一般人。
鳴滝史伽、【人間】一般人。
長瀬楓、【人間】忍者。
「…………あー………………」
忍者なのは予想通り過ぎて逆に普通だ。
長瀬楓は普段から「ござるござるニンニン」と言っているので特別意外性はない。
むしろ双子が一般人枠だというのが、千雨にとっては驚きだった。
――――
千雨にそうこき下ろされる鳴滝姉妹。二人に似合う鞄はズバリ、ランドセルである。
更に何人か運動部連中がやってきた。
バスケ部が一人とチア部のメンバーたち、合わせて四人だ。
さすがにコイツらなら文句なしに一般人だろう、と千雨はアナライズ。
…………今の千雨を『意地を見せている』と評するか『意固地になっている』と評するかは人に依るだろう。
明石裕奈、【人間】一般人(記憶喪失)。
柿崎美砂、【人間】一般人。
釘宮円、【人間】一般人。
椎名桜子、【人間】一般人(大明神)。
大明神。
千雨は思わず結果を二度見した。
千雨の知る限り、椎名桜子は少々運がいいだけの女子中学生…………なハズである。
大明神って何だ大明神って。
一般人なのに大明神。
「………………………………意味わかんねー」
無意識の内に千雨の口から声が零れた。
そして明石裕奈、まさかの記憶喪失である。
こちらも千雨の予想外だった。
普段の様子では、当人に記憶喪失らしい素振りは見られない。
隠しているのか、それとも
一般人とは一体何だったのか。
千雨は遠い目をした。
底抜けに明るい笑顔の桜子を視線で追って、二つ隣の席にいた朝倉和美にたどり着く。
こちらも手癖でアナライズ。瞬時に一人分の情報が――――――。
朝倉和美、【人間】一般人。
相坂さよ、【幽霊】地縛霊。
「――――――ん?」
表示されたのは何故か
誰だ? 相坂さよ? うちのクラスにそんな奴いたか?
困惑する千雨。
アナライズが示す位置は教室の最前列、朝倉和美の横の空席だ。
その席は座ると寒気がすることから、『座らずの席』として一年の頃から噂されていた。
「……………………えっ……?」
――――まさか。
再びアナライズ。
今度は誰もいないはずの空席に焦点を当てて調べる。
そして先ほどと同じように『相坂さよ』の名が出てきた。
共に表示されるのは『幽霊』の二文字。
やはり、いる。
相坂さよという名の幽霊が。
――――マジか幽霊までいるのかよこのクラス。
ここまで来ると、千雨も驚愕より諦観の念の方が強い。
気分はまるで菩薩。ただし苦行はお断りである。
微かな異音に廊下へ目を向ければ、音の主、茶々丸が歩いてくるのが見えた。
千雨的非常識なクラスメイト筆頭、それが絡繰茶々丸だ。
何せ見るからにロボ娘。本来耳のある位置にはロボっぽいパーツが見えているし、関節部分なぞ球体関節のようで人形感満載だ。
むしろ他のクラスメイトが疑問に思わないことの方がおかしい。千雨は確信を持ってそう言えた。
投げやりに掛けられるアナライズ。
絡繰茶々丸、【ロボット】従者。
案の定であった。
――――もう、アナライズはやめよう。
今更ながら千雨は思い至った。
当初の目的はしっかり果たされている上に、これ以上続けてもロクなことにならない。
そもそも誰だよアナライズは無害そうだとか言ったの。
全然無害じゃねーよ、精神に特大ダメージだよ。
というかやっぱりファンタジーはクソだな。クーリングオフさせろ。
自分自身に毒づきながら千雨は思った――――――――軽率すぎた自分の記憶を消してやりたい。
茶々丸と一緒に入室してきたのは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
小柄で金髪なことも相まって西洋人形めいているが、囲碁部やら茶道部やらに所属している。
意外と日本文化が好きなのだろうか。
エヴァンジェリンを含め、何人かアナライズを掛けていない生徒がいるが…………もういいだろう。冷静に考えて。
これ以上とんでもないものは出るはずがない。
気づけばほとんどの生徒が自分の席に座っていた。
時計を見れば予鈴まであと僅か。
最後に一組、予鈴ギリギリに神楽坂明日菜と近衛木乃香が慌てて駆け込んできた。
これでクラス全員が揃う。
ホームルームが始まるまでの僅かな時間で千雨は己を戒めた。
――――――安易な気持ちで人をアナライズしてはいけない、と。
まさか続きが投稿できるとは……このリハクの目をもっ(略)
ちなみに『気』が使える人間は麻帆良には結構いるので一般人扱いです()。
【アメノウズメ(天宇受賣命/天鈿女命)】
古事記、日本書紀に記述のある芸能の女神。
日本神話の岩戸隠れにおいて、天照大神が天岩戸に引きこもった際、ストリップダンスを踊って岩戸を開けさせたヤベー奴。
デビチル好きとしては赤い被り物してポンポン持った少女のイラストが浮かぶが、世界線が違うので当然無関係である。水属性だったりもしない。