長谷川千雨はペルソナ使い 作:ちみっコぐらし335号
あけましておめでとうございます。
今年も拙作共々よろしくお願いします。
…………平成最後の年末年始?
それなら「――――っしゃー! FG●でボックス百箱超えたぞー!」からの流れるような風邪→インフルコンボを決められてベッドに沈んでました。
うーん、やっぱりルチャは奥が深いネー()。
【2011/08/06 土曜日 雨】
千雨が『テレビの中に容疑者が逃走したらしい』という連絡を受けたのは、一週間と少しばかり前だったと記憶している。
だが折り悪く、宿題や同じ寮にいるクラスメイト関連の
特捜隊の活動になかなか付き合えない日々が続いていた。
いつも通りの日常は千雨の望むところである。
が、事件が解決してない以上、所詮は薄氷の上に成り立っている仮初めの物。『何か』が起こり崩壊するのではないか、と気が気ではなかった。
状況が変わったのは今朝のこと。
悠から『ついに犯人の居場所が判明した』と電話が来たのだ。
常に気を張っているのも、級友たちの図々しいノリにもいい加減疲れてきたところだった。
千雨はひとまず、喧騒から逃れるように部屋に閉じ籠もることにした。
来るべき苦難に向けて、少しでも英気を養おう。そんな意図の下の行為だった。
その後は取り決めた時間に合わせ、扉の施錠を確認してからテレビにダイブ。
一足先に来ていた特捜隊と合流し、引率される形でテクテクと二時間かけてきた。
テレビの中は広大だが、当てのない捜索活動ではない。ゴールは既に見えているのだ。
今回は多少リスクを背負ってでも、この事件に終止符を打つべきだろう。千雨はそう判断した。
例え自分が直接手を掛けずとも、特捜隊が事件を解決に導くだろうが………………。
『一秒でも早く普通の生活を取り戻す』。そんな強い望みが千雨を突き動かした。
…………それに『ただ待っているだけ』というのも、それはそれで気疲れすると骨身にしみたので。
やるとなれば全力を尽くすだけだ。
『平穏な日常を脅かす大元は絶対に叩いてやる』という意気込みだったのだが――――。
「――――――画素数の問題から来る原色塗れの色使い、更にドットの際立つカクついたデザインをそのまま現実に持ってくるとか目が痛くなるし……………………ああつまり等身大レトロゲーとかマジでクソゲー」
「おおう、辛辣だな…………」
ほぼノンブレスで苦情を垂れ流したのは誰であろう、千雨だった。
他者の目を憚ることのない棘のある言葉は、特捜隊に対するある種の信頼故か。
千雨が睨み付けた先にそびえ立つのは、玩具のブロックを積み上げたが如きビビッドでナンセンスな造形の城塞。
あるいは、レジャー施設の一画であればまだ
二時間歩いた末の景色がこれでは毒づきたくもなる。
こんな所に逃げ込むなんて、そいつは一体どういう神経をしているんだ。
「何なんですかこの場所は」
事前の意気込みに反して、千雨はげんなりしていた。
徒歩二時間分の疲労もさることながら、場違いでふざけているとしか思えないこの空間に何よりも辟易としていた。
「犯人が逃げ込んだダンジョン」
「いや、そーゆーことではなく」
訊きたいのは『この場所が何か』ではなく、『何でテレビの中にこんな場所があるのか』だ。
いや
千雨が付け足すと、彼らは得心したように頷いた。
「ああ、人殺しもゲーム感覚ってことなんだろうさ、あんにゃろ…………」
話しぶりからするに、どうも『犯人がここを選んで逃げてきた』のではなく、『犯人がテレビの中に逃走したからこの空間が生じた』らしい。
千雨にとっては『卵が先か、鶏が先か』といった気分だが、陽介にとっては違うようだ。
ギリリと奥歯を強く噛み締めている様子が見て取れた。そして、ひしひしと伝わってくる
他メンバーのやる気が欠けているわけではないが、彼一人だけ懸ける思いの質が違う気がする。
彼に対する今までの印象は『おちゃらけたムードメーカー』だったのだが…………こんな
千雨には少し意外だった。
「あと犯人がいそうな場所っつーとここしかねぇ」
入口から少々進んだところで、ペラリと懐から紙の束を取り出す完二。
一体何かと思ったが、どうも手書きの地図らしい。
この一週間ほど、文字通り
思わず覗き込んでみれば、階層毎に一枚、小綺麗に纏まったダンジョンのマップがそこにはあった。
捲って確認していくが、どの線もほぼまっすぐに引かれている。
どの階層も書き込みで埋まっていたが、最後の一ページにだけ大きな
なるほど、犯人がいるとすればまだ探索していないその場所しかない、と。
聞けばこの地図、完二が一人で細々と書いていたという。
見た目に似合わず繊細な作業だった。何より、素人目にもわかりやすい。
「すごいですねコレは」
千雨の中に完二への苦手意識はあるが、賞賛の言葉はすらりと出てきた。
「ま、まァな」
ストレートに褒められるとは思っていなかったのか、視線を逸らしながら鼻先を掻く完二。
その姿はどう見てもシャイな少年のようで――――。
こうした挙動を一つ一つ紐解いていくに、見た目ほど悪い奴ではないのかもしれない。
千雨は完二への警戒レベルを下げることにした。
「ふふん、でしょでしょ?」
「何でそこで先輩が偉そうにしてるの?」
「そりゃーバイトとかない分毎日頑張って探索してたし!」
「って、それ私もだし! いっぱいアナライズとか頑張ったから!」
「…………宿題はちゃんと進んでるのか?」
鳴上の問いにそっぽを向く千枝とりせ。ついでに完二。
三人はノーコメントを貫いていたが、まともに取り組んでいないのが態度で丸分かりだった。
やってないのかよ。それでいいのか高校生。
――――などと傍観していたら、悠は千雨に向き直ってきた。
「夏休みの宿題、千雨は大丈夫か?」
「ボチボチ進めてるんで大丈夫です」
間髪入れず、千雨の回答。
悠に付け入る隙を与えないためだったが、内容自体は嘘でも誤魔化しでもない。
夏休みの宿題に未着手――――などという不届きな生徒が出ないよう、
「どうせ逃げられないから」と千雨もそこで宿題に取り組んだ。
…………が、参加者の大半はお祭り好きなA組生徒たちだったために、勉強会からただのバカ騒ぎに早変わりしたが。
「そっか………………一人教えるのも二人教えるのも一緒だから遠慮なく言ってくれ」
「…………誰か教えてるんですか?」
「アルバイトでちょっとな」
まあ千雨よりあっちの方が問題ありそうだけど。
悠が見つめる先には件の宿題やってないトリオ、もっと言うと『より手がかかりそう』な奴らがいた。
大人しく引き下がったように見えたのは、そちらに照準を合わせたが故か。
「…………まあ、何かあった時は頼みます」
何もないと思うけど。
逃げ道を用意しつつ、千雨は悠の教えを謹んで辞退した。
ちなみに、同学年における千雨の成績は中の下。
麻帆良学園はエスカレーター式なので、
そんな環境も手伝ってか、勉強をしない麻帆良生は存外多かった。
そのため『少し悪い成績の方が目立たなくてちょうどいい』というのが千雨の持論である。
とはいえ、補習等で時間を取られないように、千雨も最低限の勉強はしていた。
第一、
千雨がつらつらと意識を割いていると、身体に
まさか襲撃か――――――身を強張らせた千雨の目に飛び込んできたのは、緑ジャージを腰に巻いた千枝の姿。
雪子の「せっかくだから鳴上くんたちと一緒に宿題やろうよ」という台詞から察するに、悠の勉強計画から逃げてきたらしい。
そこまで嫌なのか。
「あ、ごめん。ぶつかっちゃって」
「別に…………何ともないです」
これから犯人捕まえようとしてるんだからもっと緊張感持てよ、という言葉は何とか飲み込んだ。
彼らとの付き合いも後少しの辛抱である。だから我慢、我慢だ。ここで下手に印象に残るようなことをしたらいけない。
だから堪えろ、
込み上げてくる震えを千雨は無理やり抑えつけた。
「そういえば気になってたんだけどさ」
そんな千雨の内心など知る由もない千枝からのキラーパス。
「何で千雨ちゃんは敬語なの?」
「そういえば…………」
「話す時ほとんど敬語だよな」
「敬語じゃなくてもいいのに」
「いえ、そこはしっかりけじめを付けておきたいんで」
このままだとなし崩し的に交友関係が続いてしまいそうなので、間に『壁』をキープしておきたい。
そして無用なトラブルは避けたい。
千雨側の切実な事情は、残念ながら特捜隊側には通じそうになかった。
「仲間だからみんな気にしないよ?」
「私が気にするんです!」
もっと距離取れよ。他県の中学生、つまり年下だったら遠巻きにするだろ普通。
――――ああ、ダメだ。徹頭徹尾、千雨の神経を逆撫でしてくる。
特捜隊内に漂っている緊張感のない弛緩した空気。
これを見たところで、今まさに命懸けの冒険をしているとは誰も思わないだろう。
どういうわけか、彼らは自然体だった。
放課後ファストフード店で談笑しているような、日常の延長上にある風景だ。
異常のただ中にあって、TPOを間違えているとしか思えないのだが――――。
まあ、こいつらだから仕方ないか。
紋切り型のように納得している自分を見つけ、千雨は愕然とした。
――――――って、待て待て待て! ちょっと絆されてきてんじゃねえか!? しっかりしろよ自分!
「およ? チサチャン、急に首振り出してどーしたクマ?」
「…………何でもねーです」
ついでに頬をペチペチと叩いた。
階を移動し、奥へ奥へと進んでいく。
事前に作られた地図に拠れば、ここが最奥部。
さすがに気を引き締めているのか、口数も少なくなってきた。
「店の手伝いで纏まった時間がなかなか取れなかったけど、今日こそは犯人を――――」
静かに情念を燻らせる陽介。
やはり、いつもと様子が違う。
物言いたげな千雨に気づいたのか、雪子が小さな声で耳打ちした。
二人目の犠牲者は彼と関係がある人物だったのだ、と。
千雨は思考を巡らせる。
第二の犠牲者というと…………確か『小西先輩』だったか。
詳しくは説明されなかったが………………恋人か、あるいは片思いか。
何にせよ、陽介はその人物にただならぬ感情を抱いていたのだろう。他の者の態度から容易に推察できた。
陽介の思いが並外れているのはよくわかった。
何にせよ、とっとと犯人を捕らえて、この事件に片を付けたい。
立場の違いや強弱の差はあれども、この思いは他のメンバーと共通しているはず。
特捜隊はシャドウを蹴散らしながら、最後の回廊を突き進む。
「この奥だ」
見上げるほどに大きな扉が、一行の目の前に立ち塞がった。
試しに押したり引いたりするがびくともしない。完全に閉じられているようだ。
「ねえ、これってさ…………」
扉には鍵穴代わりに丸い窪みがあった。
現実的に考えるとただの装飾だが、レトロゲー的に考えると恐らく何らかのキーアイテムが――――――。
「丸、円、ボール………………もしかして、前に倒したシャドウが落とした玉って」
「どう考えてもそれが鍵じゃないですか!」
「――――っと、これだな」
悠が荷物の中から掴み出したのは黒い球体。曰わく『くらやみのたま』。
パッと見、サイズは一致している。
悠が『くらやみのたま』を扉の凹みに押し当てると――――――。
「おおおおおお! タマから漆黒の闇が溢れ出して扉の封印が解かれたクマ!」
「…………確かに、その通りなんだが…………」
設定いてぇ、中二病かよ。
見たままの様子だが、言葉にされると千雨の胸やら腹やらがしくしくと痛む。
共感性羞恥、という奴だろうか。
横目に、悠が何とも言えない表情になっているのが見えた。
過去に患っていたかはともかく、悠も
千雨はほんのりと親近感を覚えた。
扉はゆっくりと開いていく。
徐々に明らかになる内部空間に、犯人と思しき人影を発見した。
で、肝心要の犯人の正体は――――。
「アイツが?」
若い男だった。
もっさりとした黒髪。闇色に淀んだ瞳。
部屋着なのか、長袖シャツにジーンズというありきたりな組み合わせ。
年の頃は高校生ほどだろうか。少年と言ってもいいかもしれない。
が、年齢以外に目を疑うような事態が発生していた。
「……………………あれ?」
鏡合わせのように、同じ人物が二人いたのだ。
――――え、どうなってんの? 困惑する千雨。
しかし、悠たちの顔に驚きの色は見えない。さも当然と言わんばかりだ。
「どいつもこいつも気に食わないんだよ…………! だからやったんだ、このオレが!」
狂ったように喚き散らす男の片割れ。
一方はただ静かにもう一人を見つめている。
見れば見るほど、本当によく似ている。外見の違いは目の色くらいだろう。
大人しい方の男は日本人らしからぬ金色の目を持っていた。
「んん…………?」
目の色だけが違う
はて、何かこのフレーズに覚えがあるような…………?
「たった二人じゃ誰もオレを見ようとしない。だから三人目をやってやった! ――――オレが殺してやったんだ!!」
千雨が考え込んでいる間に男の口をついて出てきたのは、犯行の自供。
ならば間違いない、アイツが犯人だ。
すぐに取り押さえるべきだと思ったが、特捜隊は誰も動こうとしない。
場の空気に飲まれたのか? …………いや、違う。『何か』を待っている――――?
若者たちはまだ
黒目の男は唾を飛ばし、もう一人を怒鳴りつけている。
双子の犯人グループが内輪もめをしているのか…………?
「なんで黙ってんだよ……………………どうだ、何とか言えよ!!」
『……………………………』
同じ顔の存在に怒鳴られるままの男。
ギラギラとした金色の瞳で、ただもう一人を見つめている。
――――ああ、あの目。気のせいかと思っていたが………………やっぱり、見たことがある。思い出した。
一番始めに迷い込んだ時、偶然邂逅したもう一人の『
その彼女と、あの男の目の色合いが同じなのだ。
もしかして片方はアイツと同じなのか…………?
しかし、弁達者だった『千雨』とは大分態度が異なる。
凪いだ海のように、男からはまるで気力が感じられなかった。
これまで何を言われようが無言を貫いていた金目の若者。
相手からの「何か言え」という言葉にでも反応したのか。やがて気怠げに口を開いた。
『何も…………感じないから………………。僕には…………何もない………………僕は無だ…………』
億劫そうに淡々と並べられていく言葉。
それを聞いたもう一人は口を開けた状態で静止した。
『そして…………君は僕だ………………』
「っ、オレは、無なんかじゃ…………」
「――――キミが殺人事件の犯人なのか!?」
男の剣幕が途切れるのを見計らっていたのか、悠が声を張り上げた。
先ほどの『自供』を踏まえた上での、最終確認だろう。
問いかけが耳に届いたらしく、ようやくこちらに顔を向けた少年二人。
しばしの間、揃って動きを止めていたが、目の黒い方が嘲笑を漏らした。
笑い声は徐々に大きくなり、一帯に木霊する。
「そうだよ、決まってんだろ! オレが全部やったんだよ!! くそ、お前らもだ………………こんなところまで追いかけて来やがって! お前らも殺してやる!」
明確な殺人宣言。悪意ある内容。
だというのに――――
「はっ――――――ははははは! そうだ、ニセモノが何言おうが知るかよ! お前なんか関係ない! オレの前から消え失せろッ!」
興奮した様子の男は、もう一人に対し決別の言葉を吐き捨てた。
その瞬間、特捜隊員たちの顔色が変わる。
「っ、ヤバっ」
「このままだとマズいぞ」
「…………先輩?」
一体何を焦ってるんだ?
千雨からすると、ただの仲間割れにしか見えないのだが…………。
「――――みんな殺してやる。まとめて殺してやる! オレはできる…………オレはできるんだからな!!」
『………………………………そうか。認めないんだね、僕を………………』
壊れた機械のように繰り返し繰り返し「殺す」と叫ぶ少年。
それを見たもう一方が豹変した。
『――――――――――――!』
男を中心に轟々と突風が吹き荒れた。
ほの暗い暴風が男の姿を覆い隠し、絶叫していた男を吹き飛ばした。
千雨は頭部を守るため、腕を顔の前で交差させた。
何が始まったんだ!?
腕の隙間から窺い見ると、赤黒い靄の向こうで人型が崩れていた。
代わりに像を結ぶ、何か大きな物体。
千雨がその輪郭を捉える前に、何かは靄を突き破った。
「――――――はあ!?」
飛び出してきたのは巨大な胎児だった。
ただし、かわいらしさなぞ欠片もない。目は顔面積に対してやけに大きく、開かれた様は虚ろだった。
頭頂部はちょんと尖り、ステレオタイプの宇宙人を彷彿させる。
周囲には文字が書かれた光輪を侍らせているが、内容は文字化けを起こしており解読不能だ。
――――片方が化け物に変身した…………!?
「シャドウが暴走を始めたクマ!」
「え、あれもシャドウ…………!?」
千雨の知識にあるシャドウとは、テレビの中に出てくるモンスターのことだ。
そして今対峙している不気味な赤ん坊は、金色の目を持つ男が変貌した姿。
で、恐らくそいつは『もう一人の千雨』の同類で――――。
…………畜生、わけわかんねえな相変わらず!?
『僕は…………影………………。おいでよ、楽にしてあげる』
「やっぱりこうなっちまったか!」
彼らはこの展開を予想していたらしい。
各々武器を取り出し、即座に構えた。
千雨も遅れて木刀を握り締めた。考えるのは後回しだ。
化け物に対する攻撃手段としては心許ないが、元より前に出て
千雨は自衛手段と割り切っていた。
『邪魔する奴は殺す。目障りな奴は殺す。気に食わない奴は殺す』
【キャラメイク】
どこからともなくブロック状の物体が現出。
胎児の周りに次々と積み上がっていく。
『みんな見てくれ! ボクがみちびかれしゆうしゃミツオだ!!』
ブロックが形作ったのは巨大な人形だった。
剣と盾を携えたドット絵のキャラクター…………いや、自称『勇者ミツオ』か。
レトロなダンジョンに相応しい、レトロな敵が立ちはだかった。
「全員行くぞ!」
「おう!」
「りょーかい!」
「クマの本気見せちゃるぞーッ! 『ブフーラ』!」
特捜隊員たちはペルソナを召喚、あるいは装備した武器で以て攻撃を繰り出した。
犯人確保の前にあのシャドウを倒すつもりらしい。
正直、犯人だけ確保して戦わずにさっさと退散するのが利口な選択だと思うが…………。
思いつきを実行すべく、千雨は倒れている男に足を向けた。
が、走り出してすぐに氷塊が飛んできた。
「くっ」
あわや被弾、というところで木刀でいなし、後ろに飛び退いた。
他のルートを探るも、どこもかしこも敵味方の火やら雷やら氷やらが飛び交っている。
おまけに不定期的に振るわれるドデカい剣や腕。
――――ああうん、無理だこれ。普通に無理。
こんな物騒な空間を通り過ぎて捕まえるとか、命がいくつあっても足りない。
千雨は考えを改めた。
やはり
――――そうと決まれば速攻!
「アメノウズメ!」
カードを握りつぶし、ペルソナを呼び出した。
千雨の背後に出現するアメノウズメ。ひび割れた仮面から覗く左目が、ひたとシャドウを見据えた。
「『マハラギ』!」
千雨の言霊に応じ、複数の火炎弾が迸る。
炎の群れは勇者ミツオの腕に命中するも――――。
「――――くそ、大したダメージになってねーみたいだな」
少々表面が焦げ付いた以外、目に見える成果はなかった。
『大振りの攻撃! 来るよ!』
りせの注意喚起通りに迫る剣を避けた。
事前にわかっていれば回避自体は容易い。
しかし魔法攻撃でダメージを与えられないとなると、千雨に大したことはできない。物理は苦手だし。
せいぜいがちょこまかと動き、敵を攪乱するぐらいか。
それとて戦闘に慣れない千雨が行ったところで、周りの足を引っ張ることになりかねない。
あと、なるべくなら走り回るのは遠慮したい。
これなら先輩らのサポートをした方がまだマシか。
能力的にも経験的にも、彼らに一日の長がある。
「後ろ下がってサポートする!」
「わかった!」
伝えるべき内容は簡潔に。
一声かけてから千雨は端に移動、敵から距離を取った。
ふと横を見るとりせの姿があった。
彼女が召喚しているペルソナの名はヒミコ。
アンテナ状の頭部を持つたおやかな乙女だ。その手で支えるのは全てを見晴らす
りせは被ったバイザー越しに警告を飛ばしている。
あれにアナライズした情報が出ているのだろう。
千雨もアメノウズメの側に寄り、
が、りせが伝達しているほど詳細には出てこない。
そもそも、ああもタイミングよく、的確に教えられるかどうか…………。
ナビ役も彼女一人で十分だろう。
となれば残る選択肢は――――。
「『スクカジャ』!」
りせのアナウンスを頼りに、敵攻撃範囲にいる仲間に向けて打つ。
スクカジャは速度を上昇させる補助魔法だ。
味方に使えば、敵の
そして、スクカジャにはもう一つ効果がある。
それは攻撃時の命中率を上げること。
つまり『守り』だけでなく、『攻め』のサポートもできるのだ。
完二が
彼のペルソナ、タケミカヅチは筋骨隆々とした大男の姿をしている。身に纏う黒々とした鋼に映えるは白いスカルペイント。稲妻を模した大剣を軽々と振るう。
見た目通りバイタリティに溢れた
すかさず千雨は
「やっちまえ巽先輩!」
「っ、
二度、三度と刃が閃く。
速度の乗った連続攻撃が勇者ミツオの腕の付け根部分にヒットした。
ダメージの蓄積で脆くなっていたのだろう。
ブロックの鎧、その一画が崩れ落ちた。
「よし、畳み掛けるぞ! イザナギ!」
「コノハナサクヤ! 『マハラギオン』!」
「ペルクマーッ! キントキドウジ!」
この機を逃さず、皆で波状攻撃を敢行する。
悠の号令に合わせ、構築された魔法の弾幕がシャドウに殺到。――――――着弾。
「これで…………どうだっ!」
ブロックが全て取り払われ、赤子の姿が露わになった。
「…………っ」
細い手足を折り畳み、逃げるように縮こまるシャドウ。
彼我を隔てる
「――――――そこだぁぁぁぁあ!!」
「花村!?」
「待って、単独行動は――――!」
濛々と立ち込める土煙を裂いて、陽介が一人突撃していく。
「小西先輩の仇…………!」
不気味な赤子に肉薄する陽介。
両手の
その切っ先が柔肌を貫く――――――――刹那、シャドウがニヤリと
スキル『デビルスマイル』。恐怖を齎す悪魔の笑み。
「――――――――ぁ」
顔を青ざめ、立ち尽くす陽介。場所は
このままだと危ない――――!
「行け、アメノウズメ!」
考えるより先に千雨はペルソナを先行させ、陽介をシャドウから引き剥がしていた。
一拍遅れて、シャドウから放たれる
ピリリとした痺れが千雨の肌を駆け抜けるが、このぐらいなら耐えられる。
『あれ、シャドウの精神攻撃だよ!』
「千雨、こっちだ! ――――チェンジ! リャナンシー!」
悠の指示通り、千雨はペルソナで陽介を運んだ。
真っ青な顔の陽介を前に、悠は恋愛のアルカナが描かれたカードを呼び出した。
黒い特効服姿のイザナギに代わり、顕れたるはリャナンシー。アイルランドに伝わる麗しき妖精だ。
ペルソナ使いの集団の中で、彼だけが持つ
それこそがペルソナチェンジ。
通常、ペルソナは一人につき一体。
それぞれが特色ある能力を発揮するが、その原則は変わらない。
しかし彼だけはそのルールに捕らわれず、様々なペルソナを行使できるのだ。
「『メパトラ』!」
妖精が生み出した温かな光が陽介を包み込む。
陽介の顔に精気が戻った。
意識が朦朧としていた間の状況確認のためか、陽介の眼球が
そして、すぐ近くにいた悠と
「あ………………すまねえ」
「
千雨の記憶にある限り、悠が初めて陽介の名を呼んだ。
ガバリと顔を上げる陽介の前に、差し伸べられた手。
「一人じゃない。一緒に、だ」
「ああ――――――そうだな!
悠の手を取り、陽介は力強く立ち上がった。
戦いの合間の僅かなやり取り。
だが、きっと二人にとっては大きな意味を持つ行為で――――。
【ささやき】
敵も漫然としているわけではない。
身を守る外殻を再度展開しようとしていた。
【えいしょう】
ブロックに阻まれ、シャドウの姿が見えなくなる――――――。
『敵の本体はそこだよ、先輩!!』
そうはさせじと響くりせの声。
「チェンジ! ランダ!」
悠は魔術師のアルカナのカードを握り締めた。
生成された魔女の業火がりせに示された部位を包囲。
ブロックの連結を阻害した。
――――シャドウが炙り出された!
「今だッ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!」
陽介の雄叫び。
彼の
逆巻く疾風が胎児型シャドウを押し流す。
壁に衝突し、周りのブロックは砕け散った。
『あ゛あ゛あ゛ア゛アああああぁぁぁァァ…………!!』
耳を
「――――っしゃ!」
今のは絶対に有効打だ。
倒れ伏す男の側に落下したシャドウは、萎むように人間の姿に戻る。
同時に男は目を覚ました。
「う……………………オレは無じゃない…………オレが、オレが
『……………………』
男の
空虚な面持ちで見つめるままに、光となって消滅した。
「消えちゃった…………」
「ペルソナにはならなかったね」
千枝と雪子の会話を聞いて、千雨は再び『もう一人の千雨』を思い出す。
十中八九、彼女もシャドウの一種だったのだろう。
で、一部か全てかまではわからないが、シャドウとペルソナがイコール関係にあるのは確定。
つまり『
…………もう全部聞かなかったことにしたい。
少しでも気を紛らわせるため、千雨は男に目を向ける。
見れば見るほど冴えない印象の男だ。言動はどことなく変人っぽいが。
こんなのが猟奇的殺人を犯したのか。
散らばっていた特捜隊が集まり、若い男を取り囲んだ。
陽介が中心となり、
――――なんて身勝手な。
弱っているようだが、相手は殺人犯だ。
念のため男衆が取り押さえた。
抵抗らしい抵抗もない。
むしろにやけているようにも見える。
何を考えているのか、最後までわからなかった。
いや、犯人の思考など理解できなくてもいいか。
悠らに連れられ、ダンジョンを歩く犯人の背中。
そうか、これで終わり…………か。
ついに決着が付いたと思うと感慨深い。
呼吸を整えた千雨はふと呟いた。
「あいつ、警察に引き渡すんですよね?」
「うん、そうだけど」
「一応、その…………遠目でいいので見ててもいいですか?」
自分の目で確認しておきたい。そんな欲求の発露だった。
今回だって、警察に捕まるのは時間の問題だったはずなのに、テレビの中に逃げられてしまった。
同様に、また卓袱台返しされたら堪らない。
要は、ちゃんと事件が終わるか心配になったのだ。
しっかり警察の手に渡れば、もう逃げられることもないと思うが…………。
「いいよー」
「じゃ、一緒に行こうか」
同行の許可はすんなり出た。
千雨が彼らと共に歩いていくと、スタジオのような空間に出た。
悠らが向かう先には、昭和を感じさせるダイヤル式テレビが積み上がっている。
あれがここの出入り口らしい。
周囲ではスポットライトが紅と紫紺の床を照らしている。
広場の中央には、的のような円の上に人の形の模様が倒れ重なるように描かれていた。
――――やっぱ、テレビの中って変なデザインが多いよな。
そんな感想を胸に秘め、千雨はテレビ画面に潜り込んだ。
◆
雑多な音。蛍光灯の明かり。陳列されているテレビを始めとした家電の数々。赤と黄色の値札。
千雨の視界に飛び込んできた景色は、どう考えてもどこかの店内である。
「は?」
――――え、先輩らが出入りしてるのって…………何、お店なの? スーパーの家電コーナー?
心の内から湧き出るままに疑問をぶつけると、ここは大型スーパー『ジュネス』の中だと答えが返ってきた。
――――――って、
「誰かに見られたらどうすんですか!?」
「んー、人少ないから平気へーき」
「…………お店としてそれもどうかと思いますが」
確かに大きいテレビ画面の方が身体はつっかえない。
しかし、
…………考えていないのかもしれない。
千雨は呆れて何も言えなくなった。
「とりあえず俺らで警察に連絡するわ。いつも同じメンバーっつーのも怪しまれるかもだしな」
陽介と完二が代表として、犯人を警察に引き渡すことになった。
店で働いたことがあるという悠が、クマを連れてバックヤードに赴いた。
一応、店側に説明するらしい。
「てかあのクマ、こっちに出てきていいんですか?」
「ちゃっかりこの店のマスコットになってるから大丈夫だよ、多分」
「それより、警察が来る前に店の入口に行こうか。遅いと他の野次馬で見えなくなるだろうし」
「さんせー!」
残った女子組で固まって動く。
エレベーターで一階まで降りると、遠くからサイレンの音が近づいてきた。
通報を受けて警察がやってきたのだ。
店先で待機していた陽介と完二が、男を警察官へと引き渡した。
聞き取れないが、いくつか言葉を交わしている。事情を説明しているのだろう。
周囲にいた人々もパトカーに気づき、群がってきた。「何事か」などと呟きつつ、興味を抑えられない様子の群衆。いつの間にか、千雨たちは人混みに紛れていた。
手錠を掛けられ、パトカーの後部座席に乗せられる犯人。
逃げられないよう警察官に挟まれ、扉はすぐに閉められた。
そんなパトカーが発車するまでの一連の行為を――――連行される犯人を千雨は眺めていた。
これで犯人は確実に逮捕された。
「良かった…………」
千雨はホッと一息。
これでもう、事件だ何だのと心労をかけさせられることもない。
物珍しげにしていた観衆も、パトカーが出発すると次第にいなくなっていった。
頃合いだろう。
「じゃ、私はこれで帰ります」
「あ、向こうの出入り口まで送るよ」
雪子からの提案を、千雨は一瞬で秤に掛ける。
彼らとの交流を避けるか、己の安全か――――。
……………これで最後だろうし、まあいいか。
「お願いします」
千雨は保身を取った。
どうせ、直接会うのはこれが最後なのだ。
わざわざ遠ざけなくても、自然に距離が空くだろう。物理的にも離れているし。
さあ、麻帆良に帰ろう。
千枝、雪子、りせの三人と共に、千雨はジュネスの家電コーナーに向かった。
◆
ジュネスの前に止まっていたパトカーが走り去ると、集まっていた野次馬は散っていった。
バラけていく人波。
その様を遠くから観察する小柄な人影があった。
叡智を湛えた蒼玉の瞳が、些末な違和感をも的確に射抜く。
「あれは――――――また彼らですか。全く、本当に何をしているのだか……………………ん? 一緒にいる彼女は…………見かけない制服ですね。少し、調べてみましょうか」
戦闘回、と見せかけたフラグ建設回でした。
あ、もしも拙作の執筆状況とか気になる方がいれば、青い鳥さんのアカウントを探してみてくだちゃい。多分テキトーに検索すれば出てくるでチュ。クルッポー
…………ところで話は変わるんですが、男装女子っていいよね。この単語だけでご飯三杯はイケる。
内容はこれっぽっちも本編にかすってないですけど!!
やー、どこかにカッコかわいい男装女子とか落ちてないかなー? カナー?
【おまけ】
~帰りの道中~
ちう様「やっぱ久慈川先輩の方がアナライズの精度いいみたいですね。帰りも楽だ」
肉系女子「へー、そーゆーものなんだ」
ちう様「まあ、感覚的な物ですけど」
休業中アイドル「千雨ちゃんのアナライズだってすごいよ――――――あっ」
ちう様「…………ん? 何かありました?」
休業中アイドル「んー? ふふーん、何でもなーい」
ちう様「? まあ、いいですが」
天城越え「そろそろじゃないかな? ほら、あの場所でしょ?」
ちう様「ああ、ですね。ありがとうございました。あとお世話になりました」
天城越え「またね」
休業中アイドル「近い内に会おうねー」
ちう様(もう全部終わったんだから、わざわざ二時間もかけて会うかっつーの……)
肉系女子「そういえば、りせちゃん何笑ってたの?」
休業中アイドル「あっ、実はね、さっき気づいちゃったんだけど――――――」
【
◆アギ
◆ジオ
◆ディア
◆警戒
◆スクカジャ
◆マハラギ
◆マハジオ
◆スクンダ(New!!)
【同、サポートスキル】
◆アナライズ
◆トラポート(New!!)