長谷川千雨はペルソナ使い   作:ちみっコぐらし335号

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番長「ん、あれ、おかしいな…………?」


ヒントその一:千雨のアルカナ






マジ投稿遅くなってすみません(小声)


07.怪奇! 長谷川千雨とコミュれない?

 

 

 

「ふんふんふん♪ ふーんふーんふーん♪ ふふーんふふふふーん♪」

 

 麻帆良学園、学生寮の自室にて。

 千雨はかつてないほど上機嫌だった。誰に聞かれることもない鼻歌を、テンポよく演奏している。

 

 彼女の気分を盛り立てている要因は主に二つあった。

 一つ、製作中だったコスプレ衣装が完成したこと。

 一つ、千雨の生活に暗い影を落としていた八十稲羽の殺人事件が解決したこと。

 

 麻帆良という非常識の坩堝(るつぼ)にいることを除けば、最善の条件が揃っていると言っていい。

 実に最高の気分だった――――――これで麻帆良の非常識から逃れさえすれば、だが。

 

 パソコンのディスプレイを見つめ、時折ニヤリとする千雨。

 ブラウザで開いているウェブページには、この前投稿した写真が表示されていた。

 

 麻帆良の女子中学生・千雨にはもう一つの顔がある。

 

 ネットアイドルの『ちう』。

 日常の出来事をアイドルっぽく改変して綴ったり、画像修正しまくったコスプレ写真をアップロードして作り上げた虚構の存在(もうひとりのじぶん)だ。

 

 千雨が運営している『ちうのホームページ』は、クソみたいな現実の代わりに千雨を肯定してくれる最後の砦だ。

 千雨はその最新記事に寄せられたファンの反応を読み返している。

 

 今回の扱ったコスプレのテーマはズバリ、『魔女探偵ラブリーン』の主人公・ラブリーン。

 女児向けアニメのコスプレだが、ちうのファン層には所謂『おおきなおともだち』も多い。今回の写真は千雨の想定以上にウケていた。

 

『ああ~^^ 浄化されるんじゃ~^^』

 

『流石のちう様クヲリティ』

 

『マジパネェ!!』

 

『これを見るために生きていると言っても過言ではない(キリッ)』

 

『拙者も素行調査されたいですぞwww』

 

「――――そうだ。もっともっと私を褒め称えろ!」

 

 顔も知らない相手(ファン)からのコメントに気分が高揚する。

 千雨はカーテンを締め切った薄暗い部屋で、人には見せられないタイプの邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 千雨は現実(リアル)の対人関係に苦手意識を持っているが、逆に言えば直接・対面でなければいいのである。麻帆良内の人間でなければ尚良し。

 

 麻帆良の非常識(じょうしき)を『常識(フツー)』として受け入れられない千雨の、承認欲求を満たす数少ない手段。

 それがネットアイドル活動。趣味と実益を兼ねた素敵なライフワークであった。

 

 ブログのアクセス解析に目を通し、千雨は己の自信を深めた。

 この調子なら遠くない将来、ランキング一位にも手が届く。そう、『ナンバーワンネットアイドル』の称号が。

 

 サクッと他の同系統ブログに火種コメントを蒔きつつ、大きく背伸び。

 ――――油断はしない。ここで詰めを誤るなんて、それこそ死んでも笑えない冗談だ。

 

 いざとなれば、かつて競合相手(ライバル)のパソコンをつつい(ハックし)た時に入手したスキャンダルを公開してやるつもりだ。

 …………が、それは最後の手段である。

 

 可能なら、揚げ足取りレベルの妨害(荒らし)でトップに立ちたい。

 千雨にはいつしかそんな欲が出ていた。

 

 記事で扱う内容の選定は慎重に、しかし文面は大胆に。

 決して守りに入ってはいけない。気持ちで勝つのだ。

 

 鼻歌混じりに今後の戦略を組み立てていた矢先、携帯電話に着信があった。

 

「ん? 誰だよ」

 

 至福の時間に水を差す奴は?

 

 ながら作業で発信元を確認すると『鳴上悠』の文字が並んでいる。

 

 ――――何だ、もう全部終わったのに、まだ何か用事があるのか?

 …………いや、何やかんやコミュ力高そうだったし、そういう連中(リア充)は用事がなくても掛けてくるもの、なのか?

 

 訝しげな顔で通話ボタンを押した。

 

「………………はい、もしもし」

 

『もしもし。千雨、今空いてるかな?』

 

「まあ、そこまで忙しくはないですが」

 

 ネットを見ていただけなので、話すくらいならしてやらないこともない。…………もしも呼び出されたら即座に断ってやるが。

 千雨はそんな気持ちで返答した。

 

 千雨にとって彼ら特捜隊は『もう既に終わった間柄』だ。

 そもそも、事件が解決したのに、往復で一々貴重な時間を費やしたくないし。合計四時間だぞ、四時間。三十分のアニメを八本視聴するのとほぼ同じ時間である。

 

『良かった。実はこれから「みんなで打ち上げをやろう」って話になってさ。千雨も来ないか?』

 

 …………と、悪い予想ほどよく的中するものだ。

 だがしかし、千雨は同じ轍を踏まない。

 今回はお呼ばれする事態をきちんと想定していたので、用意していた文言で丁重にお断りを――――。

 

「お誘いはありがたいんですが、今から行くとなると二時間はかかりますし。お待たせするのも申し訳ないんで、皆さんだけで――――」

 

『あれ? でもりせがこないだ「千雨ちゃんが移動スキル覚えてた! 羨ましい!」って言ってたけど…………?』

 

「……………………………………………………はい?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

【2011/08/10 水曜日 晴れ】

 

 

 

「は、はは………………本当に瞬間移動しやがった…………」

 

 力なく笑う千雨が立っているのは、スタジオ風の空間だった。

 赤と紫のケバケバしい床といい、どことなく怪しい雰囲気を醸し出している。

 

 そう――――ここはテレビの中の世界、八十稲羽側の出入口だった。

 クマの着ぐるみが「おお、チサチャン本当にバビューンと来たクマねー」などと、千雨の横でピョンピョン跳ねている。

 

 あの電話の後、千雨が急いでペルソナのスキルを確認したところ、覚えのない呪文(もの)を二つ見つけた。見つけて、しまった。

 

 一つはスクンダ。

 こちらは端的に言うとスクカジャの逆。敵に掛けることで、その速度を下げる妨害技だ。

 戦闘用と思われる魔法(スキル)だが、今後犯罪者とバトる機会なぞ永久にないだろうから、まあいい。

 

 そしてもう一つがトラポート。

 こちらが問題だった。その効能は――――『行ったことがある安全圏に移動する』というもの。

 

 千雨は頭を抱えた。

 説明にある『安全圏』の基準が不明だし、『移動』といってもどんな現象が起こるのやら。

 …………で、テレビに入りペルソナを召喚。「歩行が速くなるレベルの効果ならいいなー」なんて淡い期待を抱いて試用してみた結果がこれである。

 

 移動速度を上げるだとか、そんな()()()なものではなかった。

 まさかまさかの瞬間移動(テレポーテーション)。瞬きほどの時間で八十稲羽に着いてしまったのである。

 

「本物かよちくせう!!」

 

 千雨は流れるように膝をついた。

 

 ――――ああ、何ということでしょう。

 自らが『ペルソナ使い』という事実すら未だ受け入れ難いのに、更に『瞬間移動能力』までゲットしてしまったとか…………。

 

 創作物(フィクション)において、上位能力だったり高難易度とされたりするのが長距離瞬間移動である。

 

 自身の非常識(ヤバい奴)度が上昇している予感がひしひしと…………………………い、いや、まだ大丈夫、大丈夫だ。時々テレビ番組で凄腕奇術師(マジシャン)とやらが瞬間移動マジックを披露したりしてるし。こっちのはちょっとタネも仕掛けもないだけだし。

 それに何よりフツーの人間だし。うちのクラスの一部みたいに人外じゃないし!

 

 幸か不幸か、千雨の心中の屁理屈に『否』と唱えられる者はこの場にいなかった。

 

 何とか気を取り直した千雨はやおら立ち上がった。

 

 確かに『事件の犯人は捕まえたから』とスキルの確認を怠っていたのは自分の落ち度だ。

 が、主理論武装(メインウェポン)として考えていた『遠いから』が交流を絶つ言い訳に使えなくなったのは致命的だった。

 

 何か、それに代わる方策を講じなければなるまい。

 

 …………まあ、まずは目先の対処か。

 あのクマさえいなければ、折り返し麻帆良に帰ることもできたのだが――――

 

「ウチアゲウチアゲ楽しみクマー♪」

 

 千雨がじと目で見つめる先では、クマがまん丸おめめを輝かせながら口ずさんでいる。というか実際「ウキウキ」と口にする奴を初めて見た。

 

「チサチャーン、こっちこっちー! 早く入っちゃうクマー!」

 

 クマが着ぐるみの手で器用に手招きしている。

 ――――果たして、このハイテンションで何考えてるのかイマイチ読めない変人(クマ)を、反論の芽もなく完膚無きまでに言いくるめられるか?

 …………無理だ。多分その方が疲れる上に、勝てる見込みもない。

 

 千雨は大人しく白旗を揚げた。

 

「打ち上げといってもどうすりゃいいのやら…………」

 

 八十稲羽(ジュネス)へ通ずるテレビを潜る直前、ため息と共に大きな独り言が千雨の口から零れた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「何日かぶりだな」

 

「よーっす」

 

 千雨がテレビ画面から身を乗り出すと、近くで待っていたらしい悠と陽介に出迎えられた。

 先ほどトラポートの衝撃で気力を削られた千雨は、二人に無言で会釈を返した。

 

 相も変わらず、ジュネスの家電コーナーには客も店員もいない。

 テレビから垂れ流されている番組の音だけが一帯に充満していた。

 

「やっぱり移動スキルだったのか」

 

「移動が楽になるのは羨ましいよな」

 

 初っ端から話題に上る新スキル・トラポート。案の定、彼らの興味を引いているらしい。

 

「チサチャンはねー、ビューンっと来てー、ドーン! シュタッ! って感じだったクマー」

 

 テレビから這い出てきたクマが擬音語タップリに説明し始めた。

 千雨としてはあまり触れたくないのが正直なところ。自分の常識度合い(根幹)が揺らぎそうだ。

 

 一頻(ひとしき)り喋り続けて、クマは満足したらしい。騒がしさが一段下がった。

 …………と、ここまでノーコメント継続中の千雨を見つめて、悠がふと首を傾げた。

 

「もしかして、移動(トラポート)で酔った?」

 

「………………酔ってないです」

 

 残念なことに、乗り物酔いのような症状は出ていない。千雨が不本意ながら否定すると、悠は安心したような表情を浮かべた。

 悠を筆頭に特捜隊には良識ある面々が揃っているらしい。そのことはこれまでの経験から、付き合いがさほど深くない千雨にも伝わってきた。…………クマみたいなヘンテコな着ぐるみもいるが。

 こういった良心が見える対応を取られると、彼らと距離を置きたい千雨であっても一方的に頑なな態度で拒みづらい。

 

 ああ、ならばいっそ、本当に酔ったフリして吐いたり(リバース)すれば体調不良を理由に帰れるのではなかろうか――――――なんてトチ狂ったアイディアを、千雨は首を横に振ることで打ち消した。

 確かに今回は帰れるかもしれないが、それ以上の社会的ダメージを負うだろう。この手の話題にはネットニュースの類いが貪欲に食いつくし。『ゲロ女』的な蔑称でネットの一角を騒がせるのは御免だ。

 

「いつまでもここに突っ立ってるわけにもいかないし、大丈夫そうなら移動するか」

 

「だな」

 

 そろそろ打ち上げ会場に移動し始めるようだ。悠と陽介は歩き出している。

 

 不可能な事柄をいつまでも引きずっていられない。観念して行くしかない…………か。

 

 千雨が懸命にため息を押し殺していると、後ろで何かがもぞもぞと動く気配を察した。気だるげに振り向くと、そこには怪しげなモーションのクマ。

 

 どうせ怪しい着ぐるみ(クマ)だから、と取り繕う気もなく素で問いかけた。

 

「何やってんだ…………?」

 

「クマ? そりゃーこのまま外出たらクマ蒸し熊状態になっちゃうから急いで脱いでるんでしょーが」

 

 蒸し熊って何だよ。

 千雨の機嫌バロメーターが下降した。

 

 やっぱ訊くんじゃなかった。

 千雨がプチ後悔していると、いつの間にか陽介らがクマの背後にいた。先に行ったと思ったが、千雨らが付いてこないので戻ってきたのだろう。

 

「おいクマ、早くしろよ」

 

「わかってるクマ。――――む、ムムム…………あー! ヨースケが急かすから引っかかっちゃったでしょ、ムキー!」

 

「って、俺のせいにすんな!」

 

「チサチャン、ここ、取って?」

 

 猫なで声でクマがずずいと迫ってくる。指差しているのは、着ぐるみを横にぐるりと一周するチャック。どうも途中で引っかかっているらしい。

 

「それなら俺が外そうか?」

 

「さっすがセンセイは優しいクマね。でもこれはー、どんなことでも逆ナンに繋げようとするクマの熱意だからー、クマはチサチャンにアターックするクマ!」

 

「そ、そうか」

 

 勢いに押し負け、引き下がった悠。千雨の方を向き、目線で謝っている気がする。

 ――――や、謝るくらいならもっと食い下がってコイツを食い止めてくれ。

 

「ね、ね、ねっ?」

 

「………………だぁー! わかったわかった、手伝うからそれ以上近づくな!」

 

 外す手伝いをしてやると口走ってしまったが………………密着寸前の圧迫感から逃れるためだ、仕方ない。

 何故動かないのか確認すると、噛み合わせ部分にふわふわ生地の一部が挟まっていた。明らかにこれが原因である。

 

 一度金具を戻してから布地を取ってやるのは簡単だった。

 チャックが全て外れ、着ぐるみがパカーンと上下に分かれる。そして――――――

 

「ふぃー…………スッキリしたー!」

 

 暗がりから現れた金糸の髪が、千雨の目の前をさらさらと流れた。

 

「えっ…………………………?」

 

 透き通るような青い目の青年だった。

 男らしからぬ可愛らしい顔立ち。ヒラヒラと飾りの多い白スーツを着込んだ姿は、まるでホストのようだ。胸に挿すは一輪の赤い薔薇。恐らく造花だが、それが気取ったイメージに拍車をかけていた。

 

「んじゃ、早速パーリーにレッツゴーねベイビー!」

 

「だっ――――」

 

 ――――誰だよコイツ!?

 

 あまりの驚愕に、千雨は目を限界まで見開いた。

 まさか、クマの着ぐるみの中身…………なのか? 美少年風の青年が()()クマの中に? …………どんな趣味だ、それ。

 

「そういえば千雨は見るの初めてだっけ」

 

「え、ええ…………一体どんな奴があの着ぐるみを着てるのかと」

 

 今までの言動の数々からして、変態、性欲の塊っぽかったし。

 言葉にこそしなかったものの、千雨の態度から言わんとすることを察したのだろう。悠と陽介の顔には呆れたような、あるいはどこか達観したような表情が浮かんだ。

 

「まーあれ、後から生えてきた奴だけどな。後付け人間ボディ」

 

「…………………………は?」

 

 …………後から()()()()()って何の話だ?

 

 また一つ、頭の痛い謎が千雨の脳内にインプットされた。

 

 

 

 

 

 四人は揃ってジュネスの外へ出た。

 真上からは真夏の太陽がギラギラと照りつけている。大型スーパー内部よりも外の方が余程眩しい。千雨はすっと目を細めた。

 

「クマは先に行ってろ」

 

「アイアイサー! クマ!」

 

 開口一番、陽介はクマに先行するよう指示した。

 

 見た目が変わってもクマはクマのままらしい。実にハイテンションに、ご機嫌な様子でアスファルトの上を駆け抜けていった。

 

 外国人めいたクマの姿は、あっという間に見えなくなった。

 

 千雨にとって、爆弾かビックリ箱の如きクマが別行動になったのはラッキーだった。また合流するとはいえ、これで多少は精神を休める暇ができる。

 

「…………ん?」

 

 残った二人を見たところで、千雨は小さく息を漏らした。

 気のせいかもしれないが、どうも彼らの顔色が悪い。それに、どんよりと浮かない空気を漂わせている。どう見ても、『事件を解決したから打ち上げをする』という面構えではなかろう。

 

 ――――まさか、何かトラブルか。

 

「先輩ら、何か顔色悪くないですか?」

 

 いつかの既視感(デジャヴ)を警戒しつつ、千雨は問い掛けた。

 …………今ならまだ、彼らからの評価やら何やらをかなぐり捨てれば逃げられるだろうし。

 

 逃げ腰になっている千雨の肩をガバッと掴んだのは陽介だった。

 

「ヤベェ、ヤベェよ………………俺ら、このままだと死ぬかも」

 

「はあ…………………え?」

 

 千雨が困惑するのも必定だった。話が全く見えてこない。

 

「頼む、助けてくれ――――――!」

 

 陽介の必死な懇願は半ば絶叫に近い。冗談とは思えないが………………それにしても『死ぬ』だって?

 

「何ですか、それ? 犯人はとっくに逮捕されたんだから、もう危険なことなんて――――」

 

「そういう話じゃないんだ、千雨」

 

 悠が悲壮感を滲ませ、静かに首を横に振った。

 何だ、じゃあどういうことなんだ。

 

「このままだと、打ち上げの料理で死人が出る」

 

 ………………()()()()()()()

 千雨は耳を疑った。あまりにも組み合わせとして有り得ない。

 料理ってあの料理だろ。クッキングだろ。生活に根ざしたごく一般的な行為じゃねえか。

 

「いやいや、そんなことで死ぬわけないですし」

 

 というか、毒でも盛られない限り、普通は死人なんぞ出ない。で、仲間内での打ち上げという話だから、毒殺紛いのことも起こり得ないはず。

 何であんなに、それこそ()()()()()なのやら。

 

「そうだと……………………いいな」

 

 始まる前から既に燃え尽きている悠。遠くを見つめながら「もうどうにでもなれ」と呟いた。

 

 ――――本当に打ち上げなんだよな? 何が待ってるんだ?

 

 千雨は不穏な空気を感じつつも、肩を落として歩く二人の後ろ姿に追従していく。

 この先千雨を待ち受けているのは、ただただ面倒なだけのお付き合い(イベント)――――のハズだったのだが。今し方目撃した二人の形相が、千雨の網膜にこびりついて離れない。何がどうしてどうなったら二人してあんな結論が出るんだ。

 まあ『死ぬ』だの何だのはまず間違いなく勘違いだろうが…………どうも釈然としない。確認はすべきだろう。

 

 しばらくして、たどり着いたのは一軒家だった。掲げられた標札には『堂島』とある。

 

「ここが打ち上げ会場、ですか?」

 

 だが、特捜隊の中に堂島という名字のメンバーはいない。…………まさかとは思うが、無関係な人の家で開催するつもりか?

 

 千雨の疑問を解消するように、陽介は手をひらひらさせた。

 

「ん、ああ。悠は堂島さん…………叔父さんのところに下宿してるからな」

 

「へぇ」

 

 初耳だった。悠()親と離れて暮らしているらしい。親元から離れ、学生寮に住む千雨としては、意外な共通点に親近感を覚えていた。

 とはいえ、親戚の家にいる悠と寮暮らしの千雨とでは、やはり環境は違うか。

 

 千雨は額の汗を手の甲で乱暴に拭った。

 山間部とはいえ、夏真っ盛りである。常日頃クーラーの効いた部屋に入り浸っていた千雨の身体には、歩いただけでも汗が滲んでいた。一方、悠らは慣れているのか、そこまで発汗していない。

 これならテレビの中の方がまだ快適だった。気温的にも、日差しの強さ的にも。…………いや、『いつどこでシャドウと出くわすか予想できない』という点が大幅なマイナスすぎて、あの世界が現実より良いなんてことは結局ないのだが。

 

 兎にも角にも、早く入って避暑したい。だが千雨の欲求に反して、二人はなかなか入ろうとしなかった。まるで錆び付いたかのように動かない。人を遠方から呼びつけたクセに、打ち上げをしたいのかしたくないのか、どっちなんだ。

 いい加減せっついてやろうか、と千雨がやきもきし始めた頃、

 

「アイツら、もう始めてるんだろうな………………ははは」

 

 その乾いた笑いは、陽介の感情を如実に表していた。

 全てを諦め、抗うことを止めた絶望の目。悟りを開いたかのようにも見え、短時間で涅槃に至りそうな勢いだった。

 ――――マジで何が起こってるんだ。

 

「…………ええい、ままよ!」

 

 悠がダンジョンに潜った時以上の決死の覚悟で以て扉を開いた。

 どう考えても覚悟を決めるタイミングがおかしい。

 

 そして、深呼吸を一つ。何事もないかの如く、装った。

 

「ただいま」

 

「――――あ、お兄ちゃん! おかえりなさい。りせちゃんたち、もうお料理してるよ」

 

 玄関に入ると、栗色の髪をお下げにした少女がトトトッと駆け寄ってきた。年齢層は恐らく小学校低学年ほど。悠の妹…………いや、叔父の家に居候しているのだったか。ならば従姉妹(いとこ)、か?

 

「っ、あと…………だれ?」

 

 千雨の視線に気づいたのか、柱の陰に半身を潜ませながら玄関を窺う少女。

 人見知りのようだ。千雨も似たようなものだったからよくわかる。断言しよう。家族が見知らぬ人間を家に連れ込んできたら、まず間違いなく厳戒態勢を取る。

 

「長谷川千雨。友達だ」

 

「お兄ちゃんの? そっか…………堂島菜々子です。よろしくね千雨おねえちゃん」

 

「お、ああ、よろしく」

 

 悠が千雨のことを友人だと紹介するや否や、少女――――菜々子は警戒を解いた。よほど悠を信頼しているのだろう。千雨を探るような視線は消え失せた。

 千雨がポケットからハンカチを出して汗を拭き取っている間に、菜々子は奥に引っ込んでいった。

 

 これまで年少者との交流は皆無だったため、千雨は千雨で気を張っていた。幼少期、同世代との思い出には嫌な記憶しかないし。そもそもガキは嫌いだ。………………だが。

 

 ――――騒がしくないから、いいか。

 

 幼子にありがちな、ぐいぐい来るタイプでないのは気が楽だった。

 

 脱いだ靴を揃えリビングに向かおうとしていると、トテトテと足音を立てて菜々子が戻ってきた。小さな両手にはグラスが一つ。中に茶褐色の液体が注がれている。

 

「あのね、はいこれ!」

 

「私に、か?」

 

 差し出されたグラスをポカンとした顔で見つめる千雨。菜々子はにこやかに微笑んでいる。プカプカ浮かぶ氷がカランと音を立てた。

 

「うん、むぎ茶! 冷蔵庫のやつ。千雨おねえちゃん、汗いっぱいかいてて暑そうだから」

 

「あ、ありがとう」

 

 受け取り、中身を一気に呷った。火照った身体にひんやりした水分が染み渡る。

 

「…………ふぅ」

 

 ひと息吐く。

 今度こそ菜々子は先に戻っていった。

 

 恐らく菜々子は、千雨の汗に気づいて冷えた飲料を持ってきてくれたのだろう。

 控えめに表現しても、気遣いがすごい。悠に似てよくできた子だ。人格形成に大事なのは、やはり環境か。その点、非常識の権化たる麻帆良は論外である。千雨は心の中でさめざめと泣いた。

 

 というか本当に小学生…………だよな? 鳴滝姉妹みたいな『なんちゃって』じゃないよな? うちのクラスの奴らに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「気が利くいい子ですね」

 

「だろ? 自慢の妹だ」

 

 胸を張る悠。

 陽介の「従姉妹だろ」というツッコミが小気味良く響いた。

 

 なんだ、その…………お姉ちゃん呼びも悪くない。

 気配りができて素直そうだし、可愛げもある。そんな子供は二次元にしか存在しないと思っていたが。

 

 テンプレートみたいな良い子もいるところにはいるんだな、と千雨がしみじみしていると、陽介がすがりついてきた。

 

「そうだ! 頼む千雨! 千雨もオムライス作ってくれ!」

 

「いきなり何の話ですか!?」

 

 しぶしぶ聞いた内容はこうだ。

 今回の打ち上げ時、女性陣によって『料理対決』が行われる。お題(メニュー)はオムライス。誰の出来が一番か、料理の腕を競う――――と、ここまでならバラエティー番組などでも割とよくある題材なのだが…………。

 

 ふと堂島宅(打ち上げ会場)に着くまでの間、彼らが散々「打ち上げの料理で死ぬ」と騒いでいたのを思い出す。

 料理対決――――――怪しい。二人が狼狽していた原因は大方これだろうが…………メンバー内にメシマズ女子でも紛れているのか? それが死ぬほど不味い、とか?

 

 材料も用意してないし、別に料理好きでもないから、と千雨が断ろうとするも、陽介は懸命に食い下がってくる。正直言って、鬱陶しい。

 

「材料はアイツらが余らせてる分があるはずだから!」

 

「そんなに嫌なら、そもそも開催しなきゃよかったじゃないですか」

 

「いや何つーか、売り言葉に買い言葉というか……」

 

「アホか!」

 

 敬語を忘れた千雨の口から、本音のツッコミが飛び出た。

 それほど嫌なら、刹那的な思考で回避行動を捨てるな。あと巻き込むな。

 

「何と言われようがいい! 林間学校と同じ目には合いたくねえ!!」

 

「そんなに言うなら自分でやりゃあいいでしょーが!」

 

「俺は無理、奴らに呑まれる気しかしねぇ…………後生だから頼むマジで!」

 

 陽介から繰り出されたのは、土下座も斯くやの懇願だった。床に接触こそしていないが、後頭部の見える見事な低頭である。

 恥も外聞もなく年下にこうも頭を下げるとは…………冗談でも大袈裟でも勘違いでもなく、ガチでヤバい、のか?

 

 先ほどから料理の話になる度に、悠たちが血相を変え「死ぬ」だの何だのと大騒ぎしていた。もしや、千雨の想像以上にマズい状況だったり…………?

 いやいや、そんなバカな。常識外れ揃いのうちの連中(クラスメイト)でも流石に食える物は出てくるぞ。いくら何でも、人間じゃない奴よりヤバい料理が出てくるわけがないだろう。

 

 千雨は『最悪の想定』から目を逸らし、陽介をあしらおうとした。しかし、悠の「このままだと呪殺(ムドオン)カレー再び、か…………」という掠れ声を耳にし、ギョッと動きを止めた。

 

 ――――何だその『呪殺(ムドオン)カレー』とかいうあからさまに怪しいヤバい響きは!?

 

「頼む」

 

「…………見るだけ、見るだけですからね」

 

 仕方なく、視察も兼ねて、教えられるがまま一人で台所に赴く。

 

 一軒家らしく、堂島家のキッチンはそこそこ広めだった。私服姿の千枝、雪子、りせの三人が調理している。

 流石に食える物は出てくるだろう。今までのは全てオーバーな表現であってくれ。そんな思いで、千雨は彼女らの手元を覗き込んだ。

 

 料理対決のお題はオムライス。そのため、卵や米や肉、人参や玉ねぎなどの野菜があるのは理解できる。普通のことだ…………()()()()()

 続けて視界に入ったのは、何故かまな板に並んでいる魚や納豆、豆腐といった食材だった。いや、それに限らず雪子の作業エリアにはロクな食材(モノ)がない。

 そのお隣、りせの手元には鷹の爪やらガラムマサラやらの多種多様なスパイス類。…………見間違いだと思いたかった。

 

 ――――こいつら、本当にオムライスを作ろうとしてるのか?

 

「あ、ヤッホー千雨ちゃん」

 

 千雨に気づき、朗らかに笑いかけてくる千枝。ノースリーブにデニム地のショートパンツと随分動きやすそうな格好だ。

 今は卵を解いているらしい。泡立て器を片手に、ドバーッと大量の塩をボウルに投下している。

 おいおい。

 

「来てくれたんだ、よかった」

 

 と雪子。ランタンスリーブの赤いトップスに、淡色のセミフレアスカートを合わせている。確か制服の時も赤いカーディガンを着ていたが、赤系統の色が好きなのだろうか。

 小魚、牛蒡(ごぼう)、オクラ、酒粕といった、和風の食べ物ばかりを混ぜ合わせて()粉木(こぎ)でマッシュしてる。

 ちょっと待て。

 

「やっぱあのスキル、移動時間短縮できるんだ。いいなー」

 

 移動スキル(トラポート)バレの元凶、りせは千雨の気なぞ知らず暢気な感想を述べている。花柄をあしらったワンピースと、シュッとしたラインのコルセールパンツ。やはり休業していてもアイドルはアイドル。ファッションセンスは高い。

 翻って、その調理センスは独創的だと言わざるを得ない。何せ一面、鮮血の如き赤、朱、紅、緋、赫! 見ているだけでも目がヒリヒリしてくる。近くには空っぽになったタバスコの瓶が転がっていた。

 待て待て待て!

 

 ――――ヤベエ、奴らゲテモノ作成してやがる!

 千雨は戦慄した。

 

 料理対決とかは正直どうだっていい。勝敗にも拘泥していない。

 しかし、放置するわけにはいかなくなった。順当に行けば、この後の打ち上げでアレらの()()()()()が振る舞われるのだ。どう見積もっても、味覚と精神が死ぬ。あからさまな地雷しかない。

 悠たちが何を恐れていたのか、目の当たりにして千雨は腹を括った。参戦する他に活路はない。少なくとも自分の分だけでも()()を確保せねば。

 

 目の前でオムライスがゲシュタルト崩壊を起こしていたので、念のため携帯にてオムライスのレシピを検索。

 …………オーケー。オムライスの常識はこの手の中にある。

 

 何はともあれ、やるしかあるまい。

 

「あれ、千雨ちゃんもやるの?」

 

「ふふん、絶対負けないから!」

 

「はあ、まあ、そんな感じです」

 

 先人達から声をかけられたが、千雨は生返事だった。そちらに意識を割くだけの精神的な余裕がない。

 

 まず千雨は鶏卵を手に取った。

 借り受けたボウルにテキパキと卵を割っていく。へその緒は菜箸で綺麗に排除。ほぼ新品のまま手付かずの砂糖と一摘まみの塩を振りかけた。何故砂糖がこれほど余っているのかは考えないことにした。

 空気を含ませるようにかき混ぜれば溶き卵の出来上がりだ。念のため、使う直前までラップをしておく。…………刺激物とか何が飛んできてもおかしくないし。

 

 米は全員分をまとめて炊いているという。個別炊飯の必要はない。

 

 ならば、チキンライスに用いる材料を、と動いたところで千雨は気がついた。

 調理台の上にあったはずの鶏肉も、人参も、玉ねぎもなくなっていた。というか、おおよそチキンライスに必要な材料は見当たらない。千雨の料理開始まで未使用品があったのだが、どうも三人で使い切ってしまったらしい。

 

 ――――材料余らせてるとか嘘じゃねえか。どうすんだ。

 

 千雨が手を止めていると、男性陣が途中経過を見に来た。

 

「具合はどうよ?」

 

「あの、そもそもまともな食材ほとんどないんですが」

 

「お、俺は何も聞かなかった俺は何も聞かなかった俺は何も聞かなかった…………!」

 

「千雨ならできる」

 

 励ましの言葉が送られたが、棒読み且つ明後日の方向を見ている。本心は明白だった。 

 

「こっち見ろどー考えても無茶ぶりだろ!」

 

 反射的に叫んだが、吼えたところで現状が変わるわけでもなし。

 

 ――――ああクソ!

 

 とにかく手を動かし続けるしかない。途中からはヤケクソだった。

 

 幸いケチャップはあった。玉ねぎはなくなってしまったが、雪子が使った長ネギの余り少量を頂戴。隅に追いやられていたそぼろのパックも発見、確保。鶏肉の代用にする。白米とそれらを合わせ、時短のために電子レンジでチン。

 

 先に作り始めていた三人は次々とオムライスを完成させていき、台所から去っていった。

 

 溶き卵をフライパンで薄く焼き、レンジから取り出した偽チキンライスの上に被せる。

 

 と、台所の入口付近でカサカサと袋のこすれる音。振り返るとレジ袋を持った悠が佇んでいた。

 

「できたのか?」

 

「ん、鳴上先輩…………? まあ、何とかですが」

 

 オムライス()()()()は完成した。チキンライス部分が不安だが、玉子自体はそこそこ上手く焼けたので()()()()は悪くない。そう、見た目だけは。

 

 基本レシピと比べて、足し算どころか引き算だらけのシンプルすぎる料理。

 しかし、先立って完成していた三人の料理に比べれば、食える物に仕上がっただろう。多分、恐らく、きっと…………そうだといいな………………。

 

 吐きたくなる息を堪え、千雨が品物(オムライス)を運ぼうとしていると、悠がレジ袋から何かを取り出し始めた。

 鶏肉のパックにいくつかの野菜、これはまさか――――

 

「オムライスの、材料?」

 

 エプロンを掴みながら、コクリと頷く悠。

 その顔はどこまでも真剣な男の表情だった。

 

「先に行っててくれ」

 

「って、先輩も作るんですか!?」

 

「ああ、もちろん。………………遠くから来てもらっておいて、料理だけさせて帰すわけにもいかないからな……………………」

 

 ――――俺もすぐ、そちらに往く。

 包丁を握り締める、悠の煤けた背中が印象に残った。

 

 

 

 

 

 これより、地獄の窯の蓋が――――開く。

 

「オオーッ! ついに出揃ったクマー!」

 

「揃っちまったな…………」

 

 始まってしまったのだ。料理対決、その運命の審査コーナー(ジャッジメントタイム)が。

 

 審査員は戻ってきた悠を含む特捜隊員全員、プラス菜々子。作ったオムライスは千枝、雪子、りせ、そして千雨の順に実食することになった。

 小さな子供まで巻き込まれているのは心苦しいが、千雨にはどうすることもできない。

 

「私のスペッシャルなオムライスが一番なんだから!」

 

「…………一撃で仕留める」

 

「前のと違って今回のは完璧だから大丈夫ダイジョーブ」

 

 以上、参加者三人の熱い意気込みである。

 作業現場を目の当たりにした千雨は思った。何であの料理スキルで自信満々なのだろうか。

 誰も彼も、己の料理こそがナンバーワンだと疑いもなく信じているようだった。

 

「とっ、とりあえず俺らが先食おーぜっ。菜々子ちゃんにいきなり食べてもらうのはその…………なぁ?」

 

「…………人間は辛い経験を活かす生き物だからな」

 

 冷や汗を浮かべた陽介と悠(年長者)に、千雨は喝采を送りたくなった。その先にあるのが地獄だと知りながら、他人を庇える点は評価できる。…………欲を言えば開催自体を阻止してほしかったが。

 

「なるほど、毒味役ってことッスか」

 

「えーっ、ひっどぉーい! 絶対美味しいのに!」

 

「クマ、ドクミって食べたことないのよね。イタダキマース!」

 

「あっ」

 

 最初の審査員(犠牲者)はクマだった。物怖じせずパクリと千枝のオムライスを口にし、明るい笑顔でサクッと評定を下す。

 

「ど、どう? 今度こそ絶対うまいと思うけど!」

 

「うん、まずい」

 

 クマは口角を上げたまま固まっていた。口の端からはケチャップらしき赤い液体が零れている。

 

「ほれほれ、ヨースケたちも食べてみるクマよ。あ、ナナチャンはこれ食べちゃダメクマ」

 

「いや『まずい』っつっといて人に食わせようするとか…………」

 

 ブツクサと呟きつつ、陽介も千枝の料理を食した。

 

「あー…………なるほど………………普通にまずい」

 

 精気の抜けた顔で陽介はスプーンを置いた。

 

 二人の様子から一応害はなさそうなので、千雨も恐る恐る口を付けた。

 

 ――――瞬間、もにょりとした食感にドギツイ塩味が舌を席巻した。殻の破片という最悪のエッセンス入りである。

 中のチキンライスも味の濃淡が乱れており、一部の具材は焦げていて苦い。

 巨大な鶏肉がゴロゴロ入っていたが、火の通りが悪く生焼け気味。というか具の大半が肉の塊だった。多分、先ほど千雨の分の鶏肉がなくなったのは千枝のせいである。

 

「…………マズい」

 

 まあ調味料の使い方も下手くそだったので、順当な結果だろう。他のメンバーの感想も『マズい』に統一されていた。

 そんな散々たる出来映えなのに、悠から「カレーより格段に進歩した」との評価が聞こえてきた時点で千雨は考えるのを止めた。

 ――――絶対、後の二人の料理は口にしねえ。

 

「じゃあ次、私のね」

 

「オレが味見するッスわ」

 

 次いで完二が雪子の料理を口に運ぶ。こちらは見た目こそ一般的なオムライスそのものだが――――。

 

「…………………………………………」

 

「ちょっ、ちょっと、何か言ってよ」

 

「いや、その………………これは何つったら………………あー、強いて言うなら『不毛な味』っつーか」

 

「不毛!? 何それ!?」

 

 少なくとも、料理に対して用いる言葉ではない。逆に味が気になる評価だ。

 

「それ、美味しいか…………?」

 

「いや、それはないッス。なんかこう、まるでお()を生でかじったみてぇな…………」

 

 『こんだけ色々入ってるのに味が全くしないのはある意味才能』。完二はそう締めくくった。

 

「…………才能、ですか」

 

 その才能は一体どこで役立つのだろうか。激しく疑問だった。

 

 興味深いことはあれど、アレを食べてみたいとは全く思わない。というか、まともな料理知識を持つ人間が舞台裏を覗けばそうなる。

 千雨の味覚は既に千枝からのダメージでいっぱいいっぱいなのだ。その上、闇鍋の如く不適当な具材が詰まった物体Xまで許容できるわけがなかった。

 

「やっぱり、先輩たちにヒドいもの食べさせたってホントだったんだ」

 

「ぐぬぬ…………」

 

「そーゆーりせちゃんのはどうなの!?」

 

「そりゃあモチロン、私のは愛情とスパイスたっぷりの美味しいオムライス!」

 

 ――――さあ、どうぞ召し上がれ!

 そう言ってりせから差し出された、赤い赤いオムライス。

 確かに、物理的にスパイスがたっぷり入れられていることは千雨も保証しよう。それが如何なる結末を齎すかは別として、だが。

 

 真実を知らない陽介は、少し気分が高揚しているようだ。あるいは、先の二人までで本対決における()を全て出し切ったと油断したか。

 

「ま、『りせちー(アイドル)』の手作り料理とか普通食べられないもんな! いただきます!」

 

 役得とでも考えていそうなノリだが――――断言しよう。あと三十秒もしないうちに、百八十度見方が変わる。

 見ているだけでも目がヒリヒリするオムライスを、陽介は意気揚々と口に放り込んだ。

 

「…………これ、は………………」

 

「よ、陽介…………?」

 

「まず………………な、菜々子ちゃんには…………やれないな」

 

 それだけを言い残し、陽介はプルプルとテーブルに突っ伏した。

 アイドル(りせちー)を傷つけぬよう『まずい』という言葉を飲み込んだのは、まさしくファンの鏡である。なお、それと引き換えに得たのは『瀕死状態』という理不尽の模様。

 

「やだっ、花村先輩独り占め宣言!? でもダーメ、先輩にも菜々子ちゃんにも食べてもらうんだから」

 

「ちょっ!?」

 

 ――――それを菜々子ちゃんに食わせる気かよ!? 劇物への反応だろアレは!

 千雨がりせのポジティブシンキングに恐れ(おのの)いていると、お預けをくらっていた菜々子が喜色満面で両手を合わせた。

 

「りせちゃんのお料理! いただきま――――」

 

「待て、菜々子」

 

 菜々子が辛みマシマシオムライスを食べるすんでのところで、悠はスプーンを奪い去った。

 懐から取り出した眼鏡を掛け、

 

「俺が先に逝く――――!」

 

 この世全ての辛みを引き受けてやると言わんばかりにかき込む悠。一口、二口、三口――――。

 

「ぐはっ…………!?」

 

「無茶しやがって…………」

 

 三分の一を残した地点で悠はギブアップした。『救急車を呼んだ方がいいのでは』と思うほど、尋常でない量の汗と痙攣だった。

 ――――本当に大丈夫だよな、これ?

 

「先輩たちもたくさん食べてくれたし、私が一番ってことだよね?」

 

「いやいや! どうみても『美味しい』って反応じゃないでしょ!?」

 

「なら食べてみてよ、実力差を教えてあ・げ・る」

 

「む…………上等」

 

 りせの挑発を受けた雪子が果敢にも口にしたが、コンマ二秒でダウンした。

 

「ゆ、雪子――――!?」

 

「一〇〇%キラークイーン…………」

 

 まさに現場は死屍累々。

 難を逃れた千雨は、完二、クマと共に顔を見合わせた。

 どう対処すりゃいいんだ。とにかく、冷やせばいいのだろうか。

 雁首揃えてワタワタしていたため、菜々子が匙を持ったことに千雨は気づかなかった。

 

 カチャッと固い物同士が当たる音。

 振り返った千雨が目撃したのは、菜々子がオムライスを咀嚼する場面だった。

 

「~~~~っ! …………みんな、お料理おいしいよ?」

 

「菜々子ちゃん…………!」

 

 千枝、雪子、りせ。それらの料理に対し、「美味しい」と菜々子は笑いかけたのだ。

 絶対、お世辞である。みるみるうちに顔面が汗ばんでいったので、辛さを堪えていることは明白だ。

 しかし、自分の正直な感想よりも相手の気持ちを慮っているらしい。その気遣いの効果は抜群だった。意識が朦朧としている雪子はともかく、感極まった様子の千枝とりせを見れば、誰でもわかる。

 本当に小学校低学年生だろうか。

 

 この後は千雨のオムライスの出番だったが、参加者の半数近くが行動不能に陥っていた。現状だと続行は不可能である。

 濡れタオルを患者(ぎせいしゃ)の額に置いたり、団扇(うちわ)で扇いだりすると徐々に復活していった。

 

 回復用の小休止を挟んだが、実食タイムは続行するらしい。

 

「つーかここで止めるとか、毒だけ食ってメインディッシュに手ぇ出さないみたいなもんだろ。何のために千雨を後ろに回したと思ってるんだ」

 

 動けるようになった陽介が、苦い顔で発言した。

 さすがに女子(メシマズ)勢も少しは己の壊滅さ加減を自覚したのか、陽介の主張に対して反論はしなかった。りせは「菜々子ちゃんは美味しいって言ってくれたもん…………」と拗ねた声を出していたが。

 

「食べるならさっさとどうぞ」

 

 元々自分用のつもりだったので、他の人が食べるのはほぼ想定していなかった。とにかく『食べられれば御の字』と自分の口に合うような味付けにしたし。

 さて、他人からはどう評価されるのやら。

 気にならないと言えば嘘になるが…………果たして。

 

 顔色の未だ悪い陽介らが千雨のオムライスを喫食し、そして、

 

「ありがとう、普通に食える料理を出してくれてありがとう――――!」

 

「天国か…………!」

 

 一筋の涙を流した。マジか。

 それを見て『安全』だと判断したのだろう。残りの面々も手を出し始めた。

 

「おっ、ウメェじゃん」

 

「これならいっぱい食べれるクマ!」

 

「て、テキトーに作っただけですってば…………」

 

 気恥ずかしいやら何やらで、千雨は視線を泳がせた。

 料理対決に参加するハメになったのは思うところもあるが、こうもむせび泣かれると逆に引く。

 

「千雨おねえちゃんのオムライスおいしい!」

 

 菜々子も喜んでくれているようだ。同時に見せる、先の三人とは比べ物にならない笑顔。これは本心からの評価だ、勝った。

 

 優越感から少々気を良くしていた千雨だったが、ふと引っかかるものがあり首を傾げた。

 確か、オムライスはもう一つあったような…………?

 

「そういえば先輩も作ってませんでした?」

 

「ああ、そうだな。持ってくる」

 

 真の大トリ、悠のオムライスが登場した。電子レンジで温め直したらしいが、作りたてのようにホカホカしている。

 

 一口頬張り――――旨い!

 皆も満面の笑みでがっついている。負けた。

 

 ――――つーか鳴上先輩の料理普通に上手いし! あの人だけで絶対良かっただろ!

 

 ああ、無駄なことをした。

 徒労感を覚え、千雨は脱力した。

 

 

 





 コミュ回(コミュれるとは言ってない)。


 …………ところで、拙作のあらすじに次のような一文があります。
>※魔改造千雨になる前哨戦みたいなお話です。

【現在のちうたまができることリスト】
・シャドウを蹴散らす程度の火炎放射
・同程度の電気ショック
・自他問わず軽度の傷の治癒
・有無を言わさぬ真実の目(笑)
・前述を応用した幽霊感知(偽)
・炎に炙られても焦げない
・雷に撃たれても感電しない
・若干の体力と運動神経の底上げ
・味方『素早さ』へのバフ
・敵『素早さ』へのデバフ
・埼玉県麻帆良から山梨県八十稲羽までの瞬間移動(テレビ内換算)

 …………よし! まだ何も問題ないな!!()


月一投稿、出来なかったら?

  • 自分のペースでええんやで
  • 【羞恥】罰ゲーム続行【プレイ】
  • 何でもいいからはよ( ・ω・)
  • そっとしておこう………… ▼

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