長谷川千雨はペルソナ使い 作:ちみっコぐらし335号
番長「――――何故だ!?」
ヒントその二:狐のアルカナ
お、遅めのクリスマスプレゼントということで勘弁してください(土下座)
千雨を除いた特捜隊一行は、食後のデザートの買い出しへと赴いていた。
悠や千雨のオムライスが美味しかったとはいえ、その前に振る舞われた
「やっぱり、なーんか壁があるんだよね」
ジュネスへの道を歩きながら、千枝が前振りなしに呟いた。
「…………ん?」
「クマ?」
一体何の話だろうか。
不意にもたらされた話題に全員が首を傾げる。
言った本人もさすがに唐突過ぎた自覚があったらしい。千枝は言葉を重ねた。
「ほら、千雨ちゃんの話」
「ああ…………」
「なるほどな」
千雨のことだと聞いて、特捜隊八十稲羽組の面々は得心のいった表情を浮かべた。
長谷川千雨――――――不思議な縁で繋がった、
確かに彼女は他のメンバーと比べて、一歩引いたような対応が目立つ。少なくとも、彼ら彼女らはそう感じていた。
「敬語じゃなくていいって言ったのにまだ敬語だし…………」
「つっても、仕方ない面もあるんじゃないか?」
陽介が多少窘めるような響きを込めて返答した。
千雨の立場を自分たちに、自分たちの立場を大人に置き換えてみればわかる。
慣れない土地で、交流の少ない年上に囲まれているのだ。大なり小なり居心地の悪さを感じていてもおかしくはないだろう。
「でも一緒に事件を解決した『仲間』なわけだし、『友達』だとも思ってるから…………」
そこに年の差なんて関係ない。
千枝の真っ直ぐな眼差しに周囲は笑みを浮かべて、頷いた。
「確かに、もっと打ち解けてほしいよね」
「うーん…………こっちに遠慮してるんじゃないかな? そんな遠慮、するだけ無駄だと思うけど」
少し視線を傾けつつ、りせは言葉を紡いだ。自身の経験を思い返していたのだろう。実はりせも、最初はメンバーとの距離感を測りかねていた。
とはいえ、アイドルに対してもいい意味で態度が変わらなかった仲間たちのおかげで、かなり早い段階で特捜隊に馴染んでいたが。
「何つーか、そもそも
言葉尻を濁しながら、完二は頬をポリポリと引っ掻いた。
「最初は『クールなキャラ付けかな』とも思ったんだけど、それにしては何やかんや付き合い良いっぽいし」
「千雨ちゃん、あまり自分のこと話さないよね。趣味とか好みとか、普段の生活とか」
「確かにチサチャンあんまり喋ってくれてないクマ。ボクのプリチーボディーにもキョーミなさそうだったし」
思い思いに列挙されていく、千雨のこれまでの反応の数々。これらを考慮すると、
「もしかして、色々と我慢してたり…………?」
「その可能性が高いな…………」
慣れないことを我慢…………となると、無理をしているのではないか。いや、もしや自分たちが千雨に無理をさせているのでは――――。
そんな可能性に思い至り、一同は押し黙った。
「――――でも周りのこと、よく見てくれてると思う」
雪子が思い出しているのは、先の戦闘での千雨の働きっぷりだ。
あの時も味方に的確なサポートをしてくれたし、陽介のピンチにも即座に動いてくれた。
あれは嫌々できる行動ではない。
その後も千雨への考察が多々飛び出したが、『悪い子ではない』という意見はピタリと一致していた。
仲間の会話を聞く一方で、悠の脳裏にはとある言葉が蘇っていた――――――彼女のことを『未知なる世界への鍵』と表していたイゴールの言葉が。
彼の言葉が何を指し示しているのか、未だに不明のままだ。
しかし、もしかしたら『未知なる世界への鍵』の正体こそが、千雨がなかなか打ち解けてくれないことの原因かもしれない。何か………………そう、例えば
考えの出所が出所なので皆に明かせないのが心苦しいが、不確定な情報で混乱させたくもない。
そろそろ目的地である
「千雨が少しずつでも自分を出してくれるのを待とう」
彼らは『それまで千雨を温かく見守っていこう』と決め、ジュネスの自動ドアをくぐり抜けた。
◆
悲喜交々の女子料理対決は、後からやってきた悠が全てをかっさらっていくという結末に終わった。
彼女らの女子力は彼に吸収されてしまったのか、はたまた環境的な要因で彼が腕を磨かざるを得なかったのか。
そこまで来て、詮無き思考を打ち止める。
例え原因がわかったところで千雨にはどうにもできない。
あれは、ちょっと教えたぐらいで改善が見込める段階の話ではないだろう。恐らく、その道のプロによる抜本的な改革が必要だ。
食器などの片付けも
まあ出された料理はそこそこあったとはいえ、まともに食える分は少なかったし、色々物足りないのだろう。
第一あれだけでは打ち上げパーティーっぽくない。件の催し物はどちらかというと罰ゲームの類いである。
悠たちが買い出しに行っている中、千雨は堂島家で待機していた。
悠が『千雨は急に料理をして疲れているだろうしお客さんだから』と気を利かせたのだ。
実際、主に精神的に疲れていたので、お言葉に甘え千雨は休憩を取っていた。
しかし、千雨はすぐに時間を持て余すことになった。やることがない。
普段教室にまで持ち込んでいる
四十分程度で戻ると言っていたが、悠たちはまだ帰ってこないのか。というか自分の方が早く帰りたい。しかし、彼らとの関係を清算するつもりで来たのに、途中で帰って後からグチグチ言われたら――――。
そんな心配が千雨を引き止めていた。人生とはままならないものだ。
――――ああ、窓から見える空が青い。ギラギラと輝いていやがる。
椅子に腰掛けぼんやりしていると、聞き覚えのある曲が千雨の耳に届いた。
ハッとして、思わず立ち上がる。音源はどこだ。この軽快なリズムの劇伴は間違いない――――。
音を辿ると居間のテレビに行き着いた。
「あれは――――」
居間には悠の従姉妹の菜々子がいた。彼女は一人、テレビにかじりついている。
彼女が鑑賞しているのは、ピンク髪の少女がお供の犬と一緒に奮闘するアニメ『魔女探偵ラブリーン』。
画面の中では犬を連れた主人公が奮闘している。今日は本放送時間でも再放送の曜日でもないので、あれは録画した物だろう。
「ラブリーンか」
菜々子はリモコンを手にテレビを見ていたが、千雨のラブリーン発言を聞きとめたのだろう。くるりと振り向き、興奮気味に駆け寄ってきた。
「千雨おねえちゃん、ラブリーン知ってるの!?」
「ま、まあ、それなりにはな」
などと言いつつも、オタクの嗜みである。
第一、コスプレ衣装製作のために、細部まで散々チェックしたアニメだ。ある意味、非常にタイムリーな作品と言えた。
「えへへ…………菜々子、ラブリーン好き! ちょっと待っててね」
トトト、と駆け足でどこかに移動する菜々子。
しばらくして何かを持って戻ってきた。
彼女が抱えていたのは、ラブリーン衣装に似せたと思われる服一式。それに加えて市販されている公式グッズ、ラブリーンのお供の犬をモチーフにした虫眼鏡だ。
登場キャラクターのフォルムに似せたデザインの、劇中ボイスが再生されるアイテム――――こういった物にはありがちな話だが、この『魔女犬の虫眼鏡』も割といいお値段がするのだ。贅沢なオモチャの部類に入るだろう。
――――コスも用意してんのか。小学生だと思って油断していた。
目を丸くする千雨の前で、菜々子は衣装を身に纏う。そして、
「そこー調査はへい社にお任せ! 魔女探偵ラブリーン!」
小さな身体から再現されたのは、劇中に出てくる
ラブリーンのなりきりだ。
そこに違和感や不快感は一切存在せず、スッと心の中に入り込んでくる。かわいらしく、センスを感じさせるいい動きだ。
だが…………千雨に言わせればまだ甘い。
角度や腰の入れ方など、重箱の隅をつつくようなことばかりだが、つまりは『伸びしろがある』ということでもある。
「あー、菜々子ちゃん。今のなんだが…………」
「?」
「えーっと…………」
――――どうしよう。
コスプレイヤーの琴線を刺激され、つい口出ししてしまったが、何とも説明しにくかった。
ネット上ではいくらでもガツンと言えるのだが、対面での指摘はどうも慣れない。うまく言葉が出てこないというか…………。
だが、これほどの原石を無視できない。もっと輝けるのに、スルーしてしまうのはもったいない。
そう千雨の中のオタクな部分が叫んでいた。
ああ、そうだ――――言葉が無理なら、実際に先達としての手本を、純真無垢な後輩に見せればいいのだ。
…………子供相手なら身バレの心配はないし。
「ちょっと貸してみな」
「うん、いいよ」
菜々子から服を受け取り、衣装合わせをする。千雨は小柄な方だが、やはり小学生の服ではサイズが小さかった。
衣服の上下は諦め、菜々子に返す。
帽子は調整すれば被れる。ケープもいける。あとは
コスプレと言うにはお粗末なものだ。
…………いや、真のコスプレイヤーならばそんなことは言い訳にするまい。
演技力で全ての違和感を払拭する――――!
千雨はうなじで括っていた髪を一度解き、ラブリーンと同じツインテールに結わえ直した。
眼鏡も外して、テーブルの上に置く。外す理由は単純――――ラブリーンは眼鏡を掛けていないからだ。
――――さあ、意識を切り替えろ。今から長谷川千雨はラブリーンだ。
表情筋が笑顔を構築し、声帯から捻り出されるのは精一杯の『萌ボイス』。
振りまけ
「――――愛にギモンを感じたら、魔法の力で即☆効☆解☆決! 素行調査は弊社にお任せ! 魔女探偵ラブリーン!!」
千雨の変わりように驚いたのか、菜々子は少しの間ポカンとしていた。が、今は堰を切ったように「すごい!」とはしゃいでいる。
「ま、こんなもんだろ」
「千雨おねえちゃん、ホントのラブリーンみたいだった!」
「ほら、もう一回だ」
「うん!」
残りの衣装も返却。菜々子に再度着せて、千雨はポーズのコーチングを始めた。
コーチングと言っても、千雨の説明はさほど上手ではなかった。しかし一度実演した効果か、菜々子は千雨の要求を次々と達成してみせた。
「ほら、ここを…………こうして。衣装はこの角度だな。腰と手の位置はここで。よし、後はこのアングルから撮れば――――――撮影しとくからやってみな」
「うん! そこー調査はへい社にお任せ! 魔女探偵ラブリーン!」
携帯電話の画面に映った菜々子を見て、千雨は満足げに息を吐く。
格段に良くなった。まるで
「ほら」
携帯のカメラをパパッといじり、菜々子に見せる。
「すごーい! 動きも全部ラブリーンそっくり!」
嬉しそうな菜々子の様子と自分の成果に気分が良くなっていたが、次に出てきた菜々子の言葉に千雨は固まった。
「千雨おねえちゃんはラブリーンのししょーだね!」
「ら、ラブリーンの師匠? いや、そんなものじゃないし…………」
キラキラと輝く少女の無垢な瞳に耐えきれず、視線を横にズラす。
と、居間に隣接するドアの陰にいた悠たち七人と目が合った。
「あ」
「およ?」
「しまった……!」
――――先輩ら、いつの間に買い出しから戻って……? というか予定よりだいぶ早いような。
いや、大事なのはそこじゃない。
気恥ずかしさから来る震えを必死に抑え込み、何とか声を絞り出す。
「せ、先輩………………いつから見てました…………?」
「あーっ…………その、まあ……」
「あ、あはははは…………」
「そーゆーのもいいんじゃねーかな、うん」
「…………綺麗だったよ?」
「ボクもあんな風にキュピーンと女の子のハートを射止めたいな!」
「おぅ、あ……あんま詳しくねーけど…………なんだ、悪くなかったと思うぜ」
「千雨ちゃん、素顔だと印象変わるんだね」
誰一人として明言はしていなかったが、答えは明らかだった。
励ましやら慰めとも取れる言葉の数々を聞き流しながら、千雨はおもむろに眼鏡を
「――――――がああああああぁぁァァ!? 見んな! つか全部忘れろっ!! 褒めるんじゃねええええぇぇ!!! あ゛あ゛あ!!」
顔を真っ赤にし、羞恥に悶え始めた。
――――見られた。見られてしまった。よりによって知り合いに! どうすんだコレ!? こういう時こそ何かいい感じのスキル覚えろペルソナ!! 頼むから時間よ巻き戻れぇぇぇぇぇええ!!!
悠の叔父、堂島遼太郎がスイカを持ってくるまで、千雨は言葉にならない叫びを上げ続けるのだった。
………………ここで皆さんに残念なお知らせをしなければなりません。
通常夏休みには、夏祭り、花火大会、肝試し、海水浴、登山などなどイベントが目白押しです――――――が。
本作には! いずれも! ありません!!
今回のお話が夏休み編最終話となります。
二学期先生の次回作にご期待ください。
それでは皆様、良いお年を。