戦場最強の二人が学校で生活するそうです~魔術と機械のエージェント~ 作:翠晶 秋
ザアザアと、雨が降っている。
胸騒ぎを呑み込むようにグラスの中身を傾けた。
豊潤な香りが口内を充満させ、焦る心に余裕を持たせる。
「悪くはないが……少し早かったか?」
船から持ってきたワインだが、まだ若い。
もう少し寝かせておくべきだったかと、高い酒を無駄に開けてしまったことを悔む。
……ちなみにこの国では無論、未成年の飲酒は禁止されている。
未成年以下が飲むと酔いやアルコール探知ですぐにわかるため、未成年飲酒はすぐにわかるのだが……。
俺とノアは本部からの任務で幾多のパーティー会場に出席したり、情報のために酒屋で一番強い酒を呑んだりと、いろいろあって酒には強い。
しかも、筋肉を弛緩させリラックスさせれば程よく酔えるので、実際のところ自分の才能や素質に感謝している。
問題はアルコール探知だが……幸い、この国で【ルーン】という素晴らしい力を得た。
アルコールを瞬時に分離して証拠をなくせるのは、既に立証済みだ。
「……ふむ」
たった一本の蝋燭の灯が、ラベルをぼんやりと照らす。
窓際の椅子で雨を眺めながら酒を楽しむ……なかなか良いリラックス法を見つけてしまった。
とん、とん、とん。
ノアがやってきた。
俺は扉ではなく、目の前の窓に向かう。
「こんばんわ、です。へくち」
窓を開くとノアがするりと入り込んできた。
廊下には交代の見張り番がいるが、まさか窓から入り込むとは思うまいて。
びしょびしょのノアは薄いパジャマ姿。これでは風邪をひいてしまう。
「まずは服を脱いでそこにかけろ。それから後ろを向いて髪をかせ」
「はい、です」
ノアが俺の前で服を脱ぎ始める。
もちろん寝巻きのため、胸部を締め付ける下着はつけていない。
……ここにきて、俺の精神力の成長を試す時が来たとは。
ノアが脱いだ服を【熱】のルーンで内側から乾かしつつ、【熱】と【風】のルーンを同時に使って熱風を送り出す。
自室は誰にも見られない。ルーンを複数使っても、それをわかる者など誰もいないのだ。
白くすべすべした髪の毛を手櫛ですきつつ、合間に熱風を送り込んで効率よく乾かしていく。
一般的にはドライヤーと呼ばれる魔具を使うのだが、あれは危険すぎる。
【火】のルーンで温められた熱波を、【風】のルーンで前面に送るというものだが……。
温度の調節ができない上に、【火】の魔具と【風】の魔具を合体させたもののため恐ろしいほどでかいし高い。
大衆浴場や、寮の浴場にしか設置できないため、濡れたらいちいちドライヤーのあるところに行くしか乾かす方法がないのだ。
と、物思いにふけってなるべくノアの体を見ないようにしていると、急にノアが首だけで振り向いた。
ノアと顔を合わせるためには、胸部が……。
絶妙に見えない位置をキープしつつ、ノアに尋ねる。
「どうした?」
「今日のノイン、は、なんだか、不安そうに見えるのです」
「不安そう?俺がか?」
「はい。今の、ノインからは、不安と葡萄の香りが、します」
「葡萄の香りは先程まで飲んでいたワインだな。少し若いが、飲むか?」
ノアがこくりとうなずく。
「なら、その前に服を着ろ。乾いたぞ」
ノアに寝巻きを渡し、後ろを向く。
着替える時間はどうしても無防備になるので、紳士らしく。
ながい付き合いだが、ノアは時に可憐で、時に艶かしい……。
「ノイン」
「着替え終わったか。……っておい?!」
思わず後ずさる。
ノアは着替えていなかった。俺の名前を呼んだだけだったのだ。
後ろを向うとすると、また「ノイン」と声がかけられる。
なにか伝えようとしているのか?
「話があるなら手短に、もしくは着替えてから話せ。さすがに女の裸をじっとみて欲情しないほど、俺は紳士じゃないぞ」
「いいのです」
「なにがだ」
「理由はわかりません。しかし、対抗戦で、勝ったとき、から……いえ、そのずっと前より、ノインには裸をみられてもいいと、思っていました」
「……はぁ?」
「むしろ、みられたい、とも思っていました」
「ノア、既にどこかで飲んできているのか?それとも、なにか辛いことがあったか?」
あきらかにノアは誘っている。
だが、こちらは任務について話そうとしているのだ。
話を逸らされては困る。
「夜に、部屋に来いと」
「……たしかに、はたから聴いたらそのような事を致すのだと勘違いするだろうな。だが、ノアならわかるんじゃないのか?この俺が、そんなことにかまける筈がないことを」
「わかっています、が……理性が、働かないのです。本能が、愛を貪れと、言うのです」
ついにノアは、ほろりと一筋の涙を流した。
……はぁ……。
「今回はこれだけだ、他は譲らん」
そう言って、俺はノアのおでこに唇を落とした。
「さあ、お前の愛が欲しいという本能は、これで消えた。服を着ろ。任務について話し合うぞ」
「っ……は、い……」
良心が痛んだが、これは任務をする上で障害となる可能性が高い。
ノアでいう理性が、俺に平常心を保たせる。
本能は、ノアを抱けと叫んでいるようだがそうはいかない。
いづれそのような関係になるのはやぶさかではないが、俺達にはまだ早い。
そう、窓際に置いたワインのように……互いに、熟成しきっていないのだ。