戦場最強の二人が学校で生活するそうです~魔術と機械のエージェント~ 作:翠晶 秋
今日は座学とは名ばかりの実習授業でした。
ルーンの細かい調整による、魔道具の扱い、そして風を吹き出す魔道具を使って木材のブロックを浮かせる授業です。
ノインの計らいなのか、私たちの授業にも、レンナ先生以外の教師がついてくれることになりました。
……単純に、レンナ先生が体調不良で休みだったから、というだけなのかもしれませんが。
「えい」
「ぶっ!!!!」
一度目は威力が高すぎてブロックが飛んでいってしまいました。
「ぐ、ぬぬ……!」
「ノアちゃん浮いてないっス」
今度は抑えてみましたが、送風の魔道具の上でカタカタと動くだけで浮いてくれません。
むー。
「どうやらノアさんはルーンの微調整が苦手のようですね。一撃の出力は大きいですが、常に全力疾走では疲れてしまうでしょう?頑張ってください」
ノアは別に常に全力疾走でも疲れません。
無呼吸で動くのでたまに息をつかなければなりませんが、一瞬止まって大きく息を吸えばそれで回復できます。
むー。
ちまちました作業ならノインが得意です。
こういうことは彼に任せましょう。
そうです、ノインです。
暗号の解読は進んだのでしょうか。
任務を優先するノインのことですから、そう簡単には仕事を降りないでしょうが、やはり不安は残ります。
これまでも嫌な予感はしていました。そしてそれは、いつも必ず当たっています。
「……ぐ」
しかし。
彼がやると言うのならノアは後をついていくまで。
と、そんな風に彼に想いを寄せていたそのときでした。
───オオオオオオオオオッ───……
獣の咆哮のようなものが響き、地面が揺れました。
あとちょっとで無事に浮きそうだったブロックが唸りの衝撃を受けてこぼれ落ちます。
「ッッッ、なんだ!?」
「全員頭を塞げ!」
「い、いま全身をビリって!肝が冷えたっス!」
「た、助けてノイン君!!」
全員がパニック状態。
一番先に先生が落ち着きを取り戻しました。
「皆さん、揺れが落ち着くまで廊下には出ないように!ここは一階!崩落の危険性があります!」
窓の外に目を向けると、大きな辺りの土が掘り起こされるかのように土煙が上がっています。
大きな揺れの為せる技なのでしょうか……。
───ドクンッ───
……今、何かに、呼ばれたような?
心臓が跳ねます。痛いです。
妙な胸騒ぎがします。何かが起きているのは確実です。
「……ノインっ!!」
「あっ、ノアさん、まだ揺れは収まって……」
先生の言葉を無視して廊下に躍り出ます。
揺れなんか、恐るるに足りません。少し前まで弾丸の雨の中を通っていたのですから。
しっかりと大地を踏みしめ、確実に等間隔に足を前に出せれば、転ぶことなく走れます。
どこにノインがいるのかはわかりません。
ですが、たった今見つけた手がかり。
ノインのメッセージです。一見壁についてしまったインクに見えますが。
インクを辿ってたどり着いたのは……倉庫、でしょうか?
ドアノブを捻ると、ビリビリとした空気が突き抜けます。揺れの発生源はここからのようです。
……それに大量のルーンが爆発するように放出されています。ノインがいたら歓喜するのでしょうが……。
ルーンが多い方に走っていくと、床に穴が開いていました。これは……金庫扉、でしょうか。歪んでいます。
一足飛びに階段を降り、扉を蹴破って中に侵入します。
……なにか、やたらと見覚えのあるような光景です。なぜここに機械の国のものが……っと。
緑色の肌を持ち、筋肉質なその四つ足で立っています。
青と赤の混ざったような一角を持ち、ところどころに角と同じ色のアーマーのような物を纏っています。
魔獣。その言葉が一番似合うのかもしれません。御伽噺のキマイラのようです。……翼は持っていないようですね。
喉を鳴らし、威嚇をしているようにも、力を溜めているようにも見えます。
その度にこんな大量のルーンを放出されたら、圧迫感が尋常じゃありません。
戦闘開始。
スカート内側に取り付けたホルダーからからブレイド・チャクラムを抜く。
息を深く吸い、全身に行き渡らせてから相手を深く観察。
目の前にいるのにこちらには気づいていない。正気を失っている……?
脳の無い敵に戦略は通用しない。殴るにかぎります。
全力ダッシュ。
自分の刃が届く距離まで接近した瞬間に足を止め、反動で右手を振り抜く。
肉を裂いた。もう一撃だけなら余裕がある。
右手を返し、肩を引いて刃を動かした。硬質な感触?
何が起きたのか知りたい。けれど、すでに歩みを止めてしまった今、後ろに退く以外に手はない。
後ろに向かって飛び、足をもつれさせつつ距離を取る。
むー。やはりバックステップは難しいです。
「……ふぅ」
一度呼吸を整える。リズムを整え、再度、接近を試みる。
ギョロリとキマイラの目が動いた。
瞬。
撃。
痛。
くらむ視界の端でキマイラが腕を戻していた。
今の一瞬で、カウンター……。
「ふっっっ、ぐぅっ!!!!」
完全に動きが読まれている。
まるで、体験したことあるような戦い方。
「炎球……」
言葉に出して、明確なイメージを頭に残し、正面に【火】のルーンを集める。
人間1人を飲み込めそうな大きさの小さな太陽が出来上がった。
維持はできない。
「GYUAAAAッ!!」
「なっ」
氷壁!?
しかも、どこも溶けていない……漏れ出る冷気だけで、消しとばした……?
氷壁を突き破り、向こうから幾千の針が飛来する。
ブレイド・チャクラムの刃を横に倒し、払うようにガード。
感触が鉄じゃない。もっと硬い……鋼鉄のような何か。
あちらがこの針を無限に出せるのならば、払い切るのは不可能。
あのキマイラをどうにかするには場所が狭い。それに、ゼータの腕輪かフィオナのガントレットを貸してもらえれば、まだ勝機はある。
それに、ライカが───……。
少しずつ足を後ろに退き、隙を窺う。手の感覚が軽くなってきた。武器が軋んでます。
ルーンに集中できないのは不安ですが、少しずつでも【火】のールーンを集めて……。
放つ。
今回のは攻撃力ではなく、火球が出す光を多めに配分した。
相手は生物。なら、目眩しにはなるはず。
「GYAO!?」
「よしっ」
大きく距離を取る。
両手で針を捌いていたためにノアの目もちかちかしているが、今は仕方がない。
なるべく足音を
威圧感がこちらに向かって走ってくるのが感じ取れた。
これで、よし。
あとは一足先に潜伏しながら教室に戻って……。
あ。
◇
苦しみ、もがく獣……キマイラは、全くコントロールの効かない自らの体で暴れ散らしていた。
地下から脱出したときに辺り一面に火を吹き出したのか、素朴かつ豪華な柱が、堅牢な天井や窓格子が、炎に巻き込まれていく。
靴を三回、扉の前で鳴らす。
走る音。気付かれた。
バンと、倉庫の扉が体当たりで吹き飛ばされる。
鋭利な爪がノアを、貫こうと迫る。
そんな中、ノアは叫びました。
「今ですっ!!」
「うおおおおおおおおおッ!!」
ノアの後ろから、頼れるクラスメイトが飛び出す。
「レッド・ハート・ビートォォォォ!」
右腕を豪炎で包んだゼータが謎の技名を叫んでキマイラに肉薄する。
しかし、その右腕はすんでの所で避けられ虚空を焼き尽くす。
「っ、オラァッ!」
からぶった右手を地につけ、勢いの任せて下半身を浮かし蹴りを入れた。
学校指定のローファーから、凄まじい量の炎と熱が吹き出す。
「好き勝手やってくれたな……でも、ありがとよ!」
立ち上がったゼータは左手で自らの拳をパンと受け止め、口元を歪ませた。
「火がありゃ、俺の独壇場だァ!」
全身から炎が吹き出る。
確かに、【炎】や【熱】など、主に【火】関係のルーンを操るゼータにとって、火災現場は常に力が供給されている状態です。
彼以上に、この場に長けた者はいないでしょう。
「あつっ、あちちっ、ひー!」
この場に長けていない者にとっては、ただの地獄のようですが。
先ほどから隙を窺って一撃入れようとしていたフィオナが熱さに耐えきれずに悲鳴を上げました。
どうやら、辺りに【水】や【氷】のルーンは……あるとすればキマイラの周りから微量に出ていますね。
「もー!なんなんっスかアレ!めちゃくちゃ怖いうえにめちゃくちゃ強そうじゃないですか!!」
「突如現れた化け物、と、言っておき、ます」
「ノアちゃん呼吸大丈夫っスか?火の中の空気を吸ったら危ないって噂知ってまスか?」
「大丈夫、です。それより、冷やします」
「ほぎゃあ!?腕が、腕が氷塊になったァ!?」
ちべたいちべたいと炎に腕をかざすフィオナ。
むー、やっぱりルーンを細かく扱うなんて無理です。……大丈夫、ですよね?
「───GYUAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
「ふげぇっ!イッテェ……」
方向と共にゼータが飛来。
右腕を抑えています。
「【火】のルーンは無効化されてるはずなのに、あいつ、俺の炎をルーンの護りごと燃やしやがった!!なんて威力してんだよ!?」
「勝てそう、ですか!?」
「舐めんなッ!うおおおおおおッ!」
少しのインターバルの後、すぐさま飛び起きて再びキマイラに走るゼータ。
腕輪から放出だれている残りのルーンが少なくなっています。今のゼータでは、確実にキマイラを倒すことはできません。
全身をルーン膜で護り、火だるまになって戦う……「レッド・ハート・ビート」と言いましたか。
彼の技の欠点は、一時的に戦闘力が増す代わりにルーンを大量に消費し続けることでしょう。
現在今この場所が火に包まれているから持続時間が伸びた……その程度。
「ノアちゃん、どうやったらアレは倒せますか?そもそも、倒せるんスか?」
「現在の私たちでは、勝率は、かなり、低いです」
「理由は?」
「ノインが。キマイラと同じように、たくさんのルーンを扱える、ノインが、いません」
フィオナは「でスよね」とメタルナックルを構え冷や汗を垂らして笑いました。
もう少ししたらゼータが戦えなくなり、次にキマイラと対峙することになるのはフィオナになります。
道具がなければ出来ないアクロバティックな動きでのヒットアンドアウェイを主な戦闘姿勢としているフィオナでは。物量で押し切られたら負けてしまうかもしれません。
ここに来て、ノインが足の装備を作らなかったのが悔やまれます。
「GYAOォォォォッ!」
「なっ、それッ、ノイ───ッ!?」
閃光。ゼータが吹き飛びます。
体を光の矢が突き抜け、ゼータが崩れ落ちました。
「フィオナ!お願いします!」
「ええいままよ!いっきまーす!」
「ゼータ、大丈夫ですか!?」
「内臓全部ひっくり返されたみてぇだ……ぐわんぐわんして、ぐにゃんぐにゃんする」
「ゼータ!これを!」
フィオナがメタルナックルの片方を投げてよこします。
片方だけで戦えるのでしょうか。
「腕にはめて胸の辺りにセットするっス!で、どん!」
「ぶぉッ……ゲホッ、ゲホッ……あ、でも確かに調子戻った!心臓マッサージ的なアレか!」
「早く返して!」
「アッハイ」
ゼータが投げたメタルナックルを再度腕に嵌め、フィオナは顔をしかめました。
「あーもう、ちょっと【火】のルーン混じってる!なんでわざわざルーン込めてるんスか!もー!」
「いやだって、ルーン使うんだから無意識に循環しちゃうだろそんなの!」
「言い訳なんかしてルーンマスターになんてなれると思ってるんスか!?ノインのがなりそうっス!」
「言うな!!!!」
えっと……喧嘩?
キマイラと戦いつつ互いにもう1人敵を作るなんて、この2人はもしかしたら余裕があるのかもしれません……。
とにかく、キマイラを抑えること、つまり、ノインや他のみんなが駆けつける時間を稼げています。
しかし、このキマイラはどこから生まれたのでしょう?機械のように、どこからか湧いて出るものなのでしょうか?
それらを証明するには……キマイラを倒さないといけない。
ノインの必殺技であるバリスタを扱っていた……つまりコピー?生態模倣?
ノインはすでに、このキマイラと戦っていた?では、彼はいったいどこに?
地下室にはいませんでした。しかし、キマイラのこのルーンの使い方は人間味があります。
正気を失っているのに、冷静に状況を分析して戦っているような……。
「ノアちゃん!!!」
「ッ!」
声に気付いてはっと顔を上げるとキマイラがこちらに突進してくるところでした。
大きく踏み込み、刃で受ける要領で弾き返し……!!
カキンッ。
折れた。
軽くなった右手の感覚に戸惑いながら、辻斬りのように折れた刃をキマイラに突きつけながら駆け抜ける。
入れ違いになった。
「……あ」
その時のノアの目に映ったのは、一つの傷でした。
ノアがまだ未熟だったとき、ノインが庇って、鉄の弾を身に受けたことがあります。
その傷はいまもその場に残り、弾丸こそ抜いたものの、まだ痛むと言います。
脇腹に残る、痛々しい傷。
その傷が。
「障壁……!」
キマイラの周りに障壁が現れます。
【秩序】のルーン。
「2人とも!」
「おう!?」「はい!!」
「ノインが吸収された可能性が、あります!」
「吸収って、なんだよそれ!」
「ノインのようなルーンの扱い、仕上げにバリスタ、傷まで一緒……生態兵器の部類なら、それも可能……」
「な、何言ってるかわかんないスけど、ノインだったら尚更倒せないっスよ!
「大丈夫、です。吸収されたのなら、吐き出させるだけ……秘策が、あります」
「「秘策……」」
思っている旨を話せば、もちろん2人は目を丸くしました。
「無茶すぎまスって!」
「秘策ってより愚策だぜこりゃあ……」
「ダメ、ですか?」
「「…………」」
2人は顔を見合わせると、大きくため息をつきました。
そして、2人とも構え直します。
「ったく、やっぱりノインの近くにいると感覚が狂うんだな!こんな作戦思いついてたまるかよって」
「やってやりまスよもう。ノインに常識は通じません。学習したっス」
「ありがとう、ございます」
「はいっス!」
「でも、一番キケンなのはアンタだぜ。いけんのか?武器の片方もないのに」
左手の、まだ無事な方を右手へ。
折れたチャクラムは左手へ。
巻きつけていたリボンを折れたチャクラムだけ解き、『舞う』準備は完了しました。
「安心、してください」
ローファーを鳴らし、深呼吸。
「ノアはノインの相棒です」
重心を前に置いて全力のダッシュ。
「解除!」
「はいっス!」
障壁を警戒していたキマイラが、障壁が無くなったことにより嬉々としてこちらを切り裂こうとする。
左手を廻す。
巻きつけられたリボンが舞う。
───凛として───
足を軸に一回転。
頬の横を鋭利な爪が掠めていく。
───静となり───
動きを止め、タイミングをずらす。
くるりと逆側に回転して裏拳のようにブレイド・チャクラムを振り下ろす。
鎧のあった部分に突き立った。ダメージはない。
───動となりて───
跳躍。
体を捻って蹴りを入れ、着地した瞬間に地面を蹴って加速し、キマイラの死角に潜り込む。
───華を持って、殺める───
しゃがんだ状態から大きく踏み込み、下側からブレイド・チャクラムで弧を描く。
ズンと、キマイラの図体が動く。
「はああああああああああああああッッッ!!!!!!」
そして───投げた。
宙へ浮かぶ巨体。
バランスを崩し、地面に叩きつけられるキマイラ。
殺意が剥き出しになっている目を、ノアにもう一度向け……。
「ゲームセット」
そこでようやく、脇腹に手を当てたゼータに気づいた。
その手には、メタルナックルが……中に大量に【火】のルーンが込められた、メタルナックルがはめられている。
フィオナが叫ぶ。
「天上熱波!!」
「フレア・ビート・シャウトォォォッッッッッ!!!!!!」
───。
圧縮された炎の衝撃が、無数にキマイラに叩き込まれる。
散る火の粉を意にも介せず、熱波を打つゼータ。
「──────…………!!!!」
声に鳴らない悲鳴を上げ、キマイラは、沈んだ。