ハイスクールD×D忌避されし存在   作:ダーク・シリウス

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第1話

天皇 兵藤家。代々日本を纏め時には国を動かし見守る一族が存在する。生まれた子供は五歳から訓練や鍛錬を始め日々修行するようになるのだ。世界で最強と謳われる兵藤家でもあり、その名に恥じないために老若男女の兵藤家の者達は―――長い年月を経て権力を暴走している。

 

「よえーな!めっちゃくちゃ弱過ぎんだろお前!」

 

「僕達兵藤の中じゃお前が一番弱いって先生が言ってた!」

 

「女の子にも全然勝てないなんて笑っちゃうわ!」

 

「やーいやーい、雑魚ざーこ!」

 

 

「・・・・・痛いよ、兄ちゃん、助けて・・・・・」

 

「・・・・・俺に雑魚の弟なんていねぇよ」

 

「・・・・・。・・・・・。・・・・・っ」

 

 

―――ガチャン!

 

 

「おい知ってるか、兵藤家の歴史においてあんな弱者は生まれて初めてのことそうだ」

 

「外から来た兵藤の者なんだろう?それなのにあの子供の兄は兵藤の血を濃く受け継いでいるようで他の同年代の子供達よりめっぽう強いってよ」

 

「まったくあんなガキが産まれる日が来るとはな。兵藤家の未来が不安だぜ」

 

「数日後、神タケミカヅチ様達が視察に来られるってのにあの無様な小僧を見せられねぇよ」

 

「だからこうして何時ものように今回だけは閉じ込めておくんだろ。終わったら何事もなく解放すればいい」

 

「当日中、間違ってここに来ることもないだろうが死んでしまったら困るし念のために見張りでも置くとしよう」

 

たった一人だけ真っ暗な独房に押し込まれて鍵を閉められた揚句、大した治療も施されずに大人達が遠ざかっていく音だけが嫌に聞こえてしまう子供。どうして自分だけこんな場所に居させられるのか・・・・・。

 

『貴様のような弱い者が将来有望な他の子等と一緒に居ては悪影響が出る。今日からここがお前の部屋だ。自分の弱さをこの部屋で猛省するのだ』

 

そう思いだしていると独房の鉄格子の間から硬いパンが放り投げられる。―――一食分の食事のパンだ。

傷だらけの体でノロノロと動きパンへ手を伸ばして掴み取り、身体を丸めて硬い感触と何も感じない味を必死に咀嚼して食べるそんな衛生的にも栄養的にも悪い生活と嘲笑と罵声に暴力の渦中にいる生活を・・・・・6ヶ月目を迎えている。何時までこんな生活が続くのかと虚無感を抱き食べていると、独房の向こうに複数の子供が下種な笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「よーう雑魚。今日も遊びに来てやったぜぇ?」

 

「楽しい楽しいプロレスごっこだ!」

 

「簡単にくたばるなよ雑魚。そうじゃなきゃつまらねぇんだもん」

 

今日も子供の居場所が無い程に暴力を振るわれる。もはや独房の中に居る子の心は壊れ、感情がなくなっているようなものであった。唯一の食事を踏みつぶされ、傷ついた体を更に痛みつけられ、絶えない鈍い打撃音に何かが折れたような音が長く独房の中で響き渡っていた。そして・・・・・。子供達が満足して独房から去って残された子供は虫の息で目を逸らしてしまう程に重傷を負わされて以降、不自然なぐらい誰も来なくなった。

 

・・・・・。・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。・・・・。

 

・・・・・。

 

『国産み』と『神産み』、『武神』と『太陽神』が来訪しにきた。兵藤家と切っても切れない縁に結ばれてる日本神話の神々が天界から降り立ち、直接兵藤家の様子を見に訪れる重大な日を彼等は緊張感を張り詰め出迎える。その同日、本家を留守にしていた現当主兵藤源氏と妻の兵藤羅姫も遅れることなく戻った。直ぐに神々と接触して対応する。

 

「ようこそおいで下さいました」

 

「うむ、実に100年振りの訪問だ。久しぶりに見てもそなたと奥方は変わらないな」

 

「ありがとうございます。これも神の御加護があってこそです。此度もどうぞごゆるりと見守って下さい」

 

「前回はとても真っ直ぐで気持ちの良い者達ばかりだったな。源氏、そなたの息子は元気かな?」

 

「・・・・・あの馬鹿息子は今でも世界中を放浪し回っております」

 

「ふははは!まぁ、そう目くじらを立てないで欲しい。彼と彼女には10年後のために世界中を駆け回っているのだからな。俺達神々にとってとてもいい話しだから実に待ち遠し日を送りながら楽しみにしている」

 

四柱の神と会話を交わしながら兵藤家の闘技場へ足を運ぶ。既に待機していた子供から大人までズラリと立ち並んで源氏達の姿が見えた瞬間に深くお辞儀をした。それから神々と源氏からの挨拶と言葉を送られ、メインイベントとばかりの試合が行われる。鍛え抜かれ磨きかかった兵藤達の戦う姿に感嘆を漏らし、ジッと期待した目で見つめること半刻。

 

「ふむ・・・・・源氏よ。何時あの子の出番が来るのだ?」

 

「あの子・・・・・?」

 

「お前の息子の子供だ」

 

「それでしたら今戦っている子供がそうですが」

 

外から来た兵藤の子は、本家で産まれた者ではない為に良い意味でも悪い意味でも注目されていることを覚えている源氏。今、圧倒的な強さで闘技場から相手を吹っ飛ばして勝利を勝ち取ったところだが、イザナギは「違う」と否定した。

 

「一誠という子供だ。本家に預けていると聞いているのだが」

 

「・・・・・」

 

タケミカヅチから名前まで出されては探さずにはいられない。一人一人の顔を視界に入れながら見回し、一人の子供を探すが・・・・・いない事に気づく。

 

「あの子はおりません」

 

「何故だ?」

 

「私も本家から離れていましたのでその理由は・・・・・靖」

 

源氏の背後に佇んでいた靖と呼ばれた中年の男性が反応する。

 

「お前も見ただろうあの馬鹿息子の子供を。あの子供を探しに行ってくれ」

 

「かしこまりました」

 

フッと瞬時で消え去り、靖は闘技場以外の建物へくまなく探す。しかし、残り一つだけ残して探しても見つからず彼は疑惑を抱いた。有り得ないと思いながら最後の建物・・・・・罪を犯した者が入れられる牢獄へ足を踏み入れ、一つ一つ独房の中を確認していくにつれ嫌な臭いが奥からするようになった。

 

「・・・・・・?」

 

その途中、何故か二人の男が奥から大きな黒いゴミ袋を抱えてこっちに歩いてきた。今日は何の日か知らない筈がないのに、怪訝になり声を発した。

 

「ここで何をしている」

 

「「!!!」」

 

二人は彼の存在に気付き、言い訳もできない状態で身構える。

 

「もう一度問う。何故ここにいる」

 

「そ、それは・・・・・っ!」

 

「今日は神々が我々の武芸を視に訪問する百年に一度の大切な日であることを、まさか兵藤の者として忘れているわけではあるまい」

 

「わ、わかっております靖様。我々が忘れているわけではございません」

 

「ほう、それを承知の上でお前達は日本が崇める神に対して冒涜しているとは・・・・・当主に代わって私がお前達を処罰しなければならないとはな」

 

が、それよりも疑問があるのでそちらに話を替える。

 

「この場に収監される兵藤の者は一人も記録に残っていないはずだが。そのゴミ袋は何だ?どうしてそんな物を奥から持ってきた」

 

「「・・・・・っ」」

 

知られてはならない、秘め事が明らかになる恐れからか顔を青ざめて脂汗を流す二人に問い詰めながら言う。

 

「答えられないのか。まさかここで生ゴミを捨てていたわけではないだろう。私に何を隠しているのか、確かめさせてもらうぞ」

 

宣言する靖が一歩踏み出すと二人の兵藤は後退る。

 

「―――貴様等。よもや身内の者を殺めた・・・・・訳じゃないだろうな」

 

「ひっ・・・・・っ!?」

 

ドスの利いた低い声音で威圧を受けて大袈裟に動揺した際に袋から中身がドサッと零れ落ちた。

 

「―――――」

 

探し求めていた―――この牢獄にいる筈のない、屍のように動かない子供が一人床に沈んだまま起き上がらない。健康的な肌とは無縁で黒ずんで見えるのは血が固まって肌に張り付いているからだ。服もかなり汚れていて袋から五月蠅いほど翅を鳴らす蝿の群れと、露出している腕から湧いている蛆虫。悲惨で凄惨な状態の子供が誰にも知られず暗い中で朽ちようとしている姿に・・・・・靖の顔の表情から感情が消え去った。

 

「ち、違うんですっ!これには訳が・・・・・!」

 

「俺達はあいつ等に様子を見てこいって言われて、最悪の場合は誰にも知られずに処理しろって・・・・・!」

 

聞いてもないことを言い出すが靖は一瞬で二人を殴り倒して子供を抱き上げる。腐臭を抱えるような嫌悪感より勝って子供の安否確認をし、まだ微かに生きていることが分かるや否や。牢獄から抜け出し源氏のもとへと駆ける。

 

「当主!」

 

「っ!」

 

靖の腕に抱えられてる子供を一目見た瞬間に絶句する。妻の羅姫も四柱の神々も子供の状態に言葉もでなくなって硬直した。

 

「まだ微かに息しています!」

 

「っ、全て中止だ!お前達は直ぐに解散しろ よいなっ!」

 

闘技場中からざわめく気配が生じるが当主達の俊敏な行動に何も言えず、また今までの行いが露見される怯えと恐れで青ざめたり隠しきれない動揺の色を表に出す少なくない兵藤達の姿があった。

 

 

「全身打撲に酷い栄養失調、骨の骨折と罅にその他諸々・・・・・軽く全治一年以上は掛かります」

 

「・・・・・そうか」

 

「逆によくこの状態で生き続けた生命力には驚嘆を禁じ得ません。他の兵藤の子供達だったらこうはならない、いえ、死んでいたのかもしれません」

 

数時間を経て治療を施された子供の周りを囲む当主達。微かな呼吸も酸素マスクを付けられて安定している子供の意識は未だ目を醒まさない。身体中包帯だらけでほぼミイラみたいな出で立ちになっており、栄養失調を改善するべく複数のチューブを通して栄養剤が体の中へと送り込まれていく様子はとても痛々しい。靖から告げられる診断結果にますます場の空気が重くなる。

 

「・・・・・元凶の者は捉えたか」

 

「はい、牢獄に居た者から根掘り葉掘り問いだしたところ・・・・・一言で表すならば呆れる事情でした」

 

殴り飛ばした二人に指示した者を始め芋蔓式で浮上した他の兵藤の者達から聞きだせばとんでもない話しだった。

―――兵藤家の歴史上始めての出来損ないだから、弱者だから悪いのだ、他の者達に悪影響が出ないように配慮しただけです・・・・・等など一方的に弱者を悪者にして痛めつける最低の行いをしてきたのが大人だけでなく子供もしていたのが靖に呆れを通り越して嘆息させた。

 

「兄の方はとても優秀の様ですね。我々一族の血が濃く受け継いでいるからでしょうが、この子の方はそうではない」

 

「・・・・・」

 

「どうして周りから最弱だと嘲笑われるのか、当主も察しているはずでしょう。この子は―――禁忌の存在、最悪周囲をも巻き込む爆弾です」

 

「どういうことだ。この子の何が悪いというのだ」

 

子供に対して酷い言い草を、とタケミカヅチやイザナギが靖を睥睨する。神からの睨みに対して源氏や羅姫にアイコンタクトで「説明しても」と伝えると無言で肯定される。

 

「イザナギ様方は知っておられるでしょうがこの子ともう一人の兄は兵藤家と並ぶ式森家の者達の間に生まれた子供です」

 

「知っている。本人達から教えてくれたのだからな。だからこの子の事も知っている」

 

「そうでしょう。しかし、本来兵藤家と式森家の間に子供を産んではならない両家の掟があるのです」

 

「何故なの?問題ないように見えるし思えるのだけれど」

 

気になる説明に『太陽神』アマテラスが口出す。国籍や人種、異種族同士の交配は特別許されていないわけではない。人間同士、それも式森家という世界的最高の魔法使いを輩出する人間と子供を成せば凄まじい力を秘めるというのにそれを禁忌とは?

 

「両家の血が相成れない故に、二つの血を宿す人間にとてつもない激痛を与え、最後は周りを巻き込む大爆発を起こしてその者が死ぬからです」

 

「「「「っ・・・・・」」」」

 

「実際過去にも何度も起きたことです。故に何時しか兵藤家と式森家はそれを禁忌の掟として子を成すことを禁じてきました。ですが、あなた方がよく知る二人の人物はその禁忌を破ってこの子供を作ってしまった」

 

そんな事実があったとは知らなかった神々は、この子もいずれそうなってしまう星の下で産まれてしまったのかと憐れでならなかった。が、ここでまた疑問が浮上する。

 

「それはどのぐらいの時期になるのだ?」

 

「成人になる前には確実かと。しかし、この子は死ぬ事もないです」

 

「何故だ?相成れない血の影響で爆発するのだろう」

 

「そうならないよう元式森家当主の独自の封印の術式も施していますから万が一でもそうならないです。そのおかげで成人を迎えても死ななくなりませんが、それを引き換えに兵藤家の者として弱くなった模様です」

 

「・・・・・死なずに済んだのにこの過酷な環境で死にそうな目に遭っている」

 

「随分と皮肉な話ね」

 

イザナミとアマテラスが神妙な顔でミイラ状態の子供に視線を向けそう言うのだった。どちらにしろ、死ぬよりマシなのだろうが今では死ぬ思いをしているのでは、どちらが幸せなのかと問われると答えづらい心境だろう。

 

「それで、この子をここまで追い詰めた者共は」

 

「言い争いや喧嘩ならいざ知らず、悪意以外何もないこの仕打ちをし続けた者共は―――」

 

源氏に目線を配って当主の彼の裁量に任せると風に靖はそこで口を閉ざした。

 

「今は・・・・・この子の回復を待つ」

 

「それでどうする。またこの子に悪意を向けさせて同じ目に遭わせる気か源氏よ」

 

それはいただけないと目元を険しくするイザナギ。

 

「弱者を許さないこの兵藤家にこの子の居場所はあるのか」

 

「・・・・・」

 

「生きるために自ら弱くなったわけではない。それを知らぬ者達は傲慢で暴虐の限りを尽くしている。―――俺は反対だ。あの二人の元へ送った方がいい。お前の孫でもあるのだろう。この子の幸せを考えろ」

 

諭す男神の言葉に同意見と他の三柱の神も沈黙で是と訴える時に、魔方陣が一瞬の閃光と同時に発現して一人の男が箱を持って現れてきた。

 

「お待たせしました」

 

「・・・・・彼は?」

 

「ああ、無断ですまない。一刻を争う状態だったゆえに秘薬をもってこさせたのだ」

 

「神の秘薬・・・・・」

 

この子の傷を癒すために貴重な代物を使おうとするイザナギに目を丸くする。

 

「あの二人がこの事を知ったら兵藤家は潰れるからな。少なからずその結果はこちらも困るし、この子にはまだ生きていてほしい」

 

「・・・・・」

 

前者の方は割りと冗談ではないな、そう源氏は顔を強張らせて男神に感謝の意を示す。

 

「神の秘薬を人間に使用しても問題はないのでしょうか?」

 

「強化する類のものではない。一種の回復薬だ」

 

その道具を使い子供の酸素マスクを外して飲ませた瞬間、皆に見守られながら子供の全身が光に包まれる。

 

『三日後』

 

生気の光がない黒い双眸が晴天に恵まれた蒼穹の空を見上げる子供が縁のところに座っていた。目を離してしまえば虚空に消えてしまいそうに気配が感じず、そこに人形が置いてあるかのように一瞬ですら感情を晒さない。身体の傷は完治したが心までは癒すことは適わなかったことに源氏達は悲痛な表情を浮かべた日はまだ浅い。

 

「今日も良い天気ね」

 

子供の隣で朗らかに話しかける兵藤羅姫。しかし、心に傷を負ったことで自己防衛本能による堅く心を閉ざした扉は開く事はない。子供から返ってくる無反応さに悲しさと寂しさが混ざった表情を浮かべる羅姫の手は、子供に伸びて自分の膝の上に乗せて背後から抱き締める。自身の温もりで安心してもらいたいと切に願って思っている彼女の目の前に太陽を模した紋様が虚空から浮かび上がり、そこから紅と金の絢爛な着物を着込んだ黒髪の女性が現れた。

 

「失礼します」

 

「アマテラス様」

 

「いえ、そのままで。その子を抱いているのであれば構いません」

 

姿勢を正そうとする羅姫を制止、自然とした動作で彼女の隣に座る女神。

 

「今日はお一人ですか?」

 

「天界に居ても時間を持て余すだけですから。この子の様子を見る時間を使うとあらば有意義というものです。源氏殿は?」

 

「第二のこの子が出ないように監視も兼ねて自ら他の兵藤の者達を師事しています」

 

耳を澄ませば、悲鳴の絶叫と共に爆発音すら聞こえてくる。一体どんなことをしているのだろうか・・・・・。何時にも増して賑やかだと思っていると、横から視線を感じ横目で見れば黒髪の二人の少女が曲がり角のところでこちらを覗き込んでいる姿が視界に入った。アマテラスも存在に気づく。

 

「あの子等は?」

 

「私の娘でございます」

 

「娘、では、この子とは・・・・・」

 

「誠の妹にあたり、この子からすれば叔母の関係と成ります」

 

何とまぁ年の離れた関係だ、と奇妙な感じを抱く女神の隣でその二人の少女を招く羅姫が挨拶を促した。その通りにする少女達に朗らかで挨拶に応じて顔合わせを果たすのだった。

そしてその日の夜では・・・・・。

 

「「「「・・・・・」」」」

 

羅姫が作った手料理がテーブルに置かれ、食欲をそそる料理と匂いを前に子供は何の反応も見せず、ただ椅子に座るだけで食べようとしない。気配が薄くても目の前に存在している子供に、当主達までもが何とも言えない気分で静かに夕餉の時間を過ごすことになって三日目でもある。

 

「・・・・・食べていいのだぞ」

 

腹を空かせている筈なのに、食べ盛りの子供の筈なのに、好き嫌いがあるわけでなく、我慢しているのでもなく、食べる意思が無いのだ。これではこっちまでもが食べる意欲が気まずく削がれてしまう。

 

「・・・・・おいしいよ?」

 

「食べましょう・・・・・?」

 

二人の娘も声を掛けるが子供は無反応で反応に困ってしまう。結局その日の夜も一口すら食べず、血管に直接送る栄養剤が入ったチューブと繋がった子供がベッドに横たわる姿を見て羅姫は悲しげな色を目に浮かべてそっと戸を閉めた。その後部屋から離れて向かう足は源氏がいる和室の広間。

 

「・・・・・あの子は?」

 

「・・・・・」

 

無言で首を横に振る妻に当主は目を伏せた。

 

「これで三日目・・・・・いや、一週間以上も碌に何も食べていない。俺達がいない間は粗末なパンだけを与えていたと聞いているが」

 

「そんなもの、食べさせるわけにはいかないでしょうっ」

 

健康的にも栄養的にもよろしくない食事を食卓に出すわけがない。妻の心情を悟っている源氏は提案を述べる。

 

「栄養のあるパンを出してみよう。まだ食べさせたことが無いだろう」

 

「確かにないですけれど、それでも食べなかったら・・・・・」

 

「・・・・・その時になったら考える」

 

翌朝、子供を起こしに部屋に入った羅姫の目には昨夜の内に忍び込んだのだろう自分の娘達が子供を挟んで川の字に添い寝している姿に自然と微笑ましく口元を緩めた。そして食パンにイチゴジャムを塗って出した時。

 

「・・・・・」

 

粗末なパンでは味わえなかった甘い果物を煮て作ったジャムの味がするパンへ、そっと手にして食べ始めた子供の様子に源氏は安堵で溜息を吐き、羅姫は感動して自分のように喜び、少女達は笑みを浮かべた。

 

―――†―――†―――†―――

 

とある日。子供の主食はパンということになり、菓子パンにも手を伸ばしてみればそれも食べることが分かり積極的に、そして挑戦しながら食べさせる。今度はピザでも食べさせてみる方針で―――現在、三人の子供はそれまで鍛錬していた。とは言っても無反応な子供は、二人の少女達の様子をジッと見ているだけでいる。まだ幼少の子供達なのに動きは目を見張るものである。子供と比べて目の前の二人の方が断然強いと火を見るより明らかであった。人は何故、強くなりたいのか強くあろうとするのか今の子供には判らない。考える思考すらないのだから

理解もできない。凹の闘技場を取り囲む階段状の客席に座って二人が終わるのを待つ子供は今日も青い空を見上げる。

 

「おい、こんなところに雑魚がいるぜ」

 

だが―――平穏な時間はあっさりと終わりを迎えた。

 

「・・・・・あれ?」

 

「どうしました?」

 

模擬戦に熱が入り夢中になっていた姉妹が手を停める。疑問を抱いて口にした彼女が向ける目の先を追えば、階段の客席の方に座っていた筈の子供の姿が何時の間にかいなくなっていた。

 

「いっくんがいなくなってる」

 

「悠璃、探しに行きましょう」

 

「うん」

 

一人で動くことはない。ここまで二人が手を引っ張って連れてきたのだ。父と母以外誰があの子を連れていくのかと考えれば他の兵藤の人間しかいない。その人間は―――。

子供を集団でリンチしていた。円を描いて子供を囲むように立ち、無抵抗な相手に木刀や竹刀で何度も振りかざす。周囲から嘲笑う声と煽る声に包まれる中、人気のない建物の裏に誰一人助けも味方もいない子供が地面に倒された。

 

「つまらねぇなー。ちょっとは反撃してこいよ。ま、返り討ちにしてやるけどよ」

 

歯応えがないと言う子供がつまらなさそうに吐き捨て、私に周りの子供も今日は飽きたと解散の雰囲気を醸し出す。その時一人の子供がいやらしい笑みを浮かべて輪の中心に出てきた。

 

「僕、良い物持って来たんだ」

 

「良い物って?・・・・・って、それ」

 

「へへへ、僕のお父さんは戦闘用の武器の保管庫を管理しているから。鍵を開けてこっそり持って来たんだ」

 

黒い鞘に収まっている本物の日本刀。子供が手にするのはまだ早い代物で、勿論所持する事も許されていない。だが、当の子供や他の子供達は驚嘆や感嘆の声を漏らし、やんややんやと盛り上がる。

 

「よぅし、この刀の切れ味を試してみようぜ」

 

「えっ、でも・・・・・」

 

「なんだよ、使う気で持って来たんだろ。なら別にいいじゃん」

 

子供から刀の柄を手にして鞘から抜き放つ際、鈍色に煌めく刀身を見て見惚れつつ邪な笑みを浮かべて二人の子供に無理矢理立たされる子供の前に佇む。

 

「さぁーて、実験台になってもらうぜ雑魚」

 

息を呑んで見守る子供達の輪の外、子供を探していた二人の少女が建造物の裏にまでやってきた同時に限界まで目を見張って、日本刀で斬られる直前で張り叫んだ。

 

「「だめぇえええええええええええええっ!!!!!」」

 

その叫び声は一歩遅く、袈裟切りで子供の肩から斜め下へ脇腹まで刀が振り下ろされて血飛沫が出る。地面と刀を持つ子供にまで掛かり周囲の子供達は動揺して思わず後ずさる。

 

「うわ、血だっ!」

 

「な、なぁ・・・・・なんかヤバくね?」

 

「う、うん・・・・・」

 

今更自分達が仕出かした事に危惧して逃げ腰になる子供達を他人事のように斬られた子供は脳裏に考えを浮かべていた。何故、斬られた。斬られる理由はない。また弱いから、自分が弱いから?ああ・・・・・あの二人が泣いている。身体から力が抜けていく。目の前が真っ暗になっていく・・・・・。死ぬのかな・・・・・。

 

パキパキパキッ・・・・・。

 

・・・・・父さんと母さん達に会いたかったな・・・・・兄ちゃんも結局助けてくれなかった。ああ、一緒に馬鹿にしていたんだからしてくれないか・・・・・。

 

バキバキバキッ・・・・・!

 

・・・・・死ぬのは嫌だな・・・・・死ぬなら、死ぬ前に―――こいつらを仕返ししたい。

 

バキィイイイイイイイイイイイインッ!

 

子供の中で何かが壊れた音が当人だけしか聞こえなかった。そして・・・・・出てきてはいけない何かが解放された歓喜の咆哮を、子供から迸る闇のオーラで表す。

 

『っ!?』

 

突然の眼前の異常現象に一同は愕然する。それは遥か彼方に居る一人の魔法使いの女性もだ。

 

「いっくん・・・・・?」

 

闇に包まれた子供を見てその場から動けなくなった。腕に刺される注射のようなチクリとした痛みが肌に突き刺さる他、精神が押し潰されそうな重圧を感じるからだ。肩を落とし頭を垂らしていた子供はゆっくりと顔をあげて―――黒い絵の具で描かれたような紋様が顔を覆っている事も、背中から黒い紋様状の翼を生えている事も、腰辺りから黒い尻尾が伸びている事も気付かず、己をリンチしていた子供達を睥睨する。

 

「な、何だよその目・・・・・雑魚のくせに生意気だよ!」

 

動揺の色を隠せないながらも強気でまた斬りかかろうとする子供だったが、闇が腕に集束して巨大な黒い異形の手と化した状態で―――建造物を粉砕しながら子供を薙ぎ払った。その衝撃で子供を取り囲んでいた子供達も吹き飛んで地面に倒れ込む。

 

「何事だっ!?」

 

大人達が直ぐに駆けて来て現状を把握する。散り散りに倒れている子供と血を流しながら闇に包まれている異形の子供。

 

「貴様が原因か」

 

子供は答えない。しかし、それが是と答えていると受け取った大人達は瞬時で臨戦態勢の構えに入り警戒する。

 

「用心しろ。覚醒したが暴走状態を起こしているのかもしれない」

 

取り押さえようと試みる大人達に思いもしない現象に襲われる。闇のオーラが吹き荒れだして子供から遠ざけんと大人達を吹き飛ばしたのだ。体勢を整えた彼等の周囲の虚空から突如鎖が飛び出して来て四肢に巻き付かれて拘束された。大の大人の力でも引き千切る事は適わない。邪魔者をいなくさせた後は、子供の矛先は上半身を起こして自分を畏怖の念を抱いている子供達の方へ振り向く。

 

「ひっ・・・・・!」

 

逃げようとする者も含めて全員を虚空から飛び出す鎖で逃がさないように捕縛する子供。

 

「は、放せよ!俺に攻撃したら俺の兄ちゃんが黙っていないぞ!」

 

「俺の父ちゃんだって偉いんだ!外から来たお前なんかこの家から追い出してくれるんだぞ!」

 

無表情で片腕を空に掲げ異形の手をさらに膨らませて握り拳を作る。これで叩き潰さんとばかりの迫力に子供達は恐怖を抱いた。そこへ両者の間に飛び込む少女達。

 

「いっくん、だめ!」

 

「もう大丈夫、大丈夫ですから・・・・・!」

 

必死に抱きついてくる少女達を視界に入れ、何時の間にかいた当主とその妻、他の大人達も見た。しばらくして闇のオーラが消失し、鎖も勝手に砕け散って兵藤達の拘束が解かれる。

 

「・・・・・当主」

 

「こうなった原因を究明する。分かり次第召集を掛ける」

 

「はっ」

 

バッと動き出す大人達を見送る源氏は、一拍遅れて倒れ込んだ子供を見て顔を険しくする。今の闇と鎖は同一の力では無いことは明らかだ。

 

「羅姫、今の闇のオーラはどう思う」

 

「間違ってなければ文献に載っていたのと酷似していると思うわ」

 

「・・・・・兵藤と式森の血の力、か。封印が壊れたようだな」

 

「多分、誠達も気付いていると思うわ。それでも直ぐには戻ってこれない」

 

このままでは成人を迎えるよりも早く周囲をも巻き込む爆死の運命が待っている。兵藤家でそんなことはあってはならない。まだ先のこととはいえ不安要素を抱えては皆にも影響が出かねない。どうしたものかと米神に指を添えて苦悩する当主。

 

「考えるよりも早く治療しましょう。死んじゃったら誠が大暴れするわよ」

 

「・・・・・ああ」

 

それだけは何としてでも回避しなければならない。兵藤家の勢力を全て注ぎ込んでも倒せない相手なのだ。兵藤家始まって以来の文字通り人間界の中で最強の人間なのだ。だが、あまりにも自由奔放で飄々とした態度に重んじなければならない掟を数えるのも億劫するぐらい破っている男でもあった。今では妻と海外に赴いている―――兵藤家元当主の兵藤誠は10年後のために半ば旅行気分で動いているのである。

 

「・・・・・あの馬鹿が子供だった頃とは大違いだ」

 

「そうね・・・・・あの頃が懐かしいわ」

 

はぁ、と二人は嘆息する。

 

―――†―――†―――†―――

 

その日の夕方。後処理をすべて終え、原因の究明も把握したことで兵藤の中でも選りすぐられた上層部のみの緊急の召集が掛けられた。互いが向き合う姿勢で縦に座り、当主と側近の靖は横に並んで先頭の位置で腰を下ろしている。

 

「招集を掛けられた理由はわかっているな」

 

当主からの発言に一同は口を閉ざしたまま返事をしない。返答を求めていない当主の口から言葉が発し続ける。

 

「兵藤家の間で身内同士が諍いを起こすだけでなくこんな物まで使って集団暴行を及んでいる」

 

証拠として拭きもせずに血濡れた刀身の刀を源氏が上層の兵藤達の間に放り投げて見せつけた。そのひと振りの刀を見た瞬間、何人かの兵藤達は緊張が走り、一人は顔を蒼白した。

 

「兵藤家に身内同士の諍いを起こさない掟があることを皆も熟知しているはずだ。例え兵藤家が天皇として日本に君臨して以来初めての弱い者であろうと競い合う者、切磋琢磨し合う者として受け入れる。そういう掟があることをな」

 

源氏は一人の男に厳しい目で向ける。

 

「この刀は厳重に保管されている筈だったが、どうして簡単に子供の手に渡るようなことになったのだ」

 

「っ・・・・・」

 

「しかもこの刀は我が一族の家宝としても扱われているものだ。貴様、保管庫の鍵は手元にあるのだろうな。あるならば今直ぐ俺の前に見せるがいい」

 

重圧を掛けられ、顔に脂汗を掻く男は何も答えられず、ただ床を見つめる目は下に向くばかりだ。当主の睥睨は収まらないどころか更なるプレッシャーを与える。

 

「貴様の子供は無断でこれを持ち出し、あろうことか身内に凶刃に掛けさせた。この責は重いと思え」

 

それだけではない、と更に言い続ける。

 

「この場に何人も兵藤家が決めた掟を破った子の親もいる。その者達も重い責任を課する。子供の教育を怠った自分を恥じるがいい」

 

「とう―――!」

 

「異論は許さん。お前達の子供にも言い聞かせろ、身内に対する暴力行為は掟に反するとな」

 

話しは終わりだと一同に解散を命じて退室を促し、責任を課せられた者達はこの世の終わりだと暗い影を顔に落としていなくなった。源氏と靖も後に部屋を後にし羅姫達がいる部屋へと足を運んだ。

 

「入るぞ」

 

無造作に戸を開けた瞬間。娘達が着替え中のところを出くわしてしまい、羅姫の笑っていない顔で思いっきりビンタを貰って勢いよく戸を閉められた。

 

「・・・・・当主、せめて返事を聞いてから開けてください」

 

「・・・・・」

 

頬に紅い紅葉の痕を作った見方では情けない当主に靖は呆れた風に述べる。それから娘達から「変態お父さん」としばらく言われるようになって物凄く落ち込む当主の姿を見掛けるようになった。

 

「それで、召集の方は終わったのですか」

 

「ああ、特に荒だったこともなくな。追々責任を課す予定だ」

 

「追放ですか?」

 

「まだ検討中だ。それよりもあの子の方はどうだ」

 

ようやく部屋の中に入ることを許されて子供の状態を求めると、妻の羅姫は言う。

 

「命に別状はもうないわ。傷痕は残ってしまうと思うけれど・・・・・もうあの子を兵藤家で預かるわけにはいかない。今回の件でハッキリとそう感じてしまったわ」

 

「・・・・・だが」

 

「私達の見えないところでもっと傷つくのはあの子なのよ?四六時中、私達や楼羅達が付きっきりでいることもできない。あの子自身が身に降りかかる不条理や理不尽に抗う意思が無い限り、ずっと暴力を受け入れ続けて最後は身体を壊す」

 

悲哀の色を浮かぶ妻の顔を見て口を閉ざす。今の子供の現状を鑑みて今後も暴力を振るわれても抵抗しないで受け入れるだろう。今回は衝動的に駆られて反撃をしたのだろうが次はどうなるか定かではない。

 

「・・・・・本当にそうなのか、試してみよう」

 

「試す・・・・・?」

 

「今のあの子は二つの血による力を得ている。摩訶不思議なあの力も発現した。それを行使して身に降りかかる暴力に抗わうか否か、試す」

 

夫は何を考えているのか理解に苦しむものの、力が無い子供だった頃とどう違いがあるのか見守る必要があるのは確かだと無言で頷く。

 

「そろそろあの時期だ。丁度あの子を試すのにいい」

 

「交流大会ですね」

 

「ああ」

 

 

()

 

神奈川県川神市―――。武術の総本山とも称されてる川神院が在る。兵藤家と深い繋がりもあり、川神院の総代は兵藤の血を受け継いでいる者でもあるので当主の源氏とも交流がある。兵藤家と川神家の交流試合はここ川神院で兵藤以外の者達と切磋琢磨をする目的で行われるのだ。そして交流試合は川神市にいる子供達も参加が認められ、戦う相手を増やして経験と糧を得させるその試合を大人達も見てくる。兵藤家の子供の親も例外ではない。

 

「鉄心殿、久しぶりだな」

 

「ふぉっふぉっふぉ。源氏殿も去年と変わらず息災の様で何よりじゃ。今回もよろしく頼むぞぃ」

 

「こちらこそお願いする。そちらの孫娘に満足させられる相手がいると願ってな」

 

「そうじゃのー。最近はやんちゃで困っておるがやはり日本一可愛くて仕方がないわい」

 

「日本一可愛いなら俺の娘達の方だと思うがな」

 

妙な張り合いと睨み合いをする二人を差し置いて交流試合は始まろうとしていた。兵藤家と川神家+参加希望の武家の子供達が戦いの場である闘技場で一対一の勝負の形式によって対峙し、相手を敬意してお辞儀をすれば試合開始の合図の銅鑼が鳴らされると飛び掛かったり殴りかかったりし始める。

 

「ふむ、前回と変わらず兵藤家の子供達は皆強いの。安泰であろう源氏殿」

 

「・・・・・だと、いいがな」

 

今の幼い兵藤の子供達の質は最悪に等しいと口が裂けても言いたくない源氏。その証拠に一人の子供が壊れかけた心を堅く閉ざすほど罵声や暴力を振るわれて二度も死に掛けたのだ。故に不安だからこそ思うところがある風に源氏はそう述べたのだった。

 

「次は鉄心殿の孫娘の番だな」

 

「うむ、しっかりと撮影の準備はできておるぞ」

 

白い髭が長い外套と袴を身に包む老人の顔は真剣で手にはビデオカメラを構えている。そんなことは聞いていないと内心呟く源氏も鉄心の孫娘へ注視する。相手は兵藤の子供達の中で実力が随一と称されている子供。互いがお辞儀をし、銅鑼の音が鳴ると同時にどちらからでもなく相手へ接近して拳を交える。

 

「ところで源氏殿。聞いてよいか」

 

「何か」

 

「軽くお主の一族の子供を見回したんじゃが、一人、存在感が薄い程に気配を感じない子供がおるの」

 

鉄心の指摘に微かに顔を強張らせ、その子供の方に視界を入れれば戦っている者達に目を向けず呆然と青い空を見上げている。源氏からでも確かに言われた通りの存在感と気配が無いぐらい、一瞬でも目を離せば何時の間にか虚空にいなくなってしまいそうな危うさを醸し出している。

 

「あの子は強い・・・・・わけではなさそうじゃな。覇気が全然感じられん。なのにワシでも肉眼で見なければ認知できんぐらい気配と存在感が無いほど不思議じゃわぃ。今時の兵藤家は気配を隠す術も教えておるのか?」

 

「・・・・・」

 

違う、そうじゃないと否定したいが更に追究してくるのが目に見えるので押し黙る源氏の目の前で鉄心の孫娘が兵藤家の子供を殴り飛ばし場外へと追いやった。

 

「強いな・・・・・お前の孫娘は」

 

「自慢の孫じゃからの。源氏殿の一族には負けんわぃ」

 

横から胸を張って自身に満ちた声音が漏れる。自慢の孫・・・・・ならば自分の孫はどう表現していいのか分からない源氏は複雑極まりない感情を心に押し度止める。試合は滞りなく進み悠璃と楼羅も相手を打ち負かし試合に勝利を勝ち取った。そしてついに子供の試合を迎えた。名前を呼ばれてもぼーっとしていてリングの上に上がろうとせず、二人の少女達に引っ張られ、背中を押される形でようやく相手の前に立った。その相手は奇遇にも子供に刀で切りつけた兵藤の子供だった。手には木刀を持っているが震えて試合が始める前から逃げ腰だ。

 

「試合開始!」

 

銅鑼の音が闘技場に響き試合が始まる。その音を聞き慣れたか、最初から気にしていないのかずっと上の空の子供は案山子のように突っ立ったままに対して兵藤の子供は目の前の子供に畏怖の念を抱いているのか、恐れの色が顔に浮かんでいる。

 

「・・・・・動かんのぉ」

 

「・・・・・」

 

交流試合が始まる前からやる気もとい脱力している。何事に対して意欲は殆どない子供に戦えと言っても無理があるかもしれない話だ。源氏もこれでは知ることが出来ないとどうしようかと懸念した矢先に外野から野次が飛んできた。

 

「おい、そんな雑魚に何時まで戦わないんだよ!さっさと倒しちまえ!」

 

「そうだそうだ、相手は俺達よりも滅茶苦茶弱い雑魚なんだからさ!」

 

「いつものようにリンチしている時のように殴って終わらせしちまえよ!」

 

明らかな悪意と嘲笑を飛ばす子供達が戦闘を催促する。相手に送る言葉では無い発言が徐々に増えていくにつれ鉄心は眉根を寄せた。

 

「源氏殿・・・・・」

 

「これが、今の若い世代の兵藤達だ」

 

「・・・・・ならば、あの子供は」

 

集団暴行を受けて心に深い傷を負っている子供だと知って、同情に似た不憫を禁じ得なかった。今まで交流試合をしてきた中でそんな子供達は見た事が無い鉄心にとって、武を練磨する者としてあまりにも憐れな存在だ。そんな時だった。背中を押された子供が恐怖を紛らかそうと叫びをあげながら木刀を振り上げ、子供の顔面に叩きつけた。ようやく始まった闘いに野次を飛ばした子供達は嘲笑の歓声を、悠璃と楼羅、源氏を含む数名が不安を覚える。

 

「うわあああああっ!」

 

何度も何度も、子供に叩きつける。目の前の恐怖を倒さんと我武者羅に木刀を振り続ける。無抵抗にその攻撃を受ける子供は何も反応しない。流石の審判も止めた方がいいのではないかと鉄心に視線で求める。

 

「源氏殿」

 

「・・・・・まだだ」

 

ようやく試すことができるこの機会を終わらせたくない。あの子供の反応が分かる瞬間を制止の有無を求める鉄心に試合続行を発する。目線はじっと子供に向ける源氏に鉄心は何か考えがあるのだろうか、と審判に首を横に振って試合を継続させる意思を見せる。

 

「はぁ・・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・・」

 

振るうのが疲れて肩で息をする子供の目の前は、顔や腕に青痣を作った上の空の子供。血も流しているが当の本人はその痛みすら気にする素振りも見せず空を見つめ続けるその姿勢を変えなかった。

 

「な、なんで・・・・・倒れないんだよ、反撃もしてこないんだよ・・・・・っ」

 

疑問を抱きながらも畏怖の念を増長する子供。荒い息を絶えなく漏らしながら木刀を掲げ―――。

 

「いい加減に倒れろよこの雑魚がぁあああああああああああっ!」

 

渾身の一撃―――木刀が子供の肩に直撃した。その衝撃で空を見上げていた視線は外れて目の前の子供に。同時に身体にずきりと痛みが走った。―――それが切っ掛けとなった。

 

「・・・・・」

 

子供の全身から闇のオーラが迸り、顔に入れ墨の様な紋様と背中から紋様状の翼が生え、腰辺りに黒い尻尾も伸びては両腕が黒い異形の腕と化した。

 

「ひっ!?」

 

悲鳴を上げる子供、そして様変わりした子供の姿に周囲の一同は絶句する。鉄心もその一人だ。

 

「ひぃいいいいいいいいいいっ!」

 

木刀を捨てて逃げようとする子供だったが、虚空から飛び出した鎖に捕らえられ子供の方へと引っ張られる。引っ張られてくる敵に向かって腕に闇のオーラを集束させて巨大な腕に、あの時の続きをするかのように具現化した。

 

「や、やめっ―――――っ!?」

 

懇願する相手に黒い巨拳で突き刺し、思いっきり殴り飛ばした先に銅鑼とぶつかって激しい轟音が闘技場に響き渡る。

 

「・・・・・」

 

確信した源氏。もはや力無き子供だった頃の子供では無い。ちゃんと反撃もするようになったが子供の将来が益々不安になった。そう感想を抱く兵藤家当主の隣に座っている鉄心は子供の危うさに危機感を覚えた。暴力と理不尽の中で生まれた力とあらば、正しい方向と違う間違った方へ力を振るってしまうことを。

 

「「・・・・・っ」」

 

大人達の心情を露知らない子供が二人いた。黒髪に赤い目の少女は興奮を覚えた。水色の髪に同色の瞳の少女は歓喜した。あんな化け物みたいな力を振るう子供と戦えることに。バッと交流試合で設けられたトーナメント表を見た。赤い目の少女はあの子供と戦えないが決勝戦まで残れたならば戦えるだろうと期待を胸に抱き、水色の瞳の少女はガッツポーズをした。あと二、三戦も勝てばあの子供とぶつかるのだと。―――その為には悠璃と楼羅を倒す必要がある。

 

「・・・・・?」

 

「どうしました悠璃?」

 

「何か、急に負けられない戦いになった感じがした」

 

「そうですか。不思議ですね、私も不意にそう感じてしまいました」

 

変な電波を受信してしまった二人は。その意味を理解する事もなく午前の部が終わってしまった。

 

「・・・・・ヒュームよ」

 

「はっ」

 

「この交流試合に参加してよかったと思う。あの様な者と出会えたのだから」

 

「では、接触を試みますか」

 

「うむ」

 

銀髪にばつ印の傷跡がある少女と紳士服を身に包む長 身の金髪の老人も注目する。

 

「当主、何なのですかあの子供は」

 

兵藤の大人達から追究される。とても兵藤家の者とは思えない力で相手を打ち負かした子供の真意を知りたいと詰め寄る大人は少なくなかった。

 

「何だとはなんだ。我らの血を引く一族の子だ。それ以上も以下もない」

 

「我ら兵藤家にあんな異形の力を振る者がいたとあらば、兵藤家の威光を穢しているようなものですぞっ」

 

「威光を穢す・・・・・よく己の事を棚に上げてそんな事が言えるのだな貴様は。自分の子供が戦っている子供に罵声や中傷を浴びせているのを目の前にして、相手に敬意を払うよう子供に注意するよりも、相手を陥れるのが優先とは。その神経に恐れ入る」

 

「っ・・・・・」

 

「俺は当主の座に着いてから貴様等にそんな風に鍛えた覚えはない。貴様等のような存在こそが兵藤家の威光を穢しているようなものだ」

 

「なっ・・・・・!」

 

「知らぬ筈がないだろう。たった一人の弱き者が周囲から暴力と理不尽の嵐に呑み込まれている事を。それがあんな異形の力を得てしまったのは、我らの責任でもある。俺にあの子供に対して異議を申す暇があるなら、自分の子供を正しく兵藤家の者として恥ずかしくない教育を矯正しろ」

 

それは自分も人の事言えないが謙虚に兵藤達へ述べて娘達がいる部屋へと赴く。

 

「入るぞ」

 

戸を開けると、川神院の門下生に傷の手当てを受けてる子供の様子を二人の娘と鉄心とその孫娘に見守られている。何だこの状況と思いながらもその輪の中に入る。

 

「手当てはこちらでするつもりだったのだか」

 

「この子供の事を知りたかったからの。こちらで処置させてもらったぞぃ源氏殿」

 

優しく子供の頭に手を置く。

 

「心に深い傷を負って心を閉ざしておるのじゃな」

 

「・・・・・」

 

「話しかけても反応しない。痛みは感じとる筈じゃが痩せ我慢ではなくその感覚を無視しておる。敵と認識したら攻撃をするそうじゃが、一体どんな生活を送ればこんな子供になるのか・・・・・」

 

自分も仕事で長い間、本家を留守にしていたために目の届かないところで暴行が加えられていた事に気付かずにいた。この子の父親に任せろと言った自分の情けなさと恥ずかしさで子供に申し訳ないと深く猛省する源氏。六か月前より以前は明るく元気な子だったのに今ではその面影すらない子供の現状に憂う・・・・・。

 

「ジジイ、こいつ、話しかけても喋らないのか?」

 

子供の生気の光が無い暗い瞳を覗き込んだ赤眼の少女。こうして目線を合わせても自分のことを全く見ていないかのように反応しない。

 

「傷ついた心を開けない限りは反応すらしない。それか強い衝撃を与える他ないじゃろう」

 

「強い衝撃ってなんだ?」

 

「さぁの、生きる意欲を芽生えさせたり誰かを守る意思を抱かせたりと様々じゃ」

 

語る鉄心だったがいまの子供にそんな気持ちは皆無に等しい。反応が乏しいこの子供に自分の意思で動くとは思えない。

 

「総代、処置を終えました」

 

「うむ、では、そろそろ昼食にしようかのお主らの分もよいしてあるから一緒に食べよう」

 

「・・・・・すまないがこの子のだけは遠慮させてもらう」

 

「何故じゃ?」

 

「未だパンの類の食べ物にしか食べないからだ。どんな料理を目の前に置かれても一切口にしない。下手すれば一日ずっと食べようとしないからだ」

 

どこからともなく取り出したバスケットを開け、そこからホットドックを取り出す悠璃が子供の前に差し出せば、それを受け取り、無表情でもきゅもきゅと食べ始める子供を見て嬉しそうに笑む楼羅達を見て思った事を鉄心は言う。

 

「それも心を閉ざしている理由なのか源氏殿」

 

「ああ・・・・・俺がいない間に牢屋で過ごされ食事は粗末なパンしか与えていなかったようだ。仕舞には数日間も水も食事も与えられず・・・・・俺が仕事から戻って来てこの子を見た時は骨と皮しかない状態であった」

 

「・・・・・兵藤家は安泰じゃと言った自分が恥ずかしいわい」

 

暴力だけでなくそっちの方にも子供に悪影響を与えられていた事実を知り、悲哀の色を目の奥で浮かぶ老人。赤い目の少女もそんな酷い環境の中で生きていたのか、と驚愕の色を隠せないでいた。

 

「今ではパンの種類を増やしつつ他の料理を食べさせるように工夫している。ようやく肉と一緒に食べてくれている時でな、次はハンバーガも食べさせる予定だ」

 

「・・・・・苦労しているの源氏殿」

 

「兵藤家が身内に滅ぼされるよりはこんな苦労、苦労の内に入らん」

 

身内?と不意に過った素朴な疑問を源氏にぶつけた。

 

「他の兵藤の者の子じゃろ?」

 

「それならばこの子はその親に任せているとは思わないのか鉄心殿。この子は言葉通り身内の子―――俺の馬鹿息子の子供なのだ」

 

「―――誠殿の子じゃとっ」

 

糸目がちの目が丸くなって改めて二つ目のホットドックを食べ始めている子供を見て冷や汗を流す。緊張した面持ちの老人の様子がおかしいと鉄心の孫娘も素朴な疑問を口にした。

 

「ジジイ、どうした?」

 

「いや・・・・・何でもない(話から察するに他の兵藤の者達はこの子の出生を知らんようじゃ。誠殿もこの子の現状を知らぬようじゃし・・・・・知ってしまった日には兵藤家の命日やも知れぬ)」

 

兵藤家の存亡はこの子に懸かっていると言っても過言ではない。そう断言する鉄心は源氏に同情する。何柱の神々を殴り倒した兵藤家史上最強の男に敵う兵藤家の者はいないのだから。

 

「(とんでもない話しを聞いてしまったな)

 

「ヒューム、どうした入らぬのか?」

 

「どうやら取り込み中の様ですからな。また改めて接触しましょう揚羽様」

 

「む、そうか。ならば仕方無い」

 

立ち聞きしてしまった老紳士はこの話を使えている主に報告しようと心に留め、静かに気配を隠して去ったのだが、少女の方は気配を隠すことはできずにいて源氏と鉄心に存在を気付かれていた。

 

―――†―――†―――†―――

 

昼食を終えれば午後の部が始まり、早速勝ち越した者同士が試合を臨む。悠璃が三回戦進出を果たすと二つ目の試合の後に子供の番となるが、相手の兵藤が戦う前に棄権を宣言して不戦勝となった。楼羅も無事に勝利して三人が中心に決勝戦まで上り詰めるかと思いきや、悠璃が水色の髪と瞳の少女に敗れた。

 

「いっくん、私の分も頑張って勝って。あいつ、躊躇ないから強いよ」

 

とても悔しげに子供に言う悠璃を負かした張本人は、不適の笑みを浮かべて親族の方へと戻っていく。続いて子供の番になり、不戦勝にはならず相手を最初の試合のような戦い方をして圧倒した。楼羅の試合。相手は―――鉄心の孫娘だ。お互いの孫娘が戦う場面に真剣な表情で見守る源氏と鉄心。いざ試合が始まり・・・・・あっという間に勝敗が決した。

 

「負けました・・・・・人一人を殴り飛ばすってあの体のどこにそんな力があるのですか・・・・・」

 

それから少し時間が経ち着々と決勝戦へ臨まんと争う子供達が競い合う内に、水色の髪と瞳の少女と子供がぶつかった。少女の方は浮かんだ笑みを隠そうとせず、全力で楽しもうと風に高揚感とギラギラとした戦意の気持ちを子供へ向ける。その対極的に相も変わらずぼーっと空を見上げている子供は目の前の相手に無関心。

 

「最初から全力で来い。そうでなきゃ楽しめないからな」

 

試合開始の銅鑼の音が鳴った瞬間に少女は低い姿勢で肉薄仕掛った。子供の胸に目掛けて掌を突き出して吹き飛ばすが、相手は無反応でリングに倒れ青空を見上げる。起き上がる気配が無くても気にせず少女は『切り札』を使う意思を示した。

 

「私は、お前のような存在と出会う事を待っていた!食らえ!」

 

嬉々として虚空から鋭利な氷の槍を無数も具現化してみせた。その異常現象は源氏や鉄心は驚嘆と感嘆、彼女の保護者等が焦燥の色を浮かべさせた。放たれる氷槍は真っ直ぐ空を見上げる子供に直撃する。子供の体に数本も突き刺さる以外、他は取り囲むようにリングに突き立った。

 

「・・・・・」

 

自分の体に傷を負わす者を敵として認識したことでゆっくりと起き上がった。小さな手が身体に刺さる氷を掴み抜き放った時、傷口が勝手に塞がっていく回復力に源氏は目を疑った。

 

「(自己再生・・・・・?あの子にそんな能力は・・・・・いや、あの時飲ませた秘薬が原因か・・・・・)」

 

―――道理で傷の治りが早い、と一人納得している当主の目の前で闇の力を解放し、少女の懐に飛び込もうとする子供が。作った氷のナイフを握る少女に巨大な黒い拳を突き付けるが、横にかわされナイフの投擲で脚を切られる。その傷に意も向けず虚空から飛び出す鎖も駆使して少女を捕らえようとしながら倒しに掛る子供・・・・・。

数分後。中距離から投擲され続けたナイフによって、服が血で染まり地面に滴り落とす子供と顔に青痣を作る少女が対峙していた。

 

「それだけの血を流していながら表情を変えないとは・・・・・だが、これでお終いだ」

 

ナイフを投擲する少女。黒い腕を闇のオーラで巨大化にしてナイフを受け止めた瞬間、自分の腕で視界が見えなくなった子供の隙を狙って得物を黒い腕に突き刺した少女が―――。

 

「凍れ!」

 

子供の腕を始め首から下まで氷漬けにしたのだった。この瞬間、誰もが少女の勝利で子供の敗北だと認識した。だが、子供の深層の心理世界・・・・・心奥底に子供の意識が引っ張られた。

 

「・・・・・?」

 

暗い場所、ここはどこだろう?と風に周囲を確認した後に素朴な疑問を思い抱く子供の背後から、九つの狐の尻尾を生やしている人物が音もなく自然に現れた。

 

「此度の憑依先は愉快な者じゃ。禁忌の兵藤の者とは」

 

「・・・・・」

 

「それに貴様の中に宿るモノ達も・・・・・」

 

暗い空間を見上げる謎の人物の言葉に、子供は巨大な何かの気配を始めて感じ取った。それも複数。暗くて姿までは見えないが何かがいると言う事だけはハッキリと判る。

 

「―――よ、力が欲しいか?さすれば力を与えてやれるぞ」

 

「・・・・・」

 

「何故そうするのだと?ふふふ、此度の憑依先・・・・・つまり貴様の事が興味を持ったからだ。特にその瞳がよい」

 

謎の人物は華奢な腕を伸ばし子供の頬を包むように添えた。口にしたわけでもないのに相手の気持ちを悟っている風に語る謎の人物は薄く微笑んだ。ハイライトのない黒い瞳を慈愛に満ちた黒い双眸で覗き込みながら。

 

「兵藤の連中を憎むであれば惜しまず協力しよう。そうでなくとも貴様の魂に宿る限り貴様の生き様を見守らせてもらう」

 

子供の脇に手を差し込んで持ち上げる謎の人物は、胸の中に抱きしめた。自分の尾で椅子代わりにしながら子供の顔に顔を近づけると小振りな唇を動かす。

 

「何時までも貴様の事を見守っている。貴様は常に一人では無い事を忘れるな」

 

そのまま謎の人物は―――全ての尾を自分ごと唇を子供の唇と重ねながら包む。

 

「――――」

 

水色の瞳が瞠目した。首から下まで氷漬けにされた子供が突如『九つの尾』を迸らせるように腰辺りから生やしながら身を覆う氷を砕いた。一体何が起きた?頭にも生えたあの耳も何だ、あの姿は何だ?疑問が疑問を呼んでしまい思考が混乱の渦中に呑み込まれている間に身体が横薙ぎに振られた尾に叩きつけられ、リングのギリギリまで吹っ飛ばされた。

 

「かはっ!は、はははっ・・・・・まだ、そんな隠し玉があったとは知らなかったっ」

 

全身に痛みが走っても立ち上がる少女の戦意は消えていない。寧ろかえって燃え盛る炎のように子供との戦闘を楽しまんと高揚感が湧き、笑みを浮かべた。異質な力を持つ同士の戦い、この瞬間を逃したら今度いつできるのかわからないと思ったところで、子供が空に掲げるように伸ばした両手の間に巨大な火球を作り出して構えた。

 

「いいぞ、戦いの本番はこれからだと言いたいんだな!やっと戦いらしくなってきた!」

 

狂喜の笑みを浮かる少女も手を天へ伸ばして巨大な氷塊を虚空から生み出した。炎と氷の頂上決戦のような感じと成った試合の白熱さに観客達は息を呑んだ。次の攻撃でどっちが勝ってもおかしくない状況に静観する姿勢を保つ中、二人の子供達が動き出す。

 

「勝負!」

 

「・・・・・」

 

氷塊を落とす少女に火球を打ち上げる子供―――だったが、

 

「勝負では無いわ!顕現の三 毘沙門天!」

 

気で具現化した巨大な足がコンマ秒で天から降って来て、二人の一撃を二人ごと踏みつぶした。リング全体が罅割れ修繕しなければ試合が臨めない状態は『威力を抑えた』結果である。その気であれば巨大な足跡が残るほどのクレーターが作ってしまう故に鉄心は抑えたつもりだが。

 

『ええええええええええええええええっ!?』

 

これには観客達も絶叫した。中断どころか自分で子供達を秒殺した揚句、試合を止めた鉄心に数多の目線と視線が向けられて、それらを一身に浴びる中で鉄心は説明する。

 

「今試合は武術で切磋琢磨をするものじゃ。それ以外の力だけで戦うならば試合のルールに反するに値し、ワシ自ら制裁を下す」

 

制裁でリングが使えなくなるぐらいの威力を放つ総代に誰もが何も言えなくなり、葬式のような静寂が醸し出して潰れた蛙のようになった二人に心の中で合掌。結局二人の試合は鉄心の計らいで引き分けにし、トーナメント戦は最後までやり遂げた結果、鉄心の孫娘が優勝したのだったが。終始、大いに不満そうな顔を浮かべていたのであった。

 

「・・・・・」

 

子供が目を覚ました時には空が夕日で朱色に染まった頃だった。誰もいない見知らぬ個室、ここは何処なんだろうと他人事のように天井を見つめた子供がいる部屋の戸が開きだした。源氏が入ってきて子供の隣に居座る。

 

「・・・・・気分はどうだ」

 

「・・・・・」

 

少年が何も言い返さないことを承知の上で口を開く。

 

「あの狐の尻尾は一体何だ。お前自身の力か」

 

「・・・・・」

 

何度も問い掛けてきたが、今回の交流試合で何か変化が起きるのではと思った源氏は内心溜息を吐き子供に求めていた変化はない事を悟りこう言う。

 

「黒い力と狐の力を兵藤家の中にいる間は絶対に使ってはならない。俺達と一緒に住みたいなら鎖の力だけを使うのだ」

 

「・・・・・」

 

「兵藤家は純粋な人間の力で世界最強と称されてきた歴史がある。お前が人間ではない力を使えば他の者達がお前に暴力を振るう者が後を絶たない上に俺もお前を庇いきれなくなる。悠璃と楼羅もお前がいなくなることは望まないだろう」

 

兵藤家当主として、子供の祖父として忠告と諭す言葉を織り交ぜて動かす口唇から発する。彼の者の言葉は子供に届いたか定かではないが源氏は子供を守るつもりだった。

 

「今日はこの家で泊る事になった。鉄心殿の孫娘と仲良くしなさい」

 

後ろへ尻目で視線を送る源氏は戸から頭をはみ出して二人の様子を覗き込んでいる幼女達と老人―――。

 

「鉄心殿まで何をしている」

 

「ちょっとしたお茶目じゃよ源氏殿」

 

「・・・・・貴殿にお茶目などに合わないからやめて欲しい」

 

心底呆れた顔で吐息を零す当主の言葉には同感だと鉄心の孫娘まで呆れ果てられた。

 

「そーだぞジジイ、自分のねんれーを考えろよ」

 

「ジーチャンに向かって何と言う口の利き方をするんじゃモモ!ワシはまだ現役じゃ!」

 

祖父と孫の言い合いを他所に悠璃と楼羅が子供の方へ近づき、持ってきたバスケットの中のパン類の物を見せつけた。

 

「いっくん、ごはんだよ」

 

「今日は色んなパンがありますからいっぱい食べましょう」

 

甲斐甲斐しく世話をする二人に応じる子供は起き上がり、一つのパンを手にして食べ始めた矢先に腰辺りから九つの尾と頭に狐耳が生えだす。犬が嬉しそうに尻尾を振るうように、子供の尻尾もユラユラと振るい続けるその仕草に。

 

「可愛い・・・・・嬉しいのかな」

 

「尻尾の動きで表現が判ると良いですね」

 

「おお・・・・・フワフワでモコモコだ。今日はこの尻尾を抱きしめながら寝てみたいぞ」

 

あっという間に子供達から人気を得た。顔に出ない表情が尻尾で表現する子供に何とも複雑極まりない源氏は、家の中ぐらいはあの姿でいてもらうべきかと神妙にもなっていた。

 

「源氏殿、あの力もあの子自身のものかの?」

 

「・・・・・あくまで推測だが、当主のみにしか伝承されない歴史がある。よもや、この目でそれを見ることになるとは思わなかった」

 

「ふむぅ・・・・・察するに狐憑きということか。大丈夫かの?」

 

「俺も始めて見る事だから何とも言えんが、乗っ取るつもりでいるならとっくの昔にしているだろう。心が壊れかけているあの子を乗っ取るのは容易い事だろうからな」

 

何時でもできるから敢えてしないでいるのか、それともしない理由でもあるのかと思いを馳せる源氏の眼前では、尻尾をむぎゅっと抱きしめて毛並みと肌触りを堪能する自分の娘達がいた。

 

「お父さん、今日はいっくんと寝る」

 

「こんな抱き枕が欲しかったです」

 

「そうだな、何だかずっと抱きしめていたい気分だ」

 

「・・・・・」

 

若干、困惑で眉根を寄せる子供が源氏に何かを訴える視線を送った。だが、源氏に求めた事は適わずその日の夜は三人の幼い少女に抱きしめられながら寝る選択しかなかった。

 

「―――兵藤家に禁忌の存在が現れた」

 

「異形の力を得るだけ飽き足らず狐憑きの明るみにもなった。もはやあの者は兵藤の者ではない」

 

「これ以上我が一族の醜態をさらすわけにはいかないな」

 

「だが、我らの手で『処理』することも禁忌にされておる」

 

「ならば我らの代わりにしてもらうまで。『悪鬼羅刹』を討伐の名目でな」

 

同日某所で当主がいないところで暗躍が企てられている事にも気付かず、運命の日を迎えようとしていた。

 

―――†―――†―――†―――

 

「―――お久しぶりでございます源氏様、羅姫様」

 

川神家で一夜を過ごし鉄心達と別れて兵藤家に戻ったその日の朝。兵藤家に戻った源氏達にある人物が家の中で待ち構えていた。メイド服を身に包んだ銀髪を一本に結う、琥珀の双眸の外人の女性だった。メイドは恭しく二人に礼儀正しくお辞儀をしたが子供を一目見た瞬間、瞳に絶対零度の冷たさを孕み声音ですらどこまでも低く発した。

 

「これはどういうことなのかご説明していただけますでしょうか」

 

「「・・・・・」」

 

顔を強張らせ、緊張の気配も醸し出す源氏と羅姫は子供達を別の部屋に居させてからこれまでの経緯を説明した。それまで静かに耳を傾けていたメイドは小さく息を吐き感想を述べる。

 

「腐ってますねこの一族は。弱者と言うだけで二度もまだ幼い子供を死に追い詰めるとは彼の栄光ある兵藤家も地に堕ちたものです。兵藤家の教育は二流どころか三流以下・・・いえ、素人なのでは?もう兵藤家を潰して式森家に日本の舵を切ってもらうべきかと」

 

「それでも、私達は・・・・・」

 

「人間は完璧ではございません。無論私もあの方達もそうです。しかし、話を聞く限りお二人は問題を起こした兵藤の者達に何の処罰もしていないご様子。―――あの子を飼い殺しにするつもりですか」

 

「・・・・・」

 

「一香様はご心配をしています。封印の術式が壊れたあの子の身に何か起きているのだと。実際一目見て確信しました。あの子の体から兵藤家にはあるはずがない式森家の『魔力』を感じました。当主がいながらどうして封印術式が無くなる事態になるのか不思議でなりません」

 

淡々と言葉を発し続ける彼女に二人は異を唱える言葉すら口から出ずに、親に怒られた子供の様に嵐が過ぎるのを待つ感じで真っ直ぐ彼女を見つめている。

 

「お可愛そうに・・・・・こんなことになると知っていたら預けていなかった。誠様達も自分達を責め恨むでしょう。私もその一人です」

 

「・・・・・責任は俺にある」

 

「責任の云々の話ではございません。大の大人が預かっている子供を満足に守れず、貴方達は誠様達に信用と信頼を裏切ったのです。それらを取り戻したければあの子の心をどうにかして開くように努力してください」

 

現状見る限り難しいでしょうが、と皮肉も込めるメイドの言葉は源氏達の心に影を落とさせる。羅姫は申し訳なさそうに彼女に問うた。あの子供の現状を知った以上は報告するべき者達もいるからだ。

 

「誠達には教えるの?」

 

「・・・・・伝えたらあのお二人の仕事に支障が出ます。『封印は壊れているが、本人は悠璃様と楼羅様に囲まれて元気にお過ごしです』と言うしかありません。決して貴方達のために言っているのではない事を重々承知して下さい」

 

「リーラ・・・・・」

 

メイドの女性、リーラ・シャルンホルスト。元誠と一香の子供専属のメイドは憂うだろ子供の両親のために秘匿することにした。これで自分も非を責められようと仕事の影響に支障が出ないよう最善を尽くす他ない故に。

 

「しかし、このまま御二人やあの子達にあの方をお任せるのは少々不安がございます。こちらであの方の身の回りの世話や護衛を任せるメイドを派遣させていただきます」

 

「派遣・・・・・まだ、その『時期』は早いのでは?」

 

「あなた方が四六時中付きっきりであの方と共に居る事は難しい筈です。ならば生涯メイドとして育成した者ならば、常に共に居り当主達の目を盗んであの方に害を与える輩から守れますでしょう」

 

決定事項だとばかり二人に異論を出さず後日、子供と同年代の二人のメイドが兵藤家にやってきたのは意外と直ぐであった。

 

「・・・・・わかった。ならばこちらもそれに合わせて時期を早めよう。そうすれば他の者達は疑問も抱かないはずだ」

 

「かしこまりました。ご連絡をお待ちしております。ですが質問を。お二人がいない時はどうするおつもりですか?」

 

問う彼女に二人は率直な質問を述べたら、お辞儀をして二人から離れるメイドは三人の子供がいる部屋へと足を運ぶ。その部屋の前に着き入室の許可を得てから中に入ると。サンドウィッチを頬張りながら狐耳を頭から生やし九つの尾を嬉しそうに揺らす子供を見守る二人の幼女の光景が視界に入る。

 

「いっくん、可愛い・・・・・」

 

「写真に納めましょう、何時か必ず」

 

何だか、聞いた話以上の事になっている。子供は人間の筈なのに、獣の特性を身に付いている。というか、九つの尾を生やしている時点で妖怪の類ではないか?刹那の放心から意識を戻して一先ず写真を撮る。話だけではあの二人に納得するのは足りないだろう。これは疑問より驚きから先に反応をすること間違いなしだ。

 

「あっ、リーラさん。撮った写真を下さい。お願いします」

 

「はい、かしこまりました」

 

この家に住んでから、兵藤家の姫達と仲が良くなったようだ。このままいけば恋するかもしれない。しかし、当の子供は恋愛感情が芽生えてくれるか、現状怪しいところである。

 

「会話は出来ますか?」

 

「出来ません。心を堅く閉ざしていますから」

 

「なら、他の方法・・・・・絵を描かせたり、文字で伝え合いなどはどうでしょうか」

 

リーラは思い付く案を提示してみてら、楼羅と悠璃ハッと顔を見合わせて瞬時に動き出す。それぞれお絵描きセットを用意し、先に悠璃がスケッチブックに文字を書いた。

 

『いっくん!文字を書きながら話そ!』

 

「・・・・・」

 

サンドウィッチをもそもそ食べながらスケッチブックを見る子供の反応は相も変わらずの無反応。残念と頭を垂らす悠璃の隣で楼羅は自分のスケッチブックとお絵描きセットを子供の前に差し出した。

 

『私達の事、どう思っているのか絵を描いて教えてくれませんか?』

 

楼羅も文字で子供に伝え、ハイライトのない瞳を見つめる悠璃とリーラは様子を伺う。サンドウィッチを全て食べ終えた後は、何時ものように上を向いてぼーとしているのが常だった。しかし、今日は違った。

 

「・・・・・」

 

目の前に置かれてる物を自ら手に取って、描き始める。六つの眼と三人からの視線を感じながら白い紙に手を動かして数分後。描き終えたのかスケッチブックを楼羅の前に差し出したので受け取って確かめると・・・・・源氏と羅姫、楼羅と悠璃の顔が描かれていて、その上に『いつも みまもってくれて ありがとう』と文字が書いてあった。

 

「「―――――っ」」

 

普段自分達の事をどう思っていたのか、この一枚の似顔絵だけで十分過ぎる。ぶわっと悠璃の目尻に涙が溢れ、子供に抱きつき涙目の楼羅も微笑みながら抱きしめて感動した言葉を送った。そんな微笑ましい光景にリーラは笑みを浮かべ、パシャリと写真を収めたら子供が描いたスケッチブックを借りて源氏と羅姫にも見せに行った。始めて子供が書いた思いが籠った絵を見た瞬間。

 

「あなた、泣いているの?」

 

「・・・・・泣いてなど、いないっ」

 

二人に背中を見せて明後日の方へ向く源氏から涙声が。子供の気持ちを知ってようやく苦労が報われたような感じを覚えた羅姫も終始笑みを浮かべた。今の子供の拠り所はこの家族達なのだろう。でなければ気持ちを伝えるどころか絵すら描く筈が無い。心を閉じたなら難しい事なのだから。

 

「(もう少しだけ、まだこの方達にあの方をお任せしてもいいでしょう)」

 

かなり不安ではあるが子供の人生は真っ暗では無い事を知った。二人にお辞儀をした姿勢のままリーラは光に包まれて消失し、あの二人に報告をした。

 

「・・・・・そうか。あの家でそんな事が遭ったんだな」

 

『はい、不安は払拭できませんがもう少し任せてもよろしいかと思います』

 

「式森の魔力だけは使わせないように願うだけね。ただ・・・・・」

 

亜麻色の髪の女性、兵藤一香の体から彼女の感情を表すかのように魔力が漏れ出した。

 

「仕事が全部片付いたら、私達の子供と同じ目を遭わせてやりたいものだわ。薄暗い牢獄の中で粗末なパンと水だけの生活と罵声と暴力の嵐・・・・・弱かっただけでそこまでされる非なんて有りはしないもの」

 

「クソ親父も苦労しているだろうがな。元当主としてケジメってやつをしなくちゃ親として示しが付けぇね」

 

母と父、子を思っての発言を漏らし、血祭りにしてやろうかアアンっ!?的な危ない考えをしているところでリーラが懸念の言葉を送った。

 

『・・・・・その時まであの方がお二人の事を覚えていらっしゃるとよいのですが』

 

「「今日一番の物凄く不安な事を言わないで!?」」

 

産みの親として絶対にそうなってほしくないベストス3に入る事を通信式魔方陣越しで言われ、二人は本気で焦燥に駆られたのだった。

 

・・・・・。・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。・・・・・。

 

・・・・・。

 

「いっくん、何が食べたい?」

 

訊ねてくる悠璃に子供はスケッチブックで描いたパンの絵をめくった。無反応だった頃より大きな一歩として満面の笑みを浮かべながら楼羅と悠璃はパンを子供に手渡す。肉と野菜が挟んであるサンドウィッチだ。パンに食材を挟むと一緒に食べてくれるので羅姫は栄養バランスを考えて作る。二人の幼女も一緒に手伝って作るので子供に美味しいと思わせたら感極まる。当主の家で平穏な生活を送る事早くも一ヵ月が経ち、熱い太陽光の日差しが兵藤家の本家も射す時期と成った頃。兵藤の子供達が闘技場に集められた。暑い中、あまり外に出たくない者や友人同士で遊戯をしたい者もちらほらいる中で和服姿の源氏が子供達の前で口を開く。

 

「今日からお前達に従者を付ける。兵藤家は同時に天皇家でもある故に、己の身の回りの世話をしてもらう従者の存在も不可欠として代々受け継がれている規律だ。親の元から離れて暮らしているお前達のもう一人の家族として接しながら、兵藤家の人間として恥ずかしくない生き方をするのだ」

 

既に子供達の住んでいる場所に従者が待機していると付け加え、従者に対する暴力や暴言は一切の厳禁であり、子供達の言動は逐一当主に報告される事を強調して告げてから解散を命じた。その頃、楼羅と悠璃に子供も当主の家で自分達の従者と対面を果たす。

 

「カリブディスです」

 

「ベルファストです」

 

「ダイドーです」

 

「シリアスです」

 

「ロドニーです」

 

どちらも外人の少女達だった。だが、楼羅達三人に対して彼女達は五人。素朴な疑問を抱いたところで羅姫が説明した。

 

「この子達は貴方達の従者としてこれから一緒に住むのよ」

 

「私達三人の、ですか?身の回りの世話をするお仕事が多くて大変だと思いますが」

 

「大丈夫よ。何時も二人がこの子の身の回りの世話をしているのだから。寧ろあなた達がこの子の世話をする争いをしないか心配だわ」

 

「・・・・・いっくんのお世話は私と楼羅がする」

 

早速これだけは譲る気はないとばかりに闘志の炎を燃やしだす悠璃が主張する。対極的にベルファスト達は―――。

 

「私達はリーラ様からご主人様の身の周りのお世話や護衛を兼ねてご奉仕をするようお願いされております」

 

「それでも兵藤家の姫たるお二人と、ご主人様を平等にご奉仕するのが私達のお役目ですのでどうか悪しからず」

 

「「「どうかよろしくお願いします」」」

 

ベルファスト達との出会いを経て、今までの日常から更に活気が増した当主達。メイド達も子供と接して驚く事が少なくなく、楼羅と悠璃とも子供を介して絆を築き七人の子供達の様子を静かに見守る源氏と羅姫は安心して子供達の幸せを望むもの、そう問屋が卸せなかった。海外の訪問の仕事が入って来てしまった。また自分達がいない間に子供が凄惨な目に遭わないよう、二の舞にはさせないよう―――源氏は手配した。

 

「そう言う事で鉄心殿。しばらくの間この子等を預かってほしい」

 

「うむ、よいぞぃ。川神院に弱者を蔑む者はおらんから安心して任せて欲しい」

 

「・・・・・頼んだぞ、刺客を送って来ないとは限らないからな」

 

念を入れて釘も刺し、武術の総本山の川神院に言う源氏。仕事をしている人間以外誰もが眠っている早朝の時に子供に危険が及ばないこの場所ならばと預ける兵藤家当主に鉄心は快く受け入れた。

 

「では、任せる」

 

「道中気を付けるのじゃぞ」

 

既に子供達は川神院の中に居させて寝ている。言葉を送ることもなく車の中に乗り込み、空港へと向かう源氏を見送る鉄心も後に家の中に戻ってもう一休みするのだった。

 

「へぇ、しばらく一緒に住むんだな。よろしく」

 

「お父様が戻ってくるまでの間ですがよろしくお願いします」

 

「よろしく」

 

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 

「・・・・・」

 

その日の朝。鉄心の孫娘と挨拶を交わす子供一同。兵藤家当主達の身内を預かることになったことを川神院の門下生達に知らせてしばらくした頃、顔を突き合わせる子供達は早速。

 

「よぅし、あの時お前と戦えなかった悔しさを晴らそうじゃないか、私と勝負だ!」

 

少女が子供の手を掴んでは颯爽と戦える広い場所へと連れていく故に、慌てて悠璃達が止めようと追いかけに行った。

 

「まったくいきなり勝負を吹っ掛けるとは困ったもんじゃわぃ。あの子は自ら進んで戦うような子ではないと言うのに」

 

「ですガ、百代の良い刺激になると思いますネ。彼女と同年代かそれに近い子供と切磋琢磨をする機会はなかったのデ」

 

「源氏殿は寛大であるが、あまり怪我をするようなことは控えたいのが本音じゃ。儂にとばっちりが来ると思うとひやひやするからのォ」

 

「では、何故預かったのデス?断る事も出来たと思いますガ」

 

緑色のジャージを身に包む似非中国人風の男性からの問いに、白い髭を擦りながら青い空を見上げる視線を変えず応える鉄心。

 

「あの子供の身近な環境を知ってしまった以上、放っておく事は出来ぬ。まだ五歳と言う幼い歳で心を閉ざす等、本来はないことじゃ。モモのように破天荒で元気が有り余っている言動をしている方が丁度ええんじゃ」

 

「彼女を通じてあの子の心を開ける、というわけデスか」

 

「理想的な事じゃが、そう簡単には行くまいともわかっておる。儂等も少しでもあの子の心を開く手助けをしよう」

 

「ハイ・・・・・」

 

そんなこんなで子供達は川神院で生活を送る事になった。川神鉄心の孫、川神百代は普段よりはしゃぎよく子供を振り回して楼羅達も巻き込み楽しい日々を過ごす様になる。

 

「いっくんと戦っちゃダメ!」

 

「戦うなら先に私達を倒してからにしてください」

 

「「「メイドも荒事を対処する術を心得ております」」」

 

「無理矢理ご主人様と戦わせるわけにはいきません」

 

「ご遊戯をお求めになられるならロドニーがお相手差し上げますよ」

 

「七対一か、面白い。纏めて相手になってやる!」

 

―――†―――†―――†―――

 

外国に行った源氏達が子供達を川神院に預けて数日が経過した。子供は、八人の子供に囲まれると大人同伴として糸目の似非中国人風の男、ルーと無精髭を生やすどこか怪しい男、釈迦堂刑部と一緒に外出を誘われた。大きな川が流れる多馬川沿いに足を運んだ。視線を軽く川から逸らせば市街地へ繋がっている長大な橋があった。

 

「ここが多馬川だヨ。夏から秋の時期でこの川で釣りをしたら色んな魚が釣れるヨ」

 

「そうなんですか。何だかここは暖かくていいですね」

 

「いっくん、ここで寝たら気持ちよく寝れそうだね」

 

場所を変えて市街地へと足を運ぶ。そこで橋を渡る際、変質者と出くわすと言う変態橋とも言われているが楼羅達子供一行は知る由もなく変質者と出会ってしまったが、ルーが一蹴する。

 

「お強いのですね」

 

「川神院に住む者として心身ともに強く無ければいけないからネ」

 

兵藤家(うち)の人達より強い?」

 

「ははっ、戦ってみない事にはわかねぇが戦ってみたいもんだ」

 

端を渡り切れば川神市駅前の金柳街へと直行するルーは子供達を案内する。普段は兵藤家に籠るので楼羅達は活気ある商店街に新鮮さを覚え、好奇心に擽られてキョロキョロと目を配らせる。メイドのベルファスト達も興味ありげに視界に入るモノ全て視線を向けるが子供は無関心を保つ―――。、

 

「むっ、兵藤がどうしてここにいるんだ」

 

訊き覚えの声に条件反射で振り返った子供の目に、青い髪と青い瞳の少女がスーツを着込む強面の数人に囲まれる形で佇んでいる姿を捉えた。好戦的なギラリと鋭い眼差しで笑みも浮かべながら臨戦態勢に入った。

 

「まぁいい。理由はどうであれ中途半端に止められたあの試合の続きをしよう」

 

「・・・・・」

 

氷を具現化する相手が攻撃してくる気配を感じ取ったからか、身体から闇のオーラを醸し出す子供であったが。

 

「いけませんってお嬢。親父からあの件でこっぴどくしかれたではありやせんか」

 

「しかも堅気がいる商店街で力を振るっちゃあ今度は外出禁止ものですって」

 

「俺達も親父に殺されるのはごめんですんでどうか・・・・・」

 

「いっくんに攻撃するな!」

 

「大丈夫です、私達が代わりに相手をしますから」

 

両者の保護者もとい家族に止められて、少女の方は苦い顔をして渋々と臨戦態勢の構えを解き、子供も闇のオーラを消した。

 

「・・・・・わかった」

 

「・・・・・」

 

心中で溜息吐くルーと釈迦堂。戦いだされては手を焼くのは必須だった。あの人間離れをした戦いに今度は止めなければならぬのだから。

 

「で、何で兵藤達がここに居るんだ」

 

「散歩です。そちらは?」

 

「獲物を探している」

 

獲物?動物を探しているのかと思いきや。

 

「うちの組から金を借りた堅気が返済日となった今日になっても返しに来ないから、こっちから取り立てに向かおうとしているんだ」

 

人探しの真っ最中であることを知り釈迦堂は意味深に口唇を吊り上げた。

 

「へぇ、アンタらヤクザもんか。化け物みたいな能力を持ってるガキを抱えてお互い苦労していそうだな」

 

「おいコラ、うちらのお嬢を捕まえてなんだその言い草はああん?」

 

「将来、親父の組を受け継ぐ未来の女傑なんだ。苦労どころか光栄なんだようちらはよ」

 

「化け物みたいな能力を持っていてもな、こう見てもうちらのお嬢は可愛いぬいぐるみで部屋中埋め尽くすほど、名前まで付けるぐらいぬいぐるみが好きなんだぞ!特にお気に入りはトラ次郎だ!何時も寝る時は抱いて寝るほどか可愛いんだぞ!?」

 

「最後の一言は余計だお前ぇっ!?」

 

背中から真っ赤な顔でヤクザの一人を氷漬けにしてしまった。その行為で自らそうであることを周囲に認知させている事に直ぐ気付き、

 

「ほぉ~? トラのぬいぐるみのトラ次郎がお気に入りか、ほぉ~?」

 

「性格に反して女の子らしい一面もあるんですね」

 

「トラのぬいぐるみを抱えて寝るんだ」

 

「「「部屋中ぬいぐるみ・・・・・」」」

 

「ぬいぐるみを抱いて寝る・・・・・」

 

「可愛らしい趣味を持っているんですね♪」

 

百代達から生温かい目で見られて羞恥心が、やかんが沸騰したように更に耳まで顔を赤く染めて―――。

 

「うっ、うわあああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

恥ずかしさが爆発、同伴者を置いてどこかへと走って行ってしまった。慌てて氷漬けになったヤクザを担ぐ二人も追いかけて商店街を後にしたのであるが、何とも言えぬ空気になってしまった釈迦堂達は、散歩の続きを再開を臨む。

 

「そういやぁ、兵藤家は学校に行っているのか?」

 

「学校ですか?いえ、行ってませんよ。本家で英才教育を受けておりますから」

 

「ああ、そうかい。天皇家の教育はそんな感じだったんだな。で、お前等は勉強しなくていいのかよ」

 

「お父さんやお母さんが勉強道具を準備してくれたから大丈夫」

 

「この坊主は勉強するのか?」

 

最後の質問に関しては沈黙を貫く。こんな状態では勉強どころではない。教えても無反応であるし自ら行動をしようとしないのだ。心を開くまではずっとこの調子なんだろうと釈迦堂は何となく察した。

 

同時刻の川神院に来客が現れる。ただし、ただの来客では無く・・・・・。

 

「ここに坊主がいるんだってな」

 

「あの子と会うのは久しぶりだねぇ神ちゃん」

 

「おうよ、元気にしているだろうさ。久々に抱きしめてやるぜ」

 

「お兄様、早く会ってみたいわ!」

 

「そうだね。お出かけしていなければ会えるよ」

 

「お父様私も!」

 

「ああ、そうだな」

 

大人から子供まで全員、異風を纏う者達が川神院の門を潜った。それからしばらくして散歩から戻ってきた釈迦堂達一行も川神院に帰宅を果たし、見覚えのない多くの靴が揃えて玄関に脱がれている状態を見て客かと察し、鉄心のもとへと帰宅した知らせを告げようと足を運ぶ。

 

「総代、ただいま戻りましたヨ」

 

居間の戸を開け放つと、玄関にあった靴の人数分の人達が鉄心と対峙するように座っていた。ルー達は一体誰だろう?と不思議と疑問を抱いた時だった。

 

「あっ!久しぶり!」

 

「「「久しぶりっ!」」」

 

「お久しぶりですっ」

 

「・・・・・」

 

入ってきた楼羅達の中に、子供を一目で見た瞬間に再開の挨拶を交わす幼い少女達の中で、赤より鮮やかな紅髪と艶のある濡羽色の長い髪を揺らしながら座っていた姿勢を崩し、子供に向かって走り出して感動の再会を分かち合おうと近づいた二人の少女だったが。子供の無反応さと無関心さに不思議気に小首を傾げる。ハイライトのない子供の瞳を覗き込んでしまった大人達。気を引き締める様な面持ちで自分達が知っている子供とは別人のように変わっていることに驚きよりも疑った方が勝った。あんなに明るく純粋無垢だった頃から数ヶ月の間に何が遭った?と。

 

「坊主、なのか・・・・・?」

 

返答はない、喋る気も唇を動かす気配すら皆無のままベルファストに手を引かれ、悠璃に背中を押されて傍に添う楼羅達の付き添いで別室に連れていかれる。困惑や当惑する二人の少女は家族に呼ばれて座っていた場所にまた座る。

 

「ありゃ、どういうことだ?坊主の身に何が起きたってんだ」

 

「それよりも、そろそろあの子とはどういう関係なのか教えてもらってもよいかのぉ。ここに来た理由もあの子に会いに来たとそれしか教えてくれんから儂もおいそれと教えることもできんのでな」

 

「誠と一香とは古く永い付き合いをしている。二人の子供、あの坊主とは面識もある」

 

「そうか。では、お主らの名は何と言う?」

 

問う老人に大人達は改めて名乗りあげた。

 

「俺はアザゼルだ。こいつはヴァーリって言うんだ」

 

「私は魔―――フォーベシイだよ。この子は私の可愛い娘達のネリネちゃんとリコリスちゃんだ」

 

「俺はユーストマ。で、俺の娘のリシアンサスだ。」

 

「私はサーゼクス・グレモリー、この子は私の妹のリアス・グレモリー」

 

「バラキエルだ。アザゼルとは古い付き合いでこの子は私の娘、姫島朱乃」

 

自己を紹介しただけでは彼等の素性を全て把握できない。把握できない以上、信用と信頼を全面的に寄せるつもりはないが二人の名を言うほどの仲である事を認知して子供の身に起きた事を伝える。話を聞いただけでこの目で見たわけではない。それでもよいなら教えようと。

 

「「「「「・・・・・」」」」」

 

重苦しい空気が部屋に充満し、不快で怒気すら孕ませるユーストマや哀れでたまらないと思いを顔に出すフォーベシィ、死ぬより辛い環境の中にいた子供に思い詰めた表情を浮かべるアザゼルとサーゼクス、バラキエル。短くても長く話したような気をしながら全て伝えた鉄心の心は穏やかではない。

 

「思っていた以上に酷い話だったな・・・・・身内にそこまで辛い目を遭わせられていたとは」

 

「可愛い子供を持つ親として、これ以上にない程に不愉快極まりないぜ」

 

「これは虐めじゃない。悪意すら感じる暴虐だ」

 

「「・・・・・」」

 

だからこそ心を堅く閉ざしてしまうのは必然的だった。誰も助けてくれないどころか味方がいない環境の中で、まだ幼い子供の精神をどうやって崩壊せずにいられるのか、無意識でしてしまったのだろう。後から味方が現れようと受けた心の傷は思った以上に深く、癒えぬものではなくなっていた。

 

「あの二人は自分の子供の状態を知っているのか?」

 

「分からぬ。源氏殿が伝えているならば飛んできそうな感じなのじゃが」

 

「多分、歯痒い思いをしているはずだよ。二人は『十年後』のために世界中を奔走しなきゃいけないからね。日本に戻ってくるのは早くて数年後だよ」

 

「十年後?」

 

「おうよ、あの二人は世界を変えちまうような計画を実行中なのさ。その話を聞いた時は俺も今でも楽しみでしょうがない」

 

口の端を吊り上げて笑むユーストマを代表にアザゼル達もそうだと気配で醸し出す。

 

「と、あの坊主を見るまでそう思ってたんだがよ。そう悠長にいられなさそうだな」

 

「源氏殿達が日本に戻ってくるまで川神院に預かっている事になっておる。それまであの子はこの家で平穏に過ごせておる」

 

「そうなのかい。だけど、また兵藤家で酷い目に遭わないとは限らないから不安だね」

 

「儂もそう思っておるが、あの子は力を得ているから暴虐には屈せんと信じておる」

 

子供に力がある、アザゼル達に興味を持たせる言葉で追究された。

 

「あの若さで力が?一体どんなのだ?」

 

「儂も詳しくは分からんが、虚空から鎖が飛び出したり闇の力を使う」

 

「闇の力?」

 

「うむ、背中に紋様状の翼と黒い尻尾を生やし、腕が黒く染まり顔に入れ墨の様な紋様が浮かび上がるのじゃ」

 

闇の力の特徴を教えられた彼等の記憶に甦った。まさか、と驚愕を心の中でして。

 

「・・・・・それは、本当なのか?」

 

「うむ、うちの孫娘と模擬戦をすれば必ず一度はそうなる。あと獣の尾も出すな」

 

・・・・・色々知る必要が出来た、そう感じた彼等は腰をあげて子供達がいる部屋へと身体を向け直ぐ後ろの戸を開けて訊ねようとしたところで視界に飛び込んできた。黙々とパンを食べながら九つの尾と獣耳を生やす子供とその様子を見守る少女達の光景を。

 

「きゅ、九尾・・・・・?」

 

「うーん・・・・・驚きを通り越して不思議でいっぱいだね」

 

見つめてくる大人達を見上げる楼羅達に異を介さずまっすぐ子供に目線を向けられ、良からぬ事を考えているのかと悠璃が子供の横から抱きしめて守る姿勢をした。

 

「あー、嬢ちゃん。俺達はその坊主を虐めたりしないから安心してくれ」

 

「見知らぬ人達に言われても直ぐに信用できない」

 

「・・・・・御尤も」

 

論破されて苦笑いするアザゼル。

 

「この子達は?」

 

「源氏殿の娘達とこの子達の従者達じゃ」

 

「ほー誠以外に子供がいたのか」

 

フォーベシィの問いに答える鉄心の言葉に意外と風に口を開いたユーストマの隣でサーゼクスが幼い妹の背中を押し、悠璃に話しかけた。

 

「リーアたんにもこの子を触れさせてくれないかな?」

 

「・・・・・」

 

「意固地、意地悪な女の子だとこの子に嫌われると思うが、いいのかな?」

 

むぅ、と唸るも嫌われるのは嫌だと物凄く渋々と子供から離れても、手を握ることだけは譲らないのはせめても抵抗感があると示す悠璃を見て、子供は愛されているねぇとほのぼのするフォーベシィだった。リアス達は目の前で緩慢的に揺れる尾を触れ始め、時には子供に目と目を向け合いながら一方的に言葉を送る。返事は一切返ってくる事はないが、その代わり向けられる目を逸らさず黒い双眸は真っ直ぐ見つめ返す。

 

「川神鉄心殿。一つ坊主の力を見たいのだがお願いできるか」

 

「力を?何か知っておるのか」

 

「見ない限り確信はできないが、もしも俺の記憶通りならば判る」

 

自分には判らない、知る必要もないものだと思っていたが都合よく孫娘が子供を立たせてどこかへ連れて行く行動に、頼まれなくても直ぐに見られることであるので彼等を案内する鉄心。

 

「よぉし、今日こそはお前を倒してみせるからな」

 

川神院の鍛練場、そこで百代と子供が対峙した。やる気満々の少女に対して無気力を醸し出す子供の温度差は濃く誰からの合図もなく模擬戦は突然始まった。防御も攻撃、臨戦態勢の構えも取らず佇むだけの子供に正拳突きを叩き込んで殴り飛ばした百代。ダメージは入っているはずなのに人形のように感情を浮かべず、そのまま起き上がらず空を仰ぐ子供。どうして模擬戦をする必要があるのか、どうして彼女は自分と戦いがっているのか、何でそんなに楽しそうなのか考えてもチンプンカンプンな子供の視界に百代の顔が映り込んだ。半ば強引に子供の胸倉を掴んで立たせるとパンチのラッシュを浴びせる。

 

「・・・・・あれだけ攻撃されてんのに悲鳴どころか表情を一瞬も変えないのかよ」

 

「タフ、というより極度の無関心というところか。どうして攻撃されているのかまず疑問を感じ抱くはずだがそれすら顔に出さないのは無関心でいるからなんだろうよ」

 

「兵藤家で暴虐の生活を送っている内に過酷な環境の中でこれが当たり前のことなんだと、そう解釈をして慣れた感じもあるね」

 

一方的に攻撃して一方的に無抵抗で攻撃を受けるその光景は何時見ても穏やかでは無くなる。二人の模擬戦を始めてみる子供達も顔を強張らせ、慄く。子供がサンドバックになっている戦いになる事など誰が思うだろうか。そう見守られる最中、子供の鳩尾に拳を抉り込むように突き刺した百代。身体がくの字になったところで子供を地面にはり倒した。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・・・っ」

 

百代は子供の歳一つ上、つまり小学校に通う年齢だ。小学生が拳を握って相手を殴る行為等は、喧嘩をするぐらいしかいないが、武術の総本山の川神院に孫娘として生を受けた以上は、喧嘩ではなく闘争として拳を振るう環境に育った。大人に勝つ事もあるが負ける事は多い中、同年代なら負けなしの百代は公式の交流試合で兵藤家の男子にすら負けた事が無い。ただし、例外を除いて。

 

「・・・・・」

 

うつ伏せになった身体を起こしながら、闇のオーラを迸らせた。背中と腰辺りに紋様状の翼と黒い尾が生えだし、腕が黒塗りと異形の手と化し、顔に黒い入れ墨のような紋様が浮かびあがった子供が百代を睥睨する。

 

「「「「「・・・・・」」」」」

 

そんな子供の姿を確認したアザゼル達は目を丸くしながらも心中、やはりと零したと同時に疑問が過る。何故、あの子が?と。闇のオーラを両腕に集束させて丸太のような巨大な腕にしたそれで百代に殴りかかる。

 

「もう見切った!」

 

ブオン!と振るわれる巨腕の動きを見てかわす。捕まえようと、殴ろうと、薙ぎ払おうとする子供の腕の仕草を見極めてる百代はあっという間に子供の懐に飛び込み拳を叩き込む。抱きしめる風に両腕を動かす子供の動作に、身体を低く華奢な足を振るって相手の姿勢を崩すことで阻止した。

 

「どうした、もうそれで終わりか?私に勝てないようじゃずっと弱虫のままだぞ」

 

挑発の言葉を送る。相手のプライドを刺激して更なる戦いを臨んだ百代は―――選択を誤った。兵藤家で散々弱者と蔑まれ暴虐を受けてきて久々に聞いた単語が、子供に刺激を与えたのだ。闇のオーラが再び迸った。それが背中にもう一対の紋様状の翼と化して、崩された体勢を戻し翼を羽ばたかせて空に飛んだ!そして宙に浮いたまま身体を横に独楽のように回りながら巨腕を百代へ振るう。

 

「んなっ!?」

 

上から己を叩き潰そうとする子供に驚きながら避ける。宙に入る相手に拳は届かない。飛ぶのはズルだ!と身体を回しながら拳を突き付けてくる子供から回避に強いられる百代。逆にこれでも攻撃が当たらない事に方法を変えた。蛇の胴体の様に腕を伸ばした。これには百代の眼が瞠目した。今までの攻撃で見た事が無いものであったからだ。回避を繰り返し捕まらないよう足を駆使し、体勢を変え続けてきたが百代の真上の虚空から無数の鎖が飛び出して幼い子供の胴体を巻きついたら四肢にも巻きつき、勢いよく宙へと引っ張られた。その先には腕を後ろにまで引いて握る拳を構えている子供が。空中で回避はできない経験を初めて味わう暇もなく本能的に、条件反射で両腕をクロスして防御の構えを取った瞬間、巨拳が百代に突き刺さり地面に叩きつけられた。初体験する全身で感じる痛み。直ぐに次の攻撃に備えるため、脳に激痛の信号を送る身体を鞭打って脚に力を入れて身体を起こそうとしようとした時に、子供が百代の腹部に巨腕化を解いた自身の黒い拳で殴った。

 

「がはっ!?」

 

腹から吐瀉物を撒き散らした。次に頬が強い衝撃を受けてブレる視界と共に顔が横に向く。今度は反対側に顔を殴られて向いた。次に腹を蹴られて飛ばされる。

 

「・・・・・っ!?」

 

最後はとまた巨大化して握り合う黒い手で天へ掲げる構えをする子供は、容赦なく百代へ振り下ろした。だがしかし、二人の間に割り込む影が飛び込んで来て子供の一撃を片手で防ぎ百代を守った。

 

「坊主、もう終わりだ」

 

「・・・・・」

 

「これ以上攻撃したらただの虐めになっちまうぜ。坊主を今まで虐めてきた奴らみたいに同じ事したくないだろ」

 

脳裏に思い浮かぶ己を暴虐の限りを尽くす大人と子供。そんな輩と一緒になると教えられる子供が全身の力を抜いて闇の力を消失させた。そして不思議な事に、どこか落ち込んでいるように膝を抱えて身体を丸くしだした。

 

「言葉は通じる、か。何か落ち込んじまったようだが一先ずよかった」

 

「すまんの、百代の一言がそうさせたかもしれん。いつもは今の様に過激ではなかったのじゃが」

 

気にするな、と言おうとしたユーストマの膝が地に付いた。

 

「神ちゃん?」

 

「ごっそりと体力が奪われちまった。あともう少し触れていたら身体が動かなくなっていた」

 

「・・・・・間違いないようだね」

 

無言で首肯するユーストマ。膝を抱える子供はとある種族の力だと確信し、アザゼルも納得した風に子供を見つめる。

 

「今の鎖は・・・・・覚醒したのか」

 

「どんな能力なのでしょうかアザゼル殿」

 

「さぁな、これから調べさせてもらえば分かる事だが、そうさせてくれるかねぇ」


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