祖父、兵藤源氏と祖母の兵藤羅姫との再会から時がしばらく経過した。それまでのレースでは、GⅠ宝塚記念はメイショウドトウを出走させ、テイエムオペラオーと競り勝って一着、安田記念はオグリキャップが一着、東京優駿(日本ダービー)はトウカイテイオーが一着。だが、トウカイテイオーはその際に足を故障してしまったものの、トレーナーの魔法により完全回復した。GⅡとGⅢもメジロマックイーン、ライスシャワー達も好成績を残す。
それでもやることはたくさんある。この後のウマ娘達は夏の強化合宿。トレーナーはチーム『シリウス』用の個室で担当ウマ娘達とミーティングを行った。
「・・・・・春のレース、好成績・・・・・お疲れ」
「ええ、ドトウさんがテイエムオペラオーさんに勝ったのは本当に凄かったですわ」
「うん、本当に・・・・・!」
称賛を向けられる内気で引っ込み思案、性格のせいか何かにつけてうまくいかず、余計に自信を失いがちな少女がGⅠで一着だ。自身の力で勝利をもぎ取ったメイショウドトウはペコペコとお辞儀する。
「あ、ありがとうございますうううう・・・・・! こ、これも皆さんの応援とトレーナーさんのトレーニングのおかげです・・・!!」
「うんうん、夢みたいに思えるよねー。アタシもそうでしたー」
経験者のナイスネイチャも同感だと傍で笑む。そんな二人の頭に手を伸ばして撫でるトレーナーが薄く笑った。
「・・・・・これからも頑張る」
「「はいっ!」」
「・・・・・本題」
トレーナーは黒い首輪と携帯型調節の装置を床に置いてあった袋から机に出した。
「これって、なんですか?」
「・・・・・重力魔法装置」
「重力、それって身体に負荷が掛かるアレですか?」
首肯するトレーナーはナリタブライアンに首輪をつけてもらう。カチッと嵌れば調節装置で電源を入れ、3倍の重力を発生させた途端。
「っ!?」
彼女の身体に重力の負荷が掛かった。身体を重たげに動かすナリタブライアンにシンボリルドルフを促した。
「・・・・・持ち上げる」
「ブライアンをだな? わかった」
ウマ娘一人分なら余裕で持ち上げられるシンボリルドルフはナリタブライアンの腰を掴み、持ち上げようとした。
「むっ・・・これは、100K以上のダンベル並みに重たいな」
「私はそこまで太っていない!」
「・・・・・降ろす」
降ろしてもらい、重力を5倍に設定すると苦しそうに顔を顰めるナリタブライアン。またシンボリルドルフに持ち上げてもらうと、彼女も重たそうに顔を歪める。
「これは、重いなっ・・・」
「嘘、見た目が全然わからないのにそんなに?」
「何だか嫌な道具ですわね。自分の体重を敢えて増やすだなんて悪魔の所業ですわ。・・・・・まさかトレーナーさん。この重力装置を身に着けてトレーニングをさせるのですか?」
メジロマックイーンの問いにトレーナーは頷く。
「・・・・・風呂、寝る以外、ずっと」
『ずっと!?』
「・・・・・重力、十倍まで・・・・・調節して活動する。首輪とこれ、どっちかが壊れたら重力が消える」
何てトレーニングをさせる気なんだこのトレーナーは。そう思わずにはいられないことをこれから体験するシンボリルドルフ達は、重力魔法装置を手渡され着けるように催促された。
「うわ、二倍でこの重さって! 自分の二倍の体重に全身しがみ付かれた感じかっ」
「お、おもーい!!」
「うくっ、体が思うように動かせれないですわ・・・・・」
「重力が肉体に影響を及ぼす。つまり普段より数倍も体力と筋肉を使う前提であり、この状態を維持しつつ過ごせば自ずとスタミナと筋肉量が増加するかと思われます」
ミホノブルボンの説明口調に、重力下でのトレーニングは無意味ではないことナリタブライアンを悟らせた。
「なるほど、そう言うことならいずれトレーナーも超えることが出来るのだな」
「・・・・・夏の間ずっと、終わったら温泉旅館二泊三日」
『・・・・・っ!!』
トレーナーと温泉旅館! というご褒美が出されてしまうとシンボリルドルフ達は頑張らざるを得なくなってしまった。皆の瞳にやる気の炎が燃え上がり「・・・・・トレーニングする」と個室から出るトレーナーの後を皆も追いかけるのだった。様々な思惑を抱いて・・・・・。
不意に携帯のアラームが鳴り出した。ポケットから携帯を取り出して通信状態にするトレーナーは理事長に呼び出された、と告げてウマ娘達と別れる。
兵藤家―――。
学園に在籍している若い兵藤家の者達、そして卒業した者達が京都に構えてる兵藤家のとある広間に集まっていた。否、招集を掛けられたというべきか。これから何を言われるのか何も知らず誰かが来るまで駄弁、雑談をして時間を過ごす頃。
「―――嘆かわしい」
刹那。凄まじい重圧が襲い掛かってきて身を引き締める彼等はバッと反射的に背後を振り返った。
「静かに待つことも出来ないとは随分緩い学園生活を送っていると窺えるな貴様等。ここは静寂の間であることを知っての雑談をしているのか」
一体いつの間に―――背後に正座して座っていた兵藤家当主が若者達を冷めた目で見つめている。この部屋には行った時は誰もいなかったはずなのに―――と冷や汗を掻いた皆は、一斉に向きを変えて床に頭が付くほど姿勢を低くした。それが当主の前でする聞く姿勢である。
「・・・・・さて、お前達のようにこうして呼ぶのは別に初めてではない。お前達の上の世代の者達もこうして招集を掛けている。どうしてだかわかるか。何でもよい、挙手して述べよ。まずは二年生の者からだ」
『・・・・・』
「どうした。私相手に遠慮はいらん。お前達が学園で生活した中で目の当たりにしたことを挙げればいい。もしやとは思うが、兵藤家の者として学園に何一つ貢献していないわけあるまい。男女含めて二百人以上もいるお前達が、だ。私はお前達の活躍を耳にするだけだ」
淡々と、そう述べる当主に若者達は誰も挙手せず、醸し出す嫌な緊張感しか伝わってこないことに源氏は幻滅した。
「・・・・・お前達は一体何のために式森家の者達と学園に送り出されたことすら把握も認識も、意識すらしていないわけか。嘆かわしい」
『・・・・・っ』
「誰一人も生徒の長、生徒会にも所属していない。学園の部活にも誰一人皆を纏める立場にすらなってもいないらしいな。お前達はそれで示せているのか。他の者達に日本を統べる天皇家の、兵藤家の者の強さと誇り、三大『品』を」
三大品、兵藤家が日本国民に対する品行、品性、品格を示す。
だが、敢えて言わせてもらえるなら彼等は生徒会にだけは立候補をした事実がある。兵藤家の者として箔や威厳、栄光が得られる学園の長となればその権限を持って様々なことが出来る―――純粋や邪念の想いを胸に秘めて選挙活動―――結果―――全生徒の票をかき集めた一人の女性悪魔のほぼ一人勝ちに終わった。
その結果に不満を抱き怒りを覚えた兵藤家の生徒は一人残らず全校生徒の前で赤髪の警備員の粛清の洗礼を受けた。
「―――よもや、栄光ある兵藤家が下劣な言動を、学園に名声と地位を落とし栄光を穢すあるまじき行いをしていないだろうな貴様等。お前達はその逆のことをするために学園へ送り出されているのだからな」
途端に怒気を露にする源氏を体が震えてしまう若者達。
「もしそんなことをしている者がいたら、この場に居る者全員・・・・・連帯責任として兵藤家から追放する。そのような腐った者は、下の若い兵藤達にも悪影響が及ぼす。腐った部分だけ取り除けば他は兵藤家に相応しい三大品を体現してくれるだろうからな」
有無をも言わせない当主の言葉に身に覚えのある者達は小刻みに震え上がる。だが、当主は何も知っていない、何も知らないからまだ―――と自分に言い聞かせて落ち着かせている者も少なくはない。
「・・・・・さて、次は今年最後の学園生活を送っているお前達だ三年の者達―――と言いたいところだがその前に伝えねばならないことがる」
徐に源氏は後ろに手を伸ばしてあらかじめ用意していた紙の束を見せつけるように前に置いた。
「お前達が在籍している間。上の世代も含めてある報告書が私の手元に届いている。どんな報告書だかわかるか挙手をしろ」
『―――――』
「ふん、誰もしないとは・・・・・よほど、お前達は何一つ学園に貢献していないようだな。まぁいい。これから名を呼ぶ。呼ばれた者は報告書を取りに来い。ただし、それはお前達ではない」
パンッ! と一つ手を叩く当主に呼応して一拍遅れてから開く戸の向こうから男女の大人達が足音一つさせないで入ってきた。
「お前達の両親に受け取ってもらう。よいな」
短くない時間を掛け、若者達の両親が子供の名を呼ばれば親として当主の許へ受け取りに向かう。だが、全員が行き届くまでは見てはならないという旨を伝えられ―――紙を配り終えるとそれが許される。
「行き届いたな。では、その目で確と見よ。それに綴られている文は全て事実であることを踏まえた上でだ」
許しを得た両親達は報告書に目を通す。目を通すにつれ・・・・・あらん限りに目を見開いて、開いた口が塞がらない愕然にさせる内容がびっしりと書かれていた。―――在学中、性暴行、恫喝、脅迫、強姦、その他諸々の犯罪をした子供の親の目に明かされた悪事を。
「と、当主・・・・・これは、本当に誠なのですか?」
「・・・・・」
「っ・・・・・」
目を疑い心から信じられないと一人の母親。当主の感情が籠っていない目を見て息を呑み肩を震わせる。
「渡したそれはお前達の子供に一切知らせてはならない。見せてはならない。その事実を確と心で受け止め、猛省するがよい。後日、報せを届ける。下がれ」
両親達は死刑宣告を言い渡された囚人のようにこの場から後にした。当主は訳が分からないと風な若輩の兵藤達に向かって言い渡す。
「待たせたな。しかし貴様等から兵藤家の者として良き話が聞けないならば時間の無駄だ。単刀直入に言う。夏の間に行われる力の大会には兵藤家の者として全員出場してもらう。日本に兵藤家在り、人類最強は兵藤家という証を世界に知らせるために」
『・・・・・』
「なお、これは決定事項の義務である。どんな理由であろうと大会に出場しなかった、出来なかった者は一家丸ごと兵藤家の恥として追放処分を下す。異論は聞かぬ―――よいな」
トレセン学園―――。
「・・・・・出演また」
「肯定! 三冠ウマ娘を三人も育てたトレーナーの話を生放送で語って欲しいオファーが届いた!」
「・・・・・何度目、面倒」
「お主とお主のチームの知名度は世界にも届いておる。その有名税じゃと思って出演して欲しい」
理事長室に明るい栗毛と前髪のメッシュが特徴の幼い少女がいた。帽子の上に猫を乗っけているのも気になるが彼女―――『秋川やよい』は駒王トレセン学園の歴とした理事長である。そしと白い和服を着た長い白ひげを生やす老人、『相談役』の立場に担っている川神鉄心がトレーナーと相対して座っていた。
唯一、学園の中でトレーナーの秘密を知っている二人であり、兵藤家に対する体罰を黙認している二人でもあった。なので話は聞くし頼まれ事はできる限りやりこなす気持ちはある。が、この時ばかりは顔を顰めた。
「・・・・・また同じ質問、飽きた。何度気が済む」
「それも仕事の内じゃよ。それと、今回はもう一人もお主と出演する者がおるぞぃ」
「確定! チームリギルのトレーナー!」
チームリギル・・・・・脳裏に思い浮かべる女性トレーナーの姿。ならば、少しは変わるか? と思って渋々引き受けたのが始まりだった。
「まさか、あなたと仕事をする日が来るとはね・・・・・」
「・・・・・久しぶり」
「そうね。お互い中々顔を合わす暇がないからね」
二日後。駐車場を歩きながらトレーナーと話すのは、長い髪を後ろにまとめポニーテールに結い、ビジネススーツをビシッと着て眼鏡を掛けた女性。チームリギルのトレーナー、東条ハナその人だ。
「仕事だからきちんと恥じない振る舞いをしなさいよ」
「・・・・・一緒じゃなければ、断った」
「ウマ娘の関する仕事なんだから断っちゃダメでしょう」
「・・・・・同じ問い、同じ答えを繰り返す仕事・・・・・チッ、メンドくさ」
「あなた、意外とそう言う面もあるのね」
それは担当ウマ娘達や学生の愛花達、鳶雄達すら知らない一面を目の当たりにした東条ハナであった。
「とにかく、どんな仕事でもウマ娘達以外にも学園の評価にも繋がるんだからしっかりこなしなさい。何度同じ質問をされようとそれとなくで言えばいいのよ」
「・・・・・分かった」
分かってくれたならいいわ、と言葉にした口はまた開く。
「ところで・・・・・どうしてマルゼンスキーの車で行こうとするわけ?」
「・・・・・? 遠い場所、いつも乗せてくれる」
「はぁ~い、そう言うことですよハナさん」
鹿毛で青色のリボンがトレードマークのウマ娘、マルゼンスキー。東条ハナが担当しているウマ娘が所有する愛車のスーパーカーに乗っていたのだ。扉を開けて有無を言わさず東条ハナを車に乗せた後にトレーナーも乗った。
「・・・・・全力安全運転」
「了解です♪ それじゃ、全力安全運転でかっ飛ばしまーす!!」
「ちょっ、まっ、マルゼンスキーの車で行くつもりなら私は―――!! (ブオオオオオッ!!)―――っ!!?」
実を言うとマルゼンスキーの運転が荒っぽいのでドライブの際は同乗を断られることが多い。
それは東条ハナも知っているのでこうなるならば拒否していた。―――てっきり、トレーナーが所有する大型バイクで行くものだと思っていた故に警戒を緩んでしまったのだ。凄まじい勢いで発進するスーパーカーに楽しそうに顔を輝かすマルゼンスキーと無表情なトレーナー、シートベルトを握り締めて顔を引き攣る東条ハナは仕事現場へと向かうのであった―――。
トレセン学園の共同食堂カフェテリア。ここにはお昼休みになれば、大半の一般学生やウマ娘がお昼ご飯を食べながら楽しい会話で溢れかえっている。しかし今日は特別でわざわざ延長コードを引っ張り、ある一角のテーブルの上にテレビが置かれている。それも小型ではなく超大型の液晶テレビだ。テレビの周りにいるのはチームシリウスをはじめ、東条ハナが率いるチームリギルやチームスピカのウマ娘もいた。
「まったく。こんなもの一体どこで用意したのだチームシリウス」
「まあまあいいじゃないかい。アタシたちのトレーナーも出演するんだ。ハナさんの晴れ舞台を生で見れる機会はそうそうないから便乗しようじゃないかい」
「そうデース。トレーナーも今日はお化粧に気合いはいってマシター!」
「グラス。それなんデスか?」
「折角だからハードディスクに保存しとこうと思って」
呆れながら髪型は濃い目の鹿毛のワンレングスボブ。凛とした振る舞いをする『女帝』エアグルーヴが言うが、隣にいる青みがかっている黒髪と肌は褐色。左耳に赤いシュシュをつけているウマ娘、ヒシアマゾンはその逆で表情は嬉しそうである。
二人に続いて明るい栗毛のポニーテールと緑色の星型の髪飾りがトレードマークのタイキシャトル、黒鹿毛に近い髪色と目の周りを覆う覆面がトレードマークのウマ娘エルコンドルパサー、栗毛で額の辺りにある盾状のメッシュが特徴のウマ娘グラスワンダーも待機中。自分達のトレーナーの東条ハナの姿を見るべく他の担当ウマ娘達も集まっていた。
一方チームシリウスの面々。
「ねぇねぇ! まだかなまだかな!」
「落ち着けテイオー」
「間もなく始まります。放送開始まで残り10秒を切りました」
「トレーナーさんは学園外でも人気ですねドトウさん」
「うん、ライスさん」
「久しぶりに拝見しますが、普段は断っておりますのよね?」
「一々どうでもいい質問をされるのは面倒くさいのだ。そう言う理由なら私もよくわかる」
「私も、お話をするのが少し苦手だからちょっとだけならわかるかも」
「仕事だから渋々するトレーナーの顏が簡単に思い浮かべられるわ」
「さてさて、今回のトレーナーさんはどんな質問をされて答えるのか興味ありますわぁ」
「うむ、仕事をするトレーナーの様子を見ながら食べるご飯も美味しいぞ」
と、いつもの感じで全員が待機していたのであった。ところが今日だけ違った。
「ねぇねぇ、私達も一緒に見てもいーい?」
「え?」
誰かに声を掛けられて振り返ると、見慣れない女子生徒達が―――ドドン!! と揃いも揃って立派な双丘を制服で身に包んで立っていた。チーム問わず、全員が振り返ってソレを目の当たりにした表情は絶句だった。
「お、おお、おおお・・・・・っ」
「な、なんなのですの・・・・・化け物ですか」
「・・・・・」
無きものは絶望、ある者でも言葉を失い敗北を悟らされる。
「あなた達、チームシリウスでしょ? だからあなた達のトレーナー・・・・・Dさんが生放送に出るなら見たいけどいい?」
「トレーナーさんとはどういう関係かな?」
「うーん、親密な関係かな? 何度か寮長室で勉強を見てもらっているし、みんなと一緒に出かけてもいるからね」
御簾のような前髪の奥から覗くシンボリルドルフ達を品定めする眼差し。それはある種の挑発的な視線で、親密的な関係であることを告げウマ娘達の反応を窺って、何かを探る意図も含まれている。
「もしかして、トレーナーの部屋にある置物って・・・・・」
「あ、見たんだ? そうだよ、私の私物。可愛いでしょう、Dさんの部屋は殺風景だからちょっとずつ増やしているんだ・・・・・いずれ私色に染めるしね」
むっ!!!
面白くない、絶対に負けられない相手という認識した瞬間。テレビはCMが終わってようやくお目当ての番組が始まった。
『お茶の間の皆さんこんにちは! ウマプリティープリンセスの放送の時間です。いつもならゲストにウマ娘を呼んでいるところですが、本日は彼女たちを支えるトレーナーさん方に来てもらっています。まずはチームリギルのトレーナーさんの東条ハナさんです!』
『今日はよろしくお願いします』
『そしてもう一人はチームシリウスのトレーナーさんであるDさんです!』
『・・・・・お願いします』
「「「「「おおー!!」」」」」
「トレーナーの前髪がオールバック! 後ろの髪を一つに結って凄く格好いい!!」
「前を開けた白いジャージから覗く筋骨隆々の身体も相まって、とても似合っているのが驚きましたわ」
「や、やはりトレーナーは格好いいな・・・・・」
「眼帯付けているからヤクザか極道にも見えるな」
「ジャパニーズマフィアデース! とってもカッコイイデース!」
「一枚は観賞用、一枚は保存用、一枚は人生の宝物の一つ用にっと」
「ぐ、グラス。あとでわたしにもくださいデス」
と、シリウス全員とリギルの数名が歓喜の声をあげていた。それほど初めて見るトレーナーの姿は新鮮で印象的なのである。
『では、そんなお二人に質問をさせてもらいます。まず、お二人は相手のことをどう認識しておりますか? 東条ハナさんから』
『侮れない相手だと思っています。たった三年でシンボリルドルフ以外の三冠娘を二人も輩出した手腕には驚きを禁じ得ませんでした。ですが、先輩として後輩のチームに後れを取るつもりはしません。ぶっちぎって勝つつもりです』
『おお、凄い勝利の執念と負けん気が感じました。Dさんは東条ハナさんにどう認識しておりますか?』
『・・・・・ベテラントレーナー、担当ウマ娘を励ます優しい一面、持ってる』
『ちょっと、どこで見ていたわけあなた』
『・・・・・? 情報収取、大事』
『・・・・・やっぱり、侮れないわね。でも、負けないからね』
トレーナーのことをライバル視している様子の東条ハナを、自分達もそれに応えようとチームシリウスに対して強い戦意を瞳に宿したチームリギル。
『次に質問です。今このウマ娘が成長期だと思うウマ娘は? 自分のチーム以外のウマ娘でも構いません』
『そうね・・・・・。私的にはナイスネイチャかしら? GⅠレースには常に上位の成績を誇っているし。あの子、大体一着になれなかったにせよそれ以下にはあまり負けたことないでしょ』
『・・・・・だからスカウトした。更に上を目指せる、信じた。それに応えたナイスネイチャも、証明した。それが嬉しい』
薄く微笑むトレーナー。自分のこと褒めてくれたことに気恥ずかしくなってボリュームのある鹿毛のツインテールと一緒に自覚している熱くなった顔を両手と一緒に隠した。
『Dさんはどのウマ娘が成長期だと思います?』
『・・・・・贔屓、チームシリウス。まだ、鍛える余地ある。その他、スペシャルウィーク』
「ふぇ? わ、私・・・・・?」
たまたま近くで食事をしていたウマ娘が反応した。
『確かチームスピカのウマ娘でしたね。理由は?』
『・・・・・可能性、日本一になる、末脚』
『おお~これは凄いですね。Dさんが担当以外高く評価しているウマ娘がいたとは』
『・・・・・スカウト、できたらする』
しかもスカウトまで視野に入れているトレーナーの言葉は無視できないチームシリウス。全員がスペシャルウィークに目を向けたのは必然的だった。蛇に睨まれた蛙のごとく、顔を青ざめて震える彼女は一時待避をした。
『さて、次の質問は・・・・・ずばり、どんなレースを走らせてみたいかです』
『それは、どういう意味なのかしら』
『ライバル対決や姉妹対決とか、お二人がファンの皆様視点でどんなレースにしたいか、させたいか等です』
『なるほど。それなら、三冠ウマ娘だけのレースは見応えがあるじゃない?』
『・・・・・盛り上がる。賛成』
「だ、そうだブライアン、ブルボン」
「いつか実現したら喜んで受けて立つ」
「マスターに勝利を捧げます」
三人の間に火花が散る。負けられない
『それではここで変化球の質問を投げてみます。男性であるDさんに質問です』
『・・・・・?』
『毎日ウマ娘と接するトレーナーの業界。何時しか引退するウマ娘達の中ではトレーナーと結婚をすることがあります。もし、Dさんが結婚するとしたら、どんなウマ娘とですか? もしくは既に好意を寄せてるウマ娘がいますか?』
ズズイのズイ。
チーム問わず、大型テレビに掴みかからん勢いで接近、またはウマ耳をピーンッ! と聞き耳を立てるウマ娘達が大勢いた。
「って、皆さん画面に近すぎてトレーナーさんの姿が見えませんわっ! お離れになってくださいまし!」
「そう言うマックイーンだって近いよ!」
「あ、あの大声も出したらお兄様の声が聞こえ・・・・・」
『・・・・・好意、か』
ピタリ、と騒ぎが止まる。一言一句聞き逃さないために言い争いをやめてテレビに凝視する。何故かこの時だけトレーナーの顔は嫌悪でしかめていた。
『・・・・・一方的、認めない、勝手に決められた』
『何にです?』
『・・・・・婚約』
『『え?』』
「「「「「「え?」」」」」」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「「「「「「―――――」」」」」」
Dさんに、トレーナーさんに婚約者がいる? 思考が停止、空白の時間が生まれた。再起動した時は数十秒も要した。
「「「「「「「ウェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!?」」」」」」」
学園が揺れる大絶叫。ウマ娘達から阿鼻叫喚が聞こえる。
「ウソだっ!? トレーナーが、トレーナーがどこのウマの骨とも知らない女と婚約していただなんてぇ!?」
「・・・・・そんな、バカな。信じられませんデスヨー!?」
「・・・・・保存、消そう」
「爺や。至急調査して欲しいことがありますわ。ええ、とても重要な、私の未来に関することですわ」
「思考回路がショートしました。バグも発生。再起動までの時間は・・・・・」
「お兄様についていかなくちゃいけないのについていかなくちゃいけないのに・・・・・そっか、ついていくだけじゃダメなんだ。お兄様、ライスは・・・・・ライスは・・・・・」
「トレーナーさん・・・・・」
「毎日トレーナーとトレーナーのご飯を食べて過ごす生活が出来なくなる・・・・・? そんなこと、絶対に認めない!」
『え、本当にあなたに婚約者がいるの!? そんな浮いた話は無縁だと思っていたのに!』
『・・・・・意思関係なく、決められた。遺憾、不本意。絶対解消』
『そ、そう・・・・・あなたは認めていないのね。その、嫌いなの?』
『・・・・・幼い時、一時、寝食した。嫌いじゃない』
『あ、あの失礼を承知して相手はどんな人か、お聞きしても!?』
『・・・・・教えない』
当惑する面々を他所に話は進んでいく。
『そ、そうですか・・・・・じゃあ、Dさんの中で可愛い、もしくは美少女だと思うウマ娘は?』
絶対に聞き逃せない質問をした司会者にグッジョブ! と心中で親指を立てて称賛するウマ娘達。もし自分の名前が出たら、他のウマ娘達より一歩リード、有利になるのだ。トレーナーは珍しく考える仕草をし・・・・・。
『・・・・・チームカノープス、イクノディクタス』
「「「「「「はい?」」」」」」
「「「「「「ええええええええええええええっ!?」」」」」」
―――たまたまその耳で拾った会話が当ウマ娘の目をあらん限りに見開かせた。まさか、自分の名前が出るとは想像すらしていなかったのだから当然である。
『あの娘を選ぶ理由は?』
『・・・・・眼鏡、髪型、化粧も工夫次第。磨けば宝石』
ふと、ジーと東条ハナへ凝視し出すトレーナー。
『・・・・・ここにも隠れた、原石』
『・・・・・っ!?』
ジャキンッ! と聞こえそうな瞬時で指と指の間に挟んで出した様々な小道具を持つトレーナー。今にもにじり寄って東条ハナをビフォーアフターしそうな雰囲気を醸し出す中、司会者が話題を変えた。
『では次に! 担当のウマ娘さん達から慕われているとは思いますが、Dさんはそんな彼女達をどう思っておりますか?』
『・・・・・慕われてる?』
『どうして私に訊くの。自分のことでしょ』
『・・・・・好意、わからない』
『本気で言っているなら以上よあなた。精神科に行ってきなさい』
『・・・・・無理。―――心、壊れてる』
「「「「「「―――――」」」」」」
トレーナーの心が壊れてる・・・・・?
どうしてそんなことを、もしかして事実なのかと疑心暗鬼になる発言に司会者も反応に困り無理矢理空気も変える話題を聞いた。
『う、えっと・・・そ、そうです。その眼帯は今日の為に着けて来たんですか? 格好いいアイテムですね!』
『・・・・・違う。敢えて着けている』
トレーナーが徐に右眼の眼帯を外し、隠していた濡れ羽色の瞳が久しぶりに光の景色を映した。同時に両の瞳を開くトレーナーを見たことが無い一同はマジマジと見つめ感嘆の息を吐いた。
『・・・・・義眼。開けると、目の前の景色が見れない』
『すみません。そのような過去があったとは知らずに聞いてしまいました』
『・・・・・気にしない』
『ありがとうございます。お詫びに―――Dさんにはちょっとしたゲームをしていただきたいです!』
カメラの外から穴の開いた箱を持ってくるスタッフ。急な展開に『?』と不思議に見守る東条ハナとD。
『本番前にDさんだけ好物のアンケートを書いてもらいました。事前に用意したアタリとハズレのアップルパイを選んでもらいます。アタリのアップルパイは青森産の高級林檎を一流のパティシエに作ってもらったもの。ハズレはふんだんに入れたワサビ入りのアップルパイです。全部で七個が箱の中に入っており、アタリが三つ、残り四つはハズレです。では早速三回チャレンジしてもらいましょう!』
「あっ、マズい」
誰がそう呟いたかわからないが、誰もテレビの向こう側にいる者を止められないまま、Dが迷いなくアップルパイを箱から取り出して・・・・・食べた瞬間。身体が頭に小さく狐の耳と腰に九つの尾を生やす可愛らしい子供の姿になったDが映し出された。
『『・・・・・』』
『・・・・・アタリ』
美味しそうに食べ続けるDの手は二つ目のアップルパイに伸び、それとアタリなのかまた満面の笑みを浮かべ尻尾を緩慢的に揺らす。そして最後は・・・・・急激に顔を暗く、耳をぺたんと萎れた風に倒し、尻尾も力なく垂らした。ハズレを食べたらしく涙目で完食した。
『・・・・・ワサビ・・・・・ツーンってするよぅ・・・・・』
『うくっ!? (酷い罪悪感で心が絞めつけてくるこの感覚は!?)』
『ほ、ほら、水を飲みなさい水をっ』
『・・・・・うん』
「「「「「「~~~~~っっっ」」」」」」
Dの一連の様子を見ていたシンボリルドルフ達のほぼ全員が胸きゅんし、その場で身悶えて震えた。涙目のショタ狐のトレーナーなど、この先見られない超絶激レアなシーンなのだ!!!
「トレーナーさん、可愛すぎるよぅっ・・・・・!」
「グラス、保存の方は!?」
「・・・・・一生の不覚、婚約の話の後に停止しちゃいました」
「UmaTubeならきっとUPされてるはず、探せっ!」
後のUmaTubeにUPされたそれは、世界中にも配信されて幸せそうに食べる顔が一変して凄く不味そうに涙目で可愛すぎると数億人の視聴者がコメントにそう残していた。
『・・・・・敵意』
『え?』
ふと、何かを感じ取ったかのように呟いたトレーナーが元の姿に戻ったその後、テレビの向こう側が慌ただしくなった。理由はわからないがただ事ではないのは明らかだった。
『見つけたぞ』
カメラに映るのは、大勢の男性達だった。全員顔を隠す仮面をつけて撮影現場に乱入してきたのである。生中継中に起きた突然の出来事に現場やお茶の間は騒然と化した。
『そこの赤髪、我々と共に来てもらおう』
『・・・・・? 理由』
『教える義理はない。あくまで我々に逆らうならば、無関係な者達の血を見ることになるぞ』
『・・・・・赤の他人。誰が死のうと、関係ない』
『貴様・・・・・』
『・・・・・そんなことした後の未来、いない人質。その後どうする』
『・・・・・っ』
『・・・・・殺すなら、殺せばいい』
―――本気だ。この人は、本気で言っている。
そう思わせるほど、トレーナーの目は真っ直ぐで一切の感情の揺らぎも窺えない。本当に目の前で人が殺されようと動じないのだろうトレーナーに、信じられない気持ちでいたウマ娘達だったが、次の光景に目を丸くした。
『ふっ、赤の他人ならば平然としていられるが、そうでもない身近な者であればどうだ』
リーダー格らしき男が不穏なことを言い出した後、カメラに新たな人質が連れてこられた。
「「マルゼンスキー!」」
『マルゼンスキー!』
『ハナさん、トレーナーさん・・・・・ごめんなさい』
『・・・・・』
シンボリルドルフとエアグルーヴが思わず叫ぶ。トレーナーの左眼がピクリと動いた。駐車場に待ってもらっていた彼女が捕まっていたのは予想外だと、東条ハナの焦った叫び声は誰もが悟らせた。マルゼンスキーの首筋にナイフを添えて自分達も本気である事を主張させる。―――しかも裏側からもう一人現れて東条ハナを捕らえてトレーナーから距離を置いた。二人の人質、多数の正体不明の侵入者。誰がどう見てもトレーナーが詰んだと思わされる光景に・・・・・皆、不安そうに見ているしかできなかった。
『さぁ、これでも関係ないと言いきれ―――』
『・・・・・そこまで堕ちたか・・・・・恩人達の顏に泥を塗りつけたクソ共』
ドスの利いた、またしても今まで聞いたことが無いトレーナーの低い声音は、テレビ越しでも恐怖が伝わってくる。怒っているのが判る。揃って開いた目が眦を裂いて長い髪が迸る魔力で怒髪天を衝きながら闇色に染まり、顔が黒い刺青のような紋様が浮かび、背中から紋様状の二対四枚の翼を早したトレーナーが吐く息は火の粉も交じっていた。
『その姿は―――まさか、貴様は禁忌のッ!? 死んだ筈ではなかったのか!!』
『・・・・・だったらなんだ』
『―――貴様の存在は決して認められん!! 我が一族の為に今一度、今度は我々の手で直々に葬ってくれる!!』
『・・・・・気持ち一致』
次の瞬間。トレーナーの紋様状の翼が、闇が大きく広がる光景に彼等は仮面の中で苦い顔をした。マルゼンスキーを人質にしてる男はナイフを持つ手に力を込めて叫んだ。
『動くなッ!! こっちはこの者達がいる、貴様は黙って我々に―――』
『いたっ・・・・・』
彼女の首筋に刃の切っ先が食い込み、肉を少し切って一筋の血を流した。
『・・・・・無遠慮』
マルゼンスキーの血の一筋を見た次の瞬間。マルゼンスキーを人質にした男が瞬間移動したトレーナーに蹴り飛ばされた。
次いで東条ハナを人質にしていた男も殴り飛ばし、二人をまとめて胸の中に抱きしめながら安全な距離に置くと仮面の者達へ攻撃を仕掛けた。
鎮圧はものの数分で終わらせた。たった一人で大勢の男達を倒しのけるその強さは、お茶の間の一般人達やウマ娘達に見せつけたのであった。
『ぐぅっ・・・貴様、どこでこれだけの力をっ・・・・・。最弱であった貴様が・・・・・がっ!』
『・・・・・言葉を返す。教える義務はない』
当然ながら生放送は中止になってしまった。謎の襲撃犯達は連絡した警察に連行されてしまったが、トレーナーの顏は納得していなかった。―――どうせすぐに釈放されるのがオチなのだと。しかし、そうならないよう密かに仕込んでいたので納得のいかない結末にだけはならないだろうと、それだけを思えば溜飲も下がるというものだ。マルゼンスキーの傷は回復魔法で治した後、学園に戻った。
「理事長の所へ向かいましょう」
「・・・・・」
「一応、あなたも一緒にねマルゼンスキー」
「・・・・・迷惑、巻き込んだ。・・・・・ごめん」
「いえ、私も捕まってしまいトレーナーさんを煩わせてしまってすみません。ウマ娘なのに逃げれなかったのが悔しかったです」
狭い場所に囲まれたらウマ娘でも逃げれはしないだろう。それこそ気にするなとマルゼンスキーの頭に手を置いて撫でる。
「・・・・・行く」
三人はその足で真っ直ぐ理事長室へと運び、事の経緯の説明を聞いた彼女は頷いた。
「了承! 後はこちらで対処するから任せて欲しい!」
「ありがとうございます」
「退出! 彼と話がしたいから下がって欲しい」
理事長の言葉に従い先に退出する東条ハナとマルゼンスキー。残ったトレーナーはやよいと視線を交えると、電話が鳴った。受話器を手にして連絡してきた相手と会話するやよいを待つと、突き出される受話器。
「連絡! 兵藤家当主からキミと話がしたいと」
「・・・・・」
やはりきたか。他人事のように思いつつ手に取った受話器に耳を傾ける。
「・・・・・お爺ちゃん」
『孫よ。まずは謝罪をさせて欲しい。迷惑をかけてしまってすまない』
「・・・・・」
『愚者共を見て見ぬ振りをした、聞かぬ振りをしていた若者達の親類にお前から受け取ったあの資料を渡した矢先にこれだ。どこから洩れたのか分からないがお前を知り、私に対する交渉材料としてお前を狙った犯行だろう』
大方、そっちが関係性を話したから漏れたんだろうな。冷めた気持ちでそんな思いを抱いているトレーナーに源氏から落胆のため息が聞こえた。
『これでお前の存在が兵藤家全体に知られることになるかもしれないが、お前はそのようなことは気にするな。ただし、お前にちょっかいを出す者が現れたら対処はそちらに任せる。好きにするといい』
「・・・・・わかった」
『・・・・・そしてもう一つ。お前の生存が娘達も気づいた』
「・・・・・」
それは、何て言えばいいのか返答に困ることであり、気まずさがトレーナーを襲う。だが、それ以上に源氏から悲壮感溢れる声が聞こえて来た。
『そして、黙って会っていたことも妻が話すものだから私に対して酷く嫌ってくる。孫よ後生だ・・・・・二人に会って機嫌を直してもらえないだろうか。高級林檎で作ったアップルパイを用意する』
「頑張る」
そのぐらいなら昔見守ってくれた祖父の為に幾らでも力になろう。ささやかでも恩を返す労も厭わないトレーナーは祖父の願いを叶えることを約束した。日にちを取り決めた後に通信を切った。
「質問! 当主は何と?」
「・・・・・兵藤家、当主と会う」
「有給休暇! しばらく休んで家族との時間を過ごしなさい!」
「・・・・・感謝」
一礼し、理事長室を後に部屋から出ようと扉を開けた瞬間。短い少女達の悲鳴と共に雪崩のように倒れるウマ娘達が視界に入った。チームシリウスに交じってチームリギルのウマ娘も数人いた。
「・・・・・何してる」
「えっと・・・・・」
「・・・・・盗み聞き、ダメ。―――夜まで走る」
「待ってくれトレーナーさん。私達はあなたに―――」
どうしても聞きたい事がある、とシンボリルドルフが皆の代表として言いかけた言葉だったが。目が据わって不穏な雰囲気を纏い出すトレーナーが声音を低く言った。
「・・・・・嫌う、拒絶、契約を切る・・・・・選べ」
「「「「「「喜んで走ってきます!!!」」」」」」
どれもこれも絶対に嫌な担当ウマ娘達が、リギルのウマ娘達までも一斉に廊下の向こう側へ走って消えていった。呆れながら今度こそ扉を閉めれば、東条ハナとマルゼンスキーがまだいたことに首を傾げた。
「・・・・・いた」
「まだいた、って意味かしら。それなら私とこの娘を助けてくれたお礼はまだだったから待っていたのよ」
「・・・・・作る、アップルパイ」
「それでいいなら作ってあげるわよ。でも、失敗しても怒らないでよね。慣れてないんだから」
「・・・・・これから慣れる」
―――それから夜まで走らされた彼女達はトレーナーに問い詰めるだけの体力も使い果たし、聞くに訊けず泥沼のように夢の中へ旅立ってしまった他所に。
「お疲れ様。Dさん」
トレーナーに話しかける少女筆頭に5人の少女達こと愛花等がシンボリルドルフ達の代わりに話を聞こうとしていた。
「テレビ見てましたよ。やっぱり強いですねー」
「でも・・・・・どうして狙われたのですか?」
「・・・・・あなたの一族に関する事なら、関わるなと言われても仕方がないですけど」
「お兄さん・・・・・」
今や寮長として務めているトレーナーは部屋に入るよう手を招いた。ついて行く彼女達は部屋の中で簡潔に説明をされた。
「・・・・・兵藤家当主、三年分の報告書、送った」
直接それを渡す寮長と受け取った当主とどんな関係が・・・・・? 黒子は別の疑問を口にする。
「それだけで狙われるのは何故?」
「・・・・・報告書、俺から当主、当主から性欲の獣の親、子供を可愛がる親、反発」
「あー、こんなの事実無根だ、訴えてやる!! じゃなくて子供の悪事の三年間を報告された報復をするつもりだったかもしれないと?」
「・・・・・多分?」
子供も子供なら親も親もとは・・・・・五人は兵藤家の事がますますいい感情を抱けなくなった。
「でも、報告書を渡すより当主と理事長と繋がりがありませんでしたっけ。連絡のやり取りぐらいはできるはずでは?」
「・・・・・兵藤家、学園と不干渉。学園で起きる事、全て学園が対処する」
莉緒も話に加わり、それではどうしようもならない。そちらの者が悪さをしています、なんて言おうが信じられないか事実を揉み消されるのがオチなのだと後に付け加える寮長。
「だから、直接渡すしかなかったわけなんですね」
「真正面から兵藤家の家に乗り込んで渡すのも無理だしね」
「結局は学園側、お兄さんが対処するしかなかったんですね」
頷く寮長。
「・・・・・近日兵藤家に行くことが決まった」
「実家に帰省する、ってわけじゃないですよね」
「・・・・・来る?」
「え、まさか、兵藤家に?」
「・・・・・兵藤の被害者、物申す権利ある・・・・・願い事、できるかも」
願い事・・・・・寮長の過去が判るかもしれない。そう思えば虎穴に入らずんば虎子を得ずなのだろう。涼子達は目線を絡み合わせ、行くかどうか決め合うと揃って頷いた。
「お願いします。連れて行ってください」
「・・・・・わかった」
意思を確認したことで彼女達も兵藤家に連れていくことを決めた翌日。改めて問い詰めるシンボリルドルフ達にも昨夜涼子達に説明した言葉を繰り返す。驚き、安堵、そして・・・・・自分も兵藤家に同行したいという願いをされたのだった。