両チームに魔法の道具が手に入ることが確定してから、あっという間に日暮れの時間帯となった。
指定した数の銀色の玉を集め戻ってきたウマ娘、集められず戻ってきたウマ娘の表情がハッキリと明白の中。
ただ、シリウスのウマ娘達は全員個人用の魔法の道具を得るために必要な数を集め揃えていた。凄まじい執念だと感服するしかない。
「・・・・・すぐに風呂。上がったら、外に集合」
「じゃあトレーナー。また髪を洗ってくれる?」
「・・・・・ダメ、帰る」
えー、と不満気に漏らすトウカイテイオーを始め、今夜も洗って欲しかったウマ娘達がしょんぼりと残念がった。別荘の中へ入っていくウマ娘達の背中を見送った後、東条ハナが問い詰めた。
「髪を洗ってくれるってどういうわけ。まさか、一緒に風呂に入ったわけじゃないでしょうね」
「・・・・・全員、水着を着て髪を洗った」
「んー、水着ならセーフか。ていうか、どおりで髪の質が良くなってるなぁって思ったらお前が洗っていたからかよ」
「・・・・・好評。・・・・・洗う?」
提案するトレーナーに「結構よ」とすぐに否定の言葉で返した東条ハナ。その後、全員が風呂に入って戻る準備をしたら、魔法の道具から一週間ぶりの外へ出た。そしてその日の内に合鍵を求めたトウカイテイオー達に渡して喜ばせた後、サイレンススズカに話しかけた。
「・・・・・何を書く?」
「すみません。できれば二人きりの時にでもいいですか?」
「・・・・・夜」
待ち合わせの時間を決めて一時別れた。寮の自室へ戻るウマ娘達の中でナリタタイシンとゴールドシチーが呼び止められた。
「・・・・・体験、感想」
「まぁ、他のトレーナーだったら絶対に経験できないトレーニングで充実したって気持ちが大きいかな」
「アタシ的に各地のコースを実現したコースも本当にレースみたいで、本番のレースにも繋がるトレーニングだって思う」
感想を聞いた後、次に言葉を口にする。
「・・・・・シリウス、入るなら声を掛ける」
「誘わないんだ?」
「・・・・・いい末脚、スカウトしたい。でも二人の気持ち次第。何時でもいい」
「ん・・・・・考えとく」
二人はシリウスの加入は保留にする事にして寮長室を後に―――。
「・・・・・ゴールドシチー」
「なに?」
「・・・・・念のため、渡す。肌身離さず腕に着ける」
ゴールドシチーにだけある物を渡して、強く着けるよう念を押しつけた。
自室に戻る途中でナリタブライアンは芦毛で、高身長、緩くウェーブのかかった毛量の多い白髪のロングヘアーとアンダーリムの眼鏡が特徴のウマ娘と鉢合わせした。
「ブライアン、今までどこにいた?」
「姉貴か。トレーナーと一緒にトレーニングをしていた」
「丸一日も学園内やお前の自室も見て回ったが、どこにも姿も影も見当たらなかったぞ」
「チームで学園から離れていたんだ。それは当然だ」
「随分と速い遠征だな。とにかくお前の姿を一目見れて安心した・・・・・む」
ナリタブライアンの姉、ビワハヤヒデは妹の黒髪を見て何時もより毛色と毛質が良くなっていることに気付く。
「ブライアン、シャンプーでも変えたのか。随分と髪が良くなっているな」
「ああ、これか。別に変えていない。トレーナーに髪を洗ってもらえると気持ちがいいという話で私も髪を洗わされただけだ。あいつらの言う納得できる理由だったな。とても気持ちが良かった」
「なん、だと・・・・・」
「ああ、言っておくがお互い水着を着て風呂に入ったからタオル一枚でいたわけじゃないからな」
面倒な心配をされるのが嫌で言うナリタブライアンだが、ビワハヤヒデはそんな事よりも妹の毛質の方が気になって仕方がないでいたので聞いていなかった。鬼気迫る勢いと恐ろしい顔でナリタブライアンの肩を掴んだ。
「ブライアン。私も彼に髪を洗ってもらうことが可能か」
「お、おう・・・・・頼めばしてくれると思う」
「そうか。ならお前から頼まれてくれまいか」
それは今か、と問うと強い眼差しで頷く。自分の姉の一番の悩みである髪のことは妹のナリタブライアンも知っている。だが、彼女の悩みの種が改善するとは思えない。ここで否定したらそこまでかもしれないが、仮にもしトレーナーに突撃するようなことがあれば・・・・・。
「・・・・・わかった。今すぐしてもらえるかどうかはさておき、予約だけは取ってくるよ」
「感謝するブライアン」
安堵する姉を見て、少しトレーナーに申し訳なさを感じるナリタブライアンだった。
「・・・・・姉、ビワハヤヒデ」
「そうだ。姉貴が髪を今夜にでも洗って欲しいと言うんだが頼めるか」
「・・・・・構わない」
あっさり受け入れたトレーナーの言葉をそのまま姉に伝えたことで用済みになった自分ことナリタブライアンは、少し二人の事が気になってしまったので同席させてもらおうと思った。
ビワハヤヒデの髪を洗う時間帯となり、二人は寮長室へ赴くと―――。
「おや、ビワハヤヒデもとは珍しい」
「シンボリルドルフ・・・・・」
チームシリウスのウマ娘の他、合鍵を手に入れたスピカとリギルのウマ娘達が何故か寮長室を占拠するように居座っていた。
「これはどういう状況だ」
「簡潔に言えば、夜食と入浴を済ませた私達がトレーナーさんに今夜だけまた髪を洗ってもらおうと来たのさ」
「・・・・・来た」
浴場に通ずる扉からトレーナーがビワハヤヒデを認知した。
「・・・・・久しぶり」
「ええ、そうですね。あの時は本当に助けていただきありがとうございます」
「・・・・・無事でいい。髪を洗う」
「水着でも構いませんね?」
頷くトレーナーが先に扉の向こうに入り、その後に続いては一人しかいない脱衣場の中でジャージを脱ぎ、水着姿になって浴場に足を踏み入れた。寮長室の風呂場はそれなりに広く、バスタブが膝を折れば二人ぐらいは入れる大きさであった。壁にある棚のシャンプーのメーカーに目が留まるも、知らないメーカーであったことを確認した。
「このシャンプーのメーカーは?」
「・・・・・外国、輸入品」
「これで、ブライアンの髪が良くなって・・・・・?」
「・・・・・違う」
トレーナーの両手が淡い光に包まれた。
「・・・・・超越の力の一種、仙人の術、仙術」
その力の説明を受けたビワハヤヒデは若干理解に苦しんだが、要点だけは理解できた。
「相手の生命力や気力というものに干渉が出来る力だと、認識しても?」
「・・・・・あってる。髪の毛も生命の一部、だから干渉で来て質を良くする」
椅子に座ってもらいシャワーでビワハヤヒデの髪を濡らしてから掌にシャンプーを落とす。泡立たせてからシンボリルドルフ達の髪を洗った同じ手つきで洗い始める。
「・・・・・」
他人に洗ってもらうなど親以外、子供の頃以来だ。そう思わされたビワハヤヒデもトレーナーの頭髪の洗い方が心地よく、睡魔に襲われて眠りたくなってきて舟をこぎ始めた時。水圧があるシャワーでシャンプーの泡を流された時に半分落としていた意識を取り戻した。
濡れた髪をゴシゴシと強めにタオルでよく水分を拭きとって、脱衣場から持って来たドライヤーで髪を乾かすこと十数分後。
「・・・・・終わった」
「そうか、ありがとう」
髪を洗い終えたことで水着のまま脱衣場へ足を運んで体の水滴を拭きとろうと、水着を脱ぎかけたところで自分の顔が映る鏡に目が留まった。
「これが同じ髪なのか!?」
波状毛と捻転毛の超混合! 美容師もお手上げのハイパー癖毛! それが長年ビワハヤヒデを悩ませ続けた毛質が見事なまでにストレートヘアーになっていたのだ。自分の髪を見てすぐ指で確かめるとサラサラとした流れる川の水のような指通りになっていた。
「終わったか、姉貴・・・・・」
脱衣場の扉を開けて入るナリタブライアンが姉の髪の変わり具合に、呆然とした。
「見ろ。ブライアン! 彼のお陰で私の髪がこんなにサラサラだ! 顔回りに膨張するあの鬱陶しかった髪が流れる川のごとく真っ直ぐだ! これなら自分の髪で窒息しそうになることもないし、朝から苦痛にも感じることもなくなるだろう! それから―――」
「姉貴落ち着け。悩みの種が消えた喜びはここでなく別の場所でしてくれ。トレーナーがいつ出てきてもおかしくない。しかも上半身裸でいると風邪を引く」
妹の言葉に我に返ったか、はっと目を丸くしたあとに咳払いを一つ。
「た、確かにそうだな。すまない。浮かれすぎてしまって我を忘れていた」
「自覚したなら早く着替えろ。あとがつっかえてるしトレーナーに裸を見られたくないだろう」
「・・・・・一度だけ見られたがな」
「は?」
「いや、勘違いするなよ。私が性的暴力を受けていた際、奴らに裸にされた時に助けてもらったのだ。その時に見られた程度だ」
一瞬、怒りが湧いたが姉の口から聞かされた理由に怒りを納めた。不可抗力ならば、仕方がないと自分に言い聞かせて納得させる。
「一応聞くが、貞操は無事なんだな」
「勿論だ。・・・・・ファーストキスは守れなかったがな」
「・・・・・そうか」
姉を助けられなかった己の不甲斐なさに悔やむ妹の心情を悟り、優しく話しかける。
「お前が気にするなブライアン。私の身体が蹂躙されようと私は変わらないさ」
「・・・・・そう言うことは本当に蹂躙されてから言え。説得力がないぞ」
「ふふ。すまない。しかし、私がいつかこの身を捧げる男の候補を挙げれば、今のところ彼しかいないからされる気はないよブライアン」
「・・・・・トレーナーに好意を抱いてるのか?」
「私が知る男の中では彼が一番マシだという意味だ。好意は抱いていないよ。ただ。もしかすると今後抱くかもしれないしがね」
今はそうでもこれからはどうなるかは、自分次第ということだと言外するビワハヤヒデ。
「そうか。・・・・・だが、トレーナーに好意を抱くなら早めがいい。恋敵が多いからな」
「その中にお前も含まれているなら更に大変そうだな」
「・・・・・ふん」
話している間に身体を拭いてジャージに着替えるビワハヤヒデ。
「ふふ、今夜はよく寝れそうだ」
「それでもいつかは元の髪に戻るぞ。どうする」
「また彼に頼もう。もう彼ではないとこの髪にはなれないのだからね」
「なら、アップルパイをお礼に持ってくればまた喜んでやってくれると思うぞ」
わかった、と頷いて脱衣場を後にしたビワハヤヒデ。一拍遅れて称賛の声が聞こえるようになり、わいわいと盛り上がったのが分かった。
「まったく・・・・・トレーナーはその気でもないのに女のフラグを立てるのが上手くて困る」
呆れた風に述べるナリタブライアン。
「だが、姉の幸せを妹が願うのは当然だろトレーナー」
その後、自室に就寝する時間帯で一人サイレンススズカが寮長室にまた足を運んだ。誰にも知られることなく二人きりの時間になれる機会を伺って同室のスペシャルウィークを起こさないよう足音を殺して部屋を後にした。
「トレーナーさん・・・・・」
ノックをして開けてもらう。深夜の来訪者を招き入れたトレーナーは席に座ってもらった。
「・・・・・書くものは?」
「すみません。そのことなんですけどシンボリルドルフと同じ願いだったんです」
「・・・・・他にある」
「はい、あの、私・・・・・あなたのことが好き、なんです」
「・・・・・」
「でも、トレーナーさんは相手から向けられる好意というものをわからないってテレビで言ってました。けど、それでも、どうしてもこの気持ちを伝えたかったんです」
彼女の純粋な気持ちを知っても表情は変わらないトレーナー。その顔を見て寂しそうに見つめるサイレンススズカは、言葉を続ける。
「婚約者がいようと私はあなたのことが好きです。だから、これからはDさんと呼ばせてください。私のこともサイレンススズカではなく、『スズカ』って呼んでほしいんです。フルネームだと他人行儀みたいに呼ばれてる気がするので」
それが彼女の願いなら叶えよう。その思いでトレーナーは言った。
「・・・・・スズカ」
「っ、Dさん」
嬉しいあまりにトレーナーに近寄って抱きついたサイレンススズカ。引っ付いてくる彼女を膝の上に載せて頭を撫でると、猫のように頬を擦り寄せてくる。部屋の明かりが消してもしばらく二人は身体を一つにしたままだった。
「愛してますDさん。・・・・・誰よりもずっとね」