某所―――とある家の本殿にて、外陣に集うのは家に連なる者達だった。一様に難しい表情をしており、この場にいる全員が今回の召集の理由を知っている。
「―――兵藤家から悪鬼羅刹の、狐憑き討伐の命を受けた」
その一言にざわっ!とし始める本殿。同時に他の者達が口にする。
「我々が草の根を掻き分けてでも探していた『狐』がようやく発見したと思えば運命は皮肉ですな」
「兵藤家の者達も心中察してしまう。よもや我々と同じ厄災が降りかかっているとは」
「他人事ではいられまい。早々に我らもかの一件を決着付けねばなるまい。して、宗主。兵藤家の命に従うのですかな?」
問われた男性―――姫島家宗主は、重々しく頷いた。
「初代達が封印し損ねた『狐』を滅する好機。今代の我々が、初代達の無念を晴らす時だ。これより我ら五大宗家は彼の『狐』を討滅する。心せよ」
この厳格の一言に皆が静かに応じるように頷いた。その後、宗主を残して解散したが当人は本殿に残り続ける。
「―――朱雀」
宗主の呼びかけに、一つの人影が姿を現す。
「はい」
長い黒髪の美しい少女だ。濡れたような艶のある黒髪である。まだ幼いのにも拘らず凛とした雰囲気を持ち、ひとつのよどみもなく整然としていた。
「次期当主となるだろうお前に頼みたい」
「なんなりと大叔父様」
「兵藤家から命を受けた討伐対象の様子を探るのだ」
宗主の頼みにキョトンと不思議そうに見返す少女。
「・・・・・お言葉ですが、討伐するのであれば探る必要はないのでは?」
「―――我等五大宗家は兵藤家当主のみしか命を受けない決まりがあるのだ。肝心の現当主は海外に出張しておられる。つまりは・・・・・」
「当主の不在中を利用して独断で宗家に名を下した・・・・・」
「その可能性はある。本当に我々が探し求めていた『狐』では無かった場合、誤報によって踊らされたこととなってしまう。当の理由ですら『兵藤家に狐憑きが発覚した。宗家でこれを全力で討伐されたし』、それだけだ。情報があまりにも少ない。そして何故身内ではなく我々に討伐を求めたのか不自然なのだ」
宗主の言葉を真摯に聞く少女でも確かに不自然なところは幾つも浮上した。
「故に調査の任をお前に与えたい」
「かしこまりました。ですが、仮に真であったら討伐はなさるのですか」
「―――無論だ」
「よう坊主、また来たぜ」
着物姿に下駄をカランコロンと鳴らしながら挨拶の言葉を送る男性アザゼルと銀髪の幼い少女の登場に縁側で子供はスヤスヤと鉄心の膝の上で寝ていた故に無反応で返される。風呂敷で何かを包んだものを持参して子供の側にいる鉄心にも挨拶を送る。
「ここ最近よく顔を出すのそなたは」
「誠と一香から離れて暮らしている坊主だからな。兵藤家に預けられている間は行けなかったがこの家にいるならば会いやすいもんだ」
手土産として持参していた物を鉄心の横に置きながら隣に座りこむ。
「寝てんだな」
「うむ、孫娘と違って大人しく可愛いもんじゃ。この間肩車したが、孫娘より少しばかり軽かったわぃ」
「パンばかり食ってっから体重が増えてないんだろうよ」
食事生活はまだまだ改良の余地がある。と思っていたら銀髪の幼女ヴァーリが手を伸ばして子供の顔の頬を突っつく。身じろぐ子供の仕草にまた無言で突っついて見たヴァーリの目の前で臀部辺りから九つの尾を生やして自身を包み込むようにして顔を隠した。それでも今度はその尻尾を触れたり顔を埋めて毛並みを堪能する。
「ふむふむ、可愛いのぅ」
「そういや、源氏の娘っ子共はどうしてんだ?」
「儂の孫娘と外へ出かけておる。何時までも家の中に引き籠ってはよくないからの」
それに比べて子供の方は鉄心に可愛がられていた。こののどかな平穏の中である種の療養となって堅く閉ざした心を少しでも開いてくれれば御の字だと思うアザゼル。
「総代」
緑のジャージで身に包む男性が鉄心に耳打ちする。すると老人の眉根が寄って怪訝な面持ちとなった。
「確かにそう名乗ったのか」
「ハイ、これを総代に届けてほしいト」
折り畳まれた白い封筒のような紙を手渡され、受け取って開いて手紙の内容を読みながら書かれてある文字を目で追うこと数十秒。
「・・・・・よかろう、通しなさい」
「よろしいのデ?」
「これまで用意されては門前払いなどできんわぃ」
息を一つこぼす鉄心の了承を得て男性はこの場を後にすればアザゼルが質問をする。
「誰か来たのか?」
「実に厄介な相手じゃよ。五大宗家の一族、姫島の者が来ておる」
「なんだと?」
何故、この場所にかの一族の者が来る。理解に苦しみ訝しむアザゼルは狐の尾で隠れている子供を見下ろし、まさかと予測する時だった。濡羽色の髪を揺らしながら足音たたさず縁側に少女が大きな鞄を背負って現れた。朱色の服を基調とした出で立ちでベレー帽を被っている。
「・・・・・お前は」
少女の顔を見た途端、アザゼルの記憶の中で彼女の顔と酷似した二人の知人の顔が過った。
「―――初めまして川神鉄心殿。私は姫島朱雀です。突然の訪問をお許しくださり、そしてこちらの我儘をお受け入れてくださり誠にありがとうございます」
恭しくお辞儀する少女、姫島朱雀に鉄心も子供を膝の上からどけて姿勢を正しく名乗った。
「・・・・・姫島朱雀つったか嬢ちゃん。何でこの家にやってきたんだ?五大宗家の一族のあろう者がよ。武を重んじる兵藤家じゃあるまいし」
アザゼルからの強い眼差しと共に向けられた問いに、朱雀は真っ直ぐアザゼルを見つめ返してハッキリと告げた。
「姫島家宗主から受け賜わった任は狐憑きの調査です」
「・・・・・」
「私はそれ以上も以下もすることはありません。その権限も実力もございません」
中立の立場だと言外する朱雀をアザゼルはジッと見つめ続ける視界の端にムクリと起き上がる子供の姿が入った。目覚めたばかりで眠気が抜けきっていない眼が朱雀を捉え・・・・・尻尾を座布団代わりにして横たわり、残りの尻尾を掛け布団代わりに首を残して被せてまた眠りに入った。そんな子供にヴァーリ―が尻尾と尻尾の間に身体を潜らせると子供の直ぐ横で一緒に夢の中へと旅立った。
「自分の尻尾を布団代わりにするとは器用じゃな」
「こいつもこいつでちったぁ危険感を覚えて欲しいもんだがな」
今のところ問題なさそうだが、これはこれで問題でもある。五大宗家が子供の存在を知った。兵藤家の差し金かそれとも別なのかわからないが、これだけは確かだ。子供の命が危うい。
「(害が無いって判断してくれりゃいいんだがなぁ・・・・・)」
普段のようにボーとしているだけならば問題はないだろう。それが無害に繋がり宗家にとって―――。
「(いや、目を付けられた時点で無害であろうがそうでないだろうが関係ないか)」
深く嘆息してどうにかうちで預けられないかなーっと朱雀が尻尾を触れる様子を見ながら考えた。実際に実行するとあらば源氏の許可が必要になるがいまいない者を求めてもできぬこと。ならば監視をする他ないと結論付けたアザゼルはヴァーリを一時川神院に預け行動に出た。
「バラキエル。姫島家の者が坊主と接触してきた」
「っ・・・・・!?」
「これからどんなことが起きるのかわからない。あの五大宗家の耳に入る筈がないと思っていた予想を裏切ったからな。大方、兵藤家が坊主の事を告げ口したんだろう。最悪、兵藤家の異端分子として自分の手を汚さず排斥させようとしているのかもしれん。それをあの宗家の連中が知ってか知らずかわからんが―――バラキエル、あの二人をここに連れて来い」
「・・・・・朱璃と朱乃も狙われると言うのか」
「誠と一香から予てから頼まれていたことだ。危険の予兆が来たならば全力でお前の家族を護れってよ」
「・・・・・」
「俺も相手が相手だからあの坊主の側にいる。坊主の身に何か起きてしまえば誠と一香が何を仕出かすか分かったもんじゃないからよ」
姫島朱雀の登場に悠璃達は警戒心を芽生えた。相手が五大宗家の一つ、姫島家の者だと知って子供と接触させまいと常にガードをし続けた。
「「・・・・・」」
「・・・・・」
三人の少女が見つめ合う。朱雀の真意を計る故に二人が呼び付け、誰にも入って来ないように鉄心等にも釘を打って話し合いの場を設けたのだ。朱雀も悠璃と楼羅の素性を既に認知している様子でそれを受け入れ話し合いに応じたのである。
「姫島家・・・・・童門、櫛橋、真羅、そして百鬼と並ぶ五大宗家の一族の一つで兵藤家と同じ日本を裏から守る存在ですね」
「はい、その通りでございます」
「五大宗家は退魔師になって国を裏から守るか、あるいはそれに近しい職務に殉ずるって教えられた。何でその一族がこの家に来るの」
厳しい目付きで朱雀を睨む楼羅は推測を述べた。
「まさかだけど、いっくんを狙っているんじゃないよね。もしそうだったら絶対に許さない」
返答次第では今にでも飛び付きそうな悠璃の前で朱雀はこう言った。
「私がこの場にいる理由は。兵藤家からの命で狐憑きの討伐でございます」
「っ―――!?」
「兵藤家が、いっくんを・・・・・?何で!?」
狐憑き、という単語で二人は直ぐに子供の事であると察して目を見開かせる。朱雀は静かに首を横に振る。
「私と大叔父様も計り兼ねております。五大宗主家に命を下せることができるのは兵藤家当主のみ。その現当主の源氏様は現在海外へ出張なのでそれは不可能です。一通の連絡も来てないのでこれは兵藤家の独断と私と大叔父様は予測しています」
「でしたら、それを兵藤家当主に伝えないのですか?」
「勿論確認を求め問い合わせをしている最中です。ですが、仮にお二人の御父君の判断であろうと兵藤家の独断であろうと、五大宗家はもう止まりません」
何故、と言いたげな目をする二人に淡々と理由を告げた。
「大叔父様達の先祖があと一歩のところで取り逃がした狐かもしれない悪鬼羅刹の類が、目の前にいるのかもしれないのです」
「・・・・・それっていっくんとどういう関係があるの」
「狐の名は玉藻前、日本においては玉藻前と呼ばれている白面金毛九尾の狐という凶悪な大妖怪です。五大宗家の先祖達はその妖怪の肉体を殆ど滅ぼし封印した後に魂も滅しようとしたところ、若い娘の身体に憑いてから輪廻転生の類で何度も宗家の追手から逃れ続けていました。以前のような力はないようですが、それでも復活すれば危険な妖怪であると大叔父様達はそう認識しておられ、秘密裏に探し続けていました」
「・・・・・京都にいる、八坂さんは?」
「あのお方は狐違いであります。私達宗家が探し求めていた九尾の狐はあの子に取り憑いているのかもしれない狐だと思います」
朱雀達の事情と理由を理解した楼羅と悠璃。ならば、あの子供がその狐の大妖怪だった場合。五大宗家がどう動くのか・・・・・既に朱雀自身の口から聞かされて黙ってはいられない。
「先程討伐すると仰っていましたが、具体的にどんな方法でするのですか」
「分かり兼ねます。私は狐憑きの調査をする命を賜っただけですから」
どちらにしろ、二人にとってこの姫島朱雀という少女は―――敵であるということに他ならなかった。慕っている男の子の命を狙う輩の一派ならば尚更である。そして三人の会話のやり取りは部屋の外で気配を殺して盗み聞きをしていた鉄心等にも知られていた。
「成程ねぇ・・・・・あの坊主にとんでもないモンが取り憑かれていたんじゃ五大宗家も出張るわけだ」
「総代、如何致しますカ。目の前で子供が殺される等あっては・・・・・」
「相手は兵藤家と式森家の次に権力がある一族じゃ。儂等の領分をとうに越えておる・・・・・」
兵藤家と縁ある川神院とて真っ向から相手をしてはならない相手だ。これは兵藤家と五大宗家の問題なので部外者の鉄心達は手出しができない。
「じゃが、源氏殿から直々にあの子を預かっておる。指を銜えて幼い命を奪われる等あっては川神院の末代までの恥じゃ。釈迦堂、ルーよ。覚悟せぃ」
「ハイ、承知しましタ」
「へへへ、あの宗家の連中と戦える機会だ。思う存分戦わさせてもらいますぜ」
「「・・・・・」」
―――†―――†―――†―――
姫島朱雀がいる日常にもなった生活は子供にとって大して変わらない。食事やトイレ以外一日中空を見上げ続けるだけで特に変化はない。強いて言えば朱雀が子供をジッと見つめ続け、食事の際は耳と尻尾を出してもきゅもきゅと食べながら揺らす姿に「可愛いです」と漏らした程度だ。狐憑き―――妲己の調査は今のところ変わったところはない。子供の体を乗っ取っているわけでもなく暴走もしている様子も見受けれない。ただ、尻尾の数が九本であることから五大宗家が探していた狐の妖怪である可能性は大きいので調査は続行・・・・・。
「・・・・・尻尾を抱きしめながら寝ると幸せになるよ」
「ええ、これ無じゃ寝られなくなるぐらいにです」
「・・・・・」
これは調査の為、と自分に言い訳しながら試しにそうしてみたら、フワフワモコモコの抱き枕として心地良く朱雀は微笑みを浮かべながら夢の中に旅立った。
「・・・・・?」
闇夜の中、ただ一人佇む眠りの少女。ここは夢の中かと周囲を見回した。その最中、薄らと光る光源を見つけた。そこへ歩み寄ると、雁字搦めで鎖で堅く閉められた大きな楕円形の扉があった。この扉は・・・・・と思っていた朱雀は扉の横に膝を抱えて座り込んでいる子供に気付く。何でこんなところにと思った矢先に自分の背後から人の気配を感じた。
「傍迷惑なことよ。妾を滅ぼした陰陽師共までもがあの子も巻き込むとは。まぁ、あの子に憑いている妾が原因であるがそれでも不快極まりない」
振り返り、濡羽色の長髪と同色の瞳に黒いセーラー服で身に包む女性が朱雀を見下ろしていた事を知る。
「貴方は・・・・・」
「今では五大宗家と称しておる者どもが探していた狐じゃ、と言えば喜ぶか小娘」
「玉藻前・・・・・」
「奴等に伝えておけ。あの子に関わるなと。関わればそなたらは厄災と絶望が待っているとな」
警告されて何故、と口にしようとしたところで少女の瞳は上に向く。闇に溶け込んで姿形は分からないが、鋭い眼光が六つも妖しく煌めかせ自分を見つめている何かがいた。
「あれは一体・・・・・」
「妾以外にも宿っておる者共だ。この妾より強力な力を秘めているが、この厳重に縛られている鎖を解き扉を開けんことには本来の力を発揮できぬがな」
「・・・・・」
「心せよ。妾はともかくあの子に手を出すならばそれ相応の何かを失うぞ。兵藤家現当主の孫にして元当主の息子のこの子にな」
意識が遠のき、目を覚ました朱雀を見つめている子供と目が合う。妲己の言葉を信じるなら、五大宗家は破滅の道を自ら進む恐れがある。直ぐに宗主に報告するべきだと抱き締めていた尻尾から放れて自室に戻る。
「・・・・・ご苦労であった」
一連の報告を受ける宗主。調査に派遣させて思いの外早くも情報が得られ、現地にいる少女をそのまま待機させて通信を切る。一拍遅れて神妙な顔つきになった。
「とんでもない事態になりそうだ・・・・・。お互い身内の事で難儀な思いをしているな源氏殿よ・・・・・」
子供の中に玉藻前の存在を確認されたことで五大宗家は動き出す。例え宿主が幼い子供だろうと兵藤家当主の肉親であろうと、日本に厄災を齎す悪鬼羅刹を見捨て置くことはできない。それが五大宗家の存在意義でもあるからだ。
「失う覚悟がなければ手を出すな、そう言っているのだな・・・・・」
晴天に恵まれたとある日の昼過ぎ。近場INピクニック目的で足を運んで付き添う朱雀と一同は川沿いに到着する。女の子同士でおままごとをして遊ぶような子供達ではない楼羅達は、ブルーシートを敷いては大人の鉄心達も交えて食事を始める。
「今日のパンはアップルパイもありますよ」
バスケットから取り出す楼羅から受け取って銜える子供は、美味しさを露わに耳と尻尾を生やして揺らす。それが微笑ましいと笑み悠璃達も子供を見守りながら暖かい青天の下で食べる。心地良い風も吹いて心なしか心が穏やかにもなる。
「いっくん、お絵かきしよっ」
食べ終えて少し経った時、お絵かきセットを持参していた悠璃の提案で子供は絵を描き始める。輪郭がはっきりしてきた頃には鉄心達を驚嘆させる。子供が描くレベルではない絵が十数分もしたうちに描き終えた頃、スケッチブックには鉄心達の顔が格好良く描かれた。
「ふぉふぉふぉ、上手に描けたのぉ。見ろこの儂、こんなにワイルドじゃぞ」
「俺なんざミステリアス風に描かれてるぜ。へへ、一丁前に男前じゃねーか」
「うーむ、このワタシは凛々しく描かれているネ」
「おおー・・・・・」
穏やかな日常、暖かな日差しに子供を優しく見守る子供と大人。危害と罵詈雑言をしない子供と大人がいない生活の日々が早くも三日が過ぎた頃。子供に新たな出会いが訪れた。
「・・・・・しいなみやこ」
「ボク、こゆきー。ごはんありがとー」
青みがかかった紫の髪の少女と白髪の少女。彼女達と出会った瞬間、子供が初めて自ら興味を持ち二人の少女を見つめ続けたことに悠璃と楼羅は珍しいと驚いた。しかも、自分の食べる分をこゆきに食べ分け与えたのも含めてだ。家に帰る際も彼女達の手を掴んで鉄心達に何か訴えるような眼差しを向けたのをきっかけに。
「坊主が初めて興味を抱いたな」
「あの子達の何がだろうカ」
「ふむ・・・・・ちょいっと調べてみようかの」
後日、みやこは周囲の陰湿な虐め、こゆきは親の虐待を受けていることを知った。更にこゆきに至っては数日も前から親に何も食べさせられていなかった。子供は二人を見た瞬間に―――自分と同じ境遇にいる子供だと察したのだと鉄心達は理解し、初めて自分から誰かを助けたい思いを抱いた子供に心を開く切っ掛けにも成り得るならば、と大人達は行動を起こした。数日後。
「モコモコだー♪」
「・・・・・柔らかい」
「むー」
「悠璃、拗ねてはダメですよ」
「「「「毛繕いの時間です」」」」
「奇麗な毛並みにしてあげますねー」
川神院に新たな同居人が増えた。心なしかその同居人を見て子供が安心した顔を浮かべるのを見ていた鉄心達に、子供は感謝と謝意を込めてお辞儀した。
「まずは一歩ってか?」
「源氏殿達も顔が浮かばわれるのぉ」
「そうですネ。このまま彼女達と時間が解決してくれるならば」
穏やかな日々、幸せな永久の時間があらんことを願う大人達。しかし、神奈川県に近づく異様な集団が真剣な面持ちで固め、これから死地として定めた戦場に赴かんとばかりな雰囲気を纏わせていた。その数百人ばかり。
「宗主、間もなく着きます」
「・・・・・わかった」
従者からの報告を姫島家宗主は表情を変えず厳格に相槌を打った。何時までも平穏な日常を過ごせる等とそんな問屋は卸せなかった。
深夜―――。
殆どのものが眠りにつく深い夜の時間帯。暗い闇に支配され真っ暗な真夜中、悠璃達も夢の中に旅立って起きる気配がない時に子供の目が不意に目を覚まして起き上がった。立ち上がってトイレに行くわけでもなく襖を開き満天の星空に浮かぶ満月が見れる縁に出て座った。
「・・・・・」
しばらく満月を見ている子供のところに言葉が投げ掛けられた。
「起きてしまいましたか」
寝間着姿ではなく、川神院に訪れた服装で姫島の少女は荷物を背負っていた。この家から発つつもりなのかどうか子供にとって興味も関心もせず、ずっと満月を見上げた。
「中に入って眠らないのですか」
「・・・・・」
「・・・・・それとも、気付いて起きたのですか」
彼女に見向きもせず視線は変わらず月ばかり見ている子供に、姫島は近寄り優しく抱きしめて頭を撫でる。
「ごめんなさい。できればあなたを救いたかった。許してほしいとは言いません・・・・・」
悲哀が孕んだ声を発して抱きしめる腕の力を込めて別れを済ませた姫島は、荷物からアップルパイを数個取り出して置くと静かに子供から離れて川神院を後にした。朱雀がいなくなってから残してくれた菓子パンを狐耳と尻尾を出しながら食べ始める子供。
「・・・・・」
暗い中で一人食べるという行為が随分と久しいと無意識に思い、寂しくなってきた子供は部屋に戻ろうと立ち上がったところで真夜中の川神院に無断で侵入してくる集団と相対した。彼らは全員臨戦態勢の構えをして武器も持っているし明らかな敵意をも感じる。自分の姿を見るや否や「狐憑き」と親の仇を見る目で言ってくる。
「・・・・・取り掛かれ」
一人の男の指示に謎の集団の男達が襲い掛かってきた。月光で鈍く煌めく凶刃を子供は闇の力を腕に纏わせて迎撃しようとした直前に。
「すいませんねぇ。もう参拝する時間は過ぎているんで、お引き取り願いますぜ」
子供の真後ろから足蹴りで吹き飛ばし守った釈迦堂刑部。
「ホワタァッ!」
緑色のジャージ姿のルーも子供から凶刃を守り、敵を吹っ飛ばして子供の前に立つ。最後に鉄心が現れて集団と相対する。
「深夜に子供一人相手に対して武器を持って大勢でとは、それが五代宗家のやり方かのぉ」
集団を見渡す鉄心の前に一人の中年男性が集団から前に出た。
「お初にお目にかかる。川神鉄心殿とお見受けする。私は五代宗家の一人、姫島朱凰。姫島家宗主を務めている」
「川神院総代の川神鉄心じゃ。して改めて尋ねるが貴殿らは儂らに敵対する意思を持ってここにおるのかの」
「私達の目的は狐憑きの討伐。そこにいる人ならざる者の魑魅魍魎、悪鬼を滅するため。当家においてはご迷惑をおかけするが決して敵対をする気ではない」
「もう一度聞こう。儂等に敵対する意思があって夜襲を仕掛けてきておったのじゃな」
上着を脱ぎ闘気を纏う鉄心は鋭い眼差しで朱凰を睥睨する。
「お主の親族から全て伝わっておるはずじゃ。この子は兵藤家の一族のものであることを。お主ら、自分達の一族を滅ぼされる覚悟でここにいるのじゃな」
「私達は生半可な意思でここに来ていない。この場にいる全員は全て承知の上でいる」
「・・・・・相分かった。ならば、こちらも総力戦で以ってこの子を守ることにしよう。兵藤源氏殿から預かっておる身として、お主らから守れず源氏殿に合わす顔がないからの」
ザザザッと襖を開けて戦闘態勢の川神院の門下生達が朱凰達と立ち向かう姿勢に入る。
「・・・・・狐憑きだけを明け渡してはくれないか。無益な戦闘は本意ではない」
「それはこちらのセリフじゃ。この子を放っておいてくれねば何時まで経っても笑顔を浮かべてくれぬのじゃぞ」
「これ以上の口論は無意味か・・・・・残念だ」
「そうじゃの。ここから先は・・・・・戦いで決着をつけようとしよう」
次の瞬間。五代宗家と川神院の戦いが始まり、場所を問わず勃発した。
「坊主、お前は嬢ちゃん達の傍にいてやれ。後は大人の俺達が楽しみながら戦ってやるからよ」
「楽しむ場合ではないヨ釈迦堂!とにかく君は中に入っていなさイ!」
「もはや川神院に安全な場所は無いが、せめて儂等の傍にいておるだけで唯一の安全の場所じゃ。よいの」
促される子供は三人の言う通りに今の中へ戻ったら戦闘音で目を覚まし、着替えていた最中だった。誰一人悲鳴を上げず恥ずかしい思いをすることもなく身を整える。
「あの人がいないということと、この騒ぎは五大宗家が攻めて来たのですね」
「・・・・・次会ったら、絶対に殴る」
「悠璃様。女の子が殴るなど物騒なことを言ってはなりません」
「今は川神院にいる敵の警戒をしましょう」
「シリアスがお守りいたします」
「まずは移動しましょうか」
「危険ではありますがご主人様方の身の安全が第一です」
今に籠城して数分後、バタバタと中にも敵がやってきて子供を探しているだろう。警戒を最大にしていつでも攻撃できる姿勢でいると襖を開けてやってきた百代とみやこにこゆき。
「まだいたのかよ、お前達逃げないのか」
「逃げることは叶いません。敵がここを狙っているということは猫一匹でも通さない包囲網を敷いているはずです。しかも相手は五代宗家という者。一筋縄ではいきません」
「うーん、相手がどんな奴らなのか分からないぞ。ジジイ達が戦ってるけど敵は中にも押し寄せてきてるんだ」
そう言った百代の背後から一人の敵が現れて子供を見つけるや否や、逆に子供から放たれる鎖で縛られて動きを封じられた。
「ご主人様お見事です。この人から情報を聞き出しましょう。集団戦闘の基本です」
「どうやってするの?」
「苦痛を与える尋問では相手がそういう方法に耐える訓練をしているはず。ですので別の方法で致します」
咲夜は何を思ってしているのか敵の下着以外の服を剥いでいく。そして次は鞄から羽を取り出して―――男の足の裏や脇、太ももや耳の中を擽る行為を始めた。ベルファスト達もそうし始めるので悠璃達はポカーンと豆鉄砲を食らった鳩のように呆然とした。
「どのぐらいの人数とどんな方法で事を成そうとしているのか教えてください」
「だ、誰が言うハハハハハハハハッ!?」
「言わないとずっとこのままですよ?それとも肌が敏感になる薬とオイルを使ってあげましょうか?」
「こ、この程度の拷問で屈すると思うなァッ!?」
「わかりました。では―――感度が百倍になるオイルを使いましょう」
スキンの手袋を穿いて全裸の男の身体に鞄から取り出したオイルを掛けて全身に満遍なく塗りたくる。すると効果は直ぐに起きた。何もしていないのに男が身体をビクビクと震わせて真っ赤な顔になったのだ。
「百倍にもなるとちょっとした風でも肌が凄く敏感になります。つまりそんな肌に擽るとどうなるでしょうか?」
「な、何をひゃぁあああああっ!?」
耳穴に息を吹きかけられた男が変な声を上げた。
「今のでわかりましたね?快楽の度を越えた快楽は苦痛を感じるということであります。それをこれからあなたは身をもって経験していただきます。―――ご主人様、その尻尾を使って擽ってもらいますでしょうか?」
「っっっ!?」
絶句する男。引きを吹きかけられただけで強い刺激を受けたのだ。しかもあの羽のような毛先で全身に擽られれば、その刺激は計り知れない。近づいてくる狐憑きに男の顔から血の気が引いていく。
「ま、待て・・・・・やめろ、やめろぉおおおおおおっ!?」
次の瞬間。
外で繰り広げていた戦いが思わず中断する程の悲鳴じみた笑いが生じた。中にも敵が入られていることを知っていても目の前の敵で手一杯な敵同士の耳に笑い声がぷつりと途絶えたかと思えば、また大笑いが聞こえてくる。都度三度目でようやく事態が動いた。楼羅が今から出てきて鉄心達に向かって叫んだ。
「鉄心さん、敵は百人です!五大宗家の現当主達がこの川神院の敷地内で五芒星の形に位置について封印を始めます!」
「うむ、わかった!釈迦堂、あの子を連れこの場から遠ざけるのじゃ!」
「無駄だ」
鉄心の指示を朱凰は切り捨てた。
「確かに我らは百人の手勢で攻めてはいるが、それは戦闘員の人数だ。物理的に狐憑きを討伐できぬならば狐憑きごと封印するための人数も別動隊として連れて来た」
「それぐらい儂は気づいておるよ。それにその封印するための要はお主ら五大宗家の当主。当主が一人でも欠ければ封印をする事も叶うまいて」
理に適う指摘を受けても朱凰は表情を変えずにいた。自分の実力に自信があるのかそれとも別の作戦があるのか、相手の考えに鉄心は探るような目つきで朱凰の発する言葉に耳を傾ける。
「ああ、その通りだ川神鉄心殿。だが、私の代わりに務めを果たせる者がいたとしたら話は別だ」
「・・・・・あの姫島家の使いの娘か」
朱凰は沈黙で是と答える。してやられた、と苦い顔を浮かべる鉄心。
「最近の若い者は狡猾なのじゃな」
「相手が悪鬼羅刹ならば手段を選べぬ時もある」
「手段は選ばぬか・・・・・ならば、こちらも奥の手を使わせてもらおう。正直半信半疑じゃが信用してみるか」
警戒する朱凰の目の前で懐から何かのスイッチを取り出し、押した。一拍遅れて川神院上空に転移式魔方陣が数多に発現して―――黒い翼を生やした者達が登場した。同時に四方八方に向けて攻撃を開始したのだった。
「堕天使・・・・・貴殿、お前は堕天使と手を結んでいたのか」
「違うわい。とある者から半ば押し付けられたのじゃよ。助けが必要ならこれを押せとな」
心底から半信半疑であったがの。と感想を言う鉄心の横に十二枚の漆黒の翼を生やす中年の男ことアザゼルが降り立った。
「まさか、五大宗家と戦う羽目になるなんざ思っちゃいなかったぜ。最悪、てっきり兵藤家の連中と戦うことになると思ってたんだがな」
「堕天使の総督・・・・・お前まで出張るほど狐憑きは何だというのだ。兵藤家の一族の者、それだけであろう」
「お前さんの言う通りだったら対応は変わっていただろうな。だが狐憑きとやらのガキはただそれだけじゃないのさ。あのガキは現当主の息子、兵藤誠と元式森家当主だった式森一香の息子なんだよ」
朱凰の中で時が停まった。兵藤誠と式森一香。風の噂で禁忌の子を二人も産んだという両家から忌避されてる掟を破った二人。現時点で神とも戦い、神々のパイプ役にも担ってる、両家歴代の当主の中でも世界最強にして最高の存在。ある種、現当主よりもヤバく敵に回したり目をつけられたらどうなるか分かったものではないのが名のある者達の間で共通の認識。
「自分の首一つで事を済ませようって認識してたんだろうけどよ。そいつはぁ甘い考えだぜ。あの二人を怒らしたら神でも泣きながら土下座をするまで全てを蹂躙し尽くす。徹底的に存在をこの世から消す」
言っておいてアザゼル自身も顔を蒼ざめている。鉄心もその経験を一度したことがあるのか、「怖い怖い」とガチで怯える始末。朱凰の顔は完璧に引き攣る。
「・・・・・兵藤家は狐憑きの親を知った上で私達を嗾けたのか」
「いや、絶対に知らんだろ当主以外」
「絶対に知らんじゃろうな。源氏殿以外」
二人の言葉を聞いた瞬間。朱凰は兵藤家に対して初めて殺意を覚え、抱きながらも首を横に振った。
「ここまで事を起こして素直に引き下がることはできん。成功するか否か結果が出ない限り私達は止められない止まらない」
「はー、そうかよ。んじゃ、お前らの作戦を潰させてもらうぜ」
明後日の方から巨大な生物達も現れ川神院の家を破壊しながら堕天使達と戦い始めた。それを機に朱凰も巨大な生物を召喚した。炎の化身とばかり炎を纏う炎の巨大な鳥を。
「霊獣『朱雀』か」
「お前達堕天使を退けぬ限り封印はできない。他の宗家の当主達もその考えでいるのだろう。私も同感だ」
「そうかよ。ああ、これは俺の一言だ。聞き流してくれてもいい。―――お前さんの娘と孫は元気にしてるぜ」
莫大の炎のオーラをまき散らすことでアザゼルへの返答として本格的な戦いへと突入する。
空へ逃れるアザゼルと闘気で炎を防ぐ鉄心。
「鉄心殿、ここは俺に任せてあのガキを連れ出してくれねぇか?」
「馬鹿を言う出ない。あの子を預かる者として襲撃者を倒せんようでは情けないわぃ」
「お前さんが対応できる領分を超えてるんだがなぁ」
「―――川神流顕現の三・毘沙門天!」
闘気で具現化した巨大な人と足がコンマ秒で霊獣『朱雀』を踏み抜いた。朱凰もアザゼルも反応できない速度であったため、鉄心の本気・全力を見誤った。
「おー、ジジイが本気で戦い始めたか」
「わかるのですか?」
「気を感じたからな」
釈迦堂と百代が同意見を述べる。川神院から離れようとする一向に襲い掛かる宗家の術者達を蹴散らしながら正門へと向かう。しかし、そこも戦場だった。堕天使達と相対している術者の中で、一際目立つ黄色い龍に青い鱗を持つ龍の二体の東洋の龍を駆使する者達がいた。
「おいおい・・・・・龍ってマジかよ。生のモンスター映画を見ている気分だぜおい」
「五大宗家の櫛橋家と黄龍家の当主が召喚する霊獣の『青龍』と『黄龍』・・・・・出来れば見つからず川神院から出たいのですが」
「無理だな。ありゃ、周囲にまで警戒してるわ。こっから動いたら即バレて狙われるのがオチだ。坊主が空飛んでもそうだぜ」
どうするか考える釈迦堂は外と隔てる堀を見てぶっ壊して壁から出るかと思い至った矢先、子供がジッとその龍達を見ていたからか、黄龍の視線がこっちにロックオンした。悪寒に襲われた釈迦堂が悠璃達を急かしてこの場から離れようとしたが、地面から盛り上がって形成した壁に阻まれた。
「狐憑きか。封印する手間が省けた。ここで物理的に討伐をしよう」
「こなくそっ!」
黄龍を駆使する男が堕天使から矛先変えて子供に目掛けて駆ける。子供を守ろうと釈迦堂が「先に行け!」と飛び出し、格闘戦を始める間に百代が皆を先導して走る。そこで青い雷が襲い掛かった。
「逃がしはしない」
「お前の相手は私であるのだが」
「随分と余裕なのね」
男女の堕天使達が青龍に光の槍を投げ放った。一瞬だけ光の槍を防いだ敵から逃げるように百代達は家の中に入り裏口へ向かおうと。そこでも戦闘で先へ進めなかった。静かに裏口の扉を閉め輪になって話し合いをする。
「なぁ、中で待っていた方がいい気がしてきたんだけど」
「どこにいても川神院は戦場真っ只中です。それを承知の上で行動している筈ですよ」
安全な場所は無い。断言する楼羅に百代はムムムと悩み悠璃もどうしようかと咲夜達と考える。こゆきとみやこと寄り添う子供はいつも通りボーとしていた。結局いい案は浮かばず、浮かべないどころか裏口から入ってきた敵を取りあえず鎖で縛り上げた。
「な、何だこの鎖っ。白虎の力が発揮できないなど・・・・・っ!」
「白虎?貴方は真羅家の真羅白虎様ですか」
知ってる家名を挙げて改めて縛られた男の顔を覗き込む楼羅に、男も同じく楼羅や悠璃達の顔を見た。
「子供・・・・・?いや、見覚えがある。確か・・・・・兵藤源氏殿のご息女だったか」
「ええ、そうです。こうして直で言葉を交わすのは初めてでしたね。それよりもこの戦いを止めてくださいませんか。五大宗家の宿願を果たす行為は反対しません。ですが、私と悠璃の大切な人を失うことは堪らず嫌なのです」
切に乞う楼羅の頼みに抱いている複雑な心情が顔に浮かぶ男こと白虎は「できない」と言った。
「ここで源氏殿のご息女の頼みを聞いたところで俺一人では他の宗家の者達や当主を止めることはできない。なにより狐憑きの討伐の為にここまで大規模なことをした手前、簡単に手を引くことは尚更できない」
「この子がお父様の息子である兵藤誠様の実子でもですか?」
「・・・・・は?兵藤誠の、息子・・・・・?」
「はい、嘘ではありません。何よりもお父様の娘の私と悠璃がどうして川神院にいることを不思議ではございませんか?」
兵藤家当主の娘にして日本を象徴の姫という肩書を幼くして持っている悠璃と楼羅。本家にいるはずの者が何故この戦争の真っ只中に放置されているのかようやく理解に追い付いた白虎は、目を見開いた。
「・・・・・あの、兵藤誠の息子の話は、本当に?」
「うん、そうだよ」
「このこと、姫島宗主は知っていたのだろうか」
「多分、今頃知ったのではないでしょうか?ですが、退くに引けない状況になっているので戦いを継続しているのでしょうけれど」
「・・・・・(汗)」
兵藤誠のヤバさが五大宗家にも認知されているのか、冷や汗を浮かべる白虎を見て提案を述べる。
「止めれないなら、貴方だけでも戦わないでくれると助かります」
「それでお咎めなしになるのだろうか・・・・・」
「お父様や誠様には私と悠璃から言っておきます。ですが、他の宗家からのフォローは出来かねますのでご自身で何とかしてください」
「・・・・・申し訳ございませんでした」
真羅白虎陥落。せめての体裁処置として彼の身体に縄を縛り、何故か持っていたベルファストの睡眠薬で眠らされた。
「なぁ、こいつの父親って凄いのか?」
「話を聞いただけなので凄いのかどうかは解りません。ただ、名前を出すだけで多大な影響を与えますからきっと凄い人なのでしょうね」
「―――白虎殿、どこにいる」
そう言っているとまた誰かが裏口から入ってきた。直ぐ複数の子供達と鉢合わせして目的の子供を見つけると開口一番で楼羅達に「その男の子から離れてもらいたい」と言った。
「嫌だと言ったらどうしますか。力で強引に私達を引き離しますか」
「君達のために言っている。極力無関係な者達まで巻き込みたくない。いや、そもそも子供までいるとは報告されていなかったのだが」
「彼女は不必要な情報まで言うつもりはなかったのでしょう。兵藤家当主の娘二人と当主の息子、兵藤誠の実子などよりも狐憑きの情報が最優先にしていらっしゃいましたから」
なっ!?と愕然とする男が思わず一歩退いた。
「ば、馬鹿なっ!何故兵藤家の当主の娘がここにっ!しかもあの男の実子だと・・・・・!」
「私達がここにいる時点でこの事実は証明しています。先程も白虎殿にそうお伝えしました」
縛られた状態で眠らされてる宗家の当主の一人を見て苦い顔を浮かべる。
「ご判断をしてくださいますか。私達の両親から死ぬほど酷い目に遭うのと―――」
説得を試みる楼羅の話の最中、中に侵入してきた高名な術者が音もなく子供に凶刃を振り上げた。男がその術者を見て「止めろっ!」と制止の疾呼を掛けるが一瞬遅く振り下ろされた。
「―――いっくん!」
鈍い軌跡が子供の身体に走る直前、悠璃が庇い斬撃を受けた。楼羅達が目を見開く中・・・悠璃を受け止める子供。水を触れたような感覚がして手を見ると赤い液体が付着していた。それは本来自分が流す物なのにどうして彼女から流れる?
「い・・・・・っくん・・・・・・」
大丈夫?と眼差しで向けてくる少女を子供の瞳は凍ったように凍結して見つめ返す。何故自分を守った?
「えへへ・・・・・よかった・・・・・いっくん、は、大好きだから、守れてよか・・・・・った」
子供に向けて力なく微笑む。何故痛い思いをしているのに笑えて・・・・・と疑問を抱くたび理解に苦しんでいる間にも悠璃の全身から力が入らなくなり、最後はまるで人形のように動かなくなった。
「直ぐに止血を!」
「「「「はいっ!」」」」
応急処置を試みる五人メイドが子供から悠璃を引き離してその場で治療を始めだす。そんな状況下でも己の手に付いている赤い血は、何時も笑って見守ってくれている少女の血だという現実を否定したかった。できなかった。身体から何時もの痛みは感じないし血が流れていない。目を閉じている悠璃を見て、口論している男と術者を見て、悠璃を斬った刀についてる赤い血を見て・・・・・・。
「―――――――」
子供の目から涙が流れだした。嫌だ。死んじゃ嫌だ。何時も死ぬ思いをしていたのは自分なのにどうして今度は彼女が死ぬ思いをしなくちゃいけないのか。
「―――――――っ」
自分のせいで庇った。自分のせいなのか、自分が弱いから悠璃が庇ってしまったのか。だから彼女が斬られたのか―――!
「―――――――い」
許さない。許せない。弱い自分に、悠璃を傷つけた狐憑きと呼ぶ大人の人達を。ならばどうするか。否、考えるまでもない。やられたのならやり返せればいい。二度と虐められないように圧倒的な力で以って―――!だから、だから・・・・・。
「力を欲する意思を芽吹いたか。ならば自分で固く閉じて縛った扉の鎖を引き千切るのだ」
九つの尾を持つ女性に見守られながら雁字搦めに鎖で縛られてる白い扉を見上げる子供。何時の間にか久々にこの場所へ来ていたのかわからないがどうでもいい。小さな子供の手で大きい鎖を二つの手で握りしめ、眦を裂いて涙を流しながら皆を守る想いを強く胸に秘めて力いっぱい自分で封じた扉を開けるために鎖を引き千切った。全ての鎖が外れ開く扉の向こうは―――。
「ようやく物語の幕を開いたか。これから先どんな運命の中で生きて行くのか見守らせてもらう」
扉の向こうへ潜る子供を追従する巨大な影達と共に潜る。そして・・・・・。
「・・・・・さ、ない・・・・・」
「え?」
聞き間違えか。いま子供から声が聞こえた。振り返って涙を流して大人二人に睨んでる子供を見て絶句する。
「・・・・・悠璃を・・・・・」
喋った。初めて子供の声音と言葉を聞いたのに素直に喜べない。第一発声が怒りと悲しみが含まれている故に。
「許さ、ない・・・・・もう、虐める皆は絶対・・・・・許さないっ」
「狐憑きが、何を言うか!ここで滅してくれる!」
「止せっ!」
男の制止を振り切って刀で斬りつけてくる術者。今度こそ子供が斬られると楼羅達はスローモーションで凶刃が子供に吸い込んでいく瞬間を見てそう思った―――次の瞬間。禍々しくドス黒いのと紫のオーラが子供から迸り刀の刃を消滅した。
「・・・・・は?」
「っ・・・・・!」
不可解な現実に呆ける者と肌に突き刺さる心底に冷える悪寒を感じる者。楼羅達は子供の変化に硬直しながらも、離れないと身の危険が及ぶ本能によって無意識に離れた。
「許さない・・・・・お前ら皆、絶対に許さないぞっ」
子供は生まれて初めて慟哭も込めて叫んだ。
「絶対に許さないぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
おおおおおおおおおおおおお・・・・・・っ。
「「「っ!?」」」
川神院の奥から膨大な『魔力』を感じた。鉄心は禍々しい気配で察知したが朱凰とアザゼルは確かに感じ取ったのだ。異質な力を。それは各場所で戦っている門下生、術者、堕天使達も例外なく感じて戦闘行為は停止した直後。産声が聞こえた。
『グオオオオオオオオオオオオッ!!!』
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
川神院の建物から巨大なモンスターが顕現した。誰もが突然姿を現したモンスターに目を張り驚きを禁じ得なかった。アザゼルもその一人だった。
「ドラゴンだと!しかも同時に三体っていつの間に潜んでいたんだ!?それにあのドラゴン共―――」
認識が間違っていなければ霊獣よりも厄介なドラゴンが二体もいる。アザゼルが特に危惧しているドラゴン達は青龍と黄龍へ攻撃を仕掛け始めた。そしてもう一体のドラゴンは聖なる結界を展開してジッと動かずにいる。何をしているんだと訝しむアザゼルの視界に小さな影が入る。
「・・・・・」
その影が月明かりが照らされてる場所まで出てくると、九本の尻尾を生やす狐を従えて魔力のオーラを迸らせてる子供が朱凰へ睨む。明らかな敵意を孕んだ目で涙まで流している。
「・・・・・お前らが来たせいで、悠璃が傷ついたっ」
「っ!お主、喋れるように―――」
「許さない、絶対に許さないっ!」
「待て、お前っ!その魔力をそれ以上解放するな!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
子供を中心に荒れ狂うように奔流と化する魔力は嵐となり、朱凰と朱雀に襲い掛かった。瞬時で朱凰は懐から幾枚の符を取り出し、前方に目掛け円を描くように展開する。押し寄せる鉄砲水と激突したかのような重圧を感じながら魔力の嵐を防ぐ時。足元から伸びる金色の尻尾が一枚の符を切り裂いた。
「初めてお目にかかるな五大宗家の者。この時代まで
荒れ狂う嵐の風力を者とせず悠然と佇む狐が愉快そうに人語を語る姿は、もはや朱凰達が分類する異形の類の存在である。
「・・・・・宿主から離れたということは、復活したのかっ」
「しておらんよ。妾は異教の神が作り出したシステムの恩恵によってこの姿となり、仮初の姿を得て解放されたじゃ。あの子が固く閉ざした心の扉が開いたおかげでな。その切っ掛けがお前達である」
また一枚符を切り裂き、効力を削っていく。
「すべてを失う覚悟でおるな?死を受け入れる覚悟をしておるな?ならば、思う存分死ぬ狂うほどあの者に殺されて冥府におるであろう先祖に会ってくるがよい」
嵐の中から―――目と鼻の先に眦を裂いた子供が躊躇なく飛び掛かってきていた。それに気付いた頃には、闇のオーラを纏う大きく鋭利な手刀を振り下ろそうとしていた時と、展開していた符が妲己によって全て切られてた。朱凰が最小限の動きで真っ直ぐな攻撃の軌道を読みかわそうとするも、玉藻前の尾で阻まれた。
「アアアアアアアアアアアアアッ!」
「っ―――!」
片腕が切り落とされた朱凰。しかし朱雀を使役して子供を焼滅せんと莫大な炎のオーラを放った。子供を照らす灼熱で濁流と化してる炎は、守る様に張られた聖なる金色の結界によって子供は無傷で済んだ。次に朱雀の身体が鎖で縛りつけられた後、黒と紫が入り乱れた魔力の塊の直撃によって顕現するほどの力を失って消滅する。
「朱雀・・・・・!」
「宗主!」
姫島家の術者が満身創痍の姿で進言してきた。
「もはや狐憑きの討伐及び封印は堕天使とあの異形によって不可能となりました!他の宗家の術者も多数の死傷者を出し、櫛橋家当主と黄龍家当主が深い重症にあい前線から撤退!童門家当主も真羅家当主を連れ戦線から離脱!残るは我ら姫島家の者達だがっ!?」
「邪魔っ!」
従者を切り捨て朱凰へ斬りかかる子供。朱凰は躊躇ない子供の顔を見つめ、死を受け入れようとした。が、子供が吐血、片眼が破裂するという異常事態が起きた。ここを死地として最期の人生を迎えることは叶わなかった。
「ううううううぁあああああっ!」
苦痛で顔を歪め、自分の体を抱き締める子供から反発する力が急激に膨れ上がる。内に宿る力が暴走しかけて今にも爆発しそうな危うさを感じたアザゼルは舌打ちし、あれだけ魔力を解き放てばこうなることを予測し、魔方陣で介して全員に避難を促す疾呼をする。
「待て、あの子を置いてどこへ連れて行こうとする!」
「今のあの坊主はもう助けられねぇ!もしかするとこの地域一帯が消し飛ぶほどの暴発が起きる可能性があるんだよ!」
「お主らでは何とかできないのか!」
「できてるなら逃げてなんかいない!」と―――アザゼルが脳裏に浮かぶ人物達と己の無力さに謝り、カッ!と夜天を衝く光の柱の現象が生じた直後、川神院が光に飲み込まれ大爆発が起きた。
「ちくしょう・・・・・っ!」
「ぐぅ、すまぬ、すまぬ源氏殿・・・・・!」
「ぁ―――――」
「一香、どうした」
「・・・・・あの子の魔力が感じなくなった」
「な、なんだと・・・・・っ」
「・・・・・やはり、こうなってしまいましたか。・・・・・ですが、何故私はまだ・・・・・。まさか、まだ生きているのですか・・・・・?」
「貴方!大変、日本で川神院が原因不明の大爆発で消滅したと―――――!」
「っ・・・・・皆は無事か」
「・・・・・川神院の人達は全員負傷しているけれど生きてるわ。でも、悠璃が重傷を負って楼羅や他の子達が付き添ってる」
「・・・・・あの子のことは」
「・・・・・あの子が爆発の原因で遺体すら残ってない」
「宗主、治療をせねば!」
「それよりもこれから我ら五大宗家は至急兵藤家に赴く」
「な、何故ですか。狐憑きはあの爆発で死んだのですぞ。わざわざ報告をしに行くまでも」
「源氏殿の留守に狐憑きの討伐を促した兵藤家に縁を切るためだ」
「なっ、はぁっ!?お、お考え直してください宗主!」
「五大宗家がやってくれたようだ。あの異形の子の消滅を確認した」
「被害は出たようだが、まぁ彼らの初代の願を果たせたと思えば些細な事であろうよ」
「これで兵藤家の誇りを守れた。後顧の憂いも断ち切れて胸を張れるというもの」
「そうですな。はっはっはっはっ!」
「「「「「はっはっはっはっはっ!」」」」」
―――†―――†―――†―――
「・・・・・っ」
眩しい日差しに顔を照らされ、日差しから隠すように寝心地がいい布団の中に潜り込む。直ぐに起き上がって眠気から覚醒した子供は周囲を見渡す。視界が一つ足りない。いや、片眼を覆うように包帯で巻かれているから片眼しか見られない。そして見慣れない部屋だ。川神院の部屋でも病院でもなく、知らない人の家の部屋だということを察して、次に身体を確かめる。服もまた清楚なパジャマ姿で着替えさせられていた。
「・・・・・」
鉄心達や悠璃達はどうしているのだろうかと居ても立ってもいられず、ベッドから降りようとしたが、脚に力が入らず床に転んだ。起き上がろうとした時にこの部屋の扉が開き、入ってきた誰かが声を掛けてきた。
「お、ようやく目が覚めたか」
「・・・・・」
「ああ、まず腹減ってるだろ。アップルパイを食え」
男が女から皿を受け取り、子供に突き出す。それを見た瞬間に腹が鳴って空腹に勝てず食べると、何時ものように狐の耳と九つの尾を生やして美味しそうに一心不乱に咀嚼する。
「うーん、やっぱりそうなのか」
「間違いないでしょう。ですが、やはり疑問が浮かびます」
「ああ、しっかしこんなこともあるんだなぁー。ま、俺も似たような経験はしたことがあるから逆の立場にいさせられると新鮮な気分になるわ。―――どうせ大方あの女神が娯楽目的で寄こしたんだろうがな」
「非常に不愉快ですが、放っておくこともできません」
この人達は何を言っているのだろうか。しかも男の人と話している女の人は、自分が知っている女の人と瓜二つだ。
「さて、こうして出会えたのも何かの縁だ。お前、今ここはどこなのか分からないだろ?食べ終えたら案内してやる。それから今後の生活も考えような」
「・・・・・」
子供はこの後信じられない事実を突き付けられた。まさか―――並行世界、パラレルワールドに元の世界から飛ばされたことを。子供はどうすることもできずそのまま異世界で生活を送ることになった頃・・・・・。
「なんだと、今何と申した」
「我ら五大宗家は此度の兵藤家の不義に遺憾ながら縁を切ると言いました」
「不義だと?我らがそなたらを騙したとでも申すのか」
兵藤家の本拠地の一つ、『奥之院』に住まう兵藤家の長老達が怪訝な顔や気持ちで五人の宗家の当主達を見つめる。階段のような上段に胡坐を掻いたり正座をして座ってる男性と女性の長老達は、かつて兵藤家の当主として君臨していた者達だ。突然の来訪してきた五大宗家から聞かされる絶縁。何故なのだと長老達の胸中に疑問が湧き「何故だと」問いただす。
「五大宗家に送られた狐憑きの討伐の件について、何故兵藤家で異形の者を処理しないのかと」
「ふむ、それについては儂らも疑問視を抱いておったが、報告をしに来た者がお主等の気持ちを汲んでやったのではないかと解釈しておるのだ。故に我らは了承した」
「疑問をされていたのであればまず現兵藤家当主に一報を入れるべきではなかったのであろうか。私は何度も文を送ったのだが結局返答は来ませんでした」
「しかし、お前達は無事に白面九尾の妖狐玉藻前討伐を成功したのであろう。如何な理由で我らと縁を切る」
「・・・・・故意かそうでないか定かではございませんが、その狐憑きの兵藤家の子供はどなたの親の子供であるか貴方達は知っておりますか」
朱凰の指摘で不思議気に顔を見合わせる長老達の答えは、「知らない」だった。
「分家の者ではないのか?本家の者でも手元に異形の者を捨て置けん。とにかく兵藤家に異教の神から授かった力とはいえ、兵藤の血を引く者が宿したものが我らにとって異物―――脅威になるのであれば、なおさらだ」
それはお前達も同じであろう。と問われて否定しない五大宗家の当主達。理解した。兵藤家長老達も知らない。いや、当主があの子供を匿って誰一人報せていないのだ。
「・・・・・それがあなた達のお考えであれば、我等は手を出してはいけない者に手を出してしまった」
「? 何を言っておる。どういうことだ」
「―――それは俺から説明をしよう」
厳格な声音が静かに『奥之院』に響き渡る。一拍遅れて五大宗家の当主達の背後から、源氏と羅輝が現れた。
「お久しぶりでございます長老の方々」
「おお、源氏殿。どうした我らに用があるのか」
「要件は説明するまでもなく、私の不在中に起きたことについてです。何故勝手に私に報せずご判断をしたのだと」
「兵藤家から狐憑きが、日本三大妖怪の玉藻前に取り憑かれた者が出たのだ。お前の了承を待つまでもない。アレの復活は日本の災いとなる」
源氏は嘆くように首を横に振る。羅輝は悲し気に顔を曇らす。
「・・・・・俺の不始末でこうなったか」
「源氏殿、まさか知っておったのか兵藤家に狐憑きがいたことを」
「知っていた。だが、狐憑きの正体があの凶悪な妖狐とは気づかなかった。今までずっと傍に置いて見守っていたが悪意を振りまく意思は見えなかったのだ」
「そ、そなた!何てことをしていたのだ!?いや、当主あるまじき軽薄な行いであるぞ!」
長老の一人が怒りの形相を浮かべ責め立てても、源氏は逆に睨み返した。
「当主あるまじき行為ですか。確かに当主としての意識は軽んじていたのかもしれない。だが、直接今の若い兵藤の者達の現状を見てもないあなた達の言葉の方がよっぽど軽く思える」
「若い者達の育成はお前達の仕事だ。我等は兵藤家の未来を守る義務がある」
「兵藤家の未来を守る義務は、その座にいるだけで成り立つのか長老達よ。私達は決して怒らせてはいけない者達の逆鱗に触れてしまったのだぞ」
「・・・・・源氏よ。何が言いたい」
訝しむ長老の一人が口を開いた瞬間。長老と源氏達の立つ間に形成していく光り輝く魔方陣が完成すると眩く放つ光から、闘気と魔力を奔流と化して瞋恚の炎を宿している男女が現れた。
「―――よぉ、失礼するぜぇ?」
「・・・・・来たか」
「本当は来たくなかったんだがよ。行かずにはいられないことになっちまったんだわ。その理由、てめぇらがよく知ってんだろ?ああ、都合よく宗家の連中もいるじゃんか。ラッキー、手間が省いたわ」
二人が現れた途端。場の雰囲気は重苦しく緊張で精神が圧し潰されそうになるほどの重圧が感じるも、この場にいるのは幾度もの修羅場を潜ってきた者達だ。誰一人として冷や汗すらかかさず乱入した二人に視線を向ける。
「源氏の悪童か。散々兵藤家の掟を破り、禁忌すら犯したお前がこの場にいる資格はない。今更何をしに来た」
「何って―――俺の息子が大変世話になったからお礼をしに来たんだけど?」
「息子、だと?」
「そこの宗家の連中が言っていた狐憑きが俺の息子なんだ。な、クソ親父」
「・・・・・」
沈黙は是なり。源氏の態度に長老達は驚きの念を抱き、五大宗家の当主達も押し黙る。
「待て、そなた・・・・・禁忌の子を産んだというのか!?源氏、それを知った上で兵藤家の者として匿っていたのか!」
「禁忌の子がどういう存在なのかわかっておるはずだろう!兵藤家を消滅させる気か!」
誹謗中傷の嵐に立たされようとこれから起きることの方がよっぽど身に応える、と源氏は闘気を滲みだす。
「兵藤家が消滅することは絶対にない。兵藤家の血筋が一人でも残っていれば再建はできる」
「そうなってしまわないように私の魔法で封印したはずなのに、封印が壊れるような兵藤家から虐待を受けて私達の子供は一度心と体を壊されたわ」
始めて口にした女性に両手を広げて子供のようにはしゃぐ仕草をする男も紡ぐ。
「しっかも、今度は狐憑きだー!討伐だー!何てはしゃいでまだ幼い俺達の子供を殺されちゃあよ」
「「親として許せれると思う?許すと思ってる?」」
「「「「「・・・・・」」」」」
―――許さない。絶対に。
涙を流しながら言う子供の姿が朱凰の脳裏に過った。やはりあの二人はあの子供の親かと再認識した矢先とんでもない話を聞かされた。
「ああ、俺達の息子の事。イザナギとイザナミ達日本神話の神々にも筒抜けだからな?」
「私達の息子を可愛がってくれた神々が今頃決起をして準備でもしているんじゃない?どっかの馬鹿なことを仕出かした馬鹿達の粛清の」
「な、なぁっ!?」
「ま、待て!たった一人の子供のために我々は粛清されるのか!神々は皆平等ではないのか!?」
顔を蒼白させる長老達の焦燥っぷりに諦観の思いで息を吐く。
「言っただろう長老達よ。俺達は決して怒らしてはならない者達の逆鱗を触れたと。五大宗家を動かす前に一報でも送ってくれればこんなことにならなかったのだ。何のために兵藤家から遠ざけ川神院に預けたのか意味がないではないか」
「結局てめぇの詰めの甘さが招いた結果だクソ親父」
「・・・・・ああ、そうだな。許せとは言わん。だが、当主として簡単に兵藤家は潰させはしない」
やってみろ、と口にせず男は源氏に飛び掛かった直後に源氏も男へ飛び掛かり拳と拳をぶつけあった。五大宗家も動き、霊獣を顕現させたり宿してると魔法使いの女が魔方陣を展開して戦いを勃発。
同時に本家の遥か上空から太陽光の極太の柱が、雷が兵藤家と五大宗家に直撃した。まるで天罰だとばかりなその光景は人々の目に焼き付け『神は実在している!?』『敵国からの宣戦布告、戦争秒読みか!』と世間を騒がせた。
―――†―――†―――†―――(キングクリムゾン)
元の世界でとんでもないことが起きたことを知らないまま、月日が光陰矢の如く過ぎて子供は少年へと成長した。身体だけでなく実力も知識も身につけ、弱かった頃の自分とかけ離れるまで鍛えてくれた男や他の人達に深い感謝の念を抱いている。
「―――うん、免許皆伝だ。お前は強くなったよ確実に」
唐突に止める。激しい模擬戦を繰り広げていたが息も乱さず汗一つも浮かんでいない男の無尽蔵な体力と実力は、まだまだ少年が辿り着く彼の領域に立っていない証であった。それでも男は自分のように嬉しそうに笑っていた。
「力の扱い方も問題ない。―――これなら元の世界に帰っても問題なく生き残れるはずだ」
「・・・・・」
「何となくだが、お前が俺のところに現れたのはお前を強くするためなんだろうな」
少年の頭に手を置いて撫でる男はどこか寂しそうに笑う。どうしてそんな表情を浮かべるのだろうかと不思議に感じつ少年の身体が透けてゆき透明になっていく。自分の身体の異常な現象に男を見ると苦笑を浮かべていた。
「どうやらお前は元の世界に帰るようだ。実に残念だよ。もうお別れなんだからな」
「っ!?」
「大丈夫だ。お前の世界には家族がいるだろ?一人じゃないさ。それとも急な事に自体が飲み込めないか?」
「・・・・・(フルフル)」
「違う?もしかして他の皆と別れの言葉を済ませたかったか」
コクリと頷く少年を「俺から言っておく何か言いたいことは」と男が伝言を受け持つことで、少年は口を開いた。
「・・・・・今までありがとう、必ずまた会いに行く」
「それはこっちのセリフだ。何時かお前の世界へ遊びに行くからな」
また会おう。その言葉を送り消えゆく少年を見送った。残された男は傍に寄ってくる女性へ話しかけた。
「あいつ、元気でやっていけれると思うか?」
「もしもの為に色々と準備をしてきました。信じましょう」
そうだな。少年が立っていた場所をしばらく感慨深く見つめ元の世界に戻っても幸あれと祈る―――。
―――†―――†―――†―――
十年ぶりに元の世界に戻ってきた元子供。場所はわからない。時間は深夜。子供が生まれ育った町でも川神院付近の場所でもない。辺りを見回しても初めて見る光景ばかりだ。どこなのだろう、と思いながら子供はまずやることを優先的にしようと思い至った。片眼を覆う眼帯を外して―――濡羽色の瞳を開眼。
「?」
某所でとある人物は自分の目に不可解な現象が起きた。自分の片方の眼が今見ている景色と異なる場所の景色を映した。何だろうこれ、と心が不思議で満ちて人物は初めて目的を持って動いた。自分の目を通して別の風景を、景色を、光景を見させるものを探すために。
少年は眼帯を外したままの状態でどこか寝れる場所を探す。歩いていると町外れのところまで来てしまった。場所も把握していないまま路頭を彷徨い続けている内に人気がない公園を見つけると、少年は迷わず入って一夜を過ごす―――つもりが夜襲を掛けられた。
鰐を彷彿させるバケモノと共にいる白いワイシャツを着た少年がやってきた少年を見るや襲ったのだ。鰐のバケモノは凶悪な牙を生え揃えている大顎を開いて、俊敏の動きで迫る。跳躍して上へ逃げると全身に魔力を纏い鎧に具現化させた。鎧を纏った状態で鰐のバケモノへ凄まじい勢いで落ちて足で粉砕。いきなり襲われて訳も分からないまま倒してみた子供は視線を鰐のバケモノと共にいた白いワイシャツの少年へ向けた時だった。地に伏していた少年は謎の発光現象―――転移式魔方陣の光に包まれ一瞬の閃光が止んだあとで、その場を見やるとそこには少年の姿はなかった。元の世界に戻っていきなり初戦闘で得た勝利は何とも言えなかった。
―――そして。
「あれ、あなた・・・・・誰?」
「・・・・・」
鷹のような鳥を従える謎の少女と出会った。
「ねえ、ここにバケモノと人がいたりしなかった?」
「・・・・・(コク)」
「もしかして、倒した?」
「・・・・・(コクコク)」
「じゃあ、仲間かな?」
「・・・・・(フルフル)」
魔力を放つ姿勢で臨戦態勢する少年に、ちょっと待った!と両手を前に突き出して制止の言葉を掛ける。
「敵でも味方でもないなら、話だけでも聞いて!」
「・・・・・」
警戒感を感じさせる少年に謎の少女は困惑の顔で悩む。いきなり信用してもらうのは難しいし、話の真実や事実を証明出来るものは今持っていない。どうしようと悩み続ける少女に助け船が出された。
「話を聞くだけでもよかろう。そこな娘から敵意も悪意も感じはせん。それぐらいは気づいておろう」
「へっ?」
少年の背中から肩に身を乗り出す子狐が人語を語る。子狐の言葉に少年は魔力を消して警戒を解く。ほっと安堵で胸を撫で下ろす少女は、子狐を異質な物を見るではなく奇異的な目で見つめると話しかけられた。
「ああ、腹話術じゃ」
「腹話術かい!」
「こやつはある事情で喋れないのじゃ。代わりにこうして妾で話をすることにした」
「・・・・・その設定は無理があるわよ。狐ちゃんから不思議な気配を感じるもの」
「ほう、わかるか。ならばその鳥もただの鳥ではないことを言ってやる。しかも妖怪の類じゃ」
妖怪?自分の相棒を見つめても妖怪のような風貌ではない。羽毛を生やす体や翼に鳥として特徴的な嘴は見紛うこともなく鳥であり鷹だ。
「どこをどう見てもグリフォンちゃんは鷹しか見えないわよ」
「・・・・・お主、グリフォンとはどういう生物なのか知っていて名付けたのか」
「え?知ってるけれど格好いいじゃない名前」
素で言われてしまった。それ以上の追及は面倒臭くなり話の本題に戻す。
「先ほどの異形を知っておるようじゃが、事件に巻き込まれている、事件を追いかけていると推測する」
「両方とも正解よ。あのバケモノを倒すのにグリフォンちゃんが必要で、仲間も集めているところなの」
「事態の把握は?」
まだ教えられてないから全然、という彼女は思い出したかのように名乗り上げた。
「私、皆川夏梅。貴方は?」
「・・・・・すまぬがこの者の名前は言えん事情がある」
「訳ありの人?じゃあ、何て呼べばいい?」
狐と少年は顔を剥き合い視線を交えること数秒「D」と呼ぶようにお願いした。
「わかった。じゃDと、あなたの名前は?」
「九の桜と書いて
「あら、Dが名付けたの?いい名前ね。で、これは私の独断なんだけどさ。私達が追ってるバケモノを倒せる力があるなら協力してほしいのよ」
「妾等に何のメリットがある?」
「うーんと逆に質問するけど二人はどこに住んでる?」
「ホームレスじゃ」
「ホームレスで『ウツセミ』を倒すって何その意味不明な!?」
と、驚きながらもそれならばと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私、いい隠れ家というか、家を知ってるの。部屋も空いてるから住めれるしメリットはあるわ」
「先ほど独断と言ったが仲間がおるのか。敵やもしれぬ妾等を受け入れる気があるとは思えん」
「そこは直接話し合ってもらわないと何とも言えないわ。私からもフォローするからさ。どう?他にも何か必要とかある?」
考える九桜。メリットは屋根のある場所で暮らせれる=衣食住が提供されると踏み、逆にデメリットを考慮する。
「仲間になるかどうかは一先ず保留にしてもらう。条件は三つ。妾等のことを詮索することを禁ずる。そしてこちらはこちらで自由に動く。最後は仲間になってほしくば行動で示してほしい。この条件を呑めばそなたの提案を乗ろう」
「うん、それでいいわ。それじゃ、これからよろしくねDと九桜」
「・・・・・(コク)」
握手を交わし合う二人。元の世界に来て初めて人と交流を得たところで直ぐに行動を移そうと夏梅は催促する。
「行きましょう。バケモノは、人気のないところで襲ってくるの。逆に人がいっぱいいるところでは襲ってはこないから、早く人通りのある場所へ出ましょう」
「・・・・・(フルフル)」
「え?」
「人通りに行くよりも空を飛んだ方が早いということだ」
九桜が言うようにDの背中から二対四枚のドラゴンの翼を生やして見せた。宙に浮くDを唖然と見上げる夏梅に背中を向ける。背中にしがみつけと言わんばかりの相手に鎧越しから背中へしがみつく夏梅と一緒に夜空へ舞い上がり飛んで行った。
「おおおー!凄い、快適だぁー!気持ちいいっー!空飛ぶグリフォンちゃんがいつもこんな感じに飛んでいたんだねー!」
うるさい。の一言で尽きるぐらいはしゃぐ夏梅。九桜はDの腰に跨る様に座る夏梅の前に腰を下ろし、グリフォンは彼女の横で追従して飛んでDは案内の下で飛行を続けた。
「はぁー、楽しかった。さ、上がって上がって」
深夜、夏梅の言う家―――とあるマンションに辿り着いたD。いい隠れ家とも言ったのでてっきり森の中、都市部から離れた場所にあるのかと思いきや、意外に町中にある場所だった。外観もごくありふれたマンションの様相を見せていたがDと九桜は気にせずマンション内の一室に招かれた。ソファーとテレビ、DVDデッキ、棚だけの質素な部屋である。
「「・・・・・」」
そして何故か部屋の住民らしき金髪の少女と肩に白いドラゴン(?)を乗せてるダークカラーが強い銀髪の少女が警戒心を剥き出しにしていた。
「・・・・・」
Dは銀髪の少女へ注視した。何故ならDにとって・・・・・懐かしさと驚きで思考が停止し掛けていたからだ。
「夏梅、その人は誰なのです?」
「『ウツセミ』に遭遇したDって名前の人よ。私が駆け付けた頃には一人で倒しちゃったから協力してもらおうと連れて来たの。えっとラヴィニア、ダメ?」
「ダメというより、出来れば連れてくる前に報せてほしかったのが心情です。敵とも味方ともわからない、その人のことはヴァーちゃんが強い龍の気配が近づいてくると感じたので警戒しなくてはならないのです」
「龍?」
Dとヴァーちゃんという少女が見つめ合っている様子を夏梅は金髪の少女と一緒に見守る。当の二人はどちらもうんともすんとも言わず睨み合いを続ける中、ヴァーちゃんの頬に冷や汗が。相手の力量を図ったからかなのか定かではないが油断できない存在と認識したのかもしれない。
「お前、名前はなんだ?」
「私の話聞いていなかったの?Dって言うのよ」
「偽名だろうそれは。私は本名の方を知りたい」
「協力してもらう際に詮索しないでくれって条件を受け入れちゃったから、それ以上無理やり聞くのはダメよ」
「夏梅、そんなことも決めてしまったのですか?」
困ったように、呆れた風に息を吐くラヴィニアに乾いた笑い声を発する夏梅。ヴァーちゃんの方はDをしばらく眺めた後、視線を切って夏梅とラヴィニアへ振り返る。
「・・・・・まぁいい。この事は『総督』に伝える。個人的にもこの未知のドラゴンのことは興味ある。しばらく警戒と監視をさせてもらうがな」
「私も一応そうさせていただきますね。ですが夏梅、連れて来た責任としてDと共に行動するのです。いいですね?」
「はーい」
後に改めて自己紹介をした。金髪の少女はラヴィニア・レーニ。銀髪の少女はヴァーリ・ルシファーと名乗った。
「何時かそのマスクの中に隠れてる顔を暴いてやる」
「? 暴くって鎧は脱げれるでしょう?何で暴くって言うの?」
「Dが纏ってる鎧は魔力で作られた物なのです。魔力の量次第で何日どころか何ヵ月も維持し続けることができるのです。Dが鎧を維持し続けられる期間は、魔力量を測ると数ヵ月なのです」
「うぇっ!?じゃあ、食事とかお風呂とか、トイレとかどうするのよ!」
「何を言ってる。鎧を解除すればいいだけだ。それに部分的なところも解除できるから私生活をするのにさほど問題ではない」
いや、寝る時も鎧を着たままなわけ?と思った夏梅はヴァーリに同じ質問を問いかけると、苦い顔をしていった。
「スタミナが続かない。鎧を維持しながら戦うと十秒がやっとのところだ」
「へぇ、じゃあもしかしてヴァーリより強いってこと?」
「・・・・・ふん」
Dより弱いと指摘されて拗ねるように夏梅からそっぽ向くヴァーリを見て、くすくすと笑うラヴィニア。
「あ、ねぇ、もう深夜だけどDってご飯食べたの?食べてないならカップ麺でもどう?」
「・・・・・(フルフル)」
「そう、あれ、そういえば九桜ちゃんは?」
「九桜?」と誰のことかとラヴィニアとヴァーリが復唱した時にDの方から子狐の姿の九桜が顔を見せた。
「妾を呼んだかの」
「ほう、妖狐か?しかも・・・・・」
興味津々で九桜に視線を注ぐヴァーリ。程なくして部屋を後にしてラヴィニアも自室に戻り、Dは夏梅の案内で部屋へ赴く。
「―――『総督』。貴方からも見てどう印象を抱いた」
部屋に戻ったヴァーリはテーブルに置いた白いドラゴンに話しかける。そのドラゴンのぬいぐるみは勝手に口を開いて声を発した。
『あの姿と形状といい色といい・・・・・だが、白い龍と対なる赤い龍ではないのは確かだ』
「Dの鎧は純粋に膨大な魔力で作られたものだ。セイクリッド・ギアのものじゃない。一体何者なんだ、あのドラゴンは?」
『わからない。五大龍王でも二天龍でも邪龍でもない・・・・・お前さんの身に宿るドラゴンの感想も聞きたい』
声のみの『総督』の話にヴァーリの小さな背中から青い光翼が展開した。その光翼から声が聞こえてくる。
『・・・・・信じがたい感想を言ってよいか』
『お前さんが信じられないと思う程のものか?言ってくれ』
『奴から感じた魔力は・・・・・「ウロボロス・ドラゴン」オーフィス、そして気配は「アポカリュプス・ドラゴン」グレートレッドそのものだった。更には複数のドラゴンの気配も感じた。一体は邪龍、残り二体も名のあるドラゴンだった』
『「っ!?」』
―――†―――†―――†―――
翌日の早朝五時―――。Dは、夏梅達が住む家の一室で朝を迎えていた。ベッドと机が一つしかない質素な部屋だ。彼は、アイマスクを外し服を着た瞬間に魔力で具現化した鎧を着こむ。鎧は真紅の龍を彷彿させる他、各部分に金色の宝玉がある。頭部には立派な鋭利な角を生やし、臀部あたりに尻尾のようなものがあり有機的なフォルムの鎧だ。視線を外せば、彼が寝ていた横で丸くなって寝ている白面金毛の子狐を見て、昨日のことを思い出しながら現状を再確認した。
起きたからには二度寝はせず朝食の準備をしようとラヴィニアとヴァーリがいた部屋に赴き、冷蔵庫―――が無かった。キッチンや台所があるというのに何故冷蔵庫がない?素朴な疑問符を頭上に浮かべ、仕方なく膨大な量の食糧を用意してくれた保存用を亜空間から取り出すことにした。
「・・・・・え、どうしたのこの料理」
夏梅は信じられないものを見た。テーブルの上に四人分の手料理が置かれてあった。自分が作ったとばかりな献立は、目玉焼きにベーコンを巻いて焼いたアスパラとソテーしたほうれん草を添えたもの、鮭のムニエル、色とりどりのサラダ、オニオンスープにデザートはフルーツヨーグルト。白米は、わざわざ圧力鍋で炊いたものであり、炊きあがったばかりのせいか、米粒ひとつひとつが見事に立っていた。ちなみにサラダにかかっているドレッシングはDのお手製である。
「もしかして、君が作ったりする?」
「・・・・・(コク)」
事実の発覚で夏梅はその顔に喜色の笑みを浮かべ、Dの両手を取って上下にぶんぶんとさせた。
「すごいわ、D!ま、まさか、あなたがこんなにも料理を作れる人だったなんて!いやー、私、いい拾いものしちゃったかも!」
「皆川夏梅、さっさと食べろ。食べないなら私が食べてやるぞ」
夏梅よりも先に起きてたヴァーリが既に席についてパクパクと食べていた。
ラヴィニアも「ottelimo」と感想を口にしながらパクパクとヴァーリのように食べてた。
「む、それはいただけないわよヴァーリ。というか、カップ麺があれば何だっていいんじゃなかったの?」
「勘違いするな。この食事から得られる栄養分に興味があっただけだ」
「栄養分と来ましたか。まったく、素直じゃないんだから」
座ろうとする夏梅の席を少しずらして座りやすくするDの紳士的な仕草に新鮮な気持ちを抱きつつ座り「いただきます」と言ったのちに箸を進めだした。
「うーん、美味しい!このマンションに住んで以来初めて手料理が食べれたわ!これからもお料理当番をよろしくね!」
「・・・・・」
これからも作らないといけないのか?自分達で作らないのか?作れないのか?首をかしげるDに苦笑する夏梅。Dの心情を悟った顔で口を開く。
「私とラヴィニアはお料理を作れないのよ」
「・・・・・」
「あ、女の子なのに作る練習もしないのかって思った?残念だけど私達個人は金銭的に余裕がないのよ。練習するだけの材料を買い込めないって理由でね」
そういうことなら仕方ないとDも席に座って口の部分のマスクを解除して食べ始める。
「や、あなた。鎧を着たままで食べるのはどうかと思うわよ」
「何も知らないな皆川夏梅。鎧を維持したまま活動できるようにするには、鎧を着たまま活動するのが修業にもなるのだ。お前のグリフォンも色々と克服しなくてはならない面がある。修業をした方がいい」
「はいはい、わかってるわよ」
Dを除いて雑談を交える三人がしばらくして料理を食べ終えて食事の後片付けを夏梅とラヴィニアが積極的に買って出た。曰く「これからも美味しいお料理を作って貰うんだから後片付けぐらいはするわ」とのこと。
「ねぇ、D。貴方はこれから何をしたい?何かしようと思ってる事ってあるの?」
「・・・・・」
「何もないなら私と一戦交えないか?」
好戦的に勝負を申し込んできたヴァーリ。戦意をも感じさせてくれる少女は夏梅に額を指で弾かれる。
「ちょっと!いきなり、そんなことを言うもんじゃないっていつも言っているでしょ?あんたね、昨日の今日会ったばかりの初対面の人に悪かったり変な印象与え過ぎよ、ヴァーリっ!」
「ふん、知ったことじゃないさ。印象よりも初めて見た時の相手のオーラが肝心だ。そちらの者より皆川夏梅が下の方だからね」
「そういうけどDの方があんたより上なんでしょ?戦う必要なんてないんじゃないの?」
「直で相手の力量を確かめるのも大切だ皆川夏梅。お前もそう思うだろうD」
「・・・・・」
無反応で返される。興味ないのか九桜がいないと語れないからか無言でいられるとどう反応すれば困るところ、Dの肩に今までいなかった九桜が乗ってきた。
「なんじゃ、戦いたいのかえ?」
「そうだ。Dは了承してくれるか?」
「戦える場所があれば付き合うぐらいはしてもよい」
「屋上だ。ついてこい」
嬉々として先に歩き出すヴァーリにDも追従するので、気になるラヴィニアと夏梅も後を追う。
「さぁ、勝負だD」
屋上に着くや否や合図もなしで飛び掛かってきたヴァーリ。小学校の高学年ほどにしか見えない子供とは思えない速度で肉薄しかかり、Dの脇腹に横薙ぎの蹴りをした。
「・・・・・」
Dの身体は巨岩のようにビクともせずヴァーリの蹴りに対して当然のように効いていなかった。逆に脇腹に当たった華奢な脚を掴み、そのまま抱きしめた。純粋に抱きしめ、頭も撫でるだけで圧迫感を与えずにいるDに疑問を抱く。
「む、何だ?」
「お主の負けということじゃヴァーリ」
九桜が指摘する。
「捕まった時点でお主にどうこうできまい。例え本気で戦ったとしてもじゃ」
「・・・・・そうか。接近戦で挑んだのが誤ったということか」
「お主とDの体格に大きな差がある。負けて当然ということじゃ。そもそもお互い本気で戦おうともしておらんかったしの」
「むぅ、そこまで見抜かれていたとは」
パッと腕から解放されて降り立つヴァーリはDを見上げて宣戦布告を言い申す。
「だが、私が大きく成長して強さも身につけれるようになったら再び勝負を申し込ませてもらうぞD」
「・・・・・(コク)」
了承するように頷くDは背中から二対四枚のドラゴンの翼を生やし、空へ飛んで何処かへと行ってしまった。あっという間に姿が見えなくなったDに対する疑問をヴァーリに投げ掛けてみた。
「ねぇヴァーリ。昨日言ってたDが龍って、どういうこと?人間でしょ?」
「正真正銘の龍、ドラゴンだよ皆川夏梅。ドラゴンは人の姿にもなれて人に紛れて活動をする事が可能なんだ」
「じゃあ、Dって名前ってドラゴンの意味?」
「そうだろうね。適当に考えた偽名だろうけど自分の正体を明かしてるようなものでもあるよ」
そこまで考え着くのは相当難しい話だ。何を思って本名を隠して偽名で通し、自分達に正体を隠すDの気持ちを夏梅達はわからないでいた。
神奈川県川神市―――。
久々にDは川神市に訪れた。地上に降りず飛んだまま目的の場所、川神院へ訪れると何も変わっていない懐かしき建物を視界に入れた。しばらく眺めるように見下ろす先の川神院の敷地の中、楕円形の石柱を見つける。その周辺には花壇が設けられ色とりどりの花々が咲き誇っていた。不思議と気になり降り立って昔なかった者を確認するとそれは―――石碑だった。
『兵藤―――。此処ニ眠ル』
「・・・・・」
自分が死んだ証がここに在る。皆にもそう認識されているからこそ大理石の石碑が、死者を弔うための花々や大好きなアップルパイがお供え物として置かれているのだろう。
数分後。石碑にお供えしていたアップルパイが無くなっている代わりに「ごめんなさい」という文字と世話になった者達の似顔絵が書かれた紙が置かれていた。門下生がそれに気づき老人を連れて確認してもらうと・・・・・老人が天を仰ぎ静かに涙を流した。
「・・・・・謝るのはこちらの方じゃよ・・・・・」
京都―――兵藤家。
その日の内に兵藤家も訪れてみると、そこにある筈の家が地中深くポッカリと穴が開いていた現実が待っていた。これにはさすがにDも驚きを隠せず、穴の方へ向かって宙に留まる。トラウマしか思い出がない嫌な家が無くなっているのはどうしてなのか、悠璃達は無事なのかと胸が不安でいっぱいになった。Dは踵を返して真っ直ぐ金色に輝く建造物へと向かい、人気のない場所に設置してあった鳥居を潜った。『彼女』なら何か知ってる筈だと焦燥に駆られて求めた。
そこを潜ると一転して別世界だった。Dは初めてこの世界でこの場所に訪れたが昨日までいた『異世界』の景色と何ら変わりのない景色だった。Dが足を踏み込んだのは江戸時代の町並みのセットの如く、古い家屋が立ち並び、扉から窓から通り道から、面妖な生き物達が顔を覗かせていた。そんな古い家屋群の中を、ざわめく彼らを置き去りにして真っすぐ歩き続け家屋が立ち並ぶ場所を抜けると、小さな川を挟んで林に入る。そこを更に進むと巨大な赤い鳥居が出現した。その先に古さと威厳を感じさせる大きな屋敷が建っている。そこへ近づこうとして赤い鳥居を潜ろうとしたが、数多の狐の尻尾と耳を生やす数多の者達がこれ以上は進ませはしないと素早く現れ取り囲んだ。
「何者だ。目的を言え。返答次第ではただでは済まさん」
「・・・・・」
問いただす狐の者、妖狐に対して無言で佇むDの代わりに肩から九桜が現れ地面に降り立つ。
「妾は白面金毛九尾の狐玉藻前である。お主等の長である九尾の狐八坂殿に用があって参った」
「玉藻前、だとっ!?」
「あの凶悪な妖怪がっ・・・・・!」
尻尾を逆立たせて今にも飛び掛からんとする妖狐達の緊張と警戒心に悠然とした態度で、逆に威風堂々と話しかける。
「攻撃してくれるなよ?妾等は兵藤家のことを知りたいだけなのじゃからな。お主等をどうこうしようとはせん。何なら捕縛しても構わん」
その場で正座して座りだすDの無防備さを示されて妖狐達はざわめく。しばらくして一人の妖狐が屋敷の方へ駆け、少しして戻ってきた。
「御大将が面会を承諾した。案内いたす」
「感謝する」
「だが、不用意な真似だけはするな。したら全力で以って我らが対処する」
妖狐達に囲まれる中で屋敷へと足を運び、赤い鳥居を潜る。目的の屋敷に辿り着くが、中に入らず部屋と隣接してる木製の廊下の前で座りだすD達に妖狐達が距離を置いて警戒する。まるでそれが正解だとばかりに何も言わずその状態で佇むと屋敷の襖が静かに開かれ中から巫女服で身に包む美しい金髪の女性が現れた。頭に狐の耳と九桜と同じ九つの尾があり彼女こそが京都の妖怪を束ねている九尾の御大将『八坂』である。
「玉藻前・・・・・真であったか。よもや復活をしていたとは知らなんだ」
「完全ではないがの。今ではこの者の独立具現型
八坂は見開く目を落ち着かせるように瞑目してまた瞳を開ける。
「して、妾に兵藤家のことについて教えてほしくここに来たのじゃな」
「さよう。久方ぶりに来てみればあの惨状。一体何が起きた?」
「知らないと申すのか?あの事件は今でも有名であるのじゃが」
怪訝に九桜を見つめるも八坂は口にした。
「兵藤家は神々の怒りに触れたのじゃ。あの穴がその証拠よ」
「極東の神々を怒らせた?何が理由でじゃ?」
「妾も詳しくはわからない。じゃが、兵藤家の者達は本殿を本拠地の一つ、別の場所に代えて暮らして居る。現当主と姫君達も全員じゃ」
「そうなのじゃな。その場所はいずこに?」
と場所を知ろうとした九桜から視線を逸らす八坂はDを見つめる。
「その者は一体何者じゃ?そなたほどの妖怪が龍と共にいると言うのが真に不思議であり奇怪な関係である」
「・・・・・ここから話す先は他言無用である」
「・・・・・わかった。下がらせよう」
手を掲げる八坂に呼応して妖狐達が姿を暗ませる。話を盗み聞きできる距離にいないことを確認したDは九桜に向かって頷くと、八坂に秘密を打ち明けた。
「この者が元人間で兵藤家の者であったと妾の口から言って信じてくれるかの?」
「な、なんじゃと・・・・・っ?」
「名を打ち明けることはできぬが兵藤の名を持つ者として兵藤家が消失していた事実に驚きを禁じ得ず、お主が何か知っておらぬか尋ねたのじゃ」
でなければここに来ておらん。と付け加える九桜の言葉を耳にしながら八坂は立ち上がってDに近寄る。
「妾に顔を見せてはくれぬか。そしたら源氏殿達がいる場所を教えよう」
「・・・・・」
鎧を解除して生身の姿を晒す。腰まで長い黒い髪、濡羽色と金色の瞳のオッドアイの少年の顔を見て八坂の中で衝撃が走った。
「お主・・・・・まさか、誠殿と一香殿の・・・・・」
「・・・・・(コク)」
「・・・・・っ!」
衝動的に駆られてDを抱きしめた。その行為はDを知る者としてせずにはいられないもので、力いっぱい腕の中で抱きしめる。
「生きておったのじゃな・・・・・よかった、よかった・・・・・」
「・・・・・」
「兵藤家の消失の事実、実を言うと耳にしておった。兵藤家がお主を亡き者にしたことで極東の神々が怒り五大宗家にも天罰が下したのじゃ。もはやあの山で再建をする事は叶わず、先ほど申したようにもう一つの本拠地へ居を移した。場所は京都の―――」
皆の居場所を聞き出し、感謝の念を送りこの場からいなくなったDを思い続ける八坂。
「お帰り―――――よ」
「会いに行かんのか?」
「・・・・・」
「そうか、お主がそう言うのであれば妾は何も言わん」
「・・・・・」
「そろそろ昼時じゃ。飯を作れん者共が五月蠅く待っておろう」
―――†―――†―――†―――
「おそーい!どこに行ってたの、お腹が空いたから早くお昼ご飯を作ってー!」
昼前に戻ってきたというのに夏梅が催促する。昼食の準備をして完成すると三人だけで食べてもらい自室に戻ろうとしたDはラヴィニアから携帯を渡される。
「『総督』から貴方に渡せと仰いましたので。今後協力をしてもらう仲ですから連絡も取り合わないと不便です」
「そう言えばあのバケモノのことを聞いておらなんだ。説明してくれるか?」
「ええ、勿論です」
九桜の要求に応じて食事をしながらラヴィニアは語りだす。
「彼らは『ウツセミ』と呼びます。バケモノの方がそう呼びますがバケモノを使役する者達も含まれております」
「『ウツセミ』はどんな存在であるか?」
「詳しくはまだ教える時期ではないので語れません。夏梅を含む四人の仲間が揃うまでは。今は夏梅とシャークだけで残り二人です」
「意味深な数字であるな。仲間にする残りの二人に当てがあるのか?」
「ええ、一人だけね。これから会いに行こうと思ってるの。Dも来てちょうだいね。事他の説明はその子も含めてしてあげる」
シャーク、鮫の名前を持つ仲間はあったことないが三人目も迎えようとしている夏梅達。Dは一先ず頷き、行く時間になったら呼ぶように頼んでもらうと改めて部屋に戻り眠りについた。
・・・・・。・・・・・。・・・・・。
・・・・・。・・・・・。
・・・・・。
時間となり起こされたDは日が落ちていき、夕闇の色が濃くなった時刻に夏梅を背中に乗せて空を飛ぶ。その際バックを抱えていた彼女が操作する携帯による道案内の元、マンションの建設中工事現場へ辿り着いた。舞い降りて夏梅を下ろすと奥の方で人の気配が二つ、異質な気配が一つ感じ足を運ぶと。『ウツセミ』らしきトカゲのバケモノを従える胸元が血で汚れた少年と襲われてる学生服の少年がいた。Dが行動する前に夏梅がグリフォンを使役して少年に迫っていたバケモノの口から伸びた触手を両断して、トカゲ型の『ウツセミ』は声にならない悲鳴を上げた。
「そう簡単にやらせてあげれないわね」
共に少年の隣まで歩み寄ると、Dが手を突き出し複数の火炎球を放って『ウツセミ』に攻撃、直撃した。燃え盛る炎に包まれて灰燼と化するトカゲのバケモノを従えていた少年は、地に伏した途端に青い光を発する魔方陣の一瞬の閃光ののちに消えてしまった。
狐につつまれたように少年は呆気に取られて、言葉すら発せられなかった。そんな少年に夏梅は顔を覗き込んで「幾瀬・・・・・くん、よね?」と訊く。
「そ、そうだけど・・・・・。キミは誰?」
少年もそう返す。見知らぬ相手に動揺の色を隠せないでいながら彼女を見つめる。
「私は皆川夏梅。知ってる・・・・・わけないか・・・・・。直接話したことないし、私も名前と顔が一致しなかったしね。この写真見なきゃ」
名を名乗った夏梅は、スカートのポケットから携帯電話を取り出し、画面を見ていた。どうやら、携帯電話の画面に少年の写真があるようだがDは周辺の警戒をしながら調べて、犬の死骸を見つけると血痕も残さず燃やし尽くす。
「キミ、もしかして―――」
少年が驚きの声を出して何か言おうとした時、夏梅はニンマリ笑みを浮かべながら少年の言葉を続けた。
「そ、私はあなたと同じ陵空高校二年生の生き残りよ」
その後、夏梅は幾瀬鳶雄という少年とファミレスで話し合いが終わるまでグリフォンと待っていること十分ぐらいで出てきた。
「皆川夏梅。外から窺っておったがあのタマゴのようなものはなんじゃ」
「私のグリフォンちゃんが生まれた同じタマゴよ。彼にもそれを与えるのが私の役目だったの」
九桜の質問に答えながらDの背中にしがみつきグリフォンと共に空へ飛ぶ。
「またあの子の家に向かうからよろしくね」
「・・・・・(コクリ)」
了承したDであったが、夕飯の支度を済ませ夏梅から誘われるのを待っているとヴァーリが声を掛けてきた。振り返って耳を傾けると。
「皆川夏梅。Dを借りるぞ」
「え?これから一緒にもう一人の子を迎えに行くんだけど」
「それぐらいならお前ひとりで十分だろうし、嫌だったらラヴィニアと行けばいい」
問答無用だとDの手を引っ張り部屋から連れ出すヴァーリ。どこへ連れて行くのかとマンションから離れた暗闇に包まれた公園まで足を運んだヴァーリが不意に止まった。
「連れて来たぞ『総督』」
次の瞬間。Dに目掛けて光る矢が飛んできた。それを軽々と受け止めて握り潰す。悪意も敵意も感じない。ジッと感じる人間じゃない気配の方へ視線を向けてると木々の奥から人影が蠢いた。現れた男は、顎に髭を生やした男性だった。精悍な顔つきをしており、背広に身を通している。手に持っている紫色の宝玉が光を点滅している様子を見て男性はDを見つめる。
「初めましてだなDとやら。俺は皆川夏梅達を裏から協力している組織の長だ」
「・・・・・」
「ヴァーリからお前さんのことを聞いた。聞いた上で問いたい。お前が一体何者なのかとドラゴンの真名を」
男性はDに質す。無言を貫くDをヴァーリは興味津々で見守り二人の会話を静観する姿勢でいても、男性の問いを返さないでいた。
「答えれないのか。いや、お前さんの代わりに話す狐の独立具現型
「・・・・・」
「皆川夏梅に誘われるまでの間、お前のようなドラゴンは噂すら聞いたことがない。オーフィスの力を持ちグレートレッドの気配を纏うイレギュラーのドラゴンが良く今世まで騒ぎを起こさずにいたな」
光の槍を具現化して構える男性。臨戦態勢の構えをされてもDは沈黙を保つ。緊張感が漂いどちらかでも動けば戦闘が発展する状況下の中、九桜がDの背中から顔を出した。
「やれやれ、警戒されるとこうもこちらも動きづらくなるというものじゃな」
「現れたか、狐の・・・・・。―――――っ!?」
「久しいの黒き天使の長殿よ」
男性は何故か九桜を見た瞬間に瞳を凍結させた。不自然な反応を示す『総督』をヴァーリは不思議そうに見つめても、ヴァーリの視線よりも目の前の存在の方へ視線が釘付け、凝視して・・・・・。
「お前だったのか、狐の独立具現型ってのは。新たな宿主を見つけたのか」
「変わっておらんよ。今も昔も妾の主は」
「変わってないだと?・・・・・待て、じゃあそいつはまさか・・・・・!」
自分の中で合点がいった『総督』は今度こそ愕然の面持ちでDを見た。
「お主の想像した者じゃ。昔、狐憑きと騒がられた童じゃったものだ」
「・・・・・お前、生きて・・・・・いや、待て。だとしたらおかしい。どうしてそんなに成長が早い。今のそいつは十五、十六の年齢の身長だろ。ヴァーリ達とほぼ同年代だったはずのあいつがこの世界で生きていたらまだ幼い筈だ」
「それには真に信じられない理由がある。それを証明するものも幾つかD自身が持っておるのじゃが」
九桜の提案を間も置かず受け入れ説明を催促する。
「では、教えてやろう。妾等は確かに死んだと思っておった。いや、妾は死にはせぬがともかく気付いたときは見知らぬ場所、見知らぬ者達に手厚く介護を受けていた」
「そいつらは誰だ?」
「―――並行世界の者達じゃ」
「「は?」」
並行世界?もう一つの地球=異世界と頭の中で認識した『総督』とヴァーリ。
「妾等は異世界で十年もの歳月を過ごし、皆川夏梅に誘われたあの日の夜の直前にこの世界に戻ってこられたのじゃ」
「待て・・・・・色々と待て、整理させてくれ。思った以上の斜め上な話の展開になってきそうだから」
「そうか。ではこの一言で納得してくれるか?」
なんだ?と『総督』とヴァーリは九桜が言う言葉に聞く姿勢に入った瞬間。
「『|閃光と暗黒の龍絶剣《ブレイザーシャイニング・オア・ダークネスブレード》』提督よ」
「ブレイザーシャイニング・オア・ダークネスブレード総督・・・・・?」
なんだそれは?と『総督』へ澄んだ青い瞳を向けたヴァーリとDの視界に、トマトのように真っ赤で赤面した『総督』がいまにも羞恥心で爆発しそうになってた。
「お、おまっ、お前えええええええええっ!?な、何でそれを知っていやがるっっっ!」
「言ったであろう?証明できるものが幾つもあると。その一つがお前がかつて天界にいた頃に書いた『ぼくが考えた最強の
「見せるな、お前、絶対にそんなものを他の連中に見せるんじゃない、絶対に世に出すんじゃないぞおおおおおおおおっ!?」
「さてさて、妾等を信用してくれぬ限りは異世界にいたことを証明せねばなるまい。であるからして、見せる他ないであろう?」
わかった、認める。絶対に信用するから止めてくれぇっ!と『総督』の情けない悲鳴の叫びが公園中に木霊と化して響く。あの『総督』が感情剥き出しに、物凄く恥ずかしがってる様子に九桜へ質問をした。
「九桜。並行世界にいたと言うなら、もう一人の私とも会ったのか?」
「うむ、立派な『白龍皇』の存在としてDが何度も挑んでも勝てんかった。さらに通常の『
「更なる力の領域に立っているというのか、もう一人の私は・・・・・っ!」
もう一人の自分の強さを知り、俄然燃えてきたようで好戦的な深い笑みを浮かべだすヴァーリ。羞恥心を鎮めることに時間をかけた『総督』も話に加わる。
「『赤い龍』の方は?」
「知らぬ。話によればとある大戦の最中宿主が死んだらしい」
「そうか・・・・・なぁ、お前。お前の帰るべき場所に帰らないでいいのか」
Dに話を振る『総督』の言葉を否と横に首を振ることで示す。九桜は「鬼畜な男じゃな」と述べる。
「Dにもはや居場所がない。京都に行ってきたが、神々の怒りに触れて本拠地を変えざるを得ないほど天罰を受けたそうじゃな。その元凶が戻ってきて、Dを歓迎すると思えるのか?少なくとも極一部の者達だけじゃ」
「・・・・・恨み、復讐心はあるのか」
「五大宗家に対しては好い思いはしておらぬのが正直な感想じゃ。復讐心はない。さっきも申したがこの世界に戻って来たばかりのDにいきなりどうこうする理由はない。しばらくお主の厄介になるのが当面の方針じゃ」
そうか、と呟き踵を返して背広を通している背中をDに向ける。
「・・・・・だったら他の連中に広めない方がいいようだな。俺達に協力してくれるなら是が非でもない。俺にしてほしいことがあるならヴァーリを通して言ってくれや」
「相分かった。それはそうと、D自身のことは聞かぬのか。聞きたがっておっただろう」
「いや、またの機会にさせてもらう。と言っても明日だ。俺達に敵対するわけじゃないならゆっくりと話を聞かせてもらうからよ」
「中二病全開の話をか」
違うからなっ!?と全力否定したのちに『総督』は展開する魔方陣の中で姿を消して公園からいなくなった。
「九桜、Dよ。私も強くなれるのだな?もう一人の『白龍皇』の私のように」
「・・・・・(コクリ)」
「そなたはまだまだ幼い。故に成長の見込みは大いにある。焦らず身体を成長させていきながら強くなるのが正しい方法じゃ」
「わかった。では、D。帰ったら屋上で私の特訓に付き合ってもらうぞ」
「程よく成長したら世界を旅をするのもよい。Dも異世界を旅しながら強くなったのじゃからな」
九桜の言葉に感銘を受けたようでヴァーリは力強く頷いた。D達も公園を後にし有言実行とばかりマンションの屋上で模擬戦を始めたのだった。
―――†―――†―――†―――
三日目の朝を迎えた。体内時計では早朝の五時なので朝食の準備をしようとして動かす身体は、何かに抱き着かれて動けない。アイマスクを外してその原因を見ると、掛け布団にもう一つの膨らみと金色の頭が覗けれる。掛け布団を静かに取り払ってみるとワイシャツ一枚の姿のラヴィニアがDの身体を抱き枕にして寝ていたのだった。寝ている間に忍び込んできたのか?と首を捻る。自分の部屋を間違えるような人間には見えなかったが・・・・・。
「・・・・・」
背中まで回されてる腕と脚に絡み付かれてる彼女の脚によって動きが制限されてる。無理矢理起こすのは忍びないのでDは魔法を発動することにした。魔力の塊でもう一人のD、分身体を作り自分の代わりに朝食を作ってもらう。その間のDはラヴィニアの頭を抱えながらもう一眠りにつくのだった。
「おはよー!おおー、今日も美味しそうな料理ばかりだ!」
「おはよう。・・・・・麺類は無しか」
夏梅とヴァーリの起床。席に座る彼女達に一拍遅れて昨日助けた少年=幾瀬鳶雄もやって来た。Dが寝ている間にこのマンションに連れてこられたのだろう。何より―――。
「幾瀬君。紹介するね。この人はDって名前なの。鎧を着て外見は怪しいと思うけれど、一応私達に協力してくれて作る料理も凄っく美味しいんだから!」
「・・・・・よろしく」
「・・・・・(コクン)」
Dと幾瀬鳶雄。夏梅に連れてこられた同士としてちょっぴり親近感が湧く中、彼の足元に額から刃を生やす黒い子犬がいた。そしてラヴィニアがまだいないことに不思議そうに首をひねった。
「ラヴィニア、まだ起きてないなんて珍しいわね。起こしてくるわ」
「・・・・・(フルフル)」
「ダーメ、Dが女の子の部屋に入って起こすのは(フルフル)え、違うの?・・・・・まさか、キミの部屋に寝ぼけて入っちゃってる?」
肯定と頷くDは自分の部屋だから彼女を起こしても問題はないと、戻ろうとするも「それでもダメだから!」と夏梅もついてくる。そしてDの部屋にお互い抱きしめ合って寝ているラヴィニアとDの光景に夏梅が絶叫したのだった。
「・・・・・ヴァーリ、魔法とかで自分をもう一人増やせることってできるの?」
「何だ急に。しかし、その問いに答えてやれば可能だ。世の中には賢者の石のような伝説級のアイテムが存在するならば、死者蘇生の類も存在するのだ。自分をもう一人増やして効率よく作業をさせることぐらいあって当然だろう」
「なら、朝食を作ったDは魔法で作られた分身体って言ったら驚かないのね?」
「・・・・・Dはそんなこともできるのか」
「・・・・・(コクリ)」
鳶雄も交えての朝食から数分後。鎧姿のまま食べるDに困惑する鳶雄へ「気にしちゃだめよ。日常的な風景になるから」と夏梅が諭す言葉をかけた。
「Dはお風呂や寝る以外顔も身体も見せたがらないから受け入れてあげて」
「Dの身体は逞しかったのです。男の子でした」
「ラヴィニア、ちょっと発言が危ういわよ」
と、食事を終えた頃、夏梅は改めて口にする。
「さて、今日の予定だけれど、ここにいないもう一人の仲間と合流するわ」
「・・・・・」
「Dは名前すら知らないわよね。
納得した。
「それはいいけど、彼の居場所はわかっているのかい?それとも連絡すれば、ここに戻ってくるとか?」
鳶雄の問いに夏梅は携帯を取り出す。
「連絡は・・・・・ダメね。いちおう、鮫島くんの番号は無理矢理にでも手に入れたけれど、電源切ってるみたいで繋がらないわ。偽の番号を教えなかっただけまだマシなのかしら」
電話は拒否している。つまり、こちらからの連絡はいらないということだ。となると、かなり好き勝手に動いているのかもしれなう。では、鮫島綱生の居場所はわからないということになり、最悪の想定も考慮しなくてはならなくなったが、ラヴィニアが言う。
「だいじょうぶなのです。シャークには私の術式マーキングを施してあるので、位置は特定できるのです」
その一声に夏梅が「さっすが、魔法少女」と唸っていた。ただし鳶雄は現状についていけれないでいるのか「魔法少女」という触れ込みに眉根を寄せていたが―――。ラヴィニアが小枝ほどのスティックを懐から取り出すと、その先端が青い光を発し始めた。その現象に注目するDと言葉を失う鳶雄。ラヴィニアがその場で立ち上がり、ぐるりと一回りする。すると、ある一定の方向にスティックが一層光を放つことが見て取れた。その方角を指し示しながらラヴィニアは言う。
「こっちの方角にシャークがいるみたいなのです。ただ、反応がいまひとつ悪いのです。おそらく、私の魔法が及びにくい場所・・・・・相手が敷いた力場に入り込もうとしているのかもしれないのです」
それを聞いて夏梅が問う。
「つまり、鮫島くんは単独で敵がウジャウジャいそうなところに突貫しそうになっているってこと?」
ラヴィニアは無言で頷く。夏梅は顔を引くつかせた。
「・・・・・あのヤンキー。敵を倒すことに夢中になって、相手陣地に誘われたんじゃないでしょうね・・・・・っ!」
夏梅は歯ぎしりしながら、拳を震わせていた。半笑いをしているが、その双眸は憤怒の色と化している。彼女はドカドカと足音を立てながら玄関へと向かう。
「鮫島綱生を捕まえるわ!戦闘覚悟でも、彼を放っておくわけにはいかない!」
「勝手に行ってくればいい。私は行かん。それとDも野暮用ができてるから連れて行かせることはできないぞ」
「またー?ヴァーリ、Dを連れ回して何してるのよ」
「『総督』がDの素性を求めているんだから仕方がない。
ヴァーリとDの不参加の鮫島との合流―――。それはウツセミ―――Dにとって戦闘再開であったが鳶雄はそうでなかった。胸中で秘めるその想いは強く、子犬を見ながら決意する。
三人がいなくなった頃を見計らって、『総督』がマンションに入ってきて早々にDの姿を見て怪訝な表情を浮かべた。
「お前、家の中でも鎧を着てて生活してるのか」
「死人に口なしのようなものじゃ。顔を見て騒がれても敵わんからの」
「そうかよ。まぁいい。話をしよう。並行世界にいた間、お前さんは何をしていたのかも含めてな」
「・・・・・(スッ)」
Dが『総督』に指差す。「ん?」と自信を指す『総督』に頷くDに疑問符を浮かべる。喋らない彼の代わりに九桜が代弁する風に口を開く。
「『ウツセミ』に関わる事件を教えてほしいそうじゃ」
「そういうことか。・・・・・できれば、今回の事件に関してはお前さん等には関わってほしくないのが心情だ。まさか並行世界で難を逃れ、この時期に戻ってきては皆川夏梅と接触して関わりを持ってしまうなんてよ」
頭を掻きながら溜息を吐く『総督』は仕方なしとDと九桜を視界に入れながら説明口調で語りだす。
「事の発端は身内の裏切りから起きてしまったんだ。そんでそいつは有力な魔法使いやとある一族に追放された者達を吸収して事を起こしやがったのさ」
「堕天使の裏切り者が何をしようとしておる?」
「奴は俺と似て純粋に探究と研究心から―――神をも滅ぼす具現こと
「なるほどの・・・・・その程度あったか」
その程度、と一蹴して片付けられてしまった。
「・・・・・なぁ、聞いてもいい質問なら答えてくれや。並行世界の俺はその人工の
「作れておったぞ。Dはその完成品を二つ享け賜わった」
開く穴の亜空間から二つの赤と白のガントレット、テーブルの上に置かれた宝玉がある籠手を見て『総督』とヴァーリは身を乗り出して凝視する。
「これが人工の・・・・・!」
「『赤龍帝』と『白龍皇』の籠手である。どちらも倍加と半減の能力を振るえる」
「何だと・・・・・。では、これを使用したら疑似的に二天龍の力を振るえるということではないか。―――私の立場を奪うつもりか?」
「・・・・・(フルフル)」
「人工故本家の大元には力及ばん。二天龍が封印される前に振るっていた力までは扱えんしの」
九桜の話を聞き、心なしか安堵で胸を撫で下ろすように安心して息を吐いたヴァーリだった。
「ついでに教えるが、並行世界では新種の
「何?新種の
「そうじゃ。凄まじい力であった。特にドラゴンを完封する
そんなものが今後に新種として発見されることになろうとは思いもしない『総督』は、難しい顔をして未来を見据える。
「・・・・・皆川夏梅達とは会ったか」
「会わされたわい。一言で言えば皆元気にしておったのじゃ。どんな経緯でなったかは知らぬが、幾瀬鳶雄は皆川夏梅達に好かれていた。故に若き頃のこの世界のあの者達の生き様を見るのが楽しみなのじゃ」
「・・・・・(コクコク)」
Dも同意か九桜と密かに初対面のフリをして彼等彼女等の物語を楽しんでいるようであった。
「んじゃあ、ヴァーリは何してた?皆川夏梅達と一緒にいるのか?」
「違うぞ。ラーメン屋を営んでおる。それも味は絶品であった」
「ラ、ラーメン屋ぁっ!?」
「・・・・・流石私だ!」
とうとう『総督』は頭を抱えだした。ヴァーリは目を輝かせ、いつか私も・・・・・!と密かに並行世界のヴァーリと同じ夢を持ってしまったのだった。
「そのおかげでDは並行世界のヴァーリにラーメンのなんたるかの教えを叩き込まれた上に作り方も学ばされてしまったのじゃ。―――この世界のヴァーリを食べさせるために」
「・・・・・(コク)」
「作ってくれ!並行世界の私のラーメンの味を知りたい!」
「無理じゃて。食材も必要な道具がここに何一つ用意されておらん」
「・・・・・っ!(血涙)」
そこまで残念がるなよ。冷や汗を流す『総督』はヴァーリの未来に不安を覚え、無理矢理話しの本題に戻した。
「あーと、裏切った堕天使の企みを阻止するべく俺達堕天使側とラヴィニア達魔法協会は手を組んで共に行動しているのさ」
「皆川夏梅達も巻き込んだのは?」
「狙われてるからさ裏切りの堕天使を含めた敵にな。連中は、皆川夏梅達の同級生達攫い人工の
「「・・・・・」」
いくつか事情を省かれたが、大体の理由は納得した九桜とD。
「そんな状況下にお前さん等が皆川夏梅によって巻き込まれてしまい、協力してくれてるんだが・・・・・」
『総督』は複雑極まりない面持ちで困った風に眉根も寄せたので、何か問題でもあるのかと『総督』を見つめる二人(一匹)は問いかけた。
「なんじゃ、妾等がおると不都合な事でもあるのかえ」
「不都合っちゃあ不都合だ。この事件に―――五大宗家も関わってるんだよ。お前らにとって因縁深き相手だから」
「・・・・・」
ほれ言わんこっちゃない。Dからプレッシャーが溢れ、殺意まで滲み出ていやがる。だからこそ『総督』は告げる。
「D、『ウツセミ』の事件に関してお前は関わらなくていい。堕天使の裏切り者の対処とラヴィニアの協力だけしてくれればいい。お前からあの宗家の連中のはぐれと接触する必要はない」
「無理であろう。五大宗家の連中も関わっているのであればいずれ相まみえる」
「ああ、困ったことに否が応でもな・・・・・だからDよ。もしも五大宗家と直接関わるようなことがあったらお前だけは外してもらう。連中はお前が死んでると認識してるんだからな」
「であれば、妾等の協力どころかこの場からいなくなった方が都合がいいのではないのか」
「いや、今となっちゃあ目が届くところにいてくれないとこっちが困る。何せ、お前らが俺の知らないところで何を仕出かすか分かったもんじゃないんだからよ。さっきも言ったが俺とラヴィニアの協力をしてくれ。頼む」
『総督』の言い分と乞いにしばらく場の雰囲気が静寂を漂わせたのち、Dは徐に立ち上がって部屋から出て行った。
「協力はするが、お主や相手に合わすつもりはない。の、Dの気持ちじゃ」
「・・・・・そうか。無茶させるなよ」
「案ずるな。無論そうであるし妾がおる」
と、そう言って九桜もDの後を追いかけに行く姿をヴァーリは視線を切って『総督』の顔を窺いながら問いを掛けた。
「Dは五大宗家に殺されたことがあるのか」
「実際は殺されてない。が、殺されかけたってのが本当だ。五大宗家は九桜を狙って所有者ごと討伐を目論んでいたからな」
「・・・・・『総督』。それは数年前に起きた出来事の話と被るんだが」
神妙な面持ちのヴァーリの指摘に一瞬黙るも「ああ、そうだ」と『総督』は肯定した。
「誰もが死んでしまったと思っていた子供が、生きていたんだヴァーリ」
「・・・・・まさか、Dの正体は・・・・・・っ」
「ああ、信じられないだろうがそのまさかだ」
青い瞳が限界まで見開き、驚きを禁じ得ない少女に『総督』はニヤリと面白そうに口の端を吊り上げて笑みを見せる。それからからかいを含めて言った『総督』の言葉に、ヴァーリはいままでにないほど顔を赤く染めて、彼から視線を逸らしてしまった。
「ま、頑張れよ?」
「うるさい・・・・・む、Dの気配が遠ざかっていく」
「は?何だと?」
遥か空の上に音速を超える光の速度で数十時間、数日は掛かる場所へ赴く。
ダマーヴァンド山
並行世界で教えられた、封印される形で退治されたとある龍がいると。Dは数時間かけてその山の場所を探り、見つけると降り立ちジッと下を見つめる。何かを探って感知するまでそうし続けていたら―――感じ取った。徐に地面に手を翳し、魔力を躊躇なく作業的に放って地下深くまで穿ち続けた。数千メートルもそうし続けてたDはその穴の中に飛び込み、奈落の底を彷彿させる闇の中へ身を投じたのだった。
「・・・・・」
どのぐらい落ちたのかわからない頃、洞穴の空間を通り抜けようとして落ちるのを止めて洞穴に侵入する。奥へ奥へと歩み続けるその足はやがて停止する。魔力光で灯りを確保していくと、照らされる光の先に巨大な影が浮かび上がった。―――見つけた。本当にいた。
Dは胸の内に湧き上がる興奮を抱きつつ、真剣な眼差しで胸から浮かび出てきた意匠が凝った杯を手に取り、能力を駆使した。故に目覚めるは―――人類の天敵、人類に忌避される邪悪な怪物が六つの眼をゆっくりと静かに開いて三つ首を動かした。
『・・・・・俺を蘇らせたのはお前か』
『誰々?』
『お前誰だー?てか、ドラゴンじゃん』
・・・・・あれ?こんな感じじゃなかったような。呆けそうになるDに三つの頭部が近づいてきた。
『これは興味深いな。オーフィスとグレートレッドがこの場にいるような気配を窺わせてくれる。お前、何者だ?』
『他のドラゴンの気配も感じるぜ☆』
『ドラゴンを宿すドラゴン有り得なーい』
「・・・・・」
一頭はともかく残りの二頭から発する口調はこんなに軽かったか?困惑するDの心情を露知らずな三頭の生物は押し黙るDにさらに追及する。
『今更臆してるわけではあるまい。復活させた理由を言え』
『復活できてもこの場から動けないしね!』
『この鬱陶しい封印はまだ健在だ!』
と彼らを封じる物が未だ発揮していることに気付き、Dは籠手の部分を赤い宝玉がある紫の籠手に代えてその封印を―――『無効化』してみせた。甲高くなる音は封印を解除、壊した意味であり三頭の動きがスムーズになり洞穴の中で立ち上がった。Dの代わりに顕現する九桜が代弁した。
「そなたの力を、いや、Dの仲間になってほしい」
『この俺を誰かを知っての提案か?矮小な獣よ』
『我は邪龍最強の一角なり!』
『強いよ、滅茶苦茶強いよ!』
「知っておる。その上でDの望みを叶えるに必要な力を求めておる」
Dの望みとはなんだ、と興味を抱く三頭の問いに九桜は答えた。
「並行世界へ、異世界におる者達との再会だ」
答えた九桜の言葉に三頭はきょとんとした顔となり、しばらく場は静寂に包まれた。
『――――グッ』
一頭が堪え切れなくなったかのように漏らした直後。三頭が大きく口を開いて哄笑した。
『異世界、異世界に行きたいとは!こいつはぁ予想を遥か斜めを行く馬鹿げた望みだなぁっ!』
『未知の世界への進出!』
『異・世・界!異・世・界!』
「・・・・・」
洞穴の中で大笑いする三頭の声が反響して耳鳴りに襲われるが、その笑いは途端に途絶えズイッとDに顔を寄せる三頭。
『お前、異世界に行ったことがあるんだな?そこはどんな世界だったか教えろ』
『神いる?邪龍いる?』
『興味津々だぁよ!』
「妾等が来てしまった異世界は並行世界である。そなたと同じ存在とも出会った」
『グックックッ!もう一体の俺がいる異世界か!そいつはぁ行けれたら行って戦ってみたいもんだな!』
『同じ存在は二つもいらない!』
『どっちが真の最強の邪龍か勝負勝負!』
並行世界に興味を持った三頭の―――龍が揃って笑みを浮かべているかのように口の端を吊り上げた。
『いいだろう。異世界の話を持ち出されては気になって仕方がない。それにお前自身も凄く興味がある』
『いつか必ず異世界に行ってみよう!』
『その前にはあれだ、あれをしたい!わかってるよね!』
三頭の龍はますます深い笑みを浮かべ、未来を想像する。このイレギュラーなドラゴンと一緒にいれば強者と出会え、思う存分楽しい戦いができるかもしれないと。
『Dと言ったな。お前自身も強いのだろう?ならば手始めにその力を俺に示してもらおうか』
『久々の喧嘩をしたい!喧嘩をしようぜ!』
『勝負だ勝負!』
どす黒い禍々しいオーラを放ちだす三頭龍に対してDも真紅のオーラを迸らせる。そして―――ダマーヴァンド山が崩壊し、黒と真紅の龍が激しく死闘を繰り広げる。
それこそ数にして5桁に及ぶ空一面を覆い尽くす程の魔法陣を同時に生み出し、そこから禁術をも織り交ぜた多種多様な魔法を放出する炎、氷、百雷、暴風、闇、光といったあらゆる属性の攻撃魔術の他。ドクロを形作る紫色の炎、呪詛に塗れた突風、暗黒色の雷、血の涙を流す呪われた聖母、見つめられるだけで命を奪われかねない1つ目の巨人等々・・・・・禁止級の属性、召喚、呪い、この世の全ての不吉を体現した魔法が、Dに放たれる。
それらに対し並行世界で培った全てを注ぎ込んで応戦するD。決着は中々着かず、その日一日ずっと戦い続けて二日目を迎えても未だどちらも倒れることはなく夜を迎えた頃にはようやく死闘は終わりを迎えたのであった。
「―――見つけた」
山の頂に小柄な少女が佇んでいた。片眼だけ違う風景を見せるものと一致したことで、真紅の龍と視線が絡み合った。
「お前、誰?」
「・・・・・」
―――†―――†―――†―――
「こらD!連絡しても返さず今まで帰らずどこに行ってた!」
マンションから離れて二日目の夜。戻ってくるなり夏梅が腰に手を当てて怒った顔でDを詰め寄る。鳶雄達は夕食を済ませてしまったか、丁度鳶雄が食器を片しているところであった。そして見慣れぬ身長が高い少年が席に座っておりDを観察するように見つめている。
「・・・・・(ヒョイ)」
「ん?誰、その子」
怒り心頭な彼女へ幼女を突き出した。濡羽色の長髪と瞳、黒いゴシックロリータ風の衣装を着てる見慣れない幼女に訝しむ夏梅に対して九桜がDの代わりに説明した。
「Dと出かけておったらここまで着いて来てしまったのじゃ。名前はオーフィスという」
「―――オーフィス、なのです?」
ガタリと立ち上がるラヴィニア。皆、彼女へ視線を送るとオーフィスを信じられないという見つめる目は凍結したように固まっていた。
「ラヴィニア、知ってるの?」
「・・・・・間違いなければその子は無限の体現者にして最強のドラゴンです。―――『
最強のドラゴン―――。緊張の面持ちのラヴィニアの説明で、Dとヴァーリを除いて鳶雄達はオーフィスと言う名の幼女へ唖然とした面持ちで視界に入れる。
「我、オーフィス」
当人も認めるようなことを言うので夏梅は叫ぶほど凄く驚いた。床に下ろされるオーフィスの目はヴァーリに向けられる。
「アルビオン、久しい」
「アルビオン?ヴァーちゃんはヴァーリ・ルシファーって名前よ?」
「我、ドラゴンの気配がわかる。ヴァーリ・ルシファーはドラゴンを宿してる」
「え、ドラゴンを宿すって・・・・・」
「シャーエ、ヴァーちゃんはドラゴンの魂が封じられている
へぇー、そうなんだ。と何となくでも納得する仕草をする夏梅と鳶雄。まだまだ摩訶不思議な能力は奥深さがあるようで、これから知って行けば強くなれるだろうかと思ってると。
「我、この者気になる」
「・・・・・」
Dを見上げるオーフィスのつぶらな瞳は真っ直ぐ向けていた。
「与えた覚えがない我の力と我の目を持つ者。グレートレッドの肉体を持つ者。とても不思議な存在。―――グレートレッド、倒せる?我、次元の狭間で静寂を得たい」
「・・・・・。・・・・・。・・・・・」
「実際に戦ってみねばわからぬ。といった具合じゃ。じゃがなオーフィス。静寂を得るよりもDの家族となれば色々と楽しい日々を過ごせるかもしれぬぞ」
「楽しい?」
小首をかしげるオーフィスに首肯する九桜。
「うむ、楽しいぞ。特にDの作る料理は美味い。妾はきつねうどんが好物なのじゃ」
「そう、それは興味あるかもしれない」
狐がきつねうどんを食す。何とも言えない事実を知った一同であるが、オーフィスはDを興味示してることでこのマンションの新たな入居人として加わった。
『ちょ、待て!なんだその話はっ。Dに接触したオーフィスが一緒に暮らすことになっただとぉっ!?一体全体何がどうしたらそんなことになるんだよっ!?』
「Dが一昨日からいなくなった間にそういうことになったんじゃないか?初めてウロボロス・ドラゴンを見たが、一見危険なドラゴンには見えなかった」
『そりゃ、グレートレッドと同様他に関心をあまり持たないからだが・・・・・他に何か変わったことはないか』
「他か・・・・・ああ、アルビオンが言うにはDに宿るドラゴンが一体増えていたようだ」
『・・・・・どうやって体に封印をする事ができるようになったのか問い詰めなきゃいけなくなったが、そのドラゴンは何かわかるか』
「―――『
『は、はぁああああああああああああああああっ!?』
『
「――――――――」
「――――――――っ!」
女の子二人の声。そして何やら大きな声が発せられていた。どうしたものかと思慮するDだったが、不意に部屋の扉がバンと勢いよく開け放たれた。半開きのドアから飛び出してきたのは―――九桜だった。全身を濡れ鼠のように濡らしている。
「おお、D!助けてくれぇっ!」
主であるDを見掛けるなり、背後に回ってブルブルブルと全身を震わせた。水しぶきがDにかかってしまう。
「・・・・・」
「妾は嫌だと断ったのにあの者がオーフィスを使って妾を逃がしてくれなかったのじゃ!」
自分が寝ている間に部屋から抜け出して夏梅達に捕まったのかとDは状況を飲み込んだ。そのまま、風呂に入れられたのだろう。考えてみれば、一昨日から一度も風呂に入ってなかった。自分も部屋に戻って風呂に入ろうかと思ったところで。
「・・・・・D?」
不意に夏梅の声が聞こえてきた。Dが、視線を声のする方に向けると―――開きっぱなしのドアの先、廊下に立つ全裸の少女の姿があった。・・・・・スレンダーな肢体が、生まれたままの姿で立っている。服の上から分からない質量もそこにあった。突然のことに、Dは見つめ夏梅は強張らせて固まってしまうが・・・・・さらにそこへ追い打ちとばかりにもう二人の少女が現れた。
「Dなのですか?九桜ちゃんを迎えに来たのですね」
「・・・・・」
風呂場から全裸のまま出てくる金髪少女―――ラヴィニア。こちらは夏梅以上に女性らしい凹凸が強調された体だった。以前ベッドの上に現れた時以上の者が、視線の先にある。一緒に入っていたようで濡羽色の髪の幼女―――オーフィスも凹凸がない生まれたままの姿の肢体で現れると。
「・・・・・・な、ななななななっ」
「・・・・・」
この状況に徐々に赤面していき、ついには風呂場に戻ってしまう夏梅。まさか、朝からこのような状況が生まれていたとは予想もできなく風呂場から夏梅が叫ぶ。
「・・・・・朝起きたら、ラヴィニアが何時ものように私の部屋で眠っていて!けど、今回は九桜ちゃんを抱きしめながらオーフィスちゃんを挟んで寝ていたの!その流れで・・・・・皆でシャワーを浴びることになって・・・・・ああもう!」
説明しながら動揺した様子の夏梅だ。当然だろう。同い年の異性に裸を見られれば、女子なら誰でも動揺する。・・・・・Dは怪しいが。しかし、このなかでも二名だけ空気を読めずにいるものがいる。ラヴィニアが全裸のまま、扉から出てきてDの手を取った。
「Dもシャワーを浴びるのです」
「浴びる」
裸体を隠すことすらせずそのようなことを言い出してきた。オーフィスもラヴィニアの真似をするように九桜を捕まえ「こ、これやめぃ!妾はもう入らんぞ!入らぁぁああああああんっ!?」と悲鳴を聞きながら部屋の中へ連行された。
―――その後すぐ、夏梅の人生最大の悲鳴が部屋から聞こえたのは言うまでもない。
朝、共同フロアに集う面々―――D、鳶雄、夏梅、ラヴィニア、ヴァーリ、そしてDの見知らぬ少年=シャークこと鮫島綱生。
「・・・・・ったく、ここに顔を出してみりゃ、何があったんだか・・・・・」
半眼でそうつぶやくのは鮫島だった。Dの顔をまともに見れない顔が赤面の夏梅の姿にどこか勘付くところがあったようだ。あのようなことがあった直後だ。一人の態度に変化があってもおかしくはない。結局、夜中に部屋を抜け出したオーフィスは、九桜をどこかに連れて行ってもらいたく一緒に来てもらったら寝ぼけて自室から出てしまっていたラヴィニアに捕まり、夏梅のところに上がり込んでいたようだ。そのようなことがあった朝でも、Dは鳶雄と一緒に朝食の準備だけは完了させていた。
そして食事を終えた面々は、ミーティングを始めていた。Dがいない間に何が起きたのかわからない三日前から考えていたことを行動に出ようと決めていたからだ。
「それで、どうする?今日、動くんだろ?」
食後のコーヒーをグイッといきながら、鮫島が鳶雄達に訊いてくる。夏梅は頷き、『総督』から得ていたとあるファイルをテーブルの上に広げた。この一帯周辺を記した地図だった。夏梅が地図を前に言う。
「ええ、動くわ。とりあえず、前に言った通り、同級生の遺族の動向を探りましょう」
自分の居ぬ間に何が遭ったのだろうかと何も知り得ていないDは静かに聞き耳を立てるしかできないでいた。
「あれだけ大きな事故があったのだから、これだけの集団失踪をメディアが気付かないと言うのもおかし話よね」
「・・・・・?」
「Dは知らないの?豪華客船の海上事故のこと」
「・・・・・(コク)」
「いや、お前。どこのド田舎者だよ?あれだけ世間に報道されていたのに少しも知らないって」
鮫島に心底呆れられる。そう言われてもDは一週間以上前は並行世界に住んでいたので、ウツセミに襲われた当時の以前の事件は知らない。と、そう説明をするのはまだ先だろうと九桜はDの頭の上に乗った状態で思慮した。
「・・・・・機関、というよりも五大宗家が事前に情報統制したとか?」
「あるいは兵藤家と式森家がそうしたかだな」
鳶雄がそう口にすると鮫島も同意見とばかり続いて言う。この国の古くから裏側にいるというい能力の集団に国家権力の一族。それぐらいの力があってもおかしくないのではないかと鳶雄は思う。これに夏梅も肯定的にうなずいた。
「・・・・・仮にどこかのジャーナリストが勘付いて動いたとしても、消されているでしょうね」
「まず間違いなく、消されていると思うのです」
ラヴィニアも静かに恐ろしいことを口にしていた。ヴァーリも腕を組みながら言う。
「彼らの大本―――五大宗家は家に連なる者から出た不備は正すという絶対の戒律があるそうだ。『虚蝉機関』のはみ出し者達は、現時点で五大宗家から粛清の対象となっているだろうな。同時に機関が出した不備をも宗家の者達が抹消し始める。つまり、五大宗家に触れる者は誰とて許さないというスタンスだ」
関わった者は、全て消すという五大宗家の戒律に鳶尾と夏梅に鮫島が渋い顔をする。ウツセミを使役する機関と接触して関わっている自分達だけではなく、親しい者にも非日常の手が伸びるということを案じたのだろう。
「・・・・・」
だが、直接五大宗家に消されかけたDは怒気が孕んだプレッシャーを放つほどいい感情を抱いていない。相手が五大宗家に触れる者は誰とて許さないあらば、自分も五大宗家を許すつもりはないと考えで拳をぎりりっと音を鳴らすほど握り絞めた。
「Dよ。その感情を向ける相手は今だけ違うぞ」
「・・・・・」
「部屋に戻り冷静になっておれ」
九桜に諭され従順に動くDは席を立ち部屋を後にした。
「すまんの。Dが場の雰囲気を乱せてしまって」
「ううん。大丈夫だけど、Dどうしたの?何か怒ってたっぽいけど」
「昔・・・妾の討伐の際にな、五大宗家総出で狙われ殺されかけたことがあるのじゃ。そのせいでDの親しい者が巻き込まれ重傷を負った」
Dの過去を語りだす九桜に驚きを禁じ得ない。Dにも鳶雄や夏梅、鮫島のように親しい者がおり巻き込まれた経験を持ってることに意外だったことも加味して。
「故に今でも守れなかった己の弱さと五大宗家を許せずにいる。憎んでいると言ってもよい。であるから直接五大宗家の名を連なる者が現れるならば、怒りを剥き出しするやもしれん。そこは皆も承知してほしい」
「そうなのね。Dってそんな過去があったなんて・・・・・」
「では、この事件に関してDは・・・・・」
「うむ、あまり力になれぬかもしれぬ。五大宗家に私怨で牙を剥くようなことになれば堕天使側との関係を悪化しかねない。妾の言葉にも耳を傾けてくれるとも限らん」
何とも複雑極まりない事情を抱えていたのだろうか。今現在ウツセミと化されている親しい者達がいる鳶雄達は彼等彼女等を救わんと奮迅しているが、Dはそのベクトルが違っている。ただの私怨で機関の者達に襲うようでは仲間として食い止めなくてはならない。そうなるならばマンションの中で待機させた方がいいのではないかとも思慮が浮かぶ。
「気持ちはわからなくもないがな」
唐突に鮫島が肯定的な意見を口にした。それが意外そうに鳶雄と夏梅は彼に目を向けた。
「自分のせいでダチを巻き込み、巻き込んでしまった気持ちは理解できなくはない。殺されかけ、殺しに来た相手を簡単に許せるわけがねぇ。今回の件だってそうだ。俺のダチが利用されて利用している奴らを許せねぇよ。そういう意味での怒りだろ」
「ならよ。あいつは俺らと似てるじゃないか」と鮫島の発言に一同は目を丸くする。ヴァーリからも一言告げられる。
「共感したところで今回の事件に『総督』からも『虚蝉機関』とDの接触は危機感覚えているから私と同様出番はない。実質お前達だけで対処しなければならないからな」
「それって前回も前々回もDを連れて行かせなかった理由なわけ?」
訝しむ夏梅にヴァーリははぐらかす風に肩を竦めるだけで何も答えない。結局Dを残して鳶雄達は用事があると行動を別にするヴァーリも抜きでマンションを後にした。
「『総督』。Dの力を借りなくていいのか?」
「五大宗家のはみ出し者の相手だろうと暴走しかねない。仮にだヴァーリ、Dを止められる自信はあるのか?」
「・・・・・無理だな」
「ああ、俺ですら困難を極める。正直言ってあいつを止められるのは魔王か神、もしくはあいつの両親しかいないだろうよ。だからヴァーリ、お前がDの支える存在としていてくれや」
「・・・・・期待はするなよ」
―――暇、の一言に尽きる。皆、自分達を置いてどこかへ行ってしまって数十分後ぐらい経過した頃にDはオーフィスにぺちぺちと鎧を叩かれた。
「D、アルビオンの仲間のところに行く?」
「・・・・・」
オーフィスも暇なのか、それともDの心情を察したのかわからないが提案を挙げた。
「・・・・・(コクリ)」
夏梅に居場所を与えてくれてから何一つ助けていない。もしこの瞬間にでも怪我をしているようなことが起きたら助けたいと思う一心で立ち上がり、気配を探知しながら探し出す。
町の上空から四名を探し出し始めて中々見つからなかった。しかし、遠くから異様な力の気配を感じオーフィスもある方角へアルビオンの気配をすると言い、凄まじい勢いで向かうと住宅街を抜けた先にある廃業した工場跡地に辿り着いた。降り立つと戦闘の痕跡がある場に夏梅と血を流す鮫島、Dと同じく駆け付けてきた様子のヴァーリが。視点を変えると片腕がない見覚えのない男性が立っている。
さらには・・・サーベルタイガーのように突き出した牙を持ち、先端全てが円錐形の鋭い長い尾を幾重にも生やしてる全身がスパークを放ち続けてる巨大な四足の白い獣と、
宙を漂う背中には二対の翼があり、頭部に角が生やしている上半身が鷹で、下半身がライオンの身体をくっつけたような風を全身に纏う巨大な四足の獣もいた。
「ヴァーリッ!?え、Dもッ!?」
「ほう・・・・窮奇と檮扤が至ったようじゃな」
「やあ、皆川夏梅。遅くなった。用事を済ませたんでね。迎えに来た。それにD達も来てしまったのかい」
「あそこにおっても退屈故にな。邪魔はせん」
であるが、怪我人の傷の回復ぐらいは手を出させてもらう。と九桜の指摘に呼応するDは高級そうな瓶を亜空間から取り出していると男が落ちた腕を拾い上げて、入り口の方へ駆け出していく。逃げるつもりだろう。それを察知して、Dは幾重の魔方陣を入り口に張って逃走を防いだ。
「な、魔方陣だとっ!?」
「Dが来た時点でお前の未来は決定的になったようなものだ。まぁ、Dがいなくとも私は逃がすつもりはなかったがな」
男とヴァーリが対峙している間に鮫島の方へ寄って瓶を突き出す。傍にいた夏梅は訝しむ。
「それ、何?」
「『フェニックスの涙』という傷を癒す薬じゃ。鮫島の傷をこれで飲ませて治すとよい。ただし、Dを信じてくれるならばじゃ」
「・・・・・今の状況下で是が非でもないわ。貰うわ」
瓶を受け取り鮫島に飲んでもらうと、腹部の傷が見る見るうちに塞がって完治したのであった。
「凄い、本当に傷が治った・・・・・!」
「・・・・・礼を言うぜD」
―――あいつをぶっ飛ばせれる。と言い残してヴァーリに手を突き出され攻撃をし掛けされそうになっている男へ歩み寄る鮫島を見送り、次に夏梅を見つめる。
「え、なに?」
「今まで力になっておらんことに申し訳なく思っておる」
「ううん、気にしてないわよ。寧ろ鮫島くんの傷を治す凄い傷薬を持ってきてくれて助かったわ。グッジョブ!」
「・・・・・(コクリ)」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!許してくださぁぁぁぁいぃぃぃっ!」
無様に泣き叫ぶ男の声の方へ振り向くと、怒りに顔を歪ませながら、一気に拳を―――ぶちかました。男は大きく後方へ吹っ飛んで、そのまま地面に突っ伏した。
「一先ず終えたようじゃが、他の二人はどうしたのじゃ?」
「ラヴィニア達と分断されちゃったの。ねぇ、今からでも二人を助けに行きたいから一緒に来てくれない?」
「協力はするがの。居場所を特定できんことにはどうしようもない」
あ、と漏らす夏梅も二人がどこにいるのかわからない。最後に一緒にいた場所まで戻ってもいない可能性は高い。もしも後者であればどうやって探せばよいかその手段はない彼女の耳にヴァーリの声が入ってくる。テキパキと後処理をこなす少女は、傷が治っても流した血は回復できず出血多量な鮫島と男を『総督』の組織の施設に転移させ、何かのドロドロの物体も採取し始めながら。
「二人の居場所は把握しているよ。だけど、こっから先は時間との勝負にもなりそうなんだ」
「時間との勝負って、どういうこと?二人に身の危険が?」
「いや、五大宗家が動く」
その告白に夏梅はそれを訊き酷く驚いた。
「・・・・・五大宗家が動く!?」
夏梅の言葉に頷くヴァーリ。
「ああ、『虚蝉機関』の隠し施設の候補場所をあちら側にリークしたんでね。粛清用の大量のエージェントがいずれそこに向かうだろう」
「じゃあ、ヴァーリが『総督』から受けた仕事って、五大宗家に奴らのアジトと思われる場所を教えることだったのね?」
そう問う夏梅に少女は首を縦に振った。
「・・・・・アザゼルはいつもそうだ。私をガキの使いにしか使わない。まったく、貴重な存在を何だと思っているんだか・・・・・」
ぶつぶつと文句を垂れる始めるヴァーリ。少女の頭に手を置いてどんまいとポンポンと触れるDに「子ども扱いするな!」と子供なのに大人ぶるヴァーリを苦笑いする夏梅はその裏腹に神妙な思いをするのだった。
「さて、私はこのまま向かおうと思っているが、お前達はどうする?」
「・・・・・どこへ?」
問う夏梅に銀髪の少女は心底楽しげに言った。
「―――『狗』のもとさ。どうやら、彼等は『虚蝉機関』のアジトに連れ込まれたようでね。五大宗家のエージェント達が奴らの本拠地に辿り着く前に彼等を回収する。それが私の新たなミッションだ。―――来るかい?」
願ってもない誘いだった。夏梅は、首を縦に振って、変じたグリフォン、無言で是と答えるDと共にヴァーリに同伴することにした。
―――キングクリムゾン
D達が、ヴァーリと共に『虚蝉機関』のアジトと思われる施設に入ってある程度の時間が経過していた。私設中に鳴り響く警戒音。ヴァーリのリークを受けて五大宗家から放たれたエージェントが近づきつつある中でDと夏梅は、培養槽から取り出されたウツセミの少年少女達の肉親と思われる大人達を転移の魔方陣に次々と送っていった。
このアジトに侵入して直ぐに、機関員の一人を締め上げてここの場所を吐かせたのだ。来てみると、既にこの部屋の装置は機能を停止しており、あとは彼等を取り出すだけだった。夏梅はグリフォンに突風を発生させて、手早く培養槽をすべて破壊させ、Dは数多の分身体を作り破壊した培養槽から彼らを取り出す。ヴァーリはこの光景を見て、「用意のいいことだ」とひとり不敵な笑みを見せていた。
誰がこの部屋の装置を停止させたか、心当たりがありそうだった。二人は大人達をヴァーリの描いた魔方陣で、グリゴリの施設に送るだけではなく、廊下で倒れていた少年少女達も拾い上げて魔方陣の中央に連れて行った。まだアジト内でうごめくウツセミのバケモノもいたが、Dと巨大な鷹に変化しているグリフォンの敵ではなく、『四凶』と化した鷹が起こす突風によって、切り刻まれていった。培養槽に入れられていた大人達は、この場にいる限りグリゴリの施設転移させた。ウツセミを失い倒れていた少年少女達も魔方陣でジャンプさせている。
「ヴァーリ!D!気配とか探れる?ここにまだあっちに送ってない同級生はいるかな?」
「・・・・・(コクリ)」
「・・・・・いるな」
その報告に夏梅は覚悟を決める。時間が掛かってもいい。五大宗家のエージェントと鉢合わせしてもいい。全員救う!同級生は全て救い出す!と。その決意を胸に抱いて、ヴァーリとDに気配の方向を訊こうとした時だった。二人が突如、天井―――上階の方へ顔を向けた。Dの顔はわからないが、ヴァーリが驚いたかのような表情を浮かべたと思えば、いきなり怖いぐらいの笑みを浮かべる。
「・・・・・これもいいな」
興奮しているヴァーリだったが、息を吐いて自制したのちに夏梅に言った。
「残りは私とDの分身体たちで拾うさ。皆川夏梅はDと上を目指せ。そこに『狗』―――幾瀬鳶雄がいる」
「け、けど!」
自分も全員を助けたい!その気持ちが先んじるが、ヴァーリは首を横に振る。
「ウツセミの生徒達よりも、上の『狗』を止めないと、二度と帰ってこないかもしれないぞ?」
そう言うヴァーリ。同時にこの室内に起こった現象に夏梅は、言葉を失う。―――あらゆるところから、歪な形の刃が生えてきていた。
「D、幾瀬鳶雄を頼む」
「・・・・・(コクリ)」
夏梅の身体を横抱きに持ち、素早くこの場を駆け出した。通路を駆けて、非常用の階段から一直線に上へ向かう。階段のあらゆるところから、歪な形のブレードは次々と出現していった。彼はぐんぐんと駆け上がっていき、階段の一番上まで上って一気に通路に出た。その先にある大きな両開きの扉を視認する。部屋の扉の前まで駆けたDが、扉を蹴破り中に入った夏梅が眼にしたのは―――。
刃だらけの異常な世界だった。暗い室内の至る所から、あらゆる形の刃が無数に生える。真っ直ぐのものもあれば、弧を描くものもあり、ジグザクの形のものまであった。暗がりの領域にいくつかの光明が浮かんでいる。その光明に照らされて姿を現しているのは、錫杖を持った中年の男性とその傍らにいる巨大な獅子。そして、漆黒の不気味なオーラを放ち続ける二体の獣。
一体は、大型の黒い犬だ。ブレードを体から生やしてはいないが、幾瀬鳶雄の相棒の子犬の面影がある。あの子犬が順調に成長すれば、こうなるであろうという姿形だ。もう一体は―――犬のフォルムを持った黒い人型のバケモノだった。犬と同様の突き出た口に、ピンと立った耳。口に剥き出しの鋭い騎馬が見える。腕は人間のものと似ているが、爪は全て鋭利に生えていた。足は犬同様の形ではあるが、二足で立っている。腰に生える尻尾は六本―――。Dと夏梅の登場を察したか、男性がこちらに視線を送りながら言う。
「・・・・・皆川夏梅かな?そして君は初対面ではあるな。君自身のことは報告されていなかったが自己紹介をしよう。はじめまして、私は姫島唐棣だ。この名を聞けば何となく察するだろうか?」
「―――――」
「ふむ、そこの赤い鎧を着た者は凄まじいプレッシャーを放つな。ということは、私か五大宗家に因縁があると見た」
今にでも飛び掛からんとしそうなDを前にして平然とした態度でいる唐棣。ふと、巨大な獣に変化したグリフォンの他にも小さな子狐がいることに気付く。その尾の数は九本であり―――。
「九尾?『四凶』や幾瀬鳶雄の『狗』と異なる・・・・・独立具現型だったか。何て名前か教えてくれるかな?」
「妾は九桜という名がある。以前は玉藻前と名を通していたがの」
「―――――」
五大宗家が血眼で草の根をかき分けてでも探しだして討伐しなくてはならない妖怪が目の前にいた。そして同時にDの正体を悟って腹の奥底から込み上がってくる笑いが堪え切れなくなった。
「く、くくく・・・・・そうか。そう言うことか」
自己完結をする敵を訝しむ夏梅の耳に唐棣の言い続ける言葉が入ってくる。
「討伐に意気込み、悲願であり念願の『狐』を滅したまでは良かったものの。理由はわからないが神の怒りを触れて各宗家の本殿が崩壊、兵藤家で各当主達も満身創痍の身体で帰還した五大宗家の話を聞いたときは、私を含めて機関の者達は騒然としたものだ。それが事実だと知り、疑問と喜びを抱いたが。なるほど・・・・・叔父上よ。ただの狐憑きだと思われた者は、どうやら手を出してはいけない者に手を出したようだな。そしてまだ存命していることも知らないでいる。くくく、これ程皮肉な物はないだろう」
「何を言ってるの・・・・・?」
「・・・・・ふむ、どうやら教えられていない、教えていないようだね。キミの隣にいる者は数年前、五大宗家に命を狙われた哀れな兵藤家の一族の子供だったのだよ」
兵藤・・・・・っ?Dが?隣にいる鎧で身に包む男を見る夏梅の眼は信じられないものを見るそれだった。
「そして兵藤家と五大宗家は深い繋がりがある。悪鬼羅刹と戦う退魔師の一族にとって兵藤家ほどの優秀な遺伝子を交配できるならば、当主や次期当主宗家を支える者達の血に兵藤家の血も入れることも吝かではなかった。逆も然りだ」
「じゃあ、幾瀬くんとDは・・・・・」
「血族の関係性は不明だが、五大宗家も兵藤家も互いの血を取り組んでいる。姫島・童門・櫛橋、真羅・百鬼の血のどれか、あるいは複数かすべてか・・・・・そういう理由では幾瀬鳶雄と彼は無関係とは言えないだろう」
現に―――兵藤家当主の妻は姫島であることを唐棣は知っているが、敢えて言わない。話は終わりだと姫島唐棣は、自身の周囲に浮かばせていた複数の道具―――法具―――独鈷を黒い獣のほうに向かわせる。一目でわかる異能を有した法具は、宙を縦横無尽に動いて黒い獣に襲い掛かった。
《斬ル切ルキルきるkill伐ル剪ル斬ル切ルキルきるkill伐ル剪ル斬ル切ルキルきるkill伐ル剪ル斬ル切ルキルきるkill伐ル剪ル斬ル切ルキルきるkill伐ル剪ルゥゥゥゥゥウウウウウウウウッッッ!!》
黒い人型の獣のほうが、呪詛めいたものを口から吐き出した。耳にするだけで精神がおかしくなりそうなほどに力を持った怨嗟の声。姫島唐棣が放った独鈷は、直撃することはなかった。天井から、床から、壁から伸びてきた数多のブレードにて、すべての独鈷が切り刻まれたからだ。この結果に姫島唐棣は驚くどころか、驚喜した。
「・・・・・すでに私の独鈷も通じぬか。見たまえ、皆川夏梅と兵藤家の者」
彼が指さすガラス張りの壁があった。おそらく、ここは展望室であり、外の風景を観察するためのものだったのだろう。それが―――黒く塗り替えられていたのだ。そこから望める風景は、暗黒に包まれた山林の世界―――。空の情景すらも黒く染め上げて、この一帯全域が漆黒に包まれていた。・・・・・二人がこのアジトに辿り着いたときはまだ日が昇っていた。こんなに早く日が落ちようはずがない。見れば、山林のところどころからも巨大で歪なブレードが次々に生えていっている。その周囲の全てが、異様な形の刃によって埋め尽くされる勢いだった。・・・・・夏梅は再び黒い獣に視線を戻す。もう、夏梅は理解していた。あの黒い人型の獣が鳶雄であることを。室内の一角に横たわる少女の姿も視認できていた。
「・・・・・D、あの子をここに連れてきてくれる」
頷くDが瞬時で向かい、連れ戻って来た少女の身体の刺し傷を見て、夏梅はおおよその見当はついた。大きな悲しみの末に、彼は至ったのだ・・・・・・。
―――――獣と化すこと。
「・・・・・」
傍らで『フェニックスの涙』を使用し、少女の傷を癒すD。死人に回復しても蘇る筈がないその行為に夏梅はハッと察した。
「その子、まだ生きてるの?」
「・・・・・(コクリ)」
なら、まだ希望はある!Dに鳶雄の正気を取り戻そうと提案を述べた時、姫島唐棣が動き出す。
「すまないが、私の邪魔をしては困る」
「貴方の事情何て知らないわ。私達は全員で生きて帰るのが大切なのだから」
「ならば仕方がない。まず最初は君達からか」
二人の前に立つのは、黒い獅子だった。黒い獅子は勇ましく咆哮を上げたあと、その身を足元に広がった影の中に沈ませてく影となった獅子は、影を四散させて部屋中を駆け回った。それぞれが意思を持つかのように蠢く中で、
「二つは私がするわ!」
「・・・・・」
グリフォンが放つ突風で影を薙ぎ払う背中に四対二枚の翼を展開して飛翔するDの蹴りと拳が残りの黒い影を捉え、捉えられた影が再び形を成して獅子となった。獅子は、床を高速で駆けだして距離を詰めるが、グリフォンが空へ舞い上がられても、床を蹴って追いかけるように跳躍した獅子の懐にDが飛び込んだ。ガッ!と腹を掴み下へ勢いよく落とした先には鳶雄がいた。
落ちてくる黒い獅子に対し黒き《狗》が赤い双眸を怪しく輝かせる。ズンッ!と《狗》の後方に太く巨大な一本のブレードが出現した。それによって貫かれた黒い獅子へ鳶雄は近づいていく。獅子は貫かれたまま鳶雄に向かって口から火炎を吐くが―――。鳶雄は一切臆することもなく、避けることもなく、真っ直ぐに立ち向かい、両手を鋭く火炎の中に突き出していった!火を吐く口の奥深く間で両手を突き立てる!
《殺ス頃ス比ス転ス戮ス轉スころすコロス殺ス頃ス比ス転ス戮ス轉スころすコロス殺ス頃ス比ス転ス戮ス轉スころすコロスゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウッッ!》
怨嗟の絶叫を発した鳶雄は、口に潜り込ませた両手を一気に力強く開いていった!獅子はその身を真っ二つに割かれて、床に転がった。絶命したのであろう獅子の身が、闇に溶けて消えていった―――。打ち滅ぼした獅子。敵は姫島唐棣だけだが、恐ろしく禍々しいオーラを放ち続けてる鳶雄と《狗》は夏梅とDをも標的に数えられる可能性が高い。しかし、敢えて夏梅と鳶雄を正気に戻そうとDは動き出した。鳶雄は近づいてくるDを標的として襲い掛かり、音だけの見えない攻防戦が始まりだす。
「・・・・・」
夏梅は二人の戦いに介入できず少女の傍に佇むことしかできないでいた。Dと鳶雄の激しい攻防を視認できなず、時折《狗》が介入してブレードを生やして鳶雄をフォローするが、かわしながら邪魔するなとばかり《狗》を囲むように展開した小型の魔方陣から鎖が飛び出し、バチバチとスパークを放ちながら《狗》を拘束したことで二人だけの戦いになった。それ以降ブレードが生えなくなった頃、この場に現れる第三者―――銀髪の少女―――ヴァーリ。ヴァーリはこの光景を見て、全身を震わせながらも狂喜の笑みを浮かべる。
「・・・・・アザゼル・・・・・ッ!話が違うじゃないか・・・・・っ!何が『天龍と比べたら、可愛い狗』ダ・・・・・ッ!これは・・・・・このバケモノは・・・・・ッ!」
打ち震える少女の声以外にも、聞き覚えのある声は室内に響き渡る。
『周囲の景色すらも塗り替えて動き回る黒い獣か。まったく、俺が出会う
ヴァーリが肩に乗せるドラゴンのぬいぐるみ―――その口が勝手に動いて、『総督』の声を発していたのだ。『総督』は、姫島唐棣に話しかける。
『よう、機関長殿』
「―――っ!・・・・・グリゴリか」
声を聞いてすぐに察する姫島唐棣。
『どうだ?イレギュラーなそいつの力は?』
皮肉気な『総督』の声音。
「・・・・・これは『狗』なのだろう?神を滅ぼすとされる具現のひとつ・・・・・黒き刃の狗のはず」
『ああ、そうだ。その通りだ。そいつは神をも断つという黒刃だ。だが、どうにもな、その少年は生まれながらにしてセイクリッド・ギアを発現していたそうだ』
「それは特に珍しいことでもあるまい?問題は生まれながらに―――」
姫島唐棣の言葉に『総督』は続ける。
『ああ、そうだ。―――幾瀬鳶雄は、生まれながらに至っていた』
「・・・・・そんなことがあり得るというのだな・・・・・」
不敵に笑む姫島唐棣とは裏腹にヴァーリは「イレギュラーなんてものじゃないな」と目を細めていた。『総督』は続ける。
『幾瀬鳶雄の祖母は、生まれながらに世界の均衡を崩すだけの力を有した孫に封印を施した。それも何重にもだ。おまえたちはそれを無造作に無遠慮に乱暴なまま触れた―――。見たかったんだろう?すべてを擲とうとも、この姿を見るためによ?それは代価だ。存分に見て楽しんで斬られていくといい』
それを聞いて、姫島唐棣は含み笑う。
「・・・・・くくく、『雷光』の件といい、『狐憑き』の件といい、これといい、姫島の血は呪われつつありますぞ、叔父上・・・・・っ!」
笑う彼の表情は、これまでにないほどに醜悪に、しかし、満足げな笑みを作っていた。姫島唐棣は、一歩前に出た。その顔は満ち足りている。
「―――キミを一本の禍々しき刃にできた」
見えない攻防を今まで繰り広げていた二人が、Dと同時に姿を見せた鳶雄の横から独鈷が飛んでくるが、それを振り向き様にすべて打ち落とす。手に持っていた錫杖で攻撃しようにも、Dの手から迸り形作る魔力の刀身にて、錫杖を切り落とされてしまった。武器を失いながらも姫島唐棣はさらに近寄っていく。
―――鳶雄は静かに腕を突き出した。
眼前というところにまで迫って姫島唐棣は言った。
「五大宗家を、『姫島』を滅ぼしてくれ」
そう告げた姫島唐棣の胸部は、槍のように突き出した手によって心臓ごと背中にまで貫かれた―――。
黒い獅子、姫島唐棣を破った鳶雄―――。それを見守っている夏梅とヴァーリだったが・・・・・。
「―――で、どうだ?ヴァーリよ。『赤』と出会う前の退屈しのぎになりそうか?」
そう言いながら、この場に姿を現したのは、あごに髭を生やした男性―――Dの正体を知る『総督』だった。
「・・・・・想像以上だよ、『総督』。―――いや、アザゼル。ていうか、来ているなら、このドラゴンからわざわざ声を出すな」
にやけるヴァーリの頭部を撫でる『総督』と呼ばれた男性。夏梅に視線を移して、男性は自己紹介する。
「初めまして、皆川夏梅。俺が『総督』のアザゼルだ」
この人が『総督』―――。声だけだった存在にようやく会えた夏梅だが、感慨にふけっている場合でもない。まずは、眼前の幾瀬鳶雄をどうにかとめばならないのだ。そう思慮する夏梅の横にひょっこり姿を現したのは、ボロボロの格好のラヴィニアだった。
「少し遅れたのです、夏梅」
「ラヴィニア!」
軽く再会の挨拶を交わす二人だったが、『総督』―――アザゼルの姿にラヴィニアが言った。
「お顔を出すなんて、よほどのことなのですね、アザゼル総督」
そう言いながら、変貌を遂げた鳶雄に視線を送る。
「・・・・・なるほど、よほどのことなのです」
見ただけでラヴィニアは理解した様子だった。
アザゼルが問う。
「ラヴィニア。・・・・・奴らは逃げたか」
ラヴィニアが息を吐く。
夏梅は誰のことを差して言っているのかわからないが、おそらく鳶雄と二手に分かれて戦っていた敵のことだろうと予測した。
「申し訳ないのです」
「いや、最初から奴らが厄介極まりないのはわかっていたよ」
肩をすくめるアザゼルは、鳶雄に目を向けた。
「さて、おい、D。そいつを止められるか」
「・・・・・」
アザゼルの問いかけに頷き、Dは真紅の籠手から赤い宝玉がある黒と紫が入り乱れた籠手に換えると幾瀬鳶雄の懐に飛び込む。迎撃態勢の鳶雄の初撃をかわし彼の首を掴みながら移動した先にいた《狗》も触れた途端。硝子が割れたような甲高い音のあと、見れば、外の風景も徐々に暗闇が晴れて、巨大なブレードにもヒビが入りだしていた。しばらくしてこの領域の闇も祓われて、数多のブレードも崩壊して散っていった。鳶雄を覆っていた黒い衣も剥がれて、普段の顔を覗かせてくれる。《狗》も鎖から解き放れても力を失い、その場に伏していく―――。
Dの一連の作業により、鳶雄が起こしていたであろう超常現象のすべてが収まり、本来ある情景が室内に戻っていた。ガラス張りの壁からも正常となった見事な山林の風景が広がる。これらを確認して、アザゼルが息を吐いた。これで此度の事件は解決した―――と一先ずの安堵で胸を撫で下ろす気分の彼を他所に姫島唐棣の遺体を弔うかのように火葬をし始めるDにギョッとした。しかし、もう遅いとばかり骨すら残さず焼失してしまった姫島唐棣の遺体。
「・・・・・『総督』。教えてください。Dは兵藤家の人間なんですか?」
これからくる五大宗家のエージェントへの言い訳に頭を抱えるアザゼルへおずおずと問う夏梅。
それが一番意外な質問だったのか、しばらく口を閉じたアザゼルはのちに首肯する。
「姫島唐棣から聞いたのか。ああ・・・・・そうだ」
「じゃあ、本当なんですか。Dが五大宗家に命を狙われているって。それに幾瀬くんとDが血の繋がりがあるって」
二人に血の繋がり・・・・・?それについては初めて聞く話だったが、アザゼルは否定的に首を横に振った。
「命を狙われていたのは本当だ。だが、二人に直接なつながりはない筈だ。俺はDの親の親と顔の面識がある。確かに姫島家から嫁いだ娘が今の当主の奥方であるが、幾瀬鳶雄の親類と繋がりはない」
今思えばこの二人は何らかの運命で導かれたのかもしれない。そう思わずにはいられなかったアザゼルであった。
「そうですか・・・・・ねぇ、D・・・・・ってあれ?いない」
「Dなら先に戻ったのですよ?」
「またしばらく出かけるとも言い残してな」
「・・・・・また、とんでもないもんを引き寄せてこねぇだろうな」
その懸念は現実となり、ますます頭を抱え悩ませられるアザゼルだった。
幾瀬鳶雄の暴走を止めてさっさと切り上げたDは―――ヨーロッパに訪れていた。辿り着いたときには真っ暗な真夜中の時間帯で時刻は夜中になっており、ヨーロッパの人々はほとんど見当たらなくなっていた。常闇を照らす街灯やまだ営業中の店から漏れる光が街の情景を窺わせる。外国に来ているためか、知り合いもいない土地では鎧を解除しているDは当てもなくと路頭を迷う感じで食べ歩きをしつつある人物を探しながら歩き続けた。
まばらだった人も時間が経つと街路に走る車が見かけなくなり、人もいない静寂な雰囲気を醸し出す。うっすらと粘り気がある霧も発生するようになる。奥へ奥へと歩を進めどんどん歩んでいた時にオーフィスが口を開いた。
「D」
「・・・・・来るな」
九桜も気配を察知して警戒し臨戦態勢の構えをする。見据える眼前から近づいてくる何か、人影のシルエットを浮かび暗闇から抜けて出てくるようにして現れたのは―――。
「センセ、ダヴィードセンセ!なんか途轍もないオーラを纏ってるお兄さん方がいやがりますぜ!」
「・・・・・」
三十半ばほどの無精髭を生やし神父の格好をしたイタリア系の男性にそう言うのは、悪戯好きそうな表情をした十三歳ほどの少年。格好は、少年用の祭服だった。男性はD達を目に焼き付けるように見つめ、無精髭を生やす顎に手で触れながら腰に佩いている剣の柄に片方の手で置く。―――何時でも戦えるように。
「ふむ、悪魔でも堕天使でも、ましてや吸血鬼の類の気配ではないな・・・・・任務を終えて戻ってきた矢先にとんでもない存在と相対してしまったようだ」
「・・・・・」
「ここで出会ったのは偶然だろうか。それとも我々の行動を気づいて先回りにして妨害を仕掛けて来たか」
「・・・・・」
何を言っているのだろうか?と小首を傾げてそう表現するDに男性神父は柄を触れていた手を動かし、鞘から刀身を抜き放った途端。刀身から聖なる波動を感じ取り、強烈な聖なるオーラを放つ長剣を構えだす。
「この場にいる理由はわからないが、ヴァチカンの膝元でお前達のような存在がいると知ってしまった以上見過ごせない」
「ひゃっはっはーっ!外国に行く前の前哨戦だぁー!」
少年も懐から棒のようなものと、拳銃を取り出した。
「・・・・・」
「オーフィス、ここはDに任せよう」
「ん」
神父=教会=天界=神と脳内変換を済ませたDは攻撃の意思を示す彼らを倒すべく力を解放する。九桜とオーフィスは対峙する三人から遠ざかり観戦の姿勢に入ったところで、全身から聖なる凄まじい力の波動を迸らせ―――並行世界で培い得た力を具現と化する―――。
「
短い呪文を呟き、放出する眩い光量で神父達は目を細めながらも睥睨する。目の前の輝きと波動に驚嘆しながらDの変わり姿に目視する。
「―――その姿は、それは―――」
静かに瞠目する神父の前で亜空間から取り出した『聖なる武器』。鞘から抜き放ち臨戦態勢に入ったDと対峙する神父達はどちからでもなく地を蹴って飛び出し、小競り合いを始めた。
数分後・・・・・。
その場から歩き去る足音に置き去りされてる血塗れの男性と少年が地に伏していた。現状を見て勝敗は火を見るより明らかで、絶え絶えで息をしているところ命を奪われなかった。
「セ、センセ・・・・・あのお兄さん、マジでハンパねーですぜ」
「ああ・・・・・上に報告せねばな・・・・・」
敗北に喫した二人の傍には高級そうな二つの小瓶が置かれていた。去り際に置かれたもので小さな獣から「飲めば傷が治る」と言い残して。Dは殺す気はさらさらないと、本気も出さずに倒された実感が後から実感して無情に星屑が見える夜天を見上げ続けた。
―――某所教会
黒髪の男性が祭服で身を包み教会内を歩き、擦れ違うシスターや司祭達と挨拶を交わしながら通路を進み迷いのない足取りである者のところへと足を運んだ。その人物がいるであろう部屋の前に立ち扉をノックすると中へ入る。
「失礼しますストラーダ猊下」
男性がそう言いながら席に座る者を見つめた。その人物はしわくちゃの面貌だった。顔だけ見れば、七十過ぎの老人だろう。しかし、顔の下がそれを否定する。有り得ないほどに太い首、分厚い胸板、巨木の幹ほどはある両腕、成人の人間の胴回りよりも幅があるだろう脚。何よりも背丈だ。座っている状態だが座高は高く立ち上がれば、二メートルはあるであろう不釣り合いなほどに見事な若々しい肉体だった。
「クリスタルディ猊下。此処に来たということは要件はこれかな?」
ヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿とエヴァルト・クリスタルディ助祭枢機卿といった教会―――ヴァチカンの中でナンバー3とナンバー4の枢機卿の存在。彼らの手にはある報告書が綴られている紙を握っていた。その紙を見せつけるようにストラーダは問いかけるとクリスタルディは首肯する。
「はい、ダヴィード・サッロ及びフリード・セルゼンが相対した者についてです」
「私もこの報告書を送られた時はあり得ないと信じられなかった。今でもそうだ」
「ええ、同感です。天使に至るセイクリッド・ギアの所有者が『聖剣』も使いダヴィード・サッロを破っただけでなく、オーフィスという名も・・・・・何かの間違いではないかと」
「だがしかし、この報告書に書かれていることが全て事実であれば、何の目的でヴァチカンの管轄の地域にいるのか探し出して調べる必要がある」
幸い、鮮明に描かれている似顔絵を手掛かりにして探せれる。各協会の、神に仕える信仰者達が人海戦術で子連れ+狐という組み合わせの者達を探す手配は既にされて現在進行形中である。クリスタルディは報告書のDの詳細に目を落とす。
「人間でも悪魔でも堕天使でもない、吸血鬼でもないとすれば・・・・・何なのでしょうか」
「この報告書だけでは何とも言えない。兎にも角にもダヴィード・サッロを倒したこの若い少年を見つけねば事は進まない」
と、捜索隊が結成されてヨーロッパ中を探し回る教会の者達が派遣されていることを知らないD達は―――。
・・・・・。・・・・・。・・・・・。
・・・・・。・・・・・。
・・・・・。
「・・・・・(モキュモキュ)」
「美味しい(チュルチュル)」
「そうじゃのぉ(ガツガツ)」
ヨーロッパの食事を楽しんでいたのだった。Dの探し人は中々見つからない。特に夜中にならないと町に現れない上、どこに現れ何時来るのかすらも相手次第なために日中は観光気分で動き、時間を潰さなければならない。それを思慮する九桜は顔を上げてDに視線を向ける。
「D、これからどうする?夜にならねば会えぬであろう」
訊かれたDもどうしようかと青い空へ見上げ、悩む。十時間以上もどうやって過ごそうか考えても結局はヨーロッパの町を観光する他なかった。だが、そうする彼らに思いもしない出会いが待ち受けていた。
オーフィスを肩に乗せ、九桜をオーフィスの頭に乗せるという周囲の人間達の視線を引き寄せる格好で歩ていた。時折、携帯のカメラで撮影されヨーロッパの町では見かけない珍しい小動物をモフモフされたり、もしかしたら金が取れるんじゃないかという賑やかさに包まれて九桜の人気ぶりが徐々に高まっていた時に―――。
「・・・・・」
「・・・・・」
人垣に紛れ込むように佇んでいた者と眼が合った。その者は黒いコートに身を包んだ長身の女性で、金色と黒色が入り乱れた髪。その双眸は右が金で、左が黒という特徴的なオッドアイだった。黒ずくめの女性はDだけを注視し、面白いものを見るように笑みを浮かべた。そして―――。
「ついてこい」
攫われた。
腕を掴まれたまま町の景色が塗り潰されているかのような速度で町からどんどん凄まじい速度で離れて行き、殆ど無抵抗にとある田舎町の廃屋のところまで連れ去られたD。ようやく解放されて解放した両者は対峙、お互い相手の目を見つめ合うように視線を向ける。
「・・・・・やはり、オーフィスの力を感じる。オーフィス、お前の子か?」
「違う。我も気になってる。Dが我の力を何故持ってるのか」
「そうか。次元の狭間で第二のオーフィスが産まれたわけでもないか。私も気になるところだが・・・・・それも含めてこの男から感じるドラゴンの気配も気になるな。聞こえているのだろう、アジ・ダハーカ」
謎の女性訊く声にDの手の甲に黒い宝玉が浮かび上がる。
『グックック、久しぶりだなクロウ・クルワッハ』
『おっひさー!』
『やっほー!』
三つの声が聞こえる。彼女、クロウ・クルワッハは興味深げでDを一瞥してアジ・ダハーカと語り続けようと口を開いた。
「お前は風の噂で人間によって封印されていたはずだが?何故このドラゴンの中にいるのだ?」
『こいつに甦らせてくれたあとにケンカをしたのよ』
『久々のケンカは楽しかったぜ!ケンカに負けたわけじゃないが仲間になったんだ。何時か異世界に行くために!』
『並行世界にいるアジ・ダハーカと勝負するためにな!』
「・・・・・ほう」と興味を抱いた様子のクロウ・クルワッハ。Dに向ける瞳には好奇の光が孕んでいた。
「異世界には邪龍が存在しているのか」
「並行世界と言い、そなたと同じ邪龍も存在しているクロウ・クルワッハよ。オーフィス、並行世界にはお前と同じオーフィスの名を持つドラゴンが存在している。Dがオーフィスの力とグレートレッドの肉体を得ているのは、妾等が異世界でオーフィスとグレートレッドの恩恵を得たからなのだ」
「我がもう一人?とても不思議。会える?」
「現時点では無理じゃ。妾等もどうやって行ったのかもどうやって戻ったのかすらも把握できておらぬ。故に、この世界のグレートレッドと接触し、乞うか戦って退いてもらうつもりでおる。
と、Dが再び異世界へ進出しようとしていることを打ち明かす九桜の話を聞いていたクロウ・クルワッハは、目を爛々と輝かせていた。
「仮にお前達が異世界へ行けたとして、もう一人の私はどれぐらいの強さだったかわかるか?」
「二天龍クラス以上であると聞いた」
『マジでか!』
『信じられねぇー!』
『でも最高!さっすがは俺!』
「もう一人の我、グレートレッド、倒せてる?静寂得てる?」
「倒せておらん。否、倒そうとしてもいなかったのぉ。静寂よりも賑やかな生活の中で楽しみながら過ごしていた」
九桜の話を聞き驚いた様子も残念がってる様子もなく、ジィとDを見上げるオーフィス。
「Dは異世界に行きたい理由、なに?」
「・・・・・」
ふと、空を見上げ遠い目でこの世界とは違う十年も過ごした異世界の情景を思い浮かべる。今となってはもう会えないかもしれない人達の顔も脳裏に浮かべ、その人達のことを想って―――口にした。
「・・・・・また、会いたいから」
「誰に?」
「・・・・・お世話になった皆やあの世界。・・・・・とても温かった。この世界よりもずっと、ずっと」
頼れる親は兄弟はおらず、常に身も心を壊すような罵詈雑言や数多の暴力。例え手を差し伸べてくれる人々がいても慰めにもならない。心を固く閉ざし身体が傷つこうと嵐が過ぎるのを待つことしかできない、知らないでいたDはこの世界より異世界の方が心地よかったのである。
「最終目標は異世界への進出を前提にグレートレッドをどうするかが考えものだな。もしも戦うならば楽しくなりそうだ」
腕を組むクロウ・クルワッハに視線や意識が向く。
『グックック!お前も仲間になるか?仲間になればアルビオンとも会えるぞ』
『宿主はまだまだ子供だけどね!』
『まだまだ未熟もいいところ!』
ヴァーリがアルビオンを宿していることを把握しているアジ・ダハーカの感想にも興味を示してるクロウ・クルワッハ。
「未熟なアルビオン・・・・・このイレギュラーなドラゴンと居れば、他のドラゴンや強者が引き寄せられるものであるか?」
「今現在進行形として、四凶を使役する者と住んでいる。後に四神の使役する者達と接触するやもしれん」
「ほう、四凶と四神か。話だけは聞いたことがある名だな。聞くが、強いか?」
九桜は首を横に振る。
「そなたが楽しめるほどではない、と言っておこう。現時点では四凶を宿す者やアルビオンよりDが強いからの」
『ああ、こいつの強さは俺も認めてるぜ』
『イレギュラーなだけあって強い強い!』
『今度はクロウ・クルワッハも交えてケンカをしたい!』
Dの強さを同調するアジ・ダハーカ。また金と黒のオッドアイが好奇に煌めく。
「アジ・ダハーカも認める強さなら、私も戦って知りたいところだな。―――、私と戦え」
九桜は思った。どうして邪龍は戦闘・戦いが好きなのだと。結局、現世に召喚したアジ・ダハーカと共にクロウ・クルワッハと乱戦を臨み戦い始めたD。
それが―――。
「クリスタルディ猊下!大変です!」
「ストラーダ猊下!大変です!」
教会に仕える一人の者がそれぞれ蒼然の顔で報告をしに来た。二人は報せてきた者から告げる話に耳を傾ける。すると、真昼間に三体のドラゴンが人の目も気にせず戦っていると言う。二人は真剣な面持ちで力強く頷く。
「わかった。直ぐに近辺の住民達の避難の誘導と戦士達の招集を」
「はっ!」
「準備が整い次第すぐに赴く」
「かしこまりました!」
Dに対する教会の戦士達による討伐を引き起こす結果になろうとは思いもしなかっただろう。
―――†―――†―――†―――
Dとアジ・ダハーカとクロウ・クルワッハが戦いを経て廃屋の中で夜を過ごすこともなく、田舎町から離れて大きな町に戻る。が―――。何故か後ろにいるクロウ・クルワッハまでもがついてくる。それについてDは彼女に訊くこともなく好きにさせて朝いた町に戻り散策を始める。静まり返る町中のようにD達の間にも静寂が漂い、言葉を発さず足音だけが鳴る。そんな感じで小一時間も歩き回り続けていて、不意にDは首を明後日の方へ向けた。何かに探知したか首を向けた方へ、建物の屋根や屋上より高く飛び越えどんどん跳んで行く。そうして町外れの一角の廃墟と化している建物の前に辿り着き、躊躇なく中へ入るD達。
―――少しして廃墟から眩い光が漏れたり、打撃音も聞こえたりしたのちに音が止むと・・・・・人の形をした何かの足を引っ張りながら出てきたD達。石畳の地面に引き摺ってるソレは人間ではなかった。だが、それがDの求めていた人物だった。それを見てクロウ・クルワッハは首をかしげる気持ちで訊く。
「その者をどうするつもりだ?」
「こやつらの根城を行くつもりじゃ。故に尋問して吐かせる」
「なんだ、襲撃でも仕掛けるのか?」
「否、根城にいるとある者を探すためじゃよ」
クロウ・クルワッハの質問に九桜はこのまま田舎町の廃屋へ戻るつもりでDに付いて行きながら答える。
聞こえてる二人の話を耳にしながらオーフィスを肩に乗せたまま、常闇に支配された町中を歩く。
「・・・・・」
その最中、鉢合わせしてしまった。祭服を身に包む集団達と。その集団の中から途轍もない気配を感じ、目元を細めて臨戦態勢の構えをしたところでD達の前に出てきた。
その者は、しわくちゃの面貌だった。顔だけ見れば、七十過ぎの老人だろう。しかし、顔の下がそれを否定する。有り得ないほどに太い首、分厚い胸板、巨木の幹ほどはある両腕、Dの胴回りよりも幅があるだろう脚。何よりも背丈だ。二メートルはあるであろう身長と老人の表情が不釣り合いなほどに見事な若々しい肉体だった。
もう一人は黒髪の中年男性だった。腰に佩いている鞘に収まってる得物から聖なるオーラを感じ取り、彼等彼女等の格好を見る限り、昨夜の教会の戦士の同業者なのだろうと悟る。
「・・・・・ダヴィード・サッロを倒した者かね」
「・・・・・?」
誰の事?と素朴な疑問で首をかしげるDに「昨夜君が倒した祭服を着た男のことだ」と告げられてああ、あの人の事かと納得し首肯する。
「・・・・・ふむ」
「・・・・・」
白髪の巨漢の老人はDを品定めするかのような目つきで見つめる。次にオーフィス、九桜、クロウ・クルワッハの順に見つめ引き摺っているものも視界に入れてから口を開く。
「悪魔でも堕天使でも吸血鬼でもないなら人間でもない異質なオーラを纏い異様な力を発する。さて、君は何者で目的は何なのか教えてもらえるかね」
「・・・・・」
老人の問いにDは九桜に目配りして、その視線の意図を悟る九桜がDの代弁をする。
「単刀直入で言わせてもらえれば、妾等はそなたら教会の戦士と天界に敵対する意思はない。昨夜は向こうから問答無用で斬りかかってきた故に自己防衛をしたまでのことじゃ」
「君達のような存在が我々の管轄に報せもなくいられては警戒せずにはいられない。ましてや人間を仇なするものであったらなおさらだ」
「やれやれじゃ。こちらの話を聞かず一方的に斬りかかってくる者が一人おれば他の者も同じ思慮を持つのか」
「敵対をしない意思を示せばこちらとしても穏便に事が済ませれる」
「大人しく拘束されろと言うならば、すまぬができぬ。そなたらと付き合っている時間はないのじゃ」
「そうか。では・・・・・こちらの都合に付き合ってもらう手段を取るしかないようだ」
力強いプレッシャーを放つ巨漢の老人。避けれない戦いとなってしまった展開に、未だ気絶しているのかうんともすんとも言わぬものをオーフィスに逃げないよう見張ってもらいクロウ・クルワッハと並ぶ。
「くくく、お前と出会って早々に強者と戦うことになるとは。これは今後とも期待できるかもしれないな」
「ならばクロウ・クルワッハ。あの巨漢の老人の方を頼めれるか?」
「元よりそのつもりだ」
亜空間から聖なる剣を取り出し構えるDより先にクロウ・クルワッハは巨漢の老人の懐に飛び込み、攻撃を仕掛けた。一拍遅れてDも聖なるオーラを放つ武器を持つ男性へ―――魔法で構築した己を分裂させる他、自身の足元の影を広げながら黒い獣や人型、昆虫、異形などを『創造する』。
「・・・・・その力はっ」
「・・・・・」
一斉にそれらを教会の戦士達にけしかける。同時に聖なる剣を持つ男がフォローできないよう、何重も張った防壁魔法で閉じ込める。それをしたのは、Dの背中から生え出す三つ首のドラゴン。防壁魔法に対して斬りつける男性だったが、斬ることも貫くこともできず悪戦苦闘に強いられている様を見て嘲笑する。
『グックック、しばらくは出てこれまい』
『残念無念!』
『蹂躙される様を特と見よ!』
「三つ首のドラゴン・・・・・まさか邪龍アジ・ダハーカかっ!?」
『『『如何にも!蛸にも鮃にも!』』』
やっぱり、自分が知ってるアジ・ダハーカじゃないと心境なDは最も手強い相手を抑えてもらってるクロウ・クルワッハの戦いぶりを一瞥して、―――世界や力の均衡を崩す力を解放して天使のような金色の十二枚の翼を生やし、頭上に金色の輪っか背後に輪後光を背負う姿となりて、酷く動揺と狼狽する戦士達に向かって攻撃を仕掛ける。
―――それから一時間もせず乱戦状態だった戦場の一角は静寂を取り戻した。D達の姿はそこにおらず、満身創痍だったり血塗れだったりする教会の戦士達や、体力が尽きてその場に座り込む老戦士と一度も剣を交えず何もできず無力化された剣士の男性が悔しげに立ち尽くしていた。
「ストラーダ猊下・・・・・あの者は・・・・・」
「わからない。だが、これだけは断定できる。人間に敵意や害意がないとはいえ、存在自体が危うい。二体の邪龍、そして無限の龍神を集わせる・・・・・Dという男を主に報告せねば」
粛清・討伐の対象ではないが目を光らせ警戒するに値する存在として、教会はD達をそう認識するようになった頃。捕まえて捕虜にしたもの―――吸血鬼を尋問したD達は吸血鬼達がいる領域へ辿り着いていた。
「さて、目的の吸血鬼を探しに行こうかのD。そなたの探し人もとい探し吸血鬼を」
「・・・・・(コクリ)」
そこで吸血鬼の領域でひと騒動が起きたものの、起こした張本人達は露にも気にせず目的の吸血鬼を連れ攫って日本に帰国した。
「アザゼル、またDがとんでもない存在を連れて来たよ」
『今度は誰だ』
「『
『・・・・・ま、またあいつは・・・・・ッ!今度は最強の邪龍を蘇らせたというのかっ』
「いや、どうも今世紀まで人間界や冥界を行き来して見聞しながら修行をしていた話を聞いてきた。討伐も封印もされずにね」
『・・・・・それでも一体どこで出会って誘うんだって話だ』
「それともう一人、ハーフの吸血鬼も連れて来たが」
『は?吸血鬼?あいつヨーロッパに行ってたのか・・・・・?で、何で吸血鬼、しかもハーフなんかを?』
「さぁね。詳しくは知らないが九桜曰く『並行世界ではロンギヌスの所有者だった』そうだ」
『
・・・・・。・・・・・。・・・・・。
・・・・・。・・・・・。
・・・・・。
「初めまして、私はヴァレリー・ツェペシュです。Dに外の世界を見せてくれると遊びに来ました」
「私は邪龍『
と新たな入居者からの自己紹介を受け、鳶雄達も自己紹介をして交流を深める。
「へぇー、吸血鬼って初めて見た!とっても綺麗な顔や目鼻立ちね。私は皆川夏梅。よろしくね。あ、人間の血を吸っちゃったりする?」
「はい、よろしくお願いします。私はハーフなので血は飲みません。吸血鬼の血も流れているので飲めますけれど」
「アルビオンか。まだまだ力がなく幼いようだが・・・・・戦うか?」
「かの最強の邪龍と戦えるなら本望だよ」
砂色の色合いが強いブロンドを一本に束ねた少女。あまり派手さのないドレスに身を包み、優しそうな微笑みで夏梅と会話を交わし、クロウ・クルワッハとヴァーリは好戦的な話をしていた様子をDはジィーと鳶雄の隣にいる少女を鎧を纏った状態で見ていた。
「えっと、D。紗枝に何か・・・・・?」
「碌に自己紹介もされておらん者を、誰じゃと思っておるようじゃ」
九桜の指摘を受けて鳶雄は少女の自己紹介を買って出た。
「彼女は俺の幼馴染の東城紗枝だよ。紗枝、この人はD。俺達のもう一人の仲間で、この子狐はDの独立具現型
「よ、よろしくね」
「・・・・・(コクリ)」
「よろしくなのじゃ」
『虚蝉機関』との戦いから十日後―――、彼等は再びマンションに集結していた。Dを含め鳶雄、夏梅、鮫島、ラヴィニア、ヴァーリ、そして―――東城紗枝というメンツだった。
「記憶を残してもらうなんて・・・・・普通に過ごす方向でも良かったのに。辛くない?」
そう言う夏梅の友人に鮫島の友人、鳶雄の友人には、彼等の願いもあって一連の事件の記憶を封じた。Dが知らない旅行事件の件もうまく捏造した記憶になっているそうだ。セイクリッド・ギアを有した者たち以外で事件の真相を知り得ている学生は、東城紗枝のみとなる。
「ううん。だって、刃ちゃんはかわいいもの」
「刃?」
「幾瀬くんの狗の名前よ」
紗枝の頬を大型犬と化した黒い犬―――狗こと刃がぺろぺろとなめる。大きく変化した刃は、鳶雄よりも紗枝の方に懐いているのではないかと錯覚するほど彼女に甘えていた。変化した刃とは裏腹に夏梅のセイクリッド・ギア―――グリフォンと鮫島のセイクリッド・ギアと思しきサーベルタイガーのようだった巨大な獣は、今では鷹と小さな白い猫の姿になっていた。いや、戻っていたと言うべきだろう。おそらく、そちらのほうが日常生活を送る上で適切なのだろうと『総督』―――アザゼルが語っていたらしい。鮫島が夏梅の格好を見て、苦笑していた。
「しかし、何とも言えねぇ格好だよな」
夏梅が着ているのは、アザゼルの組織―――グリゴリから支給された制服だった。青を基調としており、一般的な高校生が着る制服よりも少々逸脱したデザインだ。学校の制服というよりは・・・・・漫画やアニメでよくある中高生ぐらいの少年少女が所属する特殊対策的な組織、機関の制服めいていた。一見、コスプレにしか見えない。
「しょうがないじゃない。総督の用意した学校に行くなら、これを着ろっていうんだし」
自身の格好を見ながら、そう言う夏梅。それを聞いた鮫島は一転してうんざり気な表情となっていた。
「・・・・・マジか、例の学校もどきの制服ってこんなんなのか」
この世界の裏側―――異能、異形の世界に触れてしまった鳶雄たちは以前の生活に戻れるはずがない。現在世話になっているアザゼルの組織―――『
新たな生活を予感させながらも、一同は部屋に集う。その部屋の中央に座るラヴィニアが、ここに集わせた理由を改めて口にする。
「Dもタイミングよく帰ってきてくれてよかったのです。集まってもらったのは他でもないのです。あらためて私が皆さんに協力した理由を話させてもらうのですよ」
それは、ラヴィニアがどうして『四凶計画』を発動した『虚蝉機関』に関与したかという理由であった。Dが知らないその理由をラヴィニアは語る。
「大昔のことです。私が所属する魔法使いの教会で、勢力が大きく分断される出来事があったのです。ひとつは、その地に留まり、運営を変えることなく今にあります。私も所属している『
ラヴィニアは一冊の本を取り出した。それは―――絵本だった。おそらく、この場にいる全員が一度は目にしたことがあるであろう本―――。
「その本は?」
ラヴィニアは絵本を手に取りながら話を続ける。
「この本の登場が、彼等の作った世界の実在を証明してしまったのですよ。作者が偶然知り得たその世界こそが、彼等が『次元の狭間』に作った領域だったのです」
ラヴィニアははっきりと口にしていく。
「その魔法使いとは―――『オズの魔法使い』なのです」
―――っ。
・・・・・流石にこの情報は全員にとって突拍子もないものだった。Dやヴァーリだけは一切動じずに受け入れている。ラヴィニアは続けた。
「私―――『
オズ―――。
それにグリゴリの裏切り者―――『サタナエル』。
残る『四凶』の者達の動向も気になるなかで、Dと鳶雄達に迫るのは予想だにしない世界からの訪問者だった。