その日、唐突にアザゼルから連絡が届いた。実寸大コースでウマ娘と走っている最中にだ。
『D、お前に聞きたいことがある』
「・・・・・なに」
『リアスの眷属の「戦車」塔城小猫についてだ。平行世界のもう一人の小猫はどんな暮らしをしていた?』
何でそんなこと聞くのかとアザゼルに訝しむ。
「・・・・・姉、仲良好、子宝恵まれてる」
『そうか。平行世界の小猫の姉と幸せに暮らしてるのか』
「・・・・・話し終わり?」
『ああ、知りたかったことが判った。問題が起きてしまったから念のためにな』
塔城小猫と姉の黒歌の問題で間違いないだろう。冥界で姉妹の問題が発生してしまいリアスたちは・・・・・。
「・・・・・そう」
『気にもしないってか?』
「・・・・・関係ない」
アザゼルとの通信を絶つトレーナーはコースを一周回り終え、計ってもらっていたタイムを見る。
「・・・・・走れてる」
「つ、疲れますけどねっ・・・・・ところで、誰と話をしてたんですかトレーナーさんは」
「・・・・・いつまでも結婚しない堕天使」
「独身の堕天使ってだけわかりましたよ」
堕天使の知り合いと言えば一人しかいない。その堕天使と何やら子宝の単語が出てきたのは何でなのか気になるところのナイスネイチャだ。トレーナーは余計な問題で自分の邪魔にならないことを面倒臭げに思う。
「・・・・・次、メジロマックイーン」
「かしこまりましたわ」
一人ひとり、並走を繰り返しトレーナーとウマ娘と共にコースを駆け抜けていく。そんなチームシリウスの光景が繰り返したその日・・・・・。
「いっくーん!! 鍋を返しに来たよー!!」
悠璃と楼羅がトレセン学園にやってきて、ウマ娘たちを震撼させた。しかし、二人だけではなかった。
「ここがこれから通う私たちの学校か~」
「学校生活ってどんな感じなのかな? 楽しみだね」
誠輝の妹にあたる双子の姉妹までいたことに顔をしかめるトレーナー。何でここにいるんだと歓迎していない表情をするトレーナーにウマ娘たちも察する。見知らぬあの二人は兵藤家の人間なんだと。
「Dさん、お忙しいところすみません。早い方が良いとお母さまからの指示で返しに参りました。あとビーフシチュー、とても美味しかったと伝言をあずかってます。またDさんの手料理を食べたいとお父さまからも」
「お返しにこれ、ドラゴンアップルパイだって!」
鍋の中に入れてきたアップルパイが蓋を取れば詰まっていて、早速手を伸ばして食べるトレーナーはショタ天使になったことでウマ娘たちは反応した。
「久し振りの可愛いトレーナーだね!」
「はぅ・・・・・お兄さま可愛い」
「微笑ましいです」
「え、なにこのいっくん。ちょー可愛い!!」
「狐ではなく天使に? 林檎の種類によって姿が変わるのですか?」
モキュモキュと幸せに食べるトレーナーを見て癒される少女たち。外では日差しが強く暑苦しいので学園の食堂へと一先ず向かった。その際、素早くシンボリルドルフがトレーナーを抱えるので、出遅れた面々は非常に残念がる。
「うわぁ・・・ここが食堂? 凄いオシャレだね」
「ここはウマ娘達の食堂だから、一般の学生の食堂とはまた別だよ」
「いいなぁ・・・私もここで食べてみたいな~」
聖華と香織が感嘆と羨望している間、楼羅は疑問をぶつけられてた。
「皇女殿下。あの二人は?」
「楼羅と呼んでいいですよ。皇女と呼ばれるほど偉人でもありませんし、なにより今の今まで質の悪いモラルの欠けた兵藤の者達の愚行で、この学園内では悪評判で持ち切りでしょうから」
否定できない言葉を言われて面と向かってハッキリと肯定し辛い相手から、気になることを教えてくれた。
「彼女達は兵藤聖香、兵藤香織。Dさんの実の妹たちです」
『妹ッ!?』
兄だけではなかったのか!? 何人かトレーナーに振り向くもドラゴンアップルパイを夢中で食べる幸せな顔を浮かべて、こっちの話を聞こえていない様子だった。
「Dさんも初めて知った事実です」
「トレーナーが認知していなかった存在だったということか」
「ええ、そして彼女たちは近い内にこの学園に通うことになっております。兵藤家当主の親類と言う事実を明かさず、一般の学生として」
「ここに来たのは下見と?」
それもあります。と返す言葉で肯定する。
「もう一人の兄である彼と会話を望んでます」
満足、一息ついて元の大きさに戻るトレーナーをすかさず聖華と香織が問いかけた。
「お互い他にも兄弟姉妹いるとは思いもしなかったでしょうね。私は聖華」
「私は香織。よろしくね兄さん」
「・・・・・お爺ちゃん、聞いてない?」
「うん? 何を?」
何も知らない様子の二人に感情が宿ってない声音で言った。
「・・・・・一部の者以外、兵藤家絶縁。兵藤家嫌悪の対象。お前たちも同類」
「なっ!?」
「私たちまで絶縁と嫌悪の対象? 初めて会った家族に何でそんなことを言うの!」
「・・・・・兵藤家だから」
そう断言されても納得いかない二人はトレーナーに対して「あなたも兵藤家でしょう!」と食って掛かった。
「・・・・・弱者、兵藤家、不要。俺は昔、一度死んだ存在。兵藤家じゃない」
「訳の分からないことを言わないでくれる?」
「一度死んだからって兵藤家の人間じゃなくなるわけでもないでしょう?」
既に人間ではないことを知らない者たちに、その場で人の姿から異形の姿に変貌する様を見せつける。
「「―――ッ!?」」
「・・・・・人間、辞めた、転生、人型のドラゴン」
緊張した面持ちで息を呑む聖華と香織。間近で人間の姿ではなくなったところを始めてみたウマ娘たち。
「・・・・・家族面、関わるな。兄弟を見捨てる家族、こっちから捨てる」
「・・・納得できた。頑なに教えようとしないあの兄があなたに何をしたのかをね。でもねぇ・・・・・」
「私たちまで同類されちゃ黙っていられないよ!」
風評被害を被った二人は手を出した。ドラゴンに変身したトレーナーの顎の下から打ち上げた拳は・・・・・。
「・・・・・攻撃的、性欲の獣の兵藤家、同類」
平然とするトレーナーの黒く染まった顎で受け止められて、逆に殴った二人がひどく手を痛めた。
「いっ~~~!?」
「たぁ~~~っ!?」
涙目で拳を抱えて痛みに震える。そんな二人を見ながらもとの姿に戻るトレーナー。
「いっくん。この二人が直接いっくんに虐めたんじゃないし、何も関わってもないから絶縁はしないであげて? 一方的にそんなこと言われると理不尽だし、いっくんも嫌な理不尽は嫌でしょ」
「・・・・・ごめんなさい」
「「素直っ!?」」
トレーナーにとって心が壊れた原因とは兵藤家と誠と一香、誠輝だ。自身に直接関わっていなくても兵藤家の人間なら無条件で嫌悪の対象なのだが、悠璃の一理ある言葉に納得するしかなかった。
「二人もDさんのこと悪く思わないでください。彼は兵藤家を嫌悪する理由がありますから」
「兵藤家が彼に一体何をしたというのよ」
「一度しか接点なかった私たちまで毛嫌いするぐらいの理由を知りたいな」
疑問を抱く二人は当然の要求。トレーナーに教えてもよいかと目で乞う楼羅の気持ちを酌んで一堂に集まっている全員の足元に魔方陣を展開した。
「・・・・・論より証拠、見せる」
何を―――と思う皆の視界が真っ白に染まり、気付いた時は食堂ではなく違う場所に佇んでいた。見覚えのない景色と建物に当惑するが、二人だけは見覚えがある風景だった。
「ここ・・・消滅する前の兵藤家の本邸だ」
「ということはDさんの記憶の中?」
それが事実であると風に聞こえてくる声がする方からウマ耳が拾い、皆で向かうと―――。
「・・・ぇ」
瘦せこけた小さな子供を他の子供たちが複数人で殴る蹴るの暴行を加えていた。その近くに止めるべき大人たちがいるものの、止めないどころか呆れた顔で見なかったことにするのか立ち去ったのだ。
「ちょっと! イジメは駄目だよ!?」
「お止めなさい!」
駆け寄ろうとするトウカイテイオーとメジロマックイーンだったが、トレーナーに肩を掴まれた。
「・・・・・無駄、介入、不可」
「トレーナーの記憶だからか?」
「・・・・・肯定」
シンボリルドルフの指摘で、見ていることしかできない歯痒い思いをしなくてはならないのだと悟り、イジメる子供たちの気が済むまで暴力は止まらない様に悠璃と楼羅が吐露した。
「私たちがまだ知らなかったところで、いっくん・・・あんな風に虐められていたんだ」
「それもあんな頃から身体がやせ細っていたなんて・・・・・」
「え、あの子がトレーナーさん!?」
ウマ娘たちにとって瞠目するほどの事実。次いで暴力行為をしているところに数人の少女達と一緒にいる少年も近付いて来て、虐めを受けてる子供に弱者として嘲笑、侮蔑、差別の言葉を送って見下し―――こんな弟を持つ兄は大変だろうと少女たちが少年に媚びを売る。
「・・・・・痛いよ、兄ちゃん、助けて・・・・・」
「・・・・・俺に雑魚の弟なんていねぇよ」
―――ッ
兄に拒絶された子供は怒りも悲しみも、泣きもせず瞳から生気の光が消失して助けもせずどこかに去ってしまう兄を黒い瞳がジッと見つめる子供にまた暴力が振るわれる。そして目の前の光景が変化して鉄格子の奥に倒れている子供の様子の場面に切り替わった。
「・・・・・あれから数日後の記憶」
「牢屋・・・? ここで、暗い場所で閉じ込められてるの?」
「・・・・・弱者の存在、他の者たち、悪影響、ここで暮らしていた。食事、一日一食、腐った硬いパン、水」
「ひど、すぎる・・・・・」
牢屋の中でも子供たちが暴行を加えに来る始末なので安全な場所はない。その上、食事すら与えられなくなってから子供の身体が見る見るうちに、ミイラのように骨と皮の状態でハエに卵を産みつけられて蛆が湧いた。
「トレーナーが躊躇なく兵藤たちを言い方を良くすれば鉄拳制裁、悪く言えば暴虐をする理由がこれから始まったのだな」
「・・・・・殺すなら、殺してほしかった、死んで楽になりたかった、気持ち、覚えている」
「「・・・・・」」
だが、最終的にトレーナーはもはや虫の息、死に体であると判断されて秘密裏に処理しようとする大人の者たちによって、袋の中に入れられ外へ運び出そうとするその途中・・・出くわした当主の側近に保護されて命を取り留めた。
「ここから私と悠璃がDさんと交流をするようになりました」
「パンしか食べないいっくんはさらに数日何も食べなかったよ」
「・・・・・カビの生えたパン、主な食事。腐ったパン貰えなかった、食べなかった」
あの時の気持ちを明かしたトレーナーに心が痛む悠璃と楼羅。神の秘薬で身体は復活したが心までは癒せなかった。人形のように自らの意思では絶対に動かず、外が見えるところでは一日中空を見上げた。
「Dさん、空を見上げていた時は何を思っていました?」
「・・・・・何もない」
また場面が切り替わり、子供がまたしても集団で暴力を受けていた。だが、今回は度が過ぎた虐めだ。子供が持つにはまだ早すぎる一人の子供が親にバレないよう持ち出した日本刀。別の子供が刀を手に取って構え二人の子供に捕まえられた子供に斬りつけたのだ。
そしてこの瞬間―――トレーナーから闇の力が解放され、己を傷つける者すべてに攻撃を加えて取り押さえようとする大人たちを逆に鎖で拘束し、本来の目的をしようとする子供を押さない悠璃と楼羅が危険を顧みずに止めに入った。負傷者は被害者のトレーナーだけという皮肉な結果に終わった。
「・・・・・これが理由」
いつの間にかトレセン学園の食堂の中に佇んでいた。映画館で観賞する意味とは違う、トレーナーの記憶を見せられてしばらく唖然とするウマ娘たちと聖華と香織。
「・・・お父さんとお母さんは?」
「・・・・・仕事、海外」
「それじゃあ、兄さんが虐められていたことを気付くはずもないね」
そう思ってもトレーナーは許せなくなった。父親の甘すぎるあの発言に。自分がどれだけ兵藤家の中で苦痛な思いで過ごしていたのか知っていようがいまいが、また一緒に住もうなどと・・・・・!
「・・・私も同じ目に遭ったら、死んでるでしょうね。恨み憎んでも仕方がない環境の中で生きるぐらいなら死んで楽になりたいって思うぐらいに」
「誠輝兄さんが絶対に教えてくれなかった、兄さんと関りを持つなって言った意味も納得できてすっきりした。同時に、私も兵藤家と誠輝兄さんに対して印象が変わっちゃった」
「私もよ。今の誠輝兄さんと兵藤家は昔と変わっていないなら、兵藤家と名乗る方が恥だわ」
「その気持ち、心から同意するよ」
「ええ、私もです。因みに兵藤家の若い方々はこの学園内で性的な犯罪を繰り返しているそうですよ。その度にDさん自ら粛清しています」
はぁっ!? と信じられない風に声をあげる聖華と香織。
「私たち、そんな学園に通わされるの!?」
「その人たちと一緒に学校生活をするなんて嫌だ!!」
当然の反応であった。だが、それは杞憂でもある。
「大丈夫だよ! トレーナーはこの学園じゃあ『兵藤家の天敵』『千里眼の警備員』『女子寮の守護者』なんて渾名が付くほど、兵藤の人たちを蹂躙しちゃって今じゃすっかり大人しくなっているからさ!」
「何より、トレーナーさんは兵藤源氏殿と繋がりを得ている状態だ。最強の後ろ盾がいる以上、在学中の兵藤家の者たちを学園から追放してくれるやもしれない」
もう追放されていることをトレーナー以外誰も知らない。
「じゃあ、問題ないってこと?」
「・・・・・学園内、肯定。学園外、別」
「ああ・・・卒業した兵藤家の人たちまで手が回らないのね」
そういうこと。首肯するトレーナーに辟易の顔を浮かべる香織。
「兵藤家の権力って末端の人たちにでも付き纏ってるのが厄介なんだよね」
「逆に追放しようとすれば、野に獣を放つようなもの。扱いに困っているかもしれません」
「・・・・・天皇家、無能家」
「辛辣ね」
「でも、強く否定できないね」
目の上のたん瘤もいいところの兵藤家に溜息を吐く五人。兵藤家に悩まされる彼等彼女等に置いてけぼりがちなウマ娘達は会話にすら入れなかった。
「だけど、死んだ経緯は? ドラゴンに転生した経緯もまだ教えてもらってないわ」
「・・・・・全て、教える気ない」
「いっくんには簡単に教えられない秘密があるからね。私たちでも教えてもらうのに時間はかかったよ」
「ですが、気になるからという理由ならば・・・Dさんの秘密を安易に語ることなどできません。Dさんの過去はトラウマそのものでありますから、お父さまたちからも教えてもらうのも簡単ではないと思います」
「トラウマ・・・だったら、聞かない方がいいね」
二人は納得してくれたのでこれ以上の追及はしないでくれた。一般の学生が通う校舎と教室の方へ改めて案内することで、望みを満足した二人が悠璃と楼羅と兵藤邸へ帰って行った。
「トレーナーさん」
サイレンススズカに呼ばれ振り返る。
「今夜から不慣れですけど私の手料理を食べてもらえませんか」
「・・・・・なぜ?」
「トレーナーさんは絶対幸せになるべきヒトだからです」
「そのとおりだ。トレーナーさんの過去の記憶を見た以上、あなたは幸せでなければならない」
シンボリルドルフもそう言うが彼女だけでなかった。他のウマ娘たちも二人の気持ちと同じだという目をしていて、トレーナーの眉根を顰めさせた。
「・・・・・あの程度、世界中の子供、類似、数多」
「それは・・・・・」
「・・・・・俺自身、特別じゃない。ありふれた虐め」
「でも、殺されかける虐めなんて・・・!」
「・・・・・話し、終わり」
トレーナーからの向けられる眼差しは有無を言わさない強さが宿っていた。ウマ娘たちは納得していないものの、トレーナーと言い合いをしても平行線になるだけだと察し話を打ち切るしかなかった。
なのだが・・・・・。
寮長室で食材を持ち込んできたサイレンススズカが本気だったことは、料理を作る後ろ姿から窺えたのであった。しかも料理ができるシンボリルドルフたちまでもトレーナーに手料理を振る舞いに寮長室に訪れるようになった。
とある一家の夕餉中。
「ああ、兄さん。もう一人の兄と会って来たわ」
「その昔、兄さんが虐められていた自分の弟を見捨てたことを教えてもらったよ」
「・・・・・」
「一言も謝らないでいるのは兄としてどうなのかしら。ねぇ、お父さん?」
「・・・・・誠輝も謝るタイミングがある。学校に通えば否が応でも会う機会はあるはずだ」
「それっていつになることやら」
「どこかの誰かのせいで、初対面の私達に向かって絶縁と嫌悪の対象だって言われたからね。もう一人の兄さんの過去の記憶を見て、納得しちゃったし兵藤家って実は危ない家なんだって初めて知ったよ」
「学園も通っている兵藤家の男子が女子生徒にレイプをしているなんて聞かされてゾッとしたわね」
「今はD兄さんがそいつらを蹂躙しまくったからすっかり牙を抜かれた獣のように大人しくなっているようだけど、それでもそんなことがあった学園に通わされるなんて知らなかったよお爺ちゃん」
「・・・・・」
「というか、D兄さんがあの学園になかったら被害者は続出していたでしょうね」
「何も対処しない天皇家は無能家だとD兄さんが言うのも仕方がないよね」
その日の一家の男子は肩身の狭い話をされて、食事の場は葬式のような静寂に包まれた。