そこは―――暗黒だった。光が一切なく、音すらも聞こえてこない混じりけのない漆黒―――。目を開いているはずなのに闇しかなく、耳を澄ましているはずなのに僅かな音すら聞こえてこない。指を動かして何かに触れたもっと触れてみると柔らかいが冷たい何かだった。それが何なのか手探りして確かめるとピチャリと水のような液体に触れた。闇しか映らない視界に確かめようがないところで、不意に視界が晴れて―――血塗れの幼い少女の死体がドアップで映りだし彼は、酷く衝撃に駆られた。そして変わり果てた幼女の姿をよく知ってる彼は・・・・・絶望して啼いた。
―――朝。
「―――、―――?―――ッ!」
目を覚ました時、Dは尋常じゃない量の寝汗をかいていた。上半身だけを起こし、呼吸が荒く、動悸も激しい。体全体が震えているのが分かる。―――頬に伝わる涙を流していることも。部屋の中心でお気に入りの布を籠の中に入れて丸くなって寝ている九桜はDの状態に気付かず寝ていたままだ。
―――久々に見たな、嫌な夢を・・・・・。
例えようのない幻影のような悪夢。もはやトラウマのレベルだと過言ではない。手で顔を覆いながら胸の鼓動が正常に戻るまで呼吸を繰り返し、全身のダルけさにも襲われまた横になろうとした時だった。
「・・・・・D、大丈夫?」
「―――――」
思考が停止し掛けた。瞳が固まり恐る恐ると隣に振り向くと、心配そうに見つめてくる艶めかしい白シャツの少女がいては別の意味で瞠目する。いつもはアップにしている髪をおろしているせいか、新鮮さが感じるが今はそれを感じる暇はない。
「凄い汗よ?嫌な夢でも見たの・・・・・?」
「・・・・・」
「ちょっと、黙ってないでって・・・・・ああ、九桜ちゃんが寝てるから言えないか」
いつもDの代わりに代弁している九桜はいま熟睡中だ。なので起こすのは忍びないと一方的な会話になってしまうが、鎧で全身を隠しているDの生の姿をマジマジと夏梅は観察するような眼差しで視線を動かす。
「・・・・・」
その最中、表情が固まった様子の夏梅。Dの下着姿と自分の置かれている立場を比べている。徐々に彼女の顔が赤くなっていく。突然、タオルケットを抱きしめ、顔を半分隠してしまった。ちらりちらりとDの方を見てきては、気恥ずかしそうにタオルケットで顔を隠す。そんな夏梅の反応にDは怪訝な眼差しで見つめる。
「寝込み、襲ったんだね・・・・・」
夏梅は少し残念そうな苦笑を漏らす。・・・・・何を寝ぼけたことを言っているんだこの女の子は。
「ううん。私はDを責めないよ。年頃だもんね。男の子って、そういうのガマンできないときがあるって聞いたことがあるし・・・・・」
「・・・・・」
この娘は、完璧に勘違いなさっておられる・・・・・。いや、どうでもいいことだ。時計を見る限りまだ早朝なので、魔法で自分の分身体を作り朝食を作らせに行かせるとDは勘違い娘に手を伸ばし押し倒す。
「え、あ、ま、まだしちゃうの・・・・・?そっか、しちゃうんだね・・・・・いいよ。寝込み襲われてわからなかったから今度は・・・・・ね」
「・・・・・」
・・・・・。・・・・・。・・・・・。
・・・・・。・・・・・。
・・・・・。
その日の朝食はおかしな感じだった。誰が入ってもいいマンションの空き部屋にて、顔を紅潮させている皆川夏梅に怪訝や不思議そうに鳶雄達の視線が向き、夏梅の視線の先が口だけ露出しているDにも視線が向けられ二人の間に何があったのかと思わず交互に見比べ首をかしげるそんな朝を迎えた。二人の体面に座る鮫島の膝の上には、先に食事を済ませた白い猫が丸まって寝ている。彼の猫、白砂だ。スープを静かに飲むラヴィニアと―――食パンにソース、マヨネーズ、ケチャップをマシマシのハムエッグを挟んで頬張っているヴァーリ。休日の朝のためか、Dを除いて皆は部屋着だった。鳶雄はTシャツで下が短パン、夏梅はキャミソールとホットパンツ、鮫島も鳶雄と同じく短パンだが、上はタンクトップだ。髪をおろしていた夏梅もすっかり普段のアップ姿である。鮫島曰、「鳥みてぇな頭」だそうだ。「鳥頭って言いたいの!?」と彼女は激怒していたが・・・・・。
ラヴィニアは普段着で、ヴァーリはTシャツに短パン、首にはマフラーという同じくいつもの出で立ちだった。ラヴィニアとヴァーリに限っては、普段から同じような格好で過ごしている。同様の衣服をいくつもストックしているのだろう。二人に比べ黒いゴシックロリータの衣服姿のオーフィスと黒いコートに身を包んだクロウ・クルワッハとドレス姿のヴァレリーは着の身着のままなので着替える服がない。そんな九人の間に妙な沈黙が続く。カチャカチャとスプーンやフォークが当たる音がやけに大きく聞こえた。この空気に耐え切れなくなったのか、鮫島はこめかみをひくつかせながら口を開く。
「Dと皆川、お前らの間で何かしたのかよ?」
「な、何でもないわよっ!?何もしていないわよ!?」
「いや、そこまではっきりと全否定されちゃ逆に何かした感がありありなんだが?Dに関しては九桜が寝ていたみたいだから何も知らねぇし」
顔を真っ赤にして全力で否定する様は、何かあったに違いないと誤解を招く結果にならない。仕舞には彼女恥ずかしそうに顔を両手で覆い「もうお嫁に行けない!」と言う始末だから益々誤解を招かせる。
「ふむ、妾が寝ている間に何をしていたのかわからぬが皆川夏梅よ。嫁に行けぬならDに責任を取って貰い婚姻を結べばよかろう?Dは優良物件じゃからそなたを幸せにし満足させてくれるはずじゃ」
「そ、そーいう問題じゃないわよっ!?」
「なんじゃ、Dのどこが不満かえ。妾は理解できぬのぉ・・・・・」
「不満とか責任を取るとかの問題じゃないの!気持ちの問題なの!に、二度も私の裸を―――!」
もう地雷を踏んでいることに気付かない夏梅に声を掛ける言葉が見つからない。
「・・・・・D、ヤっちまったか?」
「・・・・・」
「え、マジで?じゃあどうだったのか―――」
「何勝手に自己完結しようとしているんだあんたはァーッ!?」
ドガッ!と、テーブルに身を乗り出した夏梅のチョップが、鮫島の頭部に直下した。チョップを食らった頭を押さえる鮫島と、頭を抱えて唸る夏梅。
「ふふ、賑やかね。こんな楽しい食事は初めて」
「お前はマイペースだな」
「バナナ、美味し」
「・・・・・ふふ」
そんなこんなな朝食をするようになってから―――例の事件―――『虚蝉機関』との戦いから二か月ほど過ぎていた。。事件に巻き込まれた鳶雄、紗枝、夏梅、鮫島の四人は、すべてが終わったあと、再びこのマンションに集い、新たな生活をスタートさせている。この国の闇、そして異能、異形たちの世界に触れてしまった鳶雄たちは元の世界に戻れるはずもない。彼らが現状世話になっている組織―――『
このマンション自体が、その施設のの生徒の学生寮でもある。鳶雄たちは、まだ自分達以外の住人を見ていなかった。しかし、共同フロアの使い方からして、どうにも自分達以外の者達も住んでいるようなのである。。事前に訊かされている話では、鳶雄たちは『バラキエル教室』というクラスに入ることになっていた。
「・・・・・やっぱり、この服、ちょっと特殊だよね」
そういう紗枝が着ているのは―――グリゴリから支給されたネフィリムの制服である。紗枝だけじゃなく、鳶雄、夏梅、鮫島にネフィリムの制服を着こんでいた。これがなかなかにデザイン的な制服である。
青を基調としているのだが・・・・・それよりも鳶雄たちが気になったのは、少々逸脱したデザインだ。学校の制服というより、漫画やアニメなので中高生ぐらいの少年少女が所属する特殊対策的な組織、機関の制服めいていた。一見、コスプレにしか見えない。これには夏梅もその場で立ち上がって、スカートの裾を持つ。
「ちょっと、スカート短めだよね」
鮫島も制服の襟ぐりに指を入れて、ダルそうにしていた。
「ったく、普段着はダメっつーからな。堅苦しいことこの上ないぜ」
全員、思うところはあるようだった。しかし、そのネフィリムの『教室』とやらで、学生らしい一般的な勉強はできる―――教えてくれるとのことだった。普通の学生だった鳶雄たちにとってはありがたいことだ。普通の人間らしい生活を奪われても、普通の人間と同じ教養は得たい。同い年のこと頭の差で平均値を下げたくなかった。しかし、教えてくれるのはそれだけではない。―――セイクリッド・ギアの本格的な使い方及び異能力者、異形のモノとの戦い方も学べるとのことだ。異形の力を得てしまった以上、それは無視できない。使いこなさなければ、今のこの生活さえも壊れてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。あれだけの体験をしてようやく手にした平穏なのだから―――。
「・・・・・」
・・・・・ふいにDが銀髪の少女に目を向け、ジィーと見つめだした。
その意味は・・・・・。
「アザゼル、久しい」
「堕天使の長か」
全員の視線が一点に集まる。何時の間にか、部屋の冷蔵庫を勝手に開けるスーツ姿の男性、アザゼルが入り込んでいた。高そうなスーツを着崩した格好だ。アザゼルは、冷蔵庫の中に入っていた炭酸飲料のペットボトルを取り出して蓋を開け、呷りだす。テーブルの空いている席に座り、全員を見渡した。
「よー、若人諸君」
「アザゼル総督!」
夏梅がグリゴリ総督である―――アザゼルの登場に驚いていた。突然の登場だったので、夏梅だけでなく、鳶雄も紗枝も鮫島も驚いていた。ヴァーリとラヴィニア、オーフィスとクロウ・クルワッハは、気配なく現れたアザゼルを平然と受け止めているようだが・・・・・誰だろう?と不思議そうに首を傾げてるヴァレリーの反応は鳶雄たち側であった。アザゼルが鳶雄たちに訊いてくる。
「塩梅はどうだ?おっと、俺はパン二枚でよろしく頼む、東城紗枝」
紗枝にパンを頼むアザゼル。紗枝もついつい「は、はい」と答えて、トースターにパンを二枚入れていく。ヴァーリがアザゼルに問う。
「わざわざ食卓にまで顔を出すって事は、何か用事があるってことか?」
アザゼルは炭酸飲料を呷り、こう言う。
「まあ、それもあるし、単にキミたち―――他人行儀もなんだな。『お前たち』でいいか。お前達とスキンシップを取りたいって面もある。ほら、今日は転入の日だろう?ま、その施設を取り仕切っている立場なんでな。転入生とこういう朝の交流もいいだろう?」
フレンドリーに接してくるアザゼル。
「―――ブレイザー・シャイニング」
「そういうスキンシップはお断りだからな?」
九桜の唐突な発言を遮って額に青筋を浮かべ、笑ってない目で笑うアザゼルを鳶雄たちは目を白黒する。気を取り直すアザゼルの目線はDとヴァレリーに向く。
「―――Dとヴァレリーに話がある」
「・・・・・」
「なんでしょうか?」
「単刀直入に言うが、お前さん等も『バラキエル教室』に入らないか?」
『
「総督よ。なぜ今になってDにもその話をする?行かずとも協力はするというのに」
「一番の目的はお前らのことを目から離していたら何仕出かすか分かったもんじゃない。だから目の届く場所にいてもらいたい」
「妾等の勝手じゃ。Dは束縛されることは好まぬ」
我が子を想う母親のように九桜がそう口にするも「決めるのはお前じゃない、Dだ」と言い返すアザゼルは、展開する小さな魔方陣から出てくるものを取り出してDに見せつける。
「Dよ。これを食いたくないか」
「・・・・・」
それは皿に盛られた―――アップルパイだった。それをひとつDへ放り投げると、キャッチして凝視し始めたDは口を開けて噛みつくように齧った瞬間。鎧の姿が解除された上、瞬く間に十年前(この世界では数年前)の小さな子供、オーフィス並みの身体になっては九つの狐の尾を生やし、頭から出てくる狐の耳―――妖狐の姿となり、一心不乱に食べるそんなDに。
「え、えええええええっ!?D、子供になった!?」
「嘘、やー!食べてるところが超可愛いんだけれど!」
「は?あの鎧の中身がこんなちっせぇ子供だったのか?」
「可愛いのです」
「・・・・・」
「え、えっと・・・・・?」
美味しそうに頬張るDの姿に魅了、驚愕、呆然の反応を顔に出す鳶雄たち。そんな彼らを気にもせず食べきると、椅子から降りてトコトコとアザゼルのところへ近寄り物欲しそうにジーと見上げるDに好物を見せつける意地悪くいやらしいグリゴリの総督。
「ほれ、D。これがもっと欲しくば鳶雄たちと一緒に通うことを受け入れろ。高級なリンゴをで作ったアップルパイだ、美味しいぞー?」
「・・・・・」
無言で両手を伸ばしてほしい、ちょうだいと強請るDにいたずら小僧のような笑みを全開でして菓子パンを餌に釣ろうとする。ちょっとした悪戯心も芽生えたアザゼルは、立ち上がってアップルパイを見せつけながら移動すると、トコトコとそれを追いかけるD。
「「「~~~~~っ」」」
当惑していた紗枝も何時しかDの行動がアヒルの親子的なのと連想して、体が悶えるぐらい可愛いと認識するようになった。そうさせているアザゼルは一分ぐらい経っても「あ、この止め時が分からなくなった」と何気に自身も楽しんでいたことに気付いた頃。ぬっと黒い大きな狗、刃が動き出した。
「・・・・・」
そしてパクリとDの目の前で横からアップルパイをアザゼルの手から奪い取り、皆が見ている前でぺろりと食べて平らげた。
「じ、刃!?」
まさかの刃の行動に目が飛び出そうなぐらい驚く鳶雄。まだお腹が空いていたのかと思う程で横取りした刃に、時が停止したかのように動きを止めるD。
「・・・・・」
意気消沈、いや、顔から感情の色が消え失せるほど絶望した暗い顔になったDの狐耳が、ぺたんと前に折れて力なく床に垂れる尻尾がDの心情を表していた。
「・・・・・あー、九桜?」
「ショックを受けておる。しかも拗ねてしまったの」
「マジか・・・・・」
Dと一心同体の九桜だからこそわかるDの気持ちをそのまま伝える。実際膝を抱えて座り顔を伏せるので本当に拗ねているのだと鳶雄たちも認識した。
「どうすれば気持ちが治る?」
「妾も初めて故何とも言えん。しばらく放置するしかないやもしれん」
こてんと横になっていじけるDを夏梅やラヴィニアが宥め始める光景を見ながら、どうすっかなーこれ、と頭を悩ませるアザゼル。結局、いじけたDの気持ちは治らず、ヴァレリーは鳶雄たちと通うことを決め一同はマンションのエレベーターで専用IDカードで地下に赴いた。そこを利用して学校に辿り着いた際、一人の堕天使と出会い―――否、再会をしてDを見るや否や目をあらん限り見開かせて驚いたのだった。
「・・・・・アザゼル、どういうことだ」
「すまねぇがこいつのことに関しては他の連中に黙っててくれや。お前の家族にもだ」
「・・・・・納得する理由でなければな」
同僚への対応にもしなくてはならなくなったアザゼルは頭の後ろに手を回して掻く。
―――†―――†―――†―――
鳶雄たちがグリゴリの教育施設―――『
異能については、主に彼等の身に宿った神器―――『セイクリッド・ギア』の説明となり、ラヴィニアが使うような魔法についても触れていく。
異形については、グリゴリが捕えた魔物―――モンスターを実際にその目で確認する授業内容となった。
つまり、鳶雄、紗枝、夏梅、鮫島の四人は、『
「・・・・・(-_-)zzz」
異能と異形の授業だけ、最初は目を通すも途中から―――飽き―――つまらない―――眠るという感じでテーブルに突っ伏して寝てしまうD。結局かなり強引に鳶雄たちと通わされることになってしまい、『
体育ともいえる体を動かす科目もあるがそれすらDは堂々と皆の目の前でサボる・・・・・ことなく誰よりも早くトラックを幾度も駆け回り、終わったら静かに鳶雄たちが走り終わるまで座って待つ。
全員が走り終わり、次の行動に移っていくなかで、鳶雄たちの座学の講師兼トレーニングの監督を務めるバラキエルが姿を見せる。強面の表情で鳶雄たちを確認すると、ひとつうなずいた。
「うむ、長距離は終えたようだな。まだメニューは半分だが、水分補給だけは気を付けるように」
一見、怖そうな空気を漂わせる長身の男性だが、見た目に反して気配りのできる人物でもあった。特訓に関して、一切の妥協を許さず、メニューを全部こなすまでは頑として譲らないが、鳶雄たちの心身の限度も計っており、限界を超えるトレーニングは決してさせない。大声で鳶雄たちを急かすことはせず、ドンとうしろに構えて見届けつつアドバイスを送ることに徹しきっていた。こういうことに文句を吐きそうな鮫島が、黙ってメニューをこなすのも、バラキエルの放つ無言のプレッシャーだけでなく、身に纏う雰囲気から強者の存在感を感じ取っているからだろう。そのような基礎特訓をこなしていく鳶雄たちだが、体力、筋力作りをしたあとは場所を変えて組手とする。ランニングトラックから、広々としたトレーニングルームに移動した。天井も非常に高く、戦闘のしやすい場所となっていた。
基本、組手はバラキエルとの一対一が主なのだが、時折相手が変わる日もあった。そう時は決まって―――。
「・・・・・」
ぼー・・・・・と上の空なDが組手の相手となった時もあったのだ。バラキエル曰く。
「アザゼルからの命令だ。Dと模擬戦をしておけば否が応でも刺激になるだろうと。お前達もDの実力を知らないだろうから知るいい機会だともな」
だが、なった時もあったという過去形で語られるのは、それ以降は訓練相手をしなくなったというより、させてもらえなくなった。
鳶雄と鮫島は、お互いに相棒―――刃と白砂を従える。陣を前方に据える鳶雄と、白砂を肩に置く鮫島はそれぞれで戦闘スタイルと確立しつつあった。壁際で待機している夏梅と紗枝が応援を送ってくる。そこには九桜もいた。
「男子ぃ!気をつけなさいよね!」
「三人ともケガしないようにね!」
鳶雄的にはどうにもどちらも難しい。できるだけケガはしないようにしたいが、戦っているところを見たことがない上に実力も把握していない。それは相当無茶な相談だ。鳶雄と鮫島、そしてD、その双方の間に入るようにバラキエルが立つ。二人の臨戦態勢と無防備に佇む―――。
「D、九桜と一緒に戦わないのか」
「・・・・・」
独立具現型
鳶雄はその電撃に当たらぬ距離を経って並んだ。とうの鳶雄+刃コンビにも変化は現れている。陣は音もなく足元の影より、一本の片刃の剣を生み出すと、それを口に横一本字に銜えた。Dは知らぬことだが刃は、子犬の時のように体からブレードを生やすことはしなくなった代わりに、任意であらゆる影からブレードを生やすようになった。つまり、刃自身の意志でもブレードを生やすようになったのである。これは刃自体が子犬の頃よりも自我を持った証拠であった。そして、鳶雄にも能力の成長が現れていた。
「―――出ろ」
鳶雄が、そうぼそりと念じながらつぶやくと、足元の影よりぬるりと得物が出現していく。長い柄が、足元より伸びてきて鳶雄がそれをつかんで一気に引き抜いた。彼が手に持ったのは、柄と刀身の長い鎌であった。流麗に弧を描く、対象物を刈り取る得物―――。雑草を刈り取るための鎌ではなく、死神が手にするような大型の鎌である。『虚蝉機関』との戦いでセイクリッド・ギアとしての能力は上がっており、鳶雄も刃を通して任意のブレードを影から生み出すことができるようになっていた。刃のマスター―――本体である鳶雄は、確実に相手に狙われる。主に危険が迫れば、刃が守ってはくれるだろうが、それにも限界はあるだろう。相手が刃より強ければ、すべてが終わる。そのため、主である鳶雄自身も強くなければならない。鮫島と同様にセイクリッド・ギアとの連携が必要なのだ。それをおこなうにはマスター自体が強くなければ話にならない
鳶雄が、戦闘中に扱う武器として選んだのが鎌だったのである。それ以前に各種様々な刃のついた得物を実際に握って振るってみたのだが・・・・・手に馴染んだのが、予想だにしていなかった鎌だったのだ。一見、剣よりも遥かに扱いにくいと思えたのだが、鳶雄は手に取るなり、器用にくるくると鎌を回して、振り上げ、引き抜き、振り下ろす挙動が様になっていた。仲間には鎌を選んだことを不気味がった(ヴァーリは好意的でDは無関心)が、鳶雄は直感で「これだ」と自分の得物を決めたのだった。
その鳶雄が、練習相手となるDを前に、鎌をくるくると数度回したあとに構えた。最初に仕掛けたのは、鮫島だった。鋭く飛び出していき、スパークが走るランスをDに向けて打ち込んでいく。Dは回避する気配も見せず、鋭く迫るランスの一撃を―――。
「・・・・・」
「・・・・・っ」
Dのハイライトがない虚無の眼の深奥を見た途端、当たる直前で鮫島のなかで躊躇いが生まれランスを解除して拳で殴った。フェイントを仕掛けたようにも見えるが、何故か不自然で違和感しか覚えなかった。
「鮫島?」
「・・・・・こいつ、防ぐどころかかわそうともしない。そんな感じがした」
やる気あるのかあいつは、と目を細めてぼやく鮫島は白砂の尾を伸ばしてDの体に巻き付け、そのまま電撃を流し、無防備の男に伝わっていく。バチバチとDの身体に激しい電撃が襲うが・・・・・平然とした佇まいで完全に受け入れている。
「・・・・・」
だが、その攻撃でスイッチが入ったか白砂の尾を掴む。そして電撃には電撃とばかり白砂の尾に真紅の雷が走り、鮫島の身体に逆流したかのように襲った。
「ぐっ、ああああああああああっ!?」
「っ、刃!」
黒い弾丸と化した刃は、目にも留まらぬハイスピードでDに詰め寄り、口に銜えたブレードで斬りかかる。Dは正面から、その振りかぶったブレードを―――体で受ける。
「なっ!?」
防ぐどころかかわそうともしない。鮫島の言葉通りDが刃のブレードの一太刀を自ら受け入れたように浴びたことに鳶雄は驚きを隠せなかった。人を斬った。その事実が鳶雄に重く圧し掛かった。
「・・・・・」
Dの攻撃対象が鳶雄も加わり手を翳すと彼の足元の影から、歪な形のブレードが鋭く生えてきた。赤く光る刃の目。黒い狗が、主の鳶雄を守らんとそれらを自分の意志で出現させたのだ。Dはその影からのブレードすらも身体で受け止めて真紅の雷を鳶雄に放った。迫りくる電撃に自然の猛威と脅威を抗うことができない鳶雄は鮫島と同じく雷の威力をその身で経験するのだった。
―――結果。圧勝したものの、全ての攻撃を受け入れるDの思考・精神面では訓練にならないのと危うさによりバラキエルの権限で組手を禁じられてしまった。その際、夏梅からこっぴどく叱られたがDは何の反応も示さず受け入れると言うより受け流してた。
「・・・・・アザゼル、あの子は危うい。身体が成長していてもあの頃から何も変わっていないように見受けれる」
「そうかもしれない。だが、絶対に変わっていないとは限らないぜ」
「そうだといいが、もしも五大宗家の者・・・・・姫島家の者と出会ったらどんな反応を示すのかわからない。いずれ、接触するのだろう?」
「ああ、こっちからじゃなくて向こうからだがな」
―――†―――†―――†―――
次の土曜日、『
こういうつるんでの外出に乗り気ではなさそうな鮫島やヴァーリがついてきたのは、鳶雄としても意外だと感じていた。繁華街を歩くなかで、夏梅が背伸びしながら筋肉痛を訴える。
「いちちち、これでも結構運動しているつもりだったんだけど・・・・・流石に応えたわね。あの不愛想な・・・・・バラキエル先生は思っている以上にスパルタだわ」
紗枝が小さく笑う。
「そうかも。けど、ケアはばっちりだと思うよ。メニューの後の休憩、水分補給のことを必ず言ってくれるし」
紗枝が言うようにあの強面の講師は、見た目通り厳しい面もあるが、几帳面そうでもあり、決して話の通じない相手ではなかった。スパルタというのは夏梅の言う通りだが・・・・・。鮫島も首をこきこきと鳴らす。
「まっ、体力ついたのは確かだろうぜ。十キロ以上走ってもまだ体力があるとわかったときゃ自分でもビビったけどな」
そう言う鮫島だったが、彼自身もともと運動の才能があったようでメニューでの体力づくりは、誰よりも成果が出ていた。『
「今日は何をするのです?」
ついてきたラヴィニアは・・・・・プライベートの外出だというのにとんがり帽子にローブと魔法使いの格好だった。共に歩いていると、道を行き交う人々から奇異な視線を向けられてしまう。―――ただし、彼女だけではない。
Dもまた狐の耳と九つの尾を生やした出で立ちでコスプレをしてるような格好だ。好物のアップルパイを食べる子供はラヴィニアに抱えられている。そしてヴァレリーも容姿さながら纏う雰囲気も独特で、ドレス姿なので一見仮装するイベントにでも行く一行なのかと認識されてもおかしくなかった。夏梅はラヴィニアに指を突き付けて言う
「まずはあなたよ、ラヴィニア!服!年若い女の子がこんな格好じゃ、ダメすぎるって!素材は最上級なんだから、オシャレしなきゃ嘘ってもんよ!ヴァレリーもだからね!東城さんも手伝って!一緒にこの子たちをコーディネートするから!」
「え?う、うん」
夏梅の勢いに気圧されながらも紗枝は同意した。とうのラヴィニアは―――。
「私は魔法使いなのだから、これでいいのです。この格好が一番魔法力を高めて、いざというときに―――」
「あー、もう!いいからショップよショップ!」
「大勢でお買い物は初めてだから楽しみだわ」
夏梅はラヴィニアの訴えなど退けて、繁華街の方を指した。微笑むヴァレリーはそう感想を述べて夏梅と会話の花を咲かせる。ヴァーリが溜息を吐きながら言う。
「なんでもいいが、昼食は私が前から気になっていたラーメン屋を所望する。魚介系ガッツリスープとやらを口にしてみたい」
夏梅が銀髪の少女の声に「はいはい」と生返事した。
「アルビオン、ラーメン、美味しいもの?」
「よく聞いてくれたオーフィス。そうだ、数ある食文化の中で私はラーメンこそが至高の一品であると自負するほどだ」
「ふむ、ヴァーリ・ルシファーがそこまで夢中になるものか・・・・・」
「おい、ラーメンドラゴン。家でもラーメン食ってんじゃねぇか」
「ふっ、鮫島綱生はこれだからいけない。―――家ラーと店ラーは非なるもの。家ラーには気軽に食べられる安心感があるが、店ラーは店で食べられるからこそのクオリティが―――」
「ラードラ先生はお子さまランチ食ってりゃいいんじゃねぇのかね」
「お子さまランチもお子さまランチでいいが、やはり、店のラーメン・・・・・ってラードラと呼ぶな」
「はいはい、ルシドラルシドラ」
後方でドラゴンと不良のやり取りが聞こえてくるが・・・・・菓子パンを食べ終えて以降、ラヴィニアの服越しでも伝わる柔らかい体と心地のいい温もりを感じながら抱えられた状態で気を配るのだった。
「―――おい、あれ」
「―――ああ、だな」
「なら―――しようぜ」
邪な考えを持つ者達の気配を探るために―――。
ショップを巡りながら、女子たち七人(主に紗枝と夏梅)は思い思いの服を見てはキャッキャと嬉しそうにしていた。とあるショップ内に入ったまま、買い物タイムとなっていた。
店内の離れたところで、女子たちの買い物を見ている男子―――鳶雄と鮫島、D。鮫島は、とっとと自分の買い物―――本と筋トレ道具を買って、女子の買い物が終わるのを待っている状態だった。そういう意味では鳶雄とDも同じであるが、刃やグリフォン、白砂は店外で待機してもらっていた。それだけでは、行き交う人々を不安にさせる(大型の黒い狗と鷹の組み合わせは凶悪だ)ため、気配を殺してもらい、存在を薄くさせていた。異能に秀でた者でもない限り、刃たちを知覚できなくなっているだろう。不意に鮫島が訊いてくる。
「幾瀬」
「何?」
「東城とは週でどんだけしてんだ?」
「どんだけって?」
問う鳶雄に、鮫島は手で卑猥なサインを作った。
「これに決まってんだろう?そういう仲だろう?こんな生活じゃ毎日は無理だろ?」
途端に意味がわかり、顔を紅潮させる鳶雄。鳶雄は慌てて言う。
「い、いや!俺と紗枝はそういう仲じゃないよ!し、してないって!」
鳶雄の反応に鮫島は首を傾げながらも苦笑した。二人の足元でお絵かきセット(鉛筆から油絵具、スケッチブックや画用紙などの)を買ったDが暇潰しとばかり描き始めていた。
「マジか。そういう仲だから、あんなに必死こいて救出したんだと思っていたんだけどな。あー、そうか。おまえらとずっと行動してて、『いつそういうことしてんだ?』ってずっと疑問だったが・・・・・そういう仲じゃないんなら、してなさそうなものも納得ってもんか」
一人でうんうんと頷いている鮫島。下で物凄い速さで手を動かしスケッチブックに描く絵が段々と完成に近づけていくD。鮫島が女子たちに視線を向けながら言う。
「東城な、かわいいと思うぜ?陵空に通っていた頃、よく目につかなかったなと思う程には、一緒に生活してて、いい女だと感じるからよ」
鮫島がそう口にした。鳶雄の贔屓目は入っているだろうが、それでも鮫島が言うように紗枝はかわいい。というか普通に美少女の部類に入るだろう。ただし、派手さというか、垢抜けた雰囲気が薄いために半月以上前に鳶雄達が通っていた陵空学校でも目立つことはなかった。
「・・・・・」
不意に、本当に不意に鳶雄はズボンを引っ張られた。そうした当人、Dが鳶雄を見上げていた。
「D?」
「・・・・・」
さっきから何か描いていたスケッチブックを見せつける。それには―――横向きで裸の鳶雄と紗枝が抱きしめながら口付けを交わす描写が描かれていて、『二人は付き合わないの?』という文字も書かれていた。
「~~~~~っ!?」
「・・・・・驚きの才能を持っていたのかよ」
パラりと二枚目の用紙を捲ったDは鳶雄と鮫島の、男同士の絡み合いの絵を見せた。途端に度肝を抜かされた二人は鬼気迫る勢いでDに追及した。
「「待て待てっ!?お前、俺達の関係は何だと思っていたんだ!?」」
「『「
「一緒に着替えていたとこか!?」
「気持ち悪い誤解をしないでよっ!?あ、待ってD。それを紗枝たちに見せないで!」
既に遅し、ピュー!と夏梅達の方へ駆けて行っては一枚の用紙を切り取って紗枝に手渡していた。次の瞬間、鳶雄に負けないぐらい顔を紅潮させた少女は「と、鳶雄とはその、あの、えと・・・・・!」と気恥ずかしい思いをしながら動揺して、硬直している鳶雄をチラチラと目を配った。
「・・・・・」
「Dのやつ、油断できねぇ・・・・・」
まさかの意外な人物からのからかいもとい悪戯に苦い思いをする羽目となった二人をそうさせたDは。
「・・・・・D、この服を夏梅とシャーエに選んでもらったのです」
水色のワンピースを着た金髪美少女―――ラヴィニアに話しかけられていた。さらさらで輝くような金髪ロングストレート、透き通るような青い瞳、すらりとした白く長い手足、シンプルながらも水色のワンピースが、少女の持ち味を最大限に引き出してくれていた。とんがり帽子とローブという魔女っ子なコスプレからかけ離れた衣装を着ていたため、Dはジィーと見つめていた。ラヴィニアは珍しく顔を赤くしており、手足をもじもじさせていた。どうにも、その恰好が気恥ずかしい様子だった。
「・・・・・こんな格好、小さな頃以来なので、なんだか、恥ずかしいのです」
普段とは違うその仕草と格好に遠目で見ていた鳶雄も思わずグッときてしまっていた。鮫島が顎に手をやって楽しげにしていた。
「いいじゃねぇか。いま外に出したら野郎どもが声をかけまくるだろうな」
確かに先程の魔女っ子ルックでは、いくら金髪美少女でも声をかけにくいだろう。しかし、このワンピース姿なら、話は別だ。この格好で街を歩けば高確率でナンパされて当然だ。ラヴィニアはDに訊いてくる。
「D、どうです?この格好、私に似合っているのでしょうか?」
感想を求めるラヴィニアに九つの尾がゆらりと揺れだし、狐耳がくりっと動く。Dはラヴィニアに薄くだが、確かに笑んで・・・・・。
「・・・・・かわいい、ラヴィニア」
「「「っ!」」」
何時も無表情で、声も出さないDが初めて笑い褒めた。それがとても衝撃的で女子達は色めき立った。特に夏梅が騒いでいた。
「ちょっ、いま喋ったわよね?笑ったわよね!?ほら、もう一度お姉さんにもそうしなさい!ほらほら!」
「・・・・・」
あまりにも煩いと男子の睦まじい絵を見せて黙らせたところ。それを見て無表情となった夏梅の意味深な眼差しが鳶雄と鮫島に送られる。そう・・・・・温かな眼差しが。
「・・・・・ふたりの関係とか趣味とかとやかく言わないけど、人気のないところでも程々にしなさいよ?」
「「Dィ~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」」
ラヴィニアたちのコーディネートと鳶雄と鮫島の関係の疑惑の解消が終わったところで、昼食となり、ヴァーリが食べたがっていたラーメン屋に入り、皆ですすった。銀髪少女のラーメン講座が始まったが、皆は慣れたもので軽く流したが・・・・・とうのラーメンは中々の美味だった。昼食後は、各々の買い物に付き合い、ほしいものを購入した。道中、ワンピースに着替えたラヴィニアに行き交うの男たちの視線が注がれていた。しかし、声をかけたくてもかけれられなかったであろう。何せ、同行している者に茶髪の怖い兄ちゃんがいたのだから。
『ナンパされない』
「そりゃ、この無駄に体がでかくて強面なこわーい不良がいるんだもの。ナンパする度胸があるわけないでしょ?」
『猫鮫、怖い?』
「猫鮫って、ぷっ、はははっ!た、確かに白砂ちゃんと鮫島はコンビだから猫鮫ねっ!それにあの鮫の仲間のネコザメと同じ名前ね!D、ナイスネーミング!」
「おい、D。お前、心のなかで俺のことそんな風に思っていたのか・・・・・」
「ふん、いい機会じゃないか。私のことルシドラとか、ラードラとか言う鮫島綱生にも言われるべきだ。なぁー猫鮫綱生」
「シャークじゃなくてキャットシャークなのですか?強くてかわいい名前なりましたね」
「ラヴィニア、本気で言わないであげて。心なしか鮫島が気落ちしてるから」
そんなこんなな話を交えて昼食、買い物も済ませた一行は、街中にある公園に入り、そこの広場で食後の運動も兼ねて、刃やグリフォンと共に遊ぶことになった。
「刃ちゃん!いくよ!」
紗枝が先ほどの買い物で買ったばかりのフリスビー投げると、それに向かって刃が駆けていき、ハイジャンプでフリスビーをキャッチする。
「ほい、グリフォンも!」
今度は夏梅が空中高くボールを放る。それをグリフォンが爪でキャッチした。紗枝と遊ぶ刃は、とても楽しそうだ。主である鳶雄よりも、紗枝のほうになついているのではないかと錯覚するほど、刃は普段から紗枝に心を許していた。そういう刃の一面は、鳶雄の分身だからだろうか。彼女を知る者として紗枝がもとより動物に好かれる性格のためだろうと思える。何せ。鮫島の分身たる白い猫―――白砂も紗枝の足にすり寄っているほどだった。とうの主である鮫島は、公園のベンチの一つに横になって昼寝をしていた。買い物に飽きていたようだった。
「・・・・・」
鮫島の寝ているベンチのひとつ隣のベンチに何かを描いているDに座り、ヴァレリーもフリスビーを投げて刃と遊ぶ姿やヴァーリがオーフィス、クロウ・クルワッハと話を交わし合っている様子を一瞥してDに話をかけた。
「D、お前は何者なんだ?」
「・・・・・」
「お前だけはよくわからないんだ。ヴァーリよりも。いつも無口で無表情だ。何を考えているのかさえもわからない」
「・・・・・」
「嫌じゃなければ、教えてくれないか?」
交流を深めようとする鳶雄の心情をDは用紙を捲って何かを書くばかりで応じようとはしなかった。まだお互いの距離感を掴め切れず困惑する鳶雄に突き付けられるスケッチブック。
『何が知りたい』
たったの数行だが、意思疎通をしてくれるDに安堵感が芽吹いて一方的な感じだが話しかける。
「Dの名前って本当にDなのか?」
『違う』
「じゃあ、本名は?」
『教えられない』
「両親はいるのか?」
『いる』
「兄弟は?」
『いない』
「俺達と―――アザゼル総督と出会う前はどこの学校に?俺と紗枝、皆川さんと鮫島は陵空高校だったんだ」
『昔から通ってない』
「昔からって、もしかして幼稚園の頃でも?」
『そう』
そんなことがあるのか?いや、ヴァーリもあの年齢でグリゴリの陣営にいるのだ。年齢の割にスレてるし、ラーメン好きなのだし・・・・・。
「なぁ、D。お前・・・・・」
更に問いかけようとした鳶雄の視界に奇妙な人影達が映り込む。紗枝たちが遊んでいる方向に視線をやると、そこには見知らぬ大人たちがいた。身体に黒い執事服を身に包み、手には白い手袋を装着している。赤いネクタイも揃って身につけていてどこかの大企業の社長の従者か貴族の召使を彷彿させる。彼らは気配すら感じさせずに突如と言っていいほど、大人たちは彼女たちの傍に接近していたのだ。とうの夏梅達も大いに警戒し、距離を取ろうとしていた。・・・・・何なんだ?と立ち上がるとDも立ち上がり、彼女達を守るために歩み寄る。
「私達は怪しい者ではございません。見目麗しいあなた方様にお話をしたく参った所存です」
―――と、大人の一人が身の潔白を交えながら夏梅達にお辞儀する。
「んだ、あんたら。って、普通の奴じゃねぇよな?」
いつのまにか、鮫島は起きており、首をコキコキ鳴らしながら、こちらに歩いてくる。その双眸は鋭くガンをつけていた。大人たちはヤンキーのガンつけにまったく意も介さず驚きの言葉を口にした。
「幾瀬鳶雄さま、東城紗枝さま、皆川夏梅さま、鮫島綱生さまですね。豪華客船『ヘヴンリィ・オブ・アロハ号』の海上事故に遭わられた、奇跡的に難を逃れた陵空高校の元生徒たち」
『―――――っ!?』
「現在、謎の失踪を遂げた陵空高校の元生徒達とそのご家族は、最初から最後まで何事もなかったように日常を生活しておられておりますが、あなた方はどうやら別の道を歩まれておるようですね」
ちらりと黒い狗と白い猫を一瞥したその眼差しは明らかに二匹がただの犬と猫ではないと分かっている態度・・・・・。
「貴方達は・・・・・何者なんですか?」
警戒する眼差しで何時でも戦える姿勢、臨戦態勢で問い質す鳶雄の隣で戦えない紗枝やヴァレリーをDと鮫島が背に隠しながら立ち並んだ。
「申し遅れました。私共は兵藤家に仕える従者でございます」
―――兵藤家。世界中の人類の頂点に立つ最強の人間にして一族。兵藤家として生まれた者は超人的な肉体を持ち、頭脳明晰、眉目秀麗、容姿端麗と天は二粒どころか三粒以上も与えたような古くから存在して歴史にも刻まれている存在。それがここ最近、天から落ちてきた光の柱によって本家は消滅。一時期日本や世界を震撼させる事件となったが、今では落ち着きを取り戻しつつある。
「兵藤家って、あの天皇家の・・・・・?」
「さようでございます。本日あなた方様にお話を持ち掛けたのは我が主のお誘いの伝言を申しに参りました」
「誘い・・・・・?」
「単刀直入に申し上げれば、友好を結ぶためのお遊びです。お時間がよろしければこれから我が主たちと会い、交流をしていただきたいのです」
何てことのないただの遊びの誘い。兵藤家と聞いた瞬間に真っ先にDへ目を向けた夏梅は戸惑いの心情だった。
―――五大宗家に命を狙われた兵藤家の者・・・・・。
姫島唐棣の言葉が脳裏に過る。まさかDを迎えに・・・・・?
「・・・・・もし、その誘いを断ったら?」
「おいおい、俺達のありがたーい誘いを断る気か?」
懸念することを口にした途端、従者たちの真後ろから第三者が現れた。サッと従者たちが横に移動して三人の若者たちに道を開けた。鳶雄たちの前にやってきたのは従者たちの主である兵藤家の者。ニヤニヤと人を見下し嘲笑う目つきで天皇家の人間とは思えない邪な雰囲気を纏わせている。
「俺達は天下の兵藤家の人間なんだぜ?しかも兵藤家の中で、同年代の中で最も強いエリート中のエリート様だ。この国を支配する俺達に逆らうことは反逆者もんだぜ?」
「なっ・・・・・」
「ついでに言わせてもらえば、お前らの家族構成もとっくに調査済みだ。この意味わかるかなー?」
「俺達に逆らえば、お前らだけじゃなくて一族郎党路頭に迷わせることだって朝飯前なんだぜ?」
明らかな脅迫発言。これが天皇家の兵藤家の人間なのかと目と耳を疑う言動に鳶雄たちは愕然の面持ちで目を張ったら、兵藤Aが夏梅の腕を掴み引き寄せると無造作に胸を鷲掴みするだけじゃなく口を押し付けてきた。自分の唇と重なる直前に顔を逸らし、手で制しながら叱咤する。
「っ、何するのよっ!?」
「逆らっていいのか皆川夏梅ぇ~?。お前の親をリストラにしたっていいんだぜ?」
「親は関係ないでしょう!?人の人生を好き勝手にできるのあなたたちは!?」
「それができるのが兵藤家なんだ。おら、暴れるんじゃねぇよ!」
「お前はそっちかよ。んなら俺は紗枝ちゃんだなー」
「だったら俺は金髪の巨乳子ちゃん!」
「「っ・・・・・」」
仲間を蔑ろにされて黙っていられるほど鳶雄と鮫島達が黙っちゃない。近づいてくる兵藤BとC達を阻み睨みつける。
「紗枝に手を出すな!」
「てめーら、まだそこら辺の不良よりクズだな。人を脅さないと女をものにできないんだからな」
「・・・・・」
「あ?自殺願望者たちか?」
「いいぜ、相手に―――」
次の瞬間。Dの腕が掻き消えて拳が一人の兵藤の腹部をねじり込むように深く突き刺した。肋骨が折れる感触と共に体がくの字に折れ地面から足が浮いた瞬間に回し蹴りして吹き飛ばす。
「なっ、てめっ、兵藤家に敵対する気かっ!?」
狼狽する兵藤に正拳突きで顔を殴り、股間を鋭く蹴り上げた。汚い獣のような声を上げる兵藤Bを殴って黙らさせ夏梅を掴んでいる最後の一人に向かって手を伸ばし、掴み上げた。
「この野郎!」
Dの顔面を殴る兵藤C。手応えはあったが殴られた本人は傷みすら感じていない無表情のまま、夏梅を掴んでいる手の腕を万力の如く握り、潰した。
「いぎゃあああああああああああっ!?」
解放された夏梅を腕の中に引き寄せ、兵藤の顔面を蹴り飛ばす。
「「「―――」」」
三人の従者が飛び掛からんとした瞬間、Dが禍々しい黒く闇のオーラを全身から迸らせ一瞬で異形の姿となっては迫ってくる従者達の背後へ一瞬で通り過ぎた時。彼等は一拍遅れてその場で倒れた。
「・・・・・これ以上関わるな」
「「「・・・・・」」」
「じゃなきゃ、殺す。兵藤家も潰す」
Dからの殺意と敵意のプレッシャーを強く受け、警戒する眼差しで目を細めてた従者は質問をした。
「あなた様の名前を伺っても」
「・・・・・D」
「・・・・・かしこまりました。あなたのことは兵藤家にお伝えさせていただきます」
「・・・・・伝えたら兵藤家を潰す」
そう言って従者の意識も奪い公園の隅にまで蹴り飛ばして一騒動の幕を下ろした。少しして鳶雄たちは研ぎ澄ませていた緊張感を解き息を吐いた。
「兵藤家の連中はクズばかりなのかよ。権力があって地位もあるから好き放題できるじゃねぇか」
「ありがとうD。紗枝を守ってくれて」
「・・・・・(フルフル)」
気にするな、とばかりいつの間にか持っていた―――『二人はラブラブ』と文字と裸で抱き合う二人の絵を見せつけて、鳶雄と紗枝の顔を紅潮させた。微笑ましい光景の中、ラヴィニアは口を開いた。
「ですが、Dが兵藤家に処罰されないのか不安なのです」
「多分、問題はないじゃろう」
足元から九桜が答えた。しかし、それだけで安心できるはずがなく、「その理由は?」と夏梅がDの腕の中から離れて九桜に問うた。九桜はDを見上げる。
「話してもよいのかの?この者達の不安を払しょくできるが」
「・・・・・(コクリ)」
了承を得た九桜はDと兵藤家の関係を打ち明けた。
「実は、Dは兵藤家の人間じゃ」
・・・・・・。
・・・・・・突然の告白に目を丸くする鳶雄、紗枝、鮫島、ラヴィニア。一拍置いて、理解が進んだところで―――。
『えええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?』
九桜の告白に鳶雄、紗枝、鮫島は声を上げて驚いた。声を上げていないがラヴィニアもDを見て目を見開いていた。既に知っている夏梅の反応と異なり、ヴァレリーは何一つ理解できず不思議そうに首をかしげてた。
「マ、マジかよお前っ!?」
「まぁ、元がつく。数年前、五大宗家に妾を宿す狐憑きと呼ばれておったD諸共殺された故にな」
「ご、五大宗家に殺されたって・・・・・どういうことD?」
その続きは明るみにならなかった。更なる来訪者が現れた故に。
「へぇ、これは驚いた。数年前の狐憑きがまだ生きていたんだね。各当主達は魂が抜けるほど驚きそうな話だなぁ」
声がした方向に見やると、そこには見知らぬ少年がいた。同い年ほどの眼鏡をかけた眉目秀麗な少年だ。青を基調としたブレザーを身につけていた。少年は興味深そうにDを見つめていた。
「なんだ、また兵藤家の人間か」
「ああ、彼等とは無関係だよ。僕は櫛橋、櫛橋青龍って言うんだ」
『―――ッ!?』
少年の自己紹介に鳶雄、夏梅、鮫島は驚愕する。櫛橋・・・・・記憶が確かならば、『五大宗家』のひとつだったはずだ。夏梅が警戒しながら、問い返す。
「・・・・・櫛橋?五大宗家の一角よね?」
夏梅の問いに少年―――櫛橋青龍は頷いた。
「うん、僕はいちおう櫛橋の次期当主。まあ、キミたちに言っても実感はないかもしれないけど」
突然、五大宗家の一角、しかも『次期当主』を名乗る少年と出会った。彼等五大宗家から追放された組織『虚蝉機関』とつい先日戦ったばかりの鳶雄たちからすれば、大本たる家のひとつが接触してきたのは異常事態だ。夏梅の傍で剣呑な空気を発するDに気配りしながら、宙を飛ぶグリフォンにも視線を送っていた。
「・・・・・味方、じゃないわよね?じゃあ、敵?」
夏梅の問いかけに櫛橋青龍はからかうように言う。
「敵―――かもね」
刹那。Dの身体から闇が迸る。それはあまりにも恐ろしく凶悪なほど、Dの心情を表しているかのように猛々しく怒り狂っているようだった。今にでも襲い掛かりそうだが、まだ理性で抑えているからだろうか。櫛橋青龍の言葉次第で殺し合いに発展しそうな状況のなか、櫛橋青龍の全身から言い知れないプレッシャーが解き放たれる。一触即発の様相を見せるが、夏梅は両者の間に入って、制止を促す。
「ま、待って!私たちを・・・・・狙っているのよね?理由は?」
櫛橋青龍は肩をすくめながら言った。
「―――『虚蝉機関』、キミたちはそれに関わった。いや、不幸にも関わることになってしまった。で、結果的にあの組織を崩壊させてしまった。そうなると、あそこを生み出した五大宗家としても無視するわけにもいかない。更に言うなら、『グリゴリ』に協力している。―――ましてや滅したと思われていた狐憑きがいる。・・・・・これが最も僕たちにとっては重罪だ。僕たちは彼等と敵対しているからね」
・・・・・やはり、『虚蝉機関』と関わったことからの接触。家の不始末に関わることは粛清する集団だと聞いていたため、彼の説明は至極わかりやすい。しかも、どうやら鳶雄たちが『グリゴリ』と関係していることも気に入らない様子だった。しかし、それでも一言言いたかったため、鳶雄は言う。
「あの人達を追放したのは・・・・・そちらの事情だと聞いている。しかも、事件後、先日の一件に関わった者達を粛正するために動いたとも」
グリゴリの説明では、『虚蝉機関』の残党は五家から粛清対象され、エージェントが派遣されて残党狩りが行われているという。五家のエージェントは、魔女たちと共にアジトを脱出した『虚蝉機関』の機関員たちを追い続けているそうだ。そして、それは強制的に関わることになった鳶雄たちをも対象としているとも―――。鳶雄の質問はそれを含ませてのものだった。櫛橋青龍は鳶雄の言葉の深意をくみ取って答える。
「理不尽―――だろうね。それはさすがに僕もわかる。―――でも、不穏な分子は、早めに摘んできたからこそ今のこの国があるのも事実さ。・・・・・ま、僕も強引だと思うけどね」
皮肉気に言う櫛橋青龍。すると、この周辺一帯に不自然なほどの強風が発生し始める。その風の発生源は―――少年、櫛橋青龍だった。彼を中心にして、風が巻き起こっていた。
「―――風?」
強風に髪とスカートを押さえながら夏梅が言う。風でスカートが翻っても気にも留めないラヴィニアが答える。
「気をつけるのです。櫛橋は五行の『木』を司る一族、『木』は『風』と『雷』すら操るのです」
櫛橋青龍は体に青い『気』のようなものをまといだした。『気』は、彼の身体から滲み出て、その背後に―――蛇のように長細い体を持つモンスター、東洋の龍を思わせる形となった。
「こちらも命令で動いているから、死んでも恨まないでもらいたい。ああ、安心してくれていい。この一帯は結界を張った。人払いは済んでいるよ。だから、暴れてくれてもいい。僕もまあちょっと本気で戦おう。相手は『四凶』と狗神だけじゃなく、狐までいるからね」
その一言を受けて、Dの理性が途切れた。肩から生えてくる三つの鎌首―――アジ・ダハーカが嘲笑する。
『東洋の龍と戦うとはな、グックック。お前はドラゴンを飽きさせない才能を持っているようだ』
『西洋と東洋のドラゴン対決!』
『勝つのは邪龍だけど!』
迸る闇が、Dの身体に入れ墨や紋様のように黒く浮かび上がる。背中には紋様状の三対六枚の翼が生え、腰辺りに黒い尻尾が伸びだす。腕が黒い異形と化して金色の目は黒く、真紅の髪も黒く染まる。さらには、Dの足元の影が大きく広がり、そこから真っ黒な三メートル級の異形たちが続々と這い出てきた。中には十メートル級の怪物もいて櫛橋青龍は目を厳しく細める。
「・・・・・訂正だ。全力で戦わないと僕が殺されるかもしれないね。完璧にこれは狐に化かされたよ」
「・・・・・守る、殺す」
『『『イヤッハァーッ!!!』』』
アジ・ダハーカと両の手、口から魔法を放った。それが開戦の合図として戦いが始まった。
「・・・・・クロウ・クルワッハ、あれがDの本気か?」
「わからないな。まだまだ私の知らない力を有しているだろう。ふふ、恐れたか?」
「いや、Dと本気で戦える日が待ち遠しくて歯がゆい思いだよ」
「グレートレッド、倒せる?」
「オーフィスとDが力を合わせたら可能性はあるのかもな。私も参加させてもらうが」
「ん、わかった」
「く、私だけ仲間外れか?ずるいなっ」
―――†―――†―――†―――
黒い波が櫛橋青龍へ押し寄せる。その波と彷彿させる黒い異形の化け物達は未だDの影から生産されているかのように出てくる。もはや三桁まで増えているなかでも櫛橋青龍は手で印を結んで口から力ある言葉を紡ぎ出していく。
「『四緑木星をもって、風と成せ』!」
刹那、彼を中心に突風が発生し、異形達が吹き飛ばされていく。余波は鳶雄たちのところにも届き、誰もがその場で飛ばされないよう踏ん張っているのがやっとの状態となのは、十メートル級の異形が鳶雄たちを体で守っていたからであった。殺意に駆られても、目先の敵にしか見えてなくても、自分達に気配るぐらいの精神と心はまだあったことに心なしか安心する反面、不安も抱く。櫛橋青龍が新たな印を結んだ。
「『三碧木星をもって、雷と成せ』!」
言霊と共に発生したのは―――雷撃であった。櫛橋青龍を中心に青い雷撃が生じたのだ。その一撃の射程圏内にいた異形たちが尽く青い雷撃を食らい、地に伏すか黒い靄と化して消失していく。
「―――いない?」
開けた空間から窺うと異形たちの後方にいる筈のDの姿が見当たらない。肉眼だけでなく気配も探知して周囲を探る櫛橋青龍だったが、耳にした。
《―――此の身に禁忌の化生を宿さん》
玲瓏に紡ぐ呪文のような声が公園に響く。櫛橋青龍の影から現れるが謳い出すと腰に狐の尾が生え出した。
《―――日陽を落とし、命を劫火の炮烙へ誘わん》
素早くDから距離を置いた時。狐の尾がさらに増えると太陽の光が途絶え、公園が常闇のように暗くなった。空は深い闇に塗り替えられ地上を覆い尽くさん勢いでいく最中―――。
《―――此の身が幾多も刻まれようとも、九つの尾の美化生と啼き嗤い、舞い謳う》
いつの間にかDの傍にいた九桜の全身の毛が逆立ち、体が獣から人へと変化していく。
《―――禁忌の身にして忌み嫌われし我らは、此処に誓わん》
八本目の尻尾が生えると三つの鎌首が体の中に沈み、Dの長い髪から狐の耳が生えていて―――。
《―――嗚呼 汝等よ、心して掻かれ》
最後の一本が生えた時、公園全体が激しく揺れだし地面に亀裂が生じる。地割れが発生した。
《―――烽火が挙がった時、千の命が殺生せん》
最後の謳の一節が言い終えた次の瞬間だった。亀裂の隙間から炎が噴き出し、九桜が寄り添うDと櫛橋青龍や鳶雄たちを残して足場が崩壊。影から出てきた異形たちが底で燃え広がっている猛火に落ちて焼失する光景は地獄絵図であった。天は深い闇に閉ざされ、地は灼熱の劫火。公園は荒ぶる炎の海と化した光景に櫛橋青龍は動揺の色を浮かべる。
「っ―――狐憑き、白面金毛たる玉藻前の力の覚醒を既に至っていたのかっ!」
「さようじゃ。もう貴様に逃げ場などない。あるとしても、既にこの領域は妾の結界の中。四神の一角とて内側から抜け出すのは困難じゃ」
断定する九桜に櫛橋青龍は、再び印を結ぶ格好となった。しかし、Dが亜空間に手を突っ込み、櫛橋青龍の真横の空間から黒い手を出して印を結ぶ手を握りると、彼はその場で膝をついた。
「っ・・・・・!?体に力が・・・・・なんだこれは・・・・・!」
「そなたら五大宗家の戦い方は妾がよーく熟知しておる。印を結ぶ手を封じれば良しじゃが、四神の力を行使する神道の力を奪えばそれもできまいて」
手を放して櫛橋青龍に近づく。体力を根こそぎ奪われたか、首を掴まれ持ち上げられようと抵抗する気配を感じない。地獄の業火が燃え盛る地面の下に落とせる位置に着く。人の姿と化した九桜はDの頬を撫で、自身の顔をも摺り寄せながら櫛橋青龍を冷たい眼差しで見据える。
「愚かじゃなぁ。一度ならず二度までもDを殺しに来るとは。これでまたこの国の神々の怒りに触れるとは思わんかの」
「今回はたまたまだった、としか言えないね。まさか、数年前の狐憑きが生きていたなんて僕たち宗家は知り得もしなかったんだから」
「当然じゃ。あの日―――妾等は並行世界に飛ばされておったからの」
それが最後の死にゆく者の土産と九桜は延べ、Dは櫛橋青龍を手放して業火の海へ落とした。否、できなかった。突如として業火の釜が氷で閉ざされ、そこに間一髪で櫛橋青龍が落ちて焼失せずに済んだ。同時にDの背後から光の槍が突き出てきた。
「そこまでだ、D」
聞き覚えのある声が、背後から聞こえてくる。そちらに視線を送れば―――バラキエルだった。手には、光の槍が握っている。
「・・・・・殺しに来た、殺す」
「いま五大宗家の者を殺せば余計な諍いが起きる。だから止めろ、アザゼルもそれは望んでいない」
「・・・・・殺さないと、また殺しに来る、殺す」
再び地響きが起きて、地面に亀裂が生じる。氷の大地にもヒビが入り地中から火炎が噴き出す。光の槍を握り堕天使の力を奪い槍を消失する。
「・・・・・邪魔しないで」
殺意は弱まらず、バラキエルが登場してもなお、戦う姿勢を崩さなかった。説得は不可能と地面から迸る炎が意思を持っているかのように龍を彷彿させる形となってバラキエルへ襲い掛かった。―――が。炎の龍は横から飛来してきた火を纏う巨鳥の突貫で四散された。
「―――止めなさい」
その一声を聞いて、今度は聞き覚えのない声だったDは己の後方より、滾る火のオーラを纏いながら、一つの人影がこちらに近づいてくる。赤―――いや、朱色を基調としたブレザーを着た少女だった。年の頃は、鳶雄たちと同等ぐらいだろう。つやつやの黒髪をポニーテールにした美しい顔立ちの少女だ。・・・・・Dはその少女を一目見て目を張り、そして悲し気に複雑極まりない面持ちを浮かべた。櫛橋青龍が、息を吐きながら少女に言った。
「・・・・・キミが来ているなんて、聞いてなかったな。―――朱雀」
「教えていないもの」
朱雀と呼ばれた少女は、小さく笑った。すると、すぐにこちらに―――Dに視線を向けた。―――と、少女がバラキエルに一礼した。
「お久しぶりですね。―――バラキエルおじさま」
少女―――朱雀の登場に何故かバラキエルも複雑極まりない表情となっていた。
「・・・・・朱雀か」
「はい、一度お会いした時以来ですね」
「・・・・・大きくなったものだ」
「おじさまが鳶雄や『四凶』と共にいらっしゃるなんて・・・・・これも運命なのでしょうか」
「・・・・・彼らに戦う術を教えていただけだ」
二人はどうやら面識があるようだが・・・・・どちらの反応から察するに複雑な事情を抱えていたそうだった。
少女は、朱雀はバラキエルから背を向け距離も詰めて、目の前に立った。
「生きて、いたのね・・・・・」
「どこかの誰かのおかげで散々な目に遭ったがの」
「仕方がないわ。あの時の私は今のように何の力もなかった。あなたもそうだった」
九桜の皮肉の言葉を返して彼女は、闇を纏うDを一切恐れず触れようと手を伸ばしたが、その闇を触れて異様さを感じ、一瞬躊躇するかのように引っ込めた。しかし、少女はDの頭の後ろに手を回して自分の胸に抱き寄せた。
「あの時は、本当にごめんなさい。できればあなたを救いたかった。許してほしいとは言いません・・・・・」
「・・・・・」
「でも今は、心からあなたが生きていてくれて嬉しいと思ってるわ」
櫛橋青龍が驚きで目を丸くし、バラキエルは無言で静観する姿勢で見守り、鳶雄たちは二人の関係に疑惑する。
「っ・・・・・」
弾くように彼女を突き飛ばすDは不愉快そうに怒気を孕んだ目で睨んだ。
「・・・・・・ふざけるな、何が生きていてくれて嬉しいだ」
「―――喋れて」
「・・・・・お前の事は嫌いじゃない、だけど幼馴染を傷つけたお前ら五大宗家は絶対に許さない。あの時弱くて何もできず守れなかった俺自身も絶対にだ」
「・・・・・」
「・・・・・もう二度と、関わってくるな。五大宗家の人間を見るだけで、不愉快極まりない。―――あの時のことを思い出す」
元の姿に戻り九桜を肩に乗せては、背中に二対四枚のドラゴンの翼を生やし、鳶雄たちを置いてこの場から逃げるように何処かへ飛んで行った。
「・・・・・バラキエルおじさま」
「償いをしたいという気持ちがあるなら、無理をしてはダメだ。今の俺にはそれしか言えない」
「・・・・・はい」
数時間後―――天皇兵藤家の本殿にて、外人に集うのは家に連なる者達へ一報が送られた。兵藤家に直接手を下す敵対する者達がいると。そのことを報せたのはDに一蹴された若い兵藤たち。本殿に集う面々に頭や腕、脚に過剰な程の包帯が巻かれて重傷を負った姿でいた。その背後には三人の従者も控えていた。事の詳細や経緯を直接訊くため、彼等の親が此度の集いを開いたのだが。
「その程度か」
と、そう一蹴する中年の男性。厳格な態度で若い世代の兵藤を睨み付けるようにして見据えた。
「街を歩いていたら、陵空高校の元生徒らに出会い兵藤家だと知った上で一方的な暴力を振るわれた。その程度の小競り合いの話をするために我々を集わせたのか」
「小競り合いって、兵藤家の人間である自分達に攻撃をしてきた時点で、敵対行為ではないのですかっ・・・!」
「貴様らが殺害されていれば話は別だが、そうでなければ己自身の力で雪辱を張らせ。お前達の兵藤家としての誇りは他人に縋り付かなければいけないほど薄っぺらいものなのか」
「・・・・・っ」
「しかも、身内以外に破られた醜聞をよく我々に打ち明けたものだ。兵藤家は世界の頂点に立つ者、正式な戦いならいざ知らず、子供のじゃれ合いごときで泣き寝入りする貴様らは誇り高き兵藤の人間として相応しくない言動をしてくれた」
中年男性の言葉の深意をくみ取った、壁際にいた屈強な男達が立ち上がり動揺する彼等を無理矢理立ち上がらせた。
「と、当主!?もう一度、もう一度チャンスをっ!」
「は、放せっ!放せよっ!?」
「嫌だ、追放だけは嫌だっ、嫌だぁああああああっ!」
従者を残し本殿から遠ざけられた三人を見送る者はおらず、静寂が戻ったところで今度は従者たちに事情聴取をした。すると、彼等が言っていることは殆ど異なる経緯であったので皆、何とも言えない気持ちとなった。
「ここ数年の若い兵藤たちの質は、欠落しているとしか思えてならない」
「これで一体何人目だ。従者を付けさせてから兵藤家の人間としてあるまじき行為をしている者達の発覚が後を絶たない」
「追放しようにもあのような蛮行をする者どもを放逐するわけにもいかん。兵藤の恥をさらす」
「我々の若き時代だった頃はこうではなかったはずだ。兵藤家に生まれたことを誇りに思い、日本と兵藤家の為に尽くしてきたというのに」
嘆く者、頭を抱える者、辟易する者―――兵藤家の未来が危ういと一同の心境が一つになったところで中年の男性―――兵藤源氏は、従者に問いただす。
「我らと敵対になりうるやもしれん者の詳細はあるか」
「はっ、名を訊ねたところ彼は『D』と名乗りました。そして禍々しい闇を纏った姿となり私達は歯牙も掛けず倒されました。彼の傍には九つの尾を生やす妖狐のような小さな子狐がいました」
「・・・・・九尾の狐、禍々しい闇を纏った姿とは具体的にどんな姿だ」
「黒く染まった異形の両手、文様状の黒い翼、黒い尾、真紅の長髪が黒く染まった異形の姿です」
『―――――ッ』
本殿に衝撃が走った。この場にいる全員がその特徴を有している者を知っている故に。ただしその者は数年前から故人扱いとしてされている。兵藤源氏は立ち上がりだし、周囲の者たちの視線を一身に浴びながらも口を開く。
「Dという者と陵空の元生徒達の居場所は」
「申し訳ございません。未だ掴めておりません」と従者の言葉を皮切りに当主達は動きだした。
「・・・・・わかった。式森に至急手配する。今回の件は我々だけの話にする。他の者達には決して漏らすことは禁ずるよいな」
『はっ!』
当主の兵藤源氏を残してこの場を去って行く彼等を見送るなか、拳を強く握りしめる。
「お前なのか・・・・・?」
―――†―――†―――†―――
鳶雄達は、マンションに帰還した。それでもすぐには帰還しなかった。姫島朱雀、櫛橋青龍の二人の体力が不可思議な事に無くなって一人では歩けれなくなったのと、残りの『四凶』の居所の場所と『虚蝉機関』の残党、さらには『オズ』という魔法使いの組織の話しや、グリゴリの裏切り者、サタナエルが率いる
独断であるが姫島朱雀が個人的に協力体制を取り『虚蝉機関』の残党狩りと残りの『四凶』―――饕餮、混沌を持つ少年と少女『七滝詩求子』『古閑雹介』をそれぞれが受け持ち対処することにもなった。一時的に共同戦を張ることにできた姫島朱雀は嬉しそうに、反対派だった櫛橋青龍は溜息をもらす。そして『オズの魔法使い』と関係性がある魔法使いの一人の名、『紫炎のアウグスタ』の単語が出てきた途端にラヴィニアが静かに反応した。彼女がグリゴリに協力している理由を鳶雄たちは知っている。
二人と別れた一同は、すぐに手早く荷造りをし始めた。当然、姫島朱雀よりもたらされた情報・・・・・残りの陵空の生徒と接触するための行動だ。ただし、彼らの場所はここより大分離れており、県を大きく跨ぐ。
「D・・・・・」
支度を終えた夏梅はDの部屋に訪れた。そこには何処かへと行ってしまったDの姿は見受けれなかった。一体どこに行ったのだろうと後ろ髪を引かれる思いをしながら移動するための足を、車を用意してくれているバラキエルの下へ。
車の運転は、組織の下の者が担当しても良かったと思うのだが・・・・・。彼自身の親切、心ゆえか、他に目的があるためか、それとも両方か―――。鳶雄たちが荷を簡単にまとめあげる。グリゴリより提供されたのは護身用のグッズと、緊急時の非常食だった。姫島朱雀よりもたらされた情報―――地図の場所は、都市部から離れた山間の村だった。このマンションより、車で高速に乗って数時間ほどの距離だ。準備を整えた鳶雄たちは、バラキエルの待つ駐車場に向かう。オーフィス、ヴァレリー、クロウ・クルワッハはお留守番である。代わりとラヴィニアとヴァーリが同行する。駐車場―――八人乗りの青いワゴン車の前でバラキエルが立っていた。バラキエルは駐車場に集った鳶雄たちに忠告する。
「これより向かう先には、危険極まりない使い手が待ち受けているだろう。特に幾瀬鳶雄と、四凶の二人。・・・・・ラヴィニアたちに任せて降りる、という選択肢もある。どうする?」
そう忠告を口にしながらもバラキエルは、こちらの答えを待たずに付け加える。
「―――と、言ったところで引き下がるお前たちではないか。ある意味で、こういうことも想定して私のもとで訓練を積ませたのだからな」
バラキエルの言葉に夏梅がにんまりと笑みを浮かべる。
「そうですよ、教官殿。私たち、あの一件に巻き込まれてから、いろいろと腹は括ったんですから。・・・・・・って、勝手に『私たち』って言っちゃったけど、幾瀬くんも鮫島くんもOKよね?」
鮫島は首をコキコキ鳴らしながら言う。
「ま、あんなクソみたいな目に遭った上に、アスリート並みの練習させといて、今更降りろもねぇわな。前回は最後の最後までみそつけちまったし、今度はうまく暴れるさ」
最後に鳶雄に確認の視線が集まった。鳶尾は横に並ぶ相棒―――黒い刃の頭を撫でながら言った。
「救っていない同級生は、残り少ない。ここまできたら、全員救いたいです。今回でそれが終えられるなら、それにこしたことはありません」
これは鳶雄の本心だった。極論から言えば、乗り掛かった船だ。どんな結果であれ、最後まで見届けたいし、可能な限りを尽くして、いい結末を迎えたい。バラキエルは、鳶雄たちの言葉を聞き、息を吐く。ここで、誰か一人でもNOを唱えれば、このマンションに留まることもできるだろう。しかし、この場にいる鳶雄たちは、全員「向かう」ことを選んだのだ。バラキエルはひとつうなずき、「わかった」と了承した。