夏休みが終わり新学期―――二学期が始まる。駒王学園とトレセン学園の始業式はそれぞれの体育館で行い、一人しかいない理事長は映画館レベルの巨大なスクリーン映像越しから全校生徒、教師に向けて告げた。
『静聴! 秋川やよいから皆に報告することがある! まず一つは駒王学園の高等部に一クラス分の編入性がやってくることになった!』
駒王学園側の生徒はぽっかりと空いた、そこにいるべきの生徒達はまだ姿を見せないが、一クラス分とは多すぎると不思議と疑問の理由が理解して目を丸くした。
「・・・・・」
それに伴い「・・・・・増えた、仕事」と疲れた顔をする警備員から聞こえたとか聞えなかったとか。
『事実! 次に学園の警備員にして女子寮の寮長兼チームシリウスのトレーナーについて語る! 彼もまた兵藤家の人間だった! だがしかし、彼は兵藤家からある事情で追放扱いを受け、兵藤の名を捨てた者! この事実を隠していた彼に疑心暗鬼を生ずる者は多くいるだろう! であるが、皆にはその事実をどうか受け止めてほしい。彼がいなければ駒王トレセン学園は今の平和と秩序を取り戻せなかった! それはこの学園に通い、勤めている皆も知っているはずだ!』
もはやその事実は生きた伝説の如く後輩にも語り継がれている。今日まで起きた最悪な出来事を忘れてはならない、兵藤家を許してはならないと兵藤家に逆らえず、憎悪と恨み怒りと悲哀に苦痛を味わった者達の細やかな抵抗だ。他にもそれを解決した一人の男の英雄譚の物語のように語られてもいる。
『受入! 彼の真実をどうか受け入れてほしい! 納得が難しくとも彼の活躍と実績は紛れもない本物! 彼に救われた者達も忌避しないでほしい! 卒業するまでの間、交流が難しくとも見守って欲しい! 学園内の平和と秩序は彼が守る!』
秋川やよいの真摯な発言の後、一人のウマ娘が立ち上がって警備員に向かって深々と頭を垂らしお辞儀をした。かつて、兵藤家の生徒に無理矢理貞操を奪われかけたウマ娘の一人だ。
「た、助けてくれて・・・ありがとうございました! あなたが助けてくれたから私、レースに出られて走り続けられています! まだG1に勝っていませんが、いつか必ず勝って恩を返します!」
「・・・・・」
まさかこの状況でお礼を言うとは思わなかった警備員の耳に拍手の音が聞こえてくる。拍手をするウマ娘、腰を上げて立っているシンボリルドルフが警備員に向かって拍手をしていた。
・・・・・パチパチ。
シンボリルドルフを皮切りにトウカイテイオー、メジロマックイーン、エイシンフラッシュ、ミホノブルボン、マンハッタンカフェ、キタサンブラック、サトノダイヤモンド、他のウマ娘も続々と拍手をしながら立ち上がり警備員に拍手喝采を送り出す。彼女等に釣られる形で他の教師やトレーナー達からも拍手をする。
否、駒王学園の方にもいる分身体の警備員も全校生徒と教師から拍手喝采を送られていた。
「・・・・・」
ナニ、コレェ・・・・・。
心中、この状況をどうすればいいのか、拍手が止むまで困惑した警備員であった。
『追加! トレーナーとウマ娘に関する知らせがある!』
その瞬間、男性トレーナー達が肩を震わせた。理事長を交えたある会議で挙がった話を本気で取り組むつもりなのだ。あの理事長は! と予見した男性トレーナー達は今後のウマ娘との関係を不安に駆られた。
『ウマ娘の更なる向上心を求めるため、私秋川やよいはトレーナーとウマ娘の恋愛を許可することをここに宣言する! 今日から恋愛届けなるプリントを理事長室の前に設置するので、欲しいウマ娘は放課後に取りに来るように! 詳細はそのプリントの記されているからしっかり読んでから提出すること! 以上!』
スクリーン映像が停止し、始業式が終わった雰囲気なのに体育館にいるウマ娘達は自分の担当のトレーナーや違うトレーナーに振り返り熱い眼差し、もとい蛙を見る蛇の目をしていた。男性トレーナーはこの日から別の苦労を味わうことになるまであと数時間。
「・・・・・これが」
「肯定! これが恋愛届け!」
理事長のところに来ると、たづなと秋川やよいが廊下に設置したテーブルに大量の紙を束にしたものを置いていた。その一枚を手に取り確認する。
「・・・・・トレーナー、ウマ娘、両親、双方、認印、最後、理事長、認印」
「補足! 学園内のみの恋愛を許可、卒業するまでトレーナーとウマ娘の一線を保つのが条件も加えた!」
「まぁ、私からそう説得しました」
どこか疲れた表情を浮かべるたづなだったに、ご苦労様と労いを兼ねて彼女の肩にポンポンと触れる警備員。
「そこで警備員さんにお願いがあるのですが。放課後、ここに来るウマ娘の彼女に私と一緒に手渡しをしてくださいませんか? おそらく『荒れ』ますので」
「・・・・・」
想像難くない展開に警備員は頷く。あの蛙を見る蛇のような目を見たばかりなのだ。きっと放課後は大いに荒れるおそれがある。
―――そしてトレセン学園は放課後の時間に迫った。各ウマ娘の教室は本番のレース当日のように緊張感と闘志を燃やすウマ娘が多かった。教師の号令が終わった瞬間、教室から理事長室まで一目散に駆けるつもりでいるウマ娘達の気配に教師まで緊張する。
「では、SHLはここまで。皆さん気を付けてお帰りください」
そう言われた刹那。一部のウマ娘達が勢いよく立ち上がり、鞄を片手に教室の扉を強く開け放った矢先に、扉の向こうには警備員が立ち塞ぐように佇んでいた。
「え、警備員さん!?」
「・・・・・廊下、静か、守る」
「あ、はい・・・・・」
自分が廊下を走ることを想定して注意をしに来たのだと察したウマ娘は、素直に応じて走らず静かに理事長室まで歩いて向かう。彼女に続いて他のウマ娘も警備員に監視されながら続く。
理事長室の前には長蛇の列が出来ていた。そこにも警備員がいて、たづなと一緒にプリントを手渡す作業を繰り返す。警備員がいなければ、本当に荒ぶるウマ娘が騒然と化していただろう。生徒会や風紀委員が出動するほどまでな展開になっていたら、簡単に場を落ち着かせることは叶わなかったかもしれない。
後日、両親から認印をもぎ取ったウマ娘が自分のトレーナーに詰め寄り、押し倒し、逃げるトレーナーを追いかけ、あるいはトレーナーの実家に直接乗り込んで認印を押してもらう暴挙が多発したもの警備員は全てスルーした。何故なら警備員も担当ウマ娘や違うチームの多数のウマ娘から両親の認め印を得た恋愛届を突き出される一人故に。
「・・・・・」
「え、なんでそんな難しい顔をするのトレーナー?」
「まさか私達と交際するのが困るのですの・・・?」
結婚は受け入れるのに恋人として付き合いたくないのか、付き合うのが難しいことがあるのかウマ娘達はトレーナー室にいるトレーナーに懸念材料があるのかと不安を抱いた。
「・・・・・親、絶縁」
『あ』
そう言えばこの人、夏休みの大会の最中で自分の両親に向かって感情的に絶縁を突き付けたんだった!
今ようやくそれに気付いたウマ娘達は、浮ついた気持ちを沈めた。
「トレーナーさん、絶縁を解消する気は・・・・・」
「・・・・・否、兵藤家、同類、断固」
「うん、絶対そう言うと思ったわ。トレーナーさん、兵藤家のこと心底嫌ってるの周知の事実だし」
苦笑するナイスネイチャ。両親と復縁をする気がないなら、認印も捺されることはない。こればかりはどうしようもなく諦めるしかないと、考えたが・・・。
「・・・・・それ以前、死亡扱い」
「え、あっ・・・!」
Dと言う名前は偽名、本名は兵藤一誠。その昔川神院を呑み込み消滅するほどの大爆発に巻き込まれ、他にいた一同からも死んだと認知した。肉親もそう認識して役所にも死亡届を出したことも確認したトレーナー。
「・・・・・だから」
ナイスネイチャの恋愛届を取り、両親の認印を捺す空欄に自身の認印で捺した。
「・・・・・これで、いいはず」
天涯孤独の形で生きているトレーナーを縛るものはない。親の判を必要とせず自分を慕うウマ娘と付き合うための印鑑を躊躇なく捺したトレーナーにナイスネイチャの頬が上気した。後は理事長の証印を捺してもらえば晴れて学園内限定でトレーナーと恋人関係になれる。
「トレーナー、次ボク、ボクのも!」
「テイオー淑女らしく落ち着きなさい。トレーナーさん、私のを先に」
「アタシよ!」
「うふふ、トレーナーさんよろしくお願いしますね♪」
「トレーナー、これからもご飯を作ってくれ」
「ん・・・・・」
先に捺されたナイスネイチャを皮切りにトウカイテイオー達も捺してもらいたく詰め寄って懇願する。逃げないトレーナーは一人ずつ捺していき最後は・・・・・。
「・・・・・ビワハヤヒデ?」
「私のもよろしくお願いするよ」
ビワハヤヒデが誰もいない時にやってきて恋愛届に認印を貰いに来た。さらにそれから数日間も恋愛届を持ってトレーナーに訪ねるウマ娘の姿があった。そしてウマ娘の日常で・・・・・。
「ダイヤちゃん、今度シリウスのトレーナーさんのチームのトレーニングにまた参加しようよ!」
「え、参加できるのかな? 私達のトレーナーさんに窺わないとダメだよ?」
「きっと大丈夫だよ! あ、クラちゃんとシュヴァちゃんも一緒にやろ!」
「ふぇっ!?」
「チームシリウスの? またって聞こえたけど参加できたの? 実際どんな感じ?」
「すっごいよ! 一つ一つ本場のレース会場があって、シリウスのトレーナーさんのお手製の木でできた人形と競争できちゃうんだよ? それがすっごく速くてさー。他にも―――」
クラスメイトがいる中で大きな白いマリンキャップを被りカーキ色の髪に一房白いメッシュが混じっている、空色の瞳のウマ娘と黒鹿毛のロングヘアを右側にまとめサイドテールに前髪にはミルククラウンのような独特な形の流星があり、両耳の輪郭は波型になっており、右耳には王冠を付けているウマ娘に魔法の道具の凄さをサトノダイヤモンドに見守られるながらたくさん伝えるキタサンブラック。
「
「ク、クラウンまで・・・・・わ、わかった・・・・・」
断れない雰囲気に渋々と言った感じで一緒にトレーニングに参加する意思を口にしたその同日。警備兼トレーナー室に訪問する一人の男性。
「頼みがある」
「・・・・・」
筋骨隆々の上半身に何も着ずに半裸の黒沼トレーナーだ。
「・・・・・聞く」
「お前が利用している魔法の道具のガラス玉・・・・・あれを俺のチームのトレーニングに活用したい」
「・・・・・欲する?」
「可能であれば、頼めるか」
7泊8日の宿泊中に意図せず合同でトレーニングをする形であの魔法の道具のガラス玉の中の凄さと有用性を知った黒沼。チームシリウスの強さの秘訣はこれだと後輩に頭を下げてまで、魔法の道具を欲しているのだった。
「・・・・・あの道具、トレセン学園用、完成」
「なに?」
「・・・・・誰でも、可能、シリウス用、数倍、更なるトレーニング、可能、理事長、許可」
何時の間にそのような物を作っていたんだと黒沼は思いながら尋ねた。その完成は何時なんだと。警備員はその返答に対して椅子から腰を上げて部屋を後にしようとした。
「・・・・・同行」
警備員の一言を訊き、黒沼は何も言わずついて行く。二人が歩く先は実寸大のコースがあるグラウンド。隣で黒沼は警備員を見つめ次の挙動を見守った。
パチンッ。
指を鳴らした警備員。その音に呼応してグラウンドの真上に広大な魔方陣が浮かび一瞬の閃光のあと、上空に数十メートルほどの巨大なガラス玉が浮かんでいた。
「・・・・・」
「・・・・・あれ」
コースを潰さない配慮か、地上から数メートルの高さで宙に漂うガラス玉に近づく二人に呼応して小さな魔方陣が目の前に展開し、黒沼の手を掴むと警備員がその魔方陣に触れ二人は光と化して消失した。
「・・・・・っ」
「・・・・・着いた」
警備員の声が聞こえ、恐る恐ると閉じていた瞼を開いて目の前の光景を視界に入れた。そして驚愕する。
「こ、これは・・・・・!!」
2人がいる場所は―――なんと大自然の中。100人は優に集まれる崖の上に立っており、視界に入り切れない森の草原が奥まで広がっている。
「これが、トレーニングをする場所だと?」
「・・・・・中華、ウマ娘、大自然、トレーニング、訊いた」
「だから真似たと?」
「・・・・・元々、日本のウマ娘、規則正しい、トレーニング、主流、自然相手、ウマ娘の本能、更に向上、可能性、信じる」
想像以上で予想以上のスケールの違いさを思い知らされた黒沼。警備員が広場に立てられている数多の掲示板に近づく。
「・・・・・ここ、大森林、渓谷、峡谷、渓流、滝行、自然を利用、トレーニング、他、砂漠、海、草原、各コース、最後、シリウス用、各種、トレーニング、全て」
「学園に戻る際はどうすればいい?」
「・・・・・念じる、口にする、帰還」
そう言った次の瞬間に警備員が自動的に外へ戻され、取り残された黒沼はびっくりした。教わった方法を行使すると自身も光となっては見慣れたグラウンドと学園の中に立っていて、目の前に先に戻された警備員が立っていた。
「・・・・・理解」
「ああ・・・全てのウマ娘も利用できるならこれ以上の無いトレーニングができそうだ。何時ごろ使用が出来るようになる」
「・・・・・理事長、これから許可」
「そうか」
納得した黒沼共々、学園内に戻り理事長室を訪ねた。トレセン学園用の魔法の道具の完成を伝えると。
「始動ッ!! 今日からその道具の使用を許可するッ!! 全てのウマ娘とトレーナーには私から報せるッ!! キミは道具の説明をしてくれたまえッ!!」
「・・・・・了解」
秋川やよいから了承を得たことで巨大な魔法の道具は、今後日常的で誰でも利用ができる特殊なトレーニングとなった。放課後、理事長による臨時集会で一堂に会するトレーナー達は魔法の道具の説明を受け、実際に魔法のガラス玉の中に入り現場を見て、警備員から長々と説明を受け、本物を真似て創ったレース会場を見て仰天した。
「こ、こんな物までトレーニングとして扱うのか・・・!?」
「信じられんっ・・・・・」
「だけど、本番と彷彿させる場所の中でトレーニングができるなら、ウマ娘達も向上心が湧くかもしれないわ」
「G1のターフを駆けられる、ということか・・・・・」
「仮初とはいえ・・・夢の舞台を走らせられるなら、私は採用してもいいと思います」
「・・・認めないわけにはいかないか」
満場一致、全てのトレーナーが警備員お手製の魔法の道具の有用性を認め、正式的にトレセン学園で使用されるようになった。特にこれを知った中国のトレーナー箔は、セキト達に教えたようで誰よりも早くコースに来て特殊なトレーニングができる巨大なガラス玉の中へと入り―――。
「狭い日本の中で走るのはとても窮屈だった。だが、この中なら何も気にせず自由に走れる。Dトレーナーには感謝だ!!」
「大自然の中で走るなんて久しぶり!! どこまで広いのか確かめましょう!」
「水の匂いがするし流れが激しい河はあるのかしら!」
「久しぶりに断崖絶壁を登りたいっ!」
「隅々まで走ってやる!」
「お姉様があんなに喜ぶなんて、Dトレーナー・・・その手腕を認めましょう」
無邪気になって中国のウマ娘達が、それぞれ中国本土の面積並みの大自然トレーニングの中を思い思いに走る。トレーナー箔も自然の中で座り込みその場で座禅をしだす。一方日本のウマ娘達もトレーナーと一緒にガラス玉の中に入りトレーニングに精を出すよりも夢の舞台であるG1レースに走らせていた。響くファンファーレに幻影の観衆達の声援の中、ゲートに入るウマ娘達がこれがいつものトレーニングとは思えない真剣な表情で一緒に走ることになった他のウマ娘達と競い合いを臨む。
ゲートが開いたその瞬間。一斉に前へ前へとこれが本番のレースだと思って鋭い脚でターフを駆け抜けていった。ウマ娘のトレーナー達も応援に熱が入っていた。
「絶対に彼女をG1に優勝させてみせるぞっ」
「私も同じ思いです」
「何度も走らせて経験を積ませていけば、優勝も夢ではない筈だ・・・頑張れっ!」
「そこだ、いけぇー!!」
中等部も高等部も関係ない、適性距離も関係なく、思うが儘に走りたいレースを走るウマ娘達もいれば、引退したウマ娘も久しぶりに本番と酷似したレースに走っていた。そんなトレーナーとウマ娘達の様子を見るまでもなくチームシリウスは、トレーナーの魔法の道具であるガラス玉の中でトレーニングに励んでいた。数ヶ月後のG1優勝に向けてライバル達に勝つために。