エイシンフラッシュにスイーツ作りの協力を求めたトレーナー。返答は二つ返事で了承してくれた日から週末の日。寮長室でキッチンの前に立つ二人がエプロン姿で最後のデザートを完成させて一息ついた。トレーナーが寮長室にある業務用の大型冷蔵庫に二人で作った数多のデザートの最後の一つとして入れた。
「時間通り出来上がりましたね。さすがですDトレーナーさん。一寸の狂いもなく、一gの誤差もなく完璧です」
「・・・・・大切」
「そうです。たった一gでも本来の味や出来上がりが変わってしまいますから、繊細かつきちんと調整を怠ってはなりません。パティシエにとってそれは非常に気に掛けないとならないことです」
はいどうぞ、とトレーナーの分のコーヒーを淹れたエイシンフラッシュから受け取った。彼女の協力のおかげで明日の約束が間に合ったので、エイシンフラッシュの頭を感謝の意を込めて撫でる。
「・・・・・感謝」
「いえ・・・あなたに何度も助けられました。お礼としてはまだまだ細やかなものです。これからも頼ってください」
頭を撫でられる手の感触と温もりに顔はほんのりと淡い朱で染まり、嬉しい気持ちで胸が膨らんだエイシンフラッシュにトレーナーは告げた。
「・・・・・ありがとう、フラッシュ、来週、お礼、外出」
「っ・・・はい」
所謂デートのお誘い、トレーナーにそんな考えはなかろうとエイシンフラッシュは気持ちが高ぶって、尻尾が彼女の心情を表すかのように喜びでぶんぶんと揺れた。しばらくトレーナーの部屋でのんびりと寛いだエイシンフラッシュは自室へ戻ったあと、寮長室中に漂う甘い香りがまだ残っている内に訪問者が現れる。
「トレーナーさん、失礼するよ」
ノックもせず我が家当然に入るシンボリルドルフ。寮長室に入ると甘い香りが漂っていることからスイーツを作ったのだろうと推測し、巨大な冷蔵庫を一瞥した。
「明日の準備はできたようだね」
「・・・・・エイシンフラッシュ、協力」
「・・・・・ほう?」
この匂う甘さは二人きりで甘々にスイーツ作りをしていた名残という事実を知ったシンボリルドルフのウマ耳が後ろに伏せ、忙しなく尻尾が左右に揺れる。―――なぜか気が立っているシンボリルドルフに小首を傾げるが、気にせずトレーナーは寛ぐためソファーに寝転がった矢先に携帯が鳴り出した。近くに置いていなかったので指でクイっと動かし、携帯を浮かせて伸ばした手の中に引き寄せた。連絡相手を見てソファーから起き上がると通信状態にしたトレーナー。
「・・・・・もしもし、・・・・・ん、問題ない、・・・・・ん、今夜」
今夜誰かと会うつもりでいるトレーナー。女だったら・・・と眦が裂くシンボリルドルフの目の前で通信を切ったトレーナーは彼女に向かって一言。
「・・・・・暇?」
「今夜、誰かと会う約束をしていたのだろう? 私も同席していいのかトレーナーさん」
「・・・・・鳶雄」
その名前の人物は、堕天使陣営に属する青年だったなと思い出す。
「どこで彼と?」
「・・・・・バー」
「バー?」
意外過ぎる場所。トレーナーがBARなど利用するなど想像もできない。友達が経営している店ならば行くのかと携帯を更に操作するトレーナーを見下ろすシンボリルドルフは、一緒について行く意思を伝えてからその日の夜―――。
「へぇ、あなたが珍しく誘うもんだからどこなのかと思ったらBARなのね」
「D君にしては本当に珍しい場所だな」
「ごちそうになる」
「どんなBARでしょうか楽しみです」
他のトレーナー達も誘ってシンボリルドルフと黒狗BARのモダンな雰囲気の扉を開けると―――。
「――――――♪」
心を奪われそうな美しい歌声が、店内を包み込んでいた。見れば、奥に設置されたステージで、白いドレスを着た金髪の超絶美女が見事な歌声を披露していた。客の皆々も、話すのも止めて、歌に聞き入っていた。
「これは・・・・・」
「美しい歌声です・・・・・」
「D君の行きつけのBARも中々イイところじゃないか」
トレーナー達の第一印象は上々で、先に歩くトレーナーについて行くと黒髪黒目の青年、鳶雄がカウンターの奥でバーテンダーをしていた。
「・・・・・来た」
「いらっしゃいD。他の方々もようこそいらっしゃいました」
「彼の誘いは本当に珍しいからな。D君とは友達なのかな?」
「はい、友達です。Dに誘われたんですね? おもてなししますよ」
それならばと東条ハナ達は各々酒を注文して、先に作り終えたモノから提供していく鳶雄。
「Dには前回出せなかったアップルパイだよ」
「・・・・・」
左眼を輝かせ、身体を小さくしてからたくさん用意されたアップルパイを食べ始める。
「ウマ娘の君は人参をペースト状にしたジュースだよ。Dから教わったものだけど口に合うかな」
「いただきます。・・・・・とても美味しいです」
「ああ、よかったよ。ウマ娘の好みの飲み物は初めて作ったから少し不安だったよ」
安堵で笑む鳶雄。東条ハナ達も年下の青年が作った酒の味は美味だと感じ、つまみも注文して談笑の花を咲かせる。
「・・・・・話」
「わかってるよ。単刀直入に言うと一騒動が起きる可能性が現実味を帯びたから、俺達は裏方でサポートすることになったんだけど、Dは表の方で協力してくれないかな」
「・・・・・」
「堕天使陣営から抜けたキミに頼むのは申し訳ないけど、念には念をってことでね」
鳶雄が渡すつもりでいただろう茶色の封筒を手に持ってトレーナーに渡した。
「詳細はそれに書かれてある。後はキミの自由だよ」
「・・・・・」
一先ず封筒を手に取り亜空間に仕舞ったDの背後から舞台で歌っていたラヴィニアが抱きついてきた。
「旅館以来なのです」
胸元を大きく開いた純白のドレス姿のラヴィニア。その胸をDの頭に乗せる形で抱きしめ、抱きしめられるDの狐耳が潰れた様子を見てしまった、あんな風にできない自分の胸にシンボリルドルフの顏は絶望に染まった。
「・・・・・重い」
「もう、女の子に重いなんて、メッ、なのですよ?」
「はは、またDと会えてラヴィニアは嬉しいんだ。多めに見てあげてくれ」
「・・・・・紗枝、鳶雄、乗せてる?」
「D、紗枝の前でそんなこと言ってはダメだからね」
「・・・・・」
「書いてみせなくていいから」
あと一体いつの間にかいたんだ、とスケッチブックに一人の女性が目の前に鳶雄に対して自身の胸を彼の頭に乗せようと背後からくっついている絵が描かれていた。二枚目をめくると裸同士の男女がくっついており、三枚目は子宝が恵まれた二人が描かれていた。
「・・・・・結婚」
「いやまだ・・・ってっ、誘導尋問だよねこれっ」
友人に対して描いた絵でからかう趣向がある様子のDを見て、軽く知られなかった事実に驚くシンボリルドルフ(しかもかなり上手い)。
「そう言えばアザゼルさんから聞いたよ。分家の兵藤家も加わったって。何か変わったことはある?」
「・・・・・兵藤家、分家、大人しい」
「分家の兵藤家? 有名な家系だとやっぱり本家とか分家とかあるんだね」
「・・・・・分家、当主、大統領、本家、当主、兄弟」
「えっ、そうなのか!?」
鳶雄が目を見開くほど驚き、一緒に旅館で宿泊した夏梅とラヴィニアは知っているはずなのだが、どうやら教えていないようだった。
「まぁ、だとしても兵藤家と深く関わっているキミ以外は縁の無さそうな話だね。分家の人達も問題を起こしたら?」
「・・・・・同様、性欲の獣、駆除」
「駆除・・・殺していないよね?」
「・・・・・一歩手前」
「一歩手前かぁー・・・・・」
遠い目をする鳶雄。絶対に許しを乞うても徹底的に暴虐の限りを尽くすだろ目の前の男は。そんな想像も難しくはなく、逆に優しさを持っているとはDに限ってあり得ない話だ。
「Dは学校じゃどんな感じですか?」
東条ハナ達に問うと各々と口々に言いだした。
「とても優秀な後輩だよ」
「学園のある問題を解決してくれて、一部の生徒を除いて全校生徒から厚い信用と信頼を得ているわね」
「私達もそのおかげで助かっております」
「駒王トレセン学園に必要不可欠と言ってもいいぐらいだ」
随分と活躍しているらしく、多大な評価を得ているDが褒められてもアップルパイを食べることに夢中で気にしていないどころか聞いてもいなかった。対する鳶雄は友人の感想を微笑んで聞いていた。
「(俺達と離れて4年もなるけど、上手くやっているみたいだねD)」
戦友、友人として気になることは気になる。心が壊れ、人付き合いが出来ているのか気に掛けていたが鳶雄の懸念は杞憂に終わった。こうして彼を称賛する声がたくさん聞こえてくる。Dと交流がなければ言えないことがたくさん聞けたからだ。もしかしたら堕天使陣営から離れたのはよかったかもしれないが、やはり寂しさはある。そうなった原因はアザゼルなので鳶雄は呆れ混じりに心の中で溜息を吐いた。
「(ともかく、Dが連携をしてくれるなら何も問題はない。Dの怒りを買うようなことがない限り、クロウ・クルワッハぐらいしか対処できないことにならなければ、ね)」
怒るドラゴンを止められるのは英雄かドラゴン、または歌であるのが定番だ。鳶雄はそれだけを危惧して彼等が帰るまでおもてなしをした。