星の海へ   作:ステルス兄貴

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百九十三話 スバルの休暇

 

 

此処で視点はバジウド星系からミッドチルダへと移り、時系列は数年前の過去に遡る。

 

宇宙空間を一隻の次元航行船が航行していた。

 

「ご乗船の皆様にお知らせいたします。本船はまもなく、人工衛星都市、ガーラミオに到着いたします。ガーラミオではレジャーとリゾートを目的とした施設の数々が皆様をお待ちしております。お降りのお客様は下船のご用意をお願い致します」

 

この船内アナウンサーを聞き、スバルは読んでいたガイドブックから窓の外へと視線を向ける。

 

「久しぶりの有給だけど、何か皆には悪い気がしちゃうな‥‥」

 

機動六課卒業後に特別救助隊に所属しているスバルは、久しぶりの有給休暇をミッドチルダではなく、外の世界で過ごそうとしていた。

 

尤も外と言っても他の管理世界ではなく、つい最近になって管理局と観光財団が建設し、完成した巨大な人工衛星都市である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

当初はミッドチルダで有給を過ごそうかと思っていたのだが、たまたま買い物に訪れたショッピングモールで福引券をもらい、試しにやってみた所、この人工衛星都市ガーラミオ内にあるリゾートホテルの宿泊券が当たったのだ。

 

スバルは一人で行くのもつまらないと思い、家族を誘ったのだが、ゲンヤはつい最近まで108部隊の管轄内で起きていた川辺で身元不明の人間の肉片が見つかったり、複数の学者や研究者が失踪する事件の残務処理があったので、その残務処理の為に旅行に行く余裕はなく、その事件の犯人が追跡の最中に行方不明となってしまい、その犯人が未だに見つからない事から犯人の追跡捜査で忙しいらしく、何故かその事件にはディエチも協力しており、二人は行くことが出来なかった。

 

ノーヴェはジムの運営資格の勉強とアルバイトで忙しくて旅行へは行けず、ウェンディも都合悪くスバルの有給中にアルバイトのシフトが被っており今更シフト変更なんて出来る筈も無く、当然旅行へは行けず、チンクは士官学校に在籍中なので論外。

 

家族皆で一緒に行けないのであるならば、職場の同僚と行けばいいのかもしれないが、“陸”所属の特別救助隊は常に多忙であり、今回有給がとれたのもスバル一人であり、職場の同僚は同行できず、なのははヴィヴィオの学校がある為、旅行に行けず、フェイトもチンク同様士官学校に通っているので行けない。

 

エリオとキャロは他の世界に居るので無理な状況と旅行に行くには最悪のタイミングだったのかもしれない。

 

でも、折角当てた宿泊券を無駄にはしたくはなく、家族の皆も『久しぶりの休暇なのだから楽しんで来い』と後押しをされたので、スバルは結局一人でガーラミオへ旅行に行く事にした。

 

「まぁ、その分お土産をいっぱい買って行ってあげよう」

 

旅行へ行けなかった家族には沢山のお土産を買って帰ろうと決めて、久しぶりの休暇を楽しむことにしたスバル。

 

そんなスバルが乗船している次元航行船は間もなく、目的地である人工衛星都市ガーラミオに到着しようとしていた。

 

そのガーラミオの周囲には他の次元航行船が何隻も行き交っており、辺りの宇宙空間は活気に満ちていた。

 

やがてガーラミオ内にある次元航行船の発着乗り場に着き、船を降りると周囲には沢山の人工森林があり、近くには大きな滝が流れており、その先には人工湖もあった。

 

「凄い!!次元の海に有る人工都市なのに滝や湖がある!!あっ、鳥も飛んでいる!!」

 

轟音を立てながら水しぶきを上げる雄大な滝の姿はまさに圧巻であり、滝や湖の傍にはその周囲を飛び回る鳥の姿もあった。

 

「さてと、まずはホテルにチェックインしてから観光に行こう」

 

発着場で出入審査を受けてガーラミオの市街地へ一歩足を踏み入れると、そこには沢山の店が並んでいた。

 

「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい」

 

「安いよぉ~安いよぉ~」

 

「ミッドには無い、ブランド品だよ!!安いよぉ~!!本物のブランド品だよ!!」

 

レストランやバー、喫茶店に居酒屋等を含む飲食店、洋服、アクセサリーショップ、各管理世界のブランド品を扱う免税店、土産物屋、ホテルにカジノ、エステサロンに美容院、ありとあらゆるスポーツが楽しめるジム施設に競技場、銀行・郵便等の金融機関、映画館に劇場、病院、消防署、そして治安維持の為に管理局の支局など、町の中に存在するあらゆる分野の施設がこの人工衛星都市の中には揃っていた。

 

そもそも、この人工衛星都市は宇宙空間‥管理局で言うところの『次元の海でもリゾートを楽しもう』と言うコンセプトから管理局と観光財団が作り上げた人工衛星都市であり、非常時の際にはこの人工衛星都市自体が巨大な宇宙船にもなる機能を有していた。

 

これも表向きはマリエルとシャリオが研究・開発に成功したとされるMS機関の恩恵の一つでもあった。

 

それ故に観光財団は管理局との共同開発としたのだ。

 

管理局がMS機関の製造を独占していなければ、観光財団で作り上げ、その収益は観光財団が全て自分たちのモノにしたかった所ではあるが、肝心のMS機関の生産ライセンスを管理局が独占しているのでは観光財団側もやむを得なかった。

 

「さっきの滝や湖も凄かったけど、次元の海にある衛星都市って言うだけあってミッドにはない色んなお店がある」

 

宿泊予定のホテルを目指しながら、周囲の街並みを見て驚愕し、感嘆の声をもらすスバル。

 

(やっぱり、観光地に来たからにはそこにしかない食べ物を制覇しないとね)

 

ホテルでチェックインを済ませたら、旅行の醍醐味の一つでもある食べ歩きをすることに決めたスバル。

 

「そこのお客さん、お泊りのホテルは決まっていますか?良いホテルを紹介するよ」

 

「い、いえ、もう泊まるホテルは決まっていますから‥‥」

 

「お客さん、一杯飲んでいかないかい?安くしとくよ」

 

「あ、あたしはまだ未成年だから‥‥」

 

周辺にあるホテルやバーからの客引きにタジタジになりながらも断るスバル。

 

「さあ、一攫千金を狙うなら、カジノ・グラン・ガーラミオ!!旅の思い出にどうだい?一勝負!!カジノ・グラン・ガーラミオ!!カジノ・グラン・ガーラミオだよ!!」

 

「ガーラミオ名物、ドッグランレースはまだまだ受け付けているよ!!会場はこの右の角だよ!!」

 

競馬ならぬ競犬競技の案内では犬の着ぐるみを来た従業員が客引きをしていた。

 

この人工衛星都市ではカジノを始めとする賭け事は合法の様で、管理局員も摘発するような動きは見せていない。

 

その証拠に巡回中らしき管理局員が来てもカジノや競犬の従業員は客引きをしているし、管理局員も何事もなかったかのように巡回している。

 

「お客さん、スポーツをやらないか?ウチのジムはプールに無重力スポーツのフライングボールのコートも完備しているよ」

 

「あ、後でね‥‥」

 

元来人見知りな性格も相まってこうした商魂逞しい商人たちの勢いに負けそうになり、スバルは駆け足で、宿泊予定のホテルへと駆け込んだ。

 

「ふぅ~‥‥何とか着いた‥‥でも、あの勢いだと観光に出た時も、お店の人に揉みくちゃにされそう‥‥こんな時、ティアが居たら、きっとあの鋭い眼光で人を寄せ付けなかったんだろうな‥‥」

 

スバルの脳裏には今では左頬に魚骨の傷があるかつてのパートナーの姿が浮かぶ。

 

もし、ティアナがフェイトたちと共にミッドチルダへと戻り、今回の旅行にも一緒に来ていれば、先ほど自分に声をかけて来た商売人の人たちはティアナの顔の傷に恐れ戦いて、きっと自分とティアナには声をかけなかったのではないかと思い、そんな姿を想像して思わず苦笑してしまう。

 

「さてと、それじゃあチェックインをしちゃおう」

 

スバルはホテルのフロントへと向かいチェックインの手続きを行う。

 

財布や身分証明書等の貴重品が入っているバックから福引で当てたホテルの宿泊券を取り出して、フロントの受付係へと手渡す。

 

「はい。確かに‥‥では、こちらにお客様のお名前とご住所をご記入ください」

 

宿泊券を受け取った受付係はスバルに宿泊カードを渡してくると、スバルはフロントの受付台に備え付けてあるペンを手に取り、宿泊カードに名前と住所を記入していく。

 

スバルが宿泊カードを書いていると、隣の受付に一人の老紳士がやってきた。

 

老紳士はスバルと異なり、すでに予約してあったのか受付係に自分の名前を伝えると、受付係はコンピューターで予約の確認をとる。

 

「はい、確かにご予約の確認がとれました‥では、こちらにお客様のお名前とご住所をご記入ください」

 

事前に予約をしていても一応宿泊カードには名前と住所を記入してもらう決まりなのか、受付係は老紳士に宿泊カードを手渡す。

 

そして、老紳士はスバル同様、フロントの受付台に備え付けてあるペンを手に持ち、宿泊カードに自身の名前と住所を記入していく。

 

「お客様のお部屋は五階の5042号室となります」

 

宿泊カードはスバルの方がいち早く書き終えた。

 

「どうも」

 

そして、スバルを対応していた受付係が彼女に宿泊する部屋の鍵を手渡してきた。

 

スバルは受付係から部屋のカギを受け取り、部屋に向かおうと踵を返した時、ホテルの出入り口から一人の大男が入って来た。

 

「ん?」

 

例え大男だろうが、男性がホテルに入って来るのは別段不思議ではない。

 

この大男が自分同様宿泊客ならば‥‥の話ではあるが‥‥

 

(ん?この人‥‥)

 

スバルはその大男を一目見て違和感を覚える。

 

「‥‥」

 

フロントの受付係もその大男を何だか啞然とした表情で見ている。

 

これまでの管理局生活の中で危険な予兆を感じさせるモノがこの大男からは漂っていた。

 

大男はフラフラと酔っぱらっているかのような不安定な足取りでスバルの隣で受付をしている老紳士へと近づいていく。

 

そして事態が動いたのは大男がズボンのポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、刃を剥き出しにすると、

 

「うがぁぁぁぁー!!」

 

突然奇声をあげて老紳士目掛けて突き掛かって来た。

 

「っ!?」

 

大男の行動を見たスバルは咄嗟の事とは言え、横合いから飛び出して老紳士を突き飛ばしつつ、脚を跳ね上げて突き掛かって来た大男の手からナイフを蹴り飛ばした。

 

スバルによって蹴り飛ばされたナイフがロビーにある観賞用植物の幹に突き刺さると、

 

「きゃぁぁぁー!!」

 

女性客の悲鳴がロビーに木霊する。

 

「うぅぅぅぅ~‥‥」

 

「‥‥」

 

老紳士を突き刺せなかった事に大男はスバルを睨みつけてくるが、スバルだって負けじと大男を睨む。

 

「貴方、酔っぱらっているの!?いくらお酒で酔っていてもナイフで人を刺そうだなんて、例え酔っていても言い訳にはならないんだよ!!」

 

スバルは大声で大男に『お酒で酔っていた』という言い訳は決して免罪符ではない事を忠告する。

 

「うぅ~‥‥」

 

しかし、大男はまるでスバルの声が聞こえていないかのように低い唸り声を漏らしつつ、

 

「うがぁぁぁぁー!!」

 

スバルに掴みがかって来た。

 

しかし、スバルはひょいと大男の突進を躱す。

 

「うがぁぁぁぁー!!」

 

だが、大男は諦めずにスバルへ今度は拳を向けて来た。

 

「くっ、しかたない‥‥」

 

スバルは左腕でガードしつつ大男の懐に入ると、

 

「ふん!!」

 

大男の鳩尾に拳を叩きこむ。

 

とは言え、戦闘機人であるスバルが力一杯、バリアジャケットに身を包んでいる訳でもなく、生身の身体に拳を叩きつければ、重傷か当たり所が悪ければ死んでしまうかもしれないので、当然力はセーブしてある。

 

「うっ‥ぐっ‥‥」

 

大男は両手で腹部を抑え、

 

ドサッ‥‥

 

低い呻き声をあげながらロビーの床に倒れる。

 

フロントの受付係もロビーに居た他の宿泊客たちもこれで一件落着かと思った。

 

それは大男の鳩尾に拳を叩きこんだスバル本人もだ。

 

あとは、此処に常駐している管理局員を呼んで、この男の身柄を確保してもらえれば終わる。

 

「すみません。管理局の人を呼んでもらえますか?」

 

「は、はい」

 

そう思われており、フロントの受付係がガーラミオに駐在している管理局員へ連絡をしようとしたのだが、大男は先ほどの痛みを忘れたかのように立ち上がった。

 

「っ!?」

 

(えっ?何この人!?痛みを感じていないの!?)

 

(いくら酔っているとは言え、そんなことはあり得ない筈なんだけど‥‥)

 

酒に酔って痛感が鈍くても手加減したとは言え、戦闘機人の拳を鳩尾に叩き込まれたのだ。

 

普通ならばあまりの激痛でしばらくの間は起き上がれない筈だ。

 

しかし、眼前の大男はこうして立ち上がっている。

 

そして大男はロビーにあったガラス製のテーブルを掴むと、

 

「うがぁぁぁぁー!!」

 

スバルに向かって放り投げてきた。

 

ガシャン!!

 

ロビーにガラス製のテーブルが砕ける大きな音が響く。

 

しかし、そこは数々の現場を潜り抜けて来た管理局員であり戦闘機人のスバル。

 

「ふっ‥‥」

 

床に向かってダイブしながら放り投げられたガラス製のテーブルを躱し、一回転をして大男の足元へ飛び込むと、

 

「ふん!!」

 

思いっきりそして強く、横なぐりに大男の脚を自らの脚で払いのける。

 

スバルの俊敏な動きについていけず、不意を突かれた大男の身体は一瞬ではあるが、宙に浮き、頭を床に打ち付けるとようやく動きを止めた。

 

スバルが立ち上がり、再び大男が起き上がってこないか確認するが、どうやら完全に伸びているらしく、大男が起き上がる事はなかった。

 

大男が完全に気を失った事を確認すると、スバルは『ふぅ~』と一息つく。

 

周囲の人たちも大男が起き上がらない事を察すると、スバルに向かって拍手を送る。

 

すると最初にナイフで襲われそうになった老紳士がスバルの下に歩み寄る。

 

「御若いの、ありがとう。どうやら私は君に命を救われたようだ。礼を言うよ」

 

老紳士は礼儀正しく深々とスバルに頭を下げる。

 

「い、いえ、あたしの方こそ咄嗟の事とは言え、突き飛ばしてしまって‥あの、お怪我はありませんか?」

 

凶刃から守る為とは言え、突き飛ばしたが、それが原因でどこかに怪我をさせては、結局は自分が加害者になってしまう。

 

「いや、君のおかげで怪我をせずに済んだよ」

 

どうやら老紳士に怪我はなかったみたいだ。

 

「そ、そうですか、良かった~」

 

老紳士に怪我がなかった事にホッと胸をなでおろすスバル。

 

「私の名はアストン・マーティンだ。見ず知らずの私を危険も顧みず救ってくれてありがとう」

 

「いえ、管理局員としては当然の事をしただけです。あたしは、スバル・ナカジマと言います」

 

「管理局員?君は管理局で働いているのかい?」

 

「は、はい。ミッドチルダで特別救助隊に所属しています」

 

「特別救助隊‥なるほど、君は“陸”に所属しているのか‥‥それにしても若いな‥‥君は優秀な管理局員なのだね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

老紳士の声には悪意はなく、それだけにスバルはどんな顔をすればいいのか困惑する。

 

(特別救助隊が“陸”の所属だって事を知っていると言う事はこのおじいちゃんもミッドに住んでいるのかな?)

 

(それとも管理局の上級局員なのかな?)

 

眼前に居る老紳士が地理的にミッドチルダに住んでいるのか?

 

それとも老紳士が自分と同じ管理局員であり、階級は年齢的に佐官か将官なのかもしれないと思うスバル。

 

それから直ぐにホテルが通報したガーラミオに駐在する管理局員たちがやって来ると大男は伸びたままの状態で手錠をかけられストレッチャーに乗せられながら支部へと連行されていった。

 

最初に大男が襲い掛かろうとしたマーティンなる老紳士をはじめとしてあの時、ロビーにいた全員が局員からの事情聴取を受ける事になった。

 

勿論、ホテルの従業員もスバルも含めてだ。

 

スバルは管理局が発行している身分証明書を提示すると、

 

「スバル・ナカジマ士長、ニ、三、お聞きしたいことがあります。ご足労おかけいたしますが、我々の詰め所までご同行を願います」

 

「は、はい。分かりました」

 

ホテルの従業員や他の宿泊客、そしてあの大男に襲われそうになったマーティンはその場での事情聴取だったが、何故かスバルだけはガーラミオ内にある管理局の支部へと呼ばれることとなった。

 

(もしかして、過剰防衛とみなされちゃったかな?)

 

マーティンを守る為とは言え、あの大男を意識不明にしてしまったので、その点でお咎めを受けるのではないかと思いつつもスバルはガーラミオ駐在の局員と共に支部へと向か事になった。

 

ホテルを出る際、

 

「お兄さん、強いねぇ~さっきの勝負、あんたに賭けておけばよかったよ」

 

男性宿泊客がスバルに声をかけてきた。

 

「お、お兄さん?あ、あの‥あたし、女なんですけど‥‥」

 

「ありゃ?そうなのか?それはスマン」

 

(一応、胸だってそれなりにあるのにな‥‥)

 

今、スバルが着ている私服がスカートではなく、ジーンズを穿き、髪が短く、そして大男と殴り合いをして勝ってしまったその姿から男性宿泊客がスバルを男と間違えてしまった様だ。

 

それからスバルはガーラミオ内にある管理局の支部へと向かうと、支部内にある取調室へと案内された。

 

(やっぱり、過剰防衛なのかな‥‥?)

 

(も、もしかして休暇期間中、留置場で過ごす事になるんじゃあ‥‥)

 

(もし、職場に知らされたら懲戒免職って事も‥‥)

 

 

(そうなれば、父さんにも迷惑がかかっちゃうな‥‥)

 

取調室へ通されどんどんと不安になってくるスバル。

 

そこへ、部屋の扉が開き初老の局員が入って来た。

 

「スバル・ナカジマ士長ですな?わざわざご足労をかけてすまないね。私はこの支部所属の捜査官、フォルクス一尉だ」

 

「は、はじめまして‥スバル・ナカジマ士長です‥‥」

 

(捜査官って事はこの人も“陸”の人なんだ‥‥)

 

(なんだか、雰囲気が父さんに似ているかも‥‥)

 

管理局でも“海”が観光財団と協力して建設したのだから、てっきり常駐している局員は“海”所属の管理局員かと思ったが、意外にもこの人工衛星都市に常駐しているのは“陸”所属の局員であった。

 

“海”としてはMS機関が開発され、新造の次元航行艦が就航し始めている中で、人工衛星都市の警備などと言うつまらない仕事は“陸”の局員でも十分に務まるだろうと言う判断から、“海”の上層部が“陸”の責任者であるロールスロイスに打診したのだ。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?何かな?」

 

「わ、私はどう言った要件で此処に呼ばれたのでしょうか?」

 

スバルは眼前に居る捜査官にこの支部へ呼ばれた理由を訊ねる。

 

「いや、まずは我々の手が至らなかった件について協力してもらったので、お礼を言いたくてね」

 

「い、いえ、偶然あの場に居合わせただけですし‥‥」

 

「では、その偶然に感謝しよう‥‥それで‥‥」

 

「は、はい」

 

「あの男と戦った君から見て、あの男はどう見えた?」

 

「えっ?どう見えた‥とは?」

 

「うむ、戦って何か気づいたことはなかったかい?」

 

「えっと‥‥最初はお酒に酔っているかと思ったんですけど‥‥」

 

「そこに何か違和感があった‥‥と言う事だね」

 

「は、はい。鳩尾に一撃を入れた後、あの人はまるで痛みを感じていないかのように直ぐに起き上がりました」

 

「ふむ、それで?」

 

「あたしは、こう見えて格闘系の戦闘スタイルなんです。いくら手加減をしたとは言え、鳩尾に入れた後にもかかわらず、あんな短時間で起き上がるなんて不自然だと思いました。そもそも最初にあの人がホテルに入って来た時、足取りもフラフラしていたし、何ていうか‥その‥‥肉食獣みたいと言うか‥妙な雰囲気を感じました」

 

スバルはフォルクスにあの大男との一戦で覚えた違和感を話す。

 

「なるほど‥実はあの後、被疑者のメディカルチェックをしたところ、血液から麻薬の成分が検出された」

 

「ま、麻薬!?」

 

フォルクスの口から出た『麻薬』と言う単語にスバルは思わず声が裏返る。

 

(そ、そうか‥あの人、お酒じゃなくて麻薬であんな状態だったんだ‥‥)

 

スバルが覚えた違和感は麻薬が原因なのだと判明した。

 

「しかも検出された麻薬が厄介でしてね‥‥」

 

「ん?厄介?それはどういうことですか?」

 

管理局に所属しているスバルならば、麻薬の危険性を当然理解している。

 

沢山の麻薬を摂取すればどうなるのか?

 

麻薬の売人を捕まえてもそれはいたちごっこであり、いくら売人を捕まえても次から次へと麻薬の売人は後を絶たないし、そうした売人は組織の中でも末端の人間であり、捕まえてもそれはトカゲの尻尾切りで麻薬の元締めまではなかなか辿り着けない。

 

「実はあの男から検出された麻薬だが、ここ数年の間に辺境や地方世界では暴威をふるっている『ハルシュネル』と言う名の新型麻薬である事が分かった」

 

「新しい‥麻薬‥‥」

 

「そうだ。ミッドでは確認されたと言う報告はまだ上がってはいないが、このままではいずれミッドにもその新型麻薬が密輸・密売されて蔓延するかもしれない」

 

「‥‥」

 

まだミッドチルダには密輸・密売されてはいないとされる新型麻薬ではあるが、辺境・地方世界では既にその新型麻薬が密かに蔓延しており、ミッドチルダへその新型麻薬が密輸・密売されるのも時間の問題であるとフォルクスは予測しており、もしもその新型麻薬がミッドチルダへ密輸・密売されれば、ミッドチルダの治安は更に悪化するだろう。

 

「ナカジマ士長。君が倒したあの男はその新型麻薬、ハルシュネルの過剰摂取により、理性のタガが外れて老人に‥いや、マーティン退役少将に襲い掛かったのだよ」

 

(やっぱり、あのおじいさんは管理局の関係者だったんだ‥‥)

 

現役の上級局員ではなかったが、フォルクスの説明からマーティンが元管理局員である事実を知る事になったスバル。

 

「で、でも何故、その事をあたしに話すんですか?それって捜査上の機密ってやつじゃないですか?」

 

いくら同じ管理局員でもフォルクスと自分は所属している部署が異なる。

 

捜査官の父親を持つスバルだからこそ、そう言った話を部外者に話す事に疑問を抱く。

 

実際に実家では、ゲンヤはスバルに仕事の話はしないからだ。

 

それに今の自分は休暇中の身なので、半ば民間人に近い立場だ。

 

「いや、実は‥‥君が此処に来る前、事前に連絡を受けていてね。予め君の経歴を調べさせてもらった。特別救助隊に所属する前はあの機動六課に所属していたそうじゃないか‥それに君のお父様も現役の“陸”の士官で捜査官だとか?」

 

「え、ええ‥‥」

 

「‥‥実は加害者のあの男の身元を調べてみると、あの男は現役の“海”所属の局員である事が分かった。尤も階級は士官ではなく君と同じ士長だがね」

 

「えっ?あの人も管理局の人だったんですか!?」

 

加害者の身元を知り驚愕するスバル。

 

元が付くとは言え、被害者は退役した管理局の少将。

 

そして加害者は現役の管理局員。

 

偶然、偶々、と言えばそれだけで片付けられてしまうが、それでもホテルでの事件の報告を聞いたフォルクスは何か作為的なモノを感じていたのかもしれない。

 

「ああ、信じがたい事だがな‥‥現役の管理局員が麻薬を過剰摂取して、挙句の果てに退役したとは言え将官クラスの老人に襲い掛かった。それだけでも管理局にとってのスキャンダルネタなのだが、問題なのはその加害者が“海”所属の局員と言う事だ」

 

「ん?どういうことですか?“海”所属の局員だと何か不味いんですか?確かにスキャンダルには成り得るかもしれませんけど‥‥?」

 

「スキャンダル以上に、今回の件を“海”が知れば、今回の一件が揉み消されるかもしれないと言う事だ」

 

「えっ?揉み消すって‥‥まさか、管理局に限ってそんな事をする訳が‥‥」

 

スバルは管理局が事件をもみ消すなんて信じられない様子だ。

 

「“海”はMS機関の開発成功により、かつての勢いを取り戻しつつある。そうなれば、“海”は当然人材不足となる。その時、“海”は例え犯罪履歴がある局員でもその犯罪履歴を無かった事にして何食わぬ顔で職務に就かせる」

 

しかし、長年管理局に勤めて来たフォルクスは事件のもみ消しなんてまるで日常茶飯事の出来事の様に言う。

 

「‥‥」

 

フォルクスの言葉にスバルは啞然とする。

 

「そもそも麻薬中毒者と言う作物がとれる畑はその周囲にあるものだ」

 

「えっ?それって、管理局の中に麻薬を作ったり、売ったりする組織が密かにあると言う事何ですか?」

 

フォルクスの言葉からスバルは管理局内に麻薬の製造・密売を行っている者たちが居る印象を受け、その真意をフォルクスに問う。

 

「そうだ。組織だ‥‥麻薬の製造、販売は一人の力では限界がある。麻薬の原料を調達して栽培する者、原料を加工する者、出来上がった麻薬を販売する者、それによって得た利益を公平に分配する者と多くの役割がある。そしてその利益はあまりにも巨額であり、組織の勢いと結束は強く、口は堅い‥そう易々と証拠は残したりはしない‥‥もしかしたら、あの男はそう言った管理局内の麻薬組織に所属しているのかもしれないのだ」

 

「‥‥」

 

フォルクスの説明を聞き、物事の巨大さにスバルは啞然としてしまう。

 

「仮にあの男が麻薬組織の一員であったとして、今回の事件を大っぴらに世間へ公表された時、管理局内にある麻薬組織の幹部に知られでもしたら、折角の手掛かりを失う結果に繋がる恐れもある」

 

「それって、あの男の人を‥‥」

 

「ああ、事故か病気に見せかけてこの世から消すかもしれない‥‥そうなれば、証拠は永久に失われる。まさに死人に口なしという訳だ」

 

「‥‥」

 

「休暇中で、所属も異なる君にこんな頼みをするのは筋違いである事は百も承知だ。しかし、管理局の中に蔓延っているかもしれない膿みを出す為、捜査に協力してはもらえないだろうか?」

 

「そ、それは‥‥でも、本当に管理局内に麻薬組織なんてあるんですか?」

 

法の番人を自称する管理局がまさか麻薬の製造・密売に手を染めるとは若干信じられなかった。

 

「実はあの男以外にもある好機が訪れたのだ」

 

「ある好機?」

 

スバルはかるく首を傾げる。

 

「組織の幹部かボスの正体でも分かったんですか?」

 

「残念だが皆目見当もつかない‥‥しかし、ある密告が我々の下に寄せられたのだ」

 

「密告‥‥?」

 

フォルクスは自分たちの下に送られてきたと言う密告についてスバルへ教える。

 

「そうだ。この密告は事実かもしれないし、組織側の罠かもしれない。だが、密告を送って来た‥そのリアクションこそが、組織にとって何らかの動きがあった事を証明していると我々はそう思っている」

 

それはメールに添付された音声データであり、フォルクスはタブレット端末を操作してその音声データをスバルに聴かせた。

 

『新型麻薬の密造組織のボスが人工衛星都市ガーラミオに暫く滞在する。これは確かな情報だ』

 

機械で創られた人工音声がタブレット端末のスピーカーから流れる。

 

「‥‥えっ?これだけですか?」

 

「これだけだ」

 

「‥‥」

 

(あまりにも根拠がなさすぎじゃない?)

 

フォルクスを始めとするガーラミオの駐在局員たちの対応にやや呆れるスバル。

 

「君の言いたい事は分かる。本来ならば、こんなイタズラの様な密告を信じる筈がない。しかし、現状、我々はこの密告を信じるしかないのだ‥‥ミッドを危険な麻薬から守る為には‥‥」

 

フォルクス自身も当然こんな密告を信じきっている訳ではなかった様だ。

 

「でも、その麻薬ってそんなに危険なモノなんですか?」

 

管理局員であるいじょう麻薬の中毒性は知っているし、残念な事にミッドチルダでも既にいくつかの麻薬が密輸されて、裏社会では密かに売買されているし、麻薬常習者による様々な犯罪が起きている。

 

麻薬の取り締まりも管理局‥“陸”の捜査対象であるが、この現状下で新たに一種類の麻薬がミッドチルダに密輸され売買されてもそこまで大きな影響があるのだろうかと思うスバル。

 

確かに麻薬捜査官に関しては仕事量が増えるかもしれないが‥‥

 

「この新型麻薬は、天然の産物ではなく、人工的な化学薬品と幻覚性・中毒性のある天然の草木の成分を専用の機械で生成する人工の混合麻薬であり、神経中枢に与える快楽の効果はこれまで確認されてきた麻薬の中でも絶大なモノらしいが、毒性も強力なのだ」

 

「毒性?‥‥それってどんな?」

 

「幻聴、幻覚、常習性は勿論の事だが、最大の特徴はこの麻薬の毒性は新生児に大きな影響を与える事点だ」

 

「新生児に影響?」

 

「‥‥ちょっと、衝撃的な画像になるが、それを見る覚悟はあるかね?」

 

「は、はい」

 

『怖いもの見たさ』と言う言葉があるようにスバルはこの麻薬の毒性について知りたかった。

 

それに衝撃的な画像と言ってもこれまで様々な救出現場に出向き、凄惨な現場も経験してきたので、スバルには『大丈夫だ』と言う思いがあった。

 

しかし、それはスバルの誤算であった。

 

「これが新生児に与える影響だ」

 

「っ!?」

 

タブレット端末に表示された画像を見てスバルは目を見開く。

 

画面には後頭部にも顔がある新生児。

 

鼻や口、目が健常な新生児とは異なる位置にあり歪な顔をした新生児。

 

頭の形がジャガイモの様にボコボコな形となっている新生児。

 

指の数や手足の本数が健常者と異なる新生児‥‥など、画像に表示されるのはどれもこれも奇形な姿をしている新生児の死亡画像だらけ‥‥

 

「うっ‥‥」

 

タブレット端末に映る画像を見て思わず手で口を抑えるスバル。

 

確かにフォルクスが言う通り、衝撃的な画像であった。

 

(この画像、フェイトさんあたりが見たらキレ散らかしていただろうな‥‥)

 

六課時代、エリオやキャロ、そしてヴィヴィオに対する接し方からフェイトが子供好きである事は何となく察していた。

 

そのフェイトがこの事実を知れば麻薬の常習者は勿論の事、その麻薬の製造・密売に関わった者に対する怒りは当然抱くだろう。

 

「‥‥大丈夫かね?」

 

「え、ええ‥‥」

 

画像を閉じて、用意されたミネラルウォーターを飲み、深呼吸して気分を落ち着けるスバル。

 

頃合いを見計らってフォルクスがスバルに声をかける。

 

「こ、これが新型麻薬の毒性‥‥」

 

「ああ‥更に厄介な事がこの毒性は、両親のどちらかが麻薬中毒者であっても妊娠中の胎児にこのような影響を与える事がこれまでの捜査から判明している」

 

両親が麻薬中毒者、子供を産む母親が麻薬中毒者だけでなく、父親が麻薬中毒者であり、異性と性交をして、妊娠をした時もその麻薬の毒性は、相手をした異性が麻薬中毒者でないにもかかわらず、子宮内の胎児にも影響を与える事だ。

 

「胸糞悪い話ではあるが、ハルシュネルの常習者となった男が通りすがりの女性を強姦し、妊娠させてしまった事例がある」

 

「じゃ、じゃあ、その女の人は‥‥」

 

「画像にある様な奇形な姿をした子供を死産した‥‥そして、その女性は二度と普通の子供を産むことが出来ない体となり、出産の後に自殺した」

 

「‥‥」

 

「もし、ハルシュネルがミッドでも密輸・密売されれば、このような悲劇がミッドでも起きると言う事になる」

 

一種類の麻薬が新たにミッドへ密輸・密売されても麻薬捜査官の仕事が多少増えるだけだと思っていた自分を恥じるスバル。

 

戦闘機人と言う普通の人とは異なる生まれをしたが、スバルも女性だし、結婚や好きな人との間に子供を持ちたいとこれまでの人生の中で夢見た時もある。

 

それが麻薬中毒者により、人生が滅茶苦茶になるのは許せない。

 

当然、そのような薬を作り、売りさばいている人はそれ以上に許せない。

 

スバルの中にメラメラと炎のような怒りと嫌悪感が沸き上がる。

 

それはそう簡単におさまりそうになく、スバルは折角取った有給への未練はなくなり、眼前に居る捜査官の顔を見つめて、

 

「事態は分かりました。あたしに協力が出来る事があればお手伝いします!!」

 

何だか上手く相手のペースに持ち込まれたかもしれないが、スバルはこの事件捜査の協力を申し出た。

 

「‥すまない‥‥しかし、協力していただけるのはありがたい。頼りにさせてもらうよ」

 

「は、はい」

 

こうしてスバルはこの人工衛星都市ガーラミオにて、現地の駐在局員と共に麻薬捜査に協力することになった。

 

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