有給休暇を偶々買い物で訪れたショッピングモールの福引で当てた宿泊券を使うために訪れた人工都市、ガーラミオでスバルはひょんなことから麻薬捜査に協力することになった。
ガーラミオにある管理局の支部にて、その麻薬の毒性と事例がスバルに今回の事件の協力を決定づけた。
管理局の支部から出た時、ガーラミオの標準時刻は既に夜の七時を過ぎていた。
ガーラミオに着いたばかりの時は様々な店の店員たちが客引きをしていたが、夜になってもその勢いは弱まってはおらず、むしろ夜こそ店にとっては書き入れ時なのか、客引きをする店員と観光客たちで通りは賑わっている。
「ふぅ~此処に来てから、ホテルで起きた騒動と支部での話でもうお腹ペコペコだよ~‥‥ホテルに戻ったら、まずはレストランかな?バイキングコースがあればそれを制覇しようっと!!」
自分の誕生の元となったクイント・ナカジマがよく食べる女性だったのか、スバル‥そして、今はもう会うことが叶わない姉のギンガもよく食べる。
なので、一回の食事量も多い。
その為にチマチマ出てくるコース料理の量では、スバルは満足できないので、レストランはレストランでも、一度にたくさんの種類と量がとれるバイキングにしようと決めた。
「すみません。5042号室のスバル・ナカジマです。カギを受け取りに来ました」
「はい。ナカジマ様ですね?‥‥どうぞ」
ホテルに戻り、フロントで部屋の鍵を受け取る。
「あっ、それとナカジマ様」
「はい?」
「マーティン様よりナカジマ様宛にメッセージを預かっております」
「メッセージ?マーティンさんから?」
(マーティンって確か薬物中毒の局員に襲われそうになったあのおじいさんだよね‥‥)
「どうぞ、こちらになります」
フロントの受付係はマーティンから預かったメッセージが書かれたメッセージカードをスバルに手渡す。
「どうも‥‥」
部屋の鍵と共にマーティンからのメッセージカードを受け取ったスバルはホテルのロビーにて早速マーティンからのメッセージカードの中身を確認する。
「‥‥」
それによると、命の危険を救ってくれたお礼としてディナーに招待したいと言うお誘いであった。
(えっ?『ミル・フィオレ』ってガーラミオでもナンバー1と評価されている高級レストランじゃん!!)
ガーラミオに来る途中の次元航行船の船内で見たガイドブックの情報から当初は自分と縁はないだろうと思っていたが、こうしてお誘いを受け驚愕するスバル。
高級レストランと言う事で恐縮してしまったが、フォルクスからの協力要請を考慮すれば、情報収集の機会だと思いスバルはこの招待を受ける事にした。
通常、高級レストランだとドレスコードがあるものだが、スバルの実家であるナカジマ家はゲンヤが管理局の士官とは言え、一般家庭の部類に入るし、自身も私服ではあまりスカートを穿かない。
ましてや今回の旅行でドレスなんて持っていない。
故に私服のままでこの高級レストランに入って大丈夫だろうか?と思ったが、気軽に楽しめるリゾート地と言うコンセプトから、例え高級レストランでもドレスコード無しで気軽に来てもらいたいと言う事で、ドレスコード無しで店に入れるみたいだ。
レストランはガーラミオでも上層部の階層にあり、天井部分は次元航行艦でも使用されている窓と同じ素材を使い、夜は満点の星空を見ながらディナーを楽しむことが出来、朝食時にはホログラムにて青空の映像を流す事も可能となっている。
「えっと‥‥」
スバルは店内を見渡してマーティンの姿を捜す。
「おお、こっちだ。ナカジマ士長」
すると、先にレストランに着いていたマーティンが手を上げながらスバルに声をかけてきた。
「ど、どうも、わざわざのお招き、ありがとうございます」
「いや、いや、実は来てくれないのではないかと思っていたよ。私は管理局内ではあまり評判の良くない男だからね」
「えっ?そうなんですか?」
スバルとしては『アストン・マーティン』なんて名前は此処に来て初めて聞いた名前であり、彼の評判なんて知らなかった。
「まぁ、君は“陸”で、私は元々“海”に所属していたから、君が私の名前や評判を知らないのも無理はないな‥‥」
(“海”では評判が悪かった‥‥それなら、八神二佐やフェイトさんは知っているのかな?)
(それにしても評判が悪いって‥‥この人、現役時代はパワハラが激しかったのかな?)
(でも、この人の人となりを見るとパワハラをしていたとは思えないし、評判が悪かったのはパワハラ以外に何か別の理由があるのかな?)
六課時代の上官は、元々は“海”の所属なので、マーティンの名前や彼の評判を知っているかもしれないと思うスバル。
それと同時に評判が悪かった理由はパワハラが激しく部下からの信頼が無かったのかと思うも彼の仕草な言葉遣いからパワハラをしているとは思えない。
彼の人となりをもっと知る為にマーティンからの招待を断らなかった事に内心ホッとした。
まぁ、料理の量は少ないだろうが、こうした高級レストランの料理なんて滅多に食べられる機会なんてないので、マーティンからの招待を断らなかったのは料理も関係していた。
スバルは未成年なので、ワインやビール等のアルコール飲料は飲めなかったので、ソフトドリンクを頼み、マーティンは高そうなワインを注文した。
やがて、二人の居るテーブルには料理が運ばれて来た。
前菜は鮮魚のカルパッチョ、トマトとバジルソース添え。
スープはキノコと野菜のポタージュ。
ポワソンは白身魚のワイン蒸し、ハーブオイル添え。
口直しにはベリーソルベのミックスアイス。
ヴィヤンド・レギュームはロースト肉の赤ワインソース添え。
デザートは果実のパンナコッタ。
(うーん、やっぱり高級レストランなだけあって、味は良いんだけど、量がなぁ~‥‥)
(それにこうしたきっちりとした形式のある食事ってなんか食べにくいんだよね‥‥)
(ちゃんと食事マナー出来ているかな?)
多少の堅苦しさとスバルにとっては大きな問題である料理の量があったが、食事が終わり、食後のコーヒーを前にスバルは可能な限り、さりげなくマーティンにホテルで自身に襲い掛かって来た男について訊ねる。
スバル自身が現役の管理局員と言う事でマーティンは怪しむ素振りもなく、答えてくれた。
「あ、あの‥マーティンさんは昼間、ホテルのロビーで襲い掛かって来た男の人とは面識がありますか?」
「いや、ないな」
「‥‥何か襲われる心当たりとかは?」
「それも特に思い当たらない。まぁ、襲って来た男は麻薬中毒者と聞いているし、麻薬中毒者は幻覚作用で見境なく手当たり次第に襲う。そんな麻薬中毒者の幻覚に正当な原因があると思う方が間違いだ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも、そんな麻薬中毒者が幻覚を見て襲い掛かって来た今回の被害者が偶々、私であったと言う話だ」
「‥‥」
(偶々‥本当にそうなのかな?)
マーティンは自分が襲われそうになったのは偶々と言うが、スバルとしては何とも腑に落ちない所があった。
とは言え、これ以上事件について訊ねても明確な答えは出ないだろう。
そこで、スバルは話題を変えた。
「あ、あの、マーティンさんは旅行で此処へ来たんですか?」
「いや、実は古い友人と会うために来たのだよ」
「友人?」
「うむ、士官学校時代からの付き合いでね。まぁ、正確に言えば友人たちだな」
「たち?」
「ああ、友人夫婦だ。明日の午前中に此処へ来る」
マーティンはそう言いながら上着のポケットの中から古びた写真ケースを取り出してスバルに見せる。
写真には士官学校の制服に身を包んだ若かりし頃のマーティンともう一人、別の男性の姿、そして女性の写真もあった。
「こっちが、士官学校時代の友人、ラトン・エスコバルだ」
「こっちの女の人は‥‥?」
「ラトンの妻、グリセルダ・エスコバル‥‥彼女とも久しぶりに会うのだが、きっと今でも美しい女性だろう」
(確かにこうして昔の写真で見ても綺麗な人だから、きっとおばあちゃんになっても綺麗なんだろうな‥‥)
「ナカジマ士長」
「は、はい」
「若さと老いの間には歴然たる差があるのだよ」
「それって体力とかですか?それとも経験ですか?」
「いや、いや、若さとは何かを手に入れようとすることだ。その為に多少の無茶やどんな小さな希望にも自分の全てを賭けることが出来る。老いとは何かを失うまいとすることだ。確かに君の言う通り、老いにはこれまでの人生経験が若さよりも勝っているが、ダラダラと浅く時間を過ごしていては無意味だ」
「‥‥」
人生経験が豊富そうなマーティンだからこそ、その言葉に重みを感じる。
「しかし、彼女は‥‥グリセルダは彼女にふさわしく美しく老いただろう。私にはとても出来ぬ事だ」
「マーティンさんは何か失うモノを持っているんですか?例えば、家族とか?」
自分の父であるゲンヤは108部隊の部隊長、三佐と言う地位もあるが、それと同時に自分を含めて家族がある。
そして、いざという時は管理局の地位よりもきっと家族を選ぶだろう。
何せクイント、ギンガと二度も家族を失う目に遭っているのだ。
尤もギンガの場合、彼女の生存は確認されたが、会う事が叶わぬので、やはり失われた事に変わりないのかもしれない。
「いや、私は既に失うモノすらなくなっている」
マーティンのこの発言から彼は天涯孤独の身である事が窺えた。
いや、もしかしたら奥さんと死別した可能性もあるが、もしも彼が結婚をして奥さんと死別していたら、写真入れには死別した奥さんの写真も入れる筈だ。
その写真がないと言う事はやはり彼は独身を貫いたのだろう。
テーブルの上には二つのコーヒーカップが静かに白い湯気を立てている。
「あ、あの…マーティンさんはもしかして、グリセルダさんの事を‥‥」
マーティンが結婚もせずにこの年で独身を貫いている訳をスバルは察する。
現役時代、彼がどんな局員だったのか、スバルは分からないがそれでも将官クラスまで上り詰めた男だ。
きっと優秀であった筈‥‥
それならば、結婚の話ぐらいは来た筈だ。
あのレジアス中将でさえ、結婚し娘が居たくらいなのだから‥‥
「‥‥そうだ。かつて私は彼女に求婚した。士官学校を卒業し、管理局に任官してから数年経ってからな‥‥自分の人生の同伴者として考えてくれないか?と‥‥しかし、結果は分かっている通りだ」
「‥振られた‥んですか?」
スバル自身、失礼だと分かっていたが、これ以上の言葉が見つからなかった。
それに彼が独身を貫いているのだから、彼の告白がうまくいかなかったのは十分に察することが出来る。
しかし、彼の返答はスバルが思っていたモノとは少々異なった。
「いや、違う」
「えっ?」
「違うのだ‥‥私は最初から彼女に異性としてみられていなかったのだよ」
「‥‥」
(うわぁ~‥‥それは辛いなぁ~‥‥)
スバルは表向きには沈黙を貫いたが、心の中では異性として見られていなかったマーティンに対して同情する。
「告白した時、彼女から『貴方は良い人だ』と言われた時、私は敗北を悟った」
(それって、告白した男の人を傷つけない為の常套句だ‥‥)
恋愛系の映画や漫画・アニメの中で、告白した男子を振る女性のお決まりなセリフだと思うスバル。
「『良い人』であることなど、女性は男性に求めぬものだ」
(ん?そうかな?)
(外見もそうだけど、内面も大事なじゃないかな?)
「『良い人』など、底の知れた魅力を感じさせず、男性が傷つかないように振る女性の常套句だ」
(やっぱり、マーティンさんも常套句だと思っていたんだ‥‥)
「しかしだ‥‥私は彼女を恨む気にはならなかった。例え常套句であってもそれは彼女が、私を傷つかない様にと配慮したことなのだから‥‥それに私にとって彼女と出会うことが出来、彼女の存在自体が喜びだったのだ‥‥」
(ある意味で、ポジティブなのかな?この人?)
「その後、マーティンさんはご結婚はしなかったのですか?」
「ああ‥‥こんな考えが正しいのかは分からないが、人間の情熱には限界があって私はグリセルダに告白し、振られたことで一生分の情熱を使い果たしてしまったような気がしてな‥‥」
(大袈裟かもしれないけど、マーティンさんにとっては一生で一度の出会いだったんだろうな‥‥)
自分はまだ恋愛をしたことがないが、マーティンがグリセルダに抱いた恋心は物凄く一途で尊いモノだったのだろう。
それこそ、自分の若き時代の時間を全てかける程の‥‥
「それからは見合い話が来ても私は断り続けた‥‥どんなに素敵な女性と一緒になってもそれは結婚という義務を遂行しているだけに過ぎない‥‥そんな契約結婚では相手の女性にも失礼だろう?」
「え、ええ‥‥」
確かにいくら自分が夫に尽くしても肝心の夫が自分を見てくれず、過去に恋心を抱いた女性にばかり縛られていると思っていると女としての自分に自信を無くしてしまうし、そんな仮面夫婦の結婚生活など長続きはしない。
(ギン姉の恋人はマーティンさんみたいな一途な人だと良いけど‥‥)
そう思うと、遠い世界で自分の姉と付き合っている人が一途な人である事を祈るスバルであった。
結局、事件については大した情報は得られなかったが、アストン・マーティンと言う男の半生を図らずも知る事が出来た。
ただ、彼が言った『自分は評判が悪かった』の部分について、マーティンの現役時代での評判については分からないままだったので、その点についてスバルは気になった。
もしかしたら、その評判が今回の事件に何か関係しているのかもしれない。
(マーティンさんを襲ったのは“海”の局員、そしてマーティンさんはかつての“海”の局員‥‥そして現役時代は評判が悪かった‥‥)
(もしかして、あの男がマーティンさんを襲ったのってお礼参りだったのかな?)
(マーティンさんはあの男については知らないって言っていたけど、虐められた被害者は自分の事を虐めていた加害者を覚えているけど、加害者は被害者の事なんて忘れるって言うし、加害者も『まさかあれが虐めだと思わなかった』なんて言っている人もいるから、やっぱりあの男とマーティンさんは何かしらの関係があると思うんだよね‥‥)
(うーん、父さんに連絡をしてマーティンさんの現役時代の事を調べてもらおうかな?)
(でも、父さん、お仕事が忙しいみたいだし‥‥)
この旅行に行く前に108部隊の管轄内で起きた事件、そしてその事件の後処理が忙しくゲンヤはこの旅行に来ることが出来なかった。
そんな多忙な父に対して更に調べ物をしてもらうのも気が引ける。
(誰かマーティンさんの現役時代を知っている人は居ないかな?)
流石に逮捕されたあの男に事情を聞く訳にはいかない。
尤も麻薬中毒者なので、彼の証言がどこまで信用がおけるか分からない。
このガーラミオでマーティンを襲った男以外にマーティンの現役時代の事を知る人間が居ないかと思うスバルだった。
レストランを出ると、ガーラミオの標準時刻は夜間となっていたので、人工都市全体の照明が薄暗くなっており、夜の演出となっている。
「ふぅ~料理は美味しかったけど、やっぱり量が少なかったなぁ〜‥‥屋台巡りでもするか、どこか別のレストランに行って食べ直そうかな?」
マーティンの現役時代を含め、今は空腹となっている自分のお腹を満たす事を優先にしたスバルは、追加の夕食を摂る為、移動しようとした。
その時、
「ナカジマ士長」
「ん?」
後ろから声をかけられた。
スバルに声をかけたのは手に紙袋を持ったフォルクスだった。
「ん?ああ、フォルクスさん‥えっと、何か御用ですか?」
(あっ、フォルクスさんなら、マーティンさんの現役時代の事を何か知っているかも‥‥)
「はい。捜査に協力していただいているので、士長にはなるべく新しい情報をと思いましてね‥‥あっ、御一つどうですか?」
フォルクスはそう言って手にした紙袋をスバルに差し出す。
紙袋からはハンバーガーのいい匂いがした。
スバルはゴクッと生唾を飲むと、
「じゃあ、一つだけ‥‥」
と、フォルクスからハンバーガーを一つ貰った。
とは言え、ハンバーガー一つ程度ではスバルのお腹を満たすには不十分であるが、ないよりはマシである。
スバルとフォルクスは近くにあったベンチに座り、ハンバーガーを食べ始める。
「それで新しい情報と言うのは何ですか?」
スバルはあっという間に貰ったハンバーガーを食べてしまった。
(はやっ!?)
フォルクスはスバルの素早さに内心驚く。
「ええ、実はあの襲撃犯が現役の“海”所属の局員であると言う事は話しましたな」
まだハンバーガーを食べ終えていないフォルクスはハンバーガーを食べながらスバルに新しく得た情報を伝える。
「はい」
スバルはチラッとフォルクスが食べているハンバーガーを羨ましそうに見つつもフォルクスの話に耳を傾ける。
「それで、あの男の経歴が気になって調べてみると、面白い事実が分かった」
「面白い事実?」
「彼は現在ナカジマ士長、君と同じ階級の士長であるが、五年前は二等海士としてマーティン退役少将が提督を務める艦に乗艦していた」
「えっ?マーティンさんと同じ艦に乗っていた?」
「ああ、偶然とは言えないな‥つまり、彼はかつての上官を襲ったと言う事だ」
「で、でも‥‥実はついさっきまで、そのマーティンさんと一緒に食事をしていて事件について聞いたんです。その時、マーティンさんは襲って来た男については知らないって言っていました」
「それは承知している。実際にホテルでの取り調べでも彼は襲って来た男について『知らない』と言っていた。それに同じ艦と言っても一方は艦のトップである提督で、もう一方は下っ端の二等海士‥よほどの事が無い限り、下っ端の人間の顔と名前なんて一々覚えてはいられない」
「でも、マーティンさんが嘘を言っていると言う可能性も‥‥」
「勿論その可能性もあり得る。しかし、本人が『知らない』と言っている以上、明確な証拠も無しにこれ以上の追及は出来ない」
「あ、あの‥一緒に食事をしている時、マーティンさんは『自分は評判が悪かった』って言っていたんですけど、現役時代のマーティンさんはどんな局員だったんですか?」
スバルは先ほどの彼との食事の中で気になった現役時代のマーティンについて訊ねる。
「それについても調べたが、私も所属が君と同じ“陸”であり、実際にこの目で見た訳ではないのだが、“海”での公式人事評価では、彼が提督を務めていた艦では度々乗員が暴動を起こす事件が報告されていた」
「暴動!?原因は一体何だったんですか?」
「うむ、何でもマーティン提督のパワハラが原因だとか‥‥」
「ぱ、パワハラ‥‥あのマーティンさんが!?」
(やっぱり、現役時代は部下にパワハラをするような人だったのか‥‥)
(でも、今のマーティンさんを見る限り、部下にパワハラをするような人には思えないけど‥‥)
「その他にも彼には色々と黒い疑惑があった」
「えっ?疑惑?それってどんな疑惑なんですか?」
「彼が指揮していた艦の物資の補給量と消費量に大きな差があった。その為、彼には物資の横流しが疑われた」
「物資の横流し‥‥でも、それは本当にあったんですか?当然、調査はされたんですよね?」
「勿論“海”の方でも調査はしたが、どこまで信用する事が出来るやら‥‥公式記録には搬送作業中に欠損、腐敗してしまったと言う事になっている。まぁ、彼の艦以外にも実際にそうなってしまった事例は幾つもあるみたいだから、その点はうやむやになった」
「なんか、杜撰ですね」
「だからこそ、鵜吞みには出来ないんだ。そして、彼が退役に追い込まれるのに決め手になったのが、マーティン少将が麻薬の密輸・密売を行っていたのではないかと言う疑いだ。尤もその時は、今回の『ハルシュネル』ではなく別の麻薬疑惑だったがね」
「麻薬の密売!?それって、マーティンさんが管理局内にあるとされる麻薬の密売組織の関係者って事ですか!?」
「いや、当時の“海”もあくまでも疑惑と言う事で、物的証拠が無く、彼が麻薬組織の関係者と言う断定は出来なかった‥‥しかし、部下に対するパワハラ、物資の横流し、そして麻薬の密輸・密売疑惑と管理局でも隠蔽するにしてもあまりにも大きすぎる疑惑から、とうとう彼は退役へと追い込まれた。退役後、逮捕されなかったのは、彼が“海”の元将官クラスの局員であり、決定的な証拠が無かったからだ」
「‥‥」
(あのマーティンさんが本当にそこまでの事を現役時代にやっていたんだろうか?)
(確かに彼の現役時代における疑惑を聞けば、怪しさを覚えてしまう‥‥)
(でも、フォルクスさんの言う通り、“海”での杜撰な調査を聞く限り、完全には信じられないな‥‥)
しかし、今のマーティンの人となりと“海”が行ったとされる杜撰な調査から考えると、現役時代の疑惑が本当の事なのかと疑問に思ってしまう自分が居る。
「人は誰しもいくつもの顔を持っている。他人には絶対に知られたくない秘密だってある筈だ。私にも君も‥そしてマーティン退役少将にも‥だ」
「え、ええ‥‥」
「とは言え、現状我々には情報が少なすぎる。だからこそ、藁にも縋る思いで解決までの糸口を手繰り寄せなければならないのだ」
「そうですね」
フォルクスからマーティンを襲った加害者とマーティン自身の現役時代における情報を得たスバルは彼と別れた後、また足りないお腹を満たすために屋台巡りをして、注文した商品の写真等を撮って、暫しの旅行気分を味わった。
ホテルに戻り、入浴を済ませると、渡航やホテルでの一件、事件捜査などガーラミオに着いてからあまりにも様々な事があり、思った以上に身体は疲労していたのか、ベッドに入るなり、スバルはあっという間に夢の世界へと旅立った。
夢の中に広がる光景にスバルは見覚えがあった。
まだ自分と姉がナカジマ家に引き取られたばかりの頃‥‥
姉は養母であるクイントが取得していたシューティングアーツの練習を庭で行っている。
そんな姉を自分はベンチの上から眺めている。
「スバルもやらない?シューティングアーツ」
自分にシューティングアーツを勧めてくる姉だが、あの時の自分は内向的な性格が顕著に出ていた。
それに自分と姉が普通の人間でない事に対して大きなコンプレックスを抱いていた。
生み出された時から周囲に居た人たちから、『自分たち姉妹は人間ではなく兵器だ』と言われ続けていた事から、自分が力を振るえば何か大切なモノを破壊してしまうだろうし、当然相手から反撃を受ける。
反撃を受けたらきっと痛いのだろう‥‥
兵器だと言われていても転べば痛いし血が出る。
だからこそ、自分は力なんて求めなかった。
故に大好きな姉からの誘いでも、
「殴るのは嫌だし、殴られるのも嫌‥‥」
そう言って断っていた。
そんな自分に対してもクイントは分け隔てなく自分と姉を愛してくれた。
例えその時間が短くても、クイントは自分たち姉妹を兵器ではなく人として育ててくれた。
今はもう夢の中でしか会えなくてしまったが、こうして夢の中とは言え、母と姉に会うことが出来た。
スバルはもう少し、この夢を見続けたいと思っていたが、不意に何処からか自分の事を呼ぶ声がした。
『‥‥ぼ‥う‥‥あ‥い‥‥ぼう‥‥おい、スバル!!‥‥スバル!!起きろ!!』
ミッドチルダ西部にあるエルセアのナカジマ家の風景がフッと消え、眼前に広がるのはガーラミオにあるホテルの一室へと変わった。
そして、枕元に置かれた自身の愛機、マッハキャリバーが声を荒げている。
『おい、相棒!!直ぐに部屋から出ろ!!部屋の二酸化炭素濃度が異常に上がっているぞ!!』
「‥‥えっ?」
マッハキャリバーの声を聞き、スバルは頭痛と奇妙な息苦しさ、そして身体全体に物凄い倦怠感を覚える。
それはこれまでの人生で経験のした事の無い不快なモノだった。
マッハキャリバーは部屋から逃げろと言うがスバルの身体はまるで、なのはのチェーンバインドをかけられたかのように思うように動かない。
手足をばたつかせながら掛け布団ごとベッドから床に落ちるスバル。
『相棒!!』
「うっ‥‥くっ‥‥」
スバルは呼吸と止め、重く閉じそうな瞼に力を入れ、ベッド脇にあるサイドテーブルの引き出しを開ける。
ガーラミオは宇宙空間に浮かぶ人工衛星都市であり、町の彼方此方には非常用の酸素ボンベが備わっている。
ホテルの一室にも勿論、酸素ボンベが置かれている。
スバルはガーラミオに来る前‥次元航行船に乗っている時にガイドブックでその情報を得ていたので、サイドテーブルの引き出しから酸素ボンベを取り出し酸素マスクを装着し一命を取り留めた。
そして、部屋に備え付けの非常ベルを押して部屋の異常を知らせる。
やがて、ホテルの警備員がやって来てスバルの部屋の異常を察して、部屋からスバルを救助した後、ガーラミオの管理局支部へ連絡を入れるとフォルクスたち捜査員と鑑識員がやって来た。
その頃には既にスバルの部屋は換気が行われ、酸素ボンベ無しで呼吸が出来るようになっていた。
「あ、ありがとうマッハキャリバー」
『相棒のピンチに黙っていたんじゃあ、立つ瀬ないからな』
スバルは自身の危機を知らせてくれた愛機に礼を言う。
JS事件やこれまでの救助現場とは異なる命の危機から脱した事にホッと胸を撫で下ろし改めて深呼吸をするスバル。
やがて、鑑識作業は終わり鑑識員がフォルクスに報告をする。
「エアコンダクトの中から大量の残留二酸化炭素が検出されました」
その後、フォルクスがスバルに今回の部屋で起きた異常を知らせる。
「恐らく大量のドライアイスをエアコンのダクトに置き、気化させて士長の部屋に送り込んで窒息死させようとしたのだろう。二酸化炭素は空気よりも重いので、天井のダクトから下へと降りて行き、部屋中に二酸化炭素が充満すると意識障害が起き、眠ったまま窒息死して、朝になった時には何の痕跡も残らない‥実に巧妙な手口だ」
敢えて毒性のあるガスではなく二酸化炭素を使用したのは事故か病死に見せかける為と毒ガスを使えばホテル全体にガスが行き渡ってしまい毒ガスを仕掛けた犯人自身が巻き込まれてしまう可能性もあったのかもしれない。
「士長、君は確か昨夜、マーティン退役少将と食事をしたと言いましたね?」
「は、はい」
「その時に何か不審に思われる点はなかったか?」
「それって、マーティンさんが犯人‥って事ですか?」
「いや、一つの可能性と言う事だ。マーティン退役少将は君がこのホテルに泊まっている事を知っているのだろう?」
「は、はい。でも部屋までは‥‥あっ‥‥」
「何か思い当たる節でも?」
「は、はい。あたしがホテルのチェックインをしている時、マーティンさんも隣でチェックインをしていたので‥‥」
あの時、マーティンが聞き耳を立てていれば彼が自分の部屋番号を知る事が出来た筈だ。
いくら管理局の元将官でも、現役ではないので、ホテルの従業員も個人情報をそう簡単に漏らすとは思えない。
第一、そんな証拠が残るようなヘマをこれまで一切の証拠を残してこなかった犯人がするとは思えなかった。
「なるほど、つまりマーティン退役少将は士長の部屋を知ることが出来たと‥‥」
「で、でもマーティンさんは元部下とは言え、麻薬中毒者に襲われましたし‥‥」
「それが擬態と言う事もありえるのではないか?」
「ぎ、擬態‥つまり、あの襲撃がやらせと言う事ですか?」
「偏見である可能性は勿論ある。だが、我々は情報と手掛かりを求めている。そこから真実に辿り着かなければならない。我々が動けば何らかのリアクションがある筈だ。現に君は命を狙われた。それは我々に対する挑戦か警告と見なさなければならない」
「あたしの命が狙われたと言う事は、あたしたちは真実に近づいていると言う事でしょうか?」
とは言え、昨夜フォルクスとスバルが外のベンチで情報共有をしている姿を犯人に見られており、その犯人がまずはスバルを口封じにかかってきたそれが今回の騒動であり、スバルは囮にされた様なモノだ。
「それはまだ判断はつかないが、何にしても士長。私はマーティン退役少将を容疑者とみなす事について理由がないわけではない。管理局‥特に“海”の局員は基本的に未知なる次元の海で働く‥それは常に死と隣り合わせの職場だ」
「は、はい。あたし自身も“海”からの協力要請で何度か次元の海での救助活動をした経験があるので分かります」
「そんな危険な職場だからこそ、次元航行艦乗りにとって麻薬は死の恐怖を忘れる事の出来る薬なのだろうが、もう一つ、指揮官にとって有益な事がある」
「有益な事?一体なんでしょう?」
「習慣性のある薬物は目に見えない鎖となって中毒患者を縛り付ける。指揮官が麻薬を用いて部下を中毒状態にすれば、部下は麻薬欲しさに上官の命令に絶対服従せざるを得ないだろう。勿論、全ての次元航行艦の艦長や提督がそれを行っている訳ではないことは分かっている」
「はい。あたしが知っている次元航行艦の提督や艦長はそのような方法ではなく実力と人望で艦を指揮していますから‥‥」
スバルが知る限り、次元航行艦乗りのクロノやはやてがその様な下策な方法で部下の忠誠心を掌握しているなんて思ってはいない。
「だが、評判が悪い指揮官だと背後から撃たれる恐れもある。故に部下を麻薬で縛って反抗する気概を奪い自分の命令に服従させるように調教·洗脳すればどんな過酷で酷い命令を下す事も出来る。指揮官の中には別の意味で麻薬を使う誘惑にかられる者もいるだろうな」
周囲に実力と人徳で艦を指揮している提督や艦長がいるだけにフォルクスの話におぞましさを覚えるスバル。
「私も長年管理局で捜査官をしてきたが、正直なところ顔を見た事も無い凶悪犯よりも無能でサディスティックな上司の方が憎かった。私は世渡り上手なところが幸いして今日まで無事に来ることが出来たが、気の弱い同期の中にはしごきと言う名の虐めで自殺した者や精神を病んで、管理局を去った者も居る。そんな哀れな同期たちは、公式記録には退職後に事故死や病死となっている」
「‥‥」
スバルは内心戸惑っていた。
フォルクスは自分が所属している組織を此処まで率直に非難しているのは自分を信頼しているのだろうか?
それとも若造と言う事で甘く見られているだけなのだろうか?
「考えてみれば部下からの忠誠心なんてモノはいわば精神的な麻薬だ。それが効いている間は陶酔のぬるま湯に浸っていられる。しかし、いったんその効力を失えば、ボロボロになり、無能な自分を見出すだけだ。そしてその先に待っているのはこれまで酷使してきた部下たちからの報復か査察部からの監察聴取だ」
「‥‥」
自分の周りの管理局の士官たちにはフォルクスの言う様な人物が居ないために彼の言葉に現実味を感じられなかった。
「あっ、そう言えば‥‥」
そんな時、スバルは昨日、マーティンと食事をした際、彼がこのガーラミオに来た目的を思い出した。
「ん?士長、どうしたのかね?」
「えっと、これは事件とは何の関係も無いかもしれませんが、食事の時にマーティンさんがこのガーラミオに来た理由を聞いたんです」
「それで、マーティン退役少将は一体何の目的で此処へ?」
「何でも昔の友人と会う‥‥って言っていました」
「昔の友人?」
「はい。士官学校時代の‥今はその友人の人は結婚しているみたいで、奥さんも一緒に来るって‥‥」
「その友人の名前‥憶えているかね?それといつこのガーラミオに来るのかを‥‥」
「確か、ラトン・エスコバルさんとその奥さんです。到着するのは今日の午前中って言っていました」
「ん?それは妙だな」
「妙?」
「うむ、エスコバル夫妻は一昨日から既にこのガーラミオに来ている筈だ」
「えっ?それは本当ですか!?間違い‥とかじゃなくて‥‥」
「エスコバル氏もマーティン退役少将同様、既に管理局を退役しているが、階級についてはマーティン退役少将よりも上で、退役した時は中将だった。マーティン退役少将同様、退役したとは言え元将官となればこちらも色々と気を遣う。第一、入港手続きでガーラミオへ来た日にちゃんと時間は記録されるから間違いではない」
「そ、そうですか‥‥とすると、マーティンさんが勘違いをしたのか、エスコバル‥さんたちが、マーティンさんに会う前に夫婦水入らずの旅行を楽しみたかったから敢えて遅い時間を教えたのかもしれませんね」
「まぁ、色んな可能性があるだろうが、事件とはあまり関係なさそうだな」
「そ、そうですね」
現場検証が終わり、フォルクスたちは引き上げて行った。
結局スバルの部屋に二酸化炭素を流し込んだ犯人は現時点では不明のままスバルの旅行二日目が始まったのだった。