星の海へ   作:ステルス兄貴

204 / 294
百九十五話 スバルの休暇そのⅢ

 

 

有給休暇で、人工衛星都市ガーラミオへ旅行に来たスバルは、図らずもその人工衛星都市内のホテルで起きた元局員の襲撃事件を皮切りに管理局内で暗躍する麻薬捜査に協力することになった。

 

しかし、そんなスバルはガーラミオ宿泊初日に命の危険に晒された。

 

幸い愛機であるマッハキャリバーのおかげで、スバルはギリギリの所で命の危機を乗り越える事が出来た。

 

だが、こうして命を狙われた事で、犯人は管理局内にある麻薬組織である可能性が高い。

 

何しろ、スバルを殺そうとした方法が偶然の事故ではなく明らかに人為的なモノで事故に見せかける方法だったからだ。

 

下手人が管理局内の麻薬組織の人間なのか?

 

それともその組織の人間に雇われた者なのかは不明であるが、いずれにしてもこのガーラミオに組織の人間が居る事はこれで判明した。

 

命を狙われたが自分はこうして生きている。

 

そして生きていれば当然お腹が空く。

 

着替えを終えたスバルはホテルのレストランへ朝食を摂る為にやって来た。

 

レストラン周囲のガラスには森林の風景がホログラム表示され、店内には落ち着いたクラシック調のメロディーが流されている。

 

レストランに来たスバルは周囲を軽く見渡すと、そんなスバルの姿に気づいたマーティンが手を挙げている姿が確認できた。

 

「‥‥」

 

スバルはマーティンの居るテーブル席へと向かう。

 

「おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

互いに挨拶を交わす二人。

 

「此処であったのも何かの縁だ。どうだい?一緒に朝食でも‥‥」

 

「は、はい」

 

スバルがマーティンの向かい席に座り、メニュー表を見る。

 

しばらくするとウェイトレスがお冷とおしぼりを置き、注文を取りに来た。

 

「ご注文はお決まりになりましたか?」

 

「モーニングセットをお願いします」

 

「モーニングセットの卵料理は目玉焼きとプレーンオムレツの二種類がありますが、どちらになさいますか?」

 

「プレーンオムレツでお願いします」

 

「かしこまりました」

 

ウェイトレスは注文を聞き厨房へと向かった。

 

「昨夜はよく眠れたかね?」

 

「えっ?ええ‥まぁ‥‥」

 

「そうか。それは良かった。人によっては枕が変わるとなかなか眠れないと言う者も居るみたいだからな。折角の旅行を寝不足で過ごすのは辛かろう」

 

(あたしの部屋で起きた事件については何も知らないみたいだけど‥‥)

 

マーティンの様子から自分の部屋で起きた事件について知らない様子だし、マーティンが自分の部屋に二酸化炭素を送り込んで来たのなら、殺したはずの自分がこうして目の前に平然と現れたのだから多少は動揺したりするモノだと思っていたが、今自分の眼前に居るマーティンは至って冷静そのものだ。

 

(やっぱり、この人は事件と関係ないのかな?)

 

ホテルのロビーで襲われた事、

 

スバルの部屋で起きた事件を全く知らない事を見ると、マーティンは今回の麻薬絡みの事件には関係ないのかと思う自分が居る。

 

しかし、

 

(でも、友人夫婦が此処に来る日を間違えているみたいだし‥‥)

 

マーティンの言動は事件とは無関係の様に見えている筈なのに、どこか完全に信じられない所もあり、なかなか判断がつきにくい。

 

仮に今回の事件と無関係であってもマーティンが管理局内の麻薬組織の関係者ではないと言う確証もない。

 

「あ、あの‥‥」

 

「ん?何かな?」

 

「昨夜、話していましたエスコバルさんたちの事なんですけど‥‥」

 

そこで、スバルはマーティンに友人夫婦について改めて訊ねてみた。

 

「ラトンたちがどうかしたのかね?」

 

「確か此処に来るのは今日の午前中‥ですよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

(マーティンさんは友人夫婦がガーラミオに来るのは今日だと思っているみたいだ‥‥)

 

マーティンの思惑とは異なりその友人夫婦は既に一昨日からこのガーラミオに来ている事になっている。

 

だが、マーティンはスバルの部屋で起きた事件同様、友人夫婦が既にガーラミオに来ている事を知らない様子だ。

 

(マーティンさんは昨日、あたしとほぼ同じ時間にガーラミオへ来たのは間違いないだろう‥‥)

 

ホテルのフロントでほぼ同じ時間にチェックインをしていたので、マーティンが此処、ガーラミオに来たのは昨日であることは間違いないだろうと確信しているスバル。

 

(でも、フォルクスさんの話ではエスコバルさんたちはマーティンさんよりも一日早くガーラミオに来ていた)

 

(マーティンさんとは別のホテルに泊まって、一歩もホテルから出なければ、マーティンさんに気づかれることはないか‥‥)

 

(でも、一体何のために‥‥?)

 

(やっぱり、夫婦水入らずの時間が欲しかったのかな?)

 

マーティンを疑う決定打の無さ、そして彼の友人夫婦の奇妙な行動‥‥

 

それらの要素がスバルをますます困惑させていく。

 

「お待たせしました。モーニングセットです」

 

そんな中、ウェイトレスの声でスバルは現実に引き戻される。

 

目の前には白い湯気と共にいい匂いを漂わせる朝食が置かれる。

 

(悩んでいても仕方ない。今はひとまず朝ごはんを食べよう)

 

朝食が来たのだから、このまま食べずに悩んでいても解決する訳ではないので、スバルは朝食を食べ始めた。

 

朝食を食べ終え、食後の紅茶を飲んでいる時、

 

「そうだ。ナカジマ士長」

 

「は、はい。何でしょう?」

 

「この後、ロビーでラトンたちに会うのだが、命の恩人である君も紹介したいがよろしいだろうか?」

 

マーティンはスバルをエスコバル夫妻に紹介したいので、少々付き合ってほしいと言って来た。

 

「ええ、いいですよ」

 

スバルはマーティンの友人であるエスコバル夫妻がどんな人物なのか気になり、マーティンからの誘いを受けた。

 

(マーティンさんの関係者と言う事はもしかしたら今回の事件の関係者かもしれないからね)

 

エスコバル夫妻の奇妙な行動を鑑みると実際に会ってみておくのも必要だと思ったのだ。

 

その後、ホテルのロビーにてスバルはマーティンの友人であるラトン・エスコバルと邂逅した。

 

(同じ退役局員の割にはエスコバルさんの方が若く見えるな‥‥)

 

(確か士官学校の同期って聞いたけど、マーティンさんの方がフェイトさんやチンク姉みたいに途中編入でもしたのかな?)

 

(でも、人相的にマーティンさんよりもエスコバルさんの方がパワハラをしていたって言われた納得できそうなんだけど‥‥)

 

(で、でも人を見た目で判断しちゃダメだよね)

 

昨夜レストランでマーティンから見せてもらった士官学校時代の写真に写るエスコバルは当然今よりも若かったし、写真だったので特に人相について思う所はなかったのだが、こうして本人を前にするとスバルがそんな風に思うようにエスコバルはマーティンよりも若く見えるのだが、目力が強く強面であり、スバル個人としてはちょっと苦手な印象がある。

 

しかし、管理局を退役した際の最終階級は中将とマーティンよりも一階級上の為、優秀な局員と言う証明なのだろう。

 

そして、管理局を退役した現在はとある次元郵送会社の経営陣に役員としてその名を連ねている。

 

「君がスバル・ナカジマ士長か‥JS事件を解決に導いたあの機動六課に所属して、現在は特別救助隊所属とは‥若いながらなかなか優秀な局員のようだな?」

 

「きょ、恐縮です」

 

顔も強面ながら、声もなかなか渋く威厳があり、思わず緊張してしまう。

 

父であるゲンヤもなかなか渋い声の持ち主なのだが、ゲンヤは大らかな雰囲気があるので、親しみやすさがあるのだがエスコバルは顔と声でどうも萎縮してしまう。

 

「昨日は我が友の危機を救ってくれたようで、僭越ながら私からも礼を言わせてもらう」

 

「いえ、昨日はマーティンさん以外にあたし自身も殺されそうになりました」

 

スバルはエスコバルに昨日の出来事を語ると、彼はかるく目を細めた。

 

反対にマーティンはスバルの告白で、彼女が昨日何者かに命を狙われた事を知ったのか無言ではあるが、目を見開いて驚いていた。

 

「ほう、すると昨日起きた我が友の襲撃や君が襲われた件は、突発的なものではなく関連性があると言うのかね?」

 

「あたしはそう思っています」

 

「とすると、君は昨日、我が友同様、暴漢に襲われたと言う事かな?」

 

マーティンがホテルのロビーで麻薬中毒者に襲われた事からエスコバルはスバルもマーティン同様、麻薬中毒者に襲われたのかと問う。

 

「いえ、事故死に見せかけられました。詳しい内容は捜査上の機密で話せませんが‥‥」

 

スバルはエスコバルの威圧に負けじと精一杯の虚勢で対応する。

 

「なかなか興味のある話だな、それは‥‥我が友が不逞な企ての被害となるとあっては黙視しかねるが‥‥そうか、捜査上の機密ではやむを得ないか‥‥」

 

あっさりと引くエスコバルに若干の不審感を抱きつつもスバルは、エスコバルの行動で気になった点を突いてみた。

 

「ところで、エスコバルさんはついさっき此処に到着したと伺いましたが、何時の便で此処に来ましたか?」

 

「十時半の便だが、それがどうかしたのかね?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

彼の返答は信憑性がないモノだった。

 

しかし、今日の午前中に来ると思い込んでいるマーティンの手前、一昨日からガーラミオに滞在している事は彼には言えず、スバルにも今日の午前中‥ついさっき、ガーラミオに来たように振舞っている。

 

調べれば一発で嘘だと分かるような事を此処まで堂々としていると、彼が言っている事が事実の様な錯覚に陥る。

 

それとも彼はスバルが捜査に加わっている事を知らないから嘘を言ったのだろうか?

 

「ラトン、そう言えばグリセルダはどうした?一緒じゃないのか?」

 

「ああ、彼女は此処までの船旅で疲れたのか、着いた早々ホテルで休んでいる」

 

「そうか‥‥」

 

初恋をした女性との久しぶりの再会を楽しみにしていたが、その女性がこの場に来てくれない事にがっかりした様子のマーティン。

 

「それよりも、久しぶりにこうして会ったんだ。一杯やろうじゃないか」

 

「あ、ああ‥そうだな」

 

エスコバルはマーティンを飲みに誘う。

 

「そ、それじゃあ、あたしはこれで‥‥」

 

「ああ、また‥‥」

 

二人は飲みに出かけるみたいだし、顔合わせは終わったのでスバルはエスコバルの奇妙な行動をフォルクスと話し合おうとこの場を後にした。

 

ホテルを出たスバルは一軒の喫茶店へと入り、携帯端末からフォルクスへ連絡を入れた。

 

「フォルクスさん」

 

「ん?ナカジマ士長か?どうした?」

 

「ついさっき、ホテルのロビーでエスコバルさんと出会いました」

 

「ほう、エスコバル退役中将と‥‥」

 

「それで、エスコバルさんにいつガーラミオに来たのかを訊ねたんですけど‥‥」

 

「エスコバル退役中将は何と?」

 

「マーティンさんが居た手前、今日の午前中‥十時半の便で来たと答えていました」

 

「十時半の便?いや、そんな筈は‥‥」

 

「やはり、エスコバルさんの行動は妙です」

 

「確かに調べれば一発で分かる事だしな‥‥」

 

「‥‥フォルクスさんはエスコバルさんが今、何をしているのか知っていますか?」

 

「エスコバル退役中将の現在?確か次元郵送会社の役員‥‥ん?まさかっ!?」

 

スバルの指摘を受けてフォルクスは何かに気づいた。

 

「どうしたんですか?」

 

「エスコバル退役中将は入港手続きの矛盾点に関して、現在の社会的地位を利用して回避しようとしているのではないか?」

 

「えっ?エスコバルさんの社会的地位?」

 

「そうだ。エスコバル退役中将は今、次元輸送会社の役員だ。一昨日の入港手続きの記録はあくまでも自分の名前名義だが、ガーラミオに来たのは自身が役員を務める会社の関係者であって、エスコバル夫婦たちは今日の午前中に来たと言い張るのではないだろうか?」

 

「でも、そんな無茶苦茶な事がまかり通りますか?」

 

「管理局での元地位と現在の地位ならば、渡航記録を弄るくらいは出来るかもしれん」

 

「となると、エスコバルさんも事件の関係者なのかもしれませんね」

 

「一連の彼の奇妙な行動を見ると‥‥しかし、肝心の証拠が‥‥」

 

エスコバルの奇妙な行動の他にマーティンもまだ完全にシロと決まった訳ではない。

 

「二人が此処で再会したと言う点も気になりますし‥‥」

 

「ナカジマ士長、可能な限り二人からは目を離さないでくれ」

 

「分かりました」

 

フォルクスとの通話を終え、既に冷め切ったコーヒーカップを見つめるスバル。

 

すると不意に、

 

ガシャン!!

 

陶器が床に叩きつけられて割れる音がした。

 

「ん?」

 

(子供がカップを落としたのかな?)

 

スバルは音がした方向を見ると、カップを落としたのは子供ではなく、カウンターに座っていた男だった。

 

男は手だけでなくまるで寒さに震えているかのように全身を痙攣させており、うつろな眼光で、薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

(なんだ?あの人‥‥)

 

(何か様子が変だ‥‥)

 

(まさかあの人、マーティンさんを襲った男と同じ麻薬の中毒者?)

 

スバルが男の様子を注視していると、男は音高く座っていたカウンターの椅子を倒し、非難と警戒されている視線が集中する中、代金も払わずにふらふらとした足取りで店を出ていく。

 

店員もあんな薄気味悪い男に代金を催促するのが怖かったのか、男に代金を要求することなく、距離を取って見ているだけであった。

 

スバルは急ぎ、会計を済ませると男の後を追う。

 

通行人たちはこの不審な男の動きや顔つきをみせて絡まれない様に道を開けていく。

 

(あの人、一体何処に向かっているんだろう?)

 

(もし、あの人も麻薬中毒者ならいきなり人を襲い掛かるかもしれないし、いつでも取り押さえることが出来る距離を保たないと‥‥)

 

男を尾行しながら何処へ向かっているのか?

 

そして、もしもあの男が昨日、ホテルのロビーでマーティンを襲い掛かった麻薬中毒者と同じく、麻薬の服用者ならば、昨日と同じ様にいきなり人に襲い掛かる可能性もある。

 

スバルは男に着かず離れずの距離を保ちながらあの男が何処に向かっているのかを突き止めようとする。

 

やがて男は裏道へと入っていく。

 

スバルもその男を追って裏道へと入る。

 

そして、男はとある建物のドアを開けてその建物の中へと入って行った。

 

(もしかして、この建物が組織のアジトなのかな?)

 

男が入った建物に麻薬組織の関係者が居るのかもしれないと思い、男に遅れて十数秒後、スバルもその建物の中に入る。

 

建物の中は真っ暗であるが、かなり広い空間の様だ。

 

スバルが建物の中に入ると扉は自動ロックされ、照明が点灯し、その眩しさに思わず目の前が真っ白になる。

 

すると、突然スバルの身体がふわりと宙を浮き始める。

 

スバルは戦闘機人であり、魔導師同様魔法を使えるが、空戦属性は備えていないタイプなので、魔法も戦闘機人としての能力ISを使用しても宙に浮くなんて事は出来ない。

 

(この浮遊感‥人工重力装置を切ったんだ‥‥)

 

これまで何度か宇宙空間での救助任務に参加した事のある経験からこの浮遊感は無重力状態なのだと察した。

 

スバルが入った建物は『フライング・ボール』と呼ばれる低重力状況下での球技スポーツを行う競技場だった。

 

天井の高さは二十五m程あり、床面の広さは六十m四方の空間だ。

 

そしてスバルの眼前には先ほどの怪しい行動をとった男を含め、屈強な男たちが居り、全員体にはフライング・ボール用のジェットパックを背負っている。

 

これだけ見ると、不審な男以外はフライング・ボールを行っている選手かと思われたが、手には全員フライング・ボールの競技に似つかわしくないナイフが握られており、顔には余裕と悪意に満ちた表情を浮かべていた。

 

「ふっふっふ‥‥まんまと罠に引っかかったな」

 

あの不審な男が口を開く。

 

その様子から麻薬中毒者には見えない。

 

(あの人の不審な行動は全部、アタシを誘い出すための罠だったか‥‥)

 

「‥‥此処にはAMF発生装置があり、例えお前が魔導師でも魔法は使えないぜ」

 

シューティングアーツやストライクアーツの様に魔法を使用しての格闘技と異なり、フライング・ボールは魔導師、非魔導師両方がフェアに戦えるようにこうした競技場にはAFM発生装置が備わっている。

 

ヴィヴィオやその同級生のリオやコロナだったら燥でいる姿が容易に想像できる施設であり、ノーヴェだったら低重力下での格闘戦の戦術を考えそうだ。

 

なのはだったら‥‥魔法を使わない自身の身体能力をひけらかす場面になりそうだ。

 

(空戦属性がないから上手く姿勢制御は出来ない‥‥)

 

(しかもAMFのせいでウィングロードも展開は出来ないか‥‥尤もこの低重力下ではウィングロードを展開しても意味はないけどね‥‥)

 

(IS能力を使う気はサラサラないし····まぁ、この状況じゃあ、あたしのIS能力は対して意味はないか)

 

(さあて、どうしようかな‥‥)

 

一対五で数の上では不利、しかも環境についても低重力で普段の様に動けず、しかもAMFで魔法も使用不可で圧倒的に不味い状況だ。

 

さらに相手は武器も所持している。

 

機動六課に配属されたばかりの頃だったら、現状にきっとパニックになっていたかもしれないが、あれから数多くの困難な現場を体験して来た今のスバルには冷静に状況分析を行える余裕があったが、状況は自分にとって不利である事には変わりない。

 

男たちはジェットパックを吹かし、かわるがわる高々と跳躍しながらスバルに迫って来る。

 

彼らは別に酔狂に飛び跳ねている訳ではなく、スバルの注意力を拡散させる目的でこの行動をとっているのだ。

 

スバルはそんな男たちの動きに注意しつつ、周囲を見渡す。

 

そして、この競技場の壁が見物客の為の強化ガラスで出来ている事、

 

今はシャッターが下りてこの空間が外部から隔離されている事に気づく。

 

(あのシャッターを開ければ外に居る人たちにこの中の状況を分かってもらえる)

 

(そうすれば、誰かが局員を呼んでくれるかもしれない)

 

自分が助かるにはまず、周囲の人々に今の自分の状況を伝え、管理局員を此処に呼んでもらう事だ。

 

スバルは低重力を利用して思いっきり飛んだ。

 

スバルのその行動と飛んで行った方向は男たちの意表を突くのに十分な行動だった。

 

そしてスバルは壁に埋め込まれているシャッターの開閉ボタンを押した。

 

すると、ゆっくりではあるがシャッターが開き始めた。

 

(よし、開いた!!)

 

シャッターの開閉もロックされていたら完全に詰んでいたが、こうしてシャッターが開いた事で生存率は上がった。

 

「でやぁぁぁー!!」

 

スバルの行動を理解した男の一人が、シャッターが明けきる前にスバルを始末しようとナイフを突きだしながらスバルへと突っ込んで行く。

 

しかし、スバルはシャッターを蹴って一回転する。

 

「ぐはっ!!」

 

突っ込んで来た男はスバルを突き刺すことなくシャッターに激突する。

 

やがて、シャッターが完全に開けると周囲に居た人々がフライング・ボールの競技場内で五人の男に囲まれているスバルの姿に気づく。

 

「うわっ!?」

 

「な、何あれ!?」

 

「何かのイベント?」

 

当初、競技場の近くに居た人々は何かのイベントかと思い管理局員に通報する気配がなかった。

 

これはスバルにとっては誤算であった。

 

すると、最初にスバルをこの競技場に誘い込んだ男が突っ込んでくるとスバルはその男の突きを躱し、逆にその男の背中を蹴って高く飛び上がる。

 

そして、今度は天井の壁を蹴って急降下して、下に居た男の腹部を蹴って、横に飛ぶ、側面の壁を蹴けり、またもや飛び、飛んだ先に居る男と掴み後ろから迫って来た別の男に投げつける。

 

「よし、俺はあの青髪のあんちゃんに500賭けるぞ!!」

 

「いいのか?奴は一人だぞ?」

 

「だからだ。五対一のハンデがつくほど、強い証拠だろうが、俺は奴を買うぞ!!お前は五人組の方に賭けろ」

 

「勝手に決めるなよ!!」

 

周囲に居た人々からスバルはまたもや男だと思われていた。

 

(もう、何やっているのさ!!早く通報してよ!!)

 

未だに競技場内で起きている事が何かのイベントだと思われているらしく、管理局員が来る気配も通報する気配もない事に焦りと苛立ちを覚えるスバル。

 

そんなスバルの背後に回り込んだ男がナイフを勢いよく突き出してきた。

 

だが、スバルは相手の腕を脇の下に挟み込み相手の動きを封じる。

 

同時に別の男が反対方向から迫って来る。

 

スバルはクルっと身体を翻して突き出されるナイフと自分との間に肉の壁を作る。

 

「ぐあっ!!」

 

味方のナイフで左肩甲骨の内臓を貫かれた男が激しいく身体を痙攣させる。

 

「あっ‥‥」

 

味方を突き刺してしまった男はやってしまったと言う表情となる。

 

(しまった!!咄嗟の事とは言え、人を‥‥!!)

 

自分の身を守るためとは言え、人一人の命を間接的に奪ってしまった事にスバルは顔を歪める。

 

死体は血の尾をひきながら。宙を漂いやがて強化ガラスにぶつかる。

 

傷口から出た血が低重力のため、ビーズ状になり、競技場内に漂い始める。

 

「ほんものよ!!」

 

死体を見て、女性の悲鳴が上がる。

 

悲鳴を聞き、ようやく周囲に居た人々もこれがイベントではなく殺し合いの場面である事を理解した。

 

「きゃぁぁぁー!!」

 

「管理局員を呼べ!!」

 

周囲が騒然となるが、

 

「なるほど、確かに本物の殺し合いだ!!よし、賭け金を上げるぞ!!それくらいの価値はある!!頑張れ!!青髪のあんちゃん!!」

 

と、酒に酔っているのか?

 

それとも殺し合いなんて普段では見られない展開に変に興奮しているのか、スバル本人にとっては勝手な声援は強化ガラスに遮られてスバルに聞こえる事は無かった。

 

一方、スバルを狙う男たちはもはや見物人たちの目を気にすることなく、眼前に居るターゲットの命を刈り取る事に集中し始めた。

 

本物の死体を目にしたことにより、見物人は幾人か減ったが、異常事態には気づいてもらった。

 

しかし、これによって管理局員がこの競技場に来るのは時間の問題だ。

 

スバルは管理局員が来るまで持ちこたえればいい。

 

刺客の男たちは一人少なくなったが、管理局員が来る前にスバルを始末しなければならない。

 

双方、時間との勝負となった。

 

スバルはナイフを防ぐ目的の為に右手にリボルバーナックルを装備して管理局員が来るのを耐え凌ぐ。

 

左方向からスバルに突っ込んで来た男の腕を掴み首筋にリボルバーナックルで手刀を入れて昏倒させる。

 

(あと三人‥‥)

 

「おのれ!!」

 

三人は一斉に襲いかかって来た。

 

最初の男の突きを躱し、二人目の背中を蹴り、三人目の男の顔面に手を置き、まるで跳び箱を飛ぶかのように壁際に向かって飛翔する。

 

すると二人目の男が態勢を立て直して再びスバルに突っ込んで来たので、壁に右手を置き、身体を九十度横に浮かせ、またもや二人目の男の背中を蹴り飛ばして飛翔すると、最初の男がスバルを後ろから羽交い締めにしてくる。

 

そして正面から三人目の男が突っ込んで来た。

 

スバルは両足で突っ込んで来た男を蹴り飛ばし、その反動で羽交い締めにしていた男にヒップアタックをして羽交い締め状態から逃れる。

 

(まだなの‥‥?また来ないの‥‥?)

 

いつまでも来ない管理局員に憤りを覚えるスバル。

 

そう思った時、スバルの身体にずっしりとした感覚が走る。

 

重力が低重力状態から通常状態に戻ったのだ。

 

スバルは床下から五十センチほどの高さを浮遊していたので、難なく着地する事が出来たが、刺客の男たちは天井ちかくまで上昇していたので、悲惨だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁー!!」

 

「ひっ!!」

 

狼狽と恐怖の叫び声を上げながら石のように落下して行きセラミック製の床に叩きつけられた。

 

どうやら刺客男たちは、空戦属性を持ち合わせていなかったようだ。

 

頭蓋骨や首の骨が折れる音が競技場内に鈍く響き、頭部が潰れた様を目の当たりにした見物人たちから再び悲鳴が上がる中、武装した管理局員たちが競技場内になだれ込んで来た。

 

「くそっ」

 

そんな中、運よく致命傷を免れたスバルをこの競技場内に誘い込んだ男はダストシュートで競技場から逃亡した。

 

「しまった!!」

 

「逃げられたか!!」

 

「出るところは分かっている!!最下層へ行け!!」

 

「はっ!!」

 

フォルクスが捜査官たちに指示を出すと捜査官たちは逃げた男の確保のために最下層へと走っていく。

 

「怪我はないかね?士長」

 

「ええ、なんとか‥‥」

 

「来るのが遅くなりすまなかった。警備室からフライング・ボールの競技場にある監視カメラが突如機能不全になり、嫌な予感がしたところで通報が入り、飛んできた次第だ‥‥しかし、五対一の危機的状況下でよくぞ切り抜けられた」

 

「あと三分来るが遅かったら、床に転がっていたのは、あたしの方だったかもしれません」

 

鑑識員たちが競技場に残された刺客男たちの死体を検案し、身元を確認しているのがスバルの視線の隅に映った。

 

そんな中、捜査官の一人が慌てた様子で駆け寄って来た。

 

「フォルクス主任捜査官大変です!!」

 

「ん?どうした?」

 

「逃げた男を下のフロアで発見。滝つぼのテラスまで追い詰めましたが、人質をとっています!!」

 

「なんだと!!」

 

「行きましょう!!」

 

「うむ」

 

スバルとフォルクスは急ぎ、現場に向かう。

 

「あそこです!!」

 

すると、先ほどの男がナイフを片手に女の人を人質にとっている。

 

「それ以上近づくな!!此奴が見えねぇのか!?」

 

麻薬中毒者ではないが、男は追い詰められて興奮している。

 

人質の女の人の喉元にナイフをちらつかせ、管理局の捜査官たちを牽制している。

 

勿論、男は背後の上空も見渡し自分の周囲に空戦魔導師が居ないか確認している。

 

「や、やめろ!!彼女を離せ!!」

 

女の人の恋人なのか一人の男の人が叫んでいる。

 

「くそっ‥‥」

 

捜査官たちも人質が居るので、迂闊に近寄れない。

 

「フォルクスさん、少しの間時間を稼いでください」

 

「えっ?士長、それはどう言う‥‥あっ、ちょっと‥‥」

 

スバルは人質を一分一秒でも早く救出する為、その場から駆け出して行く。

 

「い、一体何をするつもりでしょう?」

 

「分からん‥しかし、彼女には何か秘策でもあるのだろう」

 

フォルクスは一先ず、スバルの言う通り、男との交渉を試みて時間を稼ぐことにした。

 

捜査官たちが時間を稼いでいる間、スバルは人質をとっている男が居る更に下のフロアまで行くと、

 

「ウィングロード!!」

 

ウィングロードをテラスの下まで伸ばし、ウィングロードを静かに駆け上る。

 

幸い滝が奏でる大きな水音でスバルがウィングロードを駆け上がる音はかき消され、男がスバルの存在に気づくことはなかった。

 

そして息を殺しタイミングを見計らう。

 

「船だ!!此処からの脱出用の船を用意しろ!!」

 

男が人質の女の人の喉元からナイフを退け、高々く上げたのを確認すると、

 

「この!!」

 

スバルは背後から男に飛び掛かった。

 

「どこから!?」

 

男としてはスバルが背後から襲い掛かって来るなんて予想外だった。

 

確かに周囲を見渡した時、空戦魔導師が居ない事は確認していた。

 

「ふん!!」

 

リボルバーナックルを装備した右腕で男の顔面に一撃を加え、黙らせる。

 

「今だ!!」

 

「かかれ!!」

 

それを見て、他の捜査員たちも男に飛び掛かる。

 

「こいつ!!」

 

「大人しくしろ!!」

 

「は、離せ!!」

 

スバルの最初の奇襲で武器も切り札の人質も失った男はあっさりと捜査員たちに身柄を拘束された。

 

そして、人質となった女の人は恋人と抱擁を交わしている。

 

よほど怖かったのだろう女の人は恋人の腕の中で泣いていた。

 

しかし、人質を怪我無く解放できた事にスバルはホッと胸を撫で下ろした。

 

「他の四人は残念ながら生きて確保出来ませんでしたが、一人でも生きて確保できたことは大きい収穫だ。あの男からは何か聞き出すことが出来る筈だ」

 

ホテルのロビーでマーティンに襲い掛かった男と違ってあの男は麻薬中毒者ではないので、何か情報を聞き出せるとフォルクスはそう踏んでいる。

 

「でも、あの男の人が麻薬組織の人とは限らず、誰かに雇われただけかもしれませんよ」

 

麻薬中毒者ではなかった事からスバルはもしかしたら、あの男は麻薬組織の人間ではなく、組織から雇われた外部の人間である可能性を示唆する。

 

「エスコバル退役中将に‥‥かな?」

 

「えっ?」

 

フォイルの口から出たまさかの人物名にスバルは目を見開く。

 

「実は士長から話を聞いた後、いくつか調べてみたのだよ」

 

「それで、何か分かりましたか?」

 

「一つは士長も知っている事だ。エスコバル夫妻が予定よりも早くこのガーラミオに到着した事、そしてもう一つ‥例の士長の事だ」

 

「ホテルのロビーでマーティンさんを襲ったあの麻薬中毒者の?」

 

「ああ。五年前、マーティン退役少将と同じ艦に所属していた事は話したと思うが、更に調べた所、彼は艦の兵站部補給科に所属していたことが判明した」

 

「補給科‥‥」

 

「そうだ。艦で使用する物資を取り扱う部署だ‥‥そして、その時の兵站部の責任者は、当時准将だったエスコバル退役中将だ」

 

「っ!?」

 

此処まで事件の関係者が同じ艦に乗っていてはもう偶然や偶々と言う言葉では片付けられない。

 

「マーティン退役少将についての黒い噂は先日話したと思うが、エスコバル退役中将にも物資の横流し及び麻薬の密輸・密売の容疑がかけられていた」

 

「‥‥」

 

艦のトップよりもむしろ物資の流通を取り扱う補給科の人間の方が物資の横流し容疑の方が濃厚だ。

 

「で、でも、エスコバルさんが此処に居るって事は‥‥」

 

「当然、無罪放免となった。そしてその疑惑の責任をとってマーティン退役少将が管理局を退役させられる一因になった」

 

「やはり、証拠が出なかったんでしょうか?」

 

「それもあるが、当時の艦のトップであるマーティン退役少将が彼の無実を訴えたと言うのも関係している」

 

「ただ、これまでの事件の経緯や関係者の過去から、私はある推測が思い浮かんだ」

 

「どんな推測でしょうか?」

 

「マーティン退役少将が現役時代、彼の指揮する艦は麻薬に汚染されていた。そしてその元締めはマーティン退役少将とエスコバル退役中将の二人‥‥彼らは退役後も管理局内で築いた麻薬組織を利用して麻薬の密造、密輸、密売を続けていたが、何らかの理由で内部対立が起き、エスコバル退役中将はマーティン退役少将を始末しようとして今回の事件を引き起こした。だが、その刺客を図らずも士長、君が撃退してしまった‥‥」

 

最初にマーティンに襲い掛かった刺客の男は、元々はマーティンの部下だった。

 

あのホテルのロビーでマーティンが殺されても彼の現役時代の評判から、管理局は犯行の動機をお礼参り‥‥昔の事を逆恨みしての犯行もしくは麻薬中毒者の狂乱による犯行と言う事で片付けられていただろう。

 

しかし、その刺客をスバルが撃退してしまった事で、計画の歯車が狂ってしまった。

 

「じゃあ、あたしが二度も殺されそうになったのは‥‥」

 

「マーティン退役少将を始末するのを邪魔された腹いせ‥‥と言う事かもしれないな‥‥士長」

 

「は、はい」

 

「このヤマは何としてでも此処で解決しなければ、ならんぞ」

 

「そ、それはどうして‥‥?」

 

「此処で解決しなければ、今後君やマーティン退役少将は命を狙われ続けるかもしれないと言う事だ。君だけではない。君の家族もその対象にされるかもしれんぞ」

 

「っ!?」

 

計画が狂った元凶であるスバルに対して黒幕が憤慨したか、もしくはスバルが今後の計画の障害と認識して、マーティンよりも先にスバルの抹殺を優先してきたのか?

 

いずれにしてもこの事件は此処で解決しなければ、今後スバルの命は何度も危険に晒されるかもしれない。

 

そしてその凶刃はスバル本人だけでなく、ミッドチルダに居るスバルの家族にも伸びるかもしれない。

 

スバルの脳裏にレストランでマーティンとの会話の中で出た『失うモノ』と言う言葉と家族の姿が過る。

 

「で、でも、フォルクスさんの推測が正しいと言う証拠は?」

 

「ない。今の所は··な‥‥先ほど逮捕した男の証言があれば、真相に近づけるかもしれないが、士長の言う通り、此処まで証拠を残さずに事を運んできた連中だ。刺客を雇うにしても恐らく幾人ものブローカーを経由して雇っているだろうから、元締めまでたどり着くのは難しいかもしれないな」

 

「‥‥フォルクスさん」

 

「なにかな?」

 

「‥‥少し、時間を貰えますか?マーティンさんに訊ねてみたいのですが」

 

「‥‥士長、君に任せよう」

 

フォルクスの推測は確かに今回の事件の真相に近い。

 

しかし、スバルはどうしてもあのマーティンが麻薬組織の関係者とは思えなかった‥いや、思いたくなかったのかもしれない。

 

確かに一連の彼の言動には決定打がなく、もしかしたら彼も麻薬組織の関係者かと疑える部分はあった。

 

スバルは自身のため‥‥

 

そして、ミッドチルダに居る家族を守るためにマーティンから真相を聞き出そうと彼の下へ向かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。