星の海へ   作:ステルス兄貴

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百九十六話 スバルの休暇そのⅣ

 

 

有給休暇で人工衛星都市、ガーラミオに来たスバル。

 

しかし、休暇で訪れたそのガーラミオでスバルは管理局内で密かに暗躍する麻薬組織に関係する事件に巻き込まれ、二度も命を狙われた。

 

この事件を解決しなければ、自身は勿論の事、ミッドチルダに居るナカジマ家全員の命の問題に発展しかねない事態となった。

 

そこで、スバルは事件の関係者と思われるマーティン退役少将の下へと向かったんだった。

 

コン、コン、コン、

 

スバルはマーティンが宿泊している部屋のドアを三回ノックした。

 

「マーティンさん。スバルです」

 

「どうぞ」

 

部屋の中からマーティンの声がしたので、スバルはマーティンの部屋へと入る。

 

「失礼します」

 

「ナカジマ士長、どうしたのかね?」

 

「いえ、ちょっとマーティンさんに聞きたい事がありまして‥‥」

 

「聞きたい事?ま、まぁ、掛け給え」

 

スバルを向かい入れたマーティンには不審感とかるい警戒の色を浮かべつつスバルにソファーへ座るように促す。

 

つまり、マーティンにそうさせるものが今のスバルの態度にあったのだ。

 

「コーヒーでも飲むかね?」

 

「いえ、結構です」

 

マーティンがルームサービスを頼もうとするもスバルはそれを拒否した。

 

「それで、聞きたい事とは何かね?」

 

マーティンはスバルと対面する形でテーブル向かいにあるソファーへと腰掛ける。

 

「ガーラミオに来た最初の夜‥レストランで一緒に食事をした時、マーティンさんはあたしに現役時代、『自分は評判が悪かった』と言っていました。あたしはそれが気になって、マーティンさんの現役時代の事を調べてもらいました。‥‥マーティンさんの評判が悪かったのは部下に対するパワハラだとか?」

 

「‥‥」

 

スバルの問いにマーティンは数十秒沈黙するが、

 

「ああ、そうだ。私は部下にパワハラをしていた‥‥私は部下には決して評判が良い局員ではなかった」

 

現役時代におけるパワハラの事実を認めた。

 

「本当にそうなんですか?本当にマーティンさんは部下の人にパワハラをしていたんですか?」

 

「‥‥」

 

スバルはジッとマーティンを睨みつける。

 

「マーティンさんが現役時代の時、エスコバルさんは准将で、補給部門の責任者だった‥‥そして、彼には物資の横流しと麻薬の密輸・密売容疑がかかっていた。しかし、それを当時の上官であるマーティンさんの証言によってエスコバルさんは無実となった」

 

「士長‥君は何が言いたいのかね?」

 

スバル自身、先ほどのフォルクスの推測は理に適っていると分かっていた。

 

だからこそ、こうしてマーティンに直接会いに来てフォルクスの推測が当たっているのかを確認しに来たのだ。

 

「マーティンさんのパワハラとされる理由‥‥マーティンさんが提督を務めていた次元航行艦の乗員による暴動の原因は公式記録では、パワハラとされていましたけど、あたしはマーティンさんのパワハラが原因ではないと思っています。そもそもマーティンさんは部下の人にパワハラなんてしていなかったんじゃないんですか?」

 

「私のパワハラが原因ではないとすると一体何が原因だと言うのかね?乗員の暴動の原因‥あれは私のパワハラが原因なのだ」

 

マーティンは部下の暴動はあくまでも自身のパワハラが原因だと主張する。

 

しかし、スバルはこれまで掴んだ情報からマーティンの部下の暴動は彼のパワハラが原因ではないと推測していた。

 

「‥‥マーティンさん‥貴方の部下が暴動を起こしたのはマーティンさんのパワハラが原因ではなく、気化した麻薬を吸引した事による急性麻薬中毒になった事が原因じゃあないんですか?」

 

「‥‥」

 

スバルの言葉にマーティンは固く口を閉ざし、顔を俯かせる。

 

即座に否定しなかった彼のその態度がスバルの推測が当たっていた事を物語っている。

 

「何故、その事をマーティンさんは査問委員会で言わなかったんですか!?その時にちゃんと主張していれば、マーティンさんは言われようのない評価を受ける事は無かった筈です!!管理局だって退役しなくて済んだかもしれないんですよ!?」

 

「‥‥」

 

「‥そして、部下の人が麻薬中毒になったのは、エスコバルさんが密かに艦内へ麻薬を持ち込み、立ち寄った世界で密輸・密売していたからではないんですか?もし、そうならエスコバルさんは犯罪者なんですよ!?マーティンさんは自分が悪人になる事で、恋敵を守った事になるんですよ!?」

 

詰問してはいけないと思っていても段々と声のボリュームが上がっていくスバル。

 

もし、スバルの言う事が当たっていた場合、それはあまりにも一方的な犠牲だ。

 

マーティンが悪評のまま管理局を追放されるかのように退役に追い込まれたのに対して、エスコバルは最終的に中将にまで昇進して退役後は次元郵送会社に天下りして今でも役員報酬と管理局年金を貰い、莫大な富と権力を築き続けている。

 

「どうして、そこまでしてあの人を守るんですか!?」

 

スバルとしてはどうしても理解できなかった。

 

いくら士官学校時代からの親友であっても、犯罪に手を染めた親友を守る事が理解できなかった。

 

もしも、ティアナが犯罪に手を染めた時、自分はティアナの犯罪を見て見ぬふりを出来るか?

 

ティアナの罪を自分が代わりに被れるか?

 

そう言われたら、きっと自分はティアナに自首を勧めている筈だと言い切れる。

 

しかし、人によっては様々な友人関係があるので、全ての人がスバルと同じ考えとは言えない。

 

だからこそ、スバルはマーティンに問いただしたのだ。

 

そして、マーティンはゆっくりと両手の指を組み、何故親友の罪を隠し、自身に悪評と言う名の泥を被ったのか、その理由を語り始めた。

 

「それほど難しい疑問ではないぞ、士長‥‥私が親友を庇った理由‥それは彼女が‥グリセルダが選んだ男だからだ‥‥」

 

「なっ!?」

 

「彼女が選んだ男が犯罪者であってはならんのだ。グリセルダは彼女にふさわしい男を選んだ。高潔で実のある男を‥‥彼は管理局を退役した今でも名のある会社の役員としてその手腕を振るっている」

 

「そんなの詭弁だ!!犯罪と天下りで汚いお金を稼ぐしか能がない最低最悪な男じゃないですか!!言い方は悪いですが、そんな男と結婚するなんて、貴方が恋した女の人は、結局はお金目当ての女の人じゃないですか!?そんな人たちの為にマーティンさんは不名誉な評価を下されたんですよ!?」

 

彼が恋したグリセルダと言う女性にスバルはまだ実際に会っておらず、昔の写真でしか見たことがないが、エスコバルの所業を見る限り、スバルには悪銭でもお金にがめつい女にしか見えなかった。

 

(一方的に決めつけるのは悪いけど、エスコバルって人もそうだけど、グリセルダって女の人は更にその上をいく悪女だ‥‥)

 

(こういう女の人って、用済みになったら、旦那さんを事故死に見せかけて殺して保険金や財産をせしめて新しい男の所に行って財産と保険金を騙し取り続けて生きていくに決まっている‥‥!!)

 

サスペンスドラマに登場する悪女とグリセルダの姿が被るスバル。

 

「私の名誉なんて、取るに足らないちっぽけなモノだ。実際に私が指揮を執っていた艦で乗員の暴動が起きたのは事実なのだからな‥‥査問委員会は不当に私を貶めたのではない」

 

「でも、それは艦内に麻薬が持ち込まれた事が原因で、麻薬を持ち込んだのはエスコバルさんではありませんか!?不当なのはマーティンさんが悪評と退役に追い込まれたのではなく、麻薬を持ち込み、エスコバルさんが罪を免れた事です!!その不当を正すために裁判で証言をしてもらえませんか!?」

 

「士長‥‥君はこれまで恋愛をしたことはあるか?お付き合いしている人は居るか?」

 

「‥‥ありませんし、居ませんけど?それが何の関係があるんですか?」

 

恋愛経験も彼氏が居た経験も無い事を話す羽目になり、スバルはちょっとムッとした様子で語る。

 

「それでは私の気持ちは、君には分からないな‥‥」

 

「なっ!?」

 

「もしも、私が彼を告発する事に協力したら、醜い嫉妬の為に長きに渡る歳月を忘れたと言われる」

 

「マーティンさん‥貴方の名誉について百歩譲ったとしても‥恋人や親友を守るために泥を被る事は出来てもエスコバルさんが密売した麻薬のせいで苦しんでいる大勢の人たちにも同じ事が言えますか?『私の親友とかつての恋人を守る為に我慢してくれ、犠牲になってくれ』と言えますか!?」

 

スバルのこの指摘にマーティンは眉をピクッと動かす。

 

きっとスバルからの指摘を受けるまで、エスコバルが密売した麻薬によって中毒者となった人たちの事を考えていなかったのだろう。

 

その理由は、麻薬中毒者の中には自ら進んで麻薬に手を出した者もいるだろう。

 

そうした者たちは自らの意志で麻薬に手を出しその結果、中毒者となったのだから自業自得なのかもしれない。

 

マーティンもきっとそう思っていたからこそ、麻薬中毒の被害者たちの事を考慮していなかったのだろう。

 

しかし、麻薬中毒者の中には現役時代の様に気化した麻薬を自分の意志とは裏腹に吸引してしまい中毒者になってしまった者も居れば、幻覚作用によって錯乱した中毒者の手によって傷つけられた者も被害者だ。

 

やがて彼は身体を小刻みに震わせながら、声を絞り出す。

 

「わ、私はこの前、君に言い忘れたようだ。若さとは社会的な正義を求めることに躊躇わぬ事だ‥‥五年前、私は既にその若さも意力も失っていた。私は彼女を不幸にしたくない‥‥ただその一心だった。だが、誠意や愛情がソレを尽くされる者にとっては負担でしかない場合もあるのだな‥‥」

 

「‥‥」

 

恋愛経験も人生経験もスバルは彼が言う通り、まだまだマーティンには敵わない。

 

故にマーティンの言葉を否定も肯定も出来ず、ただマーティンの言葉に耳を傾けるだけしか出来なかった。

 

「士長、君はまだ若いながらも正しい生き方をしているのだろう‥‥それは私よりもだ‥‥五年前、私が臆することなく真実を語っていればそれ以降の麻薬中毒者の発生を防ぐことが出来たのだろう‥‥私は自分の感傷のために大勢の人々の人生を滅茶苦茶にしてしまった。被害者たちにも愛する者がおり、手に入れたいモノ、守りたいモノ、やりたい事が沢山あったはずだ‥‥私はそんな人たちの未来を奪ってしまった‥‥」

 

「‥‥」

 

頭を抱え、マーティンは呟く。

 

「私は度し難いナルシストだった‥‥親友が間違いを犯したのならば、その間違いを命に代えても咎めるべきだった‥‥」

 

やがて、マーティンの両目からは溢れんばかりの涙が流れ出していた。

 

「‥‥あたしはこれから、エスコバルさんたちに事情を聞きに行きます。マーティンさんがこれまでの人生の中で守って来たモノを壊してしまうかもしれませんが、管理局員としてこの件は看過することは出来ないので‥‥」

 

「ああ、分かっている。君は君のなすべき務めを果たすと良い‥‥」

 

「エスコバルさんたちが泊っているホテルは‥‥」

 

「ラトンから聞いている。しかし‥‥私は親友と昔の想い人が管理局に連行される姿を見るのはしのびない‥‥」

 

「‥‥分かりました。ただ、マーティンさんにも事情聴取があるかもしれません」

 

「ああ、分かった。だが、ラトンたちの裁判への証言に対して私は‥‥」

 

マーティンはそこで口ごもる。

 

現役時代におけるエスコバルの汚職・不正については認めたが、その件について今後起こり得るエスコバルの裁判におけるマーティンの証言は期待出来そうにない。

 

となると、彼の証言が事実である事を裏付ける証拠を押さえれば、マーティンの証言が無くともエスコバルの汚職を立証することが出来る。

 

「では‥‥」

 

自分にもかつて苦楽を共にした大切な親友が居たので、マーティンの気持ちも分からない訳ではない。

 

スバルはスッとソファーから立ち上がり、マーティンの部屋を後にした。

 

部屋の外ではフォルクスと数名の捜査官の姿があった。

 

「士長、どうだった?」

 

「現役時代のエスコバルさんの汚職についての真相は話してくれました。ですが、法廷での証言は期待出来そうにありません」

 

スバルは首を振りながら先ほどのマーティンとのやり取りを話す。

 

「そうか‥‥しかし、本人に証言をする気が無くても犯人は口封じをしてくるかもしれない。この部屋には誰も近づけるな。それと、ナカジマ士長の時のようにダクトに細工をしてくる可能性もある。警戒を怠るな」

 

『はっ!!』

 

スバル自身も二度に渡り、命を狙われたのだ。

 

マーティンも再び命を狙われないとは言い切れない。

 

フォルクスは捜査官たちにマーティンの部屋の前を固めさせて彼の警護を命じた。

 

「それで、先ほど捕まえた男の人は?何か分かりましたか?」

 

フォルクスとホテルの通路を歩きながらスバルは滝つぼのテラスで確保した男について訊ねる。

 

「やはり、金で雇われただけで、幾人ものブローカーを経由していたみたいで、誰が黒幕なのか知らない様だ」

 

「そうですか‥‥」

 

「五年前の汚職と麻薬の件もエスコバル退役中将が黒幕である事は事実であり、夫人も恐らくその事実を知っている筈だ」

 

「あたしもそう思っています。なので、今から行って確かめたいと思います」

 

「『行く』って?エスコバル退役中将と夫人の下にか?」

 

「はい」

 

スバルは本命であるエスコバルに直接事情を聞く前に彼女の妻であり、マーティンの想い人であるグリセルダの下へと赴き裏付けをとることにした。

 

そして、フォルクスと共にエスコバル夫婦が宿泊しているホテルに着くと、フロントにて夫婦の部屋番号を訊ねる。

 

通常ならば、個人情報なのだが、そこは天下の時空管理局‥‥

 

捜査だと言えばホテル側も協力せざるを得ない。

 

「エスコバル夫婦は別々の部屋をとっているようだ」

 

「別々の部屋?夫婦なのに?」

 

「なんでも予定よりも早く来たせいで、ダブルの部屋をとれなかったらしい。ただそうまでして早く此処へ到着したかったのは夫婦水入らずの時間を過ごす為ではなく何かしらの意図があるように思える」

 

「此処までの状況を考えるとそうなりますね」

 

エスコバル夫婦が予定よりも早くこのガーラミオに来たのは夫婦水入らずの時間を過ごすのではなく、何か別の意図があり、部屋を別々にとったのではないだろうか?

 

仮にダブルの部屋が空いていても恐らくエスコバル夫婦は別々のシングルの部屋をとったとさえ思えてしまう。

 

そしてスバルは目的の部屋‥‥

 

グリセルダ・エスコバルの部屋の前に来ていた。

 

コン、コン、コン‥‥

 

「どうぞ‥‥」

 

「失礼します」

 

部屋の中からの応答を聞き、スバルは部屋の中へと入る。

 

グリセルダの部屋はシングルとは言え、十分な広さがあり、古風な暖炉を備えている部屋だった。

 

少しやつれてはいるが、彼女は老女ながらも美しい女性であった。

 

(例え綺麗な人でも、この人は犯罪に加担しているかもしれないんだ!!油断しちゃあダメだ!!)

 

憶測だが、スバルは彼女も麻薬事件に関係していると睨んでおり、例え綺麗な老婆でもその行動一つ一つに神経を尖らせて注視する。

 

「アストンの代理人としていらしたそうですね?ご苦労様です」

 

彼女はスバルに深々と頭を下げつつ労をねぎらう。

 

「は、はい。なぜかそう言う事になってしまいました」

 

事実であるとは言え、スバル自身何だか妙な返答だと思ってしまう。

 

マーティンが積年の願望を放棄してホテルの部屋に引きこもってしまった事を心の弱さ故と言える気にはなれなかったからだ。

 

そして、マーティンの時、同様スバルはソファーに座り、対面にはグリセルダが座る。

 

「それで、あたしが此処へ来た目的ですが‥‥」

 

「分かっています。貴女がおっしゃりたいのは、夫‥ラトンの罪状について、アストンが今になって暴露する‥‥その事情を了承して欲しいと言う事かしら?」

 

「な、何故その事を?」

 

(マーティンさんが電話したのかな?)

 

スバルが語る前からグリセルダは最初からスバルも目的を知っている様子だった。

 

もしかしたら、マーティンの部屋を出た後、彼がグリセルダに電話でもいれたのかと推測するスバル。

 

「それは、この人工衛星都市に麻薬組織の長が来ると管理局へ通報したのはこの私ですから」

 

「えっ?」

 

ガーラミオの管理局支部で聴いたあの密告音声は眼前に居る老女がしたモノだと暴露したのだから、スバルとしては驚愕の事実である。

 

「ラトンにも私は匿名で知らせました。『あなたの悪事を知っている者が居る。今の内に手を引けば管理局へは通報しない』と‥‥しかし、これは悪手でした」

 

「貴女の旦那さんは、そのメッセージを聞いて、マーティンさんが自分を脅して来たのだと勘違いした。だから、麻薬中毒者となったかつての部下だった人を刺客として送り込み、マーティンさんの命を狙った。そして、その成果を確認する為に予定よりも早くこのガーラミオへ来なくてはならなかった‥‥でも、結果はあたしのせいで失敗に終わり、それに憤慨した貴女の旦那さんはあたしの命を狙い始めた‥‥」

 

「ええ‥お嬢さん。貴女の推測した通りよ」

 

「マーティンさんやあたしの命が狙われた事に対する危険を予測するのは無理だったかもしれません。そして、マーティンさんは貴女を愛していた故に告発をすることは出来なかったと言っていました。ですが、もっと早くに旦那さんを告発することは出来なかったのですか?」

 

マーティンもそうだが、彼女も旦那の罪を管理局へ告発していれば、今回の事件は起きず、麻薬絡みの被害者も減らせたはずだった。

 

「‥‥お嬢さん。私とて一人の人であり、私が誰に愛されたのかと言う事は問題ではないのです。私が誰を愛したかと言う事が重要なのです」

 

「それはマーティンさんよりも麻薬と言う犯罪物に手を出して莫大な富を築き上げた今の旦那さんを愛していると言う事ですか?」

 

思わず皮肉を交えつつスバルの目力が自然と強くなる。

 

彼女の発言を聞き、スバルはマーティンよりもエスコバルを選んだのは、結局はお金目当てなのかと思ってしまう。

 

「アストンがラトンよりも善良で誠実な人であることは私も分かっていました。でもね、お嬢さん‥人としての評価は愛情の深さには何の関係もないのよ」

 

「‥‥」

 

(愛よりもお金って事なの?)

 

「一年前‥‥私は夫がどんな職業や地位でも決して許さない所業をしていることを知りました。現役時代もアストンの心情につけこんで査問委員会を無実ですり抜けた事で、夫は何をしても決して裁かれる事は無いと勘違いしてしまいました‥‥ですから私は三人が顔を合わせる機会を作ろうと提案しました。そこで、ラトンがアストンに過去の罪を謝罪してくれればと思い、小細工もしました。でも、夫がいきなり予定よりも早く此処へ到着するように決めた時、私の浅はかな思惑は外れてしまったのです」

 

そう言ってグリセルダはスバルから薪が燃えている暖炉へと視線を移した。

 

結局この人もマーティン同様、エスコバルの犯罪について裁判で証言はしてくれないのだと判断したスバルは彼女の部屋を後にした。

 

部屋の外ではフォルクスが待っており、スバルの成果について訊ねる。

 

「士長、どうだった?」

 

「ダメでした」

 

「はぁ~‥‥」

 

エスコバルの犯罪を知っていながら沈黙を貫くマーティンとグリセルダ。

 

そして、そんな二人の心情を利用して犯罪に手を染めながら巨額な富を貪るエスコバル。

 

何とも歯痒く、胸糞が悪い話だ。

 

「真相に手が届きそなのに、届かない‥‥」

 

「なんか悔しいですね」

 

「‥こうなれば、あの手しかないか‥‥」

 

「えっ?まだ何か方法があるんですか?」

 

「少々無茶な手だが、士長にはもう一肌脱いでもらう」

 

「い、一体どんな手なんですか?」

 

「いささか幼稚にも思えるが、時にはハッタリという手も意外と効果があるのだぞ」

 

フォルクスはニヤリと何か悪いことでも考えているかのような笑みを浮かべた。

 

「はぁ~‥‥ハッタリ‥ですか‥‥」

 

スバルはフォルクスから奥の手の内容を聞き、本命であるエスコバルの部屋を訪れた。

 

「おお、これは、これは、ナカジマ士長。何か捜査で進展でもあったのかな?」

 

「ええ、そんなところです。それで、エスコバルさんに事情を聞きたいと思いまして‥‥」

 

「なるほど、まぁ、入り給え」

 

エスコバルは何の疑いも無くスバルを部屋の中に招き入れた。

 

悪徳に満ちたこの男には相応の器量と貫禄があることをスバルは認めざるを得なかった。

 

しかし、その貫禄と器量は、本来はこれまでの管理局での実績だった筈なのだろうが、その管理局時代において物資の横流し、麻薬関係の犯罪に手を染め続けて、査問委員会を無事に乗り切り、立件されなかった事で変な自信がついた結果なのだろう。

 

「それで、話とは一体何かね?」

 

エスコバルは部屋に備え付けのグラスとブランデーを取り出すと、ブランデーをグラスへと注ぎこむ。

 

「実は、先ほどあたしは街中で五人の不審な男の人たち襲われ、再び命を狙われました。しかし、その内四人は残念ながら死亡しましたが、一人は何とか無事逮捕することが出来ました」

 

「それは度々の災難であったな。それで、その件と私がどのような関係があるのだ?」

 

「逮捕された犯人は、『自分はエスコバル退役中将から依頼された』と供述しています。それに昨夜、あたしが宿泊しているホテルのエアコンのダクトに大量のドライアイスを仕掛けた事も自供しました」

 

「バカを言うな!!そんなことはありえん!!」

 

「何故、そうお考えなのですか?襲って来た男の人たちには自分の正体を教えていない。何人ものブローカーを通じて雇ったから、決して自分の名前が出てくる事は無いからですか?」

 

「つまらんハッタリだ」

 

エスコバルは当然、スバルが言った事は嘘だと思っており、まだ余裕がある様子だ。

 

そこで、スバルはもう一手を打つ。

 

「確かに‥正確に言うと、貴方の名前を出したのは襲って来た男の人ではなく、その男の人を雇ったブローカーからです」

 

「なっ!?」

 

スバルのこの発言でエスコバルの表情が固まる。

 

「ブローカーの人も自分が雇った人がちゃんと依頼を熟せるか確認に来ていたみたいですよ。あたしを襲って来た男の人からブローカーの名前を割り出して、入港データからブローカーの名前があると直ぐに身柄を確保したところ、すんなり貴方の名前を言いました」

 

ブローカーからエスコバルの名前が出たというのは当然、スバルのブラフであり、本当にスバルを襲って来た男を雇ったブローカーがこのガーラミオに来ているのかさえ怪しい所だ。

 

「ちっ、どいつもこいつも役に立たない奴らばかりだ!!一度目の失敗から今度は一対多数に持ち込んだというのに大の男、五人がかりで小娘一人始末出来ないとはな‥‥残念だが、失敗を認めざるを得ないようだ」

 

エスコバルはあっさりとスバルを殺そうとした事を認めた。

 

「そこで相談だが、適当な金額で折り合いをつけないか?特別救助隊に所属しているとは言え、士長と言う下っ端な下級階級では給料と仕事の内容が見合ってはいないだろう?私の申し出を受けた方がこの場合、賢明と言うモノだぞ」

 

なんと、エスコバルはスバルに示談‥と言うか、口止め料を払うので今回の事は水に流せと提案して来た。

 

「貴方が犯罪をして得た不当で汚いお金を受け取る気はありません」

 

当然、スバルはそんな申し出を断る。

 

一連の事件からこの男は猜疑心が強い男だ。

 

今回の事を示談に持ち込んでこの場をやり過ごしてもこの先、自分や家族の命が狙われないとは言い切れない。

 

それに、犯罪と不正で得たお金を貰ったら、それを理由に彼が行った自身の犯罪を自分に被せてくるかもしれない。

 

故にこの男とは取引なんて出来ない。

 

この男は絶対に逮捕してブタ箱にぶち込まなければならない。

 

「やれやれ、まだまだ人生経験が足りないお嬢ちゃんだな。犯罪の中には利益になるモノも存在する。考えてもみろ、利益になるからそうした犯罪に手を染めるのだ。得をする者が居ないなら、君たち管理局員の存在意義が無くなるのだぞ」

 

「貴方と犯罪に関する哲学を言い合う気はありません!!」

 

この男とあまり話をし過ぎると言いくるめられてしまいそうだ。

 

「貴方一人の利益の為に一体どれだけの人が傷つき、未来を閉ざされたと思っているんですか!?貴方が犯罪をしなければ‥‥貴方が存在しなければ、本来は傷つかなかった人だったんですよ!!他人の人生を滅茶苦茶にする権利が貴方に有ると言うんですか!?」

 

「家畜は人間に食べられるために存在している。それが世の中の摂理だ」

 

「貴方の元部下や傷つけられた人たちを家畜だと言うんですか!?」

 

「私から麻薬を買った者たちは自らの意志で麻薬に手を出し、自らの意志で破滅へと突き進んで行った弱者だ。私はそんな弱者たちに辛い現実を忘れ、一時の夢を与えたに過ぎん」

 

エスコバルはグラス内のブランデーをグイッと一飲みする。

 

「‥‥」

 

スバルは眼前に居る男を殴り飛ばしたい衝動を必死に抑える。

 

「告発するならすればいい、だが証拠も無く、退役したとは言え元中将と下っ端士長の言葉‥局内はもちろん、世間はどちらの言葉が真実だと受け取るかな?」

 

エスコバルはまだ余裕がある様子でグラスに二杯目のブランデーを注ぐ。

 

「証拠の代わりにマーティンさんの証言がある」

 

「ふん、負け犬男の恨み言か?馬鹿馬鹿しい‥確かに奴は元少将であるが、局内‥特に“海”での評判は最悪な男だ。部下にパワハラをし続け、物資の横流しをした男なのだからな‥そんな男の証言を誰が信じると言うのかね?奴が騒いだところで、振られた腹いせから出た妄言と言う形で片付けられるだろう」

 

「マーティンさん以外‥貴方の奥さんの証言も無視できますか?」

 

「グリセルダに?」

 

エスコバルは、此処で眉を寄せ、目がほんのわずかに泳いだ。

 

「あの人は貴方の傍に居たので、マーティンさん以上に貴方の不正を知っている。証拠だって持っているでしょうね。元々貴方に警告のメッセージを送ったのはマーティンさんではなく、貴方の奥さんです。奥さんは警告によって貴方が罪を認め、マーティンさんに汚名を着せた事について謝る事を期待した。でも、貴方は罪を反省するどころか奥さんの気持ちを踏みにじって、マーティンさんが脅迫してきたのだと勘違いして、マーティンさんの元部下に彼を殺させようとした」

 

スバルはグリセルダがとった行動を要約し説明するとエスコバルの表情が一層険しくなる。

 

そして、舌打ちをして、

 

「チィッ、なるほど‥グリセルダは過去にアストンを振った負い目をそんな下らない形で償おうとしたのだな。あの負け犬に頭を下げるのは彼女ではなく私なのだからな‥高みの見物気取りのつもりか?いい気なものだ」

 

「あ、貴方は自分の奥さんに対してそんな風にしか見れないのか!?」

 

スバルにしてみれば、歯痒い思いだがグリセルダは最後まで夫を庇い、裁判でも証言をしないと言うのにエスコバルは妻がこの旅行前にとった行動を忌々しく思っている。

 

「だからこそ、私は現在まで生きてこられた。そして、莫大な富を築く事が出来たのだ!!」

 

先程見せた動揺を引っ込めて、ひややかにエスコバルはスバルに言い放ち、薄ら笑いをスバルに向ける。

 

「士長、君は賞賛すべき無垢な気持ちを持っている様だが、少しは工夫せんとこの先、長生きは出来んぞ」

 

「余計なお世話なんですけど?」

 

スバルは怒りで単色となった瞳でエスコバルを睨みつける。

 

ただ、金色になってはいないので、戦闘機人モードにはなっていない。

 

つまり、今のスバルは必死に理性を保ちつつ憤慨しているのだ。

 

ただ、スバルでなくとも‥‥元機動六課の面々でも今この場に居れば、誰もがこの男に対して憤慨している事だろう。

 

「余計なお世話か‥‥だが、私に言わせれば五年前のマーティンのやった事こそ、まさに余計なお世話だ。頼みもせずに罪を引き受け、私に無言の恩を押し付けたのだ。奴は昔からそう言う余計な事ばかりする度し難い奴なのだ」

 

「あ、貴方は庇ってくれたマーティンさんを‥‥五年前、マーティンさんが庇ってくれなかったら、貴方は監獄行きだったと言うのに‥‥」

 

マーティンが五年前にやったことは間違っていた。

 

五年前にマーティンがエスコバルの行った犯罪をちゃんと告発していれば、麻薬による被害者を少なくすることが出来た。

 

しかし、マーティンがエスコバルを庇ったせいで、麻薬による被害者を増やし、エスコバルを増長させる結果になった。

 

結果的に彼はマーティンに助けられたにもかかわらず、マーティンの好意を『余計なお世話』で片付けたのだ。

 

スバルの理性は限界に来ていた。

 

これ以上、この男と話していると思わず彼を殴り殺してしまう衝動に駆られる。

 

そんな中、

 

「士長、話は済んだかな?」

 

フォルクスが幾人かの捜査官を連れて部屋に入って来た。

 

「ええ‥これ以上この人と話す事はありません」

 

正直に言ってフォルクスが部屋に来てくれて助かった。

 

(あんな人を殴って逆に父さんたちに迷惑をかけるのも馬鹿らしい)

 

フォルクスが来てくれた事で熱くなっていた感情も徐々に冷め始めた。

 

「エスコバル退役中将。貴方の配下の者が殺人未遂の現行犯で逮捕されたことは既にナカジマ士長より聞いている筈です。かの者の自供により、閣下を殺人教唆の容疑で拘束させて頂きます」

 

「拘束?拘束だと?ふざけるな!!貴様らに何の権限があってそんなことが出来る!?」

 

エスコバルはフォルクスを恫喝するが、フォルクスはそんな恫喝などどこ吹く風で、スバルが着ている上着の胸ポケットから一本のペンを取り出す。

 

しかし、そのペンはただのペンではなく、録画・録音が出来るペン型のレコーダーであった。

 

「失礼ながら、閣下が麻薬の密売を認める発言はちゃんと此処に記録されています」

 

「そんな盗撮したモノが法廷で証拠として採用されると思っているのか!?」

 

「腕のいい弁護士がつけば難しいかもしれません。しかし、当面この部屋と閣下のお荷物を調べる正当な理由にはなるでしょう」

 

「調べるだと?一介の一尉ごときが出しゃばるな!!私を誰だと思っている!?私は時空管理局の退役中将だぞ!!民間人と同列に扱ってタダで済むと思うなよ!!」

 

「お言葉ですが、純粋な刑事犯罪、殺人、麻薬事案、誘拐等の重犯罪に関しては身分秩序を顧慮する必要がないと管理局法に記載されています。その点は閣下をご承知の筈では?」

 

「一尉如きの小役人が元将官たる者を検束しようというのか!?笑止千万だ!!」

 

(見苦しいな‥‥五年前にマーティンさんが庇っていなければ、五年前にそうなっていたんだよ‥‥)

 

(それが五年越しになってやってきたと言うだけじゃないか)

 

フォルクスとエスコバルのやり取りを見て、スバルは冷ややかな目でエスコバルを見る。

 

「ご不満なら、裁判で証言なさってください。マーティン退役少将も証言なさるとおっしゃっています。閣下のお荷物を検めれば、確実な証拠もでてくることでしょう」

 

フォルクスも言葉の中にブラフを含ませながらエスコバルを追及する。

 

マーティンは裁判となってもエスコバルに対して証言はしないと先程スバルが確認したばかりだ。

 

しかし、エスコバルはその事実を知らない。

 

「‥‥なるほど、どうやら私の負けの様だ‥潔く罪を認めよう」

 

するとエスコバルはあっさりと自身の罪を認めるかのような発言をして肩をガックリと落とす。

 

(ん?何か妙だな?)

 

スバルはそんなエスコバルの行動に違和感を覚える。

 

「最後に妻に一言言っておきたいので、許可をくれないか?」

 

「良いでしょう」

 

フォルクスは此処までの事実を突きつけた事で、エスコバルが諦めたモノだと思い彼の提案を受け入れ、妻との内線を許可する。

 

許可を得たエスコバルは部屋に備え付けてある内線電話で別室のグリセルダへ内線をかける。

 

しかし、内線が繋がると彼はとんでもない事を言い出した。

 

「グリセルダ、私だ‥‥お前の部屋にあるデスクの引き出しに私の書類ケースとパソコンが置いてあるな?その中身を全部燃やせ!!そして、パソコンは風呂の中に沈めろ!!」

 

「「っ!?」」

 

その言葉を聞き、スバルとフォルクスは目を見開く。

 

エスコバルは受話器を置くと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら言い放つ。

 

「何を驚いている?私は不要となった書類と古くなったパソコンの処分を妻に命じただけだ。それが証拠品である事を誰がどうやって証明するというのだね?」

 

「あ、貴方と言う男は!!」

 

スバルは慌てて先程、訪問したグリセルダの部屋へと向かった。

 

(夫婦で別々の部屋を予約したのも、奥さんの部屋が暖炉付の部屋だったのも万が一の事を考慮に入れての事だったのか!?)

 

エスコバルは妻のグリセルダが決して自分を裏切らない事を知っていた。

 

だからこそ自分が疑われた時、証拠品の処分係として別々の部屋にチェックインして妻に証拠品を渡していたのだ。

 

(くそっ、間に合え!!)

 

スバルは焦る気持ちを抱きつつグリセルダの部屋を目指した。

 

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