星の海へ   作:ステルス兄貴

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十五話 ギンガさんの純愛道 後編

 

 

ギンガの目の前には、朝食の席で見た時と変わらぬ姿の良馬がソファで横たわっている姿だった。

 

「良馬さん」

 

彼の名を呟き、ギンガは買い出しした品をテーブルの上に置き、そっと良馬が眠っているソファへと近寄る。

 

改めて彼の姿を近くで見れば、随分と酷い有様だった。

 

昨夜彼の部屋を覗いた時、彼は一心不乱に仕事をしていた。

 

自分が部屋に戻り就寝した後も彼はずっと仕事をしていたのだろう。

 

目元には隈が浮かび、彼の立てる寝息は静かだが、しかし深く連なる。

 

ガミラスとの戦争時、彼は酷い不眠症に陥って居た時があったが今はその様子は見られない。

 

彼の不眠症の改善に自分が役立てた時は嬉しかった。

 

良馬は恐らく部屋に戻ろうとしたが、その気力もなく此処で寝入ったのだろう。

 

「もう、こんな所で寝て、風邪でも引いたらどうするんですか?」

 

その場で膝を突いてソファの上で眠る彼の顔を覗き込み、ギンガは良馬に問うた。

もちろん答えを期待しての問いではなく、目の前の彼を見て自然と口から漏れた言葉だ。

 

少女は手を伸ばし眠る良馬の髪をそっと撫でた。

 

ボサボサではあるが良馬の髪は柔らかい髪質だった。

 

中性的で綺麗な顔立ち故、その姿は見方によっては女性にも見える。

 

「まったく、人の気も知らないで‥‥」

 

自分が抱く恋心など知りもせず、仕事に明け暮れて疲れ果てた男へと乙女は呟く。

 

そして、いつの間にかギンガは彼へと身を寄せていた。

 

子犬が主人に甘えるように寒さの中で温もりを求めるかのように吐息が掛かるほどギンガは良馬に顔を近づける。

 

静かに脈打つ鼓動が、柔らかな乳肉を通してギンガに伝わり、しかし彼女の中では鼓動は逆に早まっていく。

 

肌に伝わる彼の体温が、身体の芯まで響く彼の鼓動が、鼻腔に溶ける彼の匂いがその全てがギンガの心を甘く蕩かせていく。

 

もう、彼女はそれ以上自分の心を抑える事が出来なかった。

 

眠る良馬の肩に手をやり、より一層と身を寄せていく。

 

ゆっくりと‥‥ゆっくりと‥‥

 

何度か理性が制動をかけるが恋慕に脈打つ心がそれを砕き。

 

そして、遂に身は重なる。

 

「んぅ‥‥」

 

眠る男の唇に艶やかに潤う乙女の唇が触れた。

 

それは少女が初めて味わう口付け(キス)という名の愛撫だった。

 

今までキスはおろか男性と付き合う経験もなかったギンガであるが、間近で感じた、愛する男の鼓動と熱が普段の清楚さが嘘のように彼女を大胆にさせていた。

 

夢や空想でしか交わさなかったファーストキスに乙女は夢中で溺れた。

 

唾液を貪る事も、情熱的に舌を絡ませる事もない稚拙な愛撫ではある。

 

されど、産まれて初めて味わう、愛する男との口付けは甘美で少女の心を甘く潤した。

 

ただ唇を重ねて、触れ合わせただけのキスにギンガは身じろぎする度に唇から淡い快感をもたらしギンガをどんどん蕩かせていく。

 

最初は戸惑いを感じていた筈の心はいつの間にか、もっと、もっと、と彼を求めていた。

 

求める心に身体は従順に応じて身を重ねる。

 

豊かで柔らかな乳房をより一層押し付け、唇を強く触れ合わせていく‥‥。

 

抑圧され、秘され続けた感情の発露は容易に納まってはくれず、しばしの時、ギンガは我を忘れて、時を忘れて、口付けに没頭した。

 

一体どれだけの時間を彼と繋がっていたのだろうか?

 

唇を重ね続け、いつしか息苦しさを感じたギンガは最初にした時と同じようにゆっくりと顔を離した。

 

音もなく身を離し、少女は今まで瞑っていた瞳を静かに開く。

 

そして、ギンガは見た。

 

「あッ‥‥えっ‥‥?」

 

しっかりと見開かれた、良馬の瞳がこちらを見据えるのを‥‥

 

 

時系列はギンガが眠っている良馬にキスをする少し前まで戻る。

 

ギンガが自宅へ帰って来た時、良馬は夢現ながらも人の気配を感じ取り少しずつ意識を覚醒し始めた。

 

そこはやはり夜の一族と軍人と言う職柄故、気配を読み取るのが敏感だった。

 

やがて、その気配は自分へと近づいて来る。

 

大方、加奈江かリニスが自分に毛布でも掛けに来たのだろうと思ったが、良馬が感じた感触は毛布の感触ではなかった。

 

唇と胸板に心地良く柔らかい人の感触があり、さらには鼻腔をくすぐる甘い香りが覚醒を促す。

 

一体何なのだろうか?

 

そう思い、ゆっくりと目を見開けばそこには影があった。

 

目を凝らせばそれは人で自分に覆いかぶさっているという事が分かる。

 

しかも、その相手は自分と口付けを交わしていた。

 

その状況を理解した途端、あまりの事に一瞬思考は空白となって何も考えられなくなる。

 

良馬の思慮が真っ白に染まる中、彼の唇を味わっていた相手が唐突に離れた。

 

眠気眼のため、部屋に入る太陽の光に眩しさに一瞬目を細めるが、しかし視覚はすぐに相手を認識する。

 

目の前にいたのは、見知った少女の姿。

 

甘く芳しい香りを放つ青い長髪。

 

男の理想を描いたような豊かなプロポーション。

 

自分の初恋の相手同様の麗しいと形容して仔細ない美貌と、心を惹き込む程澄んだエメラルドグリーンの瞳。

 

中嶋ギンガという名の少女がそこにはいた。

 

「あッ‥‥えっ‥‥?」

 

自分を見つめる良馬の視線に気付き、ギンガは疑問符を零す。

 

まるで良馬が目を覚ました事が信じられないように少女はただ唖然とする。

 

まぁ、ギンガ本人からすれば、お伽話ではないがまさかキスをしただけで良馬が目を覚ますとは思ってもみなかったのだろう。

 

しかしそれは良馬の方だって同じだ。

 

夢現な状態から人の気配を感じそれが自分に近寄ってきたと思ったら、いきなり自分にキスをしてきた。

 

確認の為、目を開けてみれば、それはなんとギンガだった。

 

夢みたいな‥‥いや、もしかしたら之は本当に夢なのかもしれない。

 

寝起きで未だ霞の掛かった思考の中、良馬はこれが夢幻ではないかと思い始めた。

 

だが、そんな彼の思慮など知らずギンガは頬を赤く染めて恥じらう。

 

「あ、あの‥‥ち、違うんです。こ、これは‥‥その‥‥」

 

慌てて紡いだ言葉は上手く繋げられず、途切れ途切れになってしまう。

 

寝込みを襲うような形で愛しの彼と口付けを交わしてしまった事が恥ずかしくて、しかしそれをどう言い繕って良いか分からなくて。

 

乙女はただ頬を染め、上手く回らぬ呂律で言葉を零すばかり。

 

一方、良馬の方はこの現状が現実なのか?それとも夢なのか?判断に困っていた。

 

あの真面目が服を着ているようなギンガが寝込みを襲い、自分に口付けを求めるなど、あまりにも現実離れした事象。

 

故にコレは夢なのではないかと思いつつも確かめてみよう‥‥と、彼は判断した。

 

「あっ、えっ? あ、あの‥良馬さん?」

 

ギンガのうなじと肩に手を回し、彼女の身を自分に引き寄せ、

 

「な、なにを‥‥んぅッ!?」

 

突然、彼女の唇を奪った。

 

この状況が、夢なのか現実なのか、確かめる一番手っ取り早く、確実な方法‥‥

 

それが、この現状だ‥‥もう一度、ギンガと口付けを実行して試してみる。

 

良馬の考えた結論がそれだった。

 

なんとも馬鹿げた考えではあるが、寝不足なうえ、その状態での寝起きの思考回路に論理性を求めたところで詮無き事だ。

 

そして当たり前の事であるが、突然に口付けをされて腕の中のギンガは慌てる。

 

「んぅ‥‥んぅぅ!?」

 

塞がれた唇から疑問符を零し、いきなりの事に身をよじる。

 

だが、彼はギンガを決して離しはせず、むしろより一層と力を込めて抱き寄せた。

 

ギンガの程よく実った乳房が、身の動きに応じて柔らかく形を変えて良馬の体に至高の感触を‥‥

 

うなじに回した指には滑らかなで、柔らかい髪と心地良い肌触りを‥‥

 

そして、重ねた唇からはどこか甘い味を伝えてくる。

 

良馬は現実と非現実の検証という最初の目的を忘れ、ひたすらにその味に酔った。

 

口付けで結ばれる唇には舌を挿し入れて、未だ驚愕の中で震えるギンガの口内を蹂躙。

 

舌と舌を絡ませて歯茎から頬まで舌の届く範囲全てを愛撫し、唾液を貪り、そして流し込んでは無理矢理味わわせる。

 

二人の唇の間からは舌を絡ませて、ピチャ、ピチャと唾液を交える水音が響き、辺りを淫靡に染め上げていった。

 

そうした時間がどれだけ過ぎただろうか?

 

最初は身をよじって戸惑っていたギンガが、やがてその動きを止め、彼の口付けの全てを従順に受け入れるようになった頃、ようやく長くそして短いキスの時間は終わりを告げる。

 

繋がっていた二人の唇は唾液が糸を引き、音もなく途切れる。

 

初めて経験し、そして味わった深い口付けの余韻に瞳をとろんと蕩かせたギンガは、それをどこか名残惜しそうに見つめていた。

 

一方、ギンガとの口付けで意識が覚醒した良馬は、静かに呟く。

 

「夢‥‥じゃなかったか‥‥」

 

覚醒した思考は、身に起きた事をようやく現実だと完全に認識した。

 

ギンガの乳房の柔らかさ、鼻腔をくすぐる甘い髪の香り、そして何より口付けの甘い味‥‥

 

とても夢の中で味わえるものではなく、さっきまでの事が正真正銘現実に起きた事だった。

 

「えっ、えっと‥‥」

 

彼は身を起こし、今までの事が現実だとしてこの後、どの様なリアクションをすれば良いのか困惑した。

 

ギンガが寝ている自分に口付けし、そしてさらに自分がまた彼女の唇を奪ったのだから無理も無い。

 

暫しの間、その場に生まれた沈黙と気まずい空気‥‥。

 

沈黙を破る音が生まれる。

 

それは少女の紡ぐ声で、彼女の声は、今にも消え入りそうな小さな囁きだった。

 

「あ、あの‥‥私‥‥その‥‥」

 

途切れ途切れの言葉を必死に濡れた唇から零し、ギンガは潤んだ瞳で熱い眼差しをこちらに向けてくる。

 

頬は、 情熱的な口付けの余韻と羞恥心のため、がほのかに朱へと染めている。

 

無垢で一途な乙女の姿は、どこまでも愛らしく美しく、まるで神秘的な絵画に描かれている女神の様だ。

 

そして、乙女は意を決し、言の葉に思いを連ねる。

 

「あ、あの‥‥わ、私‥‥私は‥良馬さんの事が‥‥‥」

 

もはやここまで来たら、彼女が自分に何を想い、何を告げようとしているかなど考えずとも分かる。

 

夢のようだが、これは現実の話だ。

 

そう、夢の様だが、これは紛れもない目の前で起きている現実の事で、ギンガは今まさに、自分に愛の告白をしようとしている。

 

だが、それを良馬は遮る。 

 

言葉を紡ぎだそうとしたギンガの唇にそっと手を伸ばし、指を添えて制止した。

 

「?」

 

突然の事に少女は眼を見開いて、視線で疑問符を投げ、首を傾げた。

 

何の意図があって、彼はこんな事をするのかと‥‥

 

対する彼はギンガの言葉を遮ると、身を動かした。

 

ソファの上から床に足を着け、その場で立ち上がる。

 

同じくギンガにも立ち、二人は正面から向かい合う形になった。

 

「ギンガ、それ以上は言うな‥‥」

 

彼の告げた言葉の意味が一瞬理解できず、ギンガは硬直する。

 

しかし、思考の奥底まで届いた残響は、確かに彼の言葉を認識した。

 

それ以外言うな‥と‥‥‥

 

その言葉の意味するところとは‥‥

 

普通に考えれば結論は一つしかない‥‥

 

それは、拒絶の言葉であった。

 

やはり駄目なのか?

 

やはり自分では彼の相手に相応しくなかった。

 

考えれば、自分は良家の家の出ではなく、地球の人間でもなく、まして普通の人ではない。

 

方や彼の方はこの世界では有名な良家の出身者‥‥。

 

どう考えても自分が彼に選ばれる訳がなかった。

 

悲しみが乙女の胸の内を、冷たく貫く、

 

「やっぱり‥‥駄目‥ですか?」

 

問う言葉と共に、ギンガの澄んだエメラルドグリーンの瞳を涙が濡らす。

 

しかし、彼女の悲しみと絶望はこの後の彼の言葉で、一転する。

 

「い、いや、違う‥‥違うんだ‥‥ギンガ‥‥そうじゃない‥‥」

 

ギンガが思った拒絶と思える先ほどの言葉の意味を彼は否定する。

 

否定した後、彼は幾度か言葉を飲み込み、気まずそうにギンガから視線を逸らす。

 

しかし、覚悟を決めたようにそっとギンガの肩に手を置いて彼女の瞳をまっすぐに見据えた後、告げた。

 

「その‥‥まずは俺の方から言わせて欲しい」

 

彼女の肩に置いた手に、僅かに力を込め。

 

彼女を見つめる瞳に、熱い想いを込め。

 

そして、 彼女に告げる言葉には万感の想いを込める。

 

「俺は‥‥君を愛している‥‥ギンガ‥‥‥」

 

静かに、そして深く心に刻み込むように彼はギンガに愛を告げた。

 

それはくだらないプライドだったかもしれない。

 

だが、同時にどうしても譲れない事だったのかもしれない。

 

ギンガがこうして勇気を出し、自らに告白しようとしたのだ。

 

しかし、年下の少女から先に言われるのではない、

 

年上の男である自分から思いを先に告げねばならないという男としての意地だった。

 

良馬の口から『愛している』と言う言葉を聞き、またもギンガはしばし硬直する。

 

暫しの間、良馬の発した言葉の意味を把握するのに要し、

 

「えっ?」

 

思わず疑問符を零しながら少女は身を震わせた。

 

彼の言った言葉が胸の奥まで染み入って、切なく、そして温かくさせていく‥‥。

 

何か言葉を告げようと唇を動かすが、言葉は出てこない。

 

驚きと喜びがギンガの心と身体を打ち抜き、自由を奪っているのだ。

 

そんな少女を、良馬はそっと抱き寄せた。

 

「俺は君の事が好きだ‥‥だから‥その‥‥良かったら君が俺の事をどう思っているか教えてくれないか?」

 

ギンガの返事なんて分かりきっているのに‥‥

 

それにもかかわらず、どこか冗談めいた言葉で彼は問う。

 

自分の想いを吐露し、何より相手の想いを察したからこその余裕だろう。

 

良馬のその言葉に、ギンガは彼の服をぎゅっと掴みながら、身を寄せながら答える。

 

「私も‥‥私も良馬さんの事が好きです‥‥」

 

「ありがとう‥‥ギンガ‥‥」

 

彼女の背に回した手に少しだけ力を込めて深く抱き寄せ、呟くように告げた。

 

それから二人は、互いに体を寄せ合いつつ、ソファへと座り、お互いの思いが通じ合った幸せをかみしめていた。

 

しかし、良馬は、本人はまだ寝不足のためか、少しウトウトしだした。

 

寝不足とギンガへの告白が無事に実を結んだと言う事実に緊張が緩み、その反動で一気に眠気が襲い掛かってきたのだ。

 

(良馬さん、眠そう‥‥やっぱり寝足りないのかな?)

 

自分がキスをして起こしてしまった事による罪悪感からギンガは、

 

スッとソファから立ち上がり、床へ座ると、

 

「良馬さん、折角ですから此処で休みませんか?」

 

と、自らの膝の辺りをポンポンと叩く。

 

それは膝枕をしてあげると言うギンガの意思表示だった。

 

「えっ?でも‥‥」

 

ギンガの突然の膝枕のお誘いに戸惑う良馬。

 

「嫌‥‥ですか?」

 

ギンガが悲しそうな声を出すと、

 

「うっ‥‥そこまで言われると‥‥」

 

恥ずかしいのもあるが、同時にやって貰いたい‥‥

そんな興味もあり、

 

「そ、それじゃあ、頼もうかな‥‥」

 

「はい」

 

先程の悲しそうな声とは打って変わってギンガの嬉しそうな返事を聞き、良馬はソファから立ち上がり、床に寝転ぶと、頭をギンガの膝枕の上に乗せた。

 

何時ぞや、ギンガと添い寝した時と同様、ギンガの膝枕はとても心地よく、良馬はあっという間に寝息を立て始めた。

 

ギンガが目を細め、笑みを浮かべながら良馬の寝顔を見ている中、その後ろで買い物から帰ってきた加奈江とリニスの姿があり、二人は初々しい様子の良馬とギンガの様子を見て、買い出しした品をその場にソッと置くと、その場を後にした。

 

リビングに入って二人の世界を壊すほど、二人は無粋ではなかった。

 

ただ、リニスの方はほんの少し複雑な気持ちだった。

 

それは良馬を幼いころから母親代わりとして育ててきた母性と彼を慕う女の一女性の本能がそうさせた。

 

夕食時、良馬とギンガは互いに節目がちになりながら夕食を食べていた。

 

そんな、二人の様子を見て紅葉は、昼間に二人の間に何があったのかを察したが、

桜花と源三郎の方は何があったのか分からず、二人の具合が悪いのかと思ったが、それは二人の口から同時に否定された。

 

その様子を見て、加奈江と紅葉は、もう息がピッタリなお似合いの恋人同士だと思い、源三郎と桜花は目をパチクリさせ、当の本人たちは顔をさっきよりも顔を赤らめ、俯いてしまった。

 

夕食後、中嶋家に居る皆は思い思いの事をし、夜の一時を過ごしていた。

 

源三郎と桜花は、親子二人でテレビを見て、紅葉は読書、加奈江とリニスは夕食で使った食器類を洗いっている。

 

良馬は特に長居してテレビも見ることなくリビングから自室へと移動した。

 

その途中、通路でギンガとすれ違った。

 

ギンガはこれから風呂に入るのだろう。

 

彼女の手には、着替えとタオルを持っていた。

 

偶然とはいえ、交際し始めた二人にはこうした瞬間も気まずさが付きまとう。

 

しかし、時間が経てば、やがては克服される事だろう。

 

良馬がギンガの横を通り過ぎようとした時、不意にギンガが良馬の服の裾を掴んだ。

 

「ん?」

 

振り返ってみれば、そこには顔をほんのり、赤く染め、顔を俯むかせたギンガがいた。

 

「ん?ギンガ、どうしたの?」

 

良馬が何故、ギンガがこの様な行動をとったのかを訊ねると、

 

「あ、あの‥‥この後で良馬さんのお部屋にお邪魔してもいいですか?」

 

か細い声で訊ねるギンガに対し、良馬は、

 

「えっ!?ああ、別に構わないけど‥‥」

 

と、特に断る理由もないのでギンガの訪問を許可した。

 

「そ、それじゃあ‥‥また、後で‥‥」

 

そう言い残し、ギンガはそそくさと風呂場へと姿を消した。

 

「?」

 

この時、良馬はギンガが何故ソワソワしているのか分からず首を傾げた。

 

しかし、この後、ギンガが自分の部屋に訪ねてきたとき、その理由が判明する事となった‥‥。

 

 

それから暫くして、

 

コン、コン‥‥

 

と、良馬の部屋のドアを叩くノック音が聞こえ、

 

「はい、どうぞ」

 

良馬は、入室を許可する。

 

「お、お邪魔‥します」

 

良馬の部屋に寝巻き姿のギンガが部屋に入って来た。

 

この時ギンガは、後ろ手にドアを閉めた。

 

いつもならば、身に着いた丁寧さで後ろ手にドアを閉めると言う事はしない筈のギンガに少し疑問を抱く良馬。

 

それに先程通路で会った時もドアを閉めた後も妙にソワソワとしている様子で落ち着きがない。

 

「ギンガそれで一体どうしたんだ?」

 

「えっと、あの、その‥‥」

 

ギンガは良馬の質問に顔を赤くして、俯きながらせわしなく指を動かしていた。

 

取りあえず、ギンガに落ち着いてもらおうと、ベッドの上にギンガを座らせ、自らもギンガの隣に座った。

 

「それで?どうしたの?なんか、ソワソワして落ち着かない様子だけど、どこか体調が悪いの?」

 

良馬は改めてギンガの来訪目的を尋ねる。

 

「あの‥‥その‥‥」

 

ギンガはベッドに座っても顔を俯かせ、せわしなく指を動かしていたが、やがて意を決した様子で、スッと立ち上がり、良馬の正面に立つと、キッと顔をあげ、

 

「良馬さん」

 

「ん?」

 

突然良馬の名を告げると、ギンガは良馬をベッドに押し倒した。

 

「っ!?な、何を?」

 

突然押し倒された良馬は自分の身に何が起きたのか一瞬わからなかった。

 

しかし、押し倒されたままの状態が少し続き、良馬はギンガに何故自分を押し倒したのかを問う。

 

「わかりませんか?良馬さんを夜這いに来ました」

 

「はぁっ!?よ、夜這い!?」

 

ギンガからの爆弾発言に思わず声が裏返る良馬。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

 

良馬は押し倒された状態から腕に力を入れて起き上がる。

 

この時ギンガは相当力を入れて良馬を押し倒していたが、夜の一族である良馬も戦闘機人に負けぬ程の力を有していた。

 

ギンガは戦闘機人である自分の力に普通の人がここまで対抗できるものなのかと思った。

 

良馬は何故ギンガがこの様な行動(夜這い)をとったのか理由を聞くため、最初の様にギンガをベッドに座らせ、自らもギンガの隣に座る。

 

「理由を聞かせてくれないか?ギンガ。そりゃ、俺たちはもう恋仲ではあるが、流石に早急すぎやしないか?いきなりこんな‥‥」

 

昼間、恋仲となったばかりの二人だが、いきなりその日の夜に肉体関係まで事を進めようとは、確かに早急過ぎる。

 

「私‥‥恐いんです」

 

「えっ?」

 

ギンガは、静かにそう呟く。

 

「良馬さんと恋人となった事‥‥それは嬉しいんだけど‥‥でも、不安なんです」

 

「不安?」

 

問い返す良馬の言葉に、ギンガは頷く。

 

「こうして恋人になった事が突然過ぎて‥‥なんだか夢みたいで‥‥それに‥‥」

 

「それに?」

 

「中嶋家に養子入りをして、防衛軍の士官になりましたけど。もし‥もし、故郷の家族や友人が来た時、私はそれらを跳ね除け、この世界に留まれるという自信がなくて‥‥」

 

「‥‥」

 

ギンガの不安は最もだ。

 

この世界で出来た家族と言っても所詮養子‥血のつながりが無い家族だ。

 

そんな中、ギンガの故郷の本当の家族や親しい友人達がギンガを迎えに来た時、果たしてそれらを跳ね除ける事が出来るだろうか?

 

それは確かに不安を抱かない方がおかしい。

 

「だから‥‥」

 

「ん?」

 

「だから、貴方が好きでいてくれる証を‥‥私がこの世界に留まれる証を私にください!!」

 

駄目ですか? と、最後に問う言葉を加えてギンガは請うた。

 

少女が告げる儚く甘い懇願はどこまでも愛らしい。

 

愛する少女にここまで言われて、それを蔑ろに出来る彼ではない。

 

それに彼自身もギンガを手放したくはない。

 

ギンガのその言葉に、良馬も腹を決めた。

 

覚悟を決めた男は、もう一度顔を寄せてギンガにキスをする。

 

彼女の請いへの返答とばかりに、優しく唇を重ねるだけの口付け。

 

そっと顔を離した良馬は、耳元に静かに囁いた。

 

「分かった」

 

と、たったその一言の言葉だけを呟いた。

 

 

電気がついている中では恥ずかしいと言う事で電気の灯が消し、邪魔者が来ない様に部屋には鍵がかけられ、月明かりが差し込む良馬の部屋の中で、シュル、シュルと衣服を脱ぐ音が静かに響く。

 

ギンガが自ら纏っている寝間着を着崩している間、良馬はギンガに背を向けてベッドに座っていたが、心臓の鼓動は波を打つように速い。

 

それはギンガの方も同じで、小さく小刻みをしながら震える手で上着のボタンを一つ、一つ外していき、パサッと上着を脱ぐ。

 

次に寝間着のズボンと最後の砦であるショーツをゆっくりと下ろす。

 

衣服を取り払うごとに晒されるその肌の白さは扇情的とさえ言える。

 

「あ、あの‥‥もう‥‥こちらを向いても良いですよ」

 

「あ、ああ‥‥」

 

ギンガの許しが出たので、良馬は振り向き、ギンガの姿を見る。

 

そこにいたのは、一糸纏わぬ穢れなき姿のギンガだった。

 

薄らと月明かりに照らされているギンガの姿はとても神秘的な姿だった。

 

ギンガの姿に良馬は本日何度目になるのか息を飲んで魅入られる。

 

白くまるでミルクを溶かし込んだかのように白く、染みもくすみもない瑞々しい肌。

 

腰まで流れるように伸びる青い髪も胸の大きさや肌の色に負けず劣らずに美しい。

 

男として産まれ落ちた者ならば一度は抱きたいと思い描く究極的に完成された身体。

 

「凄く綺麗だよ、ギンガ‥‥」

 

愛する少女に、優しく囁いた。

 

ギンガは彼のその言葉に恥じらい、だがそれ以上に喜んで頬をより一層朱色に染め上げる。

 

生まれたままの姿となったギンガは、トスン、と、良馬の横に座る。

 

その後、一拍の静寂が場を支配し、暫しの間、無音の時が流れる。

 

互いの息遣いと触れ合った身体から伝わる鼓動が全てとなる世界。

 

どこかもどかしく、だが心地良い静けさ。

 

そんなしめやかさを破ったのは、隣に座る乙女だった。

 

「あ、あの‥良馬さん」

 

蚊の鳴くような小さな、しかし澄んだ声が、その内にたっぷりと恋慕を孕んで彼の名を紡ぐ。

 

「ん?なんだい?ギンガ?」

 

今の良馬の心境は士官なり立てでガミラスと戦った頃と同じような緊張感が彼の心を支配していた。

 

しかし、良馬とて何度も修羅場を潜り抜けてきた男、此処は声と共になんとか心を落ち着かせ、彼はギンガに問うた。

 

だが、心落ち着いたのは一瞬。

 

次の瞬間、良馬の心はまた掻き乱される。

 

少女が俯けていた顔を上げたのだ。

 

今まで少し俯かせていた顔を上げ、ギンガが潤んだ瞳でこちらを見上げる。

 

そこに込められた万感の想い。

 

胸を焦がすような愛しさと恋しさの中に、不安と期待を孕み縋るような眼差は、まるでそれ自体が特別な魔力を帯びたような感じで良馬の身は再び硬直する。

 

だが彼のそんな内心など露知らず、乙女は言葉を連ねた。

 

「私、その‥‥男の人とこういう事するの、初めてで‥‥だから、えっと‥‥」

 

連ねる言葉は恥じらいを宿し、だが確かにそこに期待を込めて。

 

彼を想う恋慕と共に、甘く蕩けるような声で囁かれる。

「優しく、抱いてください‥‥」

 

それは過剰なまでに甘い請いだった。

 

彼女の請うた甘き誘いに彼は言葉でなく行動で応えた。

 

ギンガの肩にそっと手を回して抱き寄せて顔を寄せる。

 

二人は再び唇で繋がり、交わった。

 

そして、彼はそのまま動いた。

 

肩に回した手に力と体重を掛けギンガを優しくベッドの上に押し倒す。

 

ギシギシと言うベッドのスプリングの軋みとドサッと言うシーツに人が倒れる音が重なる。

 

その後、彼はギンガの身体にかぶりつき、ギンガの身体を貪るかと思いきや、そうではなかった。

 

彼の方は、正直言って今にでもギンガの身体に食らいつきたかったが、彼女の方は、男性との行為は初体験‥‥不安や恐怖が無い訳ではない。

 

その為、彼はまず彼女のそう言った不安や恐怖を拭う事から始めた。

 

ギンガと濃厚な口付けをした後、今度は唇ではなく白くしなやかな首筋にキスを行う。

 

彼女の首筋への愛撫を行っていた良馬であったが、唐突にギンガの首筋を噛んだ。

しかし、噛んだと言ってもガブッと食いちぎるように噛みついたわけではなく、快楽を感じさせる甘噛みである。

 

ギンガの首筋を甘く噛んで、濡れた舌で舐め取る。

 

「これは私のモノだ」と言わんばかりに見せる吸血鬼である夜の一族の愛の洗礼行為だった。

 

首筋を攻めた後、良馬は時間をかけて彼女の不安を取り除く。

 

そして良馬の方も寝間着を脱ぎ、ギンガと同じ生まれたままの恰好となる。

 

「怖い?」

 

仰向けになっているギンガに対して膝を突いて身をベッドに沈めながら良馬が口を開いた。

 

「もし嫌なら、ここで終わりにしようか?」

 

良馬本人としてはギンガが拒むようなら無理に彼女と関係を持とうとは思わなかった。

 

ギンガ程の美女を抱けないのは残念だが、時間はまだある。

 

今日は止めて、いずれまた別の日に機会を設ければいい。

 

そう思っていたのだが、

 

「大丈夫です。このまま私の事を愛して下さい」

 

ギンガの決心は意外と固く、良馬の方も彼女から此処まで言われれば、引く道理はない。

 

良馬は了承の意とばかりに一度身を沈め、ギンガの唇にそっと口付けする。

 

短い‥だが愛の込められた甘いキス。

 

そして、顔を離すと共に一言囁いた。

 

「分かった」

 

その後、二人は理性を捨て、本能の赴くまま身体を寄せて肌を交わして触れ合った。

 

 

それから二人は事を終え、互いにベッドに沈んでいる中、

 

「‥‥すまない」

 

良馬はそっとギンガの頬を撫でながら開口した言葉は謝罪の言葉だった。

 

ギンガが求めてきたとは言え、途中からは理性がぶっ飛んでもう何も覚えていない。

 

だからこそ、自分は彼女を‥‥男との関係が初めての少女を乱暴に扱った様な気がした。

 

しかし、ギンガはぐったりした身体をゆっくりと良馬へ絡ませ目を細める。

 

そしてとても幸せそうに微笑む。

 

「謝罪の言葉なんていりません。私は今、とっても幸せなんですから」

 

「ギンガ‥‥」

 

「良馬さん。私は、もっと別に聞きたい言葉があります」

 

「ああ、分かっている」

 

ギンガが望む言葉‥‥。

 

それは‥‥

 

「ギンガ‥‥愛しているよ‥‥」

 

「はい‥私も愛しています‥‥」

 

良馬はギンガの顎先をくいと上げさせると顔を寄せていった。

 

意図を悟った少女は受け入れるように目を閉る。

 

そして、音もなく唇と唇は触れ合った。

 

それはまるで永遠の愛への誓いのようでもあった。

 

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