本局を襲った未曾有の大災害‥‥
その災害規模は管理局史上最大の規模で、これまで“海”の中では最大の被害規模とされたボラー連邦への武力制裁の失敗時よりも大きく、被害当日に本局のドックに停泊中だった次元航行艦、建造ドックにあった次元航行艦、そして本局内に居た数万人の人々の人命が失われた。
局員の中には喪われた人命よりも多数の次元航行艦が失われた方が管理局にとって痛手だと思う者も居るが、大多数がやはり人命が喪われた事に深い悲しみを抱いた。
そんな中、まだ傷が癒えていない“海”では、今回の大災害の報告会が地上本部ビルの一角に設けられている“海”の分室にて行われた。
分室に設置されているメインモニターにはジャガーノートとガイアが記録したローレライの魔女の映像が映し出される。
『‥‥』
分室の幹部局員たちも映像を見た当初はモニターに映るローレライの魔女の姿を見て息を呑んだ。
「それで、この本局を破壊したモノの正体は判明したのかね?」
映像が終わった後、分室の幹部局員の一人が今回、本局を襲撃したブラックホールの様なモノ正体について訊ねる。
「スピアーノ教授の仮説では、このブラックホールの様なモノの正体は、『ローレライの魔女』と呼ばれる暗黒彗星の可能性が高いとの事です」
そこで、フェイトがランティスから聞いたローレライの魔女について説明をして、このローレライの魔女こそが、本局を襲撃したブラックホールの様なモノの正体ではないかと伝える。
「ローレライの魔女?」
「なぜ、そのようなモノが本局に来たのかね?」
「その理由も判明しているのか?」
管理局の長い歴史の中で、本局のある異空間に敵勢力が侵入したのはボラー連邦への武力制裁の時であるが、此処までの大きな被害ではなかった。
「そもそもローレライの魔女が彗星ならば、どうしてその彗星があの空間に来たのだ?これまでの管理局の歴史の中であの空間で彗星が観測された事など一度もないぞ」
今回、本局のある異空間に来たのは敵対勢力ではなく、彗星‥自然の飛来物だ。
この分室の幹部局員が言うようにあの空間で彗星が観測された事は、本局が建設されてから一度もない。
それが突然、彗星が飛来したかと思ったら、本局を丸飲みして去っていくのだから、事情が呑み込めないのも当然の反応だ。
「教授の仮説によれば、ローレライの魔女は異質のエネルギーを求めて次元の海を彷徨う彗星らしく、先日本局で起きた爆発事故‥あの事故がローレライの魔女を本局に呼び寄せた原因ではないかと言う事です」
「あの事故が関係している?」
「爆発事故の影響だと?」
「それは、一体どういう事かね?」
分室に居た“海”の幹部局員たちは何故、本局のあった空間にローレライの魔女がやって来たのかその理由を分からずに首を傾げている。
しかもやって来た理由が、ローレライの魔女の襲来前に起きた爆発事故が原因ではないかと言うのだから困惑するのも当然の反応だ。
「本局は長い年月の中、あの空間に存在していました。そして、その空間には長年に渡って蓄積された魔力エネルギーが溜まっており、その蓄積されたエネルギーが先日の爆発事故で本局の外部へと漏れ、ローレライの魔女はその時に漏れた魔力エネルギーを探知して本局にやって来たのではないかと教授は仰っていました」
フェイトが分室の幹部局員たちへランティスがたてた仮説を基にローレライの魔女の本局襲来について説明をした。
「いずれにせよ、“海”は組織の立て直しをしなければならなくなった訳だな。しかも限られた人数で‥‥」
「次元航行艦の数は?」
「探査業務を控えてミッド、他の管理世界の警護に回すか‥‥」
「予算に関しては“陸”と“空”に融通してもらい何とかなるだろう」
分室の幹部局員は、予算問題について今回の被害を考慮してもらい“陸”と“空”に事情を話せば、何とかなるだろうと楽観視しているが、“陸”と“空”にも予算は必要だ。
一体どれくらいの予算の割り振りになるのか“陸”と“空”が知れば戦々恐々だろう。
しかし、“海”の立て直しが出来なければ、ミッドチルダを始めとする管理局が管理している管理世界の防衛面として、世界の安全と管理局の面子に関わる。
「あとはミッドにある様々な大企業、法人、名家や他の管理世界からのクラウドファンディングで予算となる資金を集めよう」
「人員に関しては、訓練校や士官学校の学生を繰り上げ卒業させて補填するとして、他の管理世界からも徴用するか‥‥」
『‥‥』
分室の幹部局員たちの予算や人員の集め方に顔を顰めるフェイトたち。
ただでさえ近年、完成したばかりの新造艦を強奪されたり、局内で麻薬の密売など管理局‥特に“海”に関して暗い出来事ばかり起きていた。
そこに今回の本局崩壊の出来事‥‥
確かに“海”の立て直しとして、お金と人員、次元航行艦は必要不可欠であるが、そんな状況だからこそ、誠実で慎重な姿勢が求められる中で上から目線の強硬な態度や強引なやり方をしては“海”は、世間は勿論のこと、同じ管理局の“陸”と“空”からも信頼を失う。
実際にボラー連邦への武力制裁失敗の時も世間から管理局‥特に“海”は相当散々叩かれた。
“海”から“陸” “空”への異動願いを出す者、中には退職者も出て人材の流出が多発した。
「次に新たな本局の候補地だが、今回の一件や以前のボラーでの一件を踏まえ、次元の海に本局を建設するのは危険だ」
「そうだな。ミッドの港湾地区の一帯に司令部となる庁舎を建設し、そしてその周辺に次元航行艦の母港となる港、建造ドック、修繕ドックを建設することにしましょう」
新たな本局となる“海”の庁舎は以前、本局があったあの異次元空間ではなく、またミッドチルダ周辺の衛星軌道上でもなく、“陸”や“空”の様にミッドチルダ本土に作られることになった。
そしてその建設予定地は、はやてにとって懐かしい場所‥‥旧機動六課隊舎跡地に建設されることになった。
旧機動六課跡地ならば、港湾施設とも隣接する事が出来、更にはJS事件を解決に導いた奇跡の部隊があった場所と言う事で、ゲン担ぎを含めて縁起の良い立地とされた。
「新たな本局となる土地の問題は解決した。次は、今回の件における責任問題の所在であるが‥‥」
そして、次に何故か本局崩壊の件についての責任問題についての話題となる。
「ちょっと待ってください!!責任問題ってどういう事ですか!?」
「今回の一件はテロでも事件でもなく、自然災害なんですよ!!」
はやてとフェイトは責任問題を追及しようとする分室の幹部局員に食って掛かる。
JS事件、新造艦強奪事件ではスカリエッティ、シーマと言う犯罪者の主犯が居た。
しかし、今回起きた本局壊滅事件に関して、犯人はローレライの魔女と言う暗黒彗星であり、犯罪者ではなく彗星‥言わば自然災害なのだから、防ぎ様が無く、責任を取ろうにも取りようがない。
「ハラオウン副長の言う通りだ。自然災害が相手では、いつ、どこで、何が、起こるかなんて事前に知りようもない出来事を予知するなんて‥‥っ!?」
クロノがそこまで言って、彼らが何を企んでいるのかを察する。
「そうだ、ハラオウン提督‥予知だよ」
「今回の件は事前に予知されていた出来事ではないのかね?いや、今回の事だけではなく、JS事件の時もそうだったな?そもそも、機動六課の設立には、グラシア氏の予言も関係していたと聞くぞ」
「は、はい」
はやては機動六課の設立に関して、自身が部隊運用を行いたいと言う思惑と管理局の崩壊を彷彿とさせるカリムの予言があった為、当時存命だった三提督やリンディ、クロノ、レティを始めとする“海”の高官の助力を持って機動六課を設立・運用した。
その為、機動六課の設立にはカリムの予言が関係していた事をはやては認めた。
「だが、結果はどうだ?スカリエッティたちによって地上本部は襲撃を受け、古代ベルカ時代の兵器もスカリエッティの手に渡り、最終的に破壊せざるを得なかったではないか」
「聖王のゆりかご‥あれがあればボラー連邦への武力制裁も失敗しなかったのではないか?」
(カリムの予言を完全に信じていなかったくせに、責任問題を追及する時に信じていたように装うのか?)
カリムが予言をした当初は、彼女の予言を信じずに予算と言う蜜を吸っていたにもかかわらず、大きな被害を受けたら、その責任をカリムに押し付ける分室の幹部局員たちの対応にフェイトは内心イラつく。
「お言葉ながら、私たち機動六課はあの事件の首謀者たるスカリエッティ及び彼の下に居た戦闘機人たちを逮捕する事が出来ました。これはグラシア氏の予言の成功の賜物です!!もしも、機動六課が設立されていなければ、ミッドはスカリエッティの手によって壊滅的な被害を受けていた筈です!!」
「仮に聖王のゆりかごを管理局が接収出来たとしてもボラー連邦相手に通じるとは限りません!!」
はやてとクロノは当然反論する。
特にクロノはJS事件、ボラー連邦への武力制裁に参戦していたので、聖王のゆりかごの性能もボラー連邦の強さも知っている。
何より、聖王のゆりかごはヴィヴィオが居なければ動かせない。
聖王のゆりかごを管理局が接収していれば、ヴィヴィオをあの戦いに巻き込む形となっていた。
「それは結果論に過ぎん!!事実、再開地区とは言え、ミッドにおいて地上戦が行われたのだぞ!?本来ならば、そのような戦いが起きる前にスカリエッティたちの身柄を確保するのが君たち機動六課の任務だったのではないか?」
「‥‥」
スカリエッティの戦略に対して管理局‥機動六課は後手、後手、に回ってしまい、ナンバーズたちの手によって地上本部ビル、機動六課隊舎の襲撃を許してしまい、ヴィヴィオを拉致され、聖王のゆりかごの起動を許し、ミッドチルダを戦場にしてしまったのは確かに機動六課部隊長の自分の責任でもある。
スカリエッティたちの逮捕とそれらの責任の相殺によって、JS事件後機動六課の隊長陣たちには処分も昇進もなかった。
はやてもクロノも機動六課時代の件を持ち出され黙り込んでしまう。
「貴方たち‥まさか‥‥」
此処で、リンディも彼らが何を言いたいのかを察する。
「そうだ。カリム・グラシア氏に今回の件について責任をとってもらおうと言うのだよ」
クロノやリンディが察した事を分室の幹部局員が述べた。
「待ってください!!グラシア氏は確かに今回の件について予知めいた事を数年前に記録しました。ですが、彼女の予言の的中率は100%ではなく、予言した出来事もいつ起こるのか正確には分かりません!!」
「それに、予言に関しても解読難度が高い古代ベルカ文字のため、様々に解釈できてしまいます」
「八神艦長。形はどうあれ、君が言うように本局が襲撃される恐れがあると強く主張したのは君たちではないか?そのために“陸”と“空”に頭を下げて予算を確保し、戦力を増強したのだぞ」
(頭を下げた?はっ、どの口が言うんだ?)
クロノは分室の幹部局員の言葉に内心毒づく。
「左様。故に我々は本局に万が一の事があった時のためにこうして分室を作ったのだ。そして、本局に万が一の事が起きた‥‥」
「しかも折角、増強した戦力はそのローレライの魔女とやらに壊滅させられたのだぞ」
「それは分かります。ですが、本局がまさか、暗黒彗星によって壊滅させられるのは予想外の出来事です。我々はてっきり、『黒き魔女』はあの新造艦強奪事件の主犯であるシーマ・ガガラハウが襲撃してくると予測したのです!!」
「そうです。責任があると言うなら、グラシア氏の予言について間違った解釈をした私たちにあります」
クロノとはやてはカリムへの責任追及を何とか防ごうとする。
「しかし現実に本局は失われ、管理局には人材・次元航行艦共に大きな被害が出た。例え今回の一件が、自然災害であっても大勢の犠牲者が出たからには誰かが責任をとってそれを世間に発表しなければ世間は納得しないだろう?」
「だからと言って何故、グラシア氏に‥‥」
「“海”の局員が大勢犠牲となった現状、我々の中の誰かが責任をとって管理局を辞める余裕が今の管理局にあると思っているのかね?」
「‥‥」
確かにボラー連邦への武力制裁失敗以上の犠牲者が出た“海”には現役の“海”の幹部局員を辞めさせる余裕は完全になくなった。
「幸い、グラシア氏は管理局の少将待遇の権利を有している。今回の件で、管理局からの永久追放処分として責任をとってもらおう」
「そうですな。それがいい」
分室の幹部局員たちは外部協力者であるカリムを遠ざけるようにして、リンディ、はやての力を削ぐと共に彼女に本局喪失の責任を押し付けて世間の批判を管理局から聖王教会へと逸らそうと言う目論見があった。
それはボラー連邦への武力制裁失敗後に起きた市民の大規模な暴動を経験しているからだ。
『‥‥』
リンディ、はやて、クロノ、フェイトらは分室の幹部局員たちの一方的なカリムへの処遇に文句を言いたかったが、反論ができる程の材料がなかった。
「では、本日の会議はこれまで‥新たな人事案、予算案については後日、会議の場を設け話し合う事にしよう」
会議室からはゾロゾロと分室の幹部局員たちを筆頭に幹部局員たちが出て行くが、リンディ、はやて、クロノ、フェイトは最後まで会議室に居り、カリムを守ることが出来ない自分たちの無力に打ちひしがれていた。
その日の内に聖王教会へ先ほどの会議で決まった話‥‥
カリムに今回の本局壊滅の責任を取ってもらう旨が伝えられた。
なお、それを伝えたのは、はやてやクロノではなく別の局員であり、その局員はカリムへ一方的な態度で、会議で決まった内容を伝えるだけ伝えた後、通信を切った。
その内容と局員の言動で、激怒したのはカリム本人ではなくシャッハだった。
「なんですか!?管理局のこの内容は!?どうして、騎士カリムに本局崩壊の責任があるのですか!?」
「お、落ち着いてシャッハ」
「これが落ち着いていられますか!?管理局は自分たちが守れなかった責任を騎士カリムに押し付けようとしているんですよ!?」
激怒するシャッハを宥めるカリムであるが彼女自身、今回の管理局側の内容は当然納得できるモノではない。
「とりあえず、騎士はやてかハラオウン提督に連絡を取り、事情を訊ねましょう」
「分かりました」
シャッハは不承不承な様子ではやてと連絡をとった。
「騎士はやて、先ほど管理局より連絡があり、騎士カリムの管理局の少将待遇の地位を剝奪すると一方的に言われたのですが、一体どういう事なんですか?」
口調は穏やかであるが、シャッハの顔は引き攣っており、彼女が怒っている事が窺える。
『し、シスター・シャッハ。カリムが言われたのは少将待遇の剝奪だけなんですか?』
「そうです。理由もなく、いきなり管理局が騎士カリムの地位を剝奪して来たんです!!」
カリムに連絡を入れた局員は詳しい詳細を話さずに地位を剝奪する事のみを伝えただけだった。
(報連相くらいしっかりとしいや、まったく‥‥)
はやてはカリムに要件を伝えた局員に対して内心呆れつつもどうしてこうなったのかを説明した。
『じ、実は‥‥』
「はぁ!?なんですかその屁理屈と責任転嫁は!?」
はやてから事情を聞き、激怒したのはやはり、カリム本人ではなくシャッハの方だった。
「騎士はやてもハラオウン提督も騎士カリムに責任を押し付けようとしているのを黙って見ていたんですか!?」
『そんなことない!!本局がああなってしまったんは、私らの解釈の間違いやったと説明はした。せやけど、分室の連中は一切、聞く耳を持たなかったんや』
「では、このままその処分を騎士カリムが受け入れろと言うんですか?本局が失われたのは騎士カリムのせいだと言うのですか!?」
『そ、それは‥‥』
シャッハの問いにはやては何も言えなかった。
「はやて」
そんな重い空気の中、カリムがはやてに声をかける。
『は、はい』
カリムから声をかけられて、思わず声が裏返るはやて。
「処分と言っても犯罪者として処罰される訳ではないのでしょう?」
カリムがはやてに責任問題について問う。
『え、ええ‥今回のカリムに対する処分はあくまでも管理局の少将待遇の剝奪であり、犯罪性を問う訳ではないので‥‥』
「‥分かりました。謹んでその処分を受け入れましょう」
「騎士カリム!?」
カリムは今回、管理局が自分に対して一方的かつ理不尽極まりない処分を受け入れると言う驚愕の返答をした。
彼女の決断にはやてもシャッハも驚愕する。
『そんな‥ええんか?カリム‥‥』
「はい。どの道、本局と大勢の人々の命を救えなかったのは私が、正確な予言をすることが出来なかったのがそもそもの原因ですから‥‥」
カリムはそう言うが、シャッハも‥そして、はやても今回の処分については当然納得していない。
しかし、カリム本人が処分を受け入れると言うのだから、これ以上は何も言えなかった。
はやてがカリム、シャッハに今回の一件の責任問題について話し合っている頃、リンディは同じくとある“海”の幹部局員と会合をしていた。
「わざわざご足労をいただきありがとうございます。スー大将」
「一体何の御用でしょうか?ハラオウン総合統括官」
リンディが呼び出したのはアンソン・スー大将‥‥
メアリーの父親である。
「スー大将。今回、呼んだのは貴方にお願いがあるからです」
「ん?なんでしょう?」
「貴方に艦隊部署の総司令官を務めてもらいたいの」
「私が艦隊部署の総司令官職を?」
「ええ。今回の本局崩壊で、人事も何もかもが滅茶苦茶になったわ‥でも、このままだと分室の連中が滅茶苦茶な人事をするかもしれない‥特に艦隊部署はそれが顕著に出そうなの‥そうなる前に常識がある者が上に立ち、統括してもらいたいのよ。今ならまだ私の権限で多少、人事に関して決定権が残されているわ」
「‥‥」
リンディからの頼みを聞き、アンソンは腕を組み考え込む。
確かに今回の本局崩壊は管理局‥特に“海”には重大な問題だ。
しかし、アンソンは今回の一件が起きる前は、艦隊部署ではなく、クロノと同じく探索部署に所属していた。
その理由は、広い次元の海を自由気ままに旅することが好きだったからだ。
だからこそ、彼は今回の大災害を生き延びることが出来た。
そんな自分にリンディは艦隊部署の最高司令官の地位を与えたいと打診して来た。
確かにリンディの言う通り、本局が崩壊して人事の責任者であるレティが死亡してしまったからには新たな人事部長が決められるだろう。
それは十中八九、分室の連中から決められる。
その人事が通る前に総合統括であるリンディが決めた人事ならば、ある程度の融通が利く。
リンディがアンソンを艦隊部署の総司令官職に推挙したのは、彼が部下からの人望があり、誠実な人物だからだ。
「後任の育成が十分になると言う期限付きならば、そのお話を受けましょう」
アンソンも今の管理局が大変なのは分かっている。
組織に所属する人間として、一個人の我が儘を言っている余裕はない。
かと言って艦隊部署の仕事をいつまでも行うつもりもなく、後任となる人物が見つかり、その人物が十分に育ったら交代すると言う条件を出す事で、彼は艦隊部署の最高責任者の職を引き受けた。
その後、管理局から報道が行われ、本局が暗黒彗星‥ローレライの魔女で壊滅した事が伝えられた。
世間は大きなショックを受けたのは言うまでもない。
特に当日、本局に務めていた人、本局に用があり来訪していた人の家族や身内のショックは計り知れない。
しかし、はやてとクロノにはそれ以上の衝撃がその報道で行なわれた。
なんと管理局は、聖王教会のカリム・グラシアが、今回の一件が起こる前に本局が崩壊する事を知っており、それを敢えて管理局に知らせなかったと事実を一部曲げた報道をしたのだ。
カリムは本局に危機が迫っているとはやて、クロノには伝えた。
だがそれは、本当に起きるのか?
仮に起きるとしてもその災害の原因はなんなのか?
そしてそれはいつ、何時何分に起きるのかまでの正確日時は不明だった。
しかし管理局の報道官はカリムが、本局がいつ崩壊するのかを知っていたかのような報道をした。
その為、世間的にはカリムが本局に居た大勢の人々を見殺しにしたかのような印象を受けた。
管理局がカリムに対して間違った印象の報道を行った結果、ベルカ地区にて暴動が起きた。
暴徒は口々にカリムへの暴言を吐く。
「人殺し!!」
「家族をかえせ!!」
「夫をかえせ!!」
「お父さんを返せ!!」
「妻をかえせ!!」
「お母さんをかえせ!!」
「息子を返せ!!」
「娘を返せ!!」
「孫を返せ!!」
「お兄ちゃんを返せ!!」
「お姉ちゃんを返せ!!」
「弟を返せ!!」
「妹を返せ!!」
やがて暴動はエスカレートしていき、ベルカ地区にある商店が次々と襲撃されて、ウィンドウガラスが割られる。
そして、店内に侵入して来た暴徒たちは商品を強奪する者まで現れた。
略奪をとめようとした店員はたちまち暴徒たちの餌食となり、ボコボコにされる。
やがて暴徒たちはカリムの居る聖王教会へと流れ込もうとする。
その勢いはまさにカリムを殺そうとする勢いだ。
聖王教会は門を固く締め、暴徒たちが教会内に入れない様にする。
「ったく、何なんだよ。アイツらは‥‥」
「なんか、カリムさんを出せって言っているみたいだけど‥‥」
セインとシャンテが急いで門を堅く閉め、門の向こう側に居る暴徒たちに対して毒づく。
「なんか、本局が崩壊したらしいよ」
そこへ、オットーがやって来て暴徒たちが教会に迫っている理由を伝える。
「えっ?本局が!?」
「うん。さっきテレビで管理局が報道していたから間違いないと思う」
「それがなんで、教会に暴徒たちが押し寄せてくるのさ」
「そうだよ。本局が崩壊したのってむしろ管理局が何かしたんじゃないの?」
セインもシャンテも管理局の施設が崩壊したのだから、その原因は管理局にあり、聖王教会は無関係だと思っていた。
「報道だと騎士カリムが事前に本局の崩壊を知っていながら管理局にそれを伝えず、本局に居た大勢の人たちを見殺しにしたって‥‥」
「「はぁ!?」」
オットーの言葉にセインとシャンテも呆れた声を出す。
「ちょっ、何それ!?」
「ちゃんと確認したの!?」
「そもそも騎士カリムの性格から、本局の危機を知っていたなら、絶対に管理局に通報するって!!」
「そうだよね。僕もそう思うよ‥‥」
管理局の報道に対してセイン、シャンテ、オットーも懐疑的だった。
「管理局の奴ら、騎士カリムに濡れ衣を着せたんじゃないの?」
「管理局だしね‥‥」
セインもオットーも元は管理局と敵対していた事から今回の報道に管理局の陰謀ではないかと思った。
「それで、管理局に通報したの?ベルカ地区とは言え、暴動が起きている訳だし‥‥」
「それが‥‥」
「「ん?」」
シャンテが管理局に通報したのかをオットーに訊ねるが、オットーの反応を見て何かあったのではないかと首を傾げる。
実際に管理局は、此処までの暴動が起きても鎮圧行動に動こうとせず、聖王教会以外のベルカ地区の商店、家々が通報しても、
「ベルカ地区は自治区なので、局員を派遣するのに時間がかかる」
と、返信して来た。
「えっ?何それ!?」
「職務怠慢だな」
管理局の初動の遅さにセインたちが呆れていると、
「此処に居ましたか、シスター・セイン、シスター・シャッハ、オットー」
そこへ、バリアジャケットを身に纏ったシャッハとツインブレイズを持ったディードの姿があった。
「シスター・シャッハもディードもどうしたの?今から戦場にでも行くの?」
物々しい二人の姿にセインは冗談めいて訊ねる。
「中らずと雖も遠からず‥ですよ。セイン姉様」
「えっ?」
「貴女たちも外で暴動が起きている事が分かるでしょう?彼らは騎士カリムを狙っています。管理局の間違った報道を鵜呑みにした暴徒たちによって‥‥」
「やっぱり、あの報道は間違いでしたか‥‥」
「当然です。騎士カリムが大勢の人々を見殺しにするなんてあり得ません!!」
「それで、どうしてバリアジャケットを着て、デバイスを起動させているんですか?」
「暴動を受けて管理局に通報したのですが、未だに管理局からは暴徒鎮圧の局員が派遣される様子はありません。なので、教会は騎士たちを現場に派遣して暴動の鎮圧に乗り出す事に決まりました。なので、シスター・セイン、シスター・シャンテも後方支援として参加してもらいます」
「えっ?私たちも!?」
「私たちは騎士じゃなくてシスターなんだけどな‥‥」
後方支援とは言え、理性を失っているように暴れまわる暴徒たちを相手にするかもしれないと言う事でセインもシャンテも顔を引き攣らせている。
その後、聖王教会側は教会騎士を暴徒たちが暴れまわっている現場へと派遣して、暴徒たちの鎮圧に向かう。
シャンテたちは後方支援として教会正面に陣取るが、セインはその特殊なIS能力を活かして、情報収集や負傷者の救助と地面の中とは言え、前線に出る事となった。
そして、騎士たちが暴徒たちを鎮圧していると、まるで見計らったかのように局員が到着すると、暴徒たちではなく暴動を鎮圧している騎士たちの方を逮捕し始めた。
罪状は民間人に対する暴行・傷害容疑だ。
幸いシャンテたちは後方支援で教会の近くに居た為、管理局に逮捕されることはなかった。
セインも地面の中を潜って上手く逃げたので、局員に捕捉されることはなく、無事に教会に戻った。
更生プログラムを受けたとは言え、セインたちはJS事件の関係者なので、再び逮捕なんてされれば他の姉妹にも迷惑をかける事になるし、管理局に利用されることは目に見えている。
この事態に聖王教会側は当然、納得出来る訳もなく、管理局へ抗議をいれるも、本局崩壊の一件で、間違った情報を世間に伝えられて信用を失っている聖王教会がなんと言おうとも管理局は聞く耳を持たずな状況だった。
はやてもこの事態に対して当然、黙っている訳ではなかった。
しかし、いくら管理局側の不備を訴えたところで、教会所属の騎士が民間人に対して鎮圧行動に出たのは事実であり、決定は覆らなかった。
それどころか管理局上層部は管理局員であるはやてに対して、
「これ以上、教会を擁護するのであるならば、貴官も反逆の意志があると見て懲戒処分にする」
と、圧力をかけてきた。
とは言え、管理局にとって貴重な戦力であるはやてを懲戒に出来る訳でもなく、あくまでもはやてに対する脅しをかけてきただけに過ぎないが、はやてには十分すぎる圧力であった。
「逮捕した騎士たちの中に教会が引き取った戦闘機人は居たか?」
「いえ、確認されていません」
「そうか、捕獲できれば他の戦闘機人共々管理局の新たな戦力に組み込めたのだがな‥‥」
管理局側としては、今回の逮捕劇でセインたち、聖王教会に引き取られたセインたちを確保したいと言う思惑があった。
やはり戦闘機人と言う事で通常の魔導師くらべて強化されている身体構造、戦闘能力は今の管理局にとって喉から手が出る程ほしい人材である。
セインたちを確保する事が出来れば、ナカジマ家に引き取られた残りの戦闘機人たちもセインたちを人質にして管理局へ強引に組み込めるかもしれないと言う打算があった。
ナカジマ家に引き取られたナンバーズ組の中で、チンクは正式な局員であるが、ノーヴェたちは嘱託局員であり、よほどの事態がないか、もしくは本人が参加する意思がなければ、任務に参加せる事は出来ない。
しかし、チンクの様に正式な局員にすれば、命令と言う形で任務に参加させることが出来るので、彼女たちが貴重な戦力になるのは言うまでもない。
「戦闘機人たちの確保には失敗しましたが、それでもかなりの教会騎士たちを検挙することが出来ました」
「聖王教会の戦力はこれでガタガタになるでしょう」
「ふむ‥まぁ、今回はソレで『良し』とするか‥‥しかし、引き続きベルカ地区の監視は怠るなよ」
「了解です」
こうして管理局はカリムを管理局から追い出すのと同時に大勢の教会騎士を検挙する事によって、教会から戦力を削ぐ事にも成功したのだった。
ただ、このベルカ地区暴動事件に関して、後世の歴史たちは管理局の対応や動きについてやはり疑問を抱き、何かしらの陰謀があったのではないかと考察している。
管理局から此処まで理不尽な仕打ちをされた聖王教会側は、教会騎士の資格を持つはやてたちヴォルケンリッターたちを教会騎士から除名すべきだと言う意見も当然出た。
しかし、カリムは、はやてやヴォルケンリッターたち個人は教会側になんら不利益をかしておらずただ管理局に所属しているからと言う理由で除籍しては、管理局と更に深い溝を作るだけだとして、それを思いとどまらせた。
後にはやてたちはカリムのこの対応を聞いて、カリムに頭があがらない思いを抱くのは当然の事だった。
その後に開かれた“陸” “海” “空” の合同予算会議は案の定、荒れに荒れた。
「はぁ!?予算をまた増やせだと!?ふざけるな!!」
「そうだ!!ここ数年と言う期限付きで、了承された事を忘れたのか!?」
「あれだけの予算を食いつぶしておいてまだ予算を強請るとはなんと強欲な!!」
“陸”と“空”は“海”からの予算案に対して血圧計が壊れるくらいの怒声をあげる。
「貴官らの言いたい事は分かる。だが、事情が変わったのだ」
「諸君らも知っているだろう?本局があのような惨状に見舞われたのだ。本局を再建し、“海”を再編するには膨大な予算が必要になることくらい分かるだろうが」
“陸”と“空”の幹部局員たちは激怒しているが、”海“の幹部局員たちは平然と膨大な予算を得るのは当然の事だと言わんばかりの態度だ。
自分たちは被害者であり、救済されるのは当然のことなのだ。
そんな楽天的な思考が彼らにはあった。
「事情は承知している。だが、貴官らが提出したこの本局の再建に港湾施設の設備はあまりにも異常だ!!」
「その通りだ!!これだけの予算、普通の部隊ならば五年は予算を貰わずとも運営・維持できる額だぞ!?そんな額の予算を無期限に寄越せだと!?」
「だが、“我々”海“がなければ、ミッド並びに他の管理世界の次元の海の防衛、ロストロギア、管理世界となりうる世界の探査に大きな問題が生じるだろうが!!」
「それに次元航行艦の修繕と建造用のドックも必要なのだ」
“海”の幹部局員たちは“陸”と“空”の幹部局員たちを何とか説き伏せようとする。
つい数年前までシーマの本局襲来を懸念して、あくまでも数年と言う期限付きで多額の予算を得て本局の大規模な改装に次元航行艦の増強を図った。
しかし、本局に襲来したのはシーマではなく巨大な暗黒彗星‥ローレライの魔女であり、“海”が得た多額の予算の投資の結晶とも言える本局と次元航行艦は失われた。
なので、“海”の組織再編をしたいので、数年前よりもさらに多額の予算を寄越せと言われてそれを簡単に了承できる“陸”と“空”ではない。
特に“空”はここ数年満足な予算を割り振られていないのだ。
そこへ、『多額の予算は我々“海”が組織再編のために使用するので、他の部隊は無期限で低予算のまま部隊運用をしろ』 なんて言われているのだから、彼らが激怒し、呆れるのは当然の反応だ。
予算会議は荒れに荒れ、揉めに揉め、当初“海”が提案した予算案は大幅な当然見直しを迫られたのだった。
“海”側としても予算案が通らなかった件については納得できるものではなかったが、このまま押し通しても“陸”と“空”が抵抗し続け、予算を得る事も人材を取り込むことも難しくなりそうだったので、“海”は渋々と言った様子で予算案の見直しを行う事にした。
しかし、予算案を見直しても“海”が“陸” “空”よりも多額の予算を欲するのは至極当然の事だった。
ただ、これらのごたごたにより、はやて、クロノ、そしてカリム自身が予言の後半部分‥『古き民たち、蒼き世界と共に故郷の地を取り戻さんとかの地へと来訪す』 の存在を忘れていたのだった。