星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百七十六話 ディエチの捜査官研修そのⅡ&新人事

 

 

“陸”の管理局員‥捜査官を目指して第四管理世界へと捜査官研修にやって来たディエチ。

 

しかし、第四管理世界はディンギル戦役後、管理局の力が衰えた事によって治安が悪化していた。

 

ミッドチルダ同様、元々治安が決して良くはなかったのだが、ディンギル戦役で管理局が力を落とした事により更に悪化してしまったこの世界‥‥

 

そんな世界で捜査官研修を行う事になってしまったディエチであったが、研修中の部隊で局員が何者かの手によって殉職する事件が起きた。

 

しかもその殉職した局員は保管庫から何者かが押収物を外部へ持ち出している事を調べていた。

 

この局員を殺害した犯人、そして保管庫から押収物を外部へ持ち出している犯人については未だ不明であった。

 

そんな中、ディエチはその保管庫から押収物を外部へ持ち出している犯人の捜査を命じられた。

 

まだ正式な捜査官になっていない自分にどうしてそのような重大な任務を任せるのか、ディエチは命じられた当初は首を傾げたが、この事件はディエチがこの世界に来る前から起きていた事から、100%ディエチが犯人ではない確証があったので、ディエチがこの事件の捜査を命じられたのだ。

 

ディエチがこの事件の捜査を命じられた日、研修中の上官であるベネディクト一尉の官舎が何者かの手によって爆破される事件が起きた。

 

管理局の関連施設が連日、狙われており、一見するとベネディクト一尉を狙ったテロ事件にも見えるが、現場に来た“海”の執務官の推測では偶々ベネディクト一尉の官舎の近くに居たホームレスのタバコによる不始末が原因で起きた事故と言う見解がなされた。

 

この事件現場に赴いたディエチはそこで、思いもよらぬ再会を果たした。

 

以前、ミッドチルダ西部で起きた行方不明事件と河原にバラバラになった人体が捨てられていた事件‥‥

 

その事件の犯人の一人である華晨と遭遇したのだ。

 

ディエチは華晨に気づかれない様に尾行すると、もう一人の犯人である王・東風(ワン・トウフウ)も居た。

 

華晨と王‥二人の犯人が生きて、しかもミッドチルダからこの世界に逃亡していた事はディエチにとって驚愕の事実であったが、過去にミッドチルダで起きた事件の事例から、彼らがこの世界で起きている事件に何か関係があるかもしれないと思ったディエチはレーザー銃片手に彼らに接触し、尋問する。

 

すると、彼らはこの世界で起きている事件については否定する。

 

元々ミッドチルダでの事件で指名手配されているにもかかわらず、管理局の施設や管理局員を殺害する動機が無いと言うのが彼らの主張であった。

 

ディエチも彼らの主張には一応納得し、自分よりも長い期間、この世界で生活している事から情報提供を求めた。

 

そして、彼らの情報提供と協力からディエチは男装をしてとあるダンスホールへと潜入した。

 

潜入したダンスホールは、表向きは普通のダンスホールであったが、その裏には会員証が必要な裏カジノがあった。

 

この世界でかつてミッドチルダでの事件の犯人と出会った事に驚いたディエチであったが、その裏カジノでも彼女にとって驚愕の人物が居た。

 

ディエチはその人物が何故、裏カジノに居たのか信じられなかった。

 

「すみません」

 

「はい。なんでしょう?」

 

そこで、近くに居た店員を呼び留めて、

 

「あそこに居る人なんですけど、此処の常連客なんですか?」

 

「ええ、ここ数年はほぼ毎日通っていますよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

店員の話を聞いてますます信じられなくなり、別の店員や常連客に声をかけてその人物について訊ねると、最初の店員と同じ答えが返って来た。

 

「ああ、アイツはこの店の常連さ、いつも派手に遊んでいる。羨ましい限りだよ」

 

(ど、どうしてあの人が此処に‥‥?)

 

(潜入捜査かと思ったけど、店員さんや常連客に話を聞く限り話を聞く限りそうじゃないみたいだ‥‥)

 

ディエチは信じられなかったが、まだこの裏カジノに来て初日だったので、数日は様子を見る事にして、数日間、この裏カジノに通い様子を見た。

 

しかし、その数日の間、その人物が初日と変わらず、潜入捜査をしている様子は無く、両脇に美女を侍らせ、高級そうな酒を煽り、キャンブルに興じていた。

 

なお、その数日の間にこの裏カジノに入るためにディエチに協力した王が嫌う、街で薬屋を経営している陳と呼ばれる男がその人物に接触している場面も確認が出来た。

 

ディエチは証拠となる写真や動画も密かに隠し撮りしていた。

 

その後、報告書をまとめたディエチは今回の捜査を命じたベネディクト一尉の下へと向かった。

 

外は相変わらずの暑さであったが、エアコンで温度調整がされた隊舎の中は快適な温度なのだが、ディエチとしてはこの報告書の内容‥事件の推理を報告しなければならない事に緊張していた。

 

コン、コン、コン、

 

「誰だ?」

 

「ディエチ・ナカジマです」

 

「入りたまえ」

 

「失礼します」

 

ベネディクト一尉の執務室のドアをノックすると中から返答があり、ディエチは返答をすると、中から入室の許可が下りたので、執務室の中へと入る。

 

彼の執務室では先客がおり、マルデン士長が居た。

 

(マルデン士長?なんで彼が此処に?)

 

(何か別件でベネディクト一尉を訪ねて来たのかな?)

 

マルデン士長がベネディクト一尉の執務室に居たのはディエチとしては予想外であった。

 

ベネディクト一尉はマルデン士長が持って来たであろうファイルに目を通していたが、読み終えたのか、ファイルを閉じて壁にかかっている時計をチラッと見た後、ディエチの方へ視線を向けて言った。

 

「すまない。待たせたな」

 

「いえ、気にしていません」

 

「それで、俺に用とは一体なんだ?」

 

ベネディクト一尉は執務机の上に両肘をついて両指を組んで、ディエチに来訪目的を訊ねる。

 

「確か、昨夜もらった連絡では今回の事件の真相が分かったから、今日の朝一で極秘に俺と会いたいと言う事だが?」

 

「はい。その事ですが‥‥」

 

ディエチはチラッとマルデン士長へと視線を向ける。

 

自分とベネディクト一尉の二人っきりで話をしたいと彼に意志を行動で伝えるのだが、

 

「構わない。彼も俺の隊に所属する局員だ。言わば、彼も関係者なのだから、今回の事件の真相を聞く権利がある」

 

ベネディクト一尉はマルデン士長もある意味では関係者なので、此処に居ても構わないと言う。

 

「は、はぁ‥‥」

 

ディエチとしては、やはりこの話をあまり他人に聞かせたくはなかったのだが、やむを得ない。

 

「では、報告させていただきます‥‥」

 

そして、いざベネディクト一尉に報告するとなると、ディエチは微かに躊躇する。

 

裏カジノでの写真や動画があるとはいえ、自分の推理がやや荒唐無稽な内容に思えた。

 

とは言え、此処まで来たらもう立ち止まる事は出来ない。

 

「今回の一件は全て、ベネディクト一尉‥貴方が仕組んだ自作自演ですね?」

 

ディエチの問いにベネディクト一尉は表情一つ変えなかった。

 

通常ならば上官に対してこんな不敬な事をいきなり言えば激高しそうなのだが、彼は相変わらず、物静かな学者の様な顔立ちからディエチに向けられる視線には一切の動揺がない。

 

ディエチはそんな彼の視線に負けない様に、自分を奮い立たせるかのように報告を続ける。

 

「あの官舎の爆破騒動については、貴方が自分で自分が住んで居た官舎に時限爆弾を仕掛けた‥‥貴方は自分の罪を隠蔽するために此処最近起きている管理局関連の施設を狙ったテロ事件に便乗して自分の官舎を爆破したんです」

 

「罪‥だと?」

 

ベネディクト一尉は官舎を爆破したのが自作自演と言う事よりもディエチの『罪』と言う単語にピクリと反応した。

 

「俺の罪とは一体どんな罪なんだ?」

 

「それは‥‥」

 

「まぁ、それは後でいい‥‥話を続けろ」

 

「は、はい。結果的に貴方の自作自演の爆破事件のせいで大勢の人々が亡くなりました」

 

ディエチがベネディクト一尉の官舎爆破によって亡くなった人々の件を告げると、ベネディクト一尉は突如、口を歪め奇妙な笑みを浮かべた。

 

それはかつての自分の創造主であるスカリエッティを彷彿とさせる。

 

「まさか、君は官舎の周りを毎日うろついていたホームレスたちの事を言っているのか?それとも俺の官舎に通いで来ていたあの家政婦の事を言っているのか?だったら、君は大きな勘違いをしているぞ」

 

「勘違い?」

 

「そうだ。あの家政婦のババァは、うちに来るたびに細々とした物を盗んでいたんだ。そもそも、この街の一体何処に清廉潔白で罪の無い者が居る?ホームレスに盗み癖のある家政婦が死んだところで気にする者が居るのか?」

 

「少なくとも家政婦の御遺族は悲しむのではありませんか?それに貴方の先ほどの発言は、自分で自分の住む官舎に爆弾を仕掛けた事を認める発言になりますが?」

 

「‥‥だから、どうした?」

 

ベネディクト一尉の顔は最初の冷静な学者風貌の仮面は剥がれ落ち、スカリエッティの様に不気味にニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべる彼には反省の様子も無関係の人間を自作自演の爆弾事件に巻き込んで死亡させた後悔の念も窺えない。

 

あの日‥‥初めて王と共に裏カジノへ行った日、両脇に色白な肌の美女を両脇に侍らせ、高級酒を飲み、ギャンブルに興じていた私服姿のベネディクト一尉の姿を見たディエチは信じられなかったが、眼前のベネディクト一尉を見て確信した。

 

あの裏カジノに居た人物がベネディクト一尉本人である事を‥‥

 

数日の間、裏カジノで様子を探ったが、自分はあくまでもギャンブルはしなかったが、ベネディクト一尉はとても管理局の一尉が貰っている給金以上の金をかけてギャンブルに興じていた。

 

それにあの爆弾事件が彼の自作自演であるならば、あの時の彼の不自然な行動も説明がつく。

 

連日管理局関連の施設がテロ攻撃の被害に遭っている中、爆弾ではなく質量兵器の攻撃だったら、二発目、三発目の追加攻撃があるかもしれない。

 

スナイパーだって居るかもしれない。

 

だからこそ、ディエチはあの時のベネディクト一尉の行動が信じられなかったのだが、全ては彼の仕組んだことならば、追撃もないし、スナイパーだって居ない。

 

此処までの事をしておいて、ただの愉快犯として行ったとは考えにくい。

 

だからこそ、ディエチは保管庫から押収物を外部へ持ち出している犯人はベネディクト一尉なのではないかと言う結論に至った。

 

押収物を外部へ持ち出し、テロリストや麻薬密売のブローカーに売りさばき、その金を裏カジノでの娯楽費に当てていた。

 

自分の官舎が爆破された被害者と言う立場を得ればまずは疑われないと思ったのだろう。

 

(木乃伊取りが木乃伊になったんだ‥‥)

 

彼もこの世界に赴任したばかりの頃は、管理局の正義を信じ、この世界の治安を回復し、弱い人々を犯罪から守ろうとしたに違いない。

 

実際に彼の実務能力は優秀であった。

 

しかし、優秀で潔癖すぎる事から終わらない犯罪、改善されない治安、上層部からの圧力‥これらの要素に彼は壊れてしまった。

 

裏カジノだって本来ならば取り締まりの対象だ。

 

きっと調査のために訪れた際、呑まれてしまったのだろう。

 

この魔都の誘惑と魅力に‥‥

 

裏カジノの経営者も管理局の士官とお近づきになれれば、検挙の危険はなくなるし、別の施設の検挙日の情報を得る事が出来れば、その検挙される施設の経営者にその情報を高く売る事が出来る。

 

あの裏カジノの経営者にはそうした打算があったのかもしれない。

 

だからこそ、調査に来たベネディクト一尉にカジノを勧めた。

 

最初はわざとベネディクト一尉に負けて彼に大金を掴ませた。

 

そしてお祝いと称して高い酒を振る舞い、あるいはとっておきの美女を与えたのかもしれない。

 

治安の改善が一向に進まず、犯罪者とのいたちごっこの毎日‥‥仕事に伴う責任感と上層部からの重圧に押しつぶされそうになり、心身ともに疲れ切っていた中で裏カジノと言う娯楽の楽しさを覚えた彼は泥沼へと自ら足を踏み入れてしまった‥‥

 

最初は勝ち、大金を掴んだのだが、段々と勝ちよりも負けが続き、貯蓄が減っていく‥‥

 

此処で辞めれば引き返す事も出来たのかもしれない。

 

しかし、負けが続き、自らの貯蓄が一方的に減らされたのだから、せめて元を取り戻したい。

 

勝った事があるのだから、『次やれば勝てる』 『次こそは勝てる』 『次は勝てる』 そんな思いが彼の脳裏を過ってもおかしくはなく、引き返せない泥沼に嵌ってしまったのだ。

 

金が減る一方で、自分の給金だけでは満足に遊ぶことが出来なくなっていく中、悪魔が彼の耳元で囁いた‥‥

 

「お宅の保管庫にほったらかしになっているお薬‥‥あれを少々回してもらえませんか?そうすれば、もっと楽しい遊びをご紹介できますし、この遊びだって続けることができますよ?」

 

彼はその悪魔の囁きに頷き、悪魔の所業に手を貸してしまった。

 

その悪魔が王が嫌っていた薬屋の陳なのだろう。

 

それから、ベネディクト一尉はこの街の様に二つの顔を持つ男になった。

 

昼は真面目で冷静沈着な分隊長‥‥

 

そして夜は、昼の顔と180度異なる果てなき欲望と快楽を追い求める一匹の獣‥‥

 

二つの顔は昼間のベネディクト一尉の様子を見ているとあまりにもギャップがありすぎて逆に誰も気づく者が居なかった。

 

彼の欲望と快楽はこのままずっとつづくかと思われた。

 

しかし、彼の犯罪は思わぬところで発覚する。

 

保管庫に押収された押収物の数が押収した際に製作されたリストと数が合わない事に気づいた者が現れた。

 

そう、先日何者かに殺害されたカシアス士長だ。

 

カシアス士長は当然、押収物を外部へ持ち出しているのは外部に人間ではなく内部の人間‥‥管理局の人間である事は明白だ。

 

そこまで確信を得ていたカシアス士長もまさかその犯人が自身の上官であるベネディクト一尉であるとは夢にも思わず、保管庫から何者かが押収物を外部へ持ち出している者が居る存在を犯人であるベネディクト一尉に報告してしまった。

 

しかし、犯人であるベネディクト一尉はカシアス士長にその件の捜査を命じた。

 

此処で捜査を止めれば不審がられるし、捜査の進展、この件について誰が知っているのかもベネディクト一尉は知る必要があった。

 

そして、しばらくはカシアス士長を捜査と言う名目で泳がせいた。

 

彼が捜査を初めて一週間、カシアス士長が真相に辿り着く前にベネディクト一尉は彼を消す事にした。

 

勿論、自らの手を汚して部下を殺害はしない。

 

ディエチはこのカシアス士長を殺害した犯人にも心当たりがあった。

 

実行犯は別人であるが、その実行犯を雇ったのは間違いなくベネディクト一尉だろう。

 

それは。ディエチが裏カジノで支配人に事情を聞くためにかまをかけて訊ねてみると、支配人はあっさりとベネディクト一尉の身の回りの世話をさせていた少年が行方不明になっている事を話した。

 

勿論、その少年は身寄りがなく支配人が拾った子であり、元々は裏カジノで店員として雇っていたのだが、支配人がベネディクト一尉との親睦を深めるためにその少年を彼の小姓として貸し出したのだ。

 

「お宅の分隊長殿がアレをどうしようと勝手ですが、その分のレンタル料はちゃんと払ってもらわないと困るんですけどねぇ~‥‥」

 

と、人をまるで物の様に言う支配人にディエチは内心でイラっときたのは言うまでもなかった。

 

支配人からその少年の件を聞いて、その行方不明になった少年が一体何をしたのか?

 

その後、どうなったのか大体の想像が出来た。

 

「あの裏カジノの支配人から証言は取れています。貴方は行方不明になった少年に武器を与え、反管理局テロに見せかけてカシアス士長を少年に殺害させた。そして、カシアス士長を殺した少年を今度は自らの手で殺害し、その死体を処理すると共に自分が疑われないように少年の死体と共に官舎を爆破した。“海”の執務官は貴方の思惑通り、少年は爆破事件に巻き込まれた被害者として処理された‥‥」

 

あの自作自演の官舎爆破事件にもちゃんとした理由がある旨をディエチはベネディクト一尉に突きつける。

 

「“陸”所属の局員が殺害され、犯人が不明となると、“陸”の捜査官は最優先でその犯人の行方を追い、少なくともその間は保管庫の件については誰も気にしなくなる。むしろ、保管庫から押収物を外部へ持ち出している人が居る事実をカシアス士長しか知らなかったら、保管庫の件については更に遅くなる‥‥」

 

「仮に保管庫の件についてカシアス士長と俺しか知らなかったら、何故保管庫の件を俺が君に捜査を命じたのだ?」

 

確かにベネディクト一尉の言う通り、保管庫の件を知られたくなければディエチに保管庫の件の捜査を命じるのは辻褄が合わない。

 

「その捜査を命じたのも自分の潔白を証明させようとする伏線だったのでしょう?私は正式な捜査官ではなく、この世界に居る期間は限られています。恐らく期限内に真相に辿り着くのは不可能だと思ったのでしょうけど、貴方にとって誤算だったのはこの世界で私に協力者が居た事です」

 

「協力者だと?」

 

「はい。詳しい事は申し上げられませんが、この世界で協力者が居なければ研修期間中での真相の解明は不可能でした。研修期間終了後の私の報告書‥『期間満了につき、捜査継続不能、犯人不明』の内容を期待されていたのでしょう?」

 

ディエチの報告を聞き、ベネディクト一尉は椅子の背もたれに深くもたれると口を開いた。

 

「それで?君の要求はなんだ?」

 

「勿論、一連の事件の真相を公表してください。自ら公表すれば多少なりとも情状酌量されて罪が軽くなるかもしれません」

 

ディエチは事件の真相の公表と自首をベネディクト一尉に促す。

 

「そんな事をすれば俺は良くて降格に減給、更迭。悪くすれば裁判にかけられる事になる」

 

ベネディクト一尉はひょいと肩をすくめる。

 

「それに俺は来月、結婚が決まっているんだ‥‥ミッドチルダに居る高官の令嬢とだ‥‥当然、そんな事をすれば結婚話もパァだ」

 

「それは貴方が招いた事態なので、自業自得では?」

 

ベネディクト一尉はスッと目を細めディエチを見つめるが、不意にニヤリと口元を歪め言い放つ。

 

「だが、どうやって信じてもらう?」

 

「は?」

 

「君は全て俺が仕組んだ事だと言うが、どこにも証拠はない」

 

「貴方が裏カジノに出入りしている写真と動画は納めました」

 

「しかし、それは俺が裏カジノに行っていたと言う事実であり、俺が『潜入捜査をしていた』と言えば。それまでだ」

 

「支配人を始めとした店員や常連客の証言も‥‥」

 

「すると思うか?証言を‥‥」

 

「えっ?」

 

「あの裏カジノの支配人も店員も常連客たちも裏カジノと言う違法賭博をしている。管理局の事情聴取に馬鹿正直に答えると思っているのか?」

 

「‥‥」

 

確かにベネディクト一尉の言う事は最もだ。

 

「それに事件の真相とやらを知っているのは君だけ‥‥此処で君が死ねば真相は闇に葬られる事になる」

 

カチャ‥‥

 

ベネディクト一尉のその言葉と共にディエチの背中に何かが押し付けられる。

 

マルデン士長がレーザー銃の銃口をディエチに押し付けている。

 

彼はベネディクト一尉の部下‥‥

 

つまり、彼の息がかかった局員と言う事だ。

 

自分とベネディクト一尉以外に今回の事件の真相を知る三人目の人物となるが、彼の様子からして事件の真相を公表するとは思えない。

 

背中にレーザー銃の銃口を突きつけられている状況でもディエチは冷静にベネディクト一尉を見据えたまま、マルデン士長にも聞こえるように言い放つ。

 

「毒蛇の巣に入るのに何の準備も無く入る筈がありません。万が一、私の身に何かあれば、真相を記したデータがミッドチルダの家族の下に届くようになっています。知っているかもしれませんが、私の養父であるゲンヤ・ナカジマはかつて陸士108部隊の部隊長を務め、八神はやてとも面識のある人物です。父が私からのデータを受け取れば、その話は八神はやてにも伝えられ、この世界にミッドから武装隊とやる気と正義感が溢れる執務官らが来ることになります。そうなれば、貴方も言い逃れは出来ないと思いますが?」

 

一見するとディエチのブラフにも聞こえるが、ディエチの養父がゲンヤであり、彼がかつて陸士108部隊の部隊長を務めていた事は事実であり、ディエチの言う事が全てブラフであるとは言い切れない。

 

ディエチの言う事が事実であったら、人海戦術で事件の真相を操作するだろう。

 

そうなれば、どの道自分の将来は絶たれる。

 

ベネディクト一尉は目を閉じ、考えている様だ。

 

そして考えが纏まったのか、彼は両手をあげて、

 

「分かった。降参だ。君の言う通りにしよう」

 

意外なほど呆気無さ‥と言うか潔くディエチの要求を呑む旨を言い放つ。

 

彼の態度にディエチは不気味とさえ思えた。

 

「ま、まさか、自殺何て考えていませんよね?」

 

ディエチは先ほどの彼の言動に違和感を覚えて、思わず訊ねた。

 

事件の真相を知る犯人であるベネディクト一尉が自殺をすれば、別の意味で今回の事件の真相は闇に葬られる。

 

「自殺だと?」

 

ベネディクト一尉はディエチの問いに対して一瞬唖然とした顔になるが、それから直ぐに低く、くっ、くっ、くっ、と笑い出した。

 

「バカを言うな。減給されようが、更迭されようが、裁判にかけられようが、一体それが何だと言うのだ!?いいか?俺がこの世界での赴任生活で学んだ事があるとすれば、人間はどんな罪を犯そうが、またどんな恥辱の中であろうとも、生きていけると言う事だ!!ましてや管理局の高官の女と結婚できない程度で何故俺が死ななければならない!?」

 

ベネディクト一尉の言動はポジティブ思考の様にも思えるが、開き直りの態度にも見える。

 

「この宴が続けられるのなら、結婚などクソくらえだ。そして、生きて!!生きて!!生きて!!生きて!!生き延びて!!最後の最後まで楽しみつくしてやる!!ババァもホームレスもあのガキのようなゴミカスみたいな人間が何人、何十人、何百人死のうが俺の知った事ではないし、そんなの関係ない!!最後に教えてやる‥この世界で最も安いのはなぁ~人間の命なんだよぉ~!!」

 

「アンタ、それでも管理局員なの‥‥?」

 

此処まで言われるとディエチも不機嫌MAXでベネディクト一尉を睨みつける。

 

「そうだ!!階級では士官にあたる一尉だ!!そもそも、今回の事が明るみになっても今の管理局に俺を裁き、更迭する余裕があるのか!?」

 

確かに彼の行いは犯罪であるが、管理局員‥分隊長としての彼の手腕は優秀であった。

 

ディンギル戦役後‥ましてや“陸”は常に人材不足なので、ベネディクト一尉の分隊長としての能力は今の管理局にとって手放すのはおしいと判断し、彼が行った犯罪行為を隠蔽するかもしれない。

 

「大体、元テロリストのお前を捜査官にしようとしている組織だ!!お前と俺は同じ穴の狢なんだよ!!だから、管理局は俺の罪さえも無かった事になるさ!!ハハハハハ‥‥」

 

確かに自分はスカリエッティの下に居た元テロリスト‥‥

 

それは変えようの無い事実だ。

 

しかし、自分は更生をしたからこそ、捜査官になって人々を救い、守ろうとしているのだ。

 

チンク、ノーヴェ、ウェンディ、セイン、オットー、ディードの他の姉妹にも同じ事が言える。

 

それを同じ穴の狢だなんて言われて、ディエチは自分だけでなく他の姉妹の名誉を深く傷つけられ、彼の言動に対してディエチの不機嫌さはMAXを越えて臨界点を迎える。

 

「こ、このっ‥‥」

 

ベネディクト一尉が高笑いをし、ディエチが思わず彼に掴みかかろうとしたその時、

 

バキューン!!

 

「えっ?」

 

ベネディクト一尉の執務室にレーザー銃の銃声が響き、ディエチの脇を青白い一筋のレーザー光がベネディクト一尉目掛けて一直線に走る。

 

ディエチは啞然とし、

 

「は?」

 

ベネディクト一尉自身も自分の身に何が起きたのか分からない様子だった。

 

彼の身体にはレーザー銃で出来た風穴が開き、”陸“の管理局の制服の上着にはジワッと彼の鮮血で赤く染まっていく。

 

ディエチがハッとして振り返るとそこにはレーザー銃の銃口をベネディクト一尉に向けているマルデン士長の姿があった。

 

バキューン!!

 

バキューン!!

 

バキューン!!

 

バキューン!!

 

マルデン士長は無表情のままレーザー銃の引き金を引き続ける。

 

そこには躊躇いも慈悲も無い。

 

「止せ!!マルデン士長!!」

 

ディエチはマルデン士長を止めるも既にベネディクト一尉は絶命していた。

 

「な、何故‥何故、彼を撃った!!彼にはちゃんと罪を償わせるべきだった!!」

 

仮にベネディクト一尉の言う通り、彼を告発し、事件の真相を語らせても、彼の言う通り“陸”は彼の犯した罪よりも分隊長としての手腕の方をとり、事件そのものを隠蔽し、“海”の執務官が言う様に事故として処理し、保管庫の件についても数え間違いとして処理するかもしれない。

 

それでも社会的制裁、部下からの不審、と周囲から白い目で見られる。

 

最もベネディクト一尉はそんなもの気にも留めないかもしれない。

 

でも、真実を世間に公表はするべきだ。

 

ディエチはマルデン士長にベネディクト一尉を射殺した理由を訊ねる。

 

すると、これまで無表情だったマルデン士長の両目からは、涙が流れていた。

 

そして、

 

「‥‥恋人の仇だ」

 

「恋人?誰の事を‥‥ま、まさか、彼の家に通っていた家政婦さん?」

 

「違う‥‥」

 

「じゃあ‥‥あっ‥‥」

 

ディエチはベネディクト一尉の官舎爆破事件の際、マルデン士長がある一体のご遺体をジッと見つめている事を思い出す。

 

裏カジノで出会った化粧を施し女装をした美少年‥‥

 

あの裏カジノの支配人がベネディクト一尉に小姓として貸し出したのも恐らく女顔の美少年だったのだろう。

 

そして、マルデン士長はその少年のご遺体を見つめていた。

 

裏カジノで働いていた美少年の胸元には花のタトゥーがあった。

 

そして爆破事件の被害の一人にも‥‥

 

「ま、まさか、恋人って‥‥」

 

ディエチがそこまで言うとマルデン士長は自らのこめかみに銃口を当てる。

 

「ま、まって!!」

 

ディエチが止めようとするが、マルデン士長はレーザー銃の引き金を引く。

 

バキューン!!

 

ドサッ!!

 

「‥‥」

 

目の前で二人の人間が死んだ事にディエチは何も言えなかった。

 

ベネディクト一尉が言った『清廉潔白で罪の無い者はこの街には居ない』‥‥それは罪の他に、秘密が無い者は居ないと言う事にもなる。

 

マルデン士長の抱える秘密‥‥それは彼が同性愛者であった事だった。

 

暫くして銃声を聞いて執務室の中に入って来た他の局員は室内の惨状を見て、ディエチ同様、唖然としていた。

 

その後、ディエチの報告書は本部長まで届き、本部長はミッドチルダからの応援を要請し、やがてミッドチルダから多くの“海”の執務官、武装隊が送り込まれ、例の裏カジノは摘発され、王が嫌っていた陳も逮捕される事になった。

 

連行されていく陳の姿を王と華晨は物陰から見ており、その表情は二やついていた。

 

また駐在していた“海”の執務官は無能の烙印を押されて更迭される事となり、管理局、市街地でも蜂の巣をつついたような大騒動となった。

 

しかし、この対処もあくまでも氷山の一角、いたちごっこでしかないのだろう。

 

「やれやれ、とんでもない研修になったな‥‥」

 

(私はベネディクト一尉もマルデン士長も助けられなかった‥‥)

 

(そんな私がこの先、捜査官としてやっていけるのかな?)

 

研修期間が終わり、ミッドチルダへと戻る執務官らの船にディエチも便乗し、彼女はミッドチルダへと戻った。

 

ただ、研修期間中の事件だったとはいえ、自分は誰一人も助ける事は出来なかった。

 

ディエチには苦い経験での捜査官のスタートとなってしまった事件だった‥‥

 

 

ディエチが第四管理世界で捜査官研修を行っている頃、ミッドチルダでは‥‥

 

 

「それでアルフ、エイミィの様子はどう?」

 

『心ここにあらずって感じさね‥‥桃子さんや忍さん、すずかやアリサたちが来て励ましてはいるんだけどね‥‥』

 

エイミィは未だにクロノを失った喪失感に苛まれている。

 

『カレルとリエラもそんなエイミィの様子を見てクロノに何かあったんだと思っているよ』

 

クロノの子供たち、双子のカレルとリエラにはまだクロノが殉職した事を伝えて居なかったが、母親の様子がおかしい事を見れば、父親の身に何かあったのか察した。

 

しかし、未だに転送ポートが使用不可能である状況下では、なのはとはやての故郷である管理局が第97管理外世界と認識している地球へ行く事は出来ず、私用で次元航行艦を動かす訳にはいかない。

 

リンディもその辺りはちゃんと理解しており、彼女も未だに義娘と孫たちの下へ行けていない状況だ。

 

フェイトも同様で、地球に残されたエイミィの様子が気になり、同じく地球の海鳴のハラオウン家に居る使い魔のアルフにエイミィの様子を訊ねているのだが、エイミィの様子は消して芳しくないみたいだ。

 

ご近所付き合いで、なのはの母親である桃子、この世界におけるなのはの兄の妻である忍、フェイトとなのはの友人であるアリサと忍の妹であるすずかも時間を見つけてはハラオウン家に寄り、エイミィを励ましている。

 

自分も地球へ行きたいのだが、行けないもどかしさがフェイトにはあった。

 

そんなフェイトに“海”の本部から、とある辞令が下った。

 

それは‥‥

 

「えええっー!!何この辞令!?何かの間違いじゃないの!?」

 

辞令書を受け取り、書かれていた内容に目を通したフェイトは思わず声をあげる。

 

フェイトが受け取った辞令には、フェイトに次元航行艦の艦長職を命じる内容が書かれていた。

 

「いえ、間違いではないわ。フェイト」

 

辞令書をフェイトに渡したリンディは辞令書に間違いない事を告げる。

 

「で、でも、いきなり艦長だなんて‥‥」

 

「フェイト。貴女はそう言うけど、フェイトはガイアの副長として、そしてあのディンギル戦役を最後まで経験した実績があるじゃない。それらの経験と実績は十分に艦長職に相応しいと思うけど?」

 

リンディはフェイトのこれまでの経験と実績から艦長職に昇進されたと言うが、それ以外にディンギル戦役で管理局は艦と人材を多く失ったと言うのもフェイトが艦長職に昇進したのも理由の一つである。

 

「‥‥」

 

(私にクロノやギンガみたいな艦長になれるのかな?)

 

フェイトは自分に艦長職が務まるのかと言う疑問と不安はあった。

 

しかし、次元航行艦乗りを目指して士官学校に入り直して此処まで来たのだ。

 

親友であるはやても務めている艦長職‥‥

 

自分もやってみたいと言う思いもあった。

 

「分かりました。謹んで拝命致します」

 

フェイトは次元航行艦の艦長職を拝命した。

 

またフェイトの他に彼女の士官学校の同期であったメアリー・スーも同じく艦長職へと昇進した。

 

昇進理由は人材不足の他に彼女が、アンソン・スー(死後元帥に昇進)の娘である事も理由の一つで、『ディンギルとの戦いで勇敢に戦って散った父の後を継いだ勇敢なる管理局員』と言うプロパガンダも含まれていた。

 

かくして、“海”の方でも失われた次元航行艦隊の再建に乗り出し、若い世代が次元の海に旅立とうとしていた‥‥

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

  • 付き合っちゃえ
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