星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百八十八話 侵略への道と同盟への道 そのⅡ

 

 

果てしなく広がる宇宙の海、そして幾重にも連なる次元の壁。

 

決して交わるはずのなかった二つの宇宙で今、全く異なる「未来への歯車」が動き出そうとしていた。

 

別宇宙からの帰還を果たした戦艦ヒューベリオンが持ち帰ったのは、「銀河鉄道」と「惑星ディスティニー」という希望の光。

 

地球連邦政府は、未知なる隣人との同盟締結と地球への銀河鉄道路線の開通を正式に承認した。

 

地球への銀河鉄道開通を決め、メガロポリス宇宙工廠ではヤマト技術長の真田志郎の指揮の下、星と星を繋ぐ平和の架け橋たる「地球産宇宙列車」の建造が急ピッチで進められている。

 

破壊のための兵器ではなく、誰も傷つけない希望の乗り物を作る喜びに地球の技術者たちは胸を熱くし、輝かしい未来のレールが敷かれる日を待ちわびていた。

 

だが、次元を隔てたもう一つの宇宙では、無慈悲な暗雲が立ち込めていた。

 

ディンギル帝国との苛烈な星間戦争によって疲弊しきった時空管理局は、生存への焦燥と暴走する正義感から、次元震からイゾルデを救ってくれた恩人である永世中立星間国家「エルトリア」へと牙を剥く。

 

管理局上層部は、エルトリアの持つ高度な魔導科学技術と豊かな資源を「全次元の平和維持」という大義名分の下で強制的に接収すべく、「保護と管理」と称した大規模な遠征(侵略)艦隊の派遣を決定してしまう。

 

対話と絆によって未来を「開拓」しようとする地球連邦。

 

武力と強要によって未来を「侵略」しようとする時空管理局。

 

相反する二つの意志が、やがて来る次元を超えた邂逅に向けて、星の海に新たな波乱を呼ぼうとしている。

 

自らの報告が引き金となってしまった現実に打ちひしがれるフェイトの悲痛な思いを置き去りにしたまま、悲劇へのカウントダウンは静かに‥しかし確実にゼロへと近づいていた……。

 

次元航行艦イゾルデがミッドチルダの港に帰還を果たした数日後‥‥

 

時空管理局本局の最高会議室は、かつてないほどの怒号と、異様な熱を帯びた狂気に包まれていた。

 

会議室の中央に立つフェイトは、絶望に打ちひしがれ、血が滲むほどに拳を握り締めていた。

 

彼女が最も恐れていた事態が、最悪の形で現実のものとなっていたからだ。

 

「エルトリアへの大規模遠征艦隊の派遣……!? 正気ですか!?」

 

フェイトの悲痛な声が響く。

 

彼女の隣には、八神はやてが険しい表情で立ち、フェイトを援護するように上座の将官たちを鋭く睨みつけていた。

 

はやてが一歩前に出て、静かに、しかし怒りを込めた声で口を開く。

 

「エルトリアは独立した永世中立星間国家です。彼らを『保護』や『管理』という名目で武力制圧し、その技術や資源を接収するなど、ただの侵略行為やないですか!?これは、我々時空管理局が掲げてきた次元世界の平和維持という理念に真っ向から反しています!」

 

フェイトもそれに続く。

 

「彼らは次元の海で遭難した私たちを無償で救ってくれました。もし、今の管理局がディンギル帝国との戦いで疲弊し、復興のためにエルトリアの持つ高度な魔導科学技術を必要としているのなら……武力ではなく、正式な外交使節を派遣すべきです! 対等な国家として外交を通じて技術提供を求めれば、あの寛容な人々は必ず平和的な解決に応じてくれるはずです……!」

 

フェイトとしては必死の説得だった。

 

しかし、上座に居並ぶ将官たちの反応は、フェイトたちの期待を無惨に打ち砕くものだった。

 

「甘いな、ハラオウン艦長。八神艦長」

 

将官の一人が、まるで虫ケラを見るような冷酷な目でフェイトたちを見下ろした。

 

「時空管理局が、未管理世界の国家と『対等な同盟』を結ぶなどあり得ん。次元の海における絶対的な秩序であり、全次元を管理統制するのは我々管理局の義務だ」

 

「そのとおり、我々は常にナンバー1であり続けなければならない。どこの馬の骨とも知れん星間国家と同列に並ぶなど、管理局の権威が許さんのだ」

 

別の将官が机を叩き、唾を飛ばす。

 

「それにだ、ディンギル帝国のような野蛮な連中がいつまた現れるか分からんのだぞ!?次元の海は弱肉強食だ。エルトリアのあの過剰な技術が我々以外の敵対国家やテロリストへ渡る前に、我々管理局の『絶対的な管理下』に置くのがエルトリアにとても我々にとっても最善の防衛策なのだ。故にこれは侵略ではない、全次元を守るための正当な保護活動なのだ!」

 

もはや彼らの目に正気はなかった。

 

強大な外敵によって植え付けられた生存への恐怖と、「自分たちこそがこの世の全ての正義の管理者である」という歪んだプライド。

 

それが彼らの理性を完全に焼き尽くし、かつて忌み嫌っていたはずの野蛮な侵略者へと変貌させていた。

 

しかし、歪んだ視点のせいで自分たちの行為が侵略行為であると言う認識が欠如している。

 

「エルトリアは永世中立星間国家で、多数の星間国家と貿易をしています。今、我々がエルトリアを侵略何てすれば、エルトリアと貿易をしている星間国家とも戦争をする可能性もあります!!」

 

「それは些細な問題だ。エルトリアとの貿易相手が我々時空管理局に変わるだけの事だ」

 

エルトリア遠征を指示している将官はそんな事を言っているが、勿論そんな簡単に済む問題ではない。

 

「そもそも永世中立をうたっているレベルの星間国家です。それを防衛するための兵力だって今の管理局よりも上であり、戦闘艦船の性能さえも管理局の次元航行艦以上の性能を有している筈です!!それこそ、あのディンギル帝国以上の‥‥」

 

「しかし、君はエルトリアの戦力を確認したのかね?」

 

「遭難者に自国防衛の戦力を見せる筈がありません」

 

「ならば、エルトリアの戦力は我々よりも劣っている可能性もあるではないか」

 

「ですから‥‥」

 

フェイトもエルトリア遠征支持派の将官たちに分かりやすく遠征のリスクを語り、会議場はますますヒートアップしていく。

 

かつての管理局であれば、このような暴走を止める「ストッパー」が存在した。

 

しかし、今のフェイトやはやてを取り巻く状況は、あまりにも絶望的だった。

 

管理局の暴走を政治的・倫理的な観点から抑え込んできた伝説の三提督は既に全員が鬼籍に入っていた。

 

柔軟な思考で局員たちを導いてくれたレティ提督の姿も、今やここにはない。

 

そして何より、エルトリア遠征阻止のための最大の協力者になり得たはずの人物――フェイトの養母であり、平和的解決の第一人者であったリンディ・ハラオウンは、今、この場に立つことすらできていなかった。

 

ミッドチルダを狙うディンギル帝国の策略で本来は六千年後に回遊予定だった水惑星アクエリアスがディンギル帝国の手によって六千年から二十日の時間に短縮されてミッドチルダへと迫っていた。

 

ディンギル帝国の侵攻と水惑星アクエリアスの接近阻止のために戦ったリンディの息子のクロノは、ミッドチルダを救うため、乗艦と運命を共にしてミッドチルダを救った。

 

夫につづき、息子を失った現実はリンディの心を完全に破壊した。

 

彼女は現在、半ば廃人状態となって療養施設のベッドから起き上がることもできず、ただ虚空を見つめる日々を送っている。

 

はやての機動六課の実績だけでは弱く、聖王教会からの助力も期待出来ない今の彼女たちには、管理局全体の決定を覆すほどの強大な後ろ盾が、何一つ残されていなかった。

 

「これ以上の異論は認めん。エルトリア保護のための遠征艦隊は、三日後にミッドチルダを出撃する。ハラオウン艦長、貴官はエルトリアの座標を知る唯一の案内役として、艦隊の先導を務めろ。これは決定事項だ」

 

「そ、そんな……!」

 

将官の無慈悲な宣告に、フェイトはその場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。

 

会議室を追い出され、冷たい大理石の廊下を歩きながら、フェイトの目からついに大粒の涙が零れ落ちた。

 

「ごめんなさい……私のせいだ……私がバカ正直に報告書なんて上げたから……あの美しい星を‥優しい人たちを……!」

 

自責の念に押し潰されるフェイトの肩を、はやてが力強く、しかし悲しげに抱き寄せる。

 

「フェイトちゃんのせいやない。遭難した時点で、いずれこうなる運命やったんよ。この組織は今、手負いの獣状態なんや……」

 

はやては悔しさに唇を噛み締め、巨大なガラス窓の向こうを見つめた。

 

港では、エルトリアの空を黒く染め上げるための無数の戦闘艦艇が、次々と出撃の準備を整え、不気味な駆動音を響かせている。

 

ロマンと希望をもって未知なる次元の隣人と手を取り合おうとする地球連邦。

 

対照的に、恐怖と傲慢から、恩人の星を軍靴で踏みにじろうとする時空管理局。

 

「私は……どうすればいいの……!?」

 

自らの所属する組織が「絶対的な悪」へと堕ちていくのを止められない無力感。

 

フェイトの悲痛な叫びは、出撃の時を待つ艦隊の冷たい金属音に、虚しく呑み込まれていった。

 

 

エルトリア遠征について会議が終わった後、庁舎の通路でフェイトは、

 

「ディンギルとの戦闘でボロボロの状態なのにさらに侵略の為の遠征なんて‥‥」

 

決定されたエルトリア遠征について愚痴る。

 

「上のバカな連中はエルトリアを管理世界入りさせることが出来れば、簡単に戦力を再生できると思っとるが、遠征が失敗したら‥‥」

 

今回の遠征も辺境の世界の警備艦をかき集めている。

 

つまり、管理局は辺境の管理世界を半ば見捨てている。

 

この他にもディンギル戦役時に自国防衛の名目で艦隊を出し渋り下他の管理世界からも艦船と人員を徴用して戦力確保している管理局。

 

「それにこれは予想なんやけど、遠征が失敗すれば、上の連中はきっとフェイトちゃんに責任を押し付けるつもりやで」

 

「えっ?」

 

「『ハラオウン艦長がエルトリアなんて世界を発見したせいだ』って自分たちの行いを棚に上げてな‥‥」

 

「‥‥」

 

フェイトは、はやての予想に反論できなかった。

 

さっきの会議場での遠征賛成派の将官たちの言動を見れば遠征に失敗すれば誰かが責任を取らなければならない。

 

上層部はエルトリアを見つけたフェイトに全責任を被せるのは目に見えている。

 

「もし、そうなれば私は管理局を辞める‥‥」

 

これまで大勢の人々の為、管理局の為、次元世界の為に必死に戦って来たが、侵略者に成り下がり、他責思考の組織に在籍している意味なんてない。

 

「フェイトちゃん、ソレ本気なんか?」

 

「ええ‥はやても見切りをつけた方がいいよ」

 

「‥‥」

 

フェイトとの態度にはやては何も言えなかった。

 

フェイトと別れ、庁舎内の長い廊下を一人歩く八神はやての足取りは、鉛のように重かった。

 

手負いの獣と化した管理局上層部は、もう誰の言葉も聞き入れはしない。

 

このままでは、遠征が成功しようが失敗しようが、待っているのは破滅だけだ。

 

永世中立をうたっているエルトリアが管理局を退けてもそのままの勢いでミッドチルダへ攻撃を仕掛けてくる可能性は低い。

 

しかし、エルトリアと貿易をしている他の星間国家は永世中立をうたっている訳ではないので、エルトリアの仇としてミッドチルダへ侵攻して来る可能性はある。

 

はやてが向かったのは、仮庁舎内にある自分の執務室‥‥

 

そこには、事前に連絡を受けて集まっていた高町なのは、そして守護騎士のシグナムが険しい表情で待っていた。

 

「はやてちゃん。フェイトちゃんは‥‥?」

 

部屋に入るなり、なのはが心配そうに声をかける。はやては力なく首を振り、ソファーに深く腰掛けた。

 

「……だめやった。エルトリア遠征は三日後に出撃、決定や。しかも、フェイトちゃんをその案内役に指名しおった」

 

「そんな……! エルトリアの人たちは、遭難したフェイトちゃんたちを助けてくれた恩人なのに、どうしてそんな事が出来るの!?」

 

なのはが怒りと悲しみに声を震わせる。

 

その純粋な瞳には、信じてきた「正義の組織」が急速に腐敗していくことへの恐怖が浮かんでいた。

 

「今の上の連中は、ディンギルとの戦争がトラウマになっとるんよ。それと同時に自分たちが常にナンバー1でなければ気が済まんというプライドと過剰な防衛本能が、管理局をただの侵略者に変えてもうた……それにな、もしこの遠征が失敗したら、連中はすべての責任をフェイトちゃんに押し付けるつもりやで‥‥」

 

「何だと……!?」

 

それまで静かに話を聞いていたシグナムが、鋭い眼光を放ち、腰のレヴァンティンを鳴らした。

 

「恩人に仇名するのみならず、己の無策の責任をテスタロッサ一人に背負わせるというのか?……卑劣極まる。それが全次元の調停者を気取る者のやることか!?」

 

「フェイトちゃん……さっきな、『もしそうなったら、私は管理局を辞める』って、寂しそうに笑っていたわ。あの子にそこまで言わせてしまうなんて、うちらは一体何のために命を懸けて戦ってきたんやろうな」

 

はやての言葉に、室内は重苦しい沈黙に包まれた。

 

既に三提督は逝き、レティ提督もおらず、クロノを失ったリンディは心を閉ざしたまま‥‥ストッパーを失った管理局は、坂道を転がり落ちるように悪へと堕ちていく。

 

「はやてちゃん」

 

「私、フェイトちゃんを一人にさせない。管理局が間違った道を進むなら、私はその暴走を止めたい」

 

「なのはちゃん‥ありがとな‥‥でも、私たちが出来る事はせいぜいギリギリまで粘る事や‥‥まだ三日ある‥それまで何とか遠征を止めなアカンな‥‥」

 

はやてとなのははこの三日という期間をつかってエルトリアへの遠征を止める事だった。

 

 

管理局が進めるエルトリア遠征‥‥

 

以前行われたボラー連邦への武力制裁同様、態々自分たちより格下(と、思い込んでいる)世界に対して宣戦布告をする必要もなく、奇襲攻撃をしかけるつもりでいた。

 

しかし、管理局側の動きはある人物の手によって筒抜け状態となっていた。

 

「シーマ様、どうやら管理局がまたバカな事をするみたいですぜ」

 

「あん?管理局が馬鹿なのは元々じゃないか‥‥それで、連中は今度何をおっぱじめるって言うんだい?」

 

「これでさ‥‥」

 

元管理局局員であり、以前管理局が建造した新造艦を奪取したシーマ・ガラハウだ。

 

彼女は管理局に対するテロ行為をこれまで何度も行っており、管理局の動向を常に窺えるよう幅広い情報網をもっていた。

 

その情報網の一つに今回のエルトリア遠征の情報が彼女の下に入って来た。

 

「はん、連中まさかエルトリアに手を出そうだなんてね‥‥」

 

「どうしやすか?エルトリアは俺たちにとっても重要なお得意先ですぜ」

 

管理局がエルトリアを発見する前に既にシーマはエルトリアを発見し、エルトリアと取引関係にあった。

 

シーマ自身、エルトリアの技術力の高さを知っている。

 

だが、流石のエルトリアでも奇襲攻撃を受ければ、大きな被害を受けてしまう。

 

管理局を嫌っている彼女の行動は分かり切っていた。

 

「大至急、お得意先に連絡を入れな」

 

「へい!!」

 

こうして時空管理局のエルトリア遠征は最初から暗雲が漂う展開となって行った。

 

 

シーマ・ガラハウによってもたらされた「時空管理局によるエルトリア遠征(奇襲)」の凶報は、即座にエルトリアの防衛中枢へと伝達された。

 

「……時空管理局の遠征艦隊、三日後に本星に向けて出撃とのことです。シーマ女史の独自の調査によれば、交渉の意思は皆無。事実上の武力制圧、および技術接収を目的とした侵略行為と見て間違いありません」

 

報告を受けたエルトリアの指導層は、静かな、しかし深い失望の溜息を漏らした。

 

彼らはかつて、次元の海で遭難していたフェイトたちを厚遇し、次元震の危機から救い出した恩人である。

 

しかし、彼らのその善意は、恐怖と傲慢に支配された管理局上層部によって最悪の形で裏切られることとなった。

 

「恩を仇で返すか。悲しいことだな……彼らもまた、戦乱によって心をすり減らしてしまったのだろう」

 

エルトリア防衛軍の司令官は、モニターに映し出されたミッドチルダの宙域図を見つめながら目を伏せた。

 

だが、次に顔を上げた時、その瞳には永世中立国を護り抜く強固な意志が宿っていた。

 

「だが、我々もこのまま黙って彼らに我が故郷を蹂躙されるわけにはいかない。情報提供をしてくれたシーマ女史には礼を伝えよ。これより我が国は、国家の存亡を懸けた『専守防衛』の態勢に移行する」

 

司令官の号令と共に、エルトリア全土に隠されていた巨大な防衛システムが静かに起動を始める。

 

彼らは好戦的な国家ではない。

 

しかし、他国からの理不尽な侵略を撥ね退けるだけの、次元を超越した絶対的な防衛力迎撃艦隊を有していた。

 

「一隻たりともエルトリアの大気圏には入れさせるな。彼らに『力の差』と『自らの愚かさ』を思い知らせてやれ」

 

奇襲のつもりが、完全に待ち構えられているとも知らずに出撃準備を進める時空管理局。

 

彼らがエルトリアの宙域で目にするのは、手負いの獣の牙など容易くへし折る、圧倒的な防衛の壁であることは明白だった。

 

 

一方、その頃‥‥

 

時空管理局が自らの首を絞めるような愚行へと突き進んでいる事など露知らず、地球はかつてない希望と活気に満ち溢れていた。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、良馬さん」

 

「おかえり、リョーマ」

 

海鳴市にある月村邸‥‥

 

長きにわたる激務を終え、久しぶりに実家の扉を開けた良馬を待っていたのは、妻であるギンガとユリーシャの明るい笑顔と、彼に向かって一直線に駆け寄ってくる子供たちの歓声だった。

 

「お父様、おかえり!!」

 

「おかえりなさい!!」

 

「ははっ、こらこら、順番だぞ」

 

良馬は愛しい子供たちを両腕でしっかりと抱ききとめ、その温もりを噛み締めるように目を細めた。

 

ヤマト技術長・真田志郎の下で進められていた「地球産宇宙列車」の建造プロジェクト‥‥それに携わっていた良馬は、メガロポリス宇宙工廠に泊まり込みの日々が続いていたのだ。

 

「本当にお疲れ様。良馬さんの艦が次元断層に落ちて行方不明になったと聞いた時は心配したんですよ」

 

「すまなかった。それに地球に戻った後も色々と仕事が立て込んでしまって、中々戻れなくて‥‥」

 

「少しは休めそう?」

 

エプロン姿のギンガが、良馬の上着を受け取りながら労いの言葉をかける。

 

かつては戦場で幾多の死線を潜り抜けてきた彼女も、今では良き母として、そして良馬の最大の理解者として温かい家庭を築き上げている。

 

そして、もう一人の妻であるユリーシャは良馬の休暇状況を訊ねる。

 

「ああ、今携わっているプロジェクトが終わったらね」

 

良馬は苦笑しながら、ダイニングの椅子に腰を下ろした。

 

食卓には、ギンガが腕によりをかけた手料理が並び始めている。

 

平和の匂いがした。誰かを傷つけるための兵器ではなく、星と星を繋ぎ、人々の笑顔を運ぶための船を造る。その喜びに満ちた疲労感は、心地よいものだった。

 

「そう言えば今日、連邦政府から何か重大な発表があるって聞いたんですけど‥‥?」

 

「そうそう、大統領のおじさんが出るの!」

 

子供たちがはしゃぎながら、リビングの大型モニターを指差した。

 

「何だろうね?」

 

(多分、ディスティニーとの同盟と銀河鉄道の開通についての発表だな)

 

良馬は連邦政府からの発表について心当たりがあったが、家族の前では知らないフリをした。

 

それからしばらくの後、月村邸の全員がモニターへ視線を向ける。

 

時計の針が定刻を指すと同時に、地球連邦政府の紋章が画面に映し出され、やがて大統領の姿が大写しになった。

 

『親愛なる地球連邦市民諸君、並びに、広大なる宇宙の海を共にする同志たる皆さん。本日は、我々地球人類の歴史において、最も輝かしい報告ができることを誇りに思います』

 

大統領の深く、力強い声が、良馬たちのリビングに、そして地球全土の都市や宇宙コロニー、太陽系内の基地へと響き渡る。

 

『我々地球連邦は、未知なる次元の隣人である「惑星ディスティニー」との間に、正式な恒久平和な同盟を結ぶことを閣議で決定いたしました』

 

大統領が高々にディスティニーとの同盟について宣言する。

 

『我々地球連邦は互いの文化を尊重し、手を取り合い、共に未来を開拓していく……その強固な絆の証として、一つの壮大なプロジェクトも同時に始動させます』

 

大統領の背後のスクリーンが切り替わり、漆黒の宇宙空間に敷かれた光り輝くレールと、そこを走る雄大な宇宙列車の想像図が映し出された。

 

『ディスティニーとの同盟後には星と星、心と心を結ぶ平和の架け橋――「銀河鉄道」の開通も予定しております』

 

その言葉に、テレビの向こう側から大きな歓声が湧き上がるのが聞こえた。

 

良馬の二人の子供たちとユリーシャも「うわぁっ!」と目を輝かせている。

 

『かつて我々は、生き残るために武器を取り、血塗られた歴史を歩んできました。しかし、これからの時代は違います。我々とディスティニーが敷くレールは、侵略のためのものではありません。誰も傷つけず、希望と笑顔だけを乗せて無限の宇宙を駆ける、未来への道標です。地球産宇宙列車の第一号は、間もなくメガロポリス宇宙工廠にて完成の時を迎えます。市民の皆さん、どうか見守っていてください。我々が手を取り合い、新たな銀河の夜明けを迎えるその瞬間を!!』

 

演説が終わると同時に、画面の向こうは割れんばかりの拍手とフラッシュに包まれた。

 

ギンガはそっと良馬の隣に座り、その大きな手に自分の手を重ねた。

 

「銀河鉄道‥‥宇宙を列車で旅するなんて本当に、夢みたいな時代が来るんですね」

 

「ああ‥今、真田さんたちが作っているのは、ただの乗り物じゃない。次の世代に胸を張って渡せる『未来』そのものだ」

 

良馬はギンガとユリーシャ肩を抱き寄せ、画面に映る銀河鉄道の光のレールを静かに見つめた。

 

愛する家族の温もりを感じながら、良馬の胸には熱い誇りが満ちていく。

 

しかし、この希望に満ちた光の裏側で、時空管理局という巨大な組織が自らの傲慢さによって破滅への道を突き進んでいることを、良馬たちはまだ知る由もなかった。

 

交わるはずのなかった二つの宇宙。

 

平和のレールを敷く者たちと、侵略の軍靴を鳴らす者たち。

 

それぞれの意志が交錯する時、運命の歯車はさらに大きなうねりを上げて回り始める――。

 

地球のメガロポリス宇宙工廠は、地球産の宇宙列車・第一号が文字通り「未来の産声」を上げようとしていた。

 

巨大なドックの中央に鎮座するのは、漆黒の宇宙を駆けるために建造された地球産宇宙列車・第一号車‥‥

 

真田は今回の宇宙列車建造に到って世界の様々な蒸気機関車の資料を取り集め、その中で日本が作った旅客用蒸気機関車としては最大の蒸気機関車、C62型とアメリカが製造した世界最大・最強級の蒸気機関車、ユニオン・パシフィック鉄道4000形蒸気機関車のように稼働舵輪を二基に分けたような形状の蒸気機関車の設計図を描いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ヴィンテージな蒸気機関車を思わせる重厚な外観でありながら、その内部にはディスティニーの技術と地球の科学が融合した最新鋭の次元駆動エンジンが組み込まれている。

 

だが、その製造現場では、技術長である真田と連邦政府から派遣された高官との間で、ある件について激しい激論が交わされていた。

 

「真田局長!!これは地球連邦政府、および惑星ディスティニーのVIPを乗せる『政府専用列車』となるのだぞ! なぜ機関車自体に武装を施さない!?」

 

高官が図面を叩きながら怒鳴る。

 

これまで外宇宙からの侵略の憂き目を経験して来た地球だからこそ、政府高官が乗車する宇宙列車には武装を施すことが当然であると言うのが政府からの指示であった。

 

機関車の先頭‥煙室扉の向こう側には小口径の格納式波動砲の搭載が検討されていたのだ。

 

他にも格納式の小型砲塔、ミサイル・魚雷発射管の設置案もあった。

 

しかし、真田は政府の高官の前でも作業服のポケットに手を突っ込んだまま、微動だにせず、冷徹なまでに静かな声で言い放った。

 

「却下します。この宇宙列車は、列車であって戦艦ではありませんから」

 

「何だと!? 有事の際の防衛をどうするつもりだ! 宇宙の海は危険に満ちているのだぞ!?君は政府高官たちを宇宙の藻屑にするつもりか!?」

 

「危険だからこそ、武器を積んではならないのです」

 

真田は眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、高官を真っ向から見据えた。

 

「我々がこれから敷くのは、星と星、心と心を繋ぐ『平和のレール』だ。その先頭を走る機関車に兵器を搭載すれば、相手の星からは、平和の使者ではなく『武装した動く要塞』が攻めてきたように見える。不信は戦火を呼び、武器はさらなる武器を呼び寄せる……私は、これまでの経験を通じて、その悲劇を嫌というほど見てきました」

 

真田の言葉には、幾多の戦争を技術者として生き抜いてきた者だけの、圧倒的な重みがあった。高官はその威圧感に気圧され、言葉を詰まらせる。

 

後ろで議論を見守っていた良馬は、

 

(さすが真田先輩だ……)

 

と、胸の中で深く感銘を受けていた。

 

誰よりも兵器の恐ろしさを知る真田だからこそ、この最初の列車だけは「絶対に誰も傷つけない希望の象徴」でなければならないと確信しているのだ。

 

「しかし、乗車した政府高官の安全面を考えるとやはり武装は必要だ。最低限の防衛案がなければ、宇宙列車開発の予算も凍結されるぞ!」

 

高官は予算を盾に機関車への武装搭載を真田に迫る。

 

尤も既に大統領からの正式発表後に予算凍結何て出来るはずがない。

 

宇宙列車の建造中止なんて地球の面子に泥を塗るだけだ。

 

あくまでも脅しなのだろう。

 

どうしても引き下がれない高官に対し、真田はフッと表情を緩め、別の図面を差し出した。

 

「ですから、妥協案を用意しました。機関車(先頭車両)および乗客の乗る客車は完全な非武装を貫きます。その代わり、有事の際の防衛用として、後方にSDF(空間鉄道警備隊)が使用していたような戦闘車両を『連結』するスタイルをとります」

 

「戦闘車両を……連結する?」

 

「はい」

 

良馬が一歩前に出て、真田の手助けをするように説明を補足した。

 

「普段はただの車両として随伴し、危険が予想される宙域を走る際、客車の中に戦闘車両を連結させて運行し、有事の際はその戦闘車両で反撃を行う。これならば、列車自体の『平和の乗り物』としての本質を汚すことなく、乗客の安全も確保できます。勿論車両なので、切り離しも容易です」

 

政府の高官は真田と良馬の出した戦闘車両の図面を凝視し、しばらく唸っていたが、真田の頑なな姿勢と、合理的かつ理にかなった連結案に、ついに折れるように溜息を漏らした。

 

「分かった。機関車への直接武装は見送ろう。ただし、戦闘車両の性能には妥協はけして許さんぞ」

 

「ええ、最高のものを作り、連結させますのでご安心ください」

 

真田は短く答え、去っていく高官の背中を見送った。

 

「ふぅ~助かったよ、月村」

 

「いえ、真田さんの信念には俺も同感です。この列車は、子供たちの‥次世代の若者たちの未来へ走るものですから。武器なんて、似合いませんよ‥‥とは言え、この先警備車両や軍用列車も建造される事にはなるでしょうけど、せめてこの第一号列車は非武装のまま就役してもらいたいですからね」

 

良馬の言葉に、真田は満足そうに微笑み、再び巨大な機関車のボディを見上げた。

 

「ああ。誰も傷つけない、誰も泣かせない列車だ。間もなく完成するぞ、月村。我々の手で、新しい銀河の歴史を走らせるんだ」

 

誇り高き技術者たちの情熱を乗せて、初の地球産宇宙列車の第一号は、いよいよその完成の時を迎えようとしていた。

 

政府高官の足音が完全に遠ざかったのを確認すると、真田は短く息を吐き、傍らの操作コンソールへと向き直った。

 

「さて、余計な横槍は入ったが作業に戻るとしよう‥‥そうだ、月村。折角だからお前にもこの第一号列車の詳細な内部設計図を見せておこう」

 

「えっ?いいんですか? 是非お願いします!!」

 

真田がコンソールのキーを叩くと、空中に巨大なホログラムスクリーンが展開された。

 

そこに映し出されたのは、ドックに鎮座する漆黒の巨大な機関車と、それに連なる車両の精緻な三次元透視図だった。

 

良馬は目を輝かせながら、その複雑かつ無駄のない内部構造に見入る。

 

戦闘車両ついてはSDFでも使用していた左右と上部に三連装の砲塔を備えた車両をメインに客車の屋根に格納式の対空砲を備えた車両、多弾頭ミサイルの発射管を格納した車両を設計していた。

 

先頭車両に目を通すと、各区画のレイアウトを確認していくうちに、ある一つの大きな特徴に気がついた。

 

「ん?真田先輩……これ、メインのブリッジに当たる指揮車両が、先頭の機関車本体ではなく、その後ろの『炭水車(テンダー)』の内部に設置されているんですね」

 

「ああ、その通りだ」

 

真田はホログラムの炭水車の部分を拡大させながら頷いた。

 

「機関車の内部は、ディスティニーの技術を応用した超高出力の次元駆動エンジンと、それを維持するための各種エネルギー・プラントで限界まで占められているからな。乗組員の居住性と安全性を考慮すれば、指揮系統は機関車から独立させた次位の車両に置くのが最も合理的というわけだ。SDF(空間鉄道警備隊)の精鋭、シリウス小隊が運用していた専用列車『ビッグワン』と同じ設計思想を取り入れている」

 

「なるほど、ビッグワンですか。確かにあの名車も指揮車両は独立していましたね……ん?」

 

さらに設計図の細部――指揮車両内のコンソール配置や操縦席のレイアウトに目を向けた良馬は、思わず首を傾げた。

 

宇宙列車という全く新しい概念の乗り物でありながら、その内装にはどこか強い既視感があったのだ。

 

「この操縦系統の構造……防衛軍の標準的な宇宙艦艇のブリッジと、ほぼ同じレイアウトじゃないですか? 操縦桿の配置や計器類のデザインまで、俺たちが普段乗っている艦船のシステムにそっくりだ」

 

「よく気づいたな、月村。まさにその通りだ」

 

真田は操縦系統についてその意図を静かに語り始めた。

 

「この銀河鉄道は、ゆくゆくは完全に民間の事業として、多くの人々が利用し、運行していくことになるだろう。だが、開通してしばらくの間……未知の次元航路を切り拓き、安全な運行ノウハウを蓄積していく初期段階においては、乗組員はどうしても宇宙の過酷な環境に慣れた我々軍の人間が担うことになる」

 

「……あっ、そうか! だからパイロットたちが新しい列車の操縦システムを一から覚える手間を省くために、あえて既存の防衛軍のシステムを採用したんですね」

 

良馬の弾んだ声に、真田は深く頷く。

 

「そうだ。宇宙という極限状況下において、いざという時の咄嗟の反応速度は、身体に染みついたインターフェースで決まる。どんなに最新鋭の洗練された操縦システムを積んだところで、パイロットが直感的に動かせなければ意味がない。長年の実戦で洗練されてきた防衛軍のシステムこそが、今の我々にとって最も信頼できる『手足』だからな」

 

徹底したリアリストであり、誰よりも現場の人間を重んじる真田らしい設計思想だった。

 

良馬は深い感銘を受けつつ、さらにホログラムの先頭部分――機関車の運転台にあたるスペースを指差した。

 

「それなら、機関車本体にあるこの小さなスペースは……?」

 

「もちろん、それもただの飾りではないぞ。先頭の機関車側、かつての蒸気機関車で言うところの運転台のスペースには、緊急時のための『マニュアル操縦系統』を常備してある」

 

真田は誇らしげに、そのアナログな計器類が並ぶ運転台の図面を展開した。

 

「炭水車のメイン指揮車両がダメージを受けて機能不全に陥った場合や、コンピューターによる自動制御が完全に沈黙した事態を想定している。計器の目視と、物理的なレバーやバルブの操作によって、完全に手動で機関車の出力をコントロールできるようにしてあるんだ」

 

「いざという時は、コンピューターに頼らず人間の手で直接機関車を動かす……バックアップとしてのフェイルセーフですね」

 

「機械というものは、必ずどこかで壊れるものだ。そしてどれだけ技術が進歩しようと、最後に頼りになるのは人間の直感と泥臭い手動操作だからな。この列車は絶対に止めるわけにはいかない。どんな困難な状況に陥っても、乗客を乗せて必ず生きて帰り、次の駅へと進むための機構だ」

 

「……本当に、非の打ち所がないですね。この列車なら、どんな遠い星の海でも、安心して旅ができそうです」

 

良馬は頼もしさに満ちた真田の横顔と、ホログラムの設計図を交互に見比べながら、胸の内に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

 

兵器を持たない、平和と希望の象徴。

 

しかしその内部には、幾多の絶望的な戦いを生き抜いてきた地球の技術者たちの「命を護り抜く」という強固な執念と、洗練された叡智がぎっしりと詰め込まれているのだ。

 

「完成まで、あともう一息だ。月村、お前にも最後まで手伝ってもらうぞ」

 

「はい! もちろんです、真田先輩!」

 

巨大なドックに響き渡る溶接の火花と活気のある作業音。

 

地球初の宇宙列車は、新たな時代へのレールを走り出すその瞬間に向けて、確かな産声を上げようとしていた。

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

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