星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百八十九話 エルトリア絶対防衛戦

 

 

交わるはずのなかった二つの宇宙で、相反する運命の歯車が回り始めていた。

 

ディンギル帝国との苛烈な星間戦争によるトラウマから、過剰な防衛本能と歪んだ正義感に囚われた時空管理局。

 

手負いの獣と化した彼らは、あろうことか自らの恩人である永世中立星間国家・エルトリアの技術と資源を奪うべく、「保護」という名目での大規模遠征(侵略)艦隊の派遣を決定してしまう。

 

組織が絶対的な悪へと堕ちゆくのを止めるため、はやてとなのはに残された猶予は、艦隊が出撃するまでのわずか「三日間」であった。

 

一方、シーマ・ガラハウのもたらした情報により管理局の奇襲計画を完全に察知したエルトリア防衛軍は、圧倒的な戦力をもって強固な専守防衛態勢を敷き、傲慢な侵略者を迎え撃つ準備を静かに整えていた。

 

対照的に、次元を隔てた地球では、希望に満ちた輝かしい未来が産声を上げようとしていた。

 

惑星ディスティニーとの恒久平和同盟、そして星と星を繋ぐ銀河鉄道路線の開通宣言。

 

メガロポリス宇宙工廠では、真田志郎と月村良馬をはじめとする技術者たちが、兵器ではなく心と心を繋ぐ平和の象徴たる「地球産宇宙列車・第一号」の建造に魂を注いでいた。

 

政府高官からの武装化の要求を理詰めで退け、非武装の誓いと「命を護り抜く」という洗練されたフェイルセーフの叡智を詰め込んだ漆黒の機関車は、人々の笑顔を乗せて走るべく、いよいよ完成の時を迎えようとしている。

 

未来を切り拓く「希望のレール」か?

 

それとも恩人を踏みにじる「侵略の軍靴」か?

 

次元を隔てた二つの異なる意志が、やがて来る邂逅に向けて、星の海に新たな波乱を呼ぼうとしていた――。

 

 

八神はやてと高町なのはによる必死の奔走も、狂気に憑りつかれた組織の決定を覆すには、あまりにも時間が足りなかった。

 

わずか三日‥‥その短い期間で管理局の暴走を止める手立ては見つからず、ついに最悪の出撃の日は訪れてしまった。

 

ミッドチルダの港から、無数の次元航行艦が不気味な駆動音を響かせながら飛び立ち、極彩色の光が渦巻く次元の海へと次々と突入していく。

 

「エルトリア保護」という名の侵略の先兵として編成された、時空管理局の遠征艦隊である。

 

今回の遠征において、艦隊は大きく二つの陣形に分けられていた。

 

一つは、フェイトが艦長を務める次元航行艦イゾルデを先頭とした前衛艦隊。

 

もう一つは、エルトリア本星を地上から占領・制圧するための空戦魔導師隊を多数乗せた巨大な輸送艦と、その護衛を担う主力部隊である。

 

敵対勢力からの探知を逃れ、奇襲を完璧なものとするため、艦隊はミッドチルダを出撃した直後から完全な無線封鎖を敷いていた。

 

外部との一切の通信を絶ち、ただひたすらに、静かなる殺意を秘めて一路エルトリアへと進撃していく。

 

艦隊の先頭を進むイゾルデのブリッジで、フェイトは重い足取りでナビゲーション・コンソールに向かっていた。

 

彼女の役割は、エルトリアの次元座標への道案内。

 

自らの手が、あの美しく優しい星を焼き払うための引き金になろうとしている現実に、フェイトの心は千々に乱れ、血が滲むほどに唇を噛み締めることしかできなかった。

 

「……次元座標、入力完了。全艦、デフコンアウトまで残り三十分……」

 

虚ろな声で報告するフェイト。

 

そんな中、遠征艦隊における前衛艦隊司令官が傲慢な笑みを浮かべながらイゾルデに通信を送ってきた。

 

『此処までの案内、ご苦労、ハラオウン艦長。未開の星の蛮族共に我々時空管理局の絶対的な力と秩序、そして正義を教えてやろうではないか』

 

彼らは疑っていなかった。

 

疲弊しているとはいえ、自分たち管理局の圧倒的な戦力をもってすれば、辺境の星一つを武力制圧し、その技術を丸ごと接収するなど容易いことだと思っていた。

 

だが、彼らは知らなかった。

 

自分たちが既に、一人の女の掌の上で踊らされている「哀れな獲物」でしかないことを‥‥

 

遠征艦隊が次元の海を航行していたその頃、

 

彼らの出撃地点であるミッドチルダと、前線とを繋ぐ重要拠点、次元通信中継ステーション。

 

その周囲の宙域に、突如として黒い影が実体化した。

 

時空管理局が莫大な予算を投じて建造した最新鋭艦でありながら、引き渡し直前に強奪された幻の次元航行艦‥現在はドクロのエンブレムを掲げた、海賊「シーマ艦隊」の旗艦である。

 

 

リリー・マルレーン 艦橋

 

「シーマ様! 中継ステーションの制圧、及び次元通信システムのハッキング、完了しやしたぜ! これで遠征艦隊の連中は、ミッドとの連絡が完全に絶たれた迷子ってわけです」

 

ブリッジのオペレーター席から、荒くれ者の部下が下卑た笑いを浮かべて報告する。

 

「あっははは! 脆いもんだねぇ。これが全次元を管理するってお高く止まっている連中の防衛網かい? 呆れて涙も出ないよ」

 

豪奢な艦長席にふんぞり返り、扇子を優雅に弄りながら、シーマ・ガラハウは毒を含んだ笑い声を上げた。

 

「恩を仇で返すような恥知らずのクソ野郎どもに、帰るための道筋だの、後方からのぬくぬくとした情報支援だの……そんなもん用意してやる義理はないからねぇ。せいぜい、自分たちの浅はかさを呪いながら孤立無援の恐怖を味わうんだな」

 

シーマの鋭い視線が、ステーションから強奪した情報が表示されているメインモニターに向けられる。

 

彼女の目的は、単に遠征艦隊を孤立させることだけではない。

 

この愚かな遠征を決定したミッドチルダの「お偉いさん」たちの鼻をへし折ることこそが、最大の娯楽だった。

 

「さて、それじゃあ……安全な場所から見物を決め込んでいる老害共にも、極上の『エンターテインメント』を届けてやろうじゃないか。ミッドにある管理局の会議室に回線を繋ぎな!」

 

「へいっ! 強制割り込み、行きます!」

 

 

ミッドチルダ仮庁舎、会議室。

 

数日前にフェイトやはやてを怒鳴りつけた将官たちが、優雅に葉巻を燻らせながら、遠征艦隊からの「エルトリア制圧完了」の一報を今か今かと待ちわびていた。

 

「――ふん、あの小娘どもめ。我々の決定に異を唱えるとは身の程知らずも甚だしい」

 

「全くだ。エルトリアの魔導技術さえ手に入れば、我々は再び次元世界の絶対的な覇者となれる。そうなれば、今後ディンギルの様な野蛮な蛮族が襲い掛かって来ても恐れる事は亡くなる訳だ!!」

 

彼らが身勝手な勝利の美酒に酔いしれようとした、その瞬間。

 

突如として会議室の照明が明滅し、壁面を覆う巨大なメインモニターの映像がノイズと共に切り替わった。

 

「な、なんだ!? 何事だ!」

 

モニターに映し出されたのは、時空管理局の紋章ではなく、ふてぶてしい笑みを浮かべた扇子を持つ女――指名手配中の大罪人、シーマ・ガラハウの姿だった。

 

『よぉ、偉大なる正義の味方である時空管理局の「お偉いさん」方。ご機嫌いかがかな?』

 

「き、貴様は……シーマ・ガラハウ! なぜ管理局の極秘回線にアクセスできる!? 貴様、何をした!!」

 

激怒と動揺で立ち上がる将官たちを、シーマはモニター越しに心底見下した目で冷笑する。

 

『何をしたかって? 簡単なことさ。あんたらの大事な通信中継ステーションは、たった今アタシたちが頂戴した。つまり、あんたらが送り出した遠征艦隊は、今この瞬間から「完全な孤立状態」になったってことさね』

 

「なっ……!?」

 

『それとね、あんたらは大きな勘違いをしているよ。エルトリアの連中を「未開の星の無力な羊」だとでも思っていたのかい?エルトリアはアタシの大切な「お得意様」でねぇ。あんたらがコソコソと出撃の準備をしている間に、向こうには「管理局が恩を仇で返しにくるぞ」って、バッチリ教えてやってあるのさ』

 

シーマの言葉に、将官たちの顔からスゥッと血の気が引いていく。

 

奇襲をかけるつもりが、完全に情報が相手に筒抜けになっていた。

 

しかも、自分たちの手で退路と通信を断たれた状態で‥‥

 

「き、貴様ぁぁっ!管理局に対するこの反逆、タダで済むと思うなよ!!」

 

怒号を上げる将官に、シーマは扇子をパチンと鳴らして鼻で笑った。

 

『最悪で最高のサプライズ、楽しんでもらえたかい? タダで済まないのはあんたらのほうさ。今頃、あんたらが送り出した可愛い虎の子の艦隊は、エルトリアの「本気の防衛網」の前にデフコンアウトしている頃だろうねぇ……せいぜい、地獄の釜の底で自分たちの傲慢さを呪いな!あっはははははっ!!』

 

高笑いと共に、通信は一方的に切断された。

 

会議室には、完全な沈黙と、底知れぬ恐怖だけが残された。

 

「ば、馬鹿な……っ! すぐに遠征艦隊へ連絡を取れ! 奇襲がバレているのなら作戦は中止だ、直ちに帰投させろ!!」

 

将官の一人が泡を食ってオペレーターに怒鳴り散らすが、返ってきたのは絶望的な報告だった。

 

「だ、駄目です! 中継ステーションの機能が完全に掌握されており、ミッドチルダからの通信網が物理的に遮断されています!」

 

「それに、遠征艦隊は出撃時から無線封鎖状態を維持しています! 外部からの通信を受信するシステム自体を閉じており、こちらから強制的にアクセスする手段がありません!」

 

「なんだと……っ!?」

 

皮肉なことだった。

 

奇襲を成功させるため、自らの居場所を隠すために命じた無線封鎖が、最悪の形で己の首を絞めることになったのだ。

 

ミッドチルダからどれほど声を枯らして警告を発しようとも、その声は次元の波に呑まれ、決して届くことはない。

 

「だ、大丈夫だ。奇襲攻撃が上手くいかなくとも、必ず勝ってくれるさ」

 

「その通りだ。我々管理局が辺境の一星間国家に負ける筈がない」

 

将官たちはその場にへたり込み、空元気と不安に染まった目で真っ暗なモニターを見つめることしかできなかった。

 

一方、ミッドチルダでそのような大事件が起きていることなど、当然知る由もない遠征艦隊。

 

「デフコンアウトまで残り三分……」

 

フェイトの悲痛なカウントダウンだけが、イゾルデのブリッジに虚しく響く。

 

だが、彼らは知らない。

 

自分たちの奇襲が完全に露呈していることを‥‥

 

退路となる通信網が断たれ、完全な孤立無援となっていることを‥‥

 

そして、次元の壁を抜けた先に、恩を仇で返された者たちの「本気の怒り」が待ち構えていることを。

 

何も知らない艦隊は、無慈悲な運命の待つエルトリアの宙域へと、その歩みを止めることなく突き進んでいくのだった。

 

一方、シーマから事前に情報を得ていたエルトリアの宇宙艦隊も管理局艦隊迎撃のために次々とエルトリアを出撃していた。

 

今回、管理局側の艦隊編成もシーマからの情報でエルトリア側には筒抜け状態となっており、エルトリア側も艦隊を大きく二つに分けていた。

 

イゾルデを中心とする前衛艦隊を相手にするのは、ミツバ・グレイヴァレー指揮する艦隊であり、後方の管理局艦隊を相手にするのは空母を中心とした機動部隊、そして機動部隊に随伴するとある部隊であった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「総員、我が祖国、エルトリアに対し敬礼!!」

 

ミツバが遠ざかっていくエルトリアの姿に対して敬礼を捧げると、乗員たちもミツバに倣ってエルトリアへと敬礼をする。

 

迎撃艦隊はエルトリア近海を航行し、やがて戦場と想定した宙域に到達する。

 

「司令官。まもなく、敵との接触宙域に到達します」

 

遠ざかる祖国への敬礼を終え、声を発したのはチーフオペレーターであるリアン・アンバードである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「総員、戦闘配置」

 

「総員、戦闘配置」

 

「敵艦隊、方位181に確認」

 

「全艦、砲撃用意」

 

「全艦、砲撃用意」

 

 

主砲制御室

 

「撃ち方用意」

 

「発射管一番から三番、セーフティー解除」

 

「スタビライザー起動」

 

「諸元入力完了」

 

砲術員たちは冷静に攻撃準備を整えていく。

 

 

艦橋

 

「司令、攻撃準備完了しました」

 

「‥‥砲撃始め!!」

 

「砲撃始め!!」

 

エルトリア側の一斉射でこの戦いは幕を上げた。

 

エルトリア艦隊の一斉射によって放たれた無数の高エネルギーの奔流が、漆黒の宇宙を極彩色の閃光で塗り潰す。

 

それらは、デフコンアウトの座標に正確無比な狙いを定め、まさに次元の壁を抜けようとしていた管理局の前衛艦隊へと容赦なく降り注いだ。

 

「なっ……!? 敵襲だと!?」

 

次元跳躍から抜け出た直後、メインモニターを真っ白に染め上げた光の雨に、遠征艦隊の司令官は目を見開いて絶叫した。

 

「回避! 全艦、最大出力でシールドを展開しろ!!」

 

フェイトが悲痛な声を上げながら、瞬時にイゾルデの操縦桿を限界まで叩き込む。

 

巨大な次元航行艦が悲鳴のような駆動音を上げながら急速転舵を行い、間一髪で直撃コースから逃れる。

 

しかし、他の僚艦たちはフェイトほどの反応速度を持っていなかった。

 

「ぎゃあああっ!!」

 

「第4戦隊、シールド貫かれました!」

 

「被害多数!!」

 

「右舷被弾! ダメージコントロール急げ!」

 

奇襲を仕掛けたはずが、エルトリア側は完全に待ち構えられていた。

 

しかも、敵の砲撃精度と破壊力は、彼らが「未開の蛮族」と見下していたレベルを遥かに凌駕していたのである。

 

「馬鹿な……なぜ我々の出撃座標がピンポイントでバレている!? なぜ奴らが完全な迎撃態勢を敷いているのだ!!」

 

司令官が怒りと動揺で顔を真っ赤にしてコンソールを叩きつける。

 

(やっぱり……エルトリアの人たちを無力な羊だと思っていたのは、管理局の傲慢な思い込みだったんだ……!)

 

フェイトはコンソールに縋り付きながら、唇から血が滲むほどに奥歯を噛み締めた。

 

恩人を裏切り、自らの手を汚してまで強行した奇襲は、最も愚かな形で失敗に終わったのだ。

 

「怯むな!! 相手は辺境の寄せ集め艦隊だ! 数の上ではこちらが圧倒している! 全艦、魔導砲門を開け! 舐めた真似をした蛮族共に、管理局の力を見せつけてやれ!!」

 

怒り狂った司令官の号令により、被害を受けながらも陣形を立て直した管理局の前衛艦隊が反撃を開始する。

 

無数の魔導砲がエルトリア艦隊に向けて火を噴き、星の海は一瞬にして血で血を洗う苛烈な艦隊戦の舞台へと変貌した。

 

一方、前衛艦隊のデフコンアウト地点から少し離れた後方宙域。

 

エルトリア本星の地上制圧を目的とした空戦魔導師隊を乗せた巨大な輸送艦群と、それを護衛する重武装の次元航行艦で構成された『主力部隊』の艦橋では、前線とは対照的な空気が流れていた。

 

「司令、前衛艦隊が敵と接触。現在、交戦状態に入った模様です」

 

オペレーターの報告を受け、主力部隊を指揮する将官はコーヒーの入ったカップを片手に、鼻で笑った。

 

「ほう、未開の蛮族も一丁前に牙を剥くらしいな。だが、所詮は辺境の警備艦隊が必死の抵抗を試みているに過ぎん。奇襲には失敗したようだが、我々の前衛艦隊の火力をもってすれば、あのような小国の艦隊などすぐにチリとなる」

 

「いかがいたしますか? 我々も前衛の援護に回りますか?」

 

「不要だ。我々の任務はエルトリア本星への降下と占領、そして技術の接収だ。前衛の連中が露払いを終えるまで、ここで高見の見物と洒落込もうではないか」

 

主力部隊の将校たちは皆、前衛艦隊だけでエルトリアの防衛軍は壊滅できると疑っていなかった。

 

彼らにとって、この遠征は戦争ではなく、ただの「狩り」に過ぎないと思い込んでいたのだ。

 

しかし、彼らのその致命的な油断と慢心こそが、エルトリア側が待ち望んでいた隙であった。

 

ピーーーッ!! ピーーーッ!!

 

突如、主力部隊の旗艦ブリッジに、けたたましい警戒アラートが鳴り響いた。

 

「な、なんだ!? 何事だ!」

 

「レーダーに多数の熱源接近!! 上方および左右の死角から、猛スピードで本隊に接近してきます!!」

 

オペレーターの悲鳴に近い報告に、コーヒーを啜っていた将官はカップを取り落とした。

 

「熱源だと!? 敵の艦隊は前衛が抑えているはずだろう! 一体何が来ているというのだ!!」

 

メインモニターの映像が切り替わり、暗黒の宇宙空間を切り裂いて迫り来る無数の光の軌跡が映し出される。

 

それは、ミツバ艦隊とは別行動をとり、主力部隊の側面へと完全に回り込んでいたエルトリア軍の空母を中心とする機動部隊から発艦した、おびただしい数の艦載機部隊だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「て、敵の別動隊だと!?馬鹿な、なぜ後方に位置している我々の場所が正確にバレている!!」

 

「迎撃しろ!!」

 

「弾幕を張れ!!」

 

将校たちが慌てふためき、護衛艦艇がレーザーを乱射するが、完全に後手に回った迎撃では、エルトリアの熟練パイロットたちが操る高機動の艦載機群を止めることはできなかった。

 

「第一波、来ます!!」

 

艦載機の編隊が主力部隊の懐へと一気に潜り込み、一斉に大量の対艦ミサイルと魚雷を放つ。

 

「回避――っ!!」

 

絶叫がブリッジに響き渡ると同時に、無数の爆炎が主力部隊の艦列を次々と飲み込んでいった。

 

「右舷大破! 推進機関出力低下!」

 

「第3輸送艦、被弾! 護衛の第7戦隊も沈みます!!」

 

「ば、馬鹿な……我々は全次元を統べる時空管理局だぞ! 辺境の未開人ごときに、手も足も出ないというのか……っ!!」

 

傲慢な笑みを浮かべていた将官は、炎と警報が吹き荒れる艦橋で、ただ震えることしかできなかった。

 

奇襲を仕掛けたはずの管理局が、逆にエルトリアの緻密な戦術の前に分断され、圧倒的な暴力によって蹂躙されていく。

 

因果応報とも言える悲劇的な破滅へのメロディが、星の海に容赦なく鳴り響いていた。

 

突然、艦載機の奇襲攻撃を受けた管理局の後続艦隊であったが、彼らを狙っているのはエルトリアの艦載機部隊だけではなかった。

 

宇宙空間には複数の潜望鏡のようなモノが突出して、戦闘の状況を見ていた。

 

「味方、艦載機部隊。敵艦隊への奇襲攻撃成功。敵艦隊は大混乱に陥っています」

 

「よし、こちらも参戦するぞ、魚雷発射管一番から八番まで装填」

 

「魚雷発射管一番から八番まで装填‥‥」

 

「諸元入力開始」

 

「魚雷、発射準備完了」

 

「発射!!」

 

「発射!!」

 

異次元空間から管理局艦隊へ異次元に潜む狼たちが牙を向けようとしていた。

 

 

「至近より質量兵器らしき熱源接近!」

 

主力部隊の旗艦ブリッジに、オペレーターの悲鳴にも似た報告が木霊した。

 

「質量兵器だと!? どこから撃ってきた! レーダーには敵艦の姿など映っていないぞ!!」

 

将官が怒鳴り散らした直後、主力部隊の直近の宇宙空間が不自然に歪み、そこから巨大な質量を持った黒い弾頭群が唐突に姿を現した。

 

それは、通常空間ではなく次元の狭間に身を潜め、安全圏から一方的に獲物を狙い撃つエルトリアの次元潜航艦隊からの攻撃だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

エルトリアが秘密裏に配備していた、文字通り異次元の狼たちである。

 

「回避、間に合いません! 直撃しま――」

 

次の瞬間、音のない宇宙空間で、圧倒的な破壊の閃光が連鎖した。

 

「第5、第8護衛艦隊、轟沈! 輸送艦隊にも直撃多数!!」

 

「被害甚大! 推進器をやられました、本艦、コントロール不能!!」

 

頭上からは艦載機部隊による無慈悲なミサイルの雨。

 

そして、足元の異次元空間からは、どこから現れるか全く予測できない死の魚雷。

 

「なんだ?これは……?一体、どうなっている!? なぜ我々がこんな一方的な蹂躙を……っ!」

 

天地を塞がれた三次元的かつ変則的な奇襲攻撃の前に、圧倒的な物量を誇っていたはずの時空管理局の後続艦隊は、なす術もなく完全に大混乱へと陥り、次々と星の海に沈んでいった。

 

一方、ミツバ率いるエルトリア防衛艦隊と激しい砲撃戦を繰り広げている前衛艦隊でも、凄惨な事態が引き起こされようとしていた。

 

「……忌々しい。どいつもこいつも、たかが辺境の未開人ごときに手こずって!!」

 

前衛艦隊の一翼を担う大型次元航行艦の艦長席で、メアリー・スーは不快げに舌打ちをした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼女は、とある事情からミッドチルダ以外に住む異星人に対して物凄い憎悪を抱いている。

 

そのため、異星人を殺せるならばいかなる犠牲も厭わない狂信的なエリート将校であった。

 

メインモニターには、エルトリアの堅牢な防衛陣形を崩せず、逆に押し込まれつつある味方の艦列が映し出されている。

 

「これ以上、異星人共の好き勝手にはさせるな……ネオ・アルカンシェル発射準備。ターゲットは正面の敵艦隊密集宙域」

 

冷酷な声で下された命令に、ブリッジのクルーたちは一瞬、耳を疑った。

 

「か、艦長!? その射線上には、現在交戦中の我が軍の第3、第4戦隊が展開しています! 今撃てば、味方諸共吹き飛ばすことに――」

 

「それがどうしました?」

 

慌てて制止しようとした副官を、メアリーは氷のような視線で射抜いた。

 

「彼らは管理局の正義を示すための、尊い『礎』となるのです。未開の蛮族を浄化するためならば、その程度の犠牲は当然の対価……それに、あの程度の敵陣すら抜けない無能どもなど、生かしておいても無駄でしょう?」

 

「し、しかし……っ!」

 

「反逆罪で即刻処刑されたいのですか?……撃ちなさい」

 

有無を言わさぬメアリーの狂気に、オペレーターは震える指で発射シークエンスを起動した。

 

「……ネオ・アルカンシェル、出力最大。エネルギー充填完了……発射……っ!!」

 

メアリーの乗る艦の艦首から、極大の魔力光が奔流となって解き放たれた。

 

「なっ……!? 後方から高エネルギー反応!? なぜだ、あれは味方の――」

 

前線でエルトリア艦隊と死闘を繰り広げていた管理局の局員たちは、背後から迫り来る「正義の光」に絶望の声を上げる間もなかった。

 

凄まじい光の奔流は、前面に展開していたエルトリア艦隊の一部を容赦なく消し飛ばすと同時に、その射線上にいた味方であるはずの管理局の前衛艦艇をもチリ一つ残さず巻き込んで蒸発させた。

 

宇宙空間に、禍々しいまでの巨大な光の十字架が浮かび上がる。

 

「あ、ああ……なんということを……」

 

旗艦イゾルデのブリッジでその凶行を目の当たりにしたフェイトは、血の気を失った顔で愕然と呟いた。

 

味方を背後から撃ち抜き、それすらも「正義」と嘯く狂気。

 

自分たちが属している時空管理局という組織が、もはや取り返しのつかない絶対的な悪へと堕ちてしまったことを、その無慈悲な光は誰の目にも明らかに示していた。

 

圧倒的なエルトリアの防衛網による迎撃と、メアリーによる狂気じみた味方殺しの光芒。

 

悪夢のような光景が広がる旗艦イゾルデのブリッジに、さらなる絶望の報せが飛び込んできた。

 

「艦長! 後続の艦隊から緊急通信! 現在、エルトリア軍の艦載機部隊、および正体不明の攻撃を受け、艦隊は壊滅寸前とのことです!!」

 

「正体不明の攻撃!?一体どういう事!?」

 

「分かりません。至近距離にいきなり質量兵器が出現したみたいです!!」

 

悲鳴を上げるオペレーターの報告に、フェイトは血の気を失った。

 

前衛艦隊だけでなく、安全圏にいたはずの後続艦隊までもが、一方的な蹂躙を受けている。

 

奇襲は完全に失敗し、もはや「戦闘」と呼べる次元ですらなかった。

 

フェイトは即座に、同宙域を展開する前衛艦隊の総旗艦に座乗している司令官へと通信を繋いだ。

 

「司令官! もはや作戦の継続は不可能です! 後続の主力部隊も壊滅状態にあり、このままでは全滅を待つだけです。今すぐ全艦に撤退命令を!!」

 

メインモニターに映し出された司令官は、恐怖とプライドが入り混じった醜悪な顔で怒鳴り返してきた。

 

『馬鹿者!! 偉大なる時空管理局が、未開の蛮族相手に尻尾を巻いて逃げるなどあり得ん! 撤退は「敗北」と同義だ、断じて許可しない!』

 

「しかし、被害は甚大です! 指揮系統も乱れ、味方ごと砲撃を行う艦まで出ている状況で、これ以上の戦闘は無意味です!」

 

『黙れ、小娘が!我々管理局に敗北は許されん!!全艦に通達! 陣形など構わん、突撃しろ! 魔力切れなら体当たりしてでも蛮族の艦を沈めるのだ!!』

 

死に物狂いの命令は、もはや戦術の体をなしていない狂気の沙汰だった。

 

フェイトがさらなる説得を試みようと口を開きかけた、その時である。

 

「――熱源接近!! 司令官の乗る旗艦の直下です!!」

 

『なに!? ひぃぃっ、回避――』

 

モニター越しの司令官の絶叫は、最後まで続くことはなかった。

 

エルトリア側の艦隊から放たれた無数のミサイル群が旗艦に直撃した。

 

眩い閃光と共に、司令官の乗る次元航行艦は、星の海の藻屑となって一瞬で消滅した。

 

「司令官っ……!!」

 

「艦隊旗艦の轟沈を確認!!」

 

ザーッというノイズだけが響くモニターを前に、フェイトは唇を噛み締めた。

 

指揮官の突然の死。

 

そしてメアリーが引き起こした凄惨な味方殺し‥‥管理局の艦隊は完全に統率を失い、恐怖に駆られた各艦が勝手な方向に逃げ惑う烏合の衆と化していた。

 

(このままじゃ、誰も帰れない……!)

 

フェイトは決意を固め、通信士のミリアリアに向かって叫んだ。

 

「全チャンネル、オープン! 残存する全艦隊へ送信して!」

 

「は、はい」

 

ミリアリアがフェイトの指示通りに残存艦へ通信回線を開く。

 

フェイトは乱れる呼吸を整えてマイクに向かう。

 

「こちら、次元航行艦イゾルデ艦長、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン! 司令官の座乗艦は沈みました。これ以上の戦闘継続は不可能です。残存艦は、速やかにイゾルデに続け!!全艦、戦闘海域から撤退します!!」

 

毅然とした声が、混乱の極みにあった通信網に響き渡った。

 

一方、味方を巻き添えにしてネオ・アルカンシェルを放ち、悠然と構えていたメアリーが艦長を務める艦の艦橋にもフェイトの撤退命令が届いていた。

 

「はぁ?撤退?此処まで来て?それになんでアイツが命令を下しているのよ!?」

 

メアリーは不快げに眉をひそめ、冷たく吐き捨てた。

 

フェイトはメアリーよりも年上だが、フェイトは過去の事情から士官学校に入り直したため、二人は『士官学校の同期』という間柄だった。

 

年齢がフェイトの方が上とはいえ、あくまで同期に過ぎないフェイトが、さも自分たちの上官であるかのように全艦へ指示を出している事実が、エリート意識の強いメアリーにとっては我慢ならなかった。

 

「自分が英雄気取りとは、本当に目障りね」

 

「か、艦長……いかがいたしますか? エルトリア艦隊が迫っています! このままでは我が艦も……!」

 

オペレーターの悲鳴に、メアリーは舌打ちをした。

 

不満は山ほどあるが、ここで意地を張って撃沈されてしまえば元も子もない。

 

生き残らなければ、自分が「野蛮なエルトリアの艦を沈めた」という手柄を得ることも、管理局での地位を盤石にすることもできないのだ。

 

「……仕方ない。此処は従ってやる‥‥撤退準備」

 

「りょ、了解」

 

メアリーは渋々ながらも撤退の指示を出し、彼女の艦もまた無様な姿で次元空間への逃走を開始した。

 

イゾルデのブリッジで、撤退行動が慌ただしく進められる中。

 

副官席に座るチンクが、沈痛な面持ちでコンソールを睨みつけるフェイトに問いかけた。

 

「艦長、後続の艦隊への救援は、行わないのか?」

 

その問いに、フェイトの肩がビクッと震えた。

 

後方宙域では、今この瞬間も主力部隊がエルトリアの艦載機と次元潜航艦の蹂躙を受け、悲鳴を上げているはずだった。

 

「……できないわ」

 

フェイトは、悲痛な声で答えた。

 

「この状況でイゾルデを反転させて後方へ向かえば、今度は私たちの背後をエルトリア艦隊に突かれる……それに、前衛艦隊の数も既に半減している。助けに行ける余裕なんて、どこにもない」

 

ギュッと拳を握り締め、フェイトはモニターに映るエルトリア艦隊の姿を見つめた。

 

「後続艦隊も、甚大な被害を受けているなら……私たちと同じように、撤退行動に移るはず。そう信じるしかないわ」

 

それは、見捨てるという苦渋の決断への自分自身に対する言い訳だった。

 

誰よりも命を救いたいと願う彼女にとって、味方を見捨てて自分たちの安全を優先するという選択が、どれほど心を切り裂く行為か、チンクには痛いほど分かっていた。

 

「……分かった。今はただ、一隻でも多くミッドチルダへ帰還させることだけを考えよう」

 

チンクの言葉に無言で頷くと、フェイトは前を見据えた。

 

「イゾルデ、次元跳躍準備!!急いで!!」

 

恩人を裏切り、ただ傷跡と汚名だけを残して、かつて正義を誇った時空管理局の艦隊は、無数の犠牲者を星の海に置き去りにしたまま、逃げるように次元の狭間へと姿を消していくのだった。

 

 

次元跳躍で逃げ惑う時空管理局の前衛艦隊の背中をエルトリアの防衛艦隊は静かに見送っていた。

 

「敵残存艦隊、撤退行動を開始。本宙域からの完全な離脱を確認しました」

 

チーフオペレーターのリアンの報告が艦橋に響き渡る。

 

「追撃部隊を送りますか?」

 

別のオペレーターが緊迫した声で指示を仰ぐが、艦隊を指揮するミツバは静かに首を横に振った。

 

「いえ、追撃は無用よ。我々の目的はあくまで祖国エルトリアの防衛であり、無益な殺戮ではありません。逃げていく者の背中を撃ち落とすような真似は、我々の誇りが許さない」

 

毅然としたミツバの言葉にブリッジのクルーたちは深く頷いた。

 

そしてミツバは、メインモニターに映し出される、先ほどの激戦で大破し、宇宙空間を漂う無数の味方と管理局艦艇の残骸へと視線を向ける。

 

「それよりも撃沈された艦船の周辺に、多数の脱出ポッドや宙域を漂流している生存者がいるはずだ。全艦、直ちに警戒態勢を解き、『救助活動』に移行せよ。一人でも多くの命を救い出すのだ」

 

「了解! 全艦、救助活動に移行します!」

 

先ほどまで苛烈な砲火を交えていたエルトリア艦隊は、今度は味方と恩を仇で返した侵略者たちの命を救うため、迅速かつ献身的な救助活動を開始した。

 

勝利を得ようとするために味方ごと吹き飛ばすような狂気に染まった管理局とは対照的な、エルトリアの気高くも優しい意志がそこにはあった。

 

一方、極彩色の次元空間を逃走する次元航行艦イゾルデのブリッジ。

 

「……後方より、敵艦隊の追撃の兆候……ありません。完全に振り切りました」

 

チンクの報告を聞き、ブリッジを支配していた張り詰めた空気が、安堵と、それ以上の重苦しい沈黙へと変わった。

 

「追撃してこない……いえ、違うわ」

 

フェイトはコンソールに突っ伏すようにして、低い声で呟いた。

 

「エルトリアは、追ってこなかったんじゃない。見逃してくれたんだわ……。自分たちの星を土足で踏み荒らそうとした私たちを……」

 

圧倒的な戦力差‥もしエルトリアが本気で殲滅を望めば、次元空間に逃げ込む前に全滅させられていたはずだった。

 

にもかかわらず、彼らは深追いをしなかった。

 

その事実が、フェイトの胸を刃のように鋭くえぐった。

 

自分たち管理局が、どれほど独善的で傲慢な「悪」に成り下がってしまったのかを、突きつけられた気がしたのだ。

 

やがて、果てしなく長く感じられた次元潜行の末に、残存艦隊はミッドチルダの近海宙域へとデフコンアウトを果たした。

 

「ミッドチルダ近海へ到達……なんとか無事に帰還出来そうです……」

 

オペレーターの虚ろな声。

 

しかし、ブリッジに歓声は上がらない。

 

モニターに映し出された帰還艦隊の姿は、あまりにも無惨だった。

 

どの艦も装甲は焼け焦げ、激しい損傷から黒煙や火花を噴き上げている。

 

文字通り、満身創痍の幽霊船の群れのような有様だった。

 

「……チンク。集計は、出来た?」

 

フェイトは、自らの声が震えるのを抑えきれずに問いかけた。

 

彼女の問いに、データパッドを見つめていたチンクは、かつてないほどに沈痛な面持ちでゆっくりと顔を上げた。

 

「……ああ。先ほど、散り散りになって撤退した主力部隊の残存艦とも連絡がついた。……全艦隊の被害状況、および帰還数の集計が出た」

 

チンクは一度言葉を切り、苦しげに目を伏せた。

 

「出撃した『全遠征艦隊』の内……ミッドチルダへ帰還を果たせたのは……」

 

静まり返ったブリッジに、残酷な真実が宣告される。

 

「――『二割強』だ。残る八割弱の艦艇は、すべてエルトリア宙域、および次元空間にて喪失。部隊は事実上の……完全壊滅と言っていい」

 

「……っ!」

 

フェイトの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになるのを、必死にコンソールに縋り付いて耐えた。

 

二割強。

 

それは、軍事作戦において「敗北」などという生易しい言葉では済まされない、歴史的な大惨事であった。

 

管理局上層部の暴走と狂気が招いた、無数の命の無駄死に、恩人の星から技術を掠め取ろうとした代償は、あまりにも大きすぎた。

 

「‥‥」

 

誰の口からも言葉が出ない中、フェイトの悲痛な嗚咽だけが、傷ついたイゾルデのブリッジに虚しく響き渡る。

 

「エルトリアの保護」というまやかしの名を掲げた傲慢な遠征軍は、こうして出撃からわずか数日にして、管理局の歴史に永遠に刻まれるであろう『最悪の結末』を迎えたのであった。

 

 

リリー・マルレーン 艦橋

 

ミッドチルダ宙域へ這う這うの体で逃げ帰った時空管理局の敗残兵どもが、阿鼻叫喚の通信を上げている。

 

その無様なデータをホログラムモニターで眺めながら、シーマ・ガラハウは豪奢な艦長席で狂おしいほどの高笑いを響かせていた。

 

「あっはははは!聞いたかい?二割強、たったの二割強だよ! 次元世界の警察気取りでお高く止まっていた連中が、ご自慢の玩具を星の海のゴミにしちまってさぁ!」

 

「はっ。エルトリア防衛軍の待ち伏せもさることながら、前衛の次元航行艦が放った『ネオ・アルカンシェル』とやらの味方殺し……あれが決定打でしたな。自滅もいいところです」

 

副官の言葉に、シーマは弄んでいた扇子をピシャリと叩きつけ、その美しい顔を一時的に激しい不快感へと歪ませた。

 

「ふん……反吐が出るねぇ。正義だの秩序だのと抜かす組織に限って、追い詰められりゃ身内を後ろから平気で撃ち抜く。管理局はこの不始末をどうするんだろうね?まさか、戻って来た連中を英雄にでもして視線をそらせるのか、それとも前線の将兵たちに責任転嫁するのか‥‥」

 

シーマの脳裏に、かつて自分たちが管理局の都合のいい道具として使い捨てられ、汚れ仕事を押し付けられた過去の記憶がかすめていく。

 

「さて……と、後日談が気になる所だが、脳内おめでた老害どもの鼻をへし折る『エンターテインメント』は、今回はこれでおしまいさ。次は、本命の『お得意様』への事後報告といこうじゃないかい。回線を繋ぎな!」

 

「へい、エルトリア防衛艦隊総司令、ミツバ・グレイヴァレー閣下へ秘匿回線を開きます」

 

モニターにノイズが走り、エルトリア防衛艦隊の若き指揮官、ミツバ・グレイヴァレーの姿が映し出された。

 

その背景には、戦闘を終えてなお、救助活動のために慌ただしく動き回るエルトリアのオペレーターたちの姿が見える。

 

『シーマ女史‥‥貴女からの貴重な情報、正確無比だったわ。おかげで我が祖国は、傲慢な侵略者の魔の手から護られた。エルトリアを代表して、感謝致します』

 

画面の向こうで生真面目に敬礼を捧げるミツバに対し、シーマはふてぶてしい笑みを浮かべ、扇子で口元を隠しながら応じた。

 

「おやおや、お堅いねぇ~グレイヴァレー閣下。閣下ともあろう方がこのアタシに頭を下げるのかい?時空管理局から指名手配されている、あぶれ者の宇宙海賊(シーマ艦隊)の頭目にさ」

 

『私たちは、恩を仇で返す時空管理局の『正義』よりも、エルトリアの危機を教えてくれた貴女の『情報』を信じた。それだけよ‥貴女のおかげで、エルトリアを守ることが出来たのは事実なのだから、お礼を言うのは当然よ』

 

ミツバの毅然とした態度に、シーマはふん、と鼻を鳴らした。

 

「まっ、ビジネスは等価交換さね。アタシは管理局のクソ共のドタマをカチ割る娯楽を楽しみ、あんた方は祖国を護った……だがさ、画面の向こうが随分と騒がしいじゃないの。戦いは終わったんだ、さっさと引き揚げりゃいいものを」

 

シーマの鋭い視線が、エルトリア艦隊が漂流する脱出ポッドを次々と回収している様子を捉える。

 

『……現在、我が艦隊は漂流する味方と管理局の兵士たちの救助活動を行っているわ。彼らもまた、狂った上層部に操られた被害者よ。このまま星の海で犬死にさせるわけにはいかない』

 

「あっはは! 呆れたねぇ! 味方の兵士は兎も角、自分の家を焼き払おうとした強盗連中を火が消えたからって手当してやるのかい? 相変わらずお人好しが過ぎるよ、エルトリアの連中は」

 

シーマは嘲笑混じりに吐き捨てたが、その瞳の奥には、どこかエルトリアの「甘さ」に対する、奇妙な羨望と安堵の色が混じり合っていた。

 

裏切りと見捨てられの歴史を生きてきた彼女にとって、エルトリアの持つ「絶対的な一線(誇り)」は、眩しすぎるほどに気高いものだった。

 

「まっ、いいさね。あんたらの綺麗事に付き合う気はないよ。それより、アタシへの『お駄賃』の準備はバッチリだろうねぇ?」

 

『ええ。約束通り、エルトリア最新の資源精製技術のデータと艦隊の補給物資は指定の座標へ送っておいたわ。確認して』

 

「よしきた! 毎度あり、だ。これでアタシたちもしばらくは美味い酒がたらふく飲めるって戦果さね」

 

シーマは満足げに笑い、席から立ち上がった。

 

これで管理局の戦力は大幅に削がれ、シーマ艦隊を追撃する余裕もしばらくはなくなるはずだ。

 

「それじゃあね、グレイヴァレー閣下。管理局は今回の件で完全にガタが来ている。当分は再遠征なんてバカな事はしないだろうさ」

 

『警告、感謝するわ……貴女も、どうか息災で、星の海の雌狐さん』

 

「へっ、大きなお世話さ!」

 

パチン、と扇子を鳴らすと同時に、通信は切断された。

 

元の静寂に戻ったリリー・マルレーンの艦橋で、シーマは宇宙の闇を見つめながら、不敵な笑みを浮かべて命令を下す。

 

「さぁて野郎ども! 稼ぐもんは稼いだ、管理局の老害どものツラに泥も塗った! これ以上この宙域に居座って、管理局の敗残兵の呪い呪詛を聴く趣味はないからねぇ。次の獲物を探しにいくよ!」

 

「「「「アイ・アイ・サー、シーマ様!!」」」」

 

荒くれ者たちの歓声と共に、黒き幻の次元航行艦は、エルトリアの星々を背に、闇の彼方へと悠然と姿を消していくのだった。

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

  • 付き合っちゃえ
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