星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百九十話 配置転換処分&宇宙列車一号機完成

 

 

交わるはずのなかった二つの宇宙で、運命の歯車は無慈悲に回り始めた。

 

ディンギル帝国との戦いによるトラウマから過剰な防衛本能と狂気に囚われた時空管理局は、あろうことか自らの恩人である永世中立星間国家・エルトリアに対し、「保護」という名の侵略艦隊を差し向ける。

 

組織の暴走を止めるべく奔走した高町なのはと八神はやての願いも虚しく、最悪の遠征作戦は決行されてしまった。

 

しかし、その傲慢な野望は、時空管理局に対して恨みを持つ宇宙海賊シーマ・ガラハウの暗躍によって完膚なきまでに打ち砕かれる。

 

シーマからの情報提供により事態を完全に把握していたエルトリア防衛軍は、ミツバ・グレイヴァレー司令の指揮のもと、次元潜航艦や機動部隊を用いた完璧な迎撃態勢を構築。

 

一方、シーマの手で通信網をハッキングされ孤立無援となった管理局艦隊は、エルトリアの苛烈な反撃の前に大混乱へと陥っていく。

 

さらに、狂信的なエリート将校メアリー・スーが味方を背後から魔導砲で撃ち抜くという狂気の凶行に走ったことで、艦隊の指揮系統は完全に崩壊。

エルトリア側が漂流する敵兵の救助活動という気高さを見せる一方で、管理局の遠征艦隊に参加した残存艦は、出撃数のわずか「二割強」しか生き残れないという歴史的な大惨敗を喫し、汚名と深い絶望を抱えたままミッドチルダへと敗走するしかなかった。

 

時を同じくして、次元を隔てた地球では、平和と希望の象徴たる「地球産宇宙列車・第一号」がいよいよ完成の時を迎えようとしていた。

 

狂気と敗北に塗れた時空管理局、気高く祖国を護り抜いたエルトリア、そして新たな希望を紡ぐ地球。

 

血塗られた星の海で交錯するそれぞれの想いは、やがて来る未知なる邂逅に向けて、次なる波乱の幕を開けようとしている――。

 

ミッドチルダへの惨めな敗走を続ける次元航行艦の個室で、メアリー・スーは一人、高級な紅茶の香りを漂わせながらコンソールに向かっていた。

 

彼女の顔に、味方を背後から消し飛ばした罪悪感や、同胞を多数失った悲壮感など微塵もない。

 

あるのは、自らの保身と、目障りな「同期」を蹴落としてでも出世をしてやるとする醜い野心とそれを実行するための冷酷な計算だけだった。

 

「ふふっ……無能な司令官が死んでくれたおかげで、報告書はどうとでも書けますね。さて、頭の固い本局の『お偉いさん』たちに、どう真実(フェイク)を仕立てて差し上げましょうか?」

 

優雅にキーボードを叩き、メアリーは時空管理局本局の査問委員会へ直通する、最高機密の暗号通信を作成し始めた。

 

画面に打ち出されていくのは、己の凶行を正当化し、すべての罪をエルトリアとフェイトに擦り付ける、息を吐くように綴られた「虚偽の報告書」である。

 

 

■ 司令官の戦死および、第3・第4戦隊喪失の「真実」について

交戦中、前衛艦隊司令官の座乗艦は、敵の次元潜航兵器による予測不能な奇襲を受け、名誉ある戦死を遂げられました。

さらに、前線で奮戦していた第3、第4戦隊の艦艇群は、敵の特殊な重力場兵器によって捕獲され、「我が軍の残存艦隊を巻き込んで自爆させるための生きた質量爆弾」として利用されるという、悪逆非道な罠に掛けられました。

 

私は残存する前衛艦隊の全滅を防ぐため、血の涙を流す覚悟で主砲『ネオ・アルカンシェル』を起動。敵の重力場ごと第3・第4戦隊を消滅させるという苦渋の決断を下しました。

これは艦隊の全滅を防ぐための、やむを得ない緊急避難的措置であり、撃沈された味方艦艇の将兵たちも、管理局の正義のための尊い犠牲として納得してくれていると確信しております。

 

■ 次元航行艦イゾルデ艦長、フェイト・T・ハラオウンの「利敵行為」について

本報告書における最も重大な懸案事項です。

イゾルデ艦長フェイト・T・ハラオウンは、司令官戦死後の指揮系統の混乱に乗じ、不当に全艦への指揮権を主張。あろうことか、後続の主力部隊が敵の強襲を受け救援を求めていたにも関わらず、これを見捨てて敵前逃亡(撤退)を命じました。

 

私、メアリー・スーは徹底抗戦と後続部隊の救援を強く具申しましたが、彼女はこれを無視。イゾルデを強引に反転させ、戦線を崩壊させました。

彼女のこの臆病かつ身勝手な命令違反こそが、主力部隊を完全壊滅へと追いやった直接的な原因であり、到底看過できるものではありません。異星人に対する同情から意図的に作戦を妨害した、「反逆罪」に等しい利敵行為であると断じざるを得ません。

 

■ 結論および上申

エルトリアはもはや保護すべき対象ではなく、全次元の脅威たる「絶対悪」のテロ国家です。

本局におかれましては、早急に本遠征艦隊の数倍の規模を誇る『殲滅部隊』を再編成し、エルトリア本星を焦土と化すことを強く上申いたします。

 

時空管理局の偉大なる正義が、未開の蛮族と裏切り者によって汚されることのないよう、適切な処断を切に願う次第です。

 

 

「……ふふっ、完璧ですね。これで私は『苦渋の決断で艦隊を救った悲劇の英雄』、フェイトは『味方を見捨てて逃げた卑怯な裏切り者』ね」

 

送信ボタンを軽やかに押し、虚偽の報告書をミッドチルダへと放つメアリー。

 

帰還すれば、敗戦の責任を問う嵐が吹き荒れることは明白。

 

だが、先にこの報告を上層部の「お偉いさん」たちの手元に届けておけば、保身に走りたい彼らは喜んでフェイトをスケープゴートにするだろう。

 

味方を背後から撃ち殺した事実すらも、手柄と忠誠心の証明に書き換えてみせた彼女は、暗い宇宙の彼方を見つめながら、狂気に満ちた歪な笑みを浮かべていた。

 

 

ミッドチルダ クラナガン 時空管理局仮庁舎 会議室

 

「ば、馬鹿な……ッ! 帰還した艦艇は、たったのこれだけだと言うのか!?」

 

「出撃した遠征艦隊の八割弱が未帰還だと!? 冗談ではない、我が軍の主力部隊が、あのような辺境の星一つに壊滅させられたと言うのかッ!!」

 

戦闘宙域から命からがら逃げ延び、ミッドチルダの宙域へと這いずり戻ってきた残存艦隊の惨状をモニター越しに目の当たりにした管理局上層部の将官たちは、顔面を蒼白にさせて絶叫した。

 

装甲はボロボロに剥がれ落ち、黒煙を吹きながら辛うじて浮いているだけの幽霊船の群れ‥‥

 

それが、彼らが「未開の蛮族」と見下し、意気揚々と「保護」の名目で送り出した艦隊の末路であった。

 

さらに、彼らの絶望に追い打ちをかけるように、メアリー・スーからの『報告書』が彼らの元へと届く。

 

そこに記されていた「敵の未知なる質量兵器」「次元潜航艦による奇襲」、そして「主力部隊の壊滅」という事実は、嫌でも上層部に『完全なる敗北』を突きつけるものであった。

 

「おのれ……ッ! これでは、我々の立場が危うい!」

 

「ディンギル戦の傷も癒えぬ内に、これほどの艦船と魔導師を失ったとなれば、徴兵をした他の管理世界の評議会や市民が黙っていないぞ! 誰がこの責任を取るのだ!?」

 

将官たちの間に、醜い責任の押し付け合いの空気が蔓延する。

 

今回の遠征を強行したのは間違いなく彼ら自身である。

 

だが、保身に塗れた彼らの頭脳は、即座に「自分たちが責任を逃れるための生贄」を探し始めた。

 

「……前線の無能な指揮官どもだ。前衛艦隊司令も、主力部隊の将校たちも全員戦死したのだろう? ならば、作戦の失敗はすべて『彼らの無能と判断ミス』によるものとすればいい」

 

「そ、そうだ。その通りだ。『死人に口なし』だ。彼らが敵の力量を見誤り、勝手に突撃して自滅したのだ……」

 

こうして、歴史的な大敗北の責任は、すべて前線で命を散らした将校たちへと転嫁されることが決定した。

 

しかし、生き延びた者に対しても信賞必罰をせねば世間に申し訳ない。

 

ミッドチルダに帰還したフェイトたち艦長クラスの士官はそのまま仮庁舎への出頭が命じられ、命からがらの逃避行を終え疲労困憊の状態で仮庁舎へと向かう。

 

そこで、士官たちは今回の遠征失敗についての査問を受けることなった。

 

しかしその中で、ただ一人、メアリー・スーだけは例外だった。

 

彼女が提出した「味方を救うために苦渋の決断でネオ・アルカンシェルを放ち、敵艦隊を複数撃沈した」という虚偽の報告は、敗戦の泥に塗れた上層部にとって、唯一の「見栄えの良い戦果」として扱われた。

 

「スー艦長は本日付けで昇進だ。君の果断な行動がなければ、我が軍は全滅していただろう。よくやってくれた」

 

「流石は亡きスー大将の御令嬢だ」

 

「これからも管理局のため、次元世界のために力を尽くしてくれ」

 

「はっ。もったいなきお言葉。すべては偉大なる時空管理局の正義のためです」

 

査問会の席で、恭しく頭を下げるメアリーの口元には、誰にも見えない邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

味方を背後から撃ち殺した大罪人が処分を免れるどころか昇級を果たすという、組織の腐敗を象徴するような光景であった。

 

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン艦長、君の処分を申し渡す」

 

別の薄暗い査問会の部屋で、長机に並ぶ将官たちがフェイトを冷ややかに見下ろしていた。

 

「そもそも、君が次元遭難をしてエルトリアを発見しなければ、こんな事にはならなかったのだ。」

 

上層部の一人が、忌々しげに吐き捨てる。

 

その理不尽な言葉に、フェイトは制服の白ズボンを強く握り締めた。

 

恩人であるエルトリアを裏切る計画を立てたのは彼らであるのに、すべての発端をフェイトの遭難のせいにするなど、到底納得できるものではなかった。

 

「本来ならば、利敵行為として裁判にかけるところだが……今回の敗戦は、宇宙海賊シーマ・ガラハウの通信網ハッキングという不測の事態が大きな原因と結論づけられた」

 

将官は咳払いをして、手元の書類に目を落とす。

 

「よって、君には配置転換処分、および半年間の減俸を命じる。……以上だ。下がってよし」

 

フェイトは顔を上げた。

 

極刑や刑務所への投獄を覚悟していた彼女にとって、それはあまりにも軽すぎる処分だった。

 

理由は明白だった。

 

今回の遠征失敗により、管理局は致命的なまでに艦船と人材を失っている。

 

戦力不足が深刻化する中、Sランク級の空戦魔導師であるフェイトを重罪で投獄し、戦力をさらに削ぐような余裕は、今の彼らには残されていなかったのだ。

 

何より、厳しすぎる処分を下してフェイトに退職されてしまっては、管理局としては大きな損失となる。

 

だからこそ、責任の大半を死んだ将校たちに被せ、フェイトには「飼い殺し」程度の罰しか与えられなかったのである。

 

査問室を出たフェイトを、廊下で待っていたなのはとはやてが迎え入れた。

 

「フェイトちゃん……!よかった、無茶苦茶な処分じゃなくて……っ」

 

「ほんまやで……これで務所送りやったらウチら、力ずくで庁舎を制圧してでもフェイトを奪還するつもりやったからな」

 

安堵の息を漏らす二人。

 

だが、その表情は決して晴れやかなものではない。

 

「……でも、死んだ人たちに全部責任を押し付けて、味方殺しをした人を昇進させるなんて、今の管理局は、もう私たちが信じていた組織じゃない……」

 

なのはが悔しそうに唇を噛むと、はやても冷たい怒りを瞳に宿して頷いた。

 

「ああ。上層部の腐敗っぷりは、もはや末期や。私らの嫌悪感も限界突破しとる」

 

二人の言葉を聞きながら、フェイトの胸の中で、これまで張り詰めていた「管理局の魔導師としての誇り」という糸が、プツリと切れる音がした。

 

(私を、ただの便利な兵器として飼い殺しにするつもりなんだ……)

 

例え重い処分ではなかったとしても、これほどまでに腐りきった組織に、身を捧げる意味などどこにあるというのか?

 

エルトリアを裏切り、大勢の部下を見捨て、味方を背後から撃つ悪魔の巣窟。

 

「……私、辞表を出してくる」

 

「えっ?」

 

「フェイトちゃん!?」

 

フェイトの静かだが決意に満ちた声に、なのはとはやては息を呑んだ。

 

フェイトは踵を返し、足早に上層部の執務室へと向かう。

 

もう迷いはなかった。こんな場所に、これ以上の未練はない。

 

「失礼します!先ほどの処分の件ですが――私は、時空管理局を退職します!」

 

執務室のドアを叩き開け、将官たちのデスクに自身のIDカードと辞表を叩きつけたフェイト。

 

だが、その決死の覚悟を見た将官たちは、慌てるどころか、薄ら笑いを浮かべて葉巻を燻らせた。

 

「退職だと?それは困るな、ハラオウン艦長。君にはまだまだ、我々のために働いてもらわねばならないのだから」

 

「これ以上、貴方たちの歪んだ正義に加担するつもりはありません!」

 

声を荒らげるフェイトに対し、一人の将官が引き出しから一枚の写真を取り出し、デスクの上に滑らせた。

 

そこに写っていたのは、管理局の特別医療施設で生命維持装置に繋がれ、眠り続ける義母・リンディ・ハラオウンの痛ましい姿だった。

 

「……っ!!」

 

フェイトの息が止まる。

 

「先のディンギルとの戦いで心身を破壊され、廃人となってしまった前総合統括。彼女の命を繋ぎ止めている最先端の魔導医療設備は、莫大な費用がかかる……現在、その費用は管理局の『特別功労枠』として我々、管理局が全額負担しているわけだが‥‥」

 

将官は嫌悪感を催すようなねっとりとした声で、フェイトの耳元に悪魔の囁きを落とした。

 

「もし君が管理局を去るというのなら、当然その『特別枠』は解除される……あの設備なしで、今の彼女がいつまで生きられるかな?」

 

「あ、貴方たちは……ッ!義母さんを人質に取るっていうのですか……!?」

 

フェイトの瞳から、屈辱と絶望の涙が溢れ出した。

 

怒りで全身が震え、今すぐ目の前の男たちを魔法で吹き飛ばしてしまいたい衝動に駆られる。

 

だが、できない。

 

彼らに逆らえば、大切な家族の命が消えてしまう。

 

正義を司るはずの組織が、身内の弱みを握り、脅迫によって忠誠を強いる。

 

それが、今の時空管理局の正体だった。

 

「……わかりました……辞表は、撤回……します……」

 

血が滲むほど唇を噛み締め、フェイトはデスクの上のIDカードを震える手で拾い上げた。

 

将官たちは満足そうに頷き、新たな辞令を彼女へと突きつける。

 

「よろしい。では、配置転換の命令書だ。君には、次元航行艦イゾルデの艦長職を解き、次元警邏艦オベロンの艦長を命じる。せいぜい、辺境のパトロールで管理局の正義と次元世界の平和に貢献したまえ」

 

最新鋭のイゾルデから、小型警邏艦への左遷。

 

フェイトは感情を殺し、ただ静かに一礼して執務室を後にするしかなかった。

 

 

数日後、ミッドチルダの第7ドック‥‥

 

そこに停泊していたのは、イゾルデとは比べるべくもない、武装も装甲も貧弱な小型の次元警邏艦オベロンだった。

 

 

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(ここが、私の新しい居場所……)

 

小さな船体を前に、フェイトは重い溜息をついた。

 

心は折れ、組織への絶望と義母を人質を取られた無力感で胸が押し潰されそうだった。

 

重い足取りでタラップを登ろうとした、その時。

 

「――おーい! 艦長さぁん!」

 

背後から聞こえた聞き馴染みのある声にフェイトはハッと振り返った。

 

「チンク……!? コウラン、レイセン、ミリアリアまで……!?」

 

そこには、大きなダッフルバッグを肩に担いだチンクを先頭にイゾルデで共に死線を潜り抜けたブリッジクルーたちの姿があった。

 

「どうして、みんなここに……?あなたたちは、別の艦に配属されたんじゃあ……」

 

驚くフェイトに対し、コウランがニシシと笑いながらメガネを押し上げる。

 

「あんなヘドが出るような上層部の下で働くくらいなら、オンボロ船でも艦長はんの下で働く方が百倍マシやで! みんなで配置転換の希望を出して、強引に押し通してきたんですわ」

 

「イゾルデの時から、私たちの命はフェイト艦長に預けてありますから」

 

レイセンが静かに微笑みながら頷き、ミリアリアも「また通信士として使ってくださいね!」と元気よく敬礼してみせた。

 

「みんな……っ」

 

「腐ったお偉いさんに飼い殺されるつもりなんてないだろう?艦長」

 

チンクが優しくフェイトの肩を叩く。

 

「組織がどうなろうと、私たちは私たちの正義を貫く。エルトリアで見逃されたこの命……無駄にするわけにはいかないからな。一緒にいこう、どこまでも」

 

フェイトの瞳から、今度は温かい涙が溢れ出した。

 

管理局という組織は腐りきってしまったかもしれない。

 

けれど、自分の周りにはまだ、こうして信じ合える大切な仲間たちが残っている。

 

「……うん。ありがとう、みんな」

 

涙を拭い、フェイトは艦長としての凛とした表情を取り戻した。

 

理不尽な呪縛に囚われながらも、彼女たちの心の光が消えることはない。

 

小さき警邏艦オベロンを舞台に、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと仲間たちの、真の正義を取り戻すための新たな戦いが、静かに幕を開けようとしていた。

 

 

絶望と狂気に沈みゆく時空管理局とは対照的に、次元を隔てた地球では、眩いほどの希望の光が今まさに産声を上げようとしていた。

 

無数のアーク溶接の閃光とけたたましくも活気に満ちた重機の駆動音が響き渡るメガロポリス宇宙工廠。

 

その最深部である第三ドックの巨大なゲートが開かれると、晴天の空を背景にして、一つの「奇跡」がその全貌を現した。

 

漆黒の流線型装甲に包まれた巨大な機関車。

 

 

【挿絵表示】

 

 

往年の名機であるヴィンテージの蒸気機関車が放っていた重厚な機能美と最新鋭の宇宙艦艇が持つ複雑なメカニズムが見事に融合した設計である。

 

側面には巨大な動輪が力強く配置され、その奥では星間航行を可能にする未知の機関が、まるで巨大な心臓のように静かな鼓動を打っている。

 

兵器ではなく、心と心を繋ぐ平和の象徴。地球と惑星ディスティニーとの恒久平和同盟の証として建造された、「地球産の宇宙列車・第一号」である。

 

今日はその完成セレモニーと試運転が行われる日であった。

 

ドックの前に設けられた特設ステージでは、無数のカメラのフラッシュが瞬き、マスコミによる大々的な完成披露の記者会見が行われていた。

 

「真田志郎さん!惑星国家ディスティニーとの平和同盟が決定されたとは言え、外宇宙にはまだまだ未知の脅威が溢れています。主砲はおろか、自衛用のレーザー砲一門すら搭載されていない丸腰の車体など、ただの動く標的ではないかという声もありますが!?設計者としてその点はどうお考えですか!?コメントをお願いします!!」

 

記者の一人が鋭い口調でマイクを向ける。

 

その隣では、同席していた政府の高官たちも、完成の喜びよりも拭いきれない不安と不満を顔に張り付け、苦虫を噛み潰したように頷いていた。

 

彼らにとって、この列車が「政府専用列車」という役割を持ちながら未だに非武装であることは、到底納得できるものではなかったのだ。

 

「万が一敵対的勢力に襲撃されたらいかがなさるおつもりですか!?」

 

「この列車は政府専用列車になる予定だと聞きます!!乗客の命をどうやって護るおつもりですか!?」

 

記者たちからの質問に対し、真田志郎は表情一つ変えずにマイクを引き寄せた。

 

「我々はこれまで、生き残るために多くの兵器を造り、血を流してきました。ですが、この宇宙列車は『平和の象徴』です。同盟国へ向かう使者に銃を持たせることが、果たして真の対話と言えるでしょうか?」

 

「理想だけで命は護れないのではありませんか!?」

 

「護り抜きますよ。この私の名にかけて」

 

真田は手元のコンソールを操作し、背後の巨大スクリーンに列車の設計図面上に展開される巨大な防壁のホログラムを表示させた。

 

「本機に搭載されているのは、兵器に回すはずだった全エネルギーを転用した『対エネルギー・無限電磁バリア』‥質量兵器、光学兵器、次元歪曲兵器……あらゆる外部からの攻撃を完全に相殺し、弾き返す究極の盾です。さらに、万が一の事態に備えた独立空間跳躍機能による脱出システムも完備しています」

 

真田はカメラの向こうの全ての人々、そして顔をしかめる高官たちを真っ直ぐに見据え、一切の妥協を許さない技術者の誇りを込めて言い放った。

 

「『敵を破壊して命を護る』のではなく、『いかなる暴力からも命を護り抜く』。これこそが、我々が導き出したフェイルセーフの叡智です。この列車は、絶対に誰も殺さないし、誰一人として死なせはしません」

 

真田の理詰めの気迫と、絶対の自信に満ちた言葉に、記者たちは息を呑み、高官たちはぐぅの音も出ず沈黙するしかなかった。

 

会見が無事に終わり、ドックの中央に鎮座する宇宙列車の前へ戻ってきた真田の傍らで、共同開発者である良馬が、漆黒の車体を見上げながら深い感慨と共に息を吐いた。

 

「美しいな……我々の手で、宇宙を走る『列車』を完成させる日が来るなんてな」

 

「ええ。宇宙戦艦でもなく、戦闘機でもない。誰かの命を奪うための銃座をすべて取り払い、ただ純粋に『人を乗せて星の海を走り、未来を運ぶ』‥そのための新たな交通手段です」

 

真田が静かに頷いたその時、「遅れてすみません!」と駆け寄ってくる足音が響いた。古代進だった。

 

「古代、お前も試乗の準備ができたようだな」

 

「ええ! この平和の象徴の初陣……いや、初運行に立ち会えるなんて光栄ですよ。それに、真田さんたちが造り上げた『誰も傷つけない船』に乗れるんですから」

 

古代は目を輝かせ、優しく車体に触れた。

 

かつて絶望的な戦場をくぐり抜け、多くの命が失われるのを見てきた彼にとって、この非武装の列車は、どれほど待ち望んだ平和の形であっただろうか?

 

その横顔には、戦士としての緊張ではなく、未来への希望が溢れていた。

 

政府高官、抽選で選ばれたマスコミ関係者たちは次々と客車へと乗車を開始する。

 

「……そろそろ時間ですね、真田さん、古代くん。我々も乗り込みましょう」

 

月村が時計を見やり、穏やかな笑顔で促した。

 

「ああ。行こう」

 

三人が列車のメインブリッジ(機関室)へと足を踏み入れると、操縦席のコンソールに向かっていた男が振り返り、ニッと頼もしい笑みを浮かべた。

 

ヤマトの航海長であり、今回の試験運行の操縦を任された島大介である。

 

「よう、お待ちかねだぜ。計器類のチェックは済んでいる」

 

かつて宇宙戦艦の操舵桿を握り、数々の危機から仲間を救ってきた島の手が、今は平和な列車のスロットルを握っている。

 

その事実が、真田たちの胸を熱くさせた。

 

「――各部ジェネレーター、正常に稼働。次元波動ボイラーの圧力、規定値に到達。生命維持フェイルセーフ、第12段階までオールグリーン」

 

真田がメインコンソールでデータパッドを叩きながら、冷静な、しかしどこか誇らしげな声で最終確認の数値を読み上げた。

 

「機関良好。いつでもいけます」

 

島がスロットルに手を添え、前方を見据える。

 

「頼むぞ、島」

 

古代が背後から力強く声をかけると、島は親指を立てて応えた。

 

「任せとけ。俺の操縦で、星の海を最高に快適にドライブさせてやるさ」

 

真田がメインコンソールの「起動」スイッチを押し込む。

 

「島、ボイラーに火を入れろ!」

 

「了解! 波動ボイラー、点火!」

 

瞬間、漆黒の宇宙列車が、まるで長い眠りから目を覚ますように低い駆動音を響かせた。

 

車体の各所に走るエネルギーラインが、希望を象徴するような温かな黄金色に発光し、巨大な動輪が力強く蒸気(タキオン粒子)を吹き出しながら、ゆっくりと回転を始める。

 

『ポーォォォォォォォォォォッ!!』

 

そして、工廠のドックから、無限の星の海へ向けて――。

 

大気を震わせ、次元の波を越えて響き渡るような、力強くも美しい「汽笛」の音が鳴り響いた。

 

「出発進行……!」

 

島が高らかに叫び、スロットルを押し込む。

 

「銀河鉄道‥‥星と星を繋ぐ、希望のレールの上を走れ……!」

 

真田が万感の思いを込めて呟いた。

 

真田、良馬、古代、島、そして地上で見守る無数の技術者たちやマスコミのカメラの先で、漆黒の宇宙列車はカタパルトレールの上を走り、やがて眩い光の軌跡を引きながら、地球の重力を振り切って漆黒の宇宙へと力強く飛び立っていった。

 

 

黒の宇宙列車が地球を旅立ってから数日後‥‥

 

地球初の宇宙列車の試験走行は、月軌道を抜け、火星、木星、そして土星の環を巡って再び地球へ帰還するという、壮大な「太陽系一周ルート」で設定されていた。

 

客車内の展望ラウンジでは、流れていく星々の海を窓越しに眺めながら、古代が深く息をついていた。

 

「信じられないな……こんなに静かで、揺れ一つないなんて。かつてイスカンダルへ向かった時の、あの張り詰めた航海とはまるで別世界だ」

 

「ああ。まるで地球の高級ホテルがそのまま宇宙を飛んでいるようだ。客車の居住性も申し分ない」

 

古代の向かいの席でコーヒーを傾けながら、良馬が微笑む。

 

機関室から休憩にやってきた島も、満足げに頷いた。

 

「操縦性も抜群だよ。タキオン粒子の推力コントロールも滑らかだし、何より『イージス』のおかげでスペースデブリの衝突を気にする必要すらない。こいつは最高の船……いや、最高の『列車』だぜ」

 

試験走行は完璧だった。

 

島による緻密な運行データ、古代たち試乗者からの客室設備に対する意見、そして何より未知の機関と絶対防衛フィールドの稼働実績。

 

これらすべてがリアルタイムで収集され、今後の地球産宇宙列車の基礎データとして蓄積されていく。

 

「この結果なら、文句なしに量産化へゴーサインが出るはずだ。俺たちたちの手で、誰もが安全に星々を行き来できる時代がいずれ来る……」

 

真田は手元のデータパッドを見つめながら、静かに、しかし確かな手応えを感じていた。

 

だが――地球へ帰還した彼らを待っていたのは、政治という名の冷酷な現実だった。

 

数ヶ月後、科学技術局の長官室。

 

地球では宇宙列車第一号の成功を機に宇宙列車の建造が正式に決まった。

 

そして二号車両の建造について政府からある要請が来た。

 

「……二号車両は、『武装化された軍用列車』として建造する。これは政府の決定事項だ」

 

呼び出された真田と良馬に対し、政府高官は冷酷にそう告げた。

 

「馬鹿なっ!? 我々は星を繋ぐ平和の象徴として宇宙列車を設計したのです!!それを今更、わざわざ兵器に逆戻りさせる必要がどこにあると言うのです!?」

 

真田が珍しく声を荒げた。

 

「一号車の防衛システムが優秀であることは認める。だが、それはあくまで『盾』に過ぎん。もし未知の航路で敵対勢力による執拗な追撃を受けた場合、反撃手段を持たない丸腰の車両では、最終的に護衛艦隊の足手まといになる。政府としては、強行突破が可能なで、前線への物資・人員輸送が可能な『戦闘列車』が必要なのだ」

 

「だからと言って、宇宙列車の概念を――」

 

「真田技師長。これは要請ではない、決定だ。そもそも月村艦長が行った惑星ディスティニーでも武装を施した宇宙列車が存在していたではないか」

 

「‥‥」

 

SDFの戦闘車両の存在を指摘されては流石の真田も反論できない。

 

「そして、君にはその二号車両の主任設計を任せたい。君の頭脳が必要なのだ」

 

高官の言葉に、真田は固く拳を握りしめた。

 

彼の脳裏に、あの日、工廠から飛び立った一号車の美しい黄金色の光と、平和を喜ぶ人々の顔がよぎる。

 

命を奪うための技術ではなく、命を護り、繋ぐための技術。それが彼がたどり着いた答えだった。

 

「……お断りします」

 

「なんだと?」

 

「私の技術は、もう誰も殺すためには使いません。私は今後、民間向けの非武装車両の設計のみを専門とします。軍用列車の設計には、一切関与いたしません」

 

一切の迷いがない、断固たる拒絶。

 

凍りつくような沈黙の中、傍らに立っていた良馬が一歩前に出た。

 

「……真田さんが降りるなら、二号車の兵器アドバイザーの件、自分が引き受けましょう」

 

「月村‥‥お前‥‥」

 

驚きに目を見開く真田に対し、良馬は静かに首を振った。

 

「真田さん。あなたの理想は美しい。そして、絶対に守り抜かなければならないものです。だからこそ、あなたが手を汚す必要はない。ですが、政府の要請をすべて蹴れば、銀河鉄道の開設、宇宙列車建造計画そのものが凍結されかねない。現実の脅威への備えは、誰かがやらなければならないんです」

 

良馬の目には、共同開発者としての真田への深い敬意と、友の理想を守るために自ら泥を被る覚悟が宿っていた。

 

「軍事の専門家である月村艦長の協力が得られるなら、良かろう」

 

高官は満足げに頷いた。

 

数週間後、新設された第二設計局。

 

巨大なホログラムモニターの前には、良馬と並ぶ二人の技術者の姿があった。

 

「……まさか、あなたと組むことになるとはね、アルバート技師長」

 

科学技術局の腕利きである新見が、眼鏡の奥の理知的な瞳を細めながら設計図を見上げた。

 

「ふん、お局様に言われたくないが、この俺の腕が必要だと言うのであるならば、最高の『走る要塞』を組み上げる所存だ」

 

「ちょっと、誰がお局様よ!?」

 

若いながらも自信たっぷりで宣言するアルバートに対して新見はムキになって言い返す。

 

「まぁ、まぁ、二人とも‥‥今は言い合いよりも設計を優先しようじゃないか」

 

「では、改めて‥‥月村さん、兵装のレイアウト案ですが、機関車輌下部に格納式の小口径波動砲を搭載し、客車に見せかけたミサイルポッドを連結させるプランで進めます。従来の戦闘車両には三連装ショックカノン・実弾射撃可能な砲塔を車両の上部、左右に取り付けた戦闘車両を多数連結し、近接戦、対空戦についてはミサイル搭載車両と同じく客車に見せかけた戦闘車両の屋根の部分に格納型ガトリング式パルスレーザー砲塔を設置します」

 

「この他にもSDFで運用されていた艦載機についてですが、此方に関しても新型機の認可が下りました。なので、列車の建造と並行してこの新型機の設計についても進めます。幸い格納庫車両についてはデータがあるので、無理なく進められるかと思います」

 

「兵器の製造となるとあっさりと許可を出すな‥‥」

 

アルバートの報告を聞いて政府の対応に呆れる良馬。

 

とは言え、地球は彗星帝国戦役時、地球へ接近する白色彗星を甘く見ていた事から手痛い被害を受け、暗黒星団帝国戦役時は地球本土を占領されたので、防衛面として新兵器の開発に力を入れるのは当然の事だった。

 

「では、よろしくお願いします。新見さん、アルバートさん……真田さんが造った『平和の象徴』を、戦火の泥沼に引き摺り下ろすような真似をしてしまうのだから。せめて、乗組員と護るべき人々の命だけは、何があっても死守できる最強の列車にしなければならない。あと、万が一を想定して、一号車両でも採用されている人力でも走行可能なシステムは必ず設置してくれ」

 

新見とは良馬がまほろばの艦長時代、艦長と副長としての間柄だったので、彼女の人となり、技術者・研究者としての腕は知っている。

 

そしてアルバートは現在のまほろばの技師長であり、現在のまほろばの艦長であるギンガからも凄腕の技術者と言うお墨付きをもらっているので、どちらも技術者としては信用できる人物であった。

 

ホログラムに浮かび上がるのは、一号車の流麗な姿とは対極にある巨大な鋼鉄の竜――「宇宙軍用列車・二号」。

 

理想を追い求める者と、現実を背負う者。

 

それぞれの想いを乗せて、地球の宇宙列車計画は、新たな、そして波乱に満ちたレールの上を走り始めようとしていた。

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

  • 付き合っちゃえ
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