星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百九十一話 宇宙列車二号就役

 

交わるはずのなかった二つの宇宙で、運命の歯車はさらに加速していく。

 

ディンギル帝国との戦いを経て狂気に囚われた時空管理局は、恩人であるエルトリアへの遠征を強行するも、宇宙海賊シーマ・ガラハウの暗躍とエルトリアの完璧な迎撃態勢の前に、帰還率わずか二割強という歴史的な大惨敗を喫した。

 

しかし、腐敗しきった管理局上層部は、前線で散った将校たちにすべての責任を転嫁。味方を背後から撃ち殺した狂信的なエリート将校メアリー・スーは、虚偽の報告によって罪を逃れるどころか昇進を果たし、組織の闇は一層深まっていく。

 

一方、敗戦のスケープゴートとされ、義母の命を人質に取られて退職すら許されなかったフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、武装も貧弱な小型警邏艦「オベロン」への左遷を命じられる。

 

絶望の淵に立たされた彼女だったが、理不尽な上層部に抗い、共に死線を潜り抜けたチンクたち頼もしい仲間が合流。

 

フェイトは真の正義を貫くため、静かに闘志を燃やし新たな一歩を踏み出した。

 

時を同じくして、次元を隔てた地球では、兵器を一切持たない平和と希望の象徴「地球産宇宙列車・第一号」が完成。

 

試験運行を無事に成功させ、星々を繋ぐ新たな時代の到来を告げた。

 

だが、政府は外宇宙の現実的な脅威を理由に、二号車両を「軍用列車」として建造することを決定する。

 

技術者としての理想から兵器開発を断固拒絶する真田志郎の想いを守るため、月村良馬が自ら泥を被ることを決意。

 

新見やアルバートら腕利きの技術者たちと共に、「走る要塞」たる宇宙軍用列車・二号の設計へと乗り出した。

 

絶望の泥沼の中で光を見出す者たちと、平和の理想と軍事の現実の狭間で揺れ動く者たち。

 

それぞれの想いを乗せた新たな船出は、やがて訪れる大いなる激動の幕開けに過ぎなかった。

 

 

宇宙列車第一号車両の完成から数ヶ月、走る要塞とも言える宇宙列車第二号車両が堂々たる姿を現した。

 

第一号車両の外見が往年の名機を彷彿とさせる、まさに「ザ・蒸気機関車」と言える優美なシルエットであったのに対し、二号車両は全体として、クラシックな蒸気機関車の面影を残しつつも、近未来的なSFテクノロジーを融合させた精緻で冷徹なフォルムとなっていた。

 

 

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従来の蒸気機関車であればボイラー扉がある正面部分には、周囲を威圧するような巨大なライトが内蔵されており、最下部には昔の機関車特有の縦格子状の排障器(カウキャッチャー)が備わっている。

 

この堅牢なカウキャッチャーは、ただの飾りではなく、内部に格納された小口径波動砲発射口の防御扉としての役割を担っていた。

 

車体は長い円筒形をベースとしており、装甲列車の様な無骨な外見をしている。

 

軍用であるため、相手のレーダーに探知されにくいステルス設計が徹底されており、一号車両のように車体外部に張り巡らされていたエネルギーパイプなどの構造物はすべて分厚い装甲の内部に収められている。

 

そのため、正面から見た印象は極めてシンプルでのっぺりとしているが、その分、中央に鎮座する巨大なライトの存在感が際立っていた。

 

この日、メガロポリス宇宙工廠の極秘ドックで行われた完成披露会は、一号車両の時のようなマスコミを招いた華々しいものではなかった。

 

広大な空間に並ぶのは、政府の高官、軍の将官、そして設計に関わった技術関係者たちのみ。

 

静寂に包まれた厳かな式典は、この列車が「希望の象徴」ではなく「防衛のための兵器」であることを如実に物語っていた。

 

真田志郎は、観覧席の隅で腕を組み、冷たい金属の光沢を放つ二号車両を無言で見つめていた。

 

(あの巨体の中に、最新鋭の兵器システムが隙間なく組み込まれている……一技術者としては、彼らがどれほどの最適化を施したのか気にならないと言えば嘘になる。だが……)

 

自らが設計を拒絶した兵器。平和を願って生み出した技術が、再び血塗られた戦いの歴史へと回帰していくことへの複雑な葛藤が、真田の胸の内で渦巻いていた。

 

だからこそ、彼は今日、完成披露会にのみ参列し、この後の試乗テストには参加しないと決めていた。

 

「真田さん」

 

ふと声をかけられ、真田が視線を向けると、宇宙軍の制服に身を包んだヤマト艦長、古代進が立っていた。

 

「見送りに来てくださったんですね」

 

「ああ。俺はこの列車の設計を蹴った身だ。一技術者として純粋な興味がないと言えば嘘になるが……乗り込む資格もないし、乗るつもりもない。今日は披露会だけ見届けさせてもらうよ」

 

今回は真田に代わり、古代が軍の代表として試乗会に参加することになっている。

 

真田のどこか自嘲気味な言葉に、古代は眉間に薄く皺を寄せながら、眼前で静かに息を潜める鋼鉄の竜を見上げた。

 

「外見はシンプルですが、何だか気味が悪いですね。一号車にあった暖かさがなく、あの巨大なライトのせいか……まるで一つ目の化け物がこちらを睨んでいるみたいだ」

 

「……そうだな。これは誰かと対話するために造られた列車じゃない。襲い来る脅威を無慈悲に粉砕し、任務を完遂するためだけの『走る要塞』だからな」

 

真田は古代の言葉に同意し、技術者としての視点から解説を加える。

 

「ステルス性を極限まで追求し、あらゆる凹凸をなくした結果の必然的なフォルムだ。それに、後続の連結車両も巧妙に偽装されている」

 

真田の視線の先には、機関車のすぐ後ろに連結された司令車両、そして一見するとただの客車にしか見えない長い編成が連なっていた。

 

だが、その「客車」の装甲の下にはミサイルポッドがびっしりと格納されており、屋根部分には格納式のパルスレーザー砲を備えた対空迎撃車両、さらには専用の新型艦載機を載せた格納庫車両や、実弾射撃とショックカノンを備えた戦闘車両が牙を隠し持っている。

 

 

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長距離の恒星間航行を見据え、乗員が生活するための居住車両も完備されていた。

 

「この列車は完全に『走る要塞』ですよ。いざという時は、頼もしいんでしょうけど‥‥」

 

古代が複雑な笑みを浮かべた時、背後から足音が近づいてきた。

 

二号列車の設計を中心となってまとめ上げた良馬、そして技術者の新見とアルバートだった。

 

「真田さん、古代くん。お待たせしました」

 

良馬は少し疲れた顔を見せつつも、やり遂げた男の力強い眼差しをしていた。

 

「お疲れ様です、月村さん」

 

「ええ。新見さんとアルバート技師長が、見事に俺の無茶な要求を形にしてくれました。偽装システムの連携も、動力の分配も完璧です。もちろん、長距離・長期間の遠征に耐えられるよう、後方には乗員の生活を完全にサポートする居住区画車両も組み込んであり、戦闘能力と居住性、その両立に最も苦労しましたよ」

 

良馬の労いに、新見が眼鏡の位置を直しながら少し誇らしげに微笑む。

 

「格納庫車両の省スペース化と、ミサイルサイロの誘爆防止機構の両立には本当に骨が折れましたけどね。でも、これで護るべき命を確実に護れるはずです」

 

「ふん。この私の設計に抜かりがあるはずがない。ステルス装甲の材質から波動砲の発射シークエンスに至るまで、現時点で地球が持てる最高の技術を注ぎ込んだ最高傑作であるからな!」

 

自信たっぷりに胸を張るアルバート。

 

「真田さん。あなたの理想は、あの一号車に置いてある。俺たちは、その理想を外敵から護るための現実を造り上げました」

 

「……ああ。分かっているよ、月村。お前たちが妥協なく仕上げたことなど、車体を見れば嫌でも伝わってくる。行ってこい、試乗の安全を祈っている」

 

真田と良馬が会話をしていると、メインブリッジ(機関室)のタラップから、一人の男性士官がひょっこりと顔を出した。

 

ヒューベリオンの航海長であり、今回は二号列車の運行・操縦を担当する永倉だった。

 

「おーい! 視察の皆さーん! 計器類のチェック、終わっていますよー! 動力も安定しています。いつでも出発進行、いけます!」

 

元気の良い永倉の声に、重苦しかった空気が少しだけ和らいだ。

 

「よし、それじゃあ行こうか。古代くん、試乗よろしく頼むよ」

 

「はい。この『化け物』がどれだけの走りを見せるのか、しっかり見極めてきます」

 

古代、良馬、新見、アルバートの四人がタラップを登り、漆黒の軍用列車へと乗り込んでいく。

 

この列車の試乗には軍、技術者関係の他に政府関係者も何人か乗車した。

 

司令車両は、一号車と同様に先頭の機関車の直後に連結されている。

 

「永倉航海長。軍用艦の操縦桿と勝手は違うかい?」

 

良馬が操縦席に座っている永倉に尋ねると、彼はふっと口元を緩めた。

 

「いえ、島航海長から一号車の運行データとコツは事前に叩き込まれています。それに……こいつは列車ですが、反応速度や出力の立ち上がりは完全に第一線級の戦闘艦です。十分に俺の手足となって動いてくれますよ」

 

「そうか‥‥ではよろしく頼む」

 

良馬と古代は司令車両の座席に腰を下ろす。

 

古代は司令車両の周囲を見回す。

 

外の世界では、依然として未知の脅威が蠢き、異なる次元の世界では理不尽な暴力や組織の闇が渦巻いている。

 

この「化け物」のような列車が必要とされる現実が、確かに存在していた。

 

「各車両、最終チェック報告」

 

良馬の凛とした声が司令車両に響き渡る。

 

「動力炉、波動・タキオンハイブリッド機関、安定。出力規定値に到達」

 

「ステルス・シールドシステム、オールグリーン。火器管制システム、ロック確認」

 

「全連結車両のステータス正常。人力非常走行フェイルセーフもスタンバイ完了しています」

 

新見とアルバートが流れるような手際でコンソールを操作し、準備完了のシグナルを灯す。

 

永倉がスロットルに手を掛け、前方のメインスクリーン――薄暗いドックのゲートを見据えた。

 

「――では、宇宙軍用列車・二号車両、これより試験航行を開始します!」

 

永倉の宣言と共に、ハッチが閉まり、ドック内に重低音の駆動音が響き始めた。

 

一つ目の巨大なライトが眩い光を放ち、カウキャッチャーの奥から蒸気(タキオン粒子)が勢いよく噴き出される。

 

『ヴォォォォォォォォォォッ!!』

 

一号列車の澄んだ汽笛とは違う、腹の底に響くような野太く威圧的な咆哮。

 

ゆっくりと動き出した黒き鋼鉄の巨躯を、真田は一人、静かに見送っていた。

 

メガロポリス宇宙工廠を飛び立った二号列車は、瞬く間に地球の重力圏を離脱し、漆黒の宇宙空間へと躍り出た。

 

一号車両の滑らかな加速とは異なる、荒々しくも圧倒的なトルク感が乗員たちを包み込む。

 

「重力波ターボ推進機関、出力上昇! タキオン粒子流、正常です!さすが軍用列車、パワーも速度も段違いですね!」

 

メインブリッジで操縦桿を握る永倉が、モニターを流れるデータを確認しながら弾むような声で報告した。

 

「当然である! この二号列車のために専用チューンを施した機関だからな」

 

腕を組んだアルバートが、ふんぞり返るようにして胸を張る。

 

「単なる推進力だけではないぞ。古代艦長、前方の小アステロイド群の座標を見てくれたまえ。これより、本車両の目玉の一つである『攻防一体型シールド』のテストを行う!」

 

アルバートの合図を受け、コンソールに向かっていた新見が冷静な手つきでシステムを起動した。

 

「重力波シールド、展開します」

 

瞬間、列車の周囲の空間が微かに歪み、巨大な車体全体が鮮やかな『緑色のオーラ』に包み込まれた。

 

「そのままアステロイド群に突入しろ!」

 

「了解! 突っ込みます!」

 

永倉がスロットルを押し込むと、二号列車は減速することなく、無数の岩石が漂う宙域へと真っ直ぐに突進していく。

 

(回避しないのか……!?)

 

古代が思わず身構えた次の瞬間、驚くべき光景が広がった。

 

『ガガガガガッ!!』

 

列車を包む緑色のオーラに接触した小さなアステロイドたちが、まるで目に見えない巨大なミキサーに放り込まれたかのように、次々と粉々に粉砕されていくのだ。

 

車内には微かな振動が伝わるだけで、ダメージは全くない。

 

「すごい……防ぐだけではなく、触れたものを削り砕く盾か。これなら、デブリ帯の強行突破はおろか、敵艦への衝角攻撃(ラム・アタック)すら可能ですね」

 

古代が感嘆の声を漏らすと、良馬が静かに頷いた。

 

「ええ。前線への強行輸送を想定した場合、ただ耐えるだけの盾ではいつかジリ貧になります。攻撃を無力化しつつ、自らの道を切り拓く。それがこの列車のコンセプトの一つです」

 

やがて、小アステロイド群を難なく突破した二号列車は、予定されていた宇宙艦隊が使用している演習宙域へと辿り着いた。

 

ここからは、この列車が持つ「牙」のテストである。

 

「演習宙域に到達。これより、各種兵装および艦載機の運用試験に移行します」

 

新見がキーを叩くと、一見して普通の客車に見えていた連結車両の装甲が一斉にスライドし、その凶悪な正体を露わにした。

 

「偽装解除。戦闘車両、主砲ロックオン。ミサイルポッド、パルスレーザー砲塔、展開完了。標的艦(ターゲット)、捕捉しました」

 

「撃て!」

 

良馬の号令とともに、二号列車が火を噴いた。

 

戦闘車両上部に設置された三連装ショックカノンが閃光を放ち、遠方の無人標的艦を正確に撃ち抜く。

 

同時に、客車に偽装されていたサイロから無数のミサイルが尾を引いて飛び立ち、屋根部分にせり出したパルスレーザー砲が仮想の対空目標を次々と蜂の巣にしていった。

 

さらに、格納庫車両の側面ハッチが大きく開かれる。

 

「空間艦載戦闘機『コスモ・シュヴァルベ』、全機発進!」

 

カタパルトから射出されたのは、従来のコスモタイガーを凌駕する機動性を持つ新型機、コスモ・シュヴァルベの編隊だった。

 

 

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彼らは列車の周囲を縦横無尽に飛び回り、複雑な編隊飛行や仮想戦闘マニューバを見事にこなした後、再び格納庫へとスムーズに帰還・収容されていく。

 

「武装のリンク、艦載機の射出・収容プロセス、共にパーフェクトです」

 

新見が安堵の息を吐きながら報告する。

 

「ふはははっ! どうだ、この完璧な仕上がり! まさに『走る要塞』であろう!?」

 

高笑いするアルバートを横目に、良馬は通信コンソールを開いた。

 

「まだ終わりではありません。周辺宙域で待機してくれている協力艦隊へ通信。これより、本車両の電子戦テストを開始する、と伝えてください」

 

「了解。電子戦システム、起動。レーダー攪乱装置(ジャマー)、および電波遮断装置、最大出力で展開します」

 

新見がスイッチを入れた瞬間、列車から不可視の強力な妨害電波が放たれた。

 

数秒後、協力艦隊の通信士から、ノイズまじりの驚きの声がメインブリッジに届く。

 

『こ、こちら第4護衛艦隊! モニターが完全にホワイトアウト! レーダーはおろか、光学センサーまでブロックされています! 外部との通信も……ザーッ……一切、不可能です……!』

 

演習宙域にいる味方の艦艇群は、二号列車が放つ強力なジャミングによって、文字通り「目隠し」をされた状態に陥っていた。

 

軍用特有のステルス装甲とこの電子戦装備が組み合わされば、敵陣の奥深くへ気づかれることなく侵入し、致命的な一撃を与えることも容易だろう。

 

(すさまじい性能だ……一号列車が『誰の手も取れる温かい手』なら、この二号列車は『すべてを粉砕する冷徹な鋼の拳』か)

 

古代は、目の前のコンソールに次々と表示される圧倒的な戦闘データを見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

平和を願って生み出されたはずの技術が、形を変え、恐るべき兵器として宇宙を駆けている。

 

だが、未知の脅威が迫る外宇宙において、護るべき人々を護るためには、この「化け物」の力が必要になる時が必ず来る。

 

「……見事です、月村さん、新見さん、アルバート技師長」

 

古代は振り返り、三人の技術者たちに深く頷き返した。

 

「これで、いかなる過酷な航路であろうとも、乗客の命を護り抜くことができる。頼もしい『軍用列車』の完成ですね」

 

試験走行の全行程を完璧な成績でクリアした二号列車は、巨大な一つ目のライトを宇宙の深淵に向けたまま、静かに次なる命令を待つように佇んでいた。

 

政府の高官たちも、この二号列車の圧倒的な性能には大いに満足した様子であった。

 

今後の軍用列車の建造にはこの二号列車が雛形となり、さらなる改良が加えられながら量産化が進められていくことになるだろう。

 

そして、軍備の拡充と並行して、いよいよ地球は、次元の彼方にある惑星国家ディスティニーとの「恒久平和同盟締結」に向けて本格的に動き出すこととなった。

 

だが、いくら口約束で同盟に合意したとはいえ、いきなり連邦政府の高官や大規模な外交団を送り込んでは、ディスティニー側にも受け入れの準備や混乱が生じる。

 

よって政府は、まずは先遣隊をディスティニーに派遣して同盟締結のための正式な使者を送ること、そして地球とディスティニーの間に専用の通信網を設置し、両者間のリアルタイムな連絡を可能にするインフラ構築を最優先の任務として決定した。

 

その先遣隊の足として、先ほど完成し完璧な試験走行を終えたばかりの「軍用列車・二号」が指名され、特命の指揮官には月村良馬が任命されたのである。

 

この突然の辞令を受け、良馬は困惑を隠せなかった。

 

「……お待ちください。自分は現在、次元航行艦ヒューベリオンの艦長という立場にあります。艦を空けて特命任務に就くというのは、いささか……」

 

「月村大佐、君のヒューベリオンは現在、先の大戦のダメージ修復と近代化改修のため、長期のドック入りをしている最中だろう」

 

政府高官は書類から顔を上げ、良馬を真っ直ぐに見据えた。

 

「それに、ディスティニーの要人たち……特に、銀河鉄道管理局の総司令であるレイラ氏と直接の面識があり、信頼関係を築けているのは地球上で君だけだ。この極めて重要な外交と通信網構築の先遣隊指揮官として、君以上に相応しい人材はいない。これは決定事項だ」

 

その言葉に、良馬は小さく息を吐いた。確かに、一度現地に赴き、彼らと共に危機を乗り越えた自分が行くのが最も理にかなっている。

 

「……承知いたしました。ですが、一つ条件があります」

 

「言ってみたまえ」

 

「自分と同じく、ディスティニーでの戦いを経験したヒューベリオンの乗員たちの中から、選抜で二号列車の運用クルー兼、先遣隊のメンバーを編成する許可を頂きたい。未知の航路を往く以上、気心の知れた、そして現地の状況を知る優秀な部下たちが必要です」

 

高官は少し考え込んだ後、深く頷いた。

 

「よかろう。人選は君に一任する。ディスティニーとの同盟の未来は、君たちの双肩にかかっているぞ」

 

「はっ、承知しました。そして人事権の決定権ありがとうございます」

 

こうして、良馬率いる先遣隊のディスティニーへの派遣が正式に決定した。

 

出発を数日後に控えた、地球・メガロポリスの活気あふれる特別商業区画。

 

戦火から復興し、眩いネオンと人々の笑顔が行き交う平和な街並みの中を良馬は大きな紙袋をいくつか提げて歩いていた。

 

「いやあ、助かったよ。ギンガ、ユリーシャ。俺一人じゃ、レイラさんやディスティニーでお世話になった人たちに、どんなお土産を買えばいいか全く見当がつかなくてね」

 

良馬が苦笑交じりに隣を振り返ると、彼の妻であり、現在は宇宙戦艦まほろばの艦長を務めるギンガが、呆れたように、しかし愛情たっぷりの笑みを浮かべていた。

 

「もう、良馬さんったら昔からそういうところは不器用なんだから。外交の先遣隊っていう重大な任務なのに、手ぶらで、あるいは軍の無機質な支給品だけ持っていくなんてナンセンスよ」

 

「全くだ。だからこそ、君たちのセンスを頼りにさせてもらったわけだけど」

 

「ふふっ、任せておいて。レイラさんには、地球の伝統的な製法で作られた最高級の『日本茶』と『和菓子の詰め合わせ』にしたわ。あの方の凛とした雰囲気にぴったりだと思うの。それに、技術局の人たちには、メガロポリスで一番人気のスイーツ職人が作った日持ちする焼き菓子よ」

 

ギンガが自信たっぷりに指を立てる横で、「おおーっ!」と目を輝かせながらショーウィンドウに張り付いている美しい金髪の女性がいた。

 

イスカンダルからの使者であり、今は地球で暮らしているユリーシャである。

 

「リョーマ! ギンガ! 見て、見て、これ凄く綺麗! 地球の『ガラス細工』っていうの!? 宇宙の星屑を閉じ込めたみたい!」

 

ユリーシャが指差しているのは、精緻なカットが施された江戸切子の美しいグラスだった。

 

「ああ、それは江戸切子だね。地球の古い伝統工芸品なんだ……そうだね、通信網の構築でお世話になるディスティニーの技術者たちへの個人的な贈り物として、いくつか買っていくか」

 

良馬が微笑みながら店内へ入ろうとすると、ユリーシャはパッと花が咲いたような笑顔を見せた。

 

「賛成! ディスティニーの人たちも、きっと地球の『美しさ』に感動するはずよ! 兵器や技術だけじゃない、こういう心のこもった文化がある星なんだって、分かってもらえるわ」

 

「心のこもった文化……か」

 

良馬は、ユリーシャの言葉にハッとさせられた。

 

今回、自分が乗り込む「二号列車」は、真田が造り上げた平和の象徴(一号車)とは対極にある、完全武装の冷徹な「走る要塞」だ。

 

いざという時に護るべき命を護るためとはいえ、あの禍々しい姿の列車で同盟国に乗り込むことに、良馬自身、どこか後ろめたさのようなものを感じていた。

 

(俺たちは、武力を誇示しに行くわけじゃない。平和を、未来を繋ぎに行くんだ)

 

だからこそ、この手には「武器」ではなく「贈り物」を携えていかなければならない。

 

ギンガとユリーシャが選んでくれたこれらのお土産は、単なる品物ではなく、地球からディスティニーへの『心』そのものなのだ。

 

「どうしたの?良馬さん、難しい顔をして」

 

ギンガが心配そうに覗き込んでくる。良馬は優しく首を振り、妻の肩を引き寄せた。

 

「いや、君とユリーシャに買い物に付き合ってもらって、本当に良かったと思ってね。……ありがとう。これで胸を張って、ディスティニーへ向かえるよ」

 

「ええ。気をつけて行ってきてね……あなたなら、きっと上手くやれるわ」

 

ギンガの温かい励ましと両手に抱えきれないほどの「地球の心」を受け取り、良馬は決意を新たにする。

 

冷たい鋼鉄の装甲に身を包んだ軍用列車に乗り込み、平和の架け橋となるための壮大な任務。

 

未知の脅威と、次元を超えた陰謀が渦巻く星の海へ向けて、月村良馬率いる先遣隊の出発の時は、目前に迫っていた。

 

数日後、メガロポリス宇宙工廠・特別ドック。

 

出発の朝を迎えたドック内では、宇宙軍用列車・二号車両の巨体を前に、慌ただしい積み込み作業が行われていた。

 

兵装の最終チェックや補給物資の搬入に交じって、良馬が厳重なクッション材で梱包させた「特製コンテナ」が、居住車両の安全な区画へと慎重に運び込まれていく。

 

「よし、そのコンテナは特に揺れが少ない区画に固定してくれ。破損厳禁だ。なにせ、今回の任務における『最大の武器』が入っているんだからな」

 

良馬が指示を飛ばすと、作業員たちは「了解しました!」と力強く応えてコンテナを固定した。

 

「武器、ですか? 随分と軽くて小さな箱に見えましたが」

 

背後から歩み寄ってきた永倉が、不思議そうに首を傾げる。ヒューベリオンの航海長である彼もまた、良馬の指名によってこの二号列車の操縦を担う先遣隊の重要なメンバーであった。

 

「ああ。相手の心を開くための、最高の武器さ……クルーの集結状況はどうだ?」

 

「ヒューベリオンからの選抜メンバー、全64名、すでに各車両の配置に就いています。機関室のタキオン・ハイブリッド・ボイラーも絶好調、火器管制もオールグリーンです。いつでもいけますよ、艦長! ……っと、今回は『列車長』ですかね?」

 

永倉がニッと笑うと、良馬も苦笑しながら肩をすくめた。

 

「指揮官、でいいよ。頼りにしているぞ、永倉運転士」

 

そこへ、見送りのために足を運んできた者たちが姿を現した。

 

妻のギンガ、ユリーシャ、そして真田と古代の姿もある。

 

「良馬さん、いよいよね」

 

ギンガが歩み寄り、そっと良馬の手を握った。

 

「ああ。行ってくる。君たちが見立ててくれた手土産、レイラさんたちにしっかりと渡してくるよ」

 

「ええ。きっと喜んでくれるわ。ディスティニーの人たちに地球の温かさが伝わるといいな」

 

ユリーシャも満面の笑みで大きく手を振る。

 

「リョーマ、気をつけてね! 帰ってきたら、ディスティニーのお土産話、いっぱい聞かせてね!」

 

「もちろんだ。約束するよ」

 

良馬が頷くと、一歩前に出た真田が、真剣な眼差しで彼を見据えた。

 

「月村……お前には、俺の理想の尻拭いをさせてしまった。重い荷物を背負わせて、すまない」

 

「よしてください、真田さん。俺は自分の意志でこの『現実』を引き受けたんです。あなたのあの平和への理想がなければ、地球は真の意味で前へ進めない。この二号列車は化け物かもしれませんが、その力は剣や矛ではなく、『平和を繋ぐための盾』として使ってみせます」

 

良馬の迷いのない言葉に、真田の表情が少しだけ和らいだ。

 

「……ああ。お前が行くなら安心だ。武力ではなく、その心で、ディスティニーとの新たなレールを敷いてきてくれ」

 

古代も歩み寄り、良馬へ力強く敬礼を送る。

 

「道中、何があるか分かりません。次元の海は広大で、まだまだ未知の脅威が潜んでいる……どうか、ご武運を」

 

「ありがとう、古代くん。地球の留守は頼んだぞ」

 

良馬は全員を見回し、深く一礼すると、決意を込めて二号列車のタラップを登り始めた。

 

司令車両のブリッジへ足を踏み入れると、すでにコンソールにスタンバイしていたクルーたちが一斉に姿勢を正す。

 

「指揮官、乗車されました!」

 

「各部、発進準備にかかれ。目的地は次元の彼方、惑星国家ディスティニーだ」

 

良馬が前方のメインスクリーンを見据え、静かな、しかし力強い声で号令を下した。

 

「了解! ボイラー圧力、最大! 重力波ターボ機関、点火!」

 

永倉がスロットルを押し込むと、巨大な一つ目のライトが眩く輝き、漆黒の軍用列車が低く重厚な駆動音を響かせる。

 

カウキャッチャーの隙間から高圧のタキオン粒子が蒸気のように噴き出した。

 

『ヴォォォォォォォォォォッ!!』

 

腹の底を震わせる野太い咆哮と共に、二号列車がドックのレールを滑り出す。

 

加速するにつれて車体全体が緑色のオーラ――重力波シールドに包まれ、そのまま大空へと舞い上がり、瞬く間に大気圏を突破していった。

 

星々が瞬く漆黒の宇宙空間へ躍り出た二号列車。

 

「地球引力圏を離脱。これより次元跳躍(ワープ)シークエンスに移行します!」

 

「よし、頼む。目標座標、ディスティニー宙域!」

 

空間が大きく歪み、巨大な光の渦が列車の前方に口を開ける。

 

黒き鋼鉄の巨躯は、一切の躊躇いなくその光の中へと飛び込み、次元の海へと消えていった。

 

 

時を同じくして、次元の彼方に位置する惑星ディスティニー。

 

銀河鉄道管理局の総司令室で、巨大な星図のホログラムを見つめていたレイラ・ディスティニー・シュラは、傍らのコンソールに表示された微弱な次元波の反応に気付き、ふっと優美な微笑みを浮かべた。

 

「……来るようですね。地球からの、新たな希望を乗せた列車が」

 

「総司令、受け入れの準備はすでに整っております」

 

控えていた銀河鉄道運行司令の藤堂平吾郎の報告に、レイラは静かに頷く。

 

「ええ。かつて私たちの危機を救ってくれた彼らと、今度は正式な同盟国として向き合う時が来ました。これはディスティニーにとっても、未曾有の時代の幕開けとなります」

 

窓の外に広がる美しい星空を見上げながら、レイラは胸に手を当てた。

 

絶望と狂気に染まりゆく時空管理局、新たな一歩を踏み出したフェイトたち、そして平和の理想と武力の現実を背負って次元を渡る地球の使者たち。

 

血塗られた星の海で交錯するそれぞれの想いは、次元の境界を越え、今まさに一つの巨大な運命のレールへと繋がりつつあった。

 

 

宇宙軍用列車・二号が、ディスティニーを目指して漆黒の次元の海へ旅立ってから数日が経過した。

 

抜けるような青空が広がる地球。

 

海鳴市の閑静な住宅街に居を構える月村邸では、息詰まるような宇宙の情勢とは対極にある、穏やかで温かな日常の時間が流れていた。

 

「まてーっ! ユリーシャ母様!!つーかまえた!」

 

「ああっ、やられたわ! ふふっ、二人ともすっごく足が速くなったのね!」

 

広大で手入れの行き届いた日本庭園の芝生の上で、楽しげな歓声が響き渡る。

 

金色の髪を揺らして無邪気に笑うユリーシャの周りを良馬とギンガの子供である誉と自分と良馬との間に産まれた友莉葉が元気いっぱいに駆け回っていた。

 

イスカンダルという遠い星からやってきたユリーシャだが、今やすっかり月村家の一員として、そして子供たちにとっての「綺麗で優しい母親」として馴染みきっている。

 

縁側に腰を下ろし、その微笑ましい光景に目を細めて見守っていたギンガは、ふうっ~、と柔らかな息を吐いた。

 

「……本当に、平和ね。良馬さんが今頃、あの物々しい列車で次元の海を渡っているなんて、信じられないくらい」

 

「ギンガさん。あまり思い詰めないで、少しお茶にして休んだらどうかしら」

 

背後から静かに声がかけられ、ギンガが振り返ると、月村家の当主である忍が、落ち着いた微笑みを浮かべて立っていた。

 

その傍らでは、月村家に長年仕えるメイド長のノエルが、一切の無駄がない優雅な所作でティーセットをテーブルへと運んでいる。

 

「奥様、ダージリンを淹れました。お茶菓子もご用意しておりますわ」

 

「ありがとう、ノエルさん。忍さんも、お気遣いすみません」

 

ノエルが手際よく注いだ紅茶からは、ふわりと芳醇な香りが立ち上る。

 

ギンガはティーカップを受け取りながら、広大な庭の先にある青空へと視線を向けた。

 

「真田さんの想い、それに兵器を積んだ列車で同盟国へ向かうことへの重圧……良馬さん、出発する前は気丈に振る舞っていたけれど、やっぱり心の中では色々と抱え込んでいたみたいだったから。少しだけ、心配なんです」

 

妻としての偽らざる本音をこぼすギンガに、当主である忍は静かに首を振った。

 

「確かに、あの巨大な軍用列車を率いて未知の次元へ向かう重圧は、計り知れないわ。でも、良馬なら大丈夫よ。彼は昔から、誰かのために自ら泥を被ることを厭わない、強くて優しい人。決して一人で抱え込んで潰れてしまうようなヤワな男じゃないわ」

 

「ええ、当主様の仰る通りです」

 

ノエルもまた、恭しく一礼しながら言葉を添える。

 

「旦那様には、帰るべき『温かい場所』がございます。それが何よりの力となるはずですわ」

 

ノエルの視線の先には、ユリーシャに抱きついてはしゃぐ子供たちの姿があった。

 

「そう……そうよね。あんな化け物みたいな要塞列車に乗っていても、良馬さんの心臓部は此処だものね」

 

ギンガの顔にパッと明るい笑みが戻った時、庭で遊んでいたユリーシャと子供たちが、笑い声をあげながら縁側へと駆け寄ってきた。

 

「お母さん! 忍おばさま、ノエルも! 見て、ユリーシャ母様と一緒にシロツメクサの冠作ったの!」

 

「これ、お父さんが帰ってきたらプレゼントするんだ!」

 

泥だらけの小さな手には、不格好だが一生懸命に編まれた花の冠が握られていた。

 

ギンガは愛おしそうに子供たちの頭を撫でた。

 

「ええ、とっても綺麗ね。お父さん、すっごく喜ぶと思うわ」

 

「本当に、地球の自然は美しくて、優しさに満ちているわね」

 

ユリーシャも縁側に腰を下ろし、額の汗を拭いながら満面の笑みを浮かべる。

 

「ディスティニーの皆さんも、きっと喜んでくれるはずよ。あの二号列車には、武器やミサイルだけじゃなくて、私たちが選んだ『地球の心』がたくさん積まれているんだもの。リョーマなら、絶対に平和のレールを繋いでくれるわ」

 

「……ええ。私もそう信じている」

 

ギンガは高く澄み渡った青空を見上げて、遥か彼方の次元を突き進む夫の背中を思い描いた。

 

平和を願いながらも、戦うための力を身にまとわねばならない冷酷な現実。

 

しかし、その冷たい鋼鉄の装甲の奥深くには、家族の愛と友からの温かい贈り物が確かに息づいている。

 

(気をつけてね、良馬さん……私たち、ここでずっと待っているから)

 

海鳴の空を吹き抜ける風が庭木を優しく揺らす。

 

交錯する星々の運命や、時空管理局の狂気といった次元の荒波とは対極にある。

 

このささやかで尊い日常‥これこそが、月村良馬に無限の力を与える、何よりの原動力であった。

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

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