星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百九十二話 偽ビッグワン襲撃事件

 

狂気と腐敗の泥沼へと沈みゆく時空管理局。

 

ディンギル帝国との戦いでの消耗、そしてエルトリア遠征の敗戦による責任転嫁の末、理不尽な左遷を命じられたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、絶望の淵から真の正義を貫くべく、頼もしい仲間たちと共に静かに立ち上がっていた。

 

時を同じくして、次元を隔てた地球では星々を繋ぐ新たな歩みが始まっていた。

 

平和の象徴「宇宙列車・第一号車両」の成功に続き、政府の決定のもと建造されたのは、極限のステルス性と圧倒的な火力を備えた完全武装の「宇宙軍用列車・二号」。

 

技術者・真田志郎が平和への願いゆえに設計を拒絶したその「走る要塞」は、外宇宙の脅威から命を護るための現実的な盾として、月村良馬やアルバート、新見らの手によって堂々たる完成を見た。

 

そして、惑星国家ディスティニーとの「恒久平和同盟」締結という重大な使命を帯び、良馬は地球連邦の外交特使団先遣隊の指揮官として二号列車へ乗り込む。

 

無慈悲なまでに冷徹な鋼鉄の装甲の内側に、愛する妻であるギンガやユリーシャが見立てた温かな『地球の心』という名の贈り物を携えて‥‥

 

一方、海鳴市の月村邸では、月村家当主の忍やメイド長のノエルが見守る中、良馬とギンガ、そして同じく良馬とユリーシャとの間に産まれた子供たちの無邪気な笑い声が響き渡っていた。

 

次元の荒波とは対極にある、このささやかで尊い日常――それこそが、過酷な任務へ赴く月村良馬に無限の力を与える最大の原動力であった。

 

交錯する星々の運命と未知の陰謀が渦巻く次元の海へ、希望と現実を乗せた黒き軍用列車の新たなる旅が今、始まった。

 

 

漆黒に極彩色の光の帯が入り交じる、不可思議な次元の海。

 

外宇宙の物理法則すら通用しないその超空間を、宇宙列車・二号は一本の黒い矢のように突き進んでいた。

 

一切の無駄を削ぎ落としたステルス装甲が次元の波を滑らかに受け流し、巨大な一つ目のライトが、行く手を遮る暗闇を力強く切り裂いていく。

 

「次元断層、通過。タキオン・ハイブリッド・ボイラー、出力共に安定しています。予定ルートからの逸脱はありません」

 

司令車両に、永倉の張りのある声が響いた。

 

コンソールに次々と表示されるデータは、この「走る要塞」がいかに完璧なチューニングを施されているかを物語っている。

 

司令席に深く腰掛ける良馬は、メインスクリーンに映し出される流麗な次元の景色を見つめながら、静かに頷いた。

 

「ご苦労。引き続き、各車両のフェイルセーフと動力分配の監視を頼む」

 

「了解しました……しかし、大した安定性ですね。外見や建造目的は兎も角、この列車は一号車に負けず劣らず、乗り心地は最高ですよ」

 

永倉が感嘆の声を漏らすと、副官席で計器をチェックしていた新見が、眼鏡の奥の瞳をわずかに細めて微笑んだ。

 

「アルバート技師長が聞いたら、また自慢げに高笑いしそうね。でも、本当に素晴らしい完成度よ。この過酷な次元航行下においても、居住区画の環境は地球とほとんど変わらない数値を維持しているわ」

 

新見もこの列車の完成度には満足そうだ、

 

そしてもう一人、この列車の建造関係者であるアルバートは現在、司令車両ではなく他の車両のシステムチェックをしているのだが、もし、司令車両に居たら新見の言う通り、高笑いをしながらこの列車の性能をアピールしていただろう。

 

「地球と同じ…か…」

 

その言葉に、良馬はふっと表情を和らげた。

 

鋼鉄と兵器に囲まれたこの冷徹な空間の奥深くに、確かに自分の「帰るべき場所」とリンクした温もりがある。

 

(ギンガ……ユリーシャ……誉、友莉葉……)

 

良馬の脳裏には出発の日の朝、自分を見送ってくれた愛する家族たちの笑顔が蘇る。

 

彼の手元には、コンソールとは別に設置された小さなモニターがあった。

 

そこには、居住区画の厳重なロックの下に保管されている「特製コンテナ」のステータスが表示されている。

 

ギンガとユリーシャが心を込めて選んでくれた、地球の伝統工芸品や茶葉、そして菓子に酒‥これらの荷物はただの物品ではない、次元を超えて心を繋ぐための『地球の心』だ。

 

(俺たちは、力で誰かを平伏させるために行くわけじゃない。この強大な牙と盾は、彼らとの未来のレールを、理不尽な暴力から護り抜くためのものだ)

 

良馬が胸の内で静かに決意を新たにしたその時、レーダーを監視していたオペレーターの百合亜が声を上げた。

 

「月村司令、前方に強力な次元の乱気流(ディメンション・ストーム)を観測! 規模はクラスA、通常の艦艇であれば直撃を避けて大きく迂回するレベルです!」

 

「迂回ルートの計算を出しますか?」

 

と、新見が素早くキーボードを叩き始めるが、良馬は迷わず右手を挙げた。

 

「いや、迂回はしない。このまま正面から突破する」

 

「突破‥ですか!? しかし、いくら本車両の装甲が厚くとも、クラスAの乱気流を真正面から受ければ……」

 

「ただ耐えるだけならな。だが、この列車には道を切り拓くための力がある」

 

良馬は鋭い眼差しを前方へ向け、力強く命じた。

 

「重力波シールド、最大出力で展開! カウキャッチャー防護扉、ロック確認。機関室、乱気流の波長に合わせてタキオン粒子の噴射タイミングを同調させろ!」

 

「了解! 重力波シールド、展開します!」

 

列車の車体全体を鮮烈な緑色のオーラが包み込む。

 

直後、荒れ狂う次元の嵐が牙を剥いて二号列車に襲い掛かった。

 

だが、あらゆる障害を「粉砕」する攻防一体の盾は、叩きつけられる高エネルギーの波をミキサーのように細かく砕き、車体の周囲へと散らしていく。

 

ガガガガガッ……!!

 

激しい摩擦音が響くものの、車内への振動は最小限に抑えられていた。

 

緑色の光を纏った黒き鋼鉄の列車は、次元の嵐をものともせず、真っ直ぐに自分たちの進むべきレールを突き進んでいく。

 

「……次元乱気流、突破しました! 車体ダメージ・ゼロ。シールド出力も正常値に復帰します!」

 

(真田さん、あなたの理想を阻むものが現れた時、俺たちはこうして現実の力でそれを打ち砕いてみせます)

 

歓声が湧くブリッジの中で、良馬は静かに息を吐き、口角を上げた。

 

漆黒に極彩色の光の帯が入り交じる次元の海。

 

宇宙列車・二号は、惑星国家ディスティニーを目指して、予定された次元航路を極めて順調に進んでいた。

 

「機関出力、安定。次元断層の波も難なくやり過ごしています……この化け物列車、外見や図体に似合わず本当に素直でいい子ですよ」

 

司令車両の操縦席で、永倉がモニターをスワイプしながら上機嫌に報告する。

 

「当然だ。この私の完璧な設計とチューニングに狂いが生じるはずがない!」

 

司令車両に戻って来たアルバートが胸を張り、宇宙列車二号の性能を強調し、新見がそんな彼に呆れたように小さくため息をつく。

 

そんな和やかな空気が一変したのは、ディスティニー宙域まであと少しという距離に差し掛かった時だった。

 

『ピーッ! ピーッ! ピーッ!』

 

突如、ブリッジ内にけたたましい警報音が鳴り響く。

 

「っ!?どうした!?」

 

良馬が司令席から身を乗り出すと、コンソールを猛烈な勢いで叩いていた新見が、血相を変えて振り返った。

 

「前方の宙域……銀河鉄道の軌道ネットワーク上から、救難信号を受信! 同時に、無数の通信データが傍受回路に飛び込んできます!!」

 

「メインスクリーンに回してくれ!」

 

良馬の指示で、正面の巨大なモニターにノイズ混じりの映像と通信ログが映し出された。

 

そこに映っていたのは、逃げ惑う民間客車の姿だった。

 

そして――それらを無慈悲な砲火で民間車両を蹂躙しているのは、巨大な宇宙装甲列車の姿だった。

 

「なっ……!?あ、あれは空間鉄道警備隊(SDF)のビッグワンじゃないか!?」

 

永倉が操縦桿を握る手に力を込めて、驚愕の声を上げる。

 

「バカな! 銀河鉄道の平和を護るはずの空間鉄道警備隊が、どうして民間列車を無差別に襲撃しているというのだ!?」

 

アルバートも目を剥いてスクリーンに張り付いた。

 

映像の中の『ビッグワン』は、本来なら護るべき対象であるはずの民間列車に対し、容赦なく主砲を浴びせている。

 

傍受した通信ログには、民間車両に乗務している車掌からの悲痛な叫びが溢れ返っていた。

 

その様子から民間車両に偽装したテロリストの車両‥‥というわけではなく、ビッグワンが非武装の民間車両を攻撃しながら追い掛け回しているのだ。

 

だが、良馬の瞳に一切の動揺はなかった。

 

彼はスクリーンに映る、ビッグワンに似た宇宙列車を静かに、しかし鋭く見据えていた。

 

(バルジ隊長、学くん……それに、シリウス小隊の皆が、あんな真似をするはずがない)

 

かつてディスティニーで共に死線を潜り抜け、互いの背中を預け合った仲間たち。

 

彼らがどれほど深い誇りと使命感を持って、人々の命と銀河の平和を護っているか、良馬は誰よりも知っている。

 

どんな事情があろうとも、彼らが罪なき人々に牙を剥くことなど絶対にあり得ない。

 

「……あれは偽物だ」

 

良馬の低く、確信に満ちた声がブリッジに響いた。

 

「えっ?」

 

「司令官?」

 

「あれはビッグワンじゃない。姿形を似せただけの悪辣な偽物だ」

 

良馬は司令席から立ち上がり、クルーたちを力強く見回した。

 

「永倉運転士、進路変更。本列車は偽ビッグワンに襲撃されている民間車両救助に向かう。新見さん、アルバート技師長。本列車の超高性能センサーを最大出力へ。あの偽物が放つ次元パルスの波長を解析し、奴らの正確な位置を割り出すんだ」

 

「了解! 進路変更、最大戦速で現場に急行します!」

 

「任せてください。この列車の頭脳で、必ず偽物の尻尾を掴んでみせるわ」

 

「偽物の化けの皮を剝がしてやりましょう」

 

良馬は再びスクリーンへ視線を戻し、拳を強く握りしめた。

 

(あの悪趣味な偽物が暴れ回れば、一番苦しむのは誇り高きシリウス小隊の皆だ。彼らの誇りを‥銀河鉄道の誇りを泥で汚すような真似は、絶対に許さない……待っていてくれ、必ず俺たちが救護するぞ)

 

平和の使者として放たれた黒き「走る要塞」は、人々の窮地を救うため、次元の海を切り裂くように猛加速していった。

 

次元の海を切り裂き、宇宙列車・二号が座標の宙域へと到着した時、そこには無惨な光景が広がっていた。

 

激しくひしゃげた軌道リングの残骸。

 

推進器を破壊され、力なく宇宙空間を漂う民間客車。

 

外装のあちこちには、生々しい砲撃の痕が焼け焦げて残っている。

 

「……酷い有様だ。周囲に敵影は?」

 

「ありません。襲撃犯はすでにこの宙域を離脱した模様です。民間車両の生命維持装置、出力低下! このままではあの列車の生存可能時間はもって数時間です!」

 

「二号列車を襲撃された民間車両へ横付けしろ! 医療班および救助隊は直ちに突入、生存者の救出と負傷者の応急手当を急げ!」

 

良馬の号令とともに、二号列車は漆黒の車体を滑らせるように民間車両へドッキングする。

 

ハッチをこじ開け、良馬自らもアサルトライフルを背負って救助部隊と共に客車内へと踏み込んだ瞬間、鼻をつき、むせ返るような鉄の匂いに顔をしかめた。

 

「こ、これはっ……!?」

 

「ひでぇ‥‥」

 

車内はまさに地獄絵図だった。

 

通路には破壊された座席の破片や乗客の荷物が散乱し、あちこちに血だまりができている。

 

重傷を負ってうめき声を上げる人々、そして既に息絶えている者たち。

 

(何の罪もない民間人に、これほどの非道な真似を……!)

 

「直ちに救助活動を開始!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

良馬はギリッと奥歯を噛み締め、怒りを腹の底に抑え込みながら、乗客への応急処置と二号列車への搬送を指示した。

 

「月村司令!」

 

通信機から、ブリッジで周囲の警戒にあたっている永倉の緊迫した声が響く。

 

『本宙域に急接近する次元振動を捕捉! 宇宙列車です! このシグナル……間違いありません、本物の『ビッグワン』です!』

 

「よし、接近中のビッグワンとの通信回路を開いてくれ。二号列車は銀河鉄道には登録されていない列車だ。襲撃犯と間違われて撃たれては大変だからな」

 

『了解』

 

永倉は急ぎ、接近中のビッグワンとの通信回路をを開いた。

 

一方その頃、空間鉄道警備隊(SDF)シリウス小隊のビッグワンの司令車両でも、緊迫した空気が張り詰めていた。

 

「襲撃を受けたシグナル路線の救難信号の発信源まで、あと少しです!」

 

シリウス小隊所属、オペレーターのルイ・フォート・ドレイクが叫ぶ。

 

「メインモニター、最大望遠で映像を出せ」

 

シリウス小隊・隊長のバルジが鋭く命じると、スクリーンに大破した民間車両の姿が映し出された。

 

だが、シリウス小隊の面々はその映像を見て息を呑んだ。

 

「隊長! 損傷した民間車両の至近距離に見慣れない宇宙列車が横付けしています!」

 

学がモニターを指差し、声を張り上げる。

 

「真っ黒でのっぺりした装甲……なんだ?ありゃ!? あんな不気味な列車、SDFのデータベースにはねぇぞ!」

 

デイビッド・ヤングがコンソールを叩きながら顔を険しくする。

 

その重武装かつステルス性に特化した異様なフォルムに連結しているのは砲塔を備えた戦闘車両も数両確認できる。

 

一見すれば民間車両を襲った襲撃犯そのものにしか見えなかった。

 

「各砲座、スタンバイ! あの所属不明列車が襲撃犯の可能性が高い!」

 

バルジが攻撃命令を下そうとした、まさにその時である。

 

『――こちら、地球連邦所属・宇宙列車・二号。ビッグワン、応答願います』

 

「えっ?」

 

「こ、この声……」

 

「月村さん!?」

 

学が信じられないというように目を見開く。

 

『バルジ隊長、学くん。久しぶりだね。事情は後で話す、我々は現在、襲撃された民間車両の救助を行っている。直ちに合流して、生存者の収容を手伝ってほしい』

 

先のアルフォート星団帝国軍との大戦で、生死を共にした戦友からの通信。

 

地球が独自に宇宙列車を建造し、それがなぜこのディスティニー宙域にいるのか――シリウス小隊の面々には驚愕と疑問が渦巻いたが、バルジは即座に思考を切り替えた。

 

「……了解した、月村艦長。SDFシリウス小隊、これより救助活動に加わる。全隊員、装備を整え民間車両へ突入せよ!」

 

疑問は後だ。

 

今は一人でも多くの命を救うことが最優先である。

 

ビッグワンが民間車両の反対側にドッキングし、学をはじめとするSDF隊員たちが救急キットを手に次々と車内へ乗り込んでいく。

 

「SDFシリウス小隊です! もう大丈夫ですよ、今すぐ手当を……!」

 

学が瓦礫の下敷きになっていた男性を助け起こそうと手を伸ばした、その時だった。

 

「触るなあっ!!」

 

男性は血走った目で学を睨みつけ、その手を激しく振り払った。

 

「えっ……?」

 

学は思いがけない拒絶に、その場で硬直する。

 

「この人殺しが!!どのツラ下げて助けに来たなんて言えるんだ!?」

 

男性の叫びに呼応するように、周囲でうずくまっていた他の乗客たちも、次々と学たちシリウス小隊の隊員たちに向けて憎悪の言葉を浴びせ始めた。

 

「この偽善者共め!自分たちで撃っておいて、今度は救助のフリか!?」

 

「点数稼ぎのつもりか!?」

 

「な、何を言って‥‥」

 

「しらばっくれるな!! 俺たちを襲って来たのは、おまえたちじゃないか!?」

 

「人殺し!俺の家族を返せ!!」

 

向けられるのは、殺意に近いむき出しの憎しみと、汚物を見るかのような冷たい視線。

 

学たちが銃を所持している事、

 

自分たちが怪我をして満足に動けないので、学たちが殴られたりの暴行は受けていないが、学たちが銃を持っておらず、乗客たちが五体満足の状態ならばシリウス小隊の隊員たちは乗客たちから暴行をされていただろう。

 

(一体どういう、ことだ……?)

 

学は混乱のあまり、頭の中が真っ白になった。

 

自分たちは救助要請を受けて急行してきたはずだ。

 

それなのに何故、命懸けで護ろうとしている人々から、これほどまでの憎悪を向けられなければならないのか?

 

「お、俺たちは……誰も撃ってなんかいません! 信じてください!」

 

懸命に弁明する学の声も、怒り狂う乗客たちの耳には届かない。

 

「ふざけるな! 俺は見たんだ、あの機関車が俺たちの乗る列車を攻撃して来たんだ!!おまえたちの列車になんか、死んでも乗るもんか!!」

 

パニック状態に陥った乗客たちは、ビッグワンへの乗車を頑なに拒絶し始めた。

 

これ以上シリウス小隊の隊員が近づけば、暴動すら起きかねない一触即発の空気。

 

「学くん、下がって」

 

そこへ、落ち着いた声と共に良馬が歩み出てきた。

 

彼は怒りと恐怖に震える乗客たちに対し、ゆっくりと、しかし毅然とした態度で語りかける。

 

「我々は空間鉄道警備隊ではなく、地球連邦の者です。SDFの列車に乗るのが不安な方は、あちらの宇宙列車・二号へ乗車してください。重傷者を受け入れるだけの高度な医療設備と居住区画は整っています。どうか、命を無駄にしないでください」

 

良馬の説得とSDFとは異なる軍服姿のクルーたちを見て、乗客たちは警戒しながらも少しずつ二号列車へと移動し始めた。

 

乗車を拒否した者たちや一刻を争う重傷者はすべて二号列車へと収容され、残りの軽傷者が無言のままビッグワンへと移されていく。

 

救助作業は、かつてないほど重苦しく、いたたまれない空気の中で完了した。

 

両列車の収容作業が終わり、二号列車の広大なドッキングベイで、良馬は半年ぶりにシリウス小隊の面々と再会を果たした。

 

「月村さん……」

 

歩み寄ってきた学の顔は蒼白で、その瞳には深い絶望と混乱が渦巻いていた。

 

バルジ隊長も、デイビッドも、ルイも一様に沈痛な面持ちで口を閉ざしている。

 

「お久しぶりです、バルジ隊長。それに皆も……こんな悲惨な形での再会になってしまったこと、残念に思う」

 

良馬が静かに労いの言葉をかけると、学がたまらず口を開いた。

 

「月村さん、教えてください! なぜ、俺たちはあんな風に言われなきゃならないんですか!? 俺たちは誰も襲ってなんか……!」

 

悲痛な叫びを上げる学。

 

誇りを持って任務に就いている彼にとって、護るべき人々からの「人殺し」という罵倒は、肉体を切り裂かれるよりも深い傷となっていた。

 

良馬は痛ましそうに学を見つめ、一つ息を吐いてから、ゆっくりと真実を告げた。

 

「それは分かっている……だが、乗客たちは、嘘をついているわけでも、錯乱しているわけでもないんだ。彼らは確かに見たんだよ」

 

「見たって……何をですか?」

 

「自分たちが乗る列車を攻撃し、無差別に命を奪っていったのは――君たちの乗る『ビッグワン』に似た、偽物の宇宙列車だ。我々二号列車は、現場に到着する直前、彼らを襲撃している犯人の姿を通信データで傍受していた。車体、装甲の形状は素人がパッと見ただけではビッグワンと見間違える程、よく似ている宇宙列車だった」

 

良馬の口から明かされた衝撃の事実に、シリウス小隊の全員が息を呑み、静まり返ったドッキングベイに冷たい沈黙が降りた。

 

偽ビッグワンに襲撃された乗客たちにはシリウス小隊の隊員たちの行為は信じられにと思うが、救助にはどうてしても人手が必要だったので、こうして共に救助をしてもらったのだが、人々の憎悪は良馬の想像以上であり、学たちのショックも大かった。

 

「偽物の……ビッグワン……?」

 

学の呟きが、まるで冷たい鉛のようにドッキングベイの床に落ちた。

 

彼の拳は白くなるほどに強く握りしめられ、その身体は行き場のない衝撃と悔しさで微かに震えていた。

 

「おい、おい、嘘‥だろう……?俺たちのビッグワンの偽物が、この宙域で暴れ回っているって言うのかよ!?」

 

デイビッドが信じられないといった様子で声を荒げる。

 

「月村艦長、そのデータは確実なものなのだな?」

 

バルジ隊長が、重苦しい沈黙を破って良馬に問いかけた。

 

その厳格な横顔には、かつてないほどの鋭い光が宿っている。

 

「ええ、間違いありません」

 

良馬は静かに頷き、傍らに立つ新見へ目配せをした。

 

新見は手元の携帯端末を操作し、ホログラムスクリーンを空間に展開する。

 

そこに映し出されたのは、二号列車のセンサーが捉えていた偽ビッグワンの不鮮明な三次元データだった。

 

「外装のディテール、および熱源シグナルはオリジナルのビッグワンに極めて酷似しています。ですが、機関から放出されるタキオン粒子の波長ノイズが、本物のビッグワンのそれとは決定的に異なります」

 

「此奴は驚いた」

 

「でも、確かにビッグワンにそっくりです」

 

バルジとユキは偽ビッグワンの姿を一目見てそっくりであると思ったが、

 

「‥‥いや、スカートの形が違うし、油圧系統の配置も違う、何よりライトの形状がビッグワンとは全く違う。確かに此奴はビッグワンの偽物だ。しかし、月村艦長が言う様に素人が見れば俺たちのビッグワンと間違えるのも頷ける」

 

運行担当のデイビッドは目を凝らして偽ビッグワンの側面図を見て、偽物だと判断する。

 

デイビッドと新見の冷徹な分析を聞きながら、ルイがハッと息を呑み、自身の両手で口元を覆った。

 

「そんな……じゃあ、あの時の……」

 

「ルイ? どうしたの?」

 

学がルイの異変に気づき、顔を向ける。

 

ルイは青ざめた顔のまま、バルジ隊長を見つめた。

 

「隊長、思い出してください。今回の民間車両襲撃の数日前……ペルセウス線で発生した、あの貨物列車襲撃事件のことです」

 

その言葉に、シリウス小隊の面々の脳裏に一斉にある記憶が蘇った。

 

この民間車両襲撃よりも前、銀河鉄道が運行している貨物列車が襲撃を受けた事件があり、その時もシリウス小隊が救助に駆け付けた。

 

貨物列車の乗務員はその時も今回襲撃を受けた乗客たちと同じ様に、

 

『来るな! 俺たちを撃ったのは、そのビッグワンだ!』

 

と、言っていた。

 

その時は、襲撃を受けたパニックで救助に来たビッグワンを襲撃犯と見間違えただけだろうと思っていた。

 

しかし、今回のこの民間車両襲撃で貨物列車の乗務員の証言がパニックによる見間違えではない事が証明された。

 

何人もの乗客たちが、『ビッグワンに襲撃された』 と、口を揃えて証言しているのだから‥‥

 

「あの時は、襲撃を受けたパニックで、精神的に追い詰められた乗務員が、助けに来た俺たちの列車を襲撃犯と見間違えただけだろうと……そう片付けられちまったな‥‥」

 

デイビッドがギリッと奥歯を鳴らし、苦々しく顔を歪める。

 

「くっ……!」

 

学が歯を食いしばり、悔しさに顔を歪めた。

 

「俺たちが『見間違えだ』と決めつけている間にも、この偽物はのうのうと宇宙を走り回り、また次の犠牲者を出していたんだ……俺たちがもっと早く気づいていれば、あの人たちだって、あんなに傷つかずに済んだかもしれないのに!」

 

誇り高きSDFの、それも空間鉄道警備隊の象徴たる「ビッグワン」の牙が、無抵抗な民間人に向けられる。

 

その事実が、そしてそれを防げなかった自分たちの無力さが、学の心を激しく抉っていた。

 

「自分を責めるな、学くん。敵の狙いは、まさにそこにある」

 

良馬が学の肩にポンと手を置き、力強い声で諭した。

 

「彼らはただ無差別に略奪を行っているわけじゃない。あえて『ビッグワン』の姿を晒して人々を襲うことで、銀河鉄道管理局、そしてSDFへの絶対的な信頼を根底から叩き潰そうとしているのかもしれない‥‥現に、さっきの乗客たちは君たちを激しく拒絶した。これが全銀河中に広がれば、軌道ネットワークの防衛システムそのものが機能不全に陥る」

 

「悪辣な真似を……!」

 

バルジ隊長の瞳に、静かだが猛烈な怒りの炎が灯る。

 

銀河鉄道の安全と人々の笑顔を護るために積み上げてきたSDFの歴史。

 

それを泥靴で踏みにじるような卑劣な罠。

 

「月村艦長、我々にそのデータを共有してほしい。シリウス小隊の名にかけて、これ以上の横暴は断じて見過ごせん。その偽物は、我がビッグワンの主砲で叩き潰してみせる」

 

バルジの決意に満ちた言葉に、良馬は深く頷いた。

 

「もちろんです、バルジ隊長。それに、我々宇宙列車・二号も、このまま黙って見ているつもりはありません。地球とディスティニーを繋ぐ平和のレールを汚す者は、我々の敵ですから」

 

良馬は学の目を見据え、不敵な笑みを浮かべた。

 

「学くん、顔を上げろ。乗客たちの誤解も、向けられた憎しみも、本物の誇りを見せてすべて引っ繰り返してやればいい。そのために、俺たちのこの『牙』を貸してやる」

 

「月村さん……!」

 

学の瞳に、絶望の影を振り払うような強い光が戻ってくる。

 

銀河鉄道の安全と空間鉄道警備隊の信用を揺るがす偽ビッグワンの陰謀。

 

混迷を極め宇宙路線で、本物の誇りを懸けた地球の「走る要塞」とSDFのビッグワンによる、反撃の火蓋が今、切って落とされようとしていた。

 

「偽ビッグワンの目的が銀河鉄道の混乱とSDFの信頼失墜にあるとすれば、一刻の猶予もないな」

 

バルジ隊長は険しい表情のまま、良馬に向き直った。

 

「月村艦長。まずは負傷者の命が最優先だ。我々はこれより直ちにディスティニーへ帰還し、彼らを医療施設へと移送する。同時に、貴官が採取したこの偽物のデータをレイラ総司令と藤堂運行司令に報告し、全SDF部隊へ警戒を通達しなければならない」

 

「同感です、バルジ隊長。我々二号列車もこのままディスティニーへ向かいます。重傷者の容態は、道中も我が列車の医療班が責任を持って管理しましょう」

 

「頼みます」

 

良馬が力強く頷くと、バルジは深く頭を下げて感謝の意を示した。

 

張り詰めていた空気が、次なる行動へと向けて動き出す。

 

各々が自分たちの列車へ戻り、出発の準備に取り掛かろうとしたその時、学がふと足を止め、良馬を見つめた。

 

「あの、月村さん……」

 

「ん?どうした?学くん」

 

「ずっと気になっていたんですが……どうして月村さんは、ヒューベリオンではなく、こんな見慣れない宇宙列車に乗って此処に居るんですか?」

 

学の純粋な疑問に、デイビッドやルイたちも足を止めて振り返った。

 

かつてアルフォート星団帝国軍との熾烈な戦いにおいて、彼らと共に死線を潜り抜けた時、良馬は次元を漂流してきた宇宙戦艦『ヒューベリオン』の指揮を執っていた。

 

だが今、彼が乗っているのは戦艦ではなく、不気味なほどのステルス装甲と重武装を備えた、SDFのデータベースにも存在しない未知の宇宙列車なのだ。

 

「ああ、ヒューベリオンは現在、地球で大規模なオーバーホールを受けている最中でね。それに、今回の俺たちの任務には、戦艦よりもこの『宇宙列車・二号』の方が適任だったという事情があるんだ」

 

「任務……ですか? 地球の戦艦に乗っていた月村さんが、わざわざ宇宙列車でこのディスティニー宙域に……?」

 

首を傾げる学に、良馬は少しだけ表情を和らげ、誇り高き先遣隊としての真実を口にした。

 

「俺たちの故郷の地球連邦政府は、君たちの惑星国家ディスティニーと正式に『恒久平和同盟』を結ぶことを決定したんだ」

 

「同盟……!?地球とディスティニーが!?」

 

学だけでなく、デイビッドやルイ、そしてバルジ隊長までもが驚愕に目を見開いた。

 

次元を超えた異なる星系国家同士の正式な国交樹立。

 

それは、かつての戦いで結ばれた個人の絆が、ついに星と星とを繋ぐ巨大な平和の架け橋へと昇華したことを意味していた。

 

「うん。俺たちは、その地球連邦政府の先遣隊として派遣されたんだ。この喜ばしい決定をレイラ総司令に直接お伝えし、同時に地球とディスティニーを繋ぐ、強固で安全な超空間通信網(ネットワーク)を設置するためにやって来た」

 

良馬は、背後にそびえる漆黒の二号列車を見上げた。

 

「この列車は、確かに、外見は物騒な『走る要塞』そのものかもしれない。だが、この重武装は決して誰かを傷つけるためのものじゃない。未知の次元の荒波や、今回のような卑劣な脅威から、未来へ続く平和のレールを護り抜くための『盾』なんだ」

 

良馬の言葉に込められた確かな熱意と、地球からの温かい想い。

 

それを聞いた学の胸の奥で、偽ビッグワンへの怒りと絶望で冷え切っていた心が、じんわりと温められていくのを感じた。

 

「地球とディスティニーが、正式に繋がる……月村さんたちが、そのために来てくれたんですね」

 

「ああ。俺の妻たちが見立ててくれた贈り物も積んである。だから学くん、偽物にSDFの誇りを汚されたまま、うつむいてディスティニーへ帰るわけにはいかないぞ。君たちは、俺たち地球の使者が最も信頼を寄せる、誇り高き銀河鉄道の守護者なんだからな」

 

「はい……っ!」

 

学の瞳に、力強い光が甦った。

 

自分たちが信じてきた正義は、決して間違っていない。

 

次元を超えて、こうして駆けつけてくれた戦友が証明してくれているのだ。

 

「月村艦長、貴国からの吉報、痛み入る。レイラ総司令も、さぞお喜びになるだろう」

 

バルジ隊長が、万感の思いを込めて良馬に敬礼を送った。

 

「我々シリウス小隊も、全力を挙げてあなた方をディスティニーへと護衛しよう。この平和への歩みを阻む者は、何人たりとも容赦はしない」

 

「頼りにしています、バルジ隊長」

 

二つの次元の運命を乗せた地球の黒き列車と、SDFの誇るビッグワンが、ディスティニーへ向けて、力強く発車を告げる汽笛を鳴らした。

 

漆黒に極彩色の光の帯が入り交じる次元の海を、二つの巨大な光の矢が並走していく。

 

銀河鉄道の象徴とも言える、空間鉄道警備隊所属のビッグワン。

 

その右舷側をピタリと並走するのは、地球連邦政府の使者としてやって来た漆黒の『宇宙列車・二号』である。

 

ビッグワンと共に正規の次元軌道ネットワークを航行している現在、二号列車は強固な重力波シールドやステルス機能を展開する必要はない。

 

その黒光りする無骨な鋼鉄の巨躯を隠すことなく堂々と宇宙空間に晒し、並び立つビックワンに歩調を合わせるように力強く進んでいた。

 

一方、ビッグワンの司令車両では‥‥

 

そのメインモニターには、すぐ隣を航行する二号列車の姿が克明に映し出されていた。

 

緊迫した救助作業を終え、ひとときの静寂が戻ったブリッジに、デイビッドの感嘆とも呆れともつかないため息が漏れる。

 

「しかし、マジで信じられねぇな……」

 

デイビッドは腕を組み、モニターに映る真っ黒な装甲列車を食い入るように見つめた。

 

「月村艦長たちと別れたあのアルフォート星団帝国との大戦から、まだたったの半年だぞ? その短い期間で、地球の連中はあんなバケモノみたいな宇宙列車を造り上げたって言うのかよ」

 

「ええ……本当に驚異的な技術力です。元々ヒューベリオンの戦闘能力も凄かったですけど‥‥」

 

オペレーターのルイも手元のコンソールに表示されるスキャンデータを信じられないといった様子で見つめている。

 

「二号列車の構造は、我々SDFの車両とは全く異なる独自の技術体系で建造されています。タキオン・ハイブリッド・ボイラーと推測される主機関の出力もさることながら、各車両に配置された格納式の砲塔や、装甲の密度……あれは単なる列車の域を超えています。単車で敵の要塞を制圧できるほどの、まさに『走る要塞』です」

 

「地球の人たちは、それだけ本気なんだよ」

 

モニターを見上げていた学が、誇らしげな笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「あの真っ黒で分厚い装甲も、物騒な大砲も、誰かを傷つけるためのものじゃない。月村さんが言っていた通り、未知の次元の荒波や、あの偽ビッグワンみたいな理不尽な悪意から、平和のレールを護り抜くための『盾』なんだ」

 

学の言葉に、デイビッドもニヤリと口角を上げる。

 

「違いない。見た目は不気味な装甲列車だが、中身は義理人情に厚い月村艦長たちだからな。これほど心強い味方はいねぇよ」

 

「ああ、その通りだ」

 

司令席で腕を組んでいたバルジ隊長が、深く静かな声で同意した。

 

その厳格な眼差しは、隣を走る黒き同盟者に確かな敬意を向けていた。

 

偽ビッグワンがもたらした銀河鉄道と空間鉄道警備隊への不信感と憎悪の連鎖。

 

それは確かにシリウス小隊の心に深い傷を残したが、同時に、思いがけない友との再会が彼らに計り知れない勇気を与えていた。

 

(待っていてください、レイラ総司令)

 

学は、モニター越しの二号列車――その奥にある、月村たちが携えてきた『地球の心』に思いを馳せる。

 

(俺たちは絶対に負けない。偽物がどれだけSDFの誇りを汚そうとも、地球の皆が証明してくれた俺たちの『本物の誇り』で、必ず未来を切り拓いてみせます)

 

交錯する二つの次元の運命を乗せ、二両の宇宙列車は、希望の始発駅でもたる惑星国家ディスティニーへと力強くひた走る。

 

その先に待ち受ける、未知の陰謀を打ち砕くために‥‥

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

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