銀河鉄道の根幹を揺るがす未曾有の危機。SDFシリウス小隊の専用車両『ビッグワン』を騙る漆黒の戦闘列車『ブラック・ワン』が、突如として暗黒の宇宙にその牙を剥いた。
宇宙海賊ジャック・ブルームに強奪されたとされるその最新鋭車両は、圧倒的な火力と機動力によって、ベガ小隊、ケフェウス小隊、ツバン小隊といったSDFの精鋭たちを次々と蹂躙していく。
地球からの使者・月村良馬と『宇宙列車・二号』の身を呈した援護により、シリウス小隊と重傷を負ったベガ小隊は辛くもディスティニーへの帰還を果たしたものの、SDFの受けた傷跡はあまりにも深く、事態は悪化の一途を辿っていた。
満身創痍となった仲間たちの姿に、シリウス小隊の有紀学はやり場のない怒りと焦燥感を募らせる。
一方、冷静に事態の裏を読んだ隊長のバルジは、キリアン・ブラックに独自の調査を命じていた。
その結果浮かび上がってきたのは、強奪された被害者であるはずの軍需企業『ヘッケラー社』の黒い影だった。
彼らはブルームに多額の報酬を支払い、自ら最新鋭機を「強奪」させた上で、SDFをモルモットにして次世代戦闘列車の実戦データを収集するという、血も涙もないマッチポンプ計画を企てていたのだ。
巨大な陰謀の全容が見え始める中、バルジは確固たる証拠を掴むべくキリアンに調査の継続を指示。
そして自らは、SDFの誇りを取り戻し仲間たちの仇を討つため、反撃の作戦を練る合同会議へと歩を進める。
冷酷な大人たちの欲望から生まれた漆黒の悪魔を打ち破るべく、今、SDFの反撃の狼煙が上がろうとしていた――。
惑星ディスティニー 銀河鉄道管理局 SDF庁舎 大会議室
惑星ディスティニー。銀河鉄道管理局SDF庁舎の最上階に位置する大会議室には、かつてないほどの重苦しい空気が立ち込めていた。
席に着いているのは、SDF各小隊の隊長クラスの面々である。
彼らの顔には一様に疲労と焦燥、そして仲間を傷つけられた深い怒りが刻まれていた。
このブラック・ワン対策会議の模様は、情報共有のためにSDF各小隊の待機室にあるモニターにもリアルタイムで中継されている。
シリウス小隊の待機室でも、学やデイビッドたちが食い入るように画面を見つめていた。
重い沈黙を破り、SDF司令官兼・銀河鉄道運行司令の藤堂平吾郎がゆっくりと立ち上がった。
「皆も既に承知のことと思うが……これより、我々に多大な被害を与え続けている漆黒の戦闘列車『ブラック・ワン』に関する詳細なデータを共有する」
藤堂が手元のコンソールを操作すると、会議室の中央にある大型ホログラムモニターにブラック・ワンの姿と、膨大なスペックデータが投影された。
「ヘッケラー社に強く圧力をかけ、ようやく提出させたデータだ。ブラック・ワンの正体……それは、奴らが極秘裏に開発を進めていた『SPG(空間装甲擲弾兵)の次期新型戦闘車両』のプロトタイプである」
「SPGの次期戦闘車両だと……!?」
隊長たちの中から、どよめきと怒りの声が漏れた。
「動力源の最大出力は、実に800万コスモ馬力。さらに最新型のレーダー攪乱装置と電波遮断シールドを標準搭載しており、その電子戦能力は、我が軍で最高の索敵能力を誇るスピカ小隊の『フレイムスワローⅡ』に匹敵、あるいは凌駕する」
圧倒的なスペックに、スピカ小隊隊長のジュリアは悔しげに唇を噛んだ。
続いて、先の戦闘で実際にブラック・ワンと交戦し、生還を果たしたケフェウス小隊隊長のガイ・ローレンスが口を開いた。
「ここからは、我々ケフェウス小隊が採取した実戦データを元に説明しよう。まず、防御面だ」
ローレンスが手元の端末を操作すると、ホログラムのブラック・ワンの周囲に青白いバリアのエフェクトが重なった。
「敵は被弾を検知すると、即座に『収束式電磁シールド』を展開する。これが極めて厄介だ。展開されるのは車体の正面、及び左右の側面。我々の放った光子魚雷群も、このシールドの前に完全に無効化された。結論から言えば……SDFの現有兵器の火力では、このシールドを破ることは不可能だ」
「不可能だと!? じゃあ、どうやってあの化け物を止めろって言うんだ!?」
「これじゃあ、手も足も出ないじゃないか……!」
他の小隊の隊長たちが、絶望と苛立ちから顔を歪める。
「機動力も凄まじい。速力はSDFのどの戦闘車両よりも高速だ。もしあの時、ブラック・ワンが追撃を止めずに向かってきていたら……我々の『飛龍号』は、確実に撃破されて宇宙の塵となっていただろう」
常に冷静なローレンスが淡々と語る「確実な死」の事実に、会議室は水を打ったように静まり返った。
「次に、攻撃面における奴らの『基本戦術』についてだ」
立ち上がったのは、シリウス小隊隊長のバルジだった。彼は鋭い視線でホログラムを睨みつけながら解説を引き継ぐ。
「ブラック・ワンは、後尾の三両に格納・分離式の超長距離砲……通称『ドネル・カノン』を搭載している。ビッグワンやアイアンベルガーを一撃で大破させたあの光線だ。奴らはまず、このドネル・カノンを用いて、SDFの戦闘車両の射程外から一方的なアウトレンジ攻撃を仕掛けてくる」
ホログラムが展開され、遠距離からの狙撃、中距離への接近、近接戦闘への移行というシミュレーション映像が流れる。
「距離が詰まれば、中距離からは多弾頭ミサイルによる飽和攻撃。そして近接戦闘に入れば、SDFでも採用されている標準規格の主砲および対空砲で弾幕を張る。遠、中、近……どの距離においても、ブラック・ワンの布陣に死角はない。まさに『攻守ともに完璧』と言わざるを得ない」
バルジの重い総括に、誰もが反論の言葉を持たなかった。
そんな中、会議室の末席で冷や汗を流している若者が一人いた。
地球連邦政府からの使者として派遣され、レイラ総司令からの特別な計らいでこの会議に同席を許された月村良馬である。彼の隣には、地球側の優秀なメカニックである技師長アルバートが座っている。
(出力800万コスモ馬力で、鉄壁のシールドに超火力……って、それ、俺たちが乗ってきた『宇宙列車・二号』とほとんど同じスペックじゃないか……!)
良馬は内心、生きた心地がしなかった。
地球の科学力を結集して作られた二号列車も、ブラック・ワンに匹敵するチート級の能力を有している。
もしこの場で「同じような化け物列車に乗ってきた地球人」として睨まれたら、これから結ぼうとしている同盟関係にヒビが入りかねない。
SDFの隊長たちがブラック・ワンに向ける憎悪の眼差しを見るたび、良馬は自分たちまで同一視されるのではないかとヒヤヒヤしていた。
良馬は周囲に悟られないよう、隣に座るアルバートに顔を寄せ、声を潜めて尋ねた。
「……なぁ、アルバート技師長。あのブラック・ワンのスペック、どう思う? 完璧すぎて付け入る隙がないように聞こえるんだけど……何か攻略法みたいなものはないのか?」
「ふむ……」
良馬の問いに対し、アルバートは顎に手を当て、ホログラムのデータを舐め回すように見つめていた。彼のメカニックとしての眼光は、決して絶望に染まってなどいない。
「バルジ隊長たちは『攻守完璧』と仰っていましたが……システムとして見た場合、完璧な兵器などこの世には存在しませんよ、月村司令」
「えっ? それじゃあ……!」
「ええ。ローレンス隊長が先ほどおっしゃった『収束式電磁シールドの展開場所』……。ここに、あの列車を打ち破るための『攻略の鍵』が隠されていると私は見ています」
アルバートの眼鏡の奥で、鋭い知性の光がキラリと瞬いた。
「……なるほど。そういうことか」
重苦しい空気が支配する会議室に、落ち着いた、しかし確信に満ちた声が響いた。
声の主は、月村良馬だった。彼は手元のホログラムデータをじっと見つめながら、頭の中でひとつの仮説を組み立てていた。
(銀河鉄道は、どこまでいっても『軌道レール』の上を走る存在だ。三次元的な回避行動には限界がある。だからこそブラック・ワンは、他者を寄せ付けない完璧とも思える攻守を備えている。……いや、違う。あの強さは『相手を近接戦闘に持ち込ませないため』に特化した強さなんだ)
さらに良馬は、ある重大な「アキレス腱」に思い至っていた。補給だ。
ヘッケラー社がブラック・ワン強奪犯のジャック・ブルームと裏で繋がっていることはほぼ明白だ。バルジ隊長や藤堂司令をはじめ、SDF上層部もすでに彼らを疑って動いている。当然、ヘッケラー社側もその空気を察知しているはずだ。
ならば、大っぴらにブラック・ワンへエネルギーや弾薬を補給することはできない。どれほどの超兵器であろうと、補給線が断たれていれば必ずエネルギー問題と弾薬問題に直面する。
「藤堂司令、よろしいでしょうか」
良馬が静かに立ち上がると、隊長たちの視線が一斉に彼に集まった。「地球からの客が何を言うつもりだ」という怪訝な目が向けられる中、良馬は怯むことなくケフェウス小隊隊長のローレンスに問いかけた。
「ローレンス隊長。ブラック・ワンの『収束式電磁シールド』についてですが、展開されているのは正面と左右だけでしたか? つまり……『上下』にはシールドが展開されていなかったのでは?」
突然の指摘に、ローレンスはわずかに目を見張った。
「……確かに、我々が確認した限りでは、正面と左右への展開のみだった。上下に関してシールドが張られているかは、確認できていない」
「ありがとうございます。続いて、バルジ隊長」
良馬は視線をシリウス小隊の隊長へと移した。
「ヘッケラー社から提供されたデータの中に、あの超長距離砲……ドネル・カノンの『連続射撃時間』の記載はありませんか?」
バルジは手元の端末を素早く操作し、該当するデータを引き出した。
「……ある。最大出力での照射時間は『十五秒』だ」
「十五秒……」
良馬は力強く頷いた。
「いくら絶大な威力を持つ砲台でも、無限に撃ち続けることはできません。つまり、その『十五秒間』のドネル・カノンの砲撃に耐え切ることができれば、次の発射までに必ず冷却と充填のタイムラグが生じるはずです」
良馬は言葉を区切り、周囲の隊長たちの顔を見渡した。
「それに、あんな規格外の巨大砲です。列車という細長い構造上、莫大なエネルギーの反動や排熱を考えれば、短時間での連続発射は不可能なはずです」
(もしあれが、かつて地球の記録に残る彗星帝国が保有していた宇宙戦艦の『火炎直撃砲』のような代物なら、短時間での連射も可能だったかもしれないが……レールを走る列車である以上、構造的な限界は必ずある)
良馬の投げかけた上下のシールドの死角そして十五秒のタイムラグ‥その二つの要素が結びついた瞬間、バルジの瞳に鋭い光が宿った。
「……なるほど。そういうことか、月村特使」
バルジが口元に微かな笑みを浮かべたのを見て、良馬もまた、彼が何を考えたのかを正確に理解した。
「続けて、もう一つ提案があります」
良馬はホログラムの星図を展開し、ブラック・ワンの予想進路上にマーカーを引いた。
「ブラック・ワンは現在、表立った補給を受けることができません。そこで、この弱点を突き、彼らに『消耗戦』を仕掛ける作戦を提案します」
「消耗戦?」ジュリアが眉をひそめた。
「はい。SDF各小隊を各宙域に展開し、綿密な連携を取りながらゲリラ的な攻撃を仕掛けます。上下の死角を突き、ミサイルや主砲で波状攻撃をかける。敵は被弾を防ぐためにシールドを展開せざるを得ず、反撃のために弾薬とエネルギーを消費します。そうやって徐々に奴らの体力を削りながら……あらかじめ設定した『決戦宙域』へと追い込み、確実に息の根を止めるのです」
良馬の理路整然とした作戦立案に、会議室は再びざわめいた。
「ふざけるな!部外者である地球人が、偉そうに作戦の指揮を執るつもりか!?」
と、プライドを刺激されて否定的な声を上げる隊長も少なくない。
しかし、バルジは毅然とした態度で立ち上がった。
「いや、月村特使の作戦は理にかなっている。現状の我々の最大の問題はブラック・ワンの撃破であり、それ以上の優先事項はない。この際、どこの誰が立案した作戦であろうと関係ないはずだ。私は、特使の作戦を支持する」
実利と仲間たちの命を最優先とするバルジの言葉に、藤堂司令も深く頷く。
「よかろう。本作戦を直ちに承認する。各小隊は直ちに出撃準備にかかれ!」
会議終了後。
バルジはシリウス小隊の待機室には戻らず、SDFの巨大な整備ドックを擁する整備省へと足を運んでいた。
そこでは、先の実戦で深く傷ついたシリウス小隊の専用車両『ビッグワン』が、突貫工事で修理と改修を受けていた。火花が散り、無数の重機が飛び交う中、バルジは整備部門の責任者である暁(あかつき)の元へと向かった。
彼の後ろには、学、デイビッド、ルイといったシリウス小隊の面々が続いている。
「暁さん。急な頼みで済まないが、ビッグワンのシールド発生装置の設定を変更してほしい」
「設定変更? どの数値をいじれってんだ?」
スパナを片手に汗を拭う暁に対し、バルジは静かに、だが決死の覚悟を込めて告げた。
「シールドの発生場所を『正面のみ』に絞ってくれ」
「……はぁ!?」
バルジからの頼みを聞き、暁は素頓狂な声を上げ、目を丸くした。
「隊長さん、あんた頭おかしくなったのか!? 側面や後方の防御を完全に捨てるってことだぞ!?他の箇所に張らない分、正面のシールド出力は莫大で強力なものになるが……もし横っ腹から攻撃を一発でも食らえば、ビッグワンは即座に轟沈だ!! そんな自殺行為みたいな設定、俺が許可できるわけねぇだろう!」
「分かっている。だが、敵の『ドネル・カノン』の十五秒間を耐え抜き、近接戦闘に持ち込むには、全エネルギーを正面に回すしかないんだ」
「馬鹿野郎! 整備士として、乗組員を危険に晒すような真似ができるか!」
激昂する暁。しかしその時、バルジが深く頭を下げた。
「頼む、暁」
「隊長……」
それを見た学が歩み寄り、彼もまた深く頭を下げる。
「お願いします、暁さん! 俺たちには、これしかブラック・ワンに勝つ方法がないんです! 犠牲になった仲間たちの仇を……SDFの誇りを取り戻すために!」
デイビッドが、ルイが、そしてシリウス小隊の乗組員全員が、次々と暁に向かって頭を下げる。
「お前ら……」
全員の悲痛なまでの覚悟と熱意。
それを肌で感じ取った暁は、しばらく天井を仰いで深く息を吐き出した。
「……チッ。どいつもこいつも、無茶ばっかり言いやがって」
暁は乱暴に頭を掻きむしると、鋭い目でバルジを睨みつけた。
「いいか?隊長さん。もしビッグワンにこれ以上傷一つでも余計につけたら、承知しねえからな。……正面シールド特化型へのプログラム書き換え、すぐに取り掛からせる!」
「感謝します。暁さん」
バルジが顔を上げると、学たちも安堵と決意の入り交じった笑みを浮かべた。
決戦の時は、刻一刻と迫っていた。
SDF全小隊は出撃し、各々の担当宙域へと向かっていく。
その中には宇宙列車二号も含まれていた。
「ポイントE異常なし」
「ポイント7、敵影無し」
各小隊はブラック・ワン捜索にはいり、スピカ小隊がブラック・ワンを発見した。
「スピカ小隊より入電、ベルソン、ポイントα4Eにて目標を発見」
「SDF全小隊に通達。予定通り、敵をポイントXに誘い込め」
SDF全小隊は分散しつつもブラック・ワンと接触し、消耗戦をさせつつ決戦宙域へと誘い込む。
アクルクス小隊、アルゴル小隊は交戦の後、列車が損傷をした。
「アクルクス小隊より各機! 敵ブラック・ワンと交戦状態に入る!」
暗黒の宙海に、無数の光条が交差した。
漆黒の装甲を鈍く光らせながら猛スピードで突き進むブラック・ワンに対し、アクルクス小隊の戦闘車両サザンクロス号が側面から超電磁砲でブラック・ワンへ攻撃する。
しかし、ブラック・ワンの周囲に展開された青白い収束式電磁シールドが、それらを無慈悲に弾き返した。
「くそっ、やはりSDFの通常兵器ではシールドすら破れないか……!」
アクルクス小隊隊長が唇を噛んだ直後、ブラック・ワンの多弾頭ミサイルが牙を剥いた。
無数のミサイルがアクルクス小隊の装甲を抉り、激しい爆発が巻き起こる。
「右舷後方に被弾! 機関部出力低下、20パーセント!」
「構わん、持ち堪えろ! 奴を絶対にポイントXの方向へ向かせるんだ。我々の意地を見せてやれ!」
満身創痍となりながらも、アクルクス小隊は盾となり、ブラック・ワンの進路を巧みに制限していく。
そこに、別ルートから急行したアルゴル小隊が加勢に入った。
「アルゴル小隊、これよりアクルクス小隊の援護に入る! 敵の上下の死角を狙え!」
上下の死角からの主砲による波状攻撃。
いくらブラック・ワンといえども、防御の薄い箇所への連続攻撃は無視できない。
被弾を避けるべく、あるいはシールドのエネルギー消費を抑えるべく、ブラック・ワンはSDFが意図した方向へと徐々に進路を修正させられていった。
「第一装甲大破! これ以上の追撃は不可能です!」
「……よくやった。アルゴル小隊、後退。あとは次の部隊に任せる。必ず……仇は討ってくれるはずだ」
アルゴル小隊隊長は、炎を噴き上げる自機を宥めながら、後続へと希望を託した。
各小隊の犠牲を伴うゲリラ的な一撃離脱戦法。彼らの血のにじむような執念が、広大な宇宙空間にブラック・ワンを囲い込む巨大な「包囲網」を形成しつつあった。
一方、ブラック・ワンのブリッジでは、宇宙海賊ジャック・ブルームが苛立ちの声を上げていた。
「ちぃっ! どいつもこいつも、ハエのようにまとわりつきやがって……!」
本来なら、ドネル・カノンによるアウトレンジ攻撃で一網打尽にできるはずだった。だが、SDFの各部隊は徹底して遠距離戦を避け、小惑星帯やデブリの影から死角を突く嫌らしい攻撃を繰り返してくる。
そのたびにシールドを展開し、迎撃に弾薬を消費させられていた。
「ヘッケラーの連中からは実戦データの収集を頼まれてるが、これじゃただの消耗戦だ。弾薬もエネルギーも無限じゃねえんだぞ……!」
忌々しげにコンソールを叩き割らんばかりの勢いでブルームが吠えた時、レーダー手が緊迫した声を上げた。
「前方に新たな敵影! これは……SDFの識別信号ではありません!」
「SDFの識別信号じゃないだと!?それじゃあ、そこの列車だ!?」
「分かりません!!」
「まぁ、いい。俺たちの邪魔をするなら、蹴散らすだけだ!!ドネル・カノンの照準を合わせろ!」
だが、ブルームの強気な命令は、次の一瞬で凍りついた。
「て、敵列車より高エネルギー反応! 撃ってきます!」
「なんだと!? まだドネル・カノンの射程外だぞ!?」
ブラック・ワンの遥か彼方、宇宙の闇の奥から、三筋の眩い閃光が放たれた。
それはSDFの標準兵器であるレーザーや光子魚雷とは根本から異なる、地球連邦の技術の結晶――ショックカノンであった。
その射程は、口径こそ駆逐艦や護衛艦クラスに抑えられているものの、地球の歴史において2201年に就役したアンドロメダ級の前衛武装宇宙艦の主砲、あるいはヤマトの波動砲にも匹敵する超長距離射程を誇っていた。
「回避ぃっ!!」
直撃こそ免れたものの、ショックカノンの光条がブラック・ワンの僅か数メートル傍を掠め、空間そのものを震わせるほどの余波で車体を激しく揺さぶった。
「馬鹿な……!?あの距離から正確に狙撃してきただと!?」
驚愕するブルームの耳に、さらなる絶望の報告が飛び込む。
「敵、次弾装填! 実体弾が来ます!」
宇宙列車二号の砲身から放たれたのは、空間装甲をも貫き、内部から対象を破壊する『波動カートリッジ弾』だった。
ブラック・ワンは即座に収束式電磁シールドを最大出力で展開する。
だが――。
ズドォォォォォンッ!!
波動カートリッジ弾がシールドに直撃した瞬間、これまでのSDFの攻撃とは比較にならない次元の爆発が宇宙空間を真白に染め上げた。
ブラック・ワンの強固なシールドが悲鳴を上げ、車体全体に危険を知らせるアラートが鳴り響く。
「シールド出力低下! このままでは破られます!」
「冗談じゃねぇ! なんだ?あの化け物みたいな威力は!?」
ブルームは冷や汗を拭う暇もなかった。
SDFの攻撃を「ハエ」と呼んでいた彼だが、目の前に現れたのは紛れもなく自分たちと同等、いやそれ以上の火力を有する猛獣だった。
これが宇宙戦艦から放たれた波動カートリッジ弾だったらブラック・ワンは今頃、宇宙の塵になっていただろう。
「これ以上まともにやり合えば、ドネル・カノンに被弾するかもしれねぇ……!」
ドネル・カノンは、ブラック・ワンの最大のアイデンティティにして、ヘッケラー社に献上すべき最重要のテスト兵器だ。これが破壊されれば、多額の報酬も泡と消える。
「ええい、撤退だ! あのイカれた列車との戦闘は避けろ! 面舵一杯、進路をポイントX方面へ取れ!」
ブルームは屈辱に顔を歪めながらも、ドネル・カノンへの被弾を恐れて強引に反転し、逃走を開始した。
その様子を、宇宙列車二号のブリッジから月村良馬が冷静に見据えていた。
「逃げたか……狙い通りだな」
「ええ。ですが月村司令、あのアウトレンジからシールドを維持したまま逃げ切るとは、やはりブラック・ワンも相当な化け物です」
アルバート技師長が計器から目を離さずに言った。
とは言え、元々警備組織戦闘の列車と軍用専門の戦闘列車ではどうしても軍用の方が性能に関して軍配が上がる。
良馬が追撃を命じればブラック・ワンを撃破する事は可能だろう。
しかし、バルジたちが言う様にこれは銀河鉄道・SDFの問題であり、余所者がしゃしゃり出てきて一方的に解決してしまえばそれこそこの後に控えるディスティニーと地球との同盟に溝を産むことになる。
なので、自分たちが行うのは此処までであり、万が一ポイントXにてブラック・ワンを仕留めきれなかった場合は加勢するつもりだった。
「ああ、だがこれで奴らはSDFの用意した決戦宙域――ポイントXへ向かうしかない。後は任せたぞ、バルジ隊長……!」
良馬の呟きが宇宙の静寂に溶けていく中、SDF全小隊による命がけの誘導は最終段階を迎えようとしていた。
全ての役者は、漆黒の悪魔を葬り去るための舞台、ポイントXへと集いつつあった。
決戦宙域として指定された『ポイントX』。
そこは無数の小惑星がひしめき合い、荒れ狂う磁気嵐が紫色の雷鳴を轟かせる、宇宙の難所であった。
ブラック・ワンのブリッジは、警報音とクルーたちの怒声に包まれていた。
SDF各小隊による執拗な波状攻撃、そして何より、先ほど交戦した宇宙列車二号の規格外の火力が、ジャック・ブルームの精神を確実に削り取っていた。
「クソッ……! クソォォォッ!!」
コンソールを殴りつけながら、ブルームは血走った目でモニターの星図を睨みつける。
(ヘッケラー社の野郎どもは「SDFをモルモットにして実戦データを取れ」などと抜かしたが……ふざけるな! あんなバケモノみたいな列車が出てくるなんて話、聞いてねぇぞ!)
これまで宇宙海賊として、時に汚れ仕事を引き受ける傭兵として、彼なりに矜持を持って生きてきた。
だが、命の危機に直面し、そのプライドは音を立てて崩れ去ろうとしていた。
「おい、データ収集はここまでだ!この列車を俺たちでもらってトンズラとするぞ!」
「ですが、ボス。ヘッケラー社との契約では、この後列車を所定のポイントで乗り捨てる手はずでは……?」
ヘッケラー社との契約ではこの後、自分たちは指定されたポイントでこの列車を乗り捨ててヘッケラー社はその後、列車とデータを回収し、ブルームに報酬を払う契約だった。
「馬鹿野郎、あんな連中との約束なんざ知ったことか! これだけのバケモノ列車だ。このまま海賊を続ければヘッケラー社からの報酬以上の金が稼げるぞ!!」
欲に目が眩んだブルームが、ヘッケラー社を裏切りブラック・ワンの完全強奪を宣言した、その時だった。
「前方に反応! SDFの識別信号……シリウス小隊、ビッグワンです!」
磁気嵐の雷光に照らされ、前方から重厚な機体を現したのは、幾度となく彼らの行く手を阻んできたSDFのビッグワンだった。
その姿を見た瞬間、ブルームの顔に醜い歪んだ笑みが浮かんだ。
「へっ……なんだと思えば、一度俺たちが叩きのめした負け犬じゃねぇか! ちょうどいい、目障りなSDFの象徴をスクラップにして、華麗に脱出してやる! ドネル・カノン、フルチャージ! ぶっ放せぇっ!!」
ブラック・ワンの後尾車両が展開し、極太の砲身がビッグワンへと向けられる。
絶対的な破壊力を持つ閃光が、暗黒の宙海を切り裂き、ビッグワンの正面へと襲いかかった。
「当たれェェェッ!!」
ブルームは勝利を確信して叫んだ。前回の戦闘で、ビッグワンはこの一撃で大破し、無様に撤退していったのだ。今回も同じ結果になるはずだった。
しかし――閃光が収まった後、モニターに映し出された光景に、ブルームは己の目を疑った。
「なっ……馬鹿な!? 何故無傷で動いている!?」
ビッグワンは、青白い強固な光の盾――全エネルギーを『正面のみ』に集中させた特化型シールドを展開し、ドネル・カノンの直撃を完全に耐え抜いていたのだ。
側面と後方の防御を完全に捨て去り、一撃必殺の砲撃を凌ぐためだけに整備士の暁が施した、決死のプログラム改修。それが功を奏した瞬間だった。
「ドネル・カノンの次弾装填まで、十五秒! 機関最大出力、一気に距離を詰めろ!」
ビッグワンのブリッジで、バルジ隊長が鋭く号令を飛ばす。
「了解!」
操縦桿を握るデイビッドが吼え、ビッグワンは凄まじい推進力でブラック・ワンへと突進していく。
「く、来るな! 多弾頭ミサイル、全弾発射! 迎撃しろ!」
慌てふためくブルームの指示で、ブラック・ワンから無数のミサイルが吐き出される。正面にしかシールドがないビッグワンにとって、少しでも軌道が逸れて側面から被弾すれば、即座に轟沈する危険な弾幕だ。
だが、シリウス小隊はそれすらも覚悟の上だった。
「デイビッド、頼むぞ!」
「俺に任せな! 無軌道走行(フリー・トラック)モード、起動!!」
デイビッドがコンソールのスイッチを叩き込んだ瞬間、ビッグワンの車輪がレールから離れ、スラスターの噴射によって宇宙空間に浮き上がった。
ここから先は、決まった軌道に縛られない、パイロットの腕だけが頼りの三次元機動戦闘である。
「うおおおおおっ!!」
デイビッドは神業的な操縦技術で、迫り来るミサイルの群れを紙一重で回避していく。巨体とは思えない滑らかな軌道を描き、ビッグワンは一発のミサイルも被弾することなく、ブラック・ワンの懐へと潜り込んだ。
「な、なんて操縦だ……! 迎撃システム、何をやっている! 早く撃ち落とせ!」
ブルームが絶叫するが、ブラック・ワンの戦闘システムは、ビッグワンの縦横無尽な無軌道走行の予測データを処理しきれずにいた。
さらに致命的だったのは、先ほどの宇宙列車二号が放った『波動カートリッジ弾』による衝撃だった。シールド越しとはいえ、車体内部の精密機器に目に見えないダメージが蓄積しており、ここぞという極限状態においてシステムエラーが頻発し始めていたのだ。
「ダメです! 照準システムがフリーズしました!」
「ふざけるなァッ!!」
その隙を、シリウス小隊が見逃すはずがなかった。
ブラック・ワンの直上に躍り出たビッグワンから、学の声が響く。
「主砲、目標ロックオン! 撃てぇぇぇっ!!」
ビッグワンの戦闘車両から放たれた主砲の直撃弾が、無防備なブラック・ワンの戦闘車両の装甲を容赦なく貫いた。
内部で誘爆が起こり、多弾頭ミサイルの発射管を含む武装ユニットが完全に沈黙する。
「ひぃぃっ……! こ、後退だ! 距離を取れ!」
戦闘車両を潰され、ミサイルも弾切れとなったブルームは、唯一残されたドネル・カノンで決着をつけるべく、半狂乱でエンジンを吹かしてビッグワンの射程圏外へと逃れようとする。
「逃がすか。……ビッグワン、コスモマトリクス砲、発射準備!」
バルジの低く、しかし力強い声がブリッジに響いた。
かつて、全宇宙の脅威となったアルフォート星団帝国軍との死闘。その後に詳細に解析された未知の技術『コスモマトリクス』。それを応用して密かに開発・搭載されていたSDFの最新鋭戦略砲が、今、その封印を解かれた。
「コスモマトリクス砲、エネルギー充填率120パーセント! 臨界点突破!」
レーダー手のルイが叫ぶ。
遠ざかるブラック・ワンの後尾では、再びドネル・カノンの砲口が青白い光を帯び始めていた。
「今度こそ……今度こそ木っ端微塵にしてやる!」
ブルームが発射ボタンに手をかけた、まさにその瞬間だった。
「撃てぇぇぇぇぇっ!!」
バルジの号令と共に、ビッグワンの先端から、ドネル・カノンをも凌駕する極大のエネルギー波が放たれた。
それは周囲の磁気嵐すらも飲み込み、宇宙空間を虹色に染め上げながらブラック・ワンへと一直線に突き進む。
「な、なんだあの光は……! ア、アアアァァァァァッ!!」
ドネル・カノンを放つよりも一瞬早く、コスモマトリクス砲の奔流がブラック・ワンを真正面から捉えた。
断末魔の叫びを上げるブルーム諸共、漆黒の悪魔は眩い閃光の中に包み込まれ――次の一瞬、爆音すら残さずに宇宙の塵となって完全消滅した。
数日後。
ブラック・ワン強奪事件の裏で暗躍していた軍需企業『ヘッケラー社』のコロニーに、SDFおよび銀河鉄道公安局の強制捜査が入った。
提出されたブラック・ワンのデータ、キリアンの綿密な潜入調査によって得られた証拠、そして何より、現場で回収されたブラック・ワンの残骸から復元された通信記録が、彼らのマッチポンプ計画の全てを白日の下に晒したのだ。
「こんな馬鹿な……我々の完璧な計画が……」
手錠をかけられ、SDF隊員に連行されていくヘッケラー社の重役、ケッセルリンクは、信じられないというように虚空を見つめていた。
自らの野心と利益のために他者の命を弄んだ彼らには、銀河鉄道法に基づき、極めて厳重な裁きが下されることになる。
かくして、SDFに多大な犠牲を強い、銀河鉄道の根幹を揺るがした未曾有の危機は、SDF各小隊の誇りと結束、そして地球からの来訪者との奇跡的な連携によって幕を閉じたのであった。
惑星ディスティニーの喧騒から離れた、静寂の宇宙空間。
銀河鉄道管理局がヘッケラー社のコロニーに対して強硬な強制捜査を断行し、冷酷な陰謀が白日の下に晒されていく中、月村良馬は宇宙列車二号のデッキで最後の仕上げを行っていた。
「……これで、地球との直通通信回線は確保できた。リレー衛星、全基稼働を確認」
良馬の操作により、ディスティニーと地球を結ぶ「架け橋」が完成した。
かつては交わる事の無い筈だった地球とディスティニーが、今、情報の光速で繋がったのだ。
直後、管理局の司令室から通信の要請が入った。
通信モニターには、銀河鉄道運行司令にしてSDF司令官、藤堂平吾郎の威厳ある姿が映し出される。
『こちら銀河鉄道管理局。これより地球連邦政府との初接触を行う。月村司令回線を開いてくれ』
「了解。これより地球側、地球防衛軍との通信を確立します」
モニターが切り替わり、地球側の背景と共に一人の男が姿を現した。
鋭い眼光、整えられた白髪。地球防衛軍長官、藤堂平九郎である。
『こちらは地球連邦政府、地球防衛軍司令部。……これより銀河鉄道管理局との公式通信を開始する』
二人の「藤堂」が、時空を越えて初めて顔を合わせた。
モニター越しに互いの姿を見やった瞬間、二人は同時に眉をひそめ、そして微かに目を見開いた。
(藤堂……?私と同じ苗字か)
(藤堂平九郎……驚いたな、奇妙な巡り合わせだ)
勿論、血縁ではない。
しかし、異なる銀河でそれぞれ星の命運を背負う二人が、同じ「藤堂」という名を持ち、同じく防衛の責務を負っているという事実に、二人は内心で深い驚きと、どこか親近感にも似た感情を抱いていた。
『……銀河鉄道管理局、運行司令の藤堂平吾郎です。今回、月村特使の尽力により、こうして対話の窓口が開けたことに敬意を表します』
『地球防衛軍長官、藤堂平九郎だ。……銀河鉄道の皆様には、ヒューベリオンの保護、そして何より我が地球の技術を搭載した列車を受け入れてくれたことに感謝します』
二人の間には、初めての接触とは思えないほどの、軍人同士の深い信頼と理解が瞬時に芽生えていた。
平九郎は、淡々と地球側の予定を告げた。
『地球側としましても、今後の同盟締結に向け、地球側から正式な大使を派遣する予定です。ディスティニー側には、その受け入れ準備をお願いしたい』
『承知しました。銀河鉄道管理局としても、最大限の歓迎をもってこれを迎え入れましょう』
藤堂長官が頷くと、通信の横にいた良馬が、一歩前に出た。
「藤堂長官、地球からの来訪が遅れたこと、申し訳ありませんでした。ディスティニー到着直後、ある事件が起こり、こちらの安全確保に全力を注がねばなりませんでした」
良馬は藤堂に偽ビッグワン事件‥‥『ブラック・ワン事件』についての詳細を報告する。
『そうか‥そのような事が‥‥』
軍需産業による汚職を発端とする今回の事件‥‥
地球側も決して対岸の火事ではない。
似たような事例が今後、地球でも起きないとは言い切れないからだ。
良馬から事件の報告を聞いた後、藤堂長官は新たな命令を下す。
『宇宙列車二号、および特使である貴官に新たな任務を与える』
「はい」
『貴官らは一度地球へ帰還し、再補給と整備を受けよ。その後、地球からディスティニーへと向かう『宇宙列車一号』の護衛任務を命ずる。一号には、地球連邦政府より選出された、同盟締結の全権大使が乗車している。彼らを無事にディスティニーまで送り届けて欲しい』
「宇宙列車一号の護衛……! 了解しました!」
通信が終わると、ディスティニーの銀河鉄道運行司令室には再び静寂が戻った。
だが、その空気は先ほどまでの重苦しいものではなく、未来への希望に満ちたものだった。
「……同盟締結、か」
藤堂平吾郎が窓の外、ディスティニーの宇宙を見つめながら呟く。
「二つの銀河が、一つの意志で繋がる時が来る。月村司令が運んできたのは単なる通信回線ではない。銀河の未来そのものだ」
宇宙列車二号は再び地球へ向かう。そして今度は、一号と共に、未来を乗せてこのディスティニーへ戻ってくる。
長い混乱の果てに、銀河の歴史が大きく動き出そうとしていた。
SDFの誇りと地球の技術、そして人々を繋ぐ銀河鉄道のレールが、今、まさに平和という名の目的地へ向かって真っ直ぐに伸びていたのだった。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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