銀河鉄道の根幹を揺るがす未曾有の危機――。
SDFの精鋭たちを次々と蹂躙した漆黒の戦闘列車『ブラック・ワン』。
その正体は、軍需企業『ヘッケラー社』が宇宙海賊ジャック・ブルームを唆し、SDFをモルモットにして実戦データを収集させるために放った次期新型戦闘車両であった。
圧倒的な火力と鉄壁のシールドを誇る悪魔の兵器を前に、地球からの特使・月村良馬は、その構造的弱点を見抜く。
彼の提案した「消耗戦と決戦宙域への誘導作戦」をバルジ隊長は支持し、SDF全小隊による決死の反撃作戦が幕を開けた。
各小隊が多大な犠牲を払いながらゲリラ戦を展開し、さらに月村良馬の乗る『宇宙列車二号』が波動カートリッジ弾による超長距離射撃で致命傷を与え、ブラック・ワンを決戦宙域『ポイントX』へと追い詰める。
そこで待ち受けていたのは、防御を正面のみに集中させるという捨て身の改修を受けたシリウス小隊の専用車両『ビッグワン』だった。
敵の必殺兵器ドネル・カノンの直撃を耐え抜いたビッグワンは、デイビッドの神業的な無軌道走行によって肉薄。最後は未知の技術を応用した最新鋭戦略砲『コスモマトリクス砲』を放ち、野望に塗れたブルームごとブラック・ワンを宇宙の塵へと還した。
かくしてヘッケラー社の陰謀は白日の下に晒され、ブラック・ワン事件はSDFの誇りと地球との連携によって解決を見た。
そして数日後、ついに惑星ディスティニーと地球を結ぶ直通通信回線が開通する。
銀河鉄道管理局運行司令・藤堂平吾郎と、地球防衛軍長官・藤堂平九郎。偶然にも同じ名を持つ二人の司令官の会談により、二つの銀河を繋ぐ同盟への道が確かなものとなった。
地球からの全権大使を乗せた『宇宙列車一号』を護衛するため、一度地球へと帰還する月村良馬と宇宙列車二号。
血塗られた陰謀を乗り越え、銀河鉄道のレールは今、新たな歴史と平和な未来に向けて真っ直ぐに伸びていた――。
地球 メガロポリス東京
メガロポリスの港湾地区にある仮設の銀河鉄道発着駅は、かつてないほどの熱気と祝祭ムードに包まれていた。
プラットホームに並んで停車しているのは、整備と補給を終え黒色の装甲を真新しく輝かせる『宇宙列車二号』。
そして、その隣には昔ながらの蒸気機関車の面影を強く残す地球側の全権大使を乗せてディスティニーへと向かう『宇宙列車一号』である。
「少し右だ! いや、もう少し上!」
「中継用カメラのケーブル、邪魔にならないようにしっかり固定しておけ!」
特設された出発会場では、明日の式典に向けた準備が慌ただしく進められていた。
極秘裏に地球を旅立った二号の時とは打って変わり、一号の出発は「二つの銀河を繋ぐ同盟締結」のための華々しい門出となる。
会場には各国の国旗や『祝・地球・ディスティニー同盟締結』と書かれた巨大な横断幕が掲げられ、式典の様子は全世界に向けてテレビ中継される予定となっていた。
「……すごい騒ぎだな。俺たちが出発した時とは大違いだ」
二号のデッキからその様子を見下ろしながら、月村良馬は苦笑交じりに呟いた。
「当然でしょう。銀河鉄道が地球に開通する……それは人類の歴史における新たなステージの幕開けですからね」
隣に立つアルバート技師長が、眼鏡の位置を直しながら満足げに頷く。
「さて、明日の出発まで時間は少ないですが……機関の最終調整は私に任せて、月村司令たちも少し休んできてください」
「ありがとうございます。皆も、よく聞いてくれ」
良馬は振り返り、二号のクルーたちに向かって声を張り上げた。
「明日の出発時刻であるマルキュウマルマル(09:00)まで、各員に特別休暇を与える。短い時間だが、家族に顔を見せるなり、地球の空気を吸うなり、しっかり羽を伸ばしてきてくれ。ただし、遅刻は厳禁だ。遅れた者はそのまま置いて行く」
「了解!!」
張り詰めていた緊張から解放されたクルーたちは、歓声を上げて次々とプラットホームへと降りていった。
良馬自身も休みたいところではあったが、彼にはまだやり遂げねばならない重要な任務が残されていた。
地球防衛軍司令部、長官執務室。
良馬はディスティニーでの出来事――『ブラック・ワン事件』に関する詳細な報告書を携え、藤堂平九郎長官の前に直立不動で立っていた。
「……ご苦労だった、月村君」
藤堂長官は分厚い報告書にじっくりと目を通すと、重いため息と共にそれをデスクに置いた。
「ディスティニーとの直通通信回線の開通、そしてSDFとの協力関係の構築。貴官の働きは、地球にとって計り知れない利益をもたらした。まずはその労をねぎらいたい」
「はっ。ありがとうございます」
藤堂は立ち上がり、執務室の大きな窓から眼下に広がる平和なメガロポリスの街並みを見下ろした。
ディスティニーとの同盟、そして銀河鉄道の地球への開通は、間違いなく人類にとって喜ばしい前進である。
しかし、長官の横顔には、手放しの喜びとは異なる険しい翳りが落ちていた。
「……だが、この『ブラック・ワン事件』の全容には、強い懸念を抱かざるを得んな」
藤堂の言葉に、良馬も表情を引き締める。
軍需企業『ヘッケラー社』が宇宙海賊と結託し、自社の最新鋭戦闘列車を強奪されたと偽装。
そして、銀河の治安維持を担うSDFを相手に実戦テストを行い、貴重な兵士たちの命を「モルモット」として消費した血も涙もないマッチポンプ計画。
「兵器の進化というものは、時にそれを扱う者の倫理を容易く置き去りにしてしまう。自らの利益と欲望のために、同胞の血を流すことを厭わない……このヘッケラー社の所業は、決して遠い異星の出来事として片付けられるものではない」
藤堂は振り返り、鋭い眼光で良馬を見つめた。
「我が地球においても、過去の歴史を振り返れば、軍産複合体の暴走や、権力者の野心によって引き起こされた悲劇は枚挙にいとまがない。科学技術が発展し、我々が銀河の海へと漕ぎ出す今だからこそ、我々は己の中にある『業』を深く戒めねばならんのだ」
「……おっしゃる通りです。ディスティニーのSDF司令である藤堂平吾郎氏も、同じような危惧を抱いておられました。ですが、彼らはその悲しみを乗り越え、自らの手で誇りを取り戻しました」
良馬の脳裏に、満身創痍になりながらもブラック・ワンに立ち向かっていったバルジ隊長や有紀学たちシリウス小隊、そしてSDFの面々の顔が浮かぶ。
「彼らは信頼に足る人々です。地球とディスティニーが手を結べば、必ず良い未来が築けると、私は確信しています」
力強く語る良馬の言葉に、藤堂長官の厳格な口元に微かな笑みが浮かんだ。
「その言葉を聞いて安心した。……明日、全権大使を乗せた宇宙列車一号が発つ。貴官と宇宙列車二号には、一号の護衛を完遂し、無事にディスティニーへと送り届けることを命ずる」
「了解しました。全力を持って必ずや成し遂げてみせます!」
良馬が敬礼を返すと、藤堂もまた力強く敬礼を返した。
明朝、二つの列車は銀河の架け橋となるべく、歓声に包まれた地球を旅立つ。
背負うべき重い教訓を胸に刻みながら、良馬たちの新たな旅が始まろうとしていた。
防衛軍司令部を後にした良馬は、メガロポリスの喧騒から少し離れた閑静な区画にある花屋に立ち寄った。
そこで、抱えきれないほどの白百合と青いカーネーションの花束を買い求めると、彼は一路、ある場所へと向かった。
『英雄の丘』――。
夕暮れが近づく空の下、緑豊かな小高い丘の上に、その場所はあった。
そこは、ヤマト初代艦長である沖田十三やアンドロメダ艦長・土方竜をはじめとする、これまでの外宇宙勢力との熾烈な戦いで命を落とした数多くの宇宙戦士たちの慰霊碑が並ぶ、宇宙戦士にとって最も神聖な場所である。
吹き抜ける風が、木々の葉を揺らす。良馬は静かな足取りで、見慣れた石碑の前に立った。
ガミラス戦役、そしてあの絶望的だった彗星帝国との戦い……。
目を閉じれば、今でも凄惨な閃光と爆音、そして自らの腕の中で散っていった数多くの部下、親友、同僚たちの顔が昨日のことのように脳裏を過る。
(みんな……またここへ来たぞ)
宇宙艦隊勤務という性質上、地球を離れていることが多く、なかなか頻繁に足を運ぶことはできない。
それでも良馬は、地球へ帰還した際には必ずこの場所に立ち寄っていた。
愛する妻であるギンガとユリーシャと結ばれた時も、彼女たちを連れ立って沖田艦長や親友たちに結婚の報告をした。
そして、新しい命が産まれた時も、一番にここへ報告に来たのだ。
「沖田艦長、土方艦長……それに、皆」
良馬は、夕日に照らされる沖田艦長の銅像を見上げながら、持参した花束を静かに手向けた。
「聞いてください。地球はついに、他の銀河と手を結びます。惑星ディスティニーとの同盟が締結され、我が地球にも『銀河鉄道』が開通することになりました。……これも全て、あなた方や、ここに眠る英霊たちが命を懸けてこの青い星を守り抜いてくれたおかげです」
静かな祈りを捧げ、胸の内で戦友たちとの対話を続けていたその時だった。
「あれ? 月村さん?」
背後から不意にかけられた聞き馴染みのある声に良馬は目を開けた。
「えっ?」
振り向くと、そこには私服姿の男女が立っていた。
かつて共に死線を潜り抜けた戦友であり、今はヤマトの艦長を務める古代進とその妻である雪だった。
雪の手にもまた、美しい花束が抱えられている。
「古代艦長、それに雪さんも……どうしたんだ?」
驚く良馬に、古代は少し不思議そうな顔をして尋ねた。
「月村さんの方こそ、どうしたんですか?」
「ああ……沖田艦長たちに、今回の件の報告に来たんだよ」
良馬は記念碑に向き直り、優しい眼差しで言った。
「地球はまた、新たな一歩を踏み出す。今日、この地球があるのは、ここに眠る英霊たちのおかげだからね」
その言葉に、古代は深く共感したように頷き、雪もまた優しく微笑んだ。
「古代艦長たちは?」
今度は良馬が尋ねると、古代は真っ直ぐな瞳で答えた。
「僕たちも、同じです。新しい旅立ちの前に、ご報告をしておきたくて」
古代は雪と共に沖田艦長の銅像の下へと歩み寄り、大切そうに花束を手向けた。
そして二人並んで目を閉じ、深々と黙祷を捧げる。
良馬もまた、二人の静かな祈りの邪魔にならぬよう、横で静かに黙祷を合わせた。
やがて目を開けた古代は、振り返って良馬に向き直ると、どこか照れくさそうに、しかし誇らしげな表情で言った。
「月村さん。実は、明日ディスティニーへ向かう『宇宙列車一号』なんですが‥‥」
「うん? 一号車がどうしたんだ?」
「僕が、一号車の車長を務めることになったんです」
「なにっ!?」
良馬は思わず目を見開いた。
全権大使を乗せる一号車の運行は、地球防衛軍にとっても地球の未来を左右する最重要任務である。
その責任者に、ヤマトの現艦長である古代が抜擢されたのだ。
驚く良馬に追い打ちをかけるように、古代は微笑みながら続けた。
「僕だけじゃありません。一号の運転士はヤマト航海長の島が、通信士は相原が担当します。そして機関士には、ヤマト機関員の徳川太助が乗務することになりました」
「島君に相原君、それに徳川君まで……!」
ヤマトを幾度も危機から救ってきた歴戦のクルーたちが、あの流線型の宇宙列車一号に乗り込む。
それは単なる護衛や人員配置ではなく、地球がディスティニーに対して「最高の敬意と最大の信頼」を以てこの同盟に臨むという、藤堂長官なりの強いメッセージでもあった。
「そうか……君たちが一号車を任されたなら、これほど心強いことはない。俺の二号車は、君たちの一号の直掩護衛につく。明日はよろしく頼むぞ、古代車長」
良馬がニヤリと笑って右手を差し出すと、古代も嬉しそうにその手を力強く握り返した。
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします。月村司令」
夕日が一際赤く燃え上がり、英雄たちの石碑を暖かく、そして力強く照らし出している。
明日、地球の希望を乗せた二つの列車は、かつてヤマトが旅立ったのと同じ空を越え、銀河の彼方へと力強く発進するのだ。
英雄の丘を後にした良馬は、夕闇が迫る街角で足を止め、携帯通信端末を取り出した。
明日の『宇宙列車一号』および『二号』の出発時刻は午前九時。
しかし、護衛部隊の司令という立場上、良馬はそれよりもずっと早く、夜明け前には二号に乗り込んで最終確認を行わねばならない。
ここから彼の実家がある海鳴市までは距離があり、今から戻って明日の早朝にとんぼ返りするのは、時間的にも体力的にも厳しかった。
発信音が数回鳴った後、画面に愛する二人の妻――ギンガとユリーシャの顔が並んで映し出された。
『ええーっ! せっかく地球に戻ってこられたのに、帰ってこられないんですか!?』
『折角、リョーマが帰ってくるからお料理を作って待っていたのに‥‥』
画面の向こうで、ギンガはあからさまに肩を落とし、ユリーシャもまた寂しそうに伏し目がちになった。
ディスティニーへの赴任からようやく一時帰還したというのに、日帰りすらできず明日には再び別の銀河へ旅立ってしまうのだ。無理もない反応だった。
「本当にすまない。俺だって二人の顔を直接見て、抱きしめたいし、子供たちにも会いたかったんだが……今回の任務は、地球の未来がかかった特別なものなんだ」
良馬は胸の奥が締め付けられる思いで、画面越しの妻たちに頭を下げた。
『……わかっています。良馬さんが、どれほど重い責任を背負っていらっしゃるか』
『ええ。私たちは宇宙戦士の妻ですもの。リョーマ、気をつけて。ディスティニーでの任務が終わったら、今度こそゆっくりお休みを取ってくださいね』
気丈に微笑んでくれる二人の優しさが、良馬の心に温かく染み渡る。
「ああ、約束する。必ず無事に任務を終えて、真っ直ぐに海鳴へ帰るよ。二人とも、愛しているよ」
通信を切った後、良馬は一つ小さく息を吐いた。
(待たせてばかりで、本当に申し訳ないな……だが、ギンガ、ユリーシャ、そして子供たちの笑顔を守るためにも、明日の護衛は絶対に成功させなければ)
良馬は今夜の宿となるビジネスホテルへ向かう前に、一度宇宙列車二号が停車しているホームへと向かう。
明日の本番を控えた宇宙列車二号の様子を、自分の目で確かめておきたかったのだ。
昼間の喧騒は嘘のように静まり返っていたが、プラットホームでは煌々とした照明の下、整備班が夜通しで最終チェックを続けていた。
愛機である宇宙列車二号の威容を見上げ、満足げに頷いた良馬の視界の端に、隣のレールに停車する『宇宙列車一号』の姿が映った。
その先頭車両の傍らで、データパッドを片手に鋭い視線で装甲や計器の最終点検を行っている見慣れた人物がいる。
「……真田さん?」
良馬が声をかけると、その人物――かつてヤマトの技術長・副長として地球を救った真田志郎が、振り返って眼鏡の奥の目を細めた。
「月村か。こんな夜更けにどうした? 明日は早いのだろう?」
「ええ。ですが、自分の乗る列車の様子を見ておきたくて。真田さんこそ、一号車の最終点検ですか?」
「ああ。古代たちが乗るんだ、一切の妥協は許されないからな」
真田はそう言って、わずかに口角を上げた。ヤマトの元クルーたちが一号車を運行するとあって、真田自らが設計者として技術面での最終責任者として駆り出されたのだろう。
互いの労をねぎらいながら短い挨拶を交わした後、真田はふと表情を引き締め、探るような視線を良馬に向けた。
「……ところで、月村。ディスティニー側の宇宙で、何か変わったことはあったか? 報告書に上がるような公式の事柄以外で、君自身が肌で感じた『空気』が知りたい」
その問いに、良馬はわずかに目を伏せた。
脳裏に浮かぶのは、漆黒の装甲に身を包み、圧倒的な暴力でSDFを蹂躙した『ブラック・ワン』の姿だ。
「‥‥実は、昼間、長官には報告書を渡したのですが、ディスティニー側の宇宙である事件がありまして‥‥」
良馬は静かに、しかし詳細に語り始めた。
軍需企業ヘッケラー社が宇宙海賊と手を組み、自社の利益とデータ収集のために新型戦闘列車を放ったこと。
それがもたらした多大な被害。そして、ビッグワンが新たに搭載した新技術『コスモマトリクス砲』を用いて、辛くもそれを撃破したこと――。
淡々と語られる凄惨な事実を、真田は神妙な面持ちで、時折小さく頷きながら聞き入っていた。
良馬の話が終わると、真田は深く息を吐き出し、夜空へと視線を向けた。
「そうか。地球から遠く離れた別の銀河でも、やはり人間の『業』は変わらないというわけか‥‥」
真田の声には、科学者としての深い苦悩と、戦争というものに対する拭いがたい疲労が滲んでいた。
「力が無ければ、大切なモノは守れない。……だが、大きすぎる力は、必ず新たな争いの火種を生む」
真田の呟きは、良馬の胸にも重く響いた。
かつてヤマトが装備した波動砲もまた、地球を救うための「力」であったと同時に、一歩間違えれば星すらも破壊しかねない「呪い」でもあった。
「科学技術者として、技術の進展や兵器の進化そのものを否定するつもりはない。それが‥新しい技術が、多くの命を救う盾になることもある」
真田は一号の銀色の装甲を愛おしそうに撫でながら、言葉を紡ぐ。
「しかし、そこに倫理と、力に対する『恐れ』が伴わなければ、行き着く先は破滅だけだ。ヘッケラー社のように、技術を己の欲望を満たすための道具としか見ない者たちがいる限り、この問題に明確な答えは出ないだろう」
「真田さん……」
「だが、だからこそ我々は考え続けなければならない。この『宇宙列車』という新たな力が、争いのための兵器ではなく、星と星、人と人を繋ぐための『架け橋』であり続けるように」
真田は振り返り、良馬の肩にポンと手を置いた。
「月村。君たちがディスティニーで戦い抜いてくれたからこそ、明日の出発がある。古代たちを……地球の想いを、頼んだぞ」
「……はい! 必ず、ディスティニーへと送り届けます」
力強く頷く良馬を見て、真田は静かに微笑んだ。
答えの出ない問いを抱えながらも、それでも前へと進むしかない。
星の海を渡る鉄路の先にあるものが、破壊ではなく平和であることを信じて――。良馬は深い決意を胸に、夜のプラットホームを後にした。
翌朝――。
太陽がメガロポリスの摩天楼を照らし始める頃、特別宇宙港のプラットホームは熱気と興奮のるつぼと化していた。
「カメラ、回っています! 大統領の到着まであと三分!」
「防衛軍の警備隊、導線の確保を急げ!」
無数のマスコミ関係者がカメラやマイクを構えてひしめき合い、地球連邦政府の重鎮たちや、藤堂長官をはじめとする防衛軍の将官たちがずらりと整列している。
プラットホームの主役は、銀色の輝きを放つ二つの巨体。古代進が車長を務める『宇宙列車一号』と、月村良馬が護衛の指揮を執る『宇宙列車二号』である。
二号のデッキからその光景を見下ろしていた良馬は、張り詰めた空気の中に確かな「希望」を感じ取っていた。
(いよいよだな……)
やがて、軍楽隊による壮麗なファンファーレが鳴り響き、ざわめきがスッと引いた。
演壇に立った地球連邦政府大統領が、マイク越しに威厳に満ちた声を響かせる。
『地球市民の皆さん、今日この日、我々は人類の歴史において、最も輝かしい一歩を踏み出します。銀河鉄道によるディスティニーとの開通は、単なる交通の発展ではありません。それは、広大な宇宙において我々が孤独ではないこと、そして、種族や星系の壁を越えて手を取り合えるという「平和の証明」であります!』
大統領の言葉に、割れんばかりの拍手とフラッシュが巻き起こった。
続いて、今回ディスティニーへと赴く外交官の代表であり、全権大使を務める初老の男がマスコミに向けてスピーチを行った。
『私は今、計り知れない重責と、それ以上の希望に胸を震わせております。我が地球がこれまで歩んできた苦難の歴史、そして流された多くの血の教訓を胸に、ディスティニーの人々と真の信頼関係を築き上げる。この宇宙列車一号は、まさに二つの銀河を結ぶ「平和と友好の架け橋」となるでしょう。地球の皆さん、どうか我々の任務に、ご期待ください!』
再びプラットホームを揺るがすような拍手と歓声が湧き上がる。
カメラのフラッシュが瞬く中、外交特使をはじめとする使節団の面々が、案内されて一号車の客車へと次々に乗り込んでいく。
「よし。特使のご乗車が完了した。我々も出発の準備だ」
良馬は気を引き締め、二号車のブリッジへと向かった。
操縦席には既にクルーたちが配置につき、各計器の最終チェックを終えている。
メインスクリーンには、隣のレールで発進準備を整える一号車の姿が映し出されていた。
『二号車、こちら一号車。特使の乗車完了を確認。これより機関を始動する』
通信用スピーカーから、ヤマト航海長である島大介の落ち着いた声が響いた。
良馬はマイクを手に取り、真っ直ぐにスクリーンを見据えて応じる。
「こちら二号車、了解した。古代車長、準備はいいか?」
『ああ、いつでも行けます。……護衛よろしくお願いします。月村司令』
通信越しに聞こえる古代進の声には、かつて数々の危機を乗り越えてきた歴戦の艦長としての頼もしさが満ちていた。
「任せておけ。一号車には指一本触れさせはしない」
良馬は力強く頷くと、自身のクルーたちに向かって発進の号令をかけた。
「これより、本車両は宇宙列車一号の直掩護衛任務に就く! 全艦、機関始動!」
「機関始動! 波動コア、臨界点到達!」
二号車の運転士である永倉の力強い復唱がブリッジに響く。
『一号車、二号車、発進態勢完了。管制塔よりクリアランス発令……発進!!』
その瞬間、プラットホームの空気を震わせるように、二つの列車から長大な汽笛が鳴り響いた。
ボーーォォォォンッ! という重厚な音が重なり合い、メガロポリスの空へと吸い込まれていく。
「発進!」
良馬と古代、二人の号令が同時に重なる。
ゴアアアアアッ! と推進器から青白いプラズマの炎が噴き上がり、巨大な鉄の塊が重力を振り切るようにカタパルトレールの上を滑り出した。
初速を得た二つの宇宙列車は、凄まじい加速で天空へと続く軌道エレベーター状のエネルギーレールを駆け上がっていく。
「加速よし! 重力圏離脱まであと二十秒!」
「各部異常なし! 一号との距離、規定値を維持!」
眼下に広がるメガロポリスの街並みが瞬く間に小さくなり、青い空が急速に藍色、そして漆黒の宇宙の色へと変わっていく。雲海を突き抜け、大気圏の壁をあっという間に突破すると、窓の外には無数の星々が輝く無限の海が広がっていた。
「大気圏突破。本艦、これより亜空間ネットワークへ突入します!」
前方を走る一号車を追うように、宇宙列車二号が漆黒の宇宙空間を力強く突き進む。
はるか彼方の銀河、惑星ディスティニーへ。
平和の架け橋となる特使を乗せ、そして地球の想いと誇りを乗せて――。
二つの列車は、新たなる歴史の1ページを切り開くために、星の海を真っ直ぐに駆け抜けていった。
星の海を往く宇宙列車の軌跡から遠く離れた、次元の海の向こう側――。
地球や銀河鉄道が走るディスティニーがある宇宙とも全く異なる法則で成り立つ多次元世界の中枢、ミッドチルダ。
次元警邏艦『オベロン』。
先のエルトリア遠征における任務失敗の責を問われ、最新鋭の次元航行艦『イゾルデ』から、この警邏艦へと配置転換――事実上の左遷――を言い渡されたフェイト・テスタロッサ・ハラオウン艦長は、今日も艦長席で静かに前方モニターを見つめていた。
次元航行艦と異なり、警邏艦は船体が小さく、積載できる物資も限られている。
そのため、各管理世界を転々としながら物資を補給し、地道な次元空間のパトロールを続けるのが彼らの日常だった。
そして今日、長い警邏任務を終え、オベロンはようやく母港であるミッドチルダへと帰還しようとしていた。
ミッドチルダの青い大気が近づき、大気圏への突入、そして着陸態勢に入ろうとしたその時だった。
「後方より大型艦接近! 猛スピードで本艦の航路に割り込んできます!」
通信長兼オペレーターのミリアリアの切羽詰まった声。
フェイトがモニターを確認すると、オベロンの何倍もある巨大な次元航行艦が、異常な速度で接近してきている。
『前方の小型艦、貴艦は本艦の針路コース上にいる。直ちに航路を変更されたし』
高圧的な通信が入り、フェイトは眉をひそめた。
オベロンは事前の申請通り、ミッドチルダ管制局の指示した正規の着陸航路を進んでいる。
どう考えても後方の艦が不当に煽っているだけだ。フェイトは自らマイクを取った。
「こちら次元警邏艦オベロン。当艦はミッドチルダ管制の指定航路を順守している。後続艦こそ直ちに速度を落とし、規定の距離を保たれたい」
同時に管制塔へも状況を報告する。しかし、返ってきたのは信じられない言葉だった。
『管制塔よりオベロン。後続の次元航行艦が急遽帰還することとなった。オベロンは直ちに現在の針路から退避し、同艦に航路を譲れ』
「なっ……!」
副長が息を呑む。つい先ほどまでオベロンが優先権を持っていたはずだ。後から来た大型艦に無断で針路を譲り、しかもその変更を事前にオベロンへ通達しないなど、管制官の重大な怠慢‥というよりも、管制塔も人手不足の弊害が出て来ていた。
「管制塔、それはおかしい。正規の手続きを踏んで進入しているのはこちらです。針路を変更すべきは後方の次元航行艦のはずですが」
フェイトは理路整然と抗議した。
しかし、オベロンがなかなか退かない事に業を煮やしたのか、管制塔からの返答よりも早く、後続の次元航行艦の艦長から直接の通信が割り込んできた。
メインスクリーンには傲岸不遜な笑みを浮かべた女の顔が映し出される。
『前方のちんけな艦に告ぐ、邪魔よ。どきなさい。この艦を何だと思っているの? 私、メアリー・スーが艦長を務めるスタートレック号よ!!』
ヒステリックで甲高い声が艦橋に響き渡る。
『分かったなら、さっさとそこを退きなさい!! 退かないと言うのであるならば、踏みつぶすわよ!?』
「……っ!」
オベロンのクルーたちが怒りに顔を歪める。
しかし、相手は本局の権力を笠に着たあのメアリーである。
ここで正面から衝突すれば、ただでさえ立場の弱いオベロンのクルーたちに累が及ぶのは明白だった。
フェイトはギュッと拳を握りしめ、冷徹な声で指示を下した。
「……面舵。航路を左に逸れ、後続艦に針路を譲りなさい」
「しかし艦長」
オベロンの航海長であるレイセンは不満そうな顔だ。
「構わない。指示通りに」
「‥‥」
オベロンが渋々ながらも航路を外れると、すかさずメアリーの嘲笑が通信機から響いた。
『ふふっ、良い心がけね。豆は豆らしく、おとなしく言う事を聞いていればいいのよ』
人を小馬鹿にしたような笑い声を残し、次元航行艦『スタートレック』は、オベロンの横を乱暴なスラスターの噴射痕を残しながらすり抜けていった。
「……っ、あの女、何様のつもりだ!」
「管制塔も管制塔だ! 大きな艦に媚びへつらって、俺たちを危険に晒すなんて!」
艦橋はメアリーの傲慢な態度と、それを良しとする上層部への不満で爆発寸前だった。
フェイトは黙って目を伏せ、ただじっとその怒りを腹の底に押し留めていた。
スタートレックのあおり運転という屈辱的なアクシデントはあったものの、オベロンはどうにか無事にミッドチルダの宇宙港へと到着した。
乗員たちに労いの言葉をかけ、荷物を纏めて下船したフェイトは、港のコンコースを歩きながらふと立ち止まった。
そして、徐に自分の背中へと手を伸ばす。
指先に触れるのは、幼い頃からずっと伸ばし続けてきた、膝裏まで届く美しい金色の髪。
エルトリア遠征での挫折。
理不尽な左遷。
そして、今日の出来事。
今の自分は、小さな艦と部下を守るために、理不尽に頭を下げることしかできない。
(……このままではいけない)
背中に流れる長い髪は、かつての栄光、母への想い、仲間たちと過ごした温かな日々の象徴でもあった。
しかし今のフェイトには、その輝かしい過去すらも、無力な自分を縛り付ける重い枷のように感じられた。
守るべきものを守るためには、今までの「甘い自分」を象徴するものを捨て去らねばならない。
フェイトは、その金糸のような髪を沈黙の中で力強く握りしめると、そのままの足で近くにある美容院へと向かった。
「いらっしゃいませ……えっ?もしかして、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官……ですよね?」
有名人である彼女の来店に驚く美容師。
「予約を入れていないのだけれど、出来る?」
「はい。勿論です。さっさっ、どうぞこちらに‥‥」
美容師はフェイトを座席へと案内する。
「それで、今日はどう言った髪型をご所望でございますか?」
フェイトは席に座るなり、静かに美容師に注文を告げた。
「えっ……? は、はい? 今、なんとおっしゃいましたか?」
フェイトの注文を聞き思わず聞き返す美容師。
「だから、肩のあたりで、ばっさりと全部切ってください」
「ぜ、全部で‥ございますか!? これほど綺麗に伸ばされているのに!? 傷んでいるところを整えるだけでは……?」
美容師は何度も注文に間違いがないか、本当に後悔しないかを問い直した。無理もない、この見事な金髪は、フェイトという魔導師のトレードマークでもあったのだから。
しかし、鏡の中のフェイトの瞳は揺るがなかった。
「間違いありません……お願いします」
「しょ、承知いたしました‥‥では‥‥」
その静かだが確固たる決意に押され、美容師はもったいないと思いつつも、ついにハサミを手に取った。
シャキッ、シャキッ……
長年の想いがこもった金髪が、床へと音もなく落ちていく。
「……これでいい」
床に散らばる黄金色の束を見下ろし、フェイトは小さく、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
鏡の中に映っているのは、かつての優しく微笑む少女ではなく、冷たい決意を秘めた見知らぬ女性だった。
ミッドチルダ首都クラナガン。とあるカフェのテラス席。
クラナガンの町はディンギル軍との戦災から復興が進んで戦災の痕が徐々に消えていた。そんな中、クラナガンのとあるカフェのテラス席にはやての姿があった。
フェイトが今日ミッドチルダに帰還すると聞いていたので、はやては、温かい紅茶を前に、親友との待ち合わせの時間を心待ちにしていた。
エルトリア遠征の失敗以降、フェイトがどれほど心を痛めていたか、はやてはよく知っている。だからこそ、今日はたくさん話を聞いてあげようと思っていたのだ。
「ごめん、はやて。待たせた?」
「ううん、今来たとこ……えっ?」
聞き慣れた声に笑顔で振り向いたはやては、近づいてきた人物の姿を見て完全に言葉を失った。
「ふぇ、フェイトちゃん……!?」
はやてはガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、目を見開いた。
彼女の視線の先には、膝まであった美しい金髪を、肩のあたりでバッサリと切り落としたフェイトが立っていたのだ。
長年見慣れた姿からのあまりの変貌に、はやては軽いパニックに陥った。
「ど、どうしたんそれ!? 何があったん!? 失恋!? それともなんか、危ない任務で燃えてしもたん!?」
慌てふためき、身を乗り出して尋ねるはやて。
対するフェイトは、短くなった髪の毛先を少しだけ弄りながら、表情を変えることなくあっさりと答えた。
「ううん……ただ、邪魔だから切っただけだよ」
肩のあたりで切り揃えられた金色の髪をわずかに揺らしながら、フェイトは淡々とした声でそう言った。
まるで、「今日のランチはサンドイッチにしたよ」とでも言うような、あまりにも日常的で起伏のない響き。
だが、はやては知っている。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという少女が……いや、一人の女性が、自分のその長い髪をどれほど大切にしていたかを‥‥
それは彼女のアイデンティティの一部であり、かつて彼女を愛してくれなかった母の影を乗り越え、なのはたちと共に歩んできた日々の証でもあったはずだ。
どんなに手入れに時間がかかっても、戦闘の際に少々不便であっても、彼女は決してその髪を短くしようとはしなかった。
それを、「邪魔だから」という一言で切り捨ててしまう今のフェイトの心境が、どれほどに重く、冷たく、張り詰めているか。
(フェイトちゃん……)
はやては言葉を飲み込み、目の前に立つ親友の姿を改めてじっと見つめた。
バッサリと切り落されたことで、フェイトの細く白い首筋が露わになっている。
今まで長い髪に隠れていたそのラインは、どこか無防備で寒々しく見えた。
けれど同時に、輪郭がはっきりと出たことで、彼女の整った美しい顔立ちが一際強調されてもいた。
凛とした横顔‥伏せられた長い睫毛。元々すらりとした長身であることも相まって、まるで童話に出てくる騎士か、あるいは少し影のある美少年のようにも見える。
(似合っとる……すっごく、似合っとるよ)
客観的に見れば、驚くほど似合っていた。大人びて洗練された印象すら受ける。
だが、はやての胸の奥をチクチクと刺すのは、その「美しさ」の裏側に張り付いている「痛ましさ」だった。
先のエルトリア遠征での失敗。理不尽な責任の押し付け。最新鋭艦から小さな警邏艦への左遷。
真面目で責任感の強いフェイトのことだ。きっと自分を責め、一人で多くのものを背負い込んでいるに違いない。
――ただのイメージチェンジであるはずがない。
彼女は自らの意志で、過去の自分を象徴するものを切り捨てたのだ。後戻りできない場所へと進むために。
はやては、フェイトの瞳の奥に宿る、静かで暗い炎のような感情を確かに感じ取っていた。
「……そ、そっか。邪魔やったんやね」
数秒の沈黙の後、はやてはパニックを起こしていた先ほどの態度をスッと引っ込め、いつもの穏やかで優しい、包み込むような微笑みを浮かべた。
「うん……」
フェイトが少しだけ目を伏せる。
何かを言い訳しようとしているのか、それとも自分の変化がはやてを困惑させてしまったと気に病んでいるのか?
そんなフェイトの様子を察して、はやては一歩歩み寄り、彼女の新しい髪の毛先にそっと触れた。
サラリとした金糸の手触りは、短くなっても変わらない。
「びっくりしたけど……すっごく似合っとるよ、フェイトちゃん。なんや、ちょっと大人っぽくなったみたいで、ドキッとしてしもたわ」
「……えっ?」
「ほんま、ほんま! 首筋がシュッとしていて、かっこええし、可愛いし。なのはちゃんが見たら、きっと『フェイトちゃんずるい!』って言うで?」
わざとおどけたように笑って見せるはやてに、フェイトの顔に微かな驚きが走り、やがて――張り詰めていた糸が少しだけ緩んだように、ふっと柔らかい笑みがこぼれた。
「……ありがとう、はやて」
その笑顔も、どこか以前のような屈託のないものではなかったかもしれない。
けれど、はやては今はそれでいいと思った。
フェイトが何を思い、どんな理不尽な目に遭ってきたのか?
今は無理に聞き出そうとはしない。彼女が自分から話したくなる時まで、ただ寄り添い、待つこと。それが今の自分にできる、一番の友情だと信じて‥‥
「さぁ、座ろ、座ろ! フェイトちゃんが帰ってくるって聞いて、今日は奮発して一番美味しいケーキのセット頼んでおいたんやから!」
「ふふっ、はやてったら……」
はやてはフェイトの手を引き、テラス席へと促す。
吹き抜けるミッドチルダの風が、フェイトの短くなった髪をサラサラと揺らす。彼女が切り落とした過去の重さを、少しでも一緒に背負えたら。
紅茶の湯気が立ち上るテーブル越しに、はやては親友のどこか寂しげな、けれど決意に満ちた新しい横顔を、ただ優しく見守っていた。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで