軍需企業ヘッケラー社が暗躍した『ブラック・ワン事件』――。
地球からの特使・月村良馬とSDFの決死の共闘により、悪魔の戦闘列車は打ち砕かれ、地球と惑星ディスティニーの間に平和的な同盟締結への道が拓かれた。
歓喜に沸く地球のメガロポリス東京。
ディスティニーへと向かう全権大使を乗せた『宇宙列車一号』の車長には、かつて宇宙戦艦ヤマトを率いて地球を救った古代進が抜擢された。
そして、月村良馬が指揮を執る『宇宙列車二号』がその直掩護衛に就き、二つの列車は新たなる平和の架け橋となるべく星の海へと旅立つ。
兵器の進化がもたらす「人間の業」への警鐘を、重い教訓として胸に刻みながら――。
一方、次元の海の向こう側にある多次元世界ミッドチルダでは‥‥
先のエルトリア遠征の失敗で次元警邏艦『オベロン』へと左遷されたフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、日々理不尽な現実に直面していた。
傲慢な大型艦からのあおり運転と管制局の怠慢に屈辱を味わわされたフェイトは、己の無力さを痛感し、過去の自分への決別として長年伸ばし続けてきた美しい金髪を切り落とす。
冷たい決意を秘めたその痛ましい姿に、親友の八神はやては言葉を呑み込み、ただ静かに寄り添うことしかできなかった。
光と希望を乗せて走る宇宙列車。
そして、理不尽な陰る世界で過去を切り捨てた魔導師。
交わることのない二つの次元で、新たな波乱のレールが今、静かに敷かれようとしていた――。
ミッドチルダの首都、クラナガン とあるカフェ
ディンギル軍との戦闘による復興の槌音がどこか心地よく響く街角にある、人気のカフェ。
風通しの良いテラス席に落ち着いた二人の前に、ほどなくして色鮮やかなフルーツケーキと、湯気を立てる薫り高い紅茶が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ケーキと紅茶のセットになります」
「どうも、此処のケーキ、最近のお気に入りなんよ。フェイトちゃん、甘いもの食べて少し疲れ取らなね」
はやては満面の笑みでフォークを勧める。
その無邪気なまでの明るさに、フェイトの胸の奥で固く結ばれていたしこりが、ほんの少しだけ解けていくような気がした。
「ありがとう、はやて……いただきます」
小さく切り分けて口に運ぶと、程よい甘さとフルーツの酸味が広がり、張り詰めていた神経を優しく撫でてくれた。
エルトリアでの激戦、そして左遷と理不尽な現実の中で、食事の味などまともに感じられない日々が続いていたフェイトにとって、それは久しぶりに味わう「日常の温もり」だった。
ふと顔を上げたフェイトは、紅茶のカップに口を運ぶ親友の姿を見つめ、あることに気がついた。
(そういえば……)
フェイトは自分の肩先で揺れる短い毛先に無意識に触れながら、目の前ではやての背中に流れる髪へと視線を移した。
「……はやて。髪、ずいぶん伸びたね」
機動六課の部隊長として激務をこなしていた頃、はやての髪は首筋が見えるほどのショートボブだったはずだ。
それが今は、艶やかな亜麻色の髪が背中の真ん中あたりまで伸び、大人びた女性らしい柔らかなウェーブを描いている。
風に靡くその長い髪は、かつてフェイト自身が大切にしていたものを思い起こさせるようでもあった。
「ん? ああ、これ?」
はやては自分の髪の毛先を指でくるりと巻きながら、少し照れくさそうにはにかんだ。
「うん。これまではずっとショートやったけど……気がついたら、こんなに長くなってしもたわ。フェイトちゃんと逆やね」
「どうして伸ばそうと思ったの? その……機動六課の時は、短い方が手入れも楽だし、動きやすいって言っていたじゃない」
フェイトの率直な問いかけに、はやてはソーサーにカップをコトリと置き、少しだけ遠くを見るような、穏やかな瞳になった。
「そうやね。あの頃は部隊長として、毎日が時間との勝負やったし、少しでも気を引き締めておきたかったから」
はやてはふわりと笑い、そして真っ直ぐにフェイトの目を見つめ返した。
「でもな……なのはちゃんやフェイトちゃんが、いつも前線で泥だらけになって、自分の身を削って戦ってくれとったやろう?」
「……っ」
「うちの騎士たちもそうや。みんな、少しでも多くのものを守るために、ギリギリのところで頑張ってくれとる。……そんな姿を見ているうちに、なんやろな、私自身はもっと『ゆったり』構えていたいなって思うようになったんよ」
はやては自分の胸に手を当て、ポツリポツリと本音をこぼす。
「みんなが疲れて帰ってきた時、少しでも安心できる場所でありたい。ピリピリした空気じゃなくて、『帰ってきたなぁ』って思ってもらえるような……そんな包容力っていうんかな。形から入るわけやないけど、髪を伸ばすことで、少しでも自分の中に落ち着いた時間を持とうって思ったんよ」
それは、最前線で傷つく仲間たちを見守る彼女なりの「祈り」だった。
自らも魔法戦に身を投じる力を持つ身でありながら、彼女は常に大局を見据え、皆の帰るべき『家』であろうとしていた。
「……はやて」
フェイトは小さく息を呑んだ。
自分は、無力さに打ちひしがれ、耐えきれない重圧と過去から逃れるように髪を切り落とした。
しかしはやては、愛する者たちの重圧を一緒に受け止め、優しく包み込むために髪を伸ばしたのだ。
「それにね」
しんみりとした空気を吹き飛ばすように、はやては悪戯っぽくウインクをした。
「私、フェイトちゃんのその長くて綺麗な髪、すっごく好きやったんよ。お手入れ手伝うのも楽しかったし。だから、フェイトちゃんが忙しくてお手入れできない分、私が代わりに伸ばしておこうかなー、なんて思ったりもして」
冗談めかした言葉の裏にある、深くて温かい愛情。
フェイトの視界が、不意にじわりと滲んだ。
「……ばか。そんな理由で伸ばすなんて、はやてらしいね」
「えへへ、そうやろ?」
フェイトは堪えきれずに吹き出し、心からの笑みを浮かべた。
バッサリと切り落とした自分の肩先は、やはり少し冷たくて心許ない。
けれど、目の前で微笑む親友の深い包容力が、今のフェイトには何よりも救いだった。
「……ありがとう、はやて。私、髪を切って……過去の弱い自分を捨てたつもりだった。でも、こうしてあなたが待っていてくれるなら、私はきっと、何度でも立ち上がれる気がする」
フェイトの言葉に、はやては嬉しそうに目を細め、身を乗り出してフェイトの短い髪にそっと触れた。
「うん。短いフェイトちゃんも、凛々しくてホンマにかっこええよ。何があっても、うちはずっとフェイトちゃんの味方やからね」
吹き抜けるクラナガンの風が、対照的な二人の髪を同時に揺らす。
伸ばした髪に込められた祈りと、切り落とした髪に込められた決意。
二つの想いが交差するカフェのテラス席で、フェイトは久しぶりに、未来へ向けて戦い抜くための静かなる活力を取り戻し始めていた。
心温まる親友とのひととき。
しかし、二人が背負う現実は、いつまでもカフェのテラス席で微睡むことを許してはくれなかった。
テーブルの上の紅茶が少し温度を下げた頃、はやてはふと真剣な眼差しになり、声を潜めた。
「……フェイトちゃん。実はな、今日こうして会いたかったのは、エルトリア遠征の失敗について、少し厄介な情報が入ってきたからなんよ」
その声色に、フェイトもまた背筋を伸ばし、次元警邏艦『オベロン』の艦長としての顔つきに戻る。
「厄介な情報……?」
「うん」
はやては周囲に人がいないことを確認し、一つの名前を口にした。
「シーマ・ガラハウ……フェイトちゃんも知っとるやろう?」
「シーマ……うん。管理局が作った新造艦を強奪したテロリスでしょう?あの時、私もガイアの副長として追撃したからね」
フェイトの脳裏に、好戦的で鋭い眼光を持った女の顔が浮かび上がった。
かつては時空管理局の将校としてその名を馳せながら、今では局に反旗を翻し、宇宙の海を荒らし回る悪名高き宇宙海賊。
「彼女がどうかしたの?」
「実はあいつがな、遠征前から管理局の艦隊の動向や作戦情報をエルトリア側へ横流ししとったらしいんよ。しかも遠征中には、管理局の通信設備まで乗っ取って、自分の存在を堂々と宣言したそうや。せやから、エルトリア側は管理局の動きを完全に読んで、完璧な迎撃態勢を整えることができた。それが、あの遠征部隊が手酷い敗北を喫した要因やって……」
はやての言葉には、どこか苦々しい響きが混じっていた。
彼女自身も、その情報を鵜呑みにしているわけではないのだろう。
フェイトは冷めた紅茶を見つめながら、静かに、だがはっきりと首を横に振った。
「……それは違うと思うよ、はやて」
「フェイトちゃん?」
「確かに、シーマが情報を流していたのなら、戦況が不利になったのは事実よ。でも、それがあの遠征の敗北の『決定的な理由』にはならないわ」
フェイトは、イゾルデのブリッジから見たエルトリアの宙域、そして彼らの軍事的な練度の高さを思い返していた。
「エルトリアは、決して閉鎖された遅れた星じゃない。多くの惑星国家と盛んに貿易を行っている、星間交流の要所よ。他国からの密輸や海賊、あるいは侵略から自国を守るために、周辺宙域には最新鋭の厳重な監視網と防衛ラインが敷かれているはずだわ」
フェイトは顔を上げ、はやての目を真っ直ぐに見据えた。
「たとえシーマからの情報提供がなかったとしても……管理局のあの旧態依然とした大艦隊でノコノコと接近すれば、次元断層を抜けた瞬間に必ず捕捉されていた。機動力も戦術も、エルトリアの防衛軍の方が何枚も上手だったのよ。私たちは……負けるべくして負けたのよ」
フェイトの冷徹なまでの戦力分析に、はやては小さく息を吐き、同調するように頷いた。
「……せやね。私もフェイトちゃんと同意見や。現場を知らん上層部は、エルトリアの防衛力を過小評価しすぎとった。その驕りが招いた大敗やのに……」
「自分たちの作戦ミスを、裏切り者や前線で戦った局員のせいにしたいのね」
「耳が痛い話やけどね。でも、管理局としても、あそこまで徹底的に艦隊を叩き潰されて、面子を丸潰れにされたんや。このまま『はい、負けました』では済まされへん」
はやてはカップの縁を指でなぞりながら、少しだけ声を落とした。
「今回の件で、シーマ・ガラハウは完全に管理局の『逆鱗』に触れた。これ以上、あの犯罪者を野放しにしておくわけにはいかんって、管理局も血眼になり始めとるよ」
「……討伐作戦が始まるのね」
「ただの艦隊派遣じゃ、また同じことの繰り返しになるって懲りたはずやからね。もっと小回りが利いて、確実にシーマの首を取れるような……そうやな」
はやては、かつて自分が部隊長を務めた、あの誇り高き部隊の名を思い浮かべるように視線を上げた。
「かつての『機動六課』みたいに……シーマを追跡・捕縛するためだけの特務権限を持った専門の対策部隊が新設されるかもしれへん」
「シーマ対策の独立部隊……」
フェイトは自らの短い髪に再び触れた。
もし、そんな部隊が編成されるのだとしたら‥‥
そして、その刃がかつての同胞であり、今は次元の海を荒らす海賊に向けられるのだとしたら‥‥
(私は……)
甘かった過去を切り捨てた彼女の心に、静かだが鋭い闘志の火種が灯る。
「どんな形になるにせよ、これからの次元の海は、今まで以上に荒れることになるわね」
「うん……フェイトちゃん、くれぐれも気ぃつけてな。『オベロン』での単独任務も増えるやろうし……シーマは、情でどうにかなる相手やないで」
「分かっているわ。ありがとう、はやて」
フェイトは小さく微笑み返した。
その瞳には、もはや過去を引きずる迷いはなく、前線の艦長としての冷たく澄んだ決意だけが宿っていた。
華やかなクラナガンの街の喧騒の中で、二人の優秀な魔導師は、やがて訪れるであろう次元を超えた新たな戦乱の気配を、確かに感じ取っていた。
テーブルの上に残されたフルーツケーキを最後の一口まで平らげると、はやては再び表情を引き締め、声のトーンをもう一段階落とした。
「……でな、シーマの討伐作戦もそうなんやけど、もう一つ大きな問題があるんよ。エルトリアの処遇や」
「エルトリア……」
フェイトの表情がわずかに曇る。
あの美しくも堅牢な防衛線と、圧倒的な火力の前に無慈悲に散っていった味方艦隊の光景が、痛々しい記憶としてフラッシュバックする。
「シーマからの情報漏洩があったとはいえ、管理局の主力艦隊を文字通り『次元の海の塵』にしたんはエルトリア軍や。管理局の面子としては、このまま泣き寝入りなんて絶対にありえへん……せやけど」
「今の管理局には、再び大規模な遠征軍を編成する余力はないわね」
フェイトは即座に状況を分析し、冷静に言葉を継いだ。
「先の敗北で失った艦艇と人員の穴は大きすぎるわ。おまけに、これ以上の不透明な軍事予算の投入を各管理世界の評議会がすんなり許すはずがない。世論もエルトリア遠征の失敗には厳しい目を向けている」
「そや。真っ向勝負の大艦隊派遣はもうできへん。なら、上層部はどう動くと思う?」
はやての問いかけに、フェイトはカップの底に残った紅茶の赤い水面を見つめた。
「……経済封鎖と外交的な孤立化……かしら」
「正解やと思うわ」
はやては重々しく頷いた。
「エルトリアは星間貿易の要所やって、さっきフェイトちゃんも言うてたやろ。せやからこそ、管理局はその『要所』へ続く航路を封鎖する気や。表向きは『危険宙域の指定』や『海賊対策』とか尤もらしい理由をつけてな」
「……兵糧攻め。いや、宇宙規模の経済封鎖ね。物資の流通を断って、内部からエルトリアを疲弊させる気なんだわ」
フェイトはギリッと唇を噛んだ。
「それに加えて、情報戦やろな。エルトリアを『次元の平和を脅かす危険国家』として大々的にネガティブ・キャンペーンを張って、他の惑星国家と同盟を結ばせんようにする。……ひょっとしたら、エルトリアと対立している別の組織や国家に裏から武器や資金を援助して代理戦争を起こさせるかもしれへん」
「そもそも管理局がそこまでやるかな?」
「やるよ、フェイトちゃん……悲しいけど、それが『組織』の保身というやつや」
はやてはソーサーに残ったわずかな雫を悲しそうに見つめ、ぽつりと呟いた。
「上層部にとって一番恐ろしいのは、エルトリアの圧倒的な防衛力そのものやない。『管理局の不敗神話』が崩れ去って、加盟世界や反対派が一斉に反旗を翻すことなんよ。せやから彼らは、見せしめを作らざるを得ないんよ。どんな汚い手を使ってでもな」
「……っ」
フェイトは強く拳を握りしめた。
爪が掌に食い込み、痛みが走る。
かつて幼い自分を救い出し、正義と平和の象徴だと信じて疑わなかった時空管理局。
その裏側に蠢く、己の面子と権力を守るためなら他者を踏みにじることも厭わない醜悪な政治の闇。
(私は……何のために戦ってきたんだろう?)
(何を守るために、あの冷たい次元の海に立ち続けているの……?)
一瞬、胸を突き上げた虚無感と暗い情念。
だが、頬を撫でる風が肩先で切り揃えられた短い毛先を揺らした瞬間、フェイトの瞳に冷ややかな理知の光が戻った。
甘えや青臭い理想は、あの美しい金髪とともに捨て去ったはずだ。
理不尽な現実を嘆く暇があるなら、目の前の局面にどう立ち向かうかを考えなければならない。
「……エルトリア側も、ただ干上がっていくのを黙って見ているわけがないわね」
フェイトの声から激情が消え、静かな冷徹さが戻っていた。
「経済封鎖を受ければ、彼らは生き残りをかけて自力で補給線を確保しようとする。密輸ルートを開拓し、管理局の監視網を武力で突破しようとするはずよ。最悪の場合……反管理局組織や海賊と手を結んで、局の拠点を直接叩く打撃行動に出る可能性もあるわ」
「そうやね。追い詰められたネズミが、猫の喉笛を噛み切りにいく構図や。そうなったら、次元世界全体を揺るがす大戦の火蓋が切られることになる」
はやては深々と息を吐き出す。
しかし、管理局はエルトリアを一方的に侵略した組織‥‥
その組織がエルトリアに対してネガティブ・キャンペーンを行ったところでエルトリアと貿易をしていた惑星国家が管理局の言う事を信じるとはとても思えない。
むしろ反管理局感情を高める切っ掛けになり、エルトリア側の協力を強固にする逆効果になるのではないだろうか?
フェイトはその可能性を内心秘めていた。
「上がどれだけ狂っても、政治がどれだけ歪んでも……私らは流されたらあかん。現場で命を背負う私らが冷静でいなければ、守れるものも守れなくなってしまうから」
「はやて……」
「フェイトちゃん。『オベロン』での立場は厳しいと思う。理不尽な命令や、不本意な任務を押し付けられることもあるかもしれへん。でもな……一人で全部背負い込もうとしたらあかんで。うちも、なのはちゃんも、みんなフェイトちゃんの味方なんやから」
親友の真っ直ぐな瞳と言葉に、フェイトの胸の奥にしつこく残っていた冷たい凍土が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
「……ありがとう、はやて」
フェイトは力強く頷き返し、短い髪を軽やかに揺らして立ち上がった。
カフェを出ると、クラナガンの街にはどこまでも高く澄み渡る青空が広がっていた。
街を行き交う人々の笑顔と、復興を告げる賑やかな槌音。
このささやかな日常の裏で、次元の海の深淵ではすでに新たな戦乱のカウントダウンが始まっている。
二つの次元が交錯する嵐の予感の中、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、凛とした眼差しで果てなき空を見据えていた。
一方、交わることのない次元の壁の向こう側――。
果てしなく広がる星の海を、二つの銀色の矢が駆け抜けていた。
地球からの全権大使を乗せた『宇宙列車一号』と、月村良馬が指揮を執る護衛の『宇宙列車二号』である。
亜空間ネットワークを抜け、通常空間へと躍り出た彼らの前方に、長きにわたる旅の終着点が静かにその姿を現した。
「……おおっ」
宇宙列車一号のブリッジ。車長席に座る古代進は、メインスクリーンに映し出されたその光景に、思わず感嘆の声を漏らした。
漆黒の宇宙空間に浮かぶ、生命の息吹に満ちた輝き。
豊かな水をたたえた蒼き海と、広大な大陸を覆う翠の森、雲の渦が白く渦を巻き、大気の層が星全体を優しく包み込んでいる。
「美しい星だ……まるで、我々の地球のようだ」
運転席に座る島大介もまた、操縦桿から片手を離し、モニターの光景に見入っていた。
「ああ。かつて俺たちが向かった、あのイスカンダルにも似ている……生命を育む星というのは、どこも等しくこんなにも美しい色をしているんだな」
古代の言葉に、通信席の相原と機関席の徳川太助も深く頷いた。
幾度も死線を潜り抜け、滅びゆく星や荒涼たる死の星を数多く見てきたヤマトのクルーたちにとって、眼前に広がる惑星ディスティニーの姿は、希望そのものを体現しているように見えた。
感嘆の声を上げていたのは彼らだけではない。
一号車の豪奢な客車内では、窓際に集まった地球の外交特使団の面々が、食い入るようにディスティニーの姿を見つめていた。
「これが、我々がこれから同盟を結ぶ星……惑星ディスティニーか」
「なんと美しい。地球から遠く離れた別の銀河に、これほど似た星が存在していたとは……」
特使の顔には、長旅の疲労よりも、これから始まる歴史的瞬間に向けた期待と興奮がありありと浮かんでいた。
『こちら銀河鉄道管理局・ディスティニー管制。地球からの特使団を乗せた宇宙列車一号、並びに護衛の二号、両機の宙域到達を確認しました。これより当星の特別第1ホームへと誘導します』
スピーカーから、ディスティニー側の管制官の落ち着いた声が響く。
「こちら一号車、了解。誘導ビーコンをキャッチしました。これより大気圏降下、指定の軌道に入ります」
島が手慣れた操作で機体の進入軌道を調整する。
同時に、隣を走る宇宙列車二号から、良馬の通信が入った。
『古代車長、ご苦労様です。これより本列車は先行してホーム周辺の安全を確保し、一号車の到着を援護します』
「了解した、月村司令。最後まで頼む」
二つの列車は大気圏を抜け、ディスティニーの中心都市へと降下していく。
眼下に広がるのは、自然との調和を保ちながらも高度に発達した未来都市の威容。
空を交差するエアカーの光の帯と天を突くような美しい高層ビル群が、特使団の目を釘付けにした。
やがて、巨大なドーム状の屋根を持つ銀河鉄道の中央ターミナルが姿を現した。
「最終降下シークエンスへ。各部、制動準備」
島の冷静なアナウンスと共に、一号車と二号車は静かに、そして滑らかにプラットホームへと滑り込んでいく。
ブレーキの摩擦音が心地よく響き、プシューッと余剰圧力を逃がす音と共に、二つの巨大な鉄の塊は完全に停止した。
「……到着だ。ここからが、我々の本当の仕事だな」
古代は制服の襟を正し、一つ深呼吸をしてから席を立った。
プラットホームは、地球での出発時を上回るほどの熱気と歓迎の空気に包まれていた。
プシューッ……!
一号車の客車の扉が静かに開く。
タラップが降ろされたその下には、どこまでも続くような真紅の絨毯が敷き詰められていた。
「どうぞ、特使。お足元にお気をつけて」
古代たちにエスコートされ、全権大使をはじめとする地球側の外交特使団が絨毯の上に降り立つ。
その瞬間だった。
バシャバシャバシャバシャッ!!
目も眩むような無数のフラッシュが、一斉に特使団を照らし出した。
ディスティニー側のマスコミが、この歴史的な瞬間をカメラに収めようとシャッターを切る音と歓迎の歓声がドーム内に反響する。
赤い絨毯の先では、ディスティニーの伝統的な正装に身を包んだ外交官たちと銀河鉄道管理局の幹部たちが整列して一行を待ち受けていた。
「ようこそ、惑星ディスティニーへ。地球からの長旅、誠にご苦労様でした」
ディスティニー側の代表が穏やかな笑みを浮かべて一歩前へ進み出る。
「温かいお出迎え、心より感謝いたします。我々は、この美しい星と真の友好を築くために、地球連邦政府を代表して参りました」
地球側の全権大使もまた、威厳と誠実さを込めて応じた。
両代表が固く握手を交わすと、周囲からは割れんばかりの拍手とフラッシュが沸き起こった。
二つの銀河が、ついに手を取り合った瞬間だった。
「特使、これより会談の舞台となる迎賓ホテルへとご案内いたします。警備の者たちがお守りしますので、ご安心を」
ディスティニーの外交官が手で促すと、特使団は用意された防弾仕様の高級エアカーへと次々に乗り込んでいく。
プラットホームから市街地を抜け、迎賓ホテルへと続く沿道‥そしてホテル周辺の厳戒態勢は、先の『ブラック・ワン事件』の教訓もあり、尋常ではないレベルに達していた。
「各機、周辺空域の監視を怠るな。怪しい動きを見せる機体があれば直ちに報告しろ」
ホテルの上空では、SDF(空間鉄道警備隊)の誇るシリウス小隊のバルジ隊長が、ビッグワンの司令車両から鋭い視線で睨みを効かせている。
地上では、学やデイビッド、ルイといったSDFの隊員たちが実弾装備で配置につき、一般市民やマスコミの動線を厳密にコントロールしていた。
「学、西側のゲート周辺、人の出入りが激しい。注意して見ておけ」
「了解です……俺たちSDFの誇りにかけても、地球からの特使に指一本触れさせるわけにはいきませんからね」
学は手にしたコスモガンを強く握りしめ、周辺の警戒に目を光らせる。
彼らにとっても、地球との同盟締結は自らの命を懸けて守り抜いた証なのだ。
ホテルの正面玄関に特使団を乗せた車列が到着すると、月村良馬率いる宇宙列車二号の護衛隊員たちとディスティニー側のSDF隊員たちが連携し、鉄壁の陣形で彼らを会場内へと誘導していく。
カメラの放列と歓声に見送られながら、外交特使団は重厚なホテルのエントランスへと吸い込まれていった。
二つの銀河の命運を懸けた歴史的な会談が、今まさに幕を開けようとしていた。
迎賓ホテルの大宴会室は、壮麗なクリスタルのシャンデリアの眩い光に照らされ、厳かで張り詰めた空気に包まれていた。
正面に設けられた豪奢な壇上には、地球連邦と惑星ディスティニー、それぞれのシンボルが描かれた旗が誇らしく並んで掲げられている。
長大なマホガニーのテーブルを挟んで向かい合って座るのは、地球側の全権大使とディスティニー側の特使だ。
(いよいよだ……)
壁際で護衛の陣頭指揮を執る良馬は、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
隣には『宇宙列車一号』の車長である古代も、直立不動の姿勢で真っ直ぐに壇上を見つめている。
周辺にはバルジ隊長率いるSDFの隊員たちが厳重な警戒網を敷いていたが、彼らの表情にもまた、歴史的瞬間を前にした緊張と高揚が隠しきれない。
「これより、地球連邦政府および惑星ディスティニーによる、包括的友好同盟および銀河間鉄道路線に関する基本合意書の調印式を執り行います」
司会者のアナウンスが会場に響き渡ると、場内を埋め尽くすマスコミや関係者たちは水を打ったように静まり返った。
両代表の前には、上質な皮張りのバインダーに挟まれた覚書が置かれている。
特使たちはゆっくりと万年筆を手に取ると、一呼吸おいて、それぞれの書類に流れるような筆致で署名を記していった。
カリカリ……というペン先が紙を擦る音だけが、マイクを通して静寂の会場に響く。
良馬は、そのかすかな音を聞きながら胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
(沖田艦長、土方艦長……そして、宇宙の海に散っていった戦友たちよ。見ていますか?あなたたちが命を懸けて守り抜いた地球は今日、遠く離れた別の銀河の友と手を取り合いました)
やがて署名を終えた両代表は立ち上がると、互いの覚書を恭しく交換した。
そして、顔を見合わせ、深く頷き合う。
「……これで、我々は真の友となりました。地球の皆様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
ディスティニー側の特使が、晴れやかな笑みと共に右手を差し出す。
「ええ。我々地球人類も、貴星との繋がりを永遠に大切にしていくことを誓います」
地球側の全権大使もまた、力強くその手を握り返した。
その瞬間――。
バシャバシャバシャバシャバシャッ!!!
堰を切ったように、二つの銀河のマスコミから一斉に無数のフラッシュが焚かれた。
目を開けていられないほどの光の奔流の中で、大宴会室は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「やった……! ついに、同盟が結ばれたんだ!」
警備の任務中でありながら、SDFの有紀学は思わず感極まった声を漏らした。
隣に立つバルジ隊長も、普段の厳しい表情を崩し、満足げに目を細めている。
「ああ。多くの犠牲を払ったが……我々が守り抜いた未来は、間違いなく今日へと繋がっていたんだ」
歓喜に沸く会場の端で、古代が拍手の渦の中で良馬にそっと語りかけた。
「終わりましたね、月村司令」
その顔には、かつて幾多の絶望的な戦いをくぐり抜けてきた男の、心からの安堵が浮かんでいる。
「ええ。ですが、これは終わりではなく、始まりです。二つの星の‥新しい歴史の‥‥」
良馬もまた、万感の思いを込めて古代に笑顔を向けた。
この歴史的な調印式の光景は、すぐさま超空間通信ネットワークを通じて地球へと配信された。
距離と次元の壁を越えるため、地球への到達には数十分のタイムラグが生じる。
しかし、その映像がメガロポリス東京の巨大スクリーンに映し出された瞬間、地球中が爆発的な歓喜の渦に包まれた。
防衛軍司令部では、長官執務室のモニターでその光景を見届けていた藤堂平九郎が、深く安堵の息を吐き、静かに目を閉じて両手を組んだ。
街では、見ず知らずの人々が歓声を上げて抱き合い、ビルの窓からは祝福の花吹雪が舞い散る。
海鳴市でテレビ中継を見ていたギンガとユリーシャも、それぞれ愛する夫たちが立派に護り抜いた瞬間に、手を取り合って嬉し涙を流していた。
暗躍する軍需企業の陰謀を打ち砕き、地球と惑星ディスティニー、二つの星は今、確かな条約を結んだのだ。
歴史的な同盟締結式の熱狂から数時間が過ぎ、ディスティニーの市街地にも夜の帳が下りていた。
SDF本部からほど近い、隊員たち御用達の広々としたレストランバーは、今夜ばかりは貸し切り状態でかつてないほどの熱気と笑い声に包まれていた。
「それじゃあ、二つの星の新たな門出と……今日まで未来を守り抜いた、全ての仲間たちの無事に!」
シリウス小隊のバルジ隊長が、ジョッキを片手に音頭をとる。
「「「乾杯!!」」」
SDFのシリウス、スピカ、ベガ各小隊の隊員たちと、地球からやってきた良馬や古代ら地球側の宇宙列車のクルーたちの声が重なり合い、盛大なグラスの音が店内に響き渡った。
SDFにとって激しい消耗戦を強いられた『ブラック・ワン事件』の傷跡もまだ癒えきってはいないが、今日という晴れの日を迎えられた喜びが、彼らの顔から戦いの疲労を吹き飛ばしていた。
「いやぁ~それにしても信じらんねぇぜ! 地球の連中ってのは、どんだけの場数を踏んでいるんだ?」
真っ先に古代や島たちのテーブルに陣取ったのは、シリウス小隊のデイビッド・ヤングだ。
彼は興奮冷めやらぬ様子で身を乗り出している。
「この前の『ブラック・ワン』とのドンパチの時、月村司令たちの戦いっぷりも凄かったが……今日、アンタらが乗ってきた一号車!あの二号車と寸分違わぬ完璧な連携での大気圏降下、度肝を抜かれたぜ。あんなバカでかい特使用の特別列車を、まるで自分の手足みたいに操るなんてよ……俺たちSDFでも、そうそう真似できるもんじゃねぇぞ」
「ちょっとデイビッド先輩、あんまり初対面の地球の方々を質問攻めにしないでくださいよ」
苦笑いしながら窘める後輩のキリアン・ブラックをよそに、操縦を任されていた島大介はビールを一口飲み、面白そうに笑った。
「ははは、この星のプロフェッショナルに褒めてもらえるとは光栄だよ。でも、僕たちからすれば、君たちSDFの『無軌道走行』や、ビッグワンの突撃だって相当な無茶に見えたけどね」
「ああ。我々もかつて……『ヤマト』という艦に乗って、絶望的な星の海を長旅した経験があってね。生き残るために必死だったあの頃の経験が、身に染み付いているだけだよ」
古代が進み出て、どこか懐かしむような穏やかな声でそう語ると、デイビッドは目を丸くした。
「『ヤマト』……? なんだ?そりゃ?ひょっとして、今の宇宙列車よりすげえのか?」
「波動エンジンというものを積んだ、地球を救った戦艦さ……もっとも、我々はその旅の中で、大きな犠牲や破壊の恐ろしさも嫌というほど学んだけれどね」
相原や徳川が、かつて散っていった仲間たちを思い出すように静かに頷くのを見て、デイビッドの表情から軽口がスッと消えた。
相棒だったブルースを喪ったデイビッドには、彼らが背負っている「犠牲」という言葉の重みが痛いほど理解できたからだ。
「戦艦で星の海を……そうか。あんたら、ただの外交団のお抱え運転手ってわけじゃないんだな……ヘッケラー社の連中も青ざめるような修羅場をくぐり抜けてきたって顔、しているぜ」
「デイビッドの言う通りね。地球の英雄に向かって失礼な口を叩くんじゃないわよ」
隣のテーブルから笑いながら声をかけたのは、スピカ小隊のジュリア隊長だ。
彼女の傍らでは、スピカの女性隊員たちもクスクスと笑っている。
「まったくだな。デイビッドの暴走の尻拭いをさせられる身にもなってほしいものだ。地球の方々のあの落ち着き、少しは見習え」
静かにグラスを傾けながら、ベガ小隊の村瀬隊長が渋い声でボヤくと、店内は再びドッと大きな笑いに包まれた。
国境も星境も関係ない。
共に宇宙の海で命を懸けて人々の安全を守り抜いてきた者同士、言葉を交わすのに時間は必要なかった。
(……本当に、良い顔をしている)
少し離れたカウンター席で、良馬はその賑やかな光景を静かに見渡していた。
理不尽な陰謀に巻き込まれ、多くの傷を負いながらも、彼らは決して誇りを失わなかった。その強さと明るさが、良馬には何よりも眩しく見えた。
「月村さん」
ふいに声をかけられ、良馬が振り返ると、そこには少し頬を赤らめた学が立っていた。手には二つのグラスを持っている。
「学君か。どうした、君もヤマトの冒険譚を聞きに行かなくていいのか?」
「いえ……俺は、月村さんに改めてお礼を言いたくて」
「ん?」
学は良馬の隣に座ると、真剣な眼差しでグラスを差し出した。
「あの『ブラック・ワン』との戦いで、月村さんが的確な弱点の分析と作戦を提案してくれなかったら……俺たちは全滅していました。地球との同盟どころじゃなかった。本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げる学に、良馬は優しく微笑み、差し出されたグラスに自分のグラスを軽く合わせた。
「顔を上げてくれ、学君。俺はただ、持てる知識を提供しただけだ。あの絶望的な状況下で、誰一人として諦めずに戦い抜いた君たちSDFの精神力……それこそが、勝利を呼び込んだんだよ」
「月村さん……」
「君のお父さんである有紀渉さんも、今の君の立派な姿を見たら、きっと誇りに思うだろうな」
かつてSDFの英雄として命を散らした父の名を出され、学は少し照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「親父に追いつくには、まだまだっすけどね……でも、俺はこれからもこの銀河鉄道を守ります。地球のみんなが、安心してディスティニーへ来られるように」
「それは頼もしいな。ならば俺も、地球側の治安はしっかりと守り抜かないとな」
二人が静かに笑い合っていると、いつの間にか古代とバルジ隊長も隣へやってきた。
「良い夜だな、月村司令。君たちが命懸けで築いた強さを、今こうして肌で感じているよ」
古代が穏やかな顔で言うと、バルジも深く頷いた。
「古代車長、そして月村司令。我々SDFにとっても、地球という頼もしい友を得たことは最大の喜びです。ヘッケラー社のようなどす黒い陰謀は、これから先も形を変えて我々に襲い掛かってくるかもしれない。だが……」
バルジは店内を見渡し、純粋な好奇心と敬意を持って島たちと語り合うデイビッドたちへと誇らしげな視線を向けた。
「この繋がりがある限り、我々は決して屈しない。そう信じられる」
「ええ。我々も同じ思いです。共に、素晴らしい未来へのレールを敷いていきましょう」
良馬の言葉に、古代、バルジ、そして学が力強く頷く。
宴の熱気は夜が更けても冷めることはなく、星を越えた戦友たちの語らいはいつまでも続いた。
窓の外には、ディスティニーの美しい夜空が広がり、遠く地球へと続く無限のレールが、確かな希望の光を帯びて真っ直ぐに伸びていた。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで