星の海へ   作:ステルス兄貴

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二百九十九話 折れた翼

軍需企業ヘッケラー社の暗躍を退け、見事『ブラック・ワン事件』を解決に導いた地球と惑星ディスティニー。

 

月村良馬や古代進ら地球の特使団とSDF(空間鉄道警備隊)の共闘により、二つの星を繋ぐ歴史的な平和同盟が結ばれた。

 

星の海に歓喜の声が響き渡る中、共に死線を潜り抜けた戦友たちは祝宴に酔いしれ、未来へ続く希望のレールを守り抜くことを誓い合うのだった。

 

一方、次元の壁を隔てた多次元世界ミッドチルダでは、極めて不穏な影が動き出そうとしていた。

 

エルトリア遠征の大敗による左遷という理不尽な現実を突きつけられ、決別として自らの美しい金髪を切り落としたフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 

親友・八神はやてとの束の間の語らいの中で、彼女は時空管理局の裏で蠢く醜悪な思惑を知る。

 

敗戦の責任を宇宙海賊シーマ・ガラハウへの討伐作戦で誤魔化し、さらに面子を保つため、エルトリアへ非道な『宇宙規模の経済封鎖』を仕掛けようとする上層部。

 

それは、次元世界全体を巻き込む新たな大戦の引き金になりかねない、愚かな保身策であった。

 

交わることのない二つの次元。

 

光と希望に満ちた平和の宴が続く裏側で、過去を捨て去った魔導師は冷徹な決意と共に果てなき空を見据える。

 

嵐の予感を孕んだ新たなる戦乱のレールが今、静かに敷かれようとしていた――

 

惑星ディスティニー 銀河鉄道中央ターミナル

 

歴史的な同盟締結と祝宴から一夜が明け、ディスティニーの空にはどこまでも高く澄み渡る青空が広がっていた。

 

ドーム状の巨大なプラットホームには、地球へ帰還する特使団を乗せる準備を進める『宇宙列車一号』と、護衛の『二号』、そしてSDF、シリウス小隊専用車両『ビッグワン』が誇らしげに並んで停車している。

 

出発前の点検作業が続く中、月村良馬と古代進は、プラットホームの端で心地よい朝の風を浴びていた。

 

「美しい朝ですね、古代車長。我々の地球も、いつかこんな風に完全に傷を癒す日が来るでしょうか?」

 

「ああ、来るさ。そのための同盟であり、そのための銀河鉄道だ……今回の旅で、若い世代の強さを見せてもらった。地球の未来は明るいよ」

 

古代は穏やかに微笑み、隣に立つ良馬の肩を軽く叩いた。

 

そこへ、出発の挨拶のためにSDFの有紀学とバルジ隊長が歩み寄ってくる。

 

「月村司令、古代車長! 本日も各列車の機関は絶好調です。いつでも出発できますよ」

 

快活な声を上げる学の顔には、昨夜の疲労など微塵も感じさせない、未来への希望に満ちた輝きがあった。

 

バルジ隊長もまた、引き締まった表情で地球の戦友たちに敬礼を送る。

 

「我々SDFシリウス小隊は、これより銀河鉄道の定期哨戒任務に戻ります。地球への帰路、道中の安全は保証しましょう」

 

「ありがとうございます、バルジ隊長。学君も」

 

良馬は深く頭を下げ、そして学に向かって力強く右手を差し出した。

 

「君たちが守り抜いたこの平和のレールを、我々も地球側からしっかりと支えてみせる。遠く離れていても、我々は同じ鉄路で繋がっているんだ」

 

「はい! 月村さん、地球の皆さんにもよろしく伝えてください。また必ず、このディスティニーで会いましょう!」

 

学が良馬の手を両手でしっかりと握り返す。

 

二つの星の未来を背負う者たちの間に交わされた、熱く固い約束。

 

やがて、出発を告げる高らかな汽笛がディスティニーの青空に響き渡る。

 

光と希望を乗せた宇宙列車は、見送るSDFの隊員たちに手を振られながら、新たなる平和の架け橋として、再び星の海へと旅立っていった。

 

一方、ミッドチルダでは‥‥

 

時空管理局の次元警邏艦『オベロン』の艦長室は、ディスティニーの眩い朝とは対照的に、重く冷たい静寂と薄暗さに包まれていた。

 

メインモニターから発せられる青白い光だけが、デスクに座るフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの横顔を無機質に照らしている。

 

『――フェイトちゃん。さっき、管理局上層部から正式な通達が出たよ』

 

通信モニター越しに映る親友・八神はやての表情は、かつてないほどに険しかった。

 

フェイトは感情を殺した声で、手元の端末に送られてきた極秘データを読み上げる。

 

「……『エルトリア周辺宙域における、未確認の亜空間断層および宇宙海賊頻出を理由とした、第4種危険宙域指定』。それに伴う、全民間船の航行禁止と、管理局艦隊による無期限の封鎖作戦……」

 

フェイトは端末から目を離し、短く切り揃えられた自分の髪の毛先に無意識に触れた。

 

「つまり……エルトリアを次元世界から完全に孤立させるつもりなのね。表向きは海賊対策と危険回避。けれど実態は、エルトリアへの完全な兵糧攻めだわ」

 

『うん。しかも、これだけやない。シーマ・ガラハウの討伐を名目にした特務部隊の設立も正式に決まった。指揮官の人事はまだ決まってへんけどね‥‥』

 

「そんなことをしたら、エルトリアは生き残るために武力で突破するしかなくなる……新たな大戦の引き金になりかねないわ。それに強硬派の誰かが指揮官になる事は間違いないだろうし、彼らが動くということは、単なる海賊討伐で終わらせる気はないということね」

 

フェイトの脳裏に、圧倒的な火力で管理局の艦隊を沈めたエルトリアの防衛網と、それを嘲笑うかのように立ち回っていたシーマの姿が交錯する。

 

面子を潰された管理局の上層部は、もはやなりふり構う気はないのだ。エルトリアを干上がらせ、シーマの首を物理的に手に入れることで「管理局の絶対的な力」を次元世界に再誇示しようとしている。

 

「本当に……愚かだわ」

 

ポツリと漏れたフェイトの言葉には、かつて局の正義を信じていた頃の甘さは微塵もなかった。

 

冷たい理知と、静かな怒りだけがその瞳の奥で燃えている。

 

「経済封鎖をすれば、エルトリア側は必ず実力行使で補給線を開拓しに来る‥‥ううん、エルトリアはそもそも管理局なんてもう眼中にないかもしれない。シーマだってこのまま手をこまねいている筈がない。きっと管理局の封鎖艦隊にちょっかいを出してくるに違いないわ」

 

『せやな……フェイトちゃん、オベロンにはまだ直接の出撃命令は出てへんけど、時間の問題やと思う。特務部隊の支援か、あるいはエルトリアへの威力偵察に回される可能性が高いで』

 

「分かっているわ……どんな命令が下ろうと、私は私のやり方でこの艦とクルーを守る。それに」

 

フェイトはモニター越しのはやてを真っ直ぐに見据えた。

 

『フェイトちゃん……くれぐれも無茶はせんといてな。私らも、こっちで動ける限りは動くから』

 

「ありがとう、はやて」

 

フェイトは、はやてと通信を切った。

 

それから直ぐに管理局の司令部からオベロンにはこれまで通りの哨戒任務が下された。

 

とは言え、哨戒場所もエルトリアとの境界線に近い場所であった。

 

オベロンは補給を終えてミッドチルダを出航した。

 

オベロンがミッドチルダを出航してから、数ヶ月が過ぎていた。

 

時空管理局の次元警邏艦『オベロン』は、指定された辺境宙域の哨戒任務を淡々とこなしつつ、連日のように戦闘訓練を重ねていた。

 

だが、元より小型艦であるオベロンは艦内空間が極めて狭く、乗組員の数も限られている。

 

かつてフェイトたちが経験したイゾルデのような、大人数による大規模な艦内白兵戦訓練などは不可能であった。

 

そのため、訓練の主体は自ずと「対艦戦闘」に絞られていた。

 

「——右舷より接近する敵艦を想定! 操舵、回避運動用意! 機関出力、さらに上昇させて!」

 

艦橋にフェイトの切迫した声が響き渡る。

 

(私はもう、以前の私じゃない。二度と敗北したくない。シーマに……管理局に……私自身に、弱いと思われたくない)

 

(もっと速く。もっと強く。今度こそ誰にも負けない力を身につけなければ……)

 

しかし、その声にはどこか余裕がなく、張り詰めた糸のような危うさが漂っていた。

 

突然、艦橋内にけたたましい警告音が鳴り響いた。

 

コンソール上の赤いランプが点滅し、重圧に耐えかねた船体が微かに振動を始める。

 

『——艦長! こちら機関室!』

 

通信コンソールに機関長コウランの焦燥しきった顔が映し出された。

 

『推進機関に異常振動発生や! 推力60%が限界や……あかん! 推進機関の圧力が勢いよく上がっとる! これ以上は負荷に耐えきれへん!』

 

コウランからの緊迫した報告。

 

だが、フェイトの瞳は激しい焦燥に揺れ、まともな判断力を失っていた。

 

上層部の思惑、シーマの暗躍、そして自分自身の無力感——重圧に押し潰されそうな彼女の口から出たのは、狂気すら孕んだ命令だった。

 

「……機関全速を維持して! まだ出せるはずよ!」

 

『か、艦長!?』

 

モニター越しにコウランが思わず裏返った声を上げる。

 

オベロンの推進機関が「キィィィン」と甲高い悲鳴を上げ、艦橋のメインモニターの数値が危険領域(レッドゾーン)に突入していく。

 

乗員たちの間に緊張と動揺が走った。

 

『艦長!訓練の中止を具申します!』

 

コウランは必死の形相で叫んだ。

 

このまま負荷をかければ、機関が限界を迎えて暴走し、爆発を起こしかねない。

 

『艦長!艦とクルーの安全の為や! 訓練で死なす訳にはあかんやろう!?』

 

「訓練で……死なす……?」

 

コウランのその言葉が、冷水のようにフェイトの頭を冷やした。

 

フェイトはハッと息を呑み、己の手が震えていることに気づく。

 

自分は一体何をしようとしていたのか?

 

目の前にいる仲間たちを、実戦でもない訓練で危険に晒しかけていたのだ。

 

「そ、そうね……これは訓練……訓練だったね……訓練中止。機関長、直ちに修理を開始して……」

 

『……了解や。すぐに取りかかるわ』

 

安堵の息を漏らしたコウランは、すぐに機関員たちと共に修理作業に取り掛かる。

 

艦橋全体に重苦しい静寂が降り積もる。フェイトは頭を押さえ、深いため息をついた。

 

その背中に、静かな歩み寄る気配があった。副長兼戦術長を務めるチンクだ。

 

「……艦長、少し休んでください。ここ最近、詰め込みすぎです」

 

チンクの声は淡々としていたが、そこには年長者としての確かな気遣いと懸念が含まれていた。

 

「そ、そうね……ごめんなさい、副長。少し、艦橋をお願いできる……?」

 

「了解しました。後は任せて、ゆっくり休んで下さい」

 

フェイトは力無く頷くと、重い足取りで艦橋を後にし、自室へと戻っていった。

 

その頃、オベロンの哨戒エリアとは別の宙域では‥‥

 

漆黒の宇宙を、一隻の巨大な武装輸送船が悠然と航行していた。

 

周囲には、時空管理局の警邏艦がなんと六隻。

 

重厚な護衛陣形を組み、まるで王者を警護するかのように航路を固めている。

 

この輸送船の名は『ゴールデン・スター号』。

 

管理局の威光を背に受け、多大な利益を貪る強力な傘下企業の武装商船であった。

 

豪華絢爛に装飾されたブリッジの中で、丸々と太った恰幅の良い船長が、ニタニタと品のない笑みを浮かべていた。

 

その手元にある豪華なテーブルの上には、目も眩むような輝きを放つ貴重鉱石の山が積まれている。

 

「フフフ……たまらんなぁ~辺境世界の下等労働者どもをこき使って得た貴重鉱石が、こんなにも山盛りとは……」

 

悪代官そのものの醜悪な台詞を吐き捨て、船長は鉱石を愛おしそうに撫で回す。

 

傍らに控える副長が、揉み手をしながらゴマをすり合わせた。

 

「これもひとえに、ゴク・アクドー様の卓越した手腕と政治力の結果でございますよ。辺境世界の住人など、我々優雅なミッドチルダの民から見れば、ただの都合の良い奴隷ですからねぇ~」

 

「フン、当たり前だ。見ろ、この燦然と輝く鉱石の山を……! これをミッドの……管理局の本部へと運ぶだけで、私の地位も金も思いのままだ……それに何より、鉱石だけではないからな。あの地下船倉には、管理局が表に出せない『アレ』がたんまりと積んである」

 

船長が邪悪な笑みを深めると、副長は少し顔を青くして周囲を気にかけた。

 

「ええ……まさか管理局が、あのようなヤバいモノの輸送まで我々に手配させるとは……」

 

「それ以上は口にするな、副長。 死にたくなければな」

 

「え、ええ、勿論ですとも!……しかし船長、大丈夫でしょうか?」

 

「何がだ?」

 

「管理局からの最新データによりますと、この海域には例の凶悪な女海賊が出没するとか……」

 

副長の懸念に、船長は鼻で笑った。

 

「ああ、シーマ・ガラハウとかいうコソ泥のことか? だからこそ、管理局はわざわざ六隻もの警邏艦を我々の護衛に差し向けてくれたのではないか。これは管理局が我々に全幅の信頼を寄せ、かつ輸送している貨物がどれほど重要かという証拠だよ」

 

警邏艦六隻の圧倒的火力‥それさえあれば、いかなる海賊など蚊の突いたほども痛くはない——船長がそう高を括り、ワイングラスに手を伸ばしたその時だった。

 

「せ、船長!!」

 

通信士が弾かれたように立ち上がり、悲鳴に近い声を上げた。

 

「なんだ、騒々しい! 貴様、私の優雅な歓談を邪魔する気か!?」

 

「こ、こちらを! 強制割り込み通信です!」

 

通信士が慌てて回線を開くと、ブリッジのスピーカーからノイズと共に、ぞっとするほど艶やかで、それでいて底知れぬ冷酷さを孕んだ女の声が響き渡った。

 

『——豚の様にのろのろと航行している船団に命令だ。今すぐエンジンを止めて投降しな。さもなくば……派手な花火をプレゼントすることになるよ?』

 

「なっ……!? どこの誰だ!? 偉そうに……この船をどこの船だと思っている!?時空管理局お抱えの最高級海運企業が所有する、『ゴールデン・スター号』だぞ!控えおろう!」

 

船長が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 

しかし、通信の向こうの女——シーマ・ガラハウは、クスクスと人を食ったような嘲笑を返しただけだった。

 

『……ふん。どうやら、自分の立場が分かっていない低能な豚のようだねぇ~……それじゃあ、精々派手な花火になりな!』

 

シーマはそれだけ言い残して通信を切った。

 

「所属不明艦接近!」

 

オペレーターが船団に接近している一隻の艦を捕捉した。

 

「護衛艦隊、全艦戦闘用意! 叩き落とせぇっ!」

 

船長の金切り声と同時に、六隻の警邏艦が一斉に動いた。

 

主砲のジャスティス・カノンの砲口が眩い光を放ち、漆黒の宙域へ向けて高エネルギーの光線が束となって解き放たれる。

 

しかし、暗闇の中から現れた数条の赤い閃光——シーマ率いる海賊艦の連装砲が、警邏艦の射撃を易々と回避しながら、正確無比に護衛艦の機関部を打ち抜いていった。

 

「ば、馬鹿な!? あの艦は……管理局の試作次元航行艦を改修したものです! 通常の警邏艦では火力も装甲も比較になりません!」

 

オペレーターの絶望的な悲鳴を打ち消すように、宇宙の闇に、鮮やかな爆炎の花が次々と咲き乱れる。

 

時を同じくして——。

 

オベロンの静まり返った艦長室。

 

ベッドの上に横たわっていたフェイトは、天井を見つめたまま深い葛藤の中にいた。

 

(私は……焦っている。はやてのため、エルトリアのためって言いながら、結局自分の都合でクルーを危険に晒して……)

 

その時、壁のスピーカーからけたたましい艦内呼び出しのチャイムが鳴り響いた。

 

『——艦長! 至急、艦橋にお戻りください!』

 

フェイトは弾かれたように跳ね起き、すぐさまコンソールの内線ボタンを押した。

 

「どうしたの!?」

 

『本艦の哨戒エリア境界付近にて、民間輸送船団が何者かの強襲を受けています! 救命信号を受信! 護衛の警邏艦隊が交戦中ですが、一方的に押されている模様です!』

 

「分かった、すぐ行くわ!」

 

フェイトは上着を羽織ると、一瞬で迷いを振り払い、疾風のごとく艦長室を飛び出した。

 

艦橋へ飛び込むと、既にチンク以下、全クルーが緊迫した面持ちで座席に着いていた。

 

「航海長! 襲撃されている船団の位置と、本艦の現在地を大急ぎで照合して!」

 

フェイトの指示に、航海長のレイセンが素早くコンソールを叩く。

 

「照合完了! 距離、約三万二千! 全速で向かえば十分足らずで現場海域に到達できます!」

 

「通信長!」

 

「はい!」

 

通信長兼オペレーターのミリアリアが振り返る。

 

「本局および近隣の管理局支部へ救援要請を打電! 同時に、襲撃されている船団へ『オベロンが直ちに救助に向かう』と伝えて!」

 

「了解! 打電します!」

 

フェイトは艦長席に勢いよく腰掛け、力強く前方を見据えた。

 

先ほどの揺らぎは消え去り、そこには指揮官としての鋭い光が宿っていた。

 

「機関長! 直ちに修理を完了させて、全速前進! 救援に向かうわ!」

 

『あいよっ、任せとき! エンジンは完全復旧や! ガッツリ回すでぇ!』

 

コウランの威勢の良い声と共に、オベロンの推進機関が力強い咆哮を上げる。

 

オベロンは、爆炎と悲鳴が渦巻く戦場宙域を目指し、漆黒の宇宙を切り裂いて急行するのだった。

 

一方、蹂躙された輸送船ゴールデン・スター号の内部は、完全に海賊たちの制圧下にあった。

 

無惨に破壊された隔壁を越え、武装した荒くれ者たちが次々と船内を闊歩する。

 

乗員たちは命が惜しいのか抵抗せずに両手を上げており、海賊たちは抵抗の意思が無ければ手荒な事はしていない。

 

リリーマルレーンの艦橋で鉄扇を手にし、白虎の毛皮が敷かれた椅子に座る艶やかな女――シーマ・ガラハウが、鼻歌交じりに部下からの報告を受けていた。

 

「それで?連中の船に高く売れそうな積荷はあったかい?管理局のお抱えの企業ので哀れな連中が護衛についていた船だ。さぞや贅沢な品が満載だっただろう?

 

「へい、キャプテン。船倉には極上の貴重鉱石がゴロゴロと積んでありやした。ミッドの金持ち共が泣いて喜ぶシロモノですぜ」

 

手下の報告に、シーマは獲物を狙う肉食獣のような鋭い笑みを浮かべた。

 

「そうかい。それなら全部かっぱらいな。後で、エルトリアの連中への良い手土産にしてやる」

 

「へい! 了解しやした……あぁーあと、キャプテン……」

 

手下は周囲を気に病むように声を潜め、何やら言いにくそうにモゴモゴと口ごもった。

 

「なんだい? 歯切れが悪いね」

 

「あの……もう一つの船倉に、その……とんでもねぇモンが積んでありやして‥‥どうやら、管理局が表沙汰にできねぇ『ヤバい代物』のようで……」

 

手下の報告を聞いたシーマは、一瞬目を丸くし、直後に腹の底から湧き上がるような乾いた高笑いを響かせた。

 

「アハハハハッ! はっ、やっぱり偽善者だねぇ~、時空管理局って所は。正義の味方ヅラして、裏じゃそんなドブの臭いがする真似をしているのかい?傑作だね!」

 

「ど、どうしやすか? これも奪っていきやすか?」

 

「いや、いいさ。そいつはそのままにしときな。あんなモン、この船に積むのは御免だ……後で、あの趣味の悪い船ごと『次元の海の塵』にしてやるさ。他の連中にも徹底しな‥‥持ち込んだら問答無用で粛清だ」

 

「了解しやした!」

 

手下たちが歓声を上げながら貴重鉱石を次々と自分たちの艦へと運び出していく。

 

そして、すべての搬入が終わり、海賊たちが自艦へ引き揚げたその直後だった。

 

「――キャプテン! 新手の艦が接近してきやす!」

 

シーマの耳に、オペレーターの報告が届く。

 

「管理局の増援かい? 仕事が早いねぇ~」

 

現場宙域に急行したオベロンの艦橋では、メインモニターに映し出された凄惨な光景に、クルー全員が息を呑んでいた。

 

そこはまさに地獄絵図だった。

 

管理局が手配した六隻の警邏艦は、原形を留めないほどの残骸となって暗黒の海を漂っている。

 

冷たい真空の宇宙には、投げ出された乗員たちの無惨な遺体が無数に浮かんでいた。

 

「ひどい……こんなの一方的な虐殺じゃない……!?」

 

オペレーターのミリアリアが、顔を青ざめさせて悲痛な声を漏らす。

 

だが、その惨状の中心に浮かぶゴールデン・スター号には目立った損傷は見られなかった。

 

そして何より、輸送船に寄り添うように停泊している一隻の大型艦‥‥

 

フェイトの目に、その艦のシルエットが焼き付く。

 

そのシルエットは見間違えるはずもない。

 

かつて、時空管理局のコロニーから堂々と強奪された最新鋭艦。

 

それが今、悪名高き海賊の旗艦として眼前に立ちはだかっていた。

 

「……シーマ・ガラハウ」

 

フェイトはギリッと奥歯を噛み締め、冷徹な声で指示を飛ばした。

 

「通信長、シーマの艦に通信回線を開いて! 全周波、強制割り込みで!」

 

「了解! 通信回線開きます!」

 

ミリアリアはシーマの艦、リリーマルレーンとの通信回線を開く。

 

 

リリーマルレーン 艦橋

 

「キャプテン、新たな管理局の艦です……おや、あれは小型の警邏艦ですね。我々も随分と舐められたもんです」

 

「フン、腰抜けのパトロールが小舟一隻で一体何ができるって言うんだい?」

 

シーマが鼻で笑うと、コンソールが警告音を鳴らした。

 

「管理局より通信が入っておりやす。どうしますか?」

 

「繋げ。どんな連中か顔を拝んでやろうじゃないか」

 

「了解」

 

艦橋のメインスクリーンに、短い金髪を揺らした若き女性艦長――フェイトの凛とした姿が映し出された。

 

『――時空管理局所属、次元警邏艦オベロン艦長、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。海賊艦の艦長、シーマ・ガラハウ。あなたを海賊行為、および局員殺害の容疑で逮捕します。直ちに全武装と機関を停止し、投降しなさい』

 

一切のブレがない、真っ直ぐな警告。

 

だが、それを受けたシーマは、心底可笑しそうに肩を揺らして笑った。

 

「アハハッ! お堅いお嬢ちゃんが、立派なご挨拶だねぇ。投降? このアタシが、そんなおもちゃみたいな小舟一隻にビビッて尻尾を巻くとでも思ってんのかい?」

 

シーマは通信を繋いだまま、冷酷な目で射撃管制官に顎でしゃくった。

 

「挨拶代わりだ。撃て」

 

「了解」

 

ズドンッ!!

 

シーマ艦の主砲の一基が火を吹き、放たれた高エネルギー弾がオベロンの艦橋をかすめるようにスレスレの軌道で通過した。

 

オベロンの防護シールドが激しく発光し、艦橋がグラリと揺れる。

 

『きゃあっ!?』

 

「フン、どうだい? 怖気づいたなら、さっさとママのところに帰っておっぱいでもしゃぶってな」

 

シーマは挑発的に笑い、フェイトが恐怖で顔を引き攣らせるのを期待した。

 

だが――モニター越しのフェイトの瞳には、恐怖ではなく、静かに燃えるような決死の覚悟が宿っていた。

 

『……わざと外したわね。私たちを舐めないで!』

 

「なに?」

 

『機関出力最大! 前方の目標へ向けて、このまま突っ込んで!!』

 

『か、艦長!?』

 

『いいからやって!!』

 

『は、はい』

 

オベロンの推進機関が咆哮を上げ、小さな船体がシーマの巨艦に向けて猛然と突進を開始した。

 

その自殺行為とも言える一直線の突撃に、シーマは一瞬だけ驚きに目を見開き、やがて歓喜に満ちた凶悪な笑みを浮かべた。

 

「アハハハッ! チキンレースかい!? まさか、管理局の腰抜け共の中に、アタシにこんな勝負を挑んでくる度胸のある奴がいるなんてねぇ~……!」

 

シーマは鉄扇をパシンと音を立てて畳むと、操舵手に命ずる。

 

「上等だ、真っ向から受けて立つよ! 機関出力最大、こっちも突っ込め!!」

 

「へい!!」

 

二つの艦が、漆黒の宇宙空間で互いの艦首を向け合ったまま、猛烈なスピードで距離を詰めていく。

 

三万、二万、一万――距離の数値が恐ろしい勢いで減っていく。

 

艦橋のメインモニターには、相手の艦がみるみると巨大に映し出されていった。

 

右か?

 

左か?

 

互いの艦長は、相手がどちらに舵を切るか、その僅かな兆候を逃すまいと極限の集中力で眼光を交錯させる。

 

フェイトの手には汗が握られ、心臓が早鐘のように鳴っていた。

 

(いける……! 私が先に舵を切るわけには……っ!)

 

距離が三千を切った、その瞬間だった。

 

『――警告! 推進機関に異常振動発生!! 圧力限界突破!!』

 

無慈悲なシステム音声が、オベロンの艦橋に響き渡った。

 

それは、数時間前に行った無茶な訓練のツケだった。

 

酷使された機関部が、再びこの極限状態での全開稼働に耐えきれず、再び悲鳴を上げたのだ。

 

「なっ……!?」

 

『あ、あかん! 艦長、機関が保たへん! 推進力が落ちる!!』

 

コウランの悲鳴が通信から飛び込む。

 

推力が落ちれば、回避行動そのものが遅れる。

 

このままでは衝突、あるいは完全に相手の的になる。

 

フェイトの判断は、一瞬の強制を余儀なくされた。

 

「……っ!! 面舵一杯!!」

 

フェイトの血を吐くような命令で、オベロンの艦首がゆっくりと右へと向きを変える。

 

その僅かな動き、その「敗北」の兆候を、歴戦の海賊であるシーマが見逃すはずがなかった。

 

「右か!?面舵一杯!!」

 

シーマはオベロンの動きを完全に読み切り、自艦もまた右へと急旋回させた。

 

オベロンの横っ腹を完全に捉える、完璧な機動。

 

両艦が超接近状態で交差する、そのすれ違いざま――。

 

「くらいな!!」

 

シーマ艦の主砲と副砲が一斉に火を噴いた。

 

放たれた無数の閃光が、オベロンのシールドを紙切れのように引き裂き、主砲塔と後部の機関室へと正確無比に直撃する。

 

ズドォォォォォォンッ!!!

 

「きゃあああああっ!!」

 

被弾の凄まじい衝撃がオベロン全体を揺さぶり、艦橋内に火花と黒煙が舞い散る。

 

クルーたちは座席から投げ出され、悲鳴が飛び交かい艦内に警報が鳴り響く。

 

「被害報告! 機関はどうなったの!?」

 

フェイトが額から血を流しながらコンソールにすがりつく。

 

「主砲、大破! 機関室に被弾、推進機関沈黙! 本艦、自力航行不可能です!!」

 

「そんな……っ!」

 

完全に足を奪われ、宇宙空間の鉄屑と化したオベロン。

 

絶望に染まるフェイトの耳に、再びノイズ混じりの通信が入ってきた。

 

『――いやぁ~驚いたよ。管理局員にしては、中々度胸が据わった艦長さんじゃないか』

 

モニターの向こうで、シーマが悠然と煙管の煙を吐き出しながら笑っていた。

 

『今回はアンタのその度胸に免じて、トドメは刺さずに見逃してやるよ』

 

「待って……逃げる気……!?」

 

『逃げる? 人聞きの悪いことを言うね。ただの「お片付け」さ』

 

シーマの言葉と同時に、モニターに映るシーマ艦がゆっくりと旋回し、その巨大な砲塔を無防備な輸送船ゴールデン・スター号へと向けた。

 

フェイトの心臓が凍りつく。

 

「やめなさい!!その船にはまだ、非戦闘員の乗組員がいるのよ!!」

 

フェイトは血の気を失った顔で、通信機に向かって必死に叫んだ。

 

しかし、シーマは冷酷な眼差しでフェイトを一瞥した。

 

『何を言っているのさ、ここであの船を船員ごと、綺麗さっぱり消し飛ばしてやることこそ、お前たち管理局にとって都合のいい真実の筈さ。管理局の利益になるのが癪に障るけどねぇ』

 

「何を言っている!?撃つなぁ!!やめろぉぉぉぉっ!!」

 

フェイトの絶叫を切り裂くように、シーマ艦の全砲門が一斉に火を吹いた。

 

放たれた業火がゴールデン・スター号を完全に包み込み、次の瞬間、秘密の積荷を抱えた巨大な輸送船は、乗員たち諸共、音を立てずに宇宙空間で大爆発を起こした。

 

閃光が収まった後には、無数の残骸だけが虚しく漂っていた。

 

そして、悪逆の限りを尽くした海賊艦は、機能停止したオベロンを一瞥することもなく、悠然と漆黒の宇宙の彼方へとワープアウトして姿を消した。

 

「……あ、ああ……」

 

静寂を取り戻した艦橋。

 

燃え盛る残骸の光が、フェイトの絶望に染まった顔をチカチカと照らしている。

 

救えなかった。

 

民間人も散っていった同胞たちも。

 

そして何より――自分たちは、トドメを刺す価値すら無い「無力な存在」として、シーマのお情けで見逃されたのだ。

 

「……うぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ガンッ!!

 

フェイトは獣のような咆哮を上げ、血のにじむ拳をコンソールに力任せに叩きつけた。

 

割れたモニターの破片が飛び散るが、フェイトはその痛みすら感じていなかった。

 

拳を握りしめ、ボロボロと悔し涙を流しながら、コンソールに突っ伏して震え続ける。

 

甘さを捨てたはずだった。

 

過去を切り捨て、冷徹な艦長として生きる覚悟を決めたはずだった。

 

しかし現実は、己の慢心と焦りが生んだ機関トラブルで自滅し、敵の情けで生き長らえさせられただけという、無惨極まりない結果だった。

 

「艦長……」

 

チンクが痛ましげに声をかけるが、フェイトは顔を上げることができない。

 

「……通信長。ミッドの本部へ……救助要請を……本艦は、自力でのミッドへの帰還は……不可能だから……」

 

「りょ、了解‥‥」

 

絞り出すようなフェイトの声は、深く暗い絶望と屈辱に満ちていた。

 

ミリアリアは気まずそうにミッドチルダへ救難信号を送信した。

 

輝かしい未来へとレールを繋いだ惑星ディスティニーの光とは対極の、果てしなく冷たく、暗い次元の海の底で‥‥

 

(許さない‥‥シーマ・ガラハウ‥‥お前は絶対に私が‥‥この手で‥‥)

 

フェイトは、己の圧倒的な無力さにただ打ちひしがれることしかできなかった。

 

僚艦に救助されなとかミッドチルダへと帰還を果たしたフェイトを待っていたのは、重苦しい敗北の現実と本部からの呼び出しだった。

 

怪我の応急手当を終えたばかりのフェイトは、痛む体を押して”海“の幹部たちが並ぶ会議室へと足を踏み入れた。

 

「――以上が、今回のゴールデン・スター号襲撃事件の全容です。護衛艦隊は全滅、輸送船も乗員ごと撃沈されました。そして、犯人は……かつて管理局のコロニーから試作次元航行艦を強奪した海賊、シーマ・ガラハウです」

 

報告を終えたフェイトの拳は、ズボンの上で力強く握りしめられていた。

 

会議室に沈黙に包まれる。

 

上層部の幹部たちは重い表情で見つめ合っていた。

 

シーマ・ガラハウ‥‥その狡猾にして大胆不敵な指揮能力、そして奪われた艦の突出した戦闘スペックは、管理局にとっても頭痛の種だった。

 

野放しにはできない。

 

しかし、並の艦隊を差し向けたところで返り討ちに遭うのは目に見えている。

 

誰を討伐に向かわせるべきか?

 

上層部が判断をあぐねていた矢先のことだった。

 

フェイトは深々と頭を下げ、その瞳に消えぬ炎を宿して言い放った。

 

「もし、許可を頂けるのでしたら、私に、シーマ・ガラハウの討伐を担当させてください! 今回の敗因は、私の判断の甘さが招いた敗北です。彼女を止めるのは、私でなければならないんです……!」

 

自ら志願して出たフェイトに対し、幹部の一人が目を見開いた。

 

まさか自力帰還もできずに見逃されたばかりの若い艦長が、恐怖を突っぱねて再び死地へと志願してくるとは思ってもみなかったのだ。

 

幹部たちは短く言葉を交わした後、フェイトを見つめ直した。

 

「……良いだろう。シーマ・ガラハウの討伐および身柄確保の権限を、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン艦長に一任する」

 

「っ!? ありがとうございます……!」

 

「だが――ハラオウン艦長。覚悟は結構だが、現実的な問題がある」

 

幹部の冷徹な一言に、フェイトは息を呑んだ。

 

「君が率いていた『オベロン』は、先の戦闘で大破。修復には数ヶ月を要する」

 

「では、以前君が乗艦していた『イゾルデ』は?」

 

「あちらは既に別の者が指揮官となり着任したばかりだ」

 

「そんな……」

 

「それに現在、管理局は先のディンギルおよびエルトリア戦役で失った戦力の再編成と回復の真っ只中だ。予備の艦などどこにも存在しない。艦艇は、一朝一夕で完成するものではないのだ」

 

「‥‥」

 

言葉に詰まるフェイトに、幹部は静かに首を振った。

 

「艦はこちらで何とか手配する。だが、それまでは出撃など不可能だ……これは命令だ、ハラオウン艦長。艦が手配できるまで、体を休めなさい。今の君の目には、焦りと陰りが見える。そんな状態で出れば、再びシーマの餌食になるだけだ」

 

「……は、はい。了解、しました……」

 

シーマへの対処についての許可は降りた。

 

しかし、肝心の「翼」がない。

 

自室へと戻る廊下を歩くフェイトの足取りは、鉛のように重かった。

 

下宿先のベッドに腰掛け、フェイトはただ暗い床を見つめていた。

 

脳裏に焼き付いて離れないのは、目の前で爆発したゴールデン・スター号の閃光と、嘲笑うシーマの顔。

 

そして、自分の焦りが引き起こした機関トラブル。

 

(私は……また守れなかった。力不足で、判断も甘くて……仲間を危険に晒して、救えるはずの命も見殺しにして……)

 

自分の無力さに打ちひしがれ、自責の念に押し潰されそうになっていた。

 

その時――。

 

扉がノックされた。

 

「どうぞ‥鍵は開いています」

 

「フェイトちゃん……!」

 

「フェイトちゃん……大丈夫なん?」

 

部屋に入ってきたのは、高町なのはと八神はやてだった。

 

シーマとの戦闘、そしてオベロン大破の悲報を聞きつけ、居ても立ってもいられずに駆けつけてきたのだ。

 

二人の顔を見た瞬間、フェイトの胸に溢れそうだった感情が急激にこみ上げてきた。

 

「なのは……はやて……」

 

「フェイトちゃん、怪我は!? 痛むところはない?」

 

なのはが駆け寄り、心配そうにフェイトの様子を訊ねる。

 

はやても寄り添い、痛ましそうにフェイトの表情を見つめた。

 

「……ううん、怪我は……大したことないよ。ただの擦り傷だから」

 

「嘘……顔色、真っ青だよ。すごく辛そうな顔している」

 

なのはの優しい声が、フェイトの固く閉ざしていた心に痛いほど刺さる。

 

フェイトは俯き、ぎゅっと唇を噛み締めた。

 

「ごめんね……私、駄目だった。シーマ・ガラハウと遭遇して……救命信号を聞いて助けに向かったのに……返り討ちに遭って。オベロンは動かなくなって、目の前で……輸送船が撃沈されるのを、見ていることしかできなかった……」

 

「フェイトちゃん……」

 

「私のせいなんだ。焦って無茶な訓練をして機関を痛めて……いざという時に力が出せなかった。シーマには『度胸に免じて見逃してやる』って……殺す価値すらないって言われて見逃されたんだよ……!悔しくて……自分が情けなくて……!」

 

溢れ出した涙がフェイトの頬を伝い、床にぽたぽたと落ちていく。

 

普段は誰よりも凛として、冷静に振る舞おうとするフェイトが、子供のように感情を露わにして泣いていた。

 

はやては静かにフェイトの隣に座ると、その華奢な肩をそっと抱きしめた。

 

「辛かったなぁ、フェイトちゃん……一人でそんな大きなもの、背負い込もうとしたらあかんよ」

 

「でも……! 私は艦長で……みんなの命を預かっていて……」

 

「責任を感じるのは、フェイトちゃんが誰よりも優しくて、真剣にみんなを守ろうとしているからだよ」

 

なのははフェイトの両手を強く握り返し、その目を真っ直ぐに見つめた。

 

「だけどね、フェイトちゃん。焦りで自分を追い詰めたら、相手の思うツボだよ。艦の性能差を無謀な操縦で埋めようとしたり、『勝たなきゃ』って気持ちに支配されたら……シーマっていう海賊は、きっとそういう心の隙を狙ってくるような、凄く狡猾で強い相手なんだと思う」

 

「なのは……」

 

「悔しい気持ちも、自分を責めちゃう気持ちもわかる。でも、フェイトちゃんが生き残ってくれたから……こうしてまた前に進めるんだよ。生きて戻ってきてくれて、本当に良かった……」

 

なのはの温かい言葉と、はやての抱擁の温もり。

 

二人の無償の愛と絆が、氷のように冷え切っていたフェイトの心を少しずつ、確実に溶かしていく。

 

「フェイトちゃん、シーマ討伐の許可は取ったんやろう?」

 

はやてが優しく問いかけると、フェイトは涙を拭いながら小さく頷いた。

 

「うん……でも、艦がないの‥オベロンは大破して、新しい艦が手配されるまでは待機だって……」

 

「なら、今はちゃんと休む時や」

 

はやてはふわりと微笑んだ。

 

「準備が整うまでの時間は、神様がくれた『準備期間』やと思おう。心を整えて、今度こそ万全の状態で挑むためのな。うちも、なのはも……管理局の仲間みんなが、フェイトを一人にはさせへんよ」

 

「そうだよ、フェイトちゃん。フェイトちゃんは一人で戦っているんじゃないよ」

 

なのはが力強く頷く。

 

その瞳には、かつて幾多の困難を共に乗り越えてきた、揺るぎない信頼が宿っていた。

 

フェイトは二人を見つめ、ゆっくりと息を吐き出した。

 

胸の奥に渦巻いていた焦燥と絶望の霧が、すうっと晴れていくような気がした。

 

「……ありがとう、二人とも……私、どうかしていた。焦って、一人でなんとかしなきゃって……一番大切なことを見失うところだった」

 

フェイトは自らの手でしっかりと涙を拭うと、真っ直ぐな瞳でなのはとはやてを見た。

 

「私が欲しかったのは、敵をねじ伏せる強い力だけだった。でも、それじゃ駄目なんだ。……私に必要なのは、より強い艦じゃない。どんな時でも周りを見失わない、指揮官としての冷静さなんだって、やっと分かったよ」

 

フェイトは二人に向かって小さく、けれど確かな笑みを返した。

 

「今は、身体と心を休めるよ。そして……新しい艦が来たら、今度こそ絶対にシーマを止めてみせる。誰も傷つけさせないために」

 

「うん! その意気だよ、フェイトちゃん!」

 

「ええ顔に戻ったな。よし、今日はうちが美味しいものでも作ったるから、いっぱい食べて元気出しや!」

 

暗い部屋の中に、小さなあたたかな光が差し込んでいた。

 

敗北の傷は深く、敗北の代償は重かった。

 

しかし、フェイトは倒れたままでは終わらない。

 

ただ力にすがるのではなく、自らの弱さと向き合い、指揮官としての真の強さを手に入れるために。

 

固い絆に支えられ、彼女は再び巡ってくるであろう決戦の時を見据え、静かに闘志を燃やし始めるのだった。

 

同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について

  • 付き合っちゃえ
  • お友達のままで
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