宇宙海賊シーマ・ガラハウによってもたらされた屈辱的な敗北から立ち上がるべく、フェイトとチンクは、管理局上層部の目を欺きながら辺境世界スプールスにて次世代型次元航行艦『ナディア』の極秘建造を進めていた。
天才造艦技師ヴェルタンの執念とチンクの神業とも言えるハッキングにより、ナディアはついに正規の次元警邏艦としての承認を獲得。
親友・八神はやてが乗艦『ジャガーノート』で送り届けた歴戦のクルーたちを迎え入れ、フェイトは新たな“剣”と共に次元の海を荒らす海賊を討つため、静かに、そして力強く出航の時を迎えた。
一方、次元の壁を隔てた惑星ディスティニー。
地球本星からの使節である月村良馬から、過酷な戦乱の歴史と家族への強い想いを聞かされたSDFシリウス小隊の有紀学は、恋人であるルイとの「未来」を初めて真剣に意識し、不器用ながらも互いの絆を確かめ合っていた。
そんな中、SDF上層部は良馬との個人的な親交を築いた学の実績とシリウス小隊の歴戦の評価から、彼らを「地球への駐在武官兼親善大使の護衛」という特命部隊に抜擢する。
バルジ隊長の下、未知なる青い星・地球への想いを馳せ、誇りを胸に決意を新たにするシリウス小隊の面々。
二つの宇宙で、反撃の刃と平和への架け橋となる列車が、交差する運命の舞台へ向けて今、力強く動き出そうとしていた――。
スプールスの地下極秘ドック。
真新しい次世代型次元航行艦『ナディア』のブリッジでは、かつて死線を共にした歴戦のクルーたちが各々のコンソールに付き、目まぐるしく最終チェックの報告を交わしていた。
「メインジェネレーター、臨界点まで到達。出力安定しています」
「各部スラスター、連動テストクリア。武装管制システム、オールグリーン」
「次元通信レーダー作動」
活気に満ちたブリッジの中央、真新しい艦長席に腰を下ろしたフェイトは、その手に伝わるシートの確かな感触を確かめるように、小さく息を吐いた。
「ハラオウン艦長。各部署より出航準備完了の報告が上がっています」
傍らに控えるチンクが、手元のデータパッドから顔を上げて凛とした声で告げる。
「ええ、ありがとう。みんなの動きも完璧ね」
フェイトは頷くと、表情を引き締め、真っ直ぐにメインスクリーンを見据えた。
「出航の前に、一つだけやっておかなければならないことがあるわ……チンク、ミッドチルダ本局の『総務・艦政合同司令部』へ通信を繋いで」
「了解しました。暗号化回線、オープン」
チンクの操作によって、メインスクリーンに時空管理局本局の紋章が浮かび上がり、やがて数名の幹部局員たちの怪訝そうな顔が映し出された。
『ハラオウン艦長。急な直接通信とはどういうことかね?しかも発信元がスプールスだと? 』
苛立たしげな幹部の言葉に対し、フェイトは一切怯むことなく、静かに、しかし威厳に満ちた声で告げた。
「司令部の皆様、お疲れ様です。本日は事後報告となりますが、当方からの出撃要請をお伝えしたく通信を開きました」
『出撃要請? 君の部隊の戦力は現在再編中だろう。一体何に乗って出るつもりだ?』
「現在、ここスプールスにて出航準備が完了した、次世代型次元航行艦『ナディア』をもって出撃します。これより、宇宙海賊シーマ・ガラハウの捜索、および捕縛任務に移行したいと存じます」
『……は?』
画面越しの幹部たちが、一斉に顔を見合わせた。
『ナ……ナディアだと? 聞いたことのない艦名だが……管理局の艦政部の建造スケジュールに、そのような新型艦が配備された記録など……』
「こちらが、ナディアの『艦籍証明書』および『最終承認データ』です」
幹部たちの混乱を遮るように、チンクがすかさず手元のコンソールを叩き、事前に偽装・承認通過させていた完璧な書類データを本局へ送信した。
『なっ……!? なんだ!?これは!? 艦政部総責任者の正規デジタル・スタンプが押されているだと!?』
『第35艦隊所属・実験段階における廃棄艦艇の再登録および名称変更申請……ば、馬鹿な。確かに手続き上は完全な正規の次元航行艦だ。しかし、いつの間にこれほど大掛かりな建造を……』
幹部たちは送られてきたデータを食い入るように見つめ、完全に狼狽していた。
書類のどこをどう叩いても、手続きに一切の不備はない。
彼らが日頃頼り切っている自動監査システムと、形骸化した承認ルートの隙を完全に突いた、チンクの神業とも言える裏工作の勝利だった。
(……彼らのお役所仕事と、AI任せの承認システムが、今回ばかりは味方してくれましたね)
チンクが内心で小さく微笑む中、フェイトは畳み掛けるように言葉を続ける。
「書類に不備はないはずです。シーマ・ガラハウによる被害が拡大し続けている現在、管理局も艦隊の再編に遅れが生じているとお見受けします。そもそもシーマ・ガラハウの件については私に一任されている筈です。故に私が艦長を務めるこの艦が独自に遊撃部隊として動くことは、既にあなた方が許可を出されている筈ではありませんか」
『む……うぅむ……』
幹部たちは渋い顔で顔を見合わせたが、フェイトの言う通りであった。
書類が正規のものであり、目の前に実働可能な艦がある。
しかも目的は、現在管理局の頭痛の種である凶悪な宇宙海賊の捕縛なのだ。
彼らにフェイトを引き留める理由は、もはやどこにもなかった。
『……よ、よかろう』
やがて、代表の幹部が咳払いを一つして、重々しく頷いた。
『細かい経緯は後日改めて報告してもらうが……現在、シーマ・ガラハウの討伐は管理局の最重要課題だ。貴官の部隊の遊撃行動、および出撃を許可する。武運を祈る!』
「了解しました。ナディアはこれより抜錨します!」
力強く敬礼し、通信を切る。
スクリーンが元の状態に戻ると同時に、ブリッジ内に安堵と静かな闘志が広がった。
「やりましたね、フェイト」
「ええ。チンクとヴェルタン技師のおかげよ。これで正真正銘、私たちは堂々とあの海賊を追える」
フェイトは小さく笑みをこぼすと、改めて前方のスクリーンを見据えた。
同時刻。
ナディアの隣のドックに停泊したまま、彼女たちの船出を支援していた『ジャガーノート』のブリッジ。
メインスクリーンには、ゆっくりと地下ドックからの浮上プロセスを開始した白亜の巨艦、ナディアの雄姿が映し出されていた。
「……いよいよやね」
艦長席から立ち上がった八神はやては、眩しそうに目を細めてその姿を見つめていた。
「ナディア、メインスラスター始動。出力正常。同調システム、オールグリーン。見事な艦です……本当に、信じられない執念の賜物ですよ」
副官のグリフィスが感嘆の声を漏らす中、はやては自身の艦長帽子を深く被り直し、凛とした声でブリッジの全員に命じた。
「総員、起立!」
はやての号令に、ジャガーノートのクルーたちが一斉に背筋を伸ばし、姿勢を正す。
「我らが友の新たなる船出に……そして、次元の海の平和を取り戻すための反撃の剣に――敬礼!!」
はやてをはじめとするジャガーノートの乗員一同が、メインスクリーンに映るナディアに向かって、深く、そして力強い敬礼を捧げた。
それは、かつての絶望から立ち上がった親友への最大のエールであり、共に平和を願う同志としての確かな絆の証だった。
『ジャガーノートより入電。――航海の安全と武運を祈る、とのことです』
通信士からの報告を聞き、フェイトは前方のモニターに映る荒涼としたスプールスの空を見上げた。
(ありがとう、はやて……行ってくるね)
心の奥底で親友への感謝を呟き、フェイトは艦長席の手すりを強く握りしめた。
「ガントリーロック、解除」
「ガントリーロック、解除」
「機関、点火! 微速前進!」
「機関、点火。微速前進」
フェイトの号令と共に、ナディアの巨大なメインスラスターが蒼白い光を放ち、重力に逆らってその巨体を軽々と宙へと浮かせた。
「私たちの失われた時間を取り戻し、これ以上の悲劇を防ぐため……私たちはもう、絶対に止まらない!」
フェイトの深紅の瞳に、揺るぎない決意の炎が宿る。
「次元航行艦ナディア、抜錨!!!」
ナディアはスプールスのドックから飛び立ち、次元の海へと乗り出した。
こうして反撃の刃は遂に解き放たれ、交差する運命の舞台――次元の海へと、一直線に駆け抜けていった。
スプールスの大気を切り裂き、広大な次元の海へと躍り出た次世代型次元航行艦『ナディア』。
だが、歓喜と高揚の瞬間が過ぎ去ると、ブリッジにはどこか異質な、ピンと張り詰めた緊張感が漂い始めていた。
「主砲、次元収束アレイの同調速度にコンマ二秒の遅れ! 砲撃シミュレーション、目標数値を下回っています!」
「各部姿勢制御スラスター、レスポンスが鋭すぎるわ! 旧艦(イゾルデ)と同じ感覚で舵を切るとオーバーシュートする! 操舵手、スラスター感度設定を再チェックして!」
「メインモニターの次元波動走査線、わずかにノイズを感知。センサードライバのチューニング、まだ詰めが必要です!」
コンソールを叩く指音と、飛び交うクルーたちの怒号にも似た報告。
ナディアに配属されたクルーたちは、かつてフェイトと共に数々の死線を潜り抜けてきた『イゾルデ』からの生き残りであり、選りすぐりの猛者たちばかりだった。
だが、どれほど腕利きの技術者や兵士であっても、誕生したばかりの最新鋭特殊艦艇のポテンシャルを、一朝一夕で引き出せるわけではない。
「艦長……やはり、イゾルデの時のデータとナディアの応答性には大きな乖離がありますね。最新の次元駆動炉の出力曲線に、乗員の操作感覚が追いついていません」
手元のタブレットで全セクションの誤差データを弾き出しながら、チンクが冷静な声でフェイトに語りかけた。
「ええ……ヴェルタン技師がこの艦に注ぎ込んだ執念と技術は本物よ。でも、そのぶん『尖りすぎている』……この子は、まだ私たちの手になじんでいない」
艦長席の肘掛けを静かに撫でながら、フェイトは深緑の瞳を細めた。
脳裏に蘇るのは、忘れもしないあの日の光景――宇宙海賊シーマ・ガラハウ率いる『リリー・マルレーン』との絶望的な海戦。
シーマの操る海賊船『リリー・マルレーン』は、決して最新鋭の艦ではなかった。
しかし、過酷な実戦の中で鍛え上げられた海賊たちの連携と、まるで艦艇そのものが己の四肢であるかのように自在に操るシーマの神業的な操艦技術は、スペック上の性能差など容易に覆してみせたのだ。
しかも自分たちが使いやすいように管理局が建造した時より更に独自の改造も施している。
(シーマ・ガラハウ……あの人は、あの艦艇のすべてを知り尽くしていた。寸分の狂いもなく、完璧なタイミングで私たちを追い詰めた……)
胸の奥がキリリと痛む。
一刻も早くシーマを追いかけ、捕縛したい。
奪われた誇りと仲間たちの無念を晴らしたいという焦燥感は、フェイト自身の心の中にも、そしてイゾルデの残党であるクルーたちの胸の中にも、確実に渦巻いていた。
「艦長、このままシーマの潜伏宙域と思われる第8次元境界面へ全速で直行すべきでは? 奴らの足取りが掴めている今なら、急襲できます!」
若手の戦術士官が、はやる気持ちを抑えきれずにフェイトへ進言した。ブリッジの何人かのクルーも、同意するようにフェイトに視線を向ける。
しかし、フェイトはゆっくりと首を横に振った。
「気持ちは痛いほど分かるわ。でも、今の状態でシーマ・ガラハウと戦えば……私たちはまた、同じ過ちを繰り返すことになる」
フェイトの声は静かだったが、そこには一切の妥協を許さない強い意志が込められて威厳を放っていた。
「相手は、あの海賊船『リリー・マルレーン』を己の手足のように使いこなす猛者たちよ。いくらナディアが最新鋭の性能を持っていたとしても、私たちがこの艦の能力を百パーセント引き出せていなければ、隙を突かれて終わり……そんな不完全な状態で、みんなを再び死地に行かせるわけにはいかない」
「ハラオウン艦長……」
戦術士官はハッと息を飲み、自らの浅はかさを恥じるように視線を下げた。
フェイトは艦長席から立ち上がると、ブリッジの全員を見渡した。
「焦る気持ちは捨てて。私たちが目指すのは、ただ追いつくことじゃない。シーマ・ガラハウを『完璧に制圧すること』よ。そのためには……まず私たちが、このナディアという新たな翼を完璧に使いこなさなきゃいけないの」
「艦長の言う通りです」
チンクが続いて口を開き、コンソールに仮想の訓練プログラムを展開させた。
「シーマ・ガラハウの捜索アルゴリズムは、私がバックグラウンドで動かし続けています。皆さんはただ、このナディアと一つになることだけに集中してください」
ふっと、ブリッジを覆っていた殺伐とした焦燥感が消え、代わりに深く重厚な決意が満ちていく。
「総員、慣熟訓練(シミュレーション)フェーズ3へ移行! 次元跳躍時のメインシステム同調訓練と、全武装の緊急迎撃プロセスを叩き込むわよ!」
『了解、艦長!!』
クルーたちの力強い唱和がブリッジに響き渡る。
それからの日々、ナディアの艦内は過酷な訓練の連続となった。
重力制御の微調整、高負荷のかかる次元潜航テスト、緊急時の手動システム切り替え……。
フェイト自身も艦長としての指揮だけでなく、自らデバイスを握り、ナディアの魔法陣展開システムと自身の魔力リンクの同調率を極限まで高める訓練を繰り返した。
汗をぬぐい、夜遅くまでブリッジに残って艦のデータを見つめ直すフェイトの隣には、常にチンクが寄り添い、サポートを続けていた。
「だいぶ、艦の『声』が聞こえるようになってきた気がするわ」
深夜の静かなブリッジで、フェイトがふと漏らした言葉に、チンクは優しく微笑んだ。
「ええ。クルーたちの動作から迷いが消えてきました……ナディアは今、本当の意味で私たちの艦になりつつあります」
「ありがとう、チンク……待っていなさい、シーマ・ガラハウ。次は絶対に、逃がさない」
暗いメインスクリーンに映る、遠い次元の海。
その深淵を見つめるフェイトの瞳には、焦りではなく、鋭く澄み渡った一閃の刃のような光が宿っていた。
反撃の牙を極限まで研ぎ澄ませながら、白亜の巨艦『ナディア』は、運命の交差点へと着実にその歩みを進めていた。
次元の海で研ぎ澄まされていく反撃の刃から遠く離れ、視点は銀河鉄道の始発駅にして宇宙の十字路、惑星ディスティニーへと移る。
大宇宙の様々な種族や文化が行き交う活気ある市街地。
地球本星からの使節としてこの星を訪れていた月村良馬は、賑やかな商店街の一角にある土産物屋の店頭で、色鮮やかなディスティニーの伝統工芸品を手に取り、柔らかな微笑みを浮かべていた。
「これなら、あの子たちも喜んでくれるかな……」
ディスティニーでの滞在も数週間が過ぎ、この星の独特な空気や生活リズムにもようやく慣れ始めた頃。良馬たち使節団に、地球への帰還命令が下されたのだ。
彼らと交代で駐在業務を引き継ぐ後任の武官たちの手配が完了し、第一陣としての任務を終えた形となる。
良馬の脳裏には、遠い故郷の星で帰りを待つ家族の顔が浮かんでいた。
未知の宇宙、それもかつて別宇宙からの脅威に晒された歴史を持つディスティニーへの赴任は、家族に少なからず心配をかけていたはずだ。
だからこそ、自分の無事とこの星の素晴らしさを伝えるための土産選びには、自然と熱が入った。
(それにしても、まさか彼らと共に地球へ向かうことになるとはな……)
良馬はふと空を見上げ、銀河鉄道の軌道が延びる宇宙の彼方へと思いを馳せた。
時を同じくして、ディスティニーを拠点とする空間鉄道警備隊(SDF)本部でも、慌ただしい準備が進められていた。
良馬たち使節団の帰還に合わせ、SDF最強と謳われるシリウス小隊の地球派遣が正式に決定したのだ。
任務は「地球への駐在武官兼親善大使の護衛」。未知の星である地球との本格的な交流に向けた、極めて重要な特命である。
長期にわたる地球派遣を前に、バルジ隊長の計らいでシリウス小隊の隊員たちには交代で特別休暇が支給されていた。
学は、この地球派遣の決定を故郷の母に直接知らせるため、実家のある惑星タビトへと一時帰国していた。
タビトの風は、いつ帰ってきても変わらない故郷の匂いがした。
見慣れた炭鉱の街並みを抜け、学は一軒の定食屋の前で立ち止まる。
『銀河亭』と書かれた、年季の入った暖簾。
学は小さく深呼吸をすると、ガラガラと音を立てて引き戸のガラス戸を開けた。
「ただいま、母さん」
「あら? 学。おかえり」
食事処・銀河亭の厨房には、学の母、有紀カンナが普段通りの割烹着姿で立っていた。
不意の息子の帰還に驚きながらも、カンナは目尻を下げ、心底嬉しそうに微笑んだ。
お昼のピークを過ぎた店内には、懐かしい母特性の煮物の温かい香りが漂っている。
やがて休憩時間になり、暖簾を下ろした奥の座敷で、学とカンナは久々の親子の茶を啜った。
世間話もそこそこに、学は姿勢を正すと、今回の帰省の本当の理由を口にした。
今度、SDFの特命で「地球」というディスティニーと同盟を結んだ惑星へ駐在武官として派遣されること。
そして、その任務のため、次の休暇を取れるまでにかなり時間が空きそうであることを。
「地球……そう、学はそこへ行くの……」
カンナは湯呑みを持ったまま、少し伏し目がちに呟いた。
ディスティニーと地球という未知の惑星が同盟関係を結んだというニュースは、タビトの新聞でも大々的に報じられていたため、カンナも知ってはいた。
だが、まさか自分の息子が、その同盟を結んだばかりの遠く得体の知れない惑星へ駐在武官として真っ先に派遣されることになるとは‥‥
誇らしい気持ちがないわけではない。
かつて夫が隊長を務めたシリウス小隊の隊員として、学がどれだけ立派に成長し、周囲から信頼されているかの証左なのだから。
しかし、母としての複雑な親心は、どう表現すれば良いのかわからなかった。
夫の渉、そして長男の護。
空間鉄道警備隊に人生を捧げ、宇宙の海に散っていった大切な家族の背中が、目の前に座る学の姿にどうしても重なってしまうのだ。
「……危険な任務じゃないのよね?」
心配を押し隠すように、カンナはあえて明るい努めた声で尋ねた。
「ああ、戦闘任務じゃないよ。ディスティニーの親善大使の護衛と、向こうの軍との交流がメインだからね。それに、向こうの代表としてこっちに来ていた月村さんっていう人とは、俺もすっかり親しくなったし……心配いらないよ、母さん」
学は母の不安を察し、力強く頷いてみせた。
その真っ直ぐな瞳には、かつての無鉄砲な少年から、守るべきもののために戦う男としての確かな覚悟が宿っていた。
「そう……学がそう言うなら、安心ね」
カンナはふっと表情を和らげ、息子の大きな手を優しく包み込んだ。
「でも、無茶だけはしちゃ駄目よ。お父さんやお兄ちゃんみたいに、一人で全部背負い込もうとするんだから。向こうに行ったら、ちゃんとご飯を食べて、たまには通信で顔を見せなさい」
「わかっているよ、母さん……必ず、無事に帰ってくるから」
母の温かい手の感触に、学は少し照れくさそうに笑った。
未知なる青い星、地球。
良馬から聞いた過酷な歴史と、未来へ向かって進もうとする人々の想い。
そして、ディスティニーに残る恋人・ルイとの未来のためにも、自分はこの架け橋となる任務を必ずやり遂げなければならない。
タビトの穏やかな夕暮れの中、親子の温かな時間は静かに過ぎていく。
遠く離れた二つの星を繋ぐ大いなる旅立ちは、もう目前まで迫っていた。
惑星タビトで学が母と穏やかな時間を過ごしていた頃、ルイ・フォート・ドレイクもまた、故郷である惑星クラリオスへと帰省していた。
クラリオス星団共和国大統領の職にあるルイの父親の邸宅。
広々としたリビングで、ルイは久しぶりに顔を揃えた両親と共にティータイムを囲んでいた。
「――それでね、今度SDFシリウス小隊が、地球への駐在武官兼親善大使の護衛として派遣されることになったの」
ルイが切り出した報告に、父親はカップを置き、眉をひそめた。
「地球……? 恥ずかしながら、その名を聞くのは初めてだな。ディスティニーのデータベースにも、ごく最近まで記載がなかったはずだが?」
「ええ、少し前まで次元の壁に阻まれた未知の宙域にあった星なの。でも、先日ディスティニーと正式に同盟を締結したのよ」
「ふむ……ディスティニーと同盟を結ぶほどだ。科学技術や軍事力は、ディスティニーと同等レベルにある星だと判断していいのだな?」
大統領としての鋭い視点で見解を述べる父親に、ルイは嬉しそうに頷き、身を乗り出した。
「同等どころか、独自の技術革新が凄いのよ! パパ、半年前のアルフォート星団帝国軍との激戦のことを覚えているでしょう? あの時、窮地に陥った私たちを救ってくれた地球の超巨大宇宙戦艦『ヒューベリオン』……あの圧倒的な火力を目撃した時は、本当に言葉を失ったわ」
ルイは身振りを交えながら、誇らしげに語り続ける。
「しかも、銀河鉄道から提供された設計図があったとはいえ、地球はわずか半年という短期間で、独自に強力な宇宙列車を完成させてしまったの。先日のヘッケラー社とジャック・ブルームが起こした『ブラック・ワン事件』の時も、その地球の宇宙列車が駆けつけてくれなかったら、どうなっていたかわからないわ」
未知の星でありながら、短期間で目覚ましい実績を上げる地球のポテンシャル。
ルイの熱のこもった説明を聞き、父親も「なるほど……大した底力を持った星のようだな」と感心したように頷いた。
SDF隊員として、そのような重要かつ成長著しい星への駐在武官に抜擢されたことは、ルイのキャリアにとっても間違いなく大きなプラスとなる。
だが、母親の視点は少し異なっていた。
「……でもルイ。駐在武官だなんて、一体いつまでその地球という遠い星に滞在することになるの?」
「任期はまだはっきり決まっていないけれど……しばらくはディスティニーへ戻れないと思うわ」
「そんなに長い間、未知の宇宙へ……?」
母親は心配そうに眉を寄せ、ルイの顔をじっと見つめた。
「ルイ、貴女もSDFに入隊して立派に務めてきたけれど、もういいお年でしょう? そろそろ身を固める準備も必要だと思うの。この機会に、銀河鉄道の仕事を少しお休みして……良いお話し(お見合い)をお受けしてみない? クラリオスにある色んな良家から、貴女との縁談の打診がいくつも届いているのよ」
「えっ……お見合い?」
唐突な提案に、ルイは一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「ううん、ママ。せっかく心配してくれたけれど、お見合いはお断りするわ。私……もう交際している人がいるから」
「「…………」」
ルイが発した何気ないその一声を両親が聞いたその瞬間、リビングの時間がピタリと止まった。
ルイの両親は、まるで石化でもしたかのように完全にフリーズしたのだ。
固まったまま数秒‥‥やがて、父親の手に持っていたティーカップがカチャカチャと小刻みに震え始める。
「だ、だだだ……誰だぁっ!? どこの誰だぁーーーっ!?」
静寂を打ち破り、クラリオス星団共和国大統領の怒号が部屋中に響き渡った。
顔を真っ赤にし、目を見開いて身を乗り出すルイの父親。
自分たちの愛娘に彼氏がいるなど、まさに青天の霹靂、寝耳に水だったのだ。
「誰の許しを得てルイと付き合っている!? どこの馬の骨だ!?」
「もう、パパ落ち着いて! 大声をださないでちょうだい!」
慌てて父親を宥めながら、ルイは少し頬を赤らめて呟いた。
「有紀君よ。同じシリウス小隊の……パパだって、前に会ったことがあるでしょう?」
「有紀……? むっ……?」
父親は一瞬呆然とし、怒気で上がっていた眉を下ろした。記憶の引き出しを必死にひっくり返す。
かつてシリウス小隊が担当した、要人警護任務。
クラリオス星団共和国大統領である自分を護衛するために配属された、あのSDFの若者たちの姿――。
「あ、あぁ……あの時の、あの若者か……」
父親の脳裏に、真っ直ぐな瞳で自分を守り抜いた青年、有紀学の姿がおぼろげながら浮かび上がった。
「そうよ、有紀学君!」
父親が思い出してくれたことに満足したルイは、どこか夢見るような表情を浮かべ、そこから止まらない“学自慢”を始めた。
「彼ね、見た目はちょっと無鉄砲で不器用に見えるかもしれないけれど、本当は誰よりも優しくて、熱い想いを持った人なの。任務の時は自分の身を削ってでも仲間や乗客を守ろうとするし……私、何度も彼のその強さと真っ直ぐな優しさに救われたわ」
「む、むう……」
「最初はね、ただの喧嘩友達みたいだったのよ? でも、死線を一緒に潜り抜けていくうちに、彼がどれだけ誠実で、どれだけ私のことを大切にしてくれているかが分かって……この間の作戦が終わった後、二人で『未来』について話したの。二人で同じ歩幅で、歩んでいこうねって……」
うっとりと頬を手で包み込みながら、学との出会いから恋人同士になるまでの経緯、そして彼の魅力を滑らかに語り尽くすルイ。
「この前なんてね、私が少し落ち込んでいた時に、ぶっきらぼうだけどすごく温かい言葉で励ましてくれて……もう、本当にカッコいいんだから!他にもこの前の夕食の席で、将来設計について一緒に話したの」
「しょ、将来設計‥‥!?」
父親は、これまで一度も見せたことのないような乙女な顔で惚気ける娘を前に、開いた口が塞がらなかった。
あの凛々しく勇ましい娘が、一人の青年の前では完全に恋する乙女になっているのだ。
「う、うぐぐ……あの若造が……わ、私のルイを……」
ショックのあまり頭を抱えて唸る大統領の傍らで、母親はクスリと優しく微笑んだ。
「まあ……ふふっ、素敵な方なのね。ルイがそんなお顔をするなんて、初めて見たわ」
「ママまで! 私、本当に有紀君のことが大好きなの。だからお見合いなんて絶対にしないわよ!」
「はい、はい。もし時間が取れる様なら、今度その彼を家に連れて来てね」
キッパリと言い放ち、胸を張るルイ。
父親は「うおん……私のルイが……」とテーブルに突っ伏し、深い溜め息を吐くのだった。
母親は改めて学を紹介して欲しいとルイに頼んだ。
娘の成長と恋心に戸惑いつつも、クラリオスの夜は賑やかで温かな家族の会話と共に過ぎていく。
学とルイ、それぞれの帰省を経て、二人の絆は遠く離れた星々を越え、さらに強固なものとなっていた。
惑星タビトと惑星クラリオス――それぞれの故郷で家族との掛け替えのない時間を過ごした学とルイは、休暇を終えて再び宇宙の十字路、惑星ディスティニーへと戻ってきた。
SDF(空間鉄道警備隊)本部が置かれた中央ステーションの発着ホーム。
そこには、出撃の時を静かに待つシリウス小隊の愛機、重武装列車『ビッグワン』がその巨躯を横たえていた。
「有紀君!」
人波をかき分けるようにして駆け寄ってきたルイの姿を見つけ、学の頬が自然と緩む。
「ルイ! 無事に帰ってきたな」
「ええ。有紀君の方こそ……有紀君のお母さんは、お元気だった?」
「ああ、いつも通り『銀河亭』で張り切っていたよ。ルイの方はどうだったんだ? 大統領も夫人もお変わりなかった?」
「もう、大変だったのよ!」
ルイは思い出して少し頬を膨らませ、小声で学に耳打ちした。
「ママにお見合いを勧められそうになったから、『交際している人がいる』って断ったら、パパが『どこの誰だー!』って大騒ぎしちゃって……。学の名前を言ったら、昔の警護任務のことを思い出して絶句していたわ」
「えっ……大統領に俺たちのこと、話したのか!?」
学は思わず声を裏返らせ、顔を真っ赤にした。クラリオス大統領の厳格な顔立ちを思い出し、喉をごくりと鳴らす。
「当然でしょう? 隠すことじゃないもの……でも、学のおかげで、私も自分の『未来』に胸を張って向かっていけるわ」
少し悪戯っぽく笑った後、ルイは真っ直ぐな瞳で学を見つめた。
その眼差しには、恋人としての慈しみと、共に死線を潜り抜けてきたSDF隊員としての全幅の信頼が宿っていた。
「……ああ。俺も母さんに誓ってきたんだ。必ず無事に帰ってくるって。だから、どんな任務でも二人で乗り越えよう」
学が力強く頷くと、二人の間に温かな微笑みが交わされた。
「おいおい、出発前から二人で甘い雰囲気を出すのはそこらへんにしておけよ?」
背後から呆れたような、だが温かい声が響いた。
振り向くと、デイビッドが肩を並べて歩いてきていた。
「デイビッド」
「ったく、学は帰省前より顔つきが締まったかと思えば、ルイの前だと相変わらずだな」
デイビッドがニヤニヤしながら学の肩を小突く。
そこへ、地球からの使節である月村良馬と、シリウス小隊を率いるバルジ隊長が重厚な足取りで姿を現した。
「有紀、ルイ。良い顔をしているな。故郷で十分な休息は取れたか」
「はい、隊長! いつでも出撃可能です!」
学とルイが一斉に背筋を伸ばし、鮮やかな敬礼を捧げる。
「月村さん、お待たせしました」
学が声をかけると、良馬は感慨深そうにビッグワンの車体を仰ぎ見た。
「いや、素晴らしい準備の手際だ。有紀君、いよいよ私の故郷……地球へ向かうのだな。君たちという頼もしい友と共に故郷へ戻れることを、心から誇りに思うよ」
「こちらこそです、月村さん。地球がどんな星なのか、この目で確かめられるのを楽しみにしています」
良馬の言葉に、シリウス小隊の面々の胸にも高揚感が広がっていく。
やがて、ステーション全体に発車を告げる重厚なベルの音が響き渡った。
「よし、総員搭乗! これよりビッグワンは『地球駐在武官護衛特命』に基づき、発車する!」
バルジ隊長の凛とした号令がホームに響く。
『了解!!』
シリウス小隊のクルーたちが一斉にビッグワンの乗降口へと乗り込んでいく。
学とルイも最後に互いを見つめ合い、力強く頷き合ってステップを駆け上がった。
プシューッというエアの抜ける音と共に重圧なドアが閉じ、機関室のメインジェネレーターが力強い鼓動を打ち始める。
『発射シグナル、オールグリーン。ビッグワン、発進準備完了』
戦闘情報室(CIC)からのアナウンスを受け、バルジ隊長が指揮席で腕を組んだ。
「ビッグワン、発進!!」
ボォォォォォ―――ッ!!!
ディスティニーの巨大なドーム状天井に、ビッグワンの誇り高き汽笛が轟き渡る。
動輪がゆっくりと、しかし確実に回転を始め、巨体を前進させていく。
徐々に加速していくビッグワンは、ステーションの誘導軌道を抜け出し、果てしない宇宙空間へと架けられたエネルギー光軌(レール)の上へと躍り出た。
車窓からは、遠ざかっていく惑星ディスティニーの眩い光景が見える。
「さようなら、ディスティニー……行ってきます!」
ルイが窓の外へ静かに呟く。
「地球か……どんな出逢いと戦いが待っているとしても、俺たちは退かない」
学は胸のSDFエンブレムに手を当て、自らの心に誓った。
銀河鉄道の軌道を強く噛み締めながら、漆黒の重武装列車『ビッグワン』は光の尾を引いて加速する。
平和への架け橋となる列車は、未知なる青い星・地球へ向けて、運命の星空を力強く突き進んでいった――。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで