宇宙海賊シーマ・ガラハウへの雪辱を誓うフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、極秘裏に建造された次元航行艦『ナディア』の正式登録を果たし、反撃の旅路へと繰り出した。
最寄りの第63管理世界『ルークス』にて、時空管理局の支部長ガリウスによる横領と市民弾圧の暴挙を突き止めたフェイトは、レジスタンスの少女リーゼルらと共にルークス解放作戦を決行。
ガリウスと結託していた密輸組織『ブラッド・シンジケート』を撃破し、見事にルークスの人々へ自由を取り戻した。
ルークスの管理局支部にあるメインコンピューターのデータ解析から、ガリウスと取引のある犯罪組織は取引や組織の維持のために永世中立惑星を利用している確証を得た。
そこで、フェイトたちは、力による介入ではなく一人の旅人として潜入調査を行うべく、さらなる目的地である永世中立惑星『アステリア』へとナディアを発進させる。
一方、次元の壁を隔てた地球圏では、惑星ディスティニーとの歴史的平和同盟に伴い駐在するSDF(空間鉄道警備隊)『シリウス小隊』の有紀学とルイ・フォート・ドレイクは、月村良馬の案内で海鳴市にある月村邸を訪れる。
そこには、イスカンダル王家の血を引く妻・ユリーシャや、異世界の時空管理局員であった妻・ギンガ、そして二人の間に生まれた愛くるしい娘たち(誉と友莉葉)との温かな日常があった。
地球の先人たちの英雄譚と、次元を超えて紡がれる家族の絆に触れた学たちは、宇宙の平和と命を守る者としての誓いを新たに胸へと刻むのだった。
暖かな温もりに満ちた月村邸での余韻を胸に抱きながら、学とルイは帰りも良馬が運転する車で駐在武官専用の宿舎まで送り届けてもらった。
「月村さん。今日は本当にありがとうございました。素晴らしいお話に、美味しいお料理までごちそうになってしまって……」
車から降り際、ルイが深く礼を述べると、助手席側の窓を開けた良馬が柔らかく目を細めた。
「いや、こちらこそ楽しかったよ。誉も友莉葉も、二人が来てくれて本当に嬉しそうだった。駐在任務は始まったばかりで大変なことも多いだろうが、困ったことがあればいつでも頼ってくれ」
「はい! また『英雄の丘』の沖田提督や土方司令のお話、もっとお聞きしたいです。それでは、失礼します!」
学がビシッと力強い敬礼を送ると、良馬は誇らしげに頷き返し、静かに車を発進させて夕闇の街並みへと消えていった。
その日の夜‥‥
駐在武官宿舎の食堂は、任務を終えたシリウス小隊の面々が囲む夕食の席となっており、昼間の賑やかな余韻はそのまま学とルイの口から語られていた。
「――へぇ~……イスカンダルの皇女様に、異世界のお巡りさんか‥‥」
デイビッドが感心したようにスープの器を傾けた。
「あの月村司令の奥さんたちか……話には聞いていたが、直接会ったってなるとやっぱり気になるな。どんな人たちだったんだ? 有紀、ルイ」
「はい! ギンガさんはすごく気さくで活発な方で、ユリーシャさんは優雅で、でもどこか不思議な温かさがあるおしとやかな方でした。料理も本当に美味しくて、俺、思わずおかわりしちゃいました!」
学が当時の興奮を思い出したように身を乗り出して語ると、向かいに座るシリウス小隊専属の医療用セクサロイド・ユキが、その綺麗な瞳を輝かせながら身を乗り出してきた。
「学さん、お料理も気になりますけれど……お子さんたちはどんなお子さんだったんですか? 月村特使の二人の娘さんたち……」
「誉ちゃんと友莉葉ちゃんよ」
ルイが穏やかな微笑みを浮かべながら引き継いだ。
「二人とも、本当にお人形さんみたいに愛らしくて元気いっぱいだったわ。人見知りも全然しなくてね、有紀君なんてすっかり気に入られて、『銀河鉄道』の話をせがまれて大変だったのよ」
「へへっ、別に大変じゃなかったさ! 誉ちゃんも友莉葉ちゃんも、銀河鉄道やビッグワンにすごく興味を持ってくれてさ。『お空を飛ぶ電車に乗ってみたい』って目をキラキラさせていたんだ。可愛かったなぁ~……」
(俺も何時か、ルイと一緒になったらあんな子供たちに恵まれるのかな?)
それはかつて、幼少期の頃、父がシリウス小隊の隊長を務めていた頃、銀河鉄道に‥‥ビッグワンに憧れていた昔の自分の様だった。
学が目尻を下げてデレデレとした表情を浮かべると、デイビッドが楽しそうにニヤリと笑った。
「ハハッ! 普段は猪突猛進の有紀学隊員も、小さな女の子の前じゃ形無しだな。だが……遠い宇宙の果てから地球へやってきて、そんな温かい家庭を築いているとはな。月村という男の器の大きさが分かろうってもんだ」
「ええ……本当に素敵なご家族でした」
ルイは静かに頷き、手元のティーカップを見つめながら言葉を紡ぐ。
「それだけじゃありません。月村さんは邸宅に向かう途中、海を見下ろす『英雄の丘』という場所へ私たちを連れて行ってくださったんです。かつて地球が滅亡の危機に瀕した時、希望を求めて遥かなる星の海へ旅立った『宇宙戦艦ヤマト』……その沖田艦長や土方司令といった、地球を守り抜いた英雄たちが祀られている場所でした」
「沖田艦長に、土方司令……」
これまで静かに二人の話に耳を傾けていたバルジ隊長が、重厚な声を響かせた。
腕を組み、深く被った帽子の陰から鋭くも温かい光を宿した瞳を学たちへ向ける。
「地球にも、過酷な運命に立ち向かい、命を賭して未来を繋いだ偉大な先人たちがいたということだな」
「はい、隊長」
学は表情を引き締め、バルジを真っ直ぐに見つめ返した。
「どれほど絶望的な状況でも決して諦めず、仲間を信じ、未来を信じて戦い抜いた……良馬さんからその意志を聞いた時、俺たちのSDFの魂と同じものを感じました。俺たちが乗るビッグワンの主砲は、人を脅すための力じゃない。言葉を交わし、対話をするための平和のテーブルを守る『盾』なんだって……改めて胸に刻みました」
「ふっ……良い顔になったな、有紀」
バルジは満足そうに口元を緩めると、組んでいた腕を解き、静かに立ち上がった。
「我々が地球に駐在する意味は、単に武力を示すことではない。異なる世界、異なる歴史を持つ者同士が、互いを尊重し、理解を深めることにある。月村特使の家族や地球の先人たちが証明しているように、絆は星の距離をも越えるのだからな」
「「はいッ!!」」
学とルイの力強い返答が、静かな食堂に心地よく響き渡った。
ユキは胸元でそっと手を合わせ、優しい眼差しで二人を見つめていた。
「素敵な一日になって良かったです。いつか私や隊長たちも、月村さんのご家族にお会いできる機会があると嬉しいですね」
「ああ! 今度みんなで行くときは、もっと賑やかになりそうだな!」
デイビッドが豪快に笑い飛ばし、食堂の空気は一層温かなものへと変わっていった。
次元の壁を越えて手を取り合った地球とディスティニー。
先人たちが守り抜いた青い星の空の下で、シリウス小隊の胸には、平和を守る者としての新たなる誇りと誓いが、静かに、そして確固たるものとして燃え上がっていた。
学とルイが月村邸を訪れた、まさにその翌日のことだった。
良馬の下に司令部への出頭命令が出た。
彼が出頭に応じると、そこで一枚の指令書が手渡された。
そこに記されていたのは、予期せぬ、しかし極めて重大な発令だった。
『月村良馬、防衛軍特使兼宇宙列車二号車長の任を解き、宇宙戦艦ヒューベリオン艦長職へと即時復帰せしめる。併せて、大マゼラン星雲・惑星イスカンダルへの特別伝令任務を命ず』
「ヒューベリオンの艦長への復帰……それに、イスカンダルへの伝令任務、ですか?」
予期せぬ命令に、良馬は思わず息を呑んだ。
山南司令官は重々しく頷き、デスクの上のホログラムマップを展開した。
「そうだ。先日の歴史的な平和同盟締結により、ディスティニーとの関係は強固なものとなった。そして今、銀河鉄道ネットワークの地球圏への正式乗り入れが順調に進んでいる。……連邦政府が次に目指すのは、かつてこの地球を滅亡の淵から救ってくれた、大マゼラン星雲のイスカンダルとのさらなる連携だ」
山南司令官の言葉には、確かな遠謀が込められていた。
「地球とイスカンダルとの間には、いまだ直接的な通信環境が存在しない。しかし、もしイスカンダル側が望まれるのであれば、あの銀河鉄道の光軌(レール)を、大マゼランの地まで延伸する計画を提示したい。線路が繋がれば、物理的距離を超えて地球とイスカンダルの絆はより密なものとなる。その打診を行うための使節として、ヒューベリオンと君に白羽の矢が立ったのだ」
「なるほど……銀河鉄道をイスカンダルにも……」
良馬はその壮大な構想に感嘆すると同時に、使節としての任の重さを噛み締めた。
旧知の宇宙戦艦ヒューベリオンの艦橋に戻り、未知なる海へ再び舵を取る――軍人として、これ以上の名誉はない。
だが、良馬はそこで一度言葉を切り、まっすぐに司令官の目を見据えた。
「山南司令。この重大な特令……謹んでお受けいたします。ただし、条件がひとつございます」
「条件? 何だね」
「私の妻であるユリーシャと、娘の友莉葉――この二人の艦内の乗艦許可及び今回の任務における同行許可をいただきたいのです」
「なに……?」
良馬からの意外な要求に山南司令官は眉をひそめた。
しかし、良馬は一切の揺らぎのない強い声で理由を続けた。
「私事であるのは重々承知しております、ですが、スターシア陛下にとって、友莉葉は実の『孫』にあたります。そしてユリーシャにとっても、久しぶりの故郷への里帰りにほかなりません。地球とイスカンダルの往来が不定期な現在、ユリーシャにとって帰郷する機会なのです」
良馬の眼差しには、地球を守る指揮官としての冷徹な覚悟と、家族を何よりも慈しむ父親・夫としての深い愛が宿っていた。
「それに……これは単なる軍事的・政治的な使節ではありません。『かつて救われた星の家族が、感謝と共に故郷へ戻る』という事実は、スターシア陛下にとっても、両星の未来にとっても、武力や協定以上の強い絆の証明となるはずです」
良馬の熱のこもった言に、山南司令官はしばし沈黙した。
やがて深くため息をつくと、その口元に苦笑いを浮かべた。
「……相変わらず、君という男は家族想いが過ぎるな。だが、まぁ一理ある。特に友莉葉ちゃんは君の言う通りスターシア陛下にとっての孫だ。陛下もその姿を見たらお喜びになるかもしれぬな」
(守さんには殴られるかもしれないけどな‥‥)
山南司令官は手元のデータパッドを操作し、承認のサインを打ち込んだ。
一方で良馬は守から娘を託された身でありながら、その娘と結婚をして子供まで設けたのだから、守からの鉄拳制裁は覚悟した。
「分かった、許可しよう。ユリーシャ殿と友莉葉ちゃんの同行を認める」
「ハッ! 感謝いたします!」
「月村艦長、急ぎヒューベリオンを出撃させ、希望の伝令をイスカンダルへ届けてくれたまえ!」
「承知いたしました!!」
良馬はビシッと力強い敬礼を捧げ、山南司令官の執務室を後にした。
その日の夕刻。
月村邸の静かなリビングで、良馬は妻たちと娘にこの特令と同行の許可が下りたことを告げた。
「イスカンダルへ……?私が友莉葉と一緒に……?」
ユリーシャは思わず胸に手を当て、美しい薄紫色の瞳を潤ませた。
赤ん坊の頃に地球へと預けられ、暗黒星団帝国との戦いの中、当時艦長をつとめたまほろばに密航し、そのまま戦いに身を投じ、戦いが終わった後、父である古代守と姉であるサーシアと共にイスカンダルへ戻る選択肢もあったが、ユリーシャは敢えて地球へと戻った。
その後、良馬と結婚し、友莉葉を出産してからイスカンダルへ戻る機会がないまま今日まで過ごしてきた。
しかし、今回良馬が地球の現状報告の為の特使としてイスカンダルへと向かうので、これは絶好の里帰りチャンスであり、良馬は山南司令官より正式に二人の乗艦許可を得ている。
「分かった。サーシア姉様やお母様、お父様に成長した友莉葉の姿を見せてあげられるわ……リョーマ、本当にありがとう」
「パパ、おばあちゃまとおじいちゃまに会いに行くの?」
「うん。そうだよ、友莉葉」
「わたし、おっきいお船に乗れるの!?」
無邪気に喜ぶ友莉葉を、良馬は愛おしそうに抱き上げた。
「ああ。パパの自慢の船で、ママが生まれた星へ行くんだ……ギンガ、誉。留守の間、寂しい思いをさせてすまない」
良馬がもう一人の妻であるギンガと、抱きついてくる誉へ申し訳なさそうに視線を向けると、ギンガはポンと良馬の肩を叩いて豪快に笑い飛ばした。
「何を言っているんですか、良馬さん! これはユリーシャと友莉葉ちゃんにとって、かけがえのない大切な里帰りじゃない! 留守は、私と誉でしっかり守るから、二人の警護をよろしく頼んだわよ、艦長さん!」
「父様、かっこいいお船で友莉葉ちゃんを頼んだよ! お土産のお話、楽しみにしているからね!」
誉も小さな胸を張って、友莉葉に「行ってらっしゃい!」と抱きついた。
温かな家族の絆と、新たな航海への希望。
かつて戦火を潜り抜けた宇宙戦艦ヒューベリオンは、今や「対話と絆」を運ぶ使者として、大マゼラン星雲のイスカンダルへと抜錨の時を迎えようとしていた。
宇宙戦艦ヒューベリオンの再始動に向けて、ドックは熱気と活気に包まれていた。
かつて良馬と共に宇宙列車二号に乗り組み、激戦を潜り抜けてきた永倉をはじめとする熟練のクルーたちが続々と艦へと戻り、機関部や諸システムの最終チェックが着々と進められていく。
巨艦のエンジンが重厚な低音を響かせ、出航の時が刻一刻と近づく中、良馬は一人、地球連邦科学技術局の局長室へと足を運んでいた。
整然とデータモニターが並ぶ広々とした部屋の奥、デスクに向かっていた真田志郎は、ドアの開閉音に気づくと眼鏡の奥の温かな瞳を良馬へ向けた。
「月村艦長……いや、今回はイスカンダルへの特別使節か。急な復帰と長旅、ご苦労さん」
「真田さん。忙しい時間にお邪魔して申し訳ありません」
良馬は軽く一礼すると、真田の前に用意された椅子腰を下ろした。
「挨拶も兼ねてですが……真田さんに、どうしても出発前にお伺いしておきたいことがありまして」
「私に……かね?」
真田が少し不思議そうに首をかしげると、良馬はまっすぐな眼差しで問いかけた。
「イスカンダルには、女王であるスターシア陛下やユリーシャの姉であるサーシア様はもちろん……真田さんの宇宙戦士訓練学校時代の親友であり、同期である古代守さん、そしてトチローさんがいらっしゃいます。今回、お二人に何かお伝えする伝言や、お渡ししたいものがないかと思いまして」
その名を聞いた瞬間、真田の表情がふっと和らぎ、懐かしさに目を細めた。
かつて若き日に共に宇宙を夢見て、過酷な訓練を分かち合った友たち。
暗黒星団帝国との戦いの後、ユリーシャの双子の姉であるサーシアと共に妻であるスターシアが待つイスカンダルへと還った守。
そして、彼らと共にイスカンダルの再生を手伝うために守、サーシアと共にイスカンダルへと渡ったトチロー。
「守とトチローか……そうだな、言葉にしようとすれば山ほどあるが……彼らのことだ。イスカンダルで元気にやっているのは分かっている」
真田はデスクの引き出しを静かに開け、中からひとつの小さなデータディスクを取り出した。
そして、それを愛おしむように掌で包み込むと、良馬へと差し出した。
「これを、彼らに届けてくれないか」
良馬は両手でそれを受け取った。
「これは……?」
「地球の『今』を記録したデータだ。古代とトチローがイスカンダルへ向かった後、暗黒星団帝国との戦いが終わり、新しく建設された街並み、そして人々が笑って暮らしている日常の映像……それに加えて、同期たちの現在の様子、彼らが残していった技術がどう地球の平和に役立っているかの報告書も入っている」
真田は立ち上がり、窓の外に広がる青い空を見つめた。
「彼らは自らの意思でイスカンダルに留まり、あるいは星海を旅しているが……それでも彼らの故郷は、この地球だ。自分たちが守り抜いた星が、今どれほど美しく輝いているか。それを見ることが、彼らにとって何よりの報いになるはずだからね。その他にも銀河鉄道の車両データも入っている‥‥」
「銀河鉄道のデータも!?」
「ああ‥‥スターシアさんが、イスカンダルへの銀河鉄道の乗り入れを受け入れるのかは俺には分らない。だが、トチローは俺と同じ技術者だ。銀河鉄道の車両データには興味を示す筈だ」
「真田さん……」
良馬はデータディスクを握り締め、深く胸を打たれた。
科学者として冷静沈着な真田の胸の奥に秘められた、親友たちへの友情と深い情熱。
「責任を持って、守さんとトチローさん、そしてスターシア陛下にお届けします。それと……個人的な伝言はよろしいのですか?」
良馬の問いに、真田はふっと口元を緩め、どこか悪戯っぽく微笑んだ。
「そうだな……『次に会う時は、訓練学校の時と同じように酒を酌み交わそう。それまでに、地球の酒の蓄えを増やしておく』とでも伝えてくれ。特にトチローには、『相変わらず無茶な設計ばかりするな』とな」
「ふふっ、分かりました。そのままお伝えします」
良馬も思わず笑みをこぼし、しっかりと胸ポケットにデータディスクを収めると、椅子から立ち上がってビシッと敬礼を捧げた。
「それでは、行って参ります。地球とイスカンダル、そして銀河鉄道の光軌が繋ぐ未来のために」
「ああ。くれぐれも気をつけて。ユリーシャ殿と友莉葉ちゃんにもよろしくな。健やかな航海を祈っているよ、月村艦長」
真田も温かい眼差しで敬礼を返した。
出航への準備は整った。
家族の温もり、先人たちの誓い、そして遠く離れた親友たちを繋ぐ情熱をその翼に抱き、宇宙戦艦ヒューベリオンは、遥かなる大マゼラン星雲・イスカンダルへ向けて、いよいよ大空へと解き放たれようとしていた。
ヒューベリオンが停泊しているドック
澄み渡る青空を突き刺すようにそびえ立つ宇宙戦艦『ヒューベリオン』の巨躯は、朝日に照らされて神々しいまでの白銀の輝きを放っていた。
「主機関、波動・次元ハイブリッド炉、出力安定! オールグリーン!」
「艦首・艦尾姿勢制御スラスター、圧力正常!」
「発進シーケンス、最終フェーズへ移行します!」
永倉をはじめとする熟練クルーたちの威勢の良い声が艦橋に飛び交う。
艦長席に座る月村良馬は、凛とした表情で正面のメインモニターを見つめていた。
その隣には、故郷への再訪に胸を高鳴らせるユリーシャと良馬の膝の上にちょこんと座り、目を輝かせて大きなコンソールを見つめる娘の友莉葉の姿があった。
「パパ、お船が『ごごごー』って言っているよ!」
「ああ、友莉葉。ヒューベリオンが『準備ができた』って教えてくれているんだよ」
良馬は友莉葉の頭を優しく撫でると、隣のユリーシャと視線を交わし、力強く頷き合った。
一方、ドックを見下ろす展望デッキには、出航の見送りに駆けつけたSDFシリウス小隊の姿があった。
「すっげぇ……近くで見ると、やっぱりとんでもねぇ迫力だな!」
学は手すりに身を乗り出し、目を輝かせながらヒューベリオンの雄姿を見上げていた。
「ええ。単なる巨大な戦艦というだけではなく、あの艦には地球とディスティニー、そしてイスカンダルを結ぶ平和の願いが込められている……本当に美しい艦だわ」
ルイが隣で感嘆の吐息を漏らす。
その横ではデイビッドが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「ヒューベリオンか。アルフォート星団帝国軍との戦いでは心強い味方だったもんな……まあ、今回は戦いのためじゃない。使節としての航海だ、無事に行ってきてほしいもんだな」
「ええ。月村特使、そしてユリーシャさんや友莉葉ちゃんにとっても、素晴らしい旅になると良いですね」
ユキが胸元で手を合わせ、心からの祈りを捧げる。
隊列の先頭に立つバルジ隊長は、腕を組み、静かに巨大な戦艦を見つめていた。
『全ドック、クランプ解除! グラビティ・ロックオフ!』
ドック全体に響き渡る警告音と共に、ヒューベリオンを固定していた巨大な固定アームが次々と離れていく。
「メインエンジン、微速発進! 錨を上げろ!」
良馬の凛とした号令が響き渡った。
ボォォォォォ―――ッ!!!
重厚で深みのある汽笛の音が、大気を震わせ、空高く轟く。
ヒューベリオンの推進ノズルから眩い光の粒子が噴き出し、その巨大な質量が滑らかに浮上を始めた。
「発進した……!」
学が思わず声を張り上げる。
ヒューベリオンはゆっくりと高度を上げながら、青空を切り裂いて上空へと加速していく。
その圧倒的な存在感と美しさに、見守る人々から歓声と拍手が沸き起こった。
展望デッキで、学は背筋をピシッと伸ばし、力強い敬礼を捧げた。
「月村さん! 友莉葉ちゃん! いってらっしゃい!!」
ルイ、デイビッド、ユキ、そしてバルジ隊長もまた、去り行く巨艦へ向けて一斉に鮮やかな敬礼を送る。
艦長席の良馬は、メインモニターに映し出される展望デッキのシリウス小隊の姿に気づき、静かに敬礼を返した。
「有紀君、ルイさん……みんな、留守を頼むぞ」
「行ってまいります、私たちの新しい友人たち……」
ユリーシャもまた、感謝を込めて窓外へ手を振る。
ヒューベリオンは加速を続け、瞬く間に大気圏を突き抜けた。
漆黒の宇宙空間へと躍り出た白銀の巨艦は、光の尾を引きながら、遥かなる大マゼラン星雲・イスカンダルを目指して次元の海へとその姿を消していった。
見送りを終えた学は、空を見上げたまま、胸の奥で静かに誓いを新たにした。
(良馬さんたちが繋ぐ平和のレール……俺たちもこの地球で、しっかり守り抜いてみせる!)
青く澄み渡る地球の空の下、シリウス小隊の面々の胸には、爽やかな風と共に未来への確かな希望が満ちていた。
まばゆい光の粒子を引いて地球圏の空を駆け抜けたヒューベリオンの物語から、時を同じくして――視界のすべてが極彩色の光の奔流に満ちた、深遠なる「次元の海」へと場面は大きく切り替わる。
次元航行艦『ナディア』の艦内は、静寂と確かな緊張感に包まれていた。
メインブリッジの艦長席に座るフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの横顔は、かつての焦燥や、ただ復讐心だけに囚われていた頃の危うさを完全に脱ぎ捨て、澄み切った決意の光を帯びていた。
「主機関、次元波動・反転炉ともに安定。エネルギー効率、設計値の百十パーセントを維持しています」
戦術長席からチンクが淡々と、しかしどこか弾んだ声で報告を入げる。
ルークスでの激闘と過酷な修理・調整を乗り越えたナディアは、以前のような「牙を剥く暴れ馬」ではなく、クルーたちの呼吸に完全に同調した真の「相棒」へと生まれ変わっていた。
航海長のレイセンがコンソールから顔を上げ、後ろを振り返る。
「艦長、順調にいけば、あと十五時間ほどで目的地である『永世中立惑星アステリア』の宙域へ到達します。……ですが、ここから先はどの主要勢力も管轄外とする完全なグレーゾーンだ」
レイセンの懸念に、フェイトは静かに頷いた。
「ええ、分かっているわ。アステリアはエルトリアと同じく、厳格な中立条約によって守られている。エルトリアの時の様に高圧的に振る舞えば、住民の反発を買うだけでなく、私たちの目的である『シーマの情報の網』を自ら断ち切るようなものよ」
フェイトは立ち上がり、ブリッジの前方メインモニターに目を向けた。
そこには、無数の次元の裂け目を縫うようにして、遠方にぼんやりと浮かび上がる巨大な惑星のシルエットが捉えられていた。
――永世中立惑星『アステリア』。
表向きはどの勢力にも属さない自由貿易と中立の楽園。だがその実態は、過酷な次元の海を渡る賞金稼ぎや闇商人、そして宇宙海賊たちにとっても数少ない「羽を休めるためのオアシス」であった。
(シーマ……あなたがこの星に立ち寄ったのなら、必ずそこに足跡が残っているはずよ)
ルークスでガリウスの歪んだ正義と向き合い、「誰かを泣かせるような力や権力」に疑問を抱いたフェイトだからこそ、今回の潜入においては「力」ではなく「知恵と対話、そして一人の旅人としての視点」が不可欠であると深く理解していた。
「艦長、アステリアへの入港手続きおよび身分偽装データの最終確認を行います。管理局のデータベースから、私たちの艦籍および個人情報を一時的に非公開の民間航行記録へと切り替えました。これより、我々は『個人旅行および交易を目的とする独立魔導師の一団』としてアステリアの港へエントリーします」
チンクの手際の良い作業により、メインモニターのナディアの識別信号が、瞬時に無数の民間船に紛れる一般の登録コードへと書き換わっていく。
「ありがとう、チンク……みんな、聞いて」
フェイトは振り返り、ブリッジのクルーたち一人ひとりの顔を真っ直ぐに見据えた。
「今回の潜入は戦闘が目的じゃない。シーマ・ガラハウの影を追い、彼女がどこから情報を得て、次にどこへ向かおうとしているのかを突き止めること。そのためには、アステリアの街に溶け込み、住民たちの声に耳を傾けなければならないわ。……これまでの訓練の成果を、今度は情報戦で発揮しましょう」
「了解です、艦長!」
「フッ、お安い御用さ。一介の旅人なんて、昔のバカンス気分を思い出すぜ」
レイセンが不敵に笑い、クルーたちの表情にも頼もしい闘志の色が浮かぶ。
オベロンを沈められたあの日の屈辱。
歪んだ正義に直面した時の葛藤。
そして、守るべき大切な人々の笑顔。
それらすべての想いを胸に秘め、フェイトは再び前方を睨み据えた。
「ナディア、次元潜航深度を浅くし、通常航海モードへ移行。……永世中立惑星アステリアへ、静かに、そして確実に入港するわ。発進!」
純白の強襲母艦『ナディア』は、その威圧的な装甲の輝きを静かに抑え、まるで一艘の小舟のように穏やかな光をまとって、中立惑星アステリアの軌道へと滑らかに溶け込んでいった。
闇に潜む海賊の影を暴くため、金色の戦士の新たな戦いが、今、静かに幕を開けようとしていた――。
ミッドチルダ 時空管理局 ”海“艦隊司令部庁舎
山積みの書類に目を通していた八神はやては、ふとペンを置き、背もたれに深く体を預けて大きな息を吐き出した。
脳裏によぎるのは、先日訪れた極秘ドック――スプールスでの光景だった。
オベロンの敗北という暗い影を乗り越え、自らの意志で最新鋭の次元航行艦『ナディア』を率い、次元の海へと旅立っていったフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの、あの凛として迷いのない背中。
「……フェイトちゃんなら、もう大丈夫やな」
独り愚痴るようにつぶやいたその時、コンッ、コンッ、と控えめなノックの音が響いた。
「はい、どうぞ」
ガチャリとドアが開き、スリッパの音を柔らかく響かせながら入ってきたのは、高町なのはだった。
手には、温かい湯気の立つマグカップが二つ載ったお盆が握られている。
「はやてちゃん、お疲れ様。少し休憩しない?」
「おっ、なのはちゃん。ありがとう、ちょうど一息つきたかったところや」
なのはは微笑みながらデスクの前に歩み寄り、一つをはやてに差し出し、もう一つを自分の手元に置いて向かい側の椅子に腰掛けた。
カップから立ち上るハーブティーの香りが、執務室の張り詰めた空気を少しだけ和らげる。
一口飲んでから、なのはは少し言い淀むように視線を落とし、カップの縁を指先でなぞった。
「あのさ、はやてちゃん……」
「ん? どうしたの?なのはちゃん、改まって」
「……フェイトちゃんのこと、なんだけど」
その名前が出た瞬間、執務室の空気がわずかに引き締まった。
なのはの瞳には、深い心配の色と、親友を案じる切なさが入り混じっていた。
スプールスでの極秘出航に際し、フェイトの裏工作やナディアの正規登録を水面下で支え、ミッドチルダからスプールスへナディアの乗員たちを輸送し、ナディアの見送りにも立ち会っていた。
だが、なのはは第一線の任務や別の調整で同行できず、フェイトがどんな表情で、どんな覚悟を胸に旅立ったのかを直接見届けることができなかったのだ。
「フェイトちゃんは……今、どこを飛んでいるのかな?何か連絡は、入っている?」
なのはの問いかけに、はやては優しい、しかしどこか誇らしげな笑みを浮かべた。
カップをソーサーに置き、はやては真っ直ぐになのはを見つめた。
「心配しなくても、フェイトちゃんたちは元気や。ルークスでの一件も無事に片付けて、今は次の目的地――永世中立惑星アステリアに向けて次元の海を順調に航行中やて」
「ルークスの件って……ガリウス司令の不正を暴いて、レジスタンスの人たちを助けたっていう……?」
「うん。ミッドの査察団が現地に入る前に、フェイトちゃん自身がガリウスの構造的な闇を暴き出して、この星に本当の自由を取り戻した……すごい成長やと思わない? ただ命令に従うだけの執務官じゃなくて、自分の目で見て、自分の頭で考えて、『何が正しい正義なのか』を悩み抜いて答えを出したんやから」
はやての言葉に、なのはは胸を熱くさせながらも、どこか複雑な表情を浮かべた。
「うん……フェイトちゃんなら、絶対にそうすると思う。でも……だからこそ、心配になっちゃうの」
「心配、か」
「うん。フェイトちゃんって、いつも自分のことよりも、周りの人や、傷ついている人のことを優先しちゃうでしょう? オベロンを壊された悔しさもあるはずなのに、ルークスでも自分の痛みより市民の人たちの苦しみに寄り添って……。なんだか、一人で全部を背負い込んじゃっているんじゃないかって、時々すごく怖くなるんだ……私が、隣にいてあげられなかったから」
なのはの声音には、幼い頃からずっと隣で支え合ってきた親友に対する、痛切なまでの愛情と、届かないもどかしさが滲んでいた。
はやては静かに立ち上がると、なのはの背後に回り、優しくその肩に手を置いた。
「なのはちゃん。スプールスでナディアが出発する時、私は、フェイトちゃんとしっかり話したんや」
「えっ……?」
「フェイトちゃんの目はね、昔みたいに無理をして強がっていた頃の目とは全然違ってた。傷ついた過去も、オベロンを失った屈辱も、ぜんぶ自分の胸に刻み込んだ上で、『私は仲間たちと共に進む』って、そうハッキリと言笑っていた。チンクやレイセン、そしてクルーたちも、みんなフェイトちゃんを心から信頼して、背中を預け合っている」
はやては窓の外、ミッドチルダの青い空の向こうに広がる無限の宇宙へと視線を向けた。
「一人で背負い込んでいるわけやない。フェイトちゃんには今、ナディアという最高の艦と、命を預け合える大勢の仲間がついている……だから、安心して送り出してあげよ、なのは」
はやての温かい言葉に、なのはは胸のつかえがスッと溶けていくような感覚を覚えた。
彼女は深く息を吸い込み、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「……そうだよね。私、いつまでもフェイトちゃんを『守ってあげなきゃいけない存在』みたいに思っちゃいけないんだ。あの子はもう、自分の足でしっかりと立って、大切なものを守るための旅をしているんだもんね」
「そうや。それに、私たちだってただ黙って見守っているわけやない。フェイトちゃんが向かったアステリアでの動向も、裏からしっかりサポートできるように手は打ってある」
はやてがニヤリと悪戯っぽく笑うと、なのはもつられるように声を上げて笑った。
「もう、はやてちゃんは抜け目ないんだから……でも、ありがとう、安心した」
親友の無事を信じ、遠く離れた次元の海で戦う金色の戦士に思いを馳せる二人の少女。
その胸には、固い絆と、未来への変わらぬ信頼が満ちていた。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで